亀屋みなみチェーン
種類 | 株式会社 |
---|---|
市場情報 | 非上場 |
本社所在地 |
日本 青森県青森市古川2-9-3[3] ↓ 青森県青森市本町5-4-3[4] ↓ 青森県青森市卸町2-17[5] |
設立 |
1951年(昭和26年)10月15日(みなみ洋品店)[2] ↓ 1956年(昭和31年)4月5日(株式会社改組) |
業種 | 小売業 |
事業内容 | 百貨店[4]・スーパーマーケット[4]・専門店[4] |
代表者 |
南勘二(代表取締役社長)[3][4] ↓ 南善太郎(代表取締役社長)[2] ↓ 南実(代表取締役社長)[6] |
資本金 |
2億3500万円[4] ↓ 4億1721万円[2] |
決算期 | 8月[7] |
亀屋みなみチェーン(かめやみなみチェーン)は、1993年(平成5年)時点で青森県内最大手のスーパーマーケットチェーンで[8]、青森市に本社を置いており[2][9]、経営破綻時点で29店舗を展開していた[7] [9]。
歴史・概要
[編集]スーパー部門では「亀屋(Kameya)」のほかにも「K・バリュー」や「食彩館」「タートルズ100(タートルズプラザ)」[要出典]などを展開していた。
買い物金額に応じてグリーンスタンプがもらえるサービスを行っていた。[要出典]
また、食料品店のみならず衣料品店「亀屋衣料館」、ドラッグストア「ワンダーK」、書店「BUZZ(バズ)」、子会社サークルケイ・ノースジャパンによりコンビニエンスストア「サークルK」、1980年8月からは、ハンバーガーショップ「タートリアン・ハンバーガー」(のちに子会社、タートリアンに移管)などを展開していた。
さらに、青森市には「ジョイフルシティみなみ」を2店舗(かつての「みなみ百貨店」を閉店して開店した。このうち、東バイパス店はユニバースラ・セラ青森東バイパスショッピングセンター、西バイパス店はガーラタウン マエダ西バイパス店として現在は営業中。)、十和田市には「ジョイフルシティ十和田亀屋」(開店当初は「ファミリーデパート十和田亀屋」で営業。長い間、空き店舗状態が続いていたが、2006年8月には解体される事が決まった。なお、跡地はホテルルートイン。)、野辺地町には「ジョイバリュー」(現在のマックスバリュ野辺地店)等、大型店舗も展開していた。[要出典]
毎年同時期に、オリジナル商品[独自研究?]が抽選で当たるキャンペーン「お買い物大作戦」を実施し、テレビCMも多く放映していた。
しかし、2000年に開店したジョイフルシティみなみ西バイパス店の売り上げが当初の予想をはるかに下回るなど経営不振に陥り、2001年10月に民事再生法の適用を申請、事実上倒産。当時青森県最大手のスーパーマーケットだっただけに県内には衝撃が走った。その後協同組合セルコチェーンに譲り受けが決定したが、わずか一カ月余の短期間で民事再生手続き廃止の決定がなされた。その主な理由としては、再生手続き中にもかかわらず重要な経営情報を開示せず、曖昧な報告を繰り返す亀屋側の姿勢に裁判所側が不信感を募らせたのが要因と言われている。これにより青森地方裁判所が再生手続廃止の決定を行い、2002年1月に破産。店舗は2001年12月中に歳末商戦を待たずして全て閉店となった。 その後、マックスバリュ東北などの同業者が閉店した店舗と従業員の一部を譲り受け[広報 1]、営業を再開した店舗がほとんどだが、一部では引き取り手が何年も経っても現れず用地の他の用途への利用等の為に取り壊されたものもある。[独自研究?]
なお、倒産直前に企業年金(適格退職年金)を解約し、従業員に支払われるはずの返戻金を会社が運転資金に流用した。その後倒産した為、従業員は仕事と退職金の両方を失う事態となった。[10]本件は裁判となり、後に返戻金を(一般債権より優先順位の高い)労働債権とする事で和解している。[要出典]
年表
[編集]- 1951年(昭和26年)10月15日 - 南勘二が家業から独立し「みなみ洋品店」を設立[2]。
- 1956年(昭和31年)4月5日 - 「株式会社みなみ洋品店」に改組[5]。
- 1962年(昭和37年) - 「株式会社亀屋」を設立し、食品スーパ一へ進出[11]。
- 1964年(昭和39年)
- 1969年(昭和44年)4月 - 「北日本セルコ」を設立[2]。
- 1971年(昭和46年)8月 - 「北日本インテリア」を設立[2]。
- 1973年(昭和48年)1月 - 「みなみ百貨店」を設立[2]。
- 1974年(昭和49年)5月 - 「エレクトロ・みなみ」を設立[2]。
- 1975年(昭和50年)3月 - 「タートリアン」を設立[2]。
- 1977年(昭和52年)9月 - 青森市に総合流通センターを開設[9]。
- 1982年(昭和57年)11月 - 有限会社八戸亀屋と株式会社亀屋みなみを合併、株式会社亀屋みなみチェーンに商号変更[11]。
- 1986年(昭和61年)4月11日 - 株式会社サークルケイ・ノースジャパン設立[12]。
- 1987年(昭和62年)5月 - 「アイ・シー・シー・コンピューターシステム」を設立[2]。
- 1988年(昭和63年)6月 - 全国の中規模スーパー8社と共同出資し、共同仕入れ会社の「ヒマワリ」を設立[13]。
- 1990年(平成2年)4月 - 青森市八重田地区に「ジョイフルシティみなみ」開店[14][15]。(東バイパス店)
- 1994年(平成6年)
- 1997年(平成9年) - 株式会社東北経済開発機構設立。
- 1999年(平成11年)10月11日 - 南実専務が社長に就任[6]。
- 2000年(平成12年)6月23日 - ジョイフルシティみなみ西バイパス店開店
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)1月10日 - 破産宣告。
- 2003年(平成15年)3月1日 - 旧子会社・「サークルケイ・ノースジャパン」が東北地区エリアフランチャイズ契約を解約し、サークルケイ・ジャパンの「シーケイ東北」が店舗や本部従業員を継承した[21]。
過去に存在した業態
[編集]過去に存在した店舗
[編集]青森市
[編集]- 1973年(昭和48年)11月開店[1]、店舗面積約7,445m2[1]。
- 中心商店街の新町通りと直交する古川通り商店街に出店していた[22]。
- 1988年(昭和63年)7月に郊外に移転することを決定し[13]、青森市八重田地区に「ジョイフルシティみなみ」が[23] 1990年(平成2年)4月に開店[14][15]
- 堤店 - 青森市堤町1-12-2[4]。
- 久須志店 - 青森市久須志2-2-16[4]。
- 衣料館浪館店 - 青森市浪館[11]
- 油川店 - 青森市羽白字沢田49[9]。
- 筒井店 - 青森市浦町字奥野310[4]。
- BUZZ荒川通り店 - 青森市大野[11]。
- 東バイパス店 - 青森市八重田[2]。
- BUZZ観光通り店 - 青森市浜田字豊田[11]
- 駅ビルラビナ店 - 青森市[14]。
- ジョイフルシティみなみ東バイパス店 - 青森市八重田露草4-2-10[15]。
- 造道店 - 青森市造道字沢田56-2[4]。
- 小柳店 - 青森市小柳字桂150-1[4]
弘前市
[編集]- BUZZ下町店 - 弘前市新町165-2[11]
- 弘高下店 - 弘前市桜林[2]。
- 衣料館堅田店 - 弘前市青山[11]
- 松森店 - 弘前市松森[1]。
五所川原市
[編集]- 松島衣料館 - 五所川原市一ツ谷[2]。
黒石市
[編集]北・南津軽郡
[編集]- 衣料館板柳店 - 北津軽郡板柳町[11]
むつ市
[編集]- 1998年(平成10年)4月開店[14]、店舗面積約1,489m2[14]。
- 「ウエルマートむつ中央店」の跡に居抜きして同店を開業。
- 同店の閉鎖後マックスバリュ東北[注釈 1] → 佐藤長が居抜きで出店していたが、2024年6月にドン・キホーテがオープンした。
上北郡
[編集]十和田市
[編集]- 1972年(昭和47年)12月開店[1]、店舗面積約6,407m2[1]。
- 進出と同時に中央商店街は延長1kmのアーケード街となり、開店から約半年後に松木屋が進出した[22]。
- 2000年に一度閉店するが、地元からの要請で1階部分のみで営業を再開。2001年の経営破綻後、再建策の一環で閉鎖。
- 建物は数年間空き店舗として放置されていたが2006年に解体。解体後もしばらくの間はそのままの状態であったが、2022年4月にバスターミナル「十和田市まちなか交通広場」がオープンした。
- 大学通り店 → K・バリュー大学通り店 - 十和田市[2]。
- BUZZ元町店 - 十和田市三本木[11]
- 1994年(平成6年)12月開店[11]、店舗面積約250m2[11]。
- BUZZ開店時に同時に出店したゲオ(出店時は東和エンタープライズ)がBUZZ閉店後に増床し、現在はゲオ十和田千歳森店として現存[要出典]。
三沢市
[編集]- 岡三沢店 - 三沢市岡三沢[2]。
三戸郡
[編集]八戸市
[編集]- 上組店 - 八戸市糠塚字枡形18-2[4]、店舗面積約450m2[1]。
- 下組店 - 八戸市下組町48-1[4]、店舗面積約200坪[4]。
- 多賀台店 - 八戸市多賀台1-15[4]、店舗面積約250坪[4]。
- 吹上店 - 八戸市大字中居林字吹上206[4]。
- 旭ヶ丘店 - 八戸市新井田字小久保尻1-67[4]。
- 河原木衣料館 - 八戸市下長[2]。
- 衣料館南類家店 - 八戸市田向[11]
過去に存在した関連会社
[編集]*総合メンテナンスサービス 店舗清掃、ビルメンテナンス
- 亀屋商事
- 北日本セルコ
- 北日本インテリア
- みなみ百貨店
- グリーンスポーツ
- エレクトロ・みなみ
- タートリアン
- 亀屋みなみ流通センター
- サークルケイ・ノースジャパン
- 1986年(昭和61年)4月11日設立[12]。
- サークルケイ・ジャパンの東北地区エリアフランチャイズ本部[21]。
- 当社の破たん後もサークルケイ・ジャパンの支援を受けながら事業継続を目指したが断念[21]。
- 2003年(平成15年)3月1日にエリアフランチャイズ契約を双方の合意の上で解約し、サークルケイ・ジャパンの「シーケイ東北」が店舗や本部従業員を継承した[21]。
- アイ・シー・シー・コンピューターシステム
旧亀屋の店舗を譲り受けた主な企業
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap 『流通会社年鑑 1984年版』 日本経済新聞社、1983年10月31日。pp 92
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- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp246
- ^ a b c 『流通会社年鑑 2002年版』 日本経済新聞社、2001年12月10日。
- ^ a b “亀屋みなみチェーン新社長に南実専務”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1999年10月29日)
- ^ a b c “マックスバリュ東北、亀屋みなみチェーンの13店買収”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2001年12月19日)
- ^ “東北地区夏期特集 亀屋みなみチェーン、生き残りにリストラ、コンセプトを明確化”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1993年8月25日)
- ^ a b c d 『流通会社年鑑 1978年版』 日本経済新聞社、1977年10月25日。
- ^ 「県、管財人に退職金支給要請へ 破産した亀屋の元社員350人分」『読売新聞』(読売新聞社)2002年1月22日、東京朝刊 青森、28面。
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- ^ a b 流通会社年鑑 1997年版, 日本経済新聞社, (1996-12-04), pp. 468
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- ^ “亀屋みなみチェーン、民事再生法の適用申請”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年10月24日)
- ^ “亀屋みなみチェーンの再建、SM支援を最優先で城西セルコが出資”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2001年11月26日)
- ^ a b “亀屋みなみチェーンが破産へ、セルコ支援「時間切れ」”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2001年12月19日)
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- ^ a b c d 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 1992年版』 東洋経済新報社、1992年。
- ^ a b 『食品小売業を巡る課題と戦略 食品流通年報 1976年版』 日本食糧新聞社、1976年2月25日。pp290
- ^ 『東奥年鑑 1993年版』 東奥日報社、1992年9月1日。
- ^ a b 『流通会社年鑑 1984年版』 日本経済新聞社、1983年10月31日。pp 93
- ^ 『特集 日本のスーパーマーケット 食品流通年報1972年版』 日本食糧新聞社、1971年11月25日。pp61
- ^ 2003年当時の後継店舗マックスバリューのホームページより確認。マックスバリュー東北株式会社店舗情報
- ^ “青森県食品産業・リンゴ加工特集:青森県食品産業=マックスバリュ東北”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2002年3月29日)
- ^ a b c d e f g h i j k l 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp247
- ^ 『食料年鑑 食品業界総合名簿 1987年版』 日本食糧新聞社、1987年6月。