「川西池田駅」の版間の差分
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2020年8月21日 (金) 09:05時点における版
川西池田駅* | |
---|---|
駅舎 | |
かわにしいけだ Kawanishi-Ikeda | |
◄JR-G53 北伊丹 (3.1 km) (3.5 km) 中山寺 JR-G55► | |
所在地 | 兵庫県川西市栄根二丁目6-26[1] |
駅番号 | JR-G54 |
所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
所属路線 | 福知山線(JR宝塚線) |
キロ程 |
11.0km(尼崎起点) 大阪から18.7 km |
電報略号 | イケ |
駅構造 | 地上駅(橋上駅)[1] |
ホーム | 2面4線[1] |
乗車人員 -統計年度- |
19,787人/日(降車客含まず) -2018年- |
開業年月日 | 1893年(明治26年)12月12日[1] |
乗換 | 川西能勢口駅(阪急電鉄・能勢電鉄)[1] |
備考 |
直営駅[1] みどりの窓口 有 * 1951年に池田駅から改称[1][2]。 |
川西池田駅(かわにしいけだえき)は、兵庫県川西市栄根二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線の駅である[1]。駅番号はJR-G54。
「JR宝塚線」の愛称区間に含まれる直営駅[1](宝塚駅の被管理駅)。ICOCAが利用可能(相互利用ICカードはICOCAの項を参照)。
歴史
初代の駅は摂津鉄道の終点として開業した[3]。当時の位置は現在とは異なり、猪名川を渡る呉服橋近く(当時の地名で川西村大字小花字大畑)に駅があった。このため駅名は「川西」を名乗らず、猪名川の対岸で栄えていた「池田」とされた。その後、阪鶴鉄道の駅となり、宝塚方面に延長するにあたって駅を移転。この時移転された駅の位置は、現在より西寄りの場所で、国道176号線の寺畑1丁目信号の前あたりにあり、一度仮停車場への移転を経て本停車場に移転している[4]。
1925年に川西が町制を敷いて以降、所在地に合わせて駅名を改称する機運が高まり、数度に渡り駅名の改称を請願したが受理されなかった。川西の町制25周年にあたる1950年前後に運動は盛んになり、国鉄などに陳情が行われたが、池田市もそれに反対する陳情を行ったため、間を取って「川西池田」となった[5]。
非電化当時の構内は、駅の北東部に貨物取り扱い施設と機関支区が設置され、広い敷地を有していた。また、阪鶴鉄道時代には駅前の丘に阪鶴鉄道本社があった[4]。乗客は箕面有馬電気鉄道(現在の阪急電鉄)の開業に伴って漸減し、福知山線の電化・複線化まで川西能勢口駅の一人勝ち状態が続いていた。
福知山線の電化・複線化にあたり、当駅を両方向で待避可能な駅に改造し、駅前にロータリーを作るため、元貨物ヤードがあった現在の位置に3度目の移転をした。移転後の旧駅の遺構として駅前広場が90年代初めまで形を残していたが、線路を跨ぐ道路の敷地になり姿を消した。
年表
- 1893年(明治26年)12月12日 - 摂津鉄道の終着駅である池田駅として開業[3]。一般駅。
- 1897年(明治30年)
- 1900年(明治33年)12月 - 仮設駅が焼失[4]
- 1901年(明治34年)4月1日 - 仮設駅から本来の駅に移転[4]
- 1907年(明治40年)8月1日 - 阪鶴鉄道が国有化、帝国鉄道庁の駅となる[3]。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定[3]。阪鶴線所属駅となる[3]。
- 1912年(明治45年)3月1日 - 線路名称改定[3]。阪鶴線の福知山駅以南が福知山線に改称し、当駅もその所属となる[3]。
- 1951年(昭和26年)8月1日 - 川西池田駅に改称[1][2]。
- 1978年(昭和53年)10月1日 - 自動車基地閉鎖。
- 1979年(昭和54年)7月1日 - 貨物の取り扱いを廃止、北伊丹駅に移管。旅客駅となる。
- 1980年(昭和55年)9月3日 - 北伊丹駅方面に0.2km移転し、橋上駅舎化[1]。
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 荷物の取り扱いを廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる[3]。
- 1988年(昭和63年)3月13日 - 路線愛称の制定により、「JR宝塚線」の愛称を使用開始。
- 1989年(平成元年)3月11日 - 快速列車の運転開始とともに、快速の停車駅となる。
- 1992年(平成4年)11月1日 - みどりの窓口営業開始。
- 2003年(平成15年)11月1日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる[6]。
- 2005年(平成17年)
- 4月25日 - JR福知山線脱線事故の影響で列車の発着がなくなる[3](みどりの窓口のみ営業)。
- 6月19日 - 福知山線復旧、脱線事故後55日ぶりに営業を再開[3]。
- 2011年(平成23年)3月8日 - JR宝塚・JR東西・学研都市線運行管理システム導入。接近メロディ導入。
- 2018年(平成30年)3月17日 - 駅ナンバリングが導入され、使用を開始。
駅構造
島式2面4線のホームを持つ地上駅で、橋上駅舎を有する。進行方向ごとに列車の待避が可能である。
本線は内側の2番のりばと3番のりばで、運転手の取り扱い上はそれぞれ「下り本線」と「上り本線」と呼ばれる。待避線の1・4番のりばは有効長がさらに長く造られている。
駅舎内には、2階にコンビニ『セブンイレブン ハートイン』がある。
のりば
のりば | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
1・2 | JR宝塚線 | 下り | 宝塚・三田方面 |
3・4 | 上り | 尼崎・大阪・北新地方面 |
- 上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。
ダイヤ
特急列車は通過するが、その他の営業列車は停車する。
日中時間帯の停車本数は1時間に8本で、区間快速と普通列車がそれぞれ4本ずつ停車する。
快速(「丹波路快速」含む)が運転されている時間帯は、当駅でほとんどの快速と普通の緩急接続が行われる。大阪方面については、朝晩に東西線に直通する快速も停車するほか、朝ラッシュ時は本数が非常に多い。
快速の接続待ちや特急の通過待ちで1・4番のりばに停車する列車は車内の室温維持(節電)のためにドアが半自動扱いとなり、停車中は乗客がドア付近のボタンを押して開閉を操作する。以前は夏季や冬季のみであったが、2013年からは毎日行うようになった。
なお、2020年3月14日ダイヤ改正で、福知山線に「区間快速」が設定される。区間快速の停車駅は、大阪 - 当駅間が快速及び丹波路快速と同じで(※但し、塚口駅は止まらない。)、川西池田駅から宝塚・新三田以遠は各駅に停車する。
利用状況
「兵庫県統計書[7]」によると、2018年(平成30年)度の1日平均乗車人員は19,787人である。
近年の1日平均乗車人員は以下の通りである。
年度 | 1日平均 乗車人員 |
---|---|
1995年 | 11,780 |
1996年 | 12,718 |
1997年 | 16,707 |
1998年 | 18,041 |
1999年 | 18,728 |
2000年 | 19,066 |
2001年 | 19,032 |
2002年 | 19,206 |
2003年 | 19,753 |
2004年 | 20,177 |
2005年 | 18,359 |
2006年 | 20,060 |
2007年 | 20,373 |
2008年 | 20,555 |
2009年 | 20,195 |
2010年 | 19,867 |
2011年 | 19,619 |
2012年 | 19,686 |
2013年 | 19,828 |
2014年 | 19,571 |
2015年 | 19,789 |
2016年 | 19,771 |
2017年 | 19,781 |
2018年 | 19,787 |
駅周辺
- 約550m、徒歩約6分。屋根の付いたペデストリアンデッキやアステ川西内にある自由通路を介して連絡している[1]。
- なお、1981年までは駅に隣接して能勢電鉄の川西国鉄前駅があり、単行の電車が、末期には朝夕のラッシュのみ川西能勢口駅との間を結んでいた[1]。
バス
阪急バス(JR川西池田停留所)
その他
隣の駅
脚注
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『兵庫の鉄道全駅 JR・三セク』神戸新聞総合出版センター、2011年12月15日、102頁。ISBN 9784343006028。
- ^ a b 「日本国有鉄道公示第176号」『官報』1951年7月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ a b c d e f g h i j k l 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集) 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 44号 福知山線・播但線・加古川線・姫新線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年5月30日、10-11頁。
- ^ a b c d e 川西市史編集専門委員会編 『かわにし 川西市史第三巻』、1980年、196 - 203頁
- ^ 川西市史編集専門委員会編 『かわにし 川西市史第三巻』、1980年、416, 417頁
- ^ 「ICOCA」いよいよデビュー! 〜 平成15年11月1日(土)よりサービス開始いたします 〜(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年8月30日
- ^ 兵庫県統計書
関連項目
- 日本の鉄道駅一覧
- アーバンネットワーク
- 淡路屋 - 1903年(明治36年)に阪鶴鉄道から構内営業の許可を受け当駅で駅弁を売り出したのが、駅弁業者としての「淡路屋」の発祥(それ以前は大阪曽根崎新地で料亭「淡宇」を営んでいた)。のちに生瀬駅に移転し、戦後、神戸駅に移転して現在に至る。
- 厚木駅 - 神奈川県海老名市に所在。相模川対岸の神奈川県厚木の地名を採用した。改称の請願が出されているがその予定は無い。
- 新古河駅 - 茨城県古河市ではなく埼玉県加須市に所在する東武鉄道の駅。当駅同様、川(渡良瀬川)を県境としその対岸の市に所在する。
- びわ湖毎日マラソン - 「全日本毎日マラソン選手権」として大阪で開催されていた時代、第4回大会(1949年)までは当駅付近に折り返し地点があった。