ラジオ2丁目劇場
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ラジオ2丁目劇場 | |
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ジャンル |
バラエティ番組 トーク番組 |
放送期間 | 1987年10月5日 - 1990年3月30日 |
放送時間 | 月曜 - 土曜 21:30 - 22:00 |
制作 | ラジオ大阪、吉本興業 |
ネットワーク | 無し |
パーソナリティ | #パーソナリティの節を参照 |
ラジオ2丁目劇場(ラジオにちょうめげきじょう)は、1987年10月5日から1990年3月30日まで、ラジオ大阪で放送されていたラジオ番組。
放送時間は月曜日から土曜日まで毎日の21:30 - 22:00(帯番組)。
概要
[編集]当番組が始まる前の1987年9月まで、月曜日 - 金曜日の21:30 - 22:00帯で放送されていた『2丁目ダウンタウン』が、1987年10月から週1回のみ日曜日21:30 - 22:00の放送に移ったのに伴い、新たに同じ吉本興業枠でスタートした番組である[1]。番組タイトルは、当時大阪市内で吉本興業の主力劇場だった心斎橋筋2丁目劇場と、当時のラジオ大阪の本社所在地だった「大阪市北区梅田2丁目」に因む[2]。
出演者は当時の吉本興業所属の若手芸人が中心。番組構成は各曜日ともフリートークと曜日別コーナーの二部構成が主で[2]、初期の頃には『2丁目ラジオドラマ』というラジオドラマコーナーを毎日放送していた。1989年当時には『ネタバコをあけろ ダイヤル“D”をまわせ』(NTT提供、毎日21:50分頃)というコーナーを行っていた[3]。
1990年4月改編を以ってラジオ2丁目劇場としては終了、それまでの若手中心のパーソナリティ陣に前田五郎、坂田利夫、中田カウス・ボタン、池乃めだか、島木譲二、チャーリー浜らベテラン勢が加わって新番組『よしもとDAウー!』にリニューアルしスタートした[4]。
パーソナリティ
[編集]1987年10月 - 1988年3月
[編集]※太字は前枠番組『2丁目ダウンタウン』から続投。
- 月曜:岡けん太・ゆう太、山下智佳子
- 火曜:ピンクダック、大政美由紀
- 水曜:ハイヒール、ホンコン・マカオ(ほんこん、板尾創路)
- 木曜:まるむし商店、亀山房代
- 金曜:今田耕司、東野幸治、メンバメイコボルスミ11
- 土曜:非常階段、リットン調査団
1988年4月 - 1988年9月
[編集]- 月曜:まるむし商店、リットン調査団、安井一美
- 火曜:ピンクダック、130Rホンコン
- 水曜:ハイヒール、東野幸治
- 木曜:メンバメイコボルスミ11 → メンバメイコボルスミ11ココ[注釈 1]、亀山房代
- 金曜:今田耕司、オールディーズ
- 土曜:非常階段、大政美由紀
1988年10月 - 1989年3月
[編集]- 月曜:東野幸治、メンバメイコボルスミ11ココ、山下智佳子、笹尾三和
- 火曜:ピンクダック、130R蔵野・板尾
- 水曜:ハイヒール、ボブキャッツ
- 木曜:まるむし商店、リットン調査団、佐々木優衣子
- 金曜:オールディーズ、西万里
- 土曜:今田耕司、大政美由紀、亀山房代
1989年4月 - 1989年9月
[編集]- 月曜:オールディーズ、島田珠代
- 火曜:130R蔵野・板尾、東野幸治、中北敦子
- 水曜:ハイヒール、メンバメイコボルスミ11ココ
- 木曜:まるむし商店、ボブキャッツ、西万里
- 金曜:今田耕司、リットン調査団、
嵓多加根 - 土曜:ピンクダック、石田靖、亀山房代
1989年10月 - 1990年3月
[編集]※太字は後継番組『よしもとDAウー!』へ続投。
- 月曜:まるむし商店磯部、ピンクダック
- 火曜:130R蔵野・板尾、笹谷晃平、山田花子
- 水曜:オールディーズ、島田珠代、ピーチパイ
- 木曜:東野幸治、非常階段
- 金曜:今田耕司、メンバメイコボルスミ11ココ、西川弘志
- 土曜:石田靖、亀山房代、三角公園(辻本茂雄、阪上司)
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ この期間途中の1988年5月26日を以ってメンバメイコボルスミ11は解散、その後は活動を継続したココ1人のみの出演となる。
出典
[編集]ラジオ大阪 月曜 - 土曜 21:30 - 22:00 枠 | ||
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前番組 | 番組名 | 次番組 |
2丁目ダウンタウン(月 - 金)
夜の歌めぐり(土曜) |
ラジオ2丁目劇場
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