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レアル・バリャドリード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
レアル・バリャドリード
原語表記 Real Valladolid Club de Fútbol, S.A.D.
愛称 Pucela / Pucelanos (Pucelle)
Blanquivioletas / Albivioletas (White and Violets)
クラブカラー    
創設年 1928年
所属リーグ ラ・リーガ
所属ディビジョン 1部(2024-25
昨季リーグ順位 2位(2023-24
ホームタウン カスティーリャ・レオン州の旗 バリャドリッド
ホームスタジアム
エスタディオ・ホセ・ソリージャ
収容人数 26,512
代表者 ブラジルの旗 ロナウド (82%)[1]
監督 アルゼンチンの旗 ディエゴ・コッカ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

レアル・バリャドリードスペイン語: Real Valladolid Club de Fútbol, S.A.D.スペイン語発音: [reˈal βaʎaðoˈlið ˈkluβ ðe ˈfuðβol])は、スペインカスティーリャ・イ・レオン州の州都バリャドリッドに本拠地を置くサッカークラブチーム。2024-25シーズンはラ・リーガ(1部)に在籍している。

歴史

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エスタディオ・ホセ・ソリージャ

レアル・ウニオン・デポルティーバ・デ・バリャドリード(Real Unión Deportiva de Valladolid)とクルブ・デポルティーボ・エスパニョール(Club Deportivo Español)の合併により、1928年6月20日にレアル・バリャドリード・クルブ・デ・フトボルが誕生した。1946-47シーズンのセグンダ・ディビシオン(2部)を制し、1947-48シーズンにプリメーラ・ディビシオン(1部)に初参戦した。1948-49シーズンのコパ・デル・レイでは決勝に進出したが、エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウで行われたアスレティック・ビルバオ戦に1-4で敗れて準優勝に終わった。その後の10年間はトップリーグに在籍し、1957-58シーズンにはセグンダ・ディビシオン降格となったが、ホセ・ルイス・サソ監督に率いられた1958-59シーズンにはテッラーサFCを歴史的な5-0というスコアで下すなどし、わずか1シーズンでプリメーラ・ディビシオンに再昇格した。サソ監督はかつてゴールキーパーとしてレアル・バリャドリードでプレーした選手であり、最終的にはクラブの会長まで上り詰めた。

1984年には、1980年代前半のみ開催されたコパ・デ・ラ・リーガ決勝でアトレティコ・マドリードを下して優勝した。1992-93シーズン終了後にプリメーラ・ディビシオンに昇格し、2003-04シーズンまで11シーズン連続でトップリーグに在籍した。レアル・マドリード・カスティージャを指導していたラファエル・ベニテスを監督に迎え、1996-97シーズンには同期間中最高位の7位となった。2000年にはJリーグ横浜F・マリノスからレンタル移籍で獲得した城彰二が半年間在籍した。

2006年夏にはバスク人のホセ・ルイス・メンディリバル監督を招聘し、2006-07シーズンはセグンダ・ディビシオン(2部)でクラブ史上最高のひとつに数えられるシーズンを送った。ビクトルホセバ・ジョレンテのコンビはリーグ最強と謳われ、15節終了後に首位に浮上すると、2位には勝ち点8差を付けて、セグンダ・ディビシオン史上最高の勝ち点88を獲得して優勝した。昇格を逃した4位には実に勝ち点差26も付け、2位との勝ち点差・4位との勝ち点差のいずれもセグンダ・ディビシオンの新記録を更新した。2006年10月10日から2007年5月6日まで29試合も無敗を続け、42節中34節が終了したばかりの2007年4月22日に昇格を決めた。こちらも最速昇格記録となった。同シーズンのコパ・デル・レイでは、大会を通じて控え選手中心で臨んだにもかかわらず快進撃を続け、プリメーラ・ディビシオンのジムナスティック・タラゴナ(2試合合計4-1)とビジャレアルCF(2試合合計3-1)を破って準々決勝にまで進出した。2007-08シーズンは、最終ラインを高く保った攻撃的なディフェンスと、縦に突破してクロスをあげることを徹底したサイド攻撃で、中小クラブながら旋風を巻き起こした。ホセ・ルイス・メンディリバル監督は高く評価され、アウェーでの強さが他のチームに恐れられた。2008年夏にはFWホセバ・ジョレンテビジャレアルCFに移籍したが、MFペドロ・レオンやMFホナタン・セスマ、GKセルヒオ・アセンホなどが急成長し、目標の残留を果たした。どちらのシーズンも残留を決めたのは最終節であり、2007-08シーズンはレクレアティーボ・ウェルバに1-1で引き分けて、2008-09シーズンはレアル・ベティスに1-1で引き分けて残留を祝った。

2009-10シーズンは開幕から20試合で3勝しか挙げられないスロースタートぶりであり、2010年2月1日、ホームでのUDアルメリア戦に引き分けた後にメンディリバル監督が解任された。オネシモ・サンチェス監督が後を引き継いだが、メンディリバル監督の解任から1週間後、チームはシーズンで初めて降格圏内に足を踏み入れた。なお、メンディリバル監督が指揮を執った138試合は降格圏に落ちたことがなかった。監督交代から10試合でわずか1勝に終わり、サンチェス監督もまた解任された。かつてスペイン代表の指揮官も務めたハビエル・クレメンテ監督が登用され、残りの8試合で絶望的と言われていたプリメーラ・ディビシオン残留を目指した。いったんは残留圏内の16位に浮上したが、チームは再び下位3クラブに逆戻りし、シーズン最終節ではカンプ・ノウFCバルセロナから勝利することが必須であった。しかし、FCバルセロナも優勝のために勝利を目指しており、結局レアル・バリャドリードは0-4で敗れ、3シーズン踏みとどまったトップリーグから脱落した。

2011-12シーズンはミロスラヴ・ジュキッチ監督のもと、3位で終え、昇格プレーオフを勝ち抜いてプリメーラ・ディビシオンに昇格したが、2013-14シーズンに、セグンダ・ディビシオン降格となった。

2017-18シーズンは5位で終え、昇格プレーオフで、スポルティング・ヒホンヌマンシアに勝利して4年ぶりのプリメーラ・ディビシオン昇格を果たした。

2018年9月3日、元ブラジル代表ロナウドがクラブの株式の51パーセントを取得し、会長に就任。2020年4月時点で、クラブの株式の82%を所有している[2]

タイトル

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国内タイトル

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1947–48, 1958–59, 2006–07
1983-84
1949–50, 1988–89

記録

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欧州カップ戦出場歴

UEFAカップ: 1984–85(1回戦敗退), 1997–98(2回戦敗退)
UEFAカップウィナーズカップ: 1989–90(ベスト8)

新記録

セグンダ・ディビシオン歴代最多勝ち点 : 勝ち点88(2006–07)
セグンダ・ディビシオン歴代最長無敗記録 : 29試合(2006–07)
セグンダ・ディビシオン歴代最速昇格決定 : 34節(42節中、2007年4月22日)
プリメーラ・ディビシオン歴代最速得点 : 7.42秒(ホセバ・ジョレンテ、2008年1月20日、RCDエスパニョール戦、2–1で勝利)

過去の成績

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1929年以降のすべての会長や監督を挙げている。国旗が示されていない人物はすべてスペイン人である。

シーズン ディビジョン 順位 会長 監督 備考
1929 テルセーラ 5位 ペドロ・スロアガ
サントス・ロドリゲス
ハンガリーの旗 István Plattkó
1929/30 2位 サントス・ロドリゲス
1930/31 2位 ホセ・カンタラピエドラ アントン・アチャランダバソ
1931/32 3位
1932/33 1位
1933/34 1位 ハンガリーの旗 István Plattkó セグンダ昇格
1934/35 セグンダ 2位
1935/36 4位
1936/37 リーグ戦未開催 スペイン内戦のため
リーグ戦は開催されず
1937/38
1938/39
1939/40 セグンダ 6位 ハンガリーの旗 István Plattkó
マヌエル・オルダクス
1940/41 10位 フアニン
1941/42 5位 ハンガリーの旗 Károly Plattkó
1942/43 2位
1943/44 14位 ホセ・カンタラピエドラ
ホセ・ゴンサレス
アルフォンソ・マルティネス
ホセ・プラナス
テルセーラ降格
1944/45 テルセーラ 3位 ヘルマン・アダネス
アンヘル・ソリア
キリコ・アルテアガ
1945/46 1位 アンヘル・ソリア アントニオ・バリオス
1946/47 1位 フアン・レプレサ セグンダ昇格
1947/48 セグンダ 1位 プリメーラ昇格
1948/49 プリメーラ 12位 アルゼンチンの旗 フランスの旗 エレニオ・エレーラ
1949/50 9位 アントニオ・バリオス
フリアン・バケーロ
アントニオ・バリオス
国王杯準優勝
1950/51 6位 マヌエル・アキーソ フアン・アントニオ・イピーニャ
1951/52 8位 ラモン・プラデラ
1952/53 12位 ホセ・イララゴーリ
1953/54 12位 ルイス・ミロ
1954/55 9位
1955/56 9位
1956/57 8位 ラファエル・ジュンタ
1957/58 15位 ラファエル・ジュンタ
ホセ・ルイス・サソ
セグンダ降格
1958/59 セグンダ 1位 カルロス・オルテガ ホセ・ルイス・サソ プリメーラ昇格
1959/60 プリメーラ 13位
1960/61 15位 ホセ・ルイス・サソ
ペドロ・エギルス
パコ・レスメス
セグンダ降格
1961/62 セグンダ 2位 ホセ・マヌエル・アラルテ パコ・レスメス
マヌエル・ソレール
パラグアイの旗 エリベルト・エレーラ
プリメーラ昇格
1962/63 プリメーラ 4位 アントニオ・ラマレッツ
1963/64 16位 アンヘル・スビエタ
パコ・レスメス
セグンダ降格
1964/65 セグンダ 3位 ハノス・カルメル
フリアン・バケーロ
1965/66 4位 ホセ・ルイス・サソ アントニオ・バリオス
アントニオ・ラマレッツ
1966/67 9位 ペドロ・トーレス
エクトル・マルティン
エミリオ・アルデコア
エクトル・マルティン
エミリオ・アルデコア
エクトル・マルティン
1967/68 2位 アントニオ・アルフォンソ ホセ・モリヌエボ
エンリケ・オリサオラ
1968/69 10位 アントニオ・バリオス
エンリケ・オリサオラ
1969/70 17位 ホセ・アントニオ・オルメド
ホセ・ルイス・サソ
ヘラルド・コケ
テルセーラ降格
1970/71 テルセーラ 2位 サンティアゴ・ガジェゴ ヘラルド・コケ
エクトル・マルティン
セグンダ昇格
1971/72 セグンダ 7位 エクトル・マルティン
1972/73 5位
1973/74 7位 グスタボ・ビオスカ
フェルナンド・レドンド
1974/75 11位 フェルナンド・アロンソ フェルナンド・レドンド
サンティアゴ・バスケス
ドイツの旗 ルディ・グーテンドルフ
1975/76 4位 エクトル・ヌニェス
1976/77 12位 ルイス・アロイ
ホセ・ルイス・サソ
1977/78 7位 パキート
1978/79 4位 ゴンサロ・アロンソ パチン
1979/80 2位 エウセビオ・リオス プリメーラ昇格
1980/81 プリメーラ 12位 ゴンサロ・アロンソ パキート
1981/82 9位
1982/83 12位 マヌエル・エステバン フェリペ・メソネス
サンティ・ジョレンテ
J・L・ガルシア・トライド
1983/84 14位 ペドロ・サン・マルティン
マリアーノ・エルナンデス
ゴンサロ・アロンソ
J・L・ガルシア・トライド
フェルナンド・レドンド
コパ・デ・ラ・リーガ優勝
1984/85 13位 ゴンサロ・アロンソ フェルナンド・レドンド
1985/86 10位 アルゼンチンの旗 チリの旗 ビセンテ・カンタトーレ
1986/87 10位 ゴンサロ・アロンソ
ホセ・アガド
ミゲル・ペレス
アルゼンチンの旗 チリの旗 ビセンテ・カンタトーレ
ハビエル・アスカルゴルタ
アントニオ・サントス
ホセ・ペレス・ガルシア
1987/88 8位 ミゲル・ペレス アルゼンチンの旗 チリの旗 ビセンテ・カンタトーレ
1988/89 6位 国王杯準優勝
1989/90 16位 ミゲル・ペレス
カルロス・スニガ
ホシプ・スコブラル
ホセ・モレ
フェルナンド・レドンド
1990/91 9位 ゴンサロ・ゴンサロ パチョ
1991/92 19位 ゴンサロ・ゴンサロ
アンドレス・マルティン
マルコス・フェルナンデス
パチョ
ハビエル・ジェペス
セグンダ降格
1992/93 セグンダ 2位 マルコス・フェルナンデス マルコ・アントニオ・ボロナ
ホセ・ルイス・サソ
フェリペ・メソネス
プリメーラ昇格
1993/94 プリメーラ 18位 フェリペ・メソネス
ホセ・モレ
1994/95 19位 ビクトル・エスパラーゴ
ホセ・モレ
フェルナンド・レドンド
アントニオ・サントス
1995/96 16位 ラファエル・ベニテス
アントニオ・サントス
アルゼンチンの旗 チリの旗 ビセンテ・カンタトーレ
1996/97 7位 アルゼンチンの旗 チリの旗 ビセンテ・カンタトーレ
1997/98 11位 マルコス・フェルナンデス
マルコス・フェルモセージェ
アルゼンチンの旗 チリの旗 ビセンテ・カンタトーレ
アントニオ・サントス
クロアチアの旗 セルギイェ・クレシッチ
1998/99 12位 マルコス・フェルモセージェ クロアチアの旗 セルギイェ・クレシッチ
1999/2000 8位 マルコス・フェルモセージェ
アンヘル・フェルモセージェ
イグナシオ・レウィン
グレゴリオ・マンサーノ
2000/01 16位 イグナシオ・レウィン
カルロス・スアレス
パンチョ・フェレーロ
ホセ・モレ
2001/02 12位 カルロス・スアレス ホセ・モレ
2002/03 14位
2003/04 18位 フェルナンド・バスケス
アントニオ・サンチェス・サントス
セグンダ降格
2004/05 セグンダ 6位 クロアチアの旗 セルギイェ・クレシッチ
マルコス・アロンソ・ペーニャ
2005/06 10位 マルコス・アロンソ・ペーニャ
アルフレド・メリーノ
2006/07 1位 ホセ・ルイス・メンディリバル プリメーラ昇格
2007-08 プリメーラ 15位
2008-09 15位
2009-10 18位 ホセ・ルイス・メンディリバル
オネシモ・サンチェス
ハビエル・クレメンテ
セグンダ降格
2010-11 セグンダ 7位 アントニオ・ゴメス
アベル・レシーノ
昇格プレーオフ出場
2011-12 3位 セルビアの旗 ミロスラヴ・ジュキッチ プリメーラ昇格
2012-13 プリメーラ 14位
2013-14 19位 フアン・イグナシオ・マルティネス セグンダ降格
2014-15 セグンダ 5位 ルビ 昇格プレーオフ出場
2015-16 16位 ガイスカ・ガリターノ
ミゲル・アンヘル・ポルトゥガル
アルベルト・ロペス
2016-17 7位 パコ・エレーラ
2017-18 5位 ルイス・セサル・サンペドロ
セルヒオ・ゴンサレス
プリメーラ昇格
2018-19 プリメーラ 16位 ブラジルの旗 ロナウド セルヒオ・ゴンサレス
2019-20 13位
2020-21 19位 セグンダ降格
2021-22 セグンダ 2位 パチェタ プリメーラ昇格
2022-23 プリメーラ 18位 パチェタ
ウルグアイの旗 パウロ・ペッツォラーノ
セグンダ降格
2023-24 セグンダ ウルグアイの旗 パウロ・ペッツォラーノ

欧州カップ戦の歴史

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UEFAカップ

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シーズン ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 合計
1984–85 ラウンド64 ユーゴスラビアの旗 NKリエカ 1-0 1-4 2-4
1997–98 ラウンド64 ラトビアの旗 スコントFC 2-0 0-1 2-1
ラウンド32 ロシアの旗 FCスパルタク・モスクワ 1-2 0-2 1-4

UEFAカップウィナーズカップ

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シーズン ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 合計
1989–90 ラウンド32 マルタの旗 ハムルン・スパルタンズFC 5-0 1-0 6-0
ラウンド16 スウェーデンの旗 ユールゴーデンIF 2-0 2-2 4-2
準々決勝 フランスの旗 ASモナコ 0-0 0-0
(a.e.t.)
0-0
(1-3 p)

現所属メンバー

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2024年2月13日現在[3]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
1 GK スペイン ジョルディ・マシップ キャプテン
2 DF スペイン ルイス・ペレス
3 DF スペイン ダビド・トーレス
4 MF スペイン ビクトル・メセゲル
5 DF スペイン ハビ・サンチェス
6 DF カメルーン エンゾ・ボヨモ
7 FW セネガル ママドゥ・シラ
8 MF スペイン モンチュ
9 FW ブラジル マルコス・アンドレ
10 FW スペイン イバン・サンチェス
11 FW スペイン ラウール・モロ
12 DF ブラジル ルーカス・オリヴェイラ
No. Pos. 選手名
13 GK ポルトガル アンドレ・フェレイラ
16 MF スペイン セサル・デ・ラ・オス
17 MF クロアチア スティペ・ビウク
18 DF スペイン セルヒオ・エスクデロ
19 FW セネガル アマト・エンディアイエ
20 MF クロアチア スタンコ・ユリッチ
21 FW スペイン アルバロ・ネグレド
22 DF ブラジル ルーカス・ローザ
23 MF モロッコ アヌアル・トゥハミ
24 FW ブラジル ケネディ
29 DF スペイン イバン・ガリエル
34 DF スペイン セサル・タレガ
監督

歴代所属選手

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GK

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DF

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MF

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FW

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歴代監督

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脚注

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外部リンク

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