清水第八プレアデス
清水第八プレアデス | |
---|---|
原語表記 | 清水第八スポーツクラブ |
愛称 | 清水第八プレアデス |
クラブカラー | 赤 |
創設年 | 1978年 |
所属リーグ | 東海女子サッカーリーグ |
所属ディビジョン | 2部 |
ホームタウン | 静岡県静岡市 |
ホームスタジアム | IAIスタジアム日本平ほか |
収容人数 | 20,299 |
代表者 | 松永元良 |
監督 | 山梨京子 |
公式サイト | 公式サイト |
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
清水第八スポーツクラブ(しみずだいはちスポーツクラブ)は静岡県静岡市(旧・清水市)を本拠地とするサッカークラブであるが、 一般には2010年まで日本女子サッカーリーグに所属していた女子サッカーチーム「清水第八プレアデス」が知られている。そのためここではプレアデスについて記述する。
日本の女子サッカー創成期の強豪であったが日本女子サッカーリーグ(JLSL:のちのL・リーグ)に当初は不参加のため主力選手流出で弱体化。2001年に念願のL・リーグ入りを果たしたが、二部制となった2004年から2010年まで2部リーグ(当時L・リーグ2部(L2)、のちのなでしこリーグ2部、2010年はチャレンジリーグEAST)に所属し、2010年の入れ替え戦の結果、日本女子サッカーリーグから降格したが2013年チャレンジリーグに再昇格。しかし2015年は東海女子サッカーリーグに降格。
クラブの名称は前身となる「清水第八青年学級」に由来し、また「八」の字形が地元の名勝・富士山を連想させることや、「末広がり」のため日本一になる目標にも通じるためであるといわれる。
クラブの概要・歴史
[編集]国の青少年教養育成機関である「清水第八青年学級」を前身に、1947年から「第八総合スポーツ青年団」という名称で発足する。当時は男子メンバーが中心であったが、清水市内の入江小学校にあった女子サッカーチームに所属していた選手が1978年に第八中学校に進学にあわせて加入し女子部が誕生。のち女子チームが主体となっていった。
皇后杯全日本女子サッカー選手権大会(男子サッカーの天皇杯に相当)には1980年の第1回大会から参加。翌1981年の第2回大会から1987年の第8回大会まで7年連続して優勝。1988年の第9回大会でも準優勝を成し遂げ、日本女子代表を数多く輩出する黄金期を迎えた。
しかし1989年に誕生する日本女子サッカーリーグには不参加を決めたため、主力選手であった木岡二葉、半田悦子、山口小百合、山田千愛が同じ清水市を拠点とする清水FCレディースに移籍。また本田美登里は読売ベレーザに移籍した。
その後も静岡県の県リーグに参加して全日本女子サッカー選手権大会に東海地区代表としてほとんどの年に進出をし、また1992年からJLSLチャレンジリーグに参加してJLSL(→L・リーグ)入りの準備をしたが昇格ができずにいた。
やがて2001年にL・リーグ入りを果たし、一次リーグ(東地区)では最下位に終わるものの決勝リーグ(下位リーグ)で浦和レイナス、スペランツァF.C.高槻を下して2位となり総合で6位の成績を残した。しかしその後は主力選手の移籍、故障者の続出で苦戦が続き、二部制となった2004年から2部リーグ(当時のL2)に所属、2007年からは日本女子サッカーリーグ所属のチームを清水第八プレアデスと改名した。
2010年は2部リーグの機構改革により「プレナスチャレンジリーグ・イーストディビジョン」に参戦し、1部リーグなでしこリーグへの昇格権利が与えられる「なでしこリーグ準加盟」になった。イーストディビジョンの準加盟はAC長野パルセイロ・レディースと2チームだけであり、規定により5位以内ならなでしこリーグ入れ替え戦出場決定戦[1] に参加できるところだったが、年間で2勝(11敗2分け)しか挙げられず最下位の6位で終わったため、なでしこリーグへの挑戦権は得られず、チャレンジリーグ入れ替え戦[2] にチャレンジリーグ残留をかけることとなった。しかし、そのチャレンジリーグ入れ替え戦でも吉備国際大学に2試合合計1-3(第1戦0-3、第2戦1-0)で敗れ、チャレンジリーグから東海リーグへの降格が決定した。これによりなでしこリーグ準加盟の資格も抹消された。
2011年のチャレンジリーグ入れ替え戦出場チーム決定戦でつくばFCレディースと1回戦で対戦するが、1-1の同点で迎えたPK戦で4-5で敗北し、復帰はならなかった。2012年のチャレンジリーグ入替戦予選大会で益城ルネサンス熊本FCに3-2で勝利し、3年ぶりにチャレンジリーグ復帰を果たした。
しかし2014年シーズンは僅か1勝しかあげられず最下位の16位となり、入替戦に回ったが、2年前と同じ対戦となった益城ルネサンス熊本FCに2試合合計で0-5で敗れ、3年ぶりに東海リーグへの降格が決まった[3]。
1年でのチャレンジリーグ復帰を目指した2015年の東海1部リーグでは、さらにチームが低迷し、1勝(1分け8敗 勝ち点4)しか挙げられず、チャレンジリーグ入れ替え戦出場も認められなかった[4] うえ、東海2部リーグに降格となった
- ^ 東西それぞれの地区の準加盟チームの中で成績上位2チームずつまでに出場権が与えられるが、その地区の準加盟が2チーム以下であっても最下位チームは規定によりなでしこリーグ入れ替え戦には出場できず、チャレンジリーグ入れ替え戦に回る
- ^ 日本女子サッカーリーグに新規参入を希望する地方のクラブを対象に主催者が審査し、加盟相当と認められたチームを対象に行う「チャレンジリーグ入れ替え戦出場決定戦」の成績上位チームと、チャレンジリーグの東西それぞれの最下位チームによる対戦
- ^ 2015年度から3部制が敷かれ、チャレンジリーグは3部相当に格下げとなった。そのため事実上は2部から2階級降格の形となる
- ^ 平成27年度(第16回)東海女子サッカー1部リーグ星取表
チーム成績
[編集]JLSLチャレンジリーグ
[編集]年度 | チーム名 | リーグ | チーム数 | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1992 | 清水第八スポーツクラブ | JLSLチャレンジリーグ | 4 | 6 | 5 | 2 | 1 | 3 | 3位 |
1993 | 4 | 6 | 5 | 2 | 1 | 3 | 3位 | ||
1994 | 3 | 8 | 6 | 2 | 2 | 4 | 2位 | ||
1995 | 3 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 3位 |
- 勝ち点は「勝ち2、引き分け1、負け0」
日本女子サッカーリーグ
[編集]回 | 年度 | チーム名 | リーグ | チーム数 | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
13 | 2001 | 清水第八スポーツクラブ | L・リーグ | 10 | 13 | 12 | 3 | 3 | 7 | 6位 |
14 | 2002 | 11 | 11 | 4 | 1 | 1 | 9 | 10位 | ||
15 | 2003 | 13 | 18 | 13 | 4 | 1 | 13 | 11位 | ||
(16) | 2004 | L・リーグ2部 (L2) |
6 | 15 | 4 | 1 | 1 | 13 | 6位 | |
(17) | 2005 | 7 | 18 | 7 | 2 | 1 | 15 | 6位 | ||
(18) | 2006 | なでしこリーグディビジョン2 | 8 | 21 | 6 | 1 | 3 | 17 | 7位 | |
(19) | 2007 | 清水第八プレアデス | 8 | 21 | 8 | 2 | 2 | 17 | 7位 | |
(20) | 2008 | 9 | 16 | 11 | 2 | 5 | 9 | 7位 | ||
(21) | 2009 | 8 | 21 | 25 | 6 | 7 | 8 | 4位 | ||
(22) | 2010 | チャレンジリーグEAST | 6 | 15 | 8 | 2 | 2 | 11 | 6位 | |
(25) | 2013 | チャレンジリーグ | 16 | 22 | 10 | 3 | 1 | 18 | 14位 | |
(26) | 2014 | 16 | 22 | 3 | 1 | 0 | 21 | 16位 |
- 予選(地区)リーグと決勝リーグを採用した2001年から2003年までの成績は年間順位。チーム数は両地区の合計チーム数。
- 勝ち点は「勝ち3、引き分け1、負け0」
- 2004年から二部制に移行。チーム数は所属リーグのみ。
- 2003年まではシーズン名に「第○回」と表記されていたが、2004年からは西暦年で表記するようになった。
| ||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||
|
東海女子サッカーリーグ
[編集]年度 | チーム名 | チーム数 | 試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2011 | 清水第八プレアデス | 10 | 13 | 36 | 12 | 0 | 1 | 優勝 |
2012 | 12 | 11 | 20 | 6 | 2 | 3 | 4位 | |
2015 | 6 / 1部 | 10 | 4 | 1 | 1 | 8 | 6位 | |
2016 | 6 / 2部 | 10 | 24 | 7 | 0 | 3 | 優勝 | |
2017 | 6 / 1部 | 10 | 1 | 0 | 1 | 9 | 6位 |
獲得タイトル
[編集]- 皇后杯全日本女子サッカー選手権大会:7回
- 清水市長杯・全日本チャンピオンズカップ:2回
- 全日本選抜女子サッカー大会:1回
チームカラー
[編集]- チームカラーは赤
ユニフォームサプライヤー
[編集]歴代監督
[編集](日本女子サッカーリーグ参入時)
- 2001年 杉山勝四郎
- 2002年 - 2007年 東城薫
- 2008年 - 山梨京子
選手
[編集]現在所属している選手
[編集]No. | 名前 | P | 生年月日 | 出身 | 前所属 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 土屋亜矢(つちや あや) | GK | 1994/8/18 | 静岡市 | JAPANサッカーカレッジ |
2 | 馬場早優美 (ばば さゆみ) | DF | 1992/1/22 | 静岡市 | 大阪体育大学 |
3 | 肥留川海生(ひるかわ みお) | DF | 1993/10/19 | 埼玉県 | 成立学園高等学校 |
4 | 幡鎌千里 (はたかま ちさと) | DF | 1998/3/10 | 静岡市 | |
5 | 金城若菜 (かなしろ わかな) | MF | 1982/1/20 | 東京都 | 大阪体育大学 |
6 | 宮川朋子 (みやがわ ともこ) | MF | 1987/1/11 | 富士市 | 日本体育大学 |
7 | 松田夏希 (まつだ なつき) | MF | 1998/7/14 | 静岡市 | 清水クラブ |
8 | 八巻琴美(やまき ことみ) | MF | 1995/9/29 | 静岡市 | 常葉学園橘高等学校 |
9 | 大多和春香 (おおたわ はるか) | FW | 1998/4/14 | 静岡市 | SALFUS oRs |
10 | 鈴木直実 (すずき なおみ) | FW | 1996/3/22 | 静岡市 | 伊賀FCくノ一サテライト |
11 | 梶川彩香 (かじかわ さやか) | FW | 1994/11/5 | 神奈川県 | JAPANサッカーカレッジ |
12 | 春田愛 (はるた めぐみ) | DF | 1997/6/30 | 静岡市 | |
13 | 磯部奈南 (いそべ ななみ) | DF | 1997/6/10 | 静岡市 | |
14 | 杉浦有希 (すぎうら あき) | MF | 1997/5/27 | 静岡市 | |
15 | 望月春奈 (もちづき はるな) | GK/MF | 1999/1/6 | 静岡市 | |
16 | 酒井藍莉 (さかい あいり) | MF | 1998/8/6 | 静岡市 | 藤枝順心ジュニアユース |
17 | 遠藤佑香 (えんどう ゆうか) | FW | 1998/12/4 | 静岡市 | |
18 | 西ヶ谷紀恵 (にしがや のりえ) | DF | 1982/10/14 | 静岡市 | 清水FC女子 |
19 | 近藤祐衣 (こんどう ゆい) | FW | 1995/3/9 | 東京都 |
かつて所属していた選手
[編集]- 伊井清乃 (元バニーズ京都SC・元U-16サッカー日本女子ユース選抜)
- 海野恵津子(現クラブ主務)
- 笠嶋由恵 (元ASエルフェン狭山FC・元サッカー日本女子代表)
- 神谷藍(引退)
- 木岡二葉 (元鈴与清水FC・元サッカー日本女子代表・現女子サッカーFIFA親善大使)
- 桒原沙緒莉 (元TEPCOマリーゼ・現フットサル選手(現姓・川添))
- 佐藤衣里子 (元TEPCOマリーゼ・元サッカー日本女子代表)
- 佐藤シェンネン (元岡山湯郷Belle・元U-20サッカー日本女子代表)
- 佐山万里菜 (現プロボクサー)
- 島田素英(元鈴与清水FC・大原学園JaSRA女子SC/元宝塚バニーズLSC監督・福岡J・アンクラスGKコーチ)
- 杉山淳子(引退)
- 杉山瞳(引退)
- 田中菜実 (現AC長野パルセイロ・レディース)
- 東城薫(元監督、現GKコーチ)
- 遠山さゆり (現スペランツァFC大阪高槻・元U-18サッカー日本女子代表)
- 中島未来 (元アルビレックス新潟レディース・元U-18サッカー日本女子代表)
- 半田悦子 (元鈴与清水FC・元サッカー日本女子代表・現在は常葉大学附属橘高校女子サッカー部監督)
- 本田美登里 (元読売ベレーザ・AC長野パルセイロ・レディース監督)
- 丸本和美(現清水FCレディース)
- 三浦香子(元バニーズ京都SC)
- 山口小百合 (元鈴与清水FC・元サッカー日本女子代表)
- 山田千愛 (元鈴与清水FC・元サッカー日本女子代表)
- 山梨京子(現監督)