大関行江
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大関 行江 |
獲得メダル |
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大関 行江(おおぜき ゆきえ)(現姓木村[1])は、大阪府出身の元卓球選手。日本卓球協会6段。角丸型の日本式ペンホルダーを用いて、主に前陣でツッツキを主体とした「ツッツキ主戦型」とも呼ばれる独特のプレースタイルで、1970年代に多くのタイトルを獲得し活躍した。
経歴
[編集]大阪府池田市立北豊島中学校から四天王寺高等学校[2]を経て青山学院大学に進学、1967年の関東学生新人卓球選手権大会では女子シングルス、ダブルスで優勝した[3]。1968年ジャカルタで行われたアジア卓球選手権では女子シングルス、ダブルスで優勝、団体で準優勝した。
1971年の世界卓球選手権名古屋大会では小和田敏子、大場恵美子、今野安子と共に女子団体で優勝を果たした[4][5]。
主な成績
[編集]- 世界卓球選手権
- 第31回世界卓球選手権名古屋大会(1971年)女子ダブルス3位、女子団体優勝
- 第32回世界卓球選手権サラエボ大会(1973年)女子団体3位
- 第33回世界卓球選手権カルカッタ大会(1975年)女子ダブルス3位、混合ダブルス3位、女子団体3位
- アジア卓球選手権
- 1967年シンガポール大会 女子ダブルス準優勝
- 1968年ジャカルタ大会 女子シングルス優勝、女子ダブルス優勝、女子団体準優勝
- 1972年北京大会 女子シングルス準優勝、混合ダブルス3位、女子団体準優勝
- 1974年横浜大会 女子シングルス準優勝、女子ダブルス準優勝、女子団体優勝
- 全日本卓球選手権大会
- 女子シングルス優勝4回(1970年、1971年、1973年、1975年)
- 混合ダブルス優勝4回(1967年、1970年、1974年、1975年)
脚注
[編集]- ^ ニッタクニュース 2009年2月号
- ^ “データで見る女子シングルス。出身校では四天王寺と仙台育英(秀光)が二大勢力”. 卓球王国 (2010年1月11日). 2012年4月22日閲覧。
- ^ 関東学生新人卓球選手権大会・優勝者一覧表
- ^ “朝日スポーツ賞(1974~1929年度)”. 朝日新聞社. 2011年10月31日閲覧。
- ^ “ピンポン外交40周年記念会”. エイ・ワークス. 2011年10月31日閲覧。
- ^ “栄光の記録 全日本選手権 女子シングルス 昭和30年~平成12年”. 2012年4月22日閲覧。