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「総合車両製作所新津事業所」の版間の差分

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|車両基地名 = 総合車両製作所新津事業所
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'''総合車両製作所新津事業所'''(そうごうしゃりょうせいさくしょ にいつじぎょうしょ)は、[[新潟県]][[新潟市]][[秋葉区]]南町にある[[総合車両製作所]](J-TREC)の[[鉄道車両]]製造工場である 
'''総合車両製作所新津事業所'''(そうごうしゃりょうせいさくしょにいつじぎょうしょ)は、[[新潟県]][[新潟市]][[秋葉区]]南町にある[[総合車両製作所]](J-TREC)の[[鉄道車両]]製造工場。
== 概要 ==
前身は[[1994年]](平成6年)6月<ref name="K764"/>、[[東日本旅客鉄道]](JR東日本)が'''新津車両所'''(にいつしゃりょうしょ)を改組して発足させた'''新津車両製作所'''(にいつしゃりょうせいさくしょ、[[英語|英称]]:Niitsu Rolling Stock Plant)で、[[東日本旅客鉄道新潟支社]]が所管していたが、JR東日本は事業・資産等を[[2014年]](平成26年)[[4月1日]]付で傘下のJ-TRECへ[[会社分割]]により譲渡し、現在の体制となった。


かつて官営鉄道'''新津工場'''として開設され、[[1994年]](平成6年)6月に[[東日本旅客鉄道]](JR東日本)が'''新津車両所'''(にいつしゃりょうしょ)を改組して発足させた'''新津車両製作所'''(にいつしゃりょうせいさくしょ、[[英語|英称]]:Niitsu Rolling Stock Plant)を前身とする<ref name="K764"/>。
[[鉄道事業者]]の傘下にある日本の鉄道車両メーカーとしては、前掲のJR東日本傘下のJ-TRECのほか、[[近畿日本鉄道]]と[[西日本旅客鉄道]](JR西日本)が出資する[[近畿車輛]]、[[東海旅客鉄道]](JR東海)が出資する[[日本車輌製造]]、[[阪急阪神ホールディングス]]傘下の[[アルナ車両]]の例がある。


[[東日本旅客鉄道新潟支社]]が所管していたが、2012年に東急より事業譲受したJ-TRECへ車両製造業務を一本化することに伴い、本事業所に関する業務・資産を[[2014年]](平成26年)[[4月1日]]付で[[会社分割]]により譲渡し、現在の体制となった。
一方、鉄道事業者が直営する[[西武所沢車両工場]]が[[1999年]](平成11年)に車両製造を終了して以降、この新津車両製作所が日本国内唯一となっていた。JR東日本では、車両の調達コスト抑制と車両生産の技術向上を自社生産の目的として掲げてきた<ref>[https://news.mynavi.jp/articles/2008/10/23/niitsu/index.html 【レポート】日本で唯一の鉄道会社直営車両生産工場「新津車両製作所」に潜入] - [[マイコミジャーナル]] 2008年10月23日</ref>が、JR東日本が[[2012年]](平成24年)[[4月2日]]、[[東京急行電鉄]]から[[東急車輛製造]]<ref group="注" name="Yokohama-Kanazawa">のちに2014年に横浜金沢プロパティーズへ商号変更後、2016年に東京急行電鉄に吸収合併された。</ref>の鉄道車両事業を譲受して総合車両製作所を発足させ<ref>{{PDFlink|[http://www.jreast.co.jp/press/2011/20111014.pdf 東急車輛製造株式会社の鉄道車両製造事業の経営権取得について]|2011年10月27日 東日本旅客鉄道}}</ref><ref>{{PDFlink|[http://www.jreast.co.jp/press/2011/20120304.pdf 鉄道車両新会社の商号について]|2012年3月6日 東日本旅客鉄道}}</ref><ref>東急車輛では事業譲受前、鉄道車両の同事業会社の商号を「新東急車輛株式会社」としていた。</ref>、さらに車両製造の体制をJ-TRECへ一本化するため前掲の会社分割を実施した<ref name="NT">{{PDFlink|[http://www.jreast.co.jp/press/2013/20131214.pdf 車両製造事業の子会社への会社分割による継承について]}} - JR東日本 2013年12月18日</ref>ことにより、鉄道事業者直営の鉄道車両製造工場は日本から姿を消した。


新津車両製作所時代は、[[西武所沢車両工場]]が[[1999年]](平成11年)に車両製造を終了して以降、鉄道事業者が直営する日本国内唯一の車両製造所となっていた。JR東日本では、車両の調達コスト抑制と車両生産の技術向上を自社生産の目的として掲げてきたが<ref>[https://news.mynavi.jp/article/20081023-niitsu/ 【レポート】日本で唯一の鉄道会社直営車両生産工場「新津車両製作所」に潜入] - [[マイコミジャーナル]] 2008年10月23日</ref>、前掲のJ-TRECへの鉄道車両製造事業の一本化に伴い、JR東日本の子会社という位置付けへと変化している。
新津事業所で整備された車両に記される略号は、NiiTsu から取った「NT」である。


本事業所で整備された車両に記される略号は「NT」('''N'''ii'''T'''su)。
== 製造工場 ==
なお、[[JR東日本テクノロジー]]<ref>開設当初は[[東日本旅客鉄道新潟支社#新潟交通機械|新潟交通機械]]への委託であったが、2012年(平成24年)[[4月1日]]に車両部門に係わる事業を東日本トランスポーテックに統合している。2015年4月に[[東北交通機械]]も統合しJR東日本テクノロジーに改称。{{PDFlink|[http://www.jreast.co.jp/press/2011/20120221.pdf JR東日本グループ事業の再編成について]|2012年2月28日 東日本旅客鉄道}}</ref>に製造工程の一部を委託している。


== 製造工場 ==
素材となる[[ステンレス鋼|ステンレス板]]を加工するところから生産を行い、[[鉄道車両の台車|台車]]も当所で製造している。また[[CAD]]・[[CAM]]や[[ロボット]]を活用した効率性の高い生産を行っている。
素材となる[[ステンレス鋼|ステンレス板]]を加工するところから生産を行い、[[鉄道車両の台車|台車]]も当所で製造している。また[[CAD]]・[[CAM]]や[[ロボット]]を活用した効率性の高い生産を行っている。


さらに、当所と総合車両製作所横浜事業所、JR東日本の各支社、[[東京総合車両センター]]・[[長野総合車両センター]]とは[[専用線|専用回線]]による[[コンピュータネットワーク|情報ネットワーク]]が構築されており、社内各部門とネットワーク環境下で設計情報などを共有しながら設計・製造を行うことが可能である。
さらに、当所と総合車両製作所横浜事業所、JR東日本の各支社、[[東京総合車両センター]]・[[長野総合車両センター]]とは[[専用線|専用回線]]による[[コンピュータネットワーク|情報ネットワーク]]が構築されており、社内各部門とネットワーク環境下で設計情報などを共有しながら設計・製造を行うことが可能である。


[[2008年]](平成20年)10月に放送された『[[あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑|あしたをつかめ]]』において、当所で働く社員の仕事が紹介された。また、[[2003年]](平成15年)7月に発売された[[のりもの探検隊]]では、当時製造中であったE231系([[常磐快速線|常磐線]])の制作過程を、[[2009年]](平成21年)[[8月4日]]に放送された『[[生中継 ふるさと一番!]]』でも当所が紹介された。
[[2008年]](平成20年)10月に放送された『[[あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑|あしたをつかめ]]』において、当所で働く社員の仕事が紹介された。また、[[2003年]](平成15年)7月に発売された[[のりもの探検隊]]では、当時製造中であったE231系[[JR東日本E231系電車#常磐快速電車・成田線|常磐線快速電車用]]の制作過程を、[[2009年]](平成21年)[[8月4日]]に放送された『[[生中継 ふるさと一番!]]』でも当所が紹介された。


[[2013年]](平成25年)[[12月18日]]、JR東日本の取締役会において、当所の車両製造事業とそれに係る資産や負債、権利及び義務(ただし当所でのJR東日本従業員とJR東日本との雇用契約を除く)を総合車両製作所に譲渡し、車両製造の一元化を図ることが決議された<ref name="NT"/><ref name="NT-res">[https://response.jp/article/2013/12/18/213307.html JR東日本、新津車両製作所をJ-TRECに譲渡…車両製造部門を一元化] - [[Response.]] 2013年12月18日</ref>。
[[2013年]](平成25年)[[12月18日]]、JR東日本の取締役会において、当所の車両製造事業とそれに係る資産や負債、権利及び義務(ただし当所でのJR東日本従業員とJR東日本との雇用契約を除く)を総合車両製作所に譲渡し、車両製造の一元化を図ることが決議された<ref name="NT"/><ref name="NT-res">[https://response.jp/article/2013/12/18/213307.html JR東日本、新津車両製作所をJ-TRECに譲渡…車両製造部門を一元化] - [[Response.]] 2013年12月18日</ref>。


2018年2月14日、当所の車両製造両数が累計で5000両を迎えることとなり、記念式典が挙行された。式典では、当初は3日に1両の製造能力が、現在は1日1両に上がっていることや、5000両目となるクハE235-16に記念プレートが付けられる予定が述べられた<ref>レイルマガジン416号140ページ</ref>。
2018年2月14日、当所の車両製造両数が累計で5000両を迎えることとなり、記念式典が挙行された。式典では、当初は3日に1両の製造能力が、現在は1日1両に上がっていることや、5000両目となるクハE235-16に記念プレートが付けられる予定が述べられた<ref>レイルマガジン416号140ページ</ref>。

なお、[[JR東日本テクノロジー]]に製造工程の一部を委託していたが2021年4月を以って総合車両製作所へ承継し、新津事業所を閉所した。


== 沿革 ==
== 沿革 ==
[[日本国有鉄道]]新津工場<ref>[http://www.city.niigata.lg.jp/akiha/about/kankou/rail/rail/ob_1.html 旧国鉄新津工場] - 新潟市秋葉区HP</ref>にその歴史が始まる。同工場は[[鉄道省]]時代の[[1941年]](昭和16年)1月に開設され、貨車などの新造を行ったこともあったが、基本的に修繕・保守拠点としての役割を果たしていた。
[[日本国有鉄道]]新津工場にその歴史が始まる<ref>[http://www.city.niigata.lg.jp/akiha/about/kankou/rail/rail/ob_1.html 旧国鉄新津工場] - 新潟市秋葉区HP</ref>。同工場は[[鉄道省]]時代の[[1941年]](昭和16年)1月に開設され、貨車などの新造を行ったこともあったが、基本的に修繕・保守拠点としての役割を果たしていた。


=== 車両製作所へ転換する以前の車両新造 ===
=== 車両製作所へ転換する以前の車両新造 ===
転換前は車両の改造・修繕が主な業務であった新津車両所であるが、例外的に[[JR東日本107系電車|107系]]<ref group="">新津では全てJR東日本新津車両所時代に製造した車両。</ref>の製造も行っていた。これは新津車両製作所の発足に先駆けて社員の技術向上を目的としたもので、以後の基礎となっているものも多い。
転換前は車両の改造・修繕が主な業務であったが、例外的に[[JR東日本107系電車|107系]]の製造も行っていた<ref group="備" name="JR-NT">新津では全てJR東日本新津車両所時代に製造した車両。</ref>。これは新津車両製作所の発足に先駆けて社員の技術向上を目的としたもので、以後の基礎となっているものも多い。


その後、当時東急車輛製造<ref group="注" name="Yokohama-Kanazawa"/><ref group="注" name="J-TREC_Yokohama"/>横浜製作所の近くに立地していた[[東日本旅客鉄道大船工場|大船工場]]では[[国鉄205系電車#500番台|205系500番台]]、[[JR東日本209系電車#試作車|901系]]、[[JR東日本209系電車|209系]]<ref group="注" name="JR-NT"/>、[[JR東日本E217系電車|E217系]]<ref group="注" name="JR-NT"/>のそれぞれ一部車両の製造を手掛けており、当所の発足に至っている。
その後、当時東急車輛製造横浜製作所の近くに立地していた[[東日本旅客鉄道大船工場|大船工場]]では[[国鉄205系電車#500番台|205系500番台]]、[[JR東日本209系電車#試作車(901系)|901系]]、[[JR東日本209系電車|209系]]、[[JR東日本E217系電車|E217系]]のそれぞれ一部車両の製造を手掛けており、当所の発足に至っている。


===車両新造事業への転換 ===
=== 車両新造事業への転換 ===
[[国鉄分割民営化]]後、JR東日本は国鉄時代に引き続き[[日本の鉄道車両検査|鉄道車両の改造・検査・修繕]]を中心に業務われていたが、[[1994年]](平成6年)10月、車両の計画から設計、製造、運用、保守、[[廃車 (鉄道)|廃車]]後の[[リサイクル]]に至る「車両トータルマネジメントの実現」を目標に、新津車両所を[[電車]]の新造工場に改組転換し、当時の東急車輛製造<ref group="注" name="Yokohama-Kanazawa"/><ref group="注" name="J-TREC_Yokohama">鉄道車両事業は[[総合車両製作所]]が継承。</ref>からの技術供与により電車の製造を開始した。
[[国鉄分割民営化]]後、JR東日本は国鉄時代に引き続き[[日本の鉄道車両検査|鉄道車両の改造・検査・修繕]]を中心に業務ていたが、[[1994年]](平成6年)10月、車両の計画から設計、製造、運用、保守、[[廃車 (鉄道)|廃車]]後の[[リサイクル]]に至る「車両トータルマネジメントの実現」を目標に、新津車両所を[[電車]]の新造工場に改組転換し、東急車輛製造(当時)からの技術供与により電車の製造を開始した。


設立当初は東急車輛製造<ref group="注" name="Yokohama-Kanazawa"/><ref group="注" name="J-TREC_Yokohama"/>で製造している車両を当所でも生産する方式だったが、技術力の強化を目的に[[JR東日本209系電車#950番台|209系950番台]](のちに[[JR東日本E231系電車#900番台|E231系900番台]]へ改番)<ref group="注" name="JR-NT">新津では全てJR東日本新津車両製作所時代に製造した車両。</ref>では設計段階から東急車輛製造<ref group="注" name="Yokohama-Kanazawa"/><ref group="注" name="J-TREC_Yokohama"/>と共同で製造を手掛けた
設立当初は東急車輛製造で製造している車両を当所でも生産する方式だったが、技術力の強化を目的に[[JR東日本209系電車#950番台|209系950番台]](のちに[[JR東日本E231系電車#900番台|E231系900番台]]へ改番)では設計段階から東急車輛製造と共同で製造を手掛けた<ref group="">新津ではJR東日本新津車両製作所時代に製造した車両。</ref>。


JR東日本が自社で製造工場を所有したのは、JR東日本初代会長山下勇の基本哲学「'''どんな会社であれ、技術が会社発展の原点である。技術なくして会社の発展はありえない'''」から<ref name="RP2003-6">鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2003年6月号「E231系と新津車両製作所」47-57P記事。</ref>、会社として技術力を高めることとモノ作りの重要性を得るため<ref name="RP2003-6"/>、山下の強いリーダーシップにより実現にこぎつけたものである<ref name="RP2003-6"/>。当初の計画では年間200両の生産を目指していたほか、[[特急形車両]]の生産も計画されていた<ref name="RP1992-8">鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」1992年8月号24P「JR東日本が新津に車両新製工場」記事。</ref>。修繕工場から製造工場への転用のため、建物や機械の整備など約180億円の費用を要した<ref name="RP1992-8"/>。
JR東日本が自社で製造工場を所有したのは、JR東日本初代会長を務めた山下勇の基本哲学である「'''どんな会社であれ、技術が会社発展の原点である。技術なくして会社の発展はありえない'''」から<ref name="RP2003-6">鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2003年6月号「E231系と新津車両製作所」47-57P記事。</ref>、会社として技術力を高めることとモノ作りの重要性を得るため<ref name="RP2003-6"/>、山下の強いリーダーシップにより実現にこぎつけた<ref name="RP2003-6"/>。当初の計画では年間200両の生産を目指していたほか、[[特急形車両]]の生産も計画されていた<ref name="RP1992-8">鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」1992年8月号24P「JR東日本が新津に車両新製工場」記事。</ref>。修繕工場から製造工場への転用のため、建物や機械の整備など約180億円の費用を要した<ref name="RP1992-8"/>。
; 設立の背景<ref name="RP2003-6"/>

;設立の背景<ref name="RP2003-6"/>
* 総合的技術レベルの向上
* 総合的技術レベルの向上
* プロダクトライフサイクル保有による車両改良
* プロダクトライフサイクル保有による車両改良
* 経営資源(設備・要員)の有効活用
* 経営資源(設備・要員)の有効活用

車両新造工場の計画にはJR東日本自社だけではできず、三井造船(生産設備)、東急車輌製造(技術提携)が協力している。[[1993年]](平成5年)3月の新津車両所での検査修繕終了後、作業員はJR東日本[[東京総合車両センター|大井工場]]、[[大宮総合車両センター|大宮工場]]、[[鎌倉車両センター|大船工場]]や、新津車両製作所発足に協力した[[三井E&Sホールディングス |三井造船]]・[[東急車輌製造]]の製造工場に出向し、製造技術や溶接技術の習得を行った(工場名・社名は当時)<ref name="Drive2001-8"/>。
車両新造工場の計画にはJR東日本自社だけではできず、三井造船(生産設備)、東急車輌製造(技術提携)が協力している。[[1993年]](平成5年)3月の新津車両所での検査修繕終了後、作業員はJR東日本[[東京総合車両センター|大井工場]]、[[大宮総合車両センター|大宮工場]]、[[鎌倉車両センター|大船工場]]や、新津車両製作所発足に協力した[[三井E&Sホールディングス |三井造船]]・[[東急車輌製造]]の製造工場に出向し、製造技術や溶接技術の習得を行った(工場名・社名は当時)<ref name="Drive2001-8"/>。


JR所管時にこの工場で落成した車両の車内ステッカーに表記されている「新津車両製作所」の文字は、山下勇の筆がそのまま用いられている。
JR所管時にこの工場で落成した車両の車内ステッカーに表記されている「新津車両製作所」の文字は、山下勇の筆がそのまま用いられている。


生産ピッチは 3日で1両を生産していたが、段階的にピッチを上げていき、2001年(平成13年)[[5月17日]]以降は 1日1両(稼働日)の生産ピッチとなり、年間平均250両、最大262両の生産体制となっている<ref name="Drive2001-8">日本鉄道運転協会「運転協会誌」2001年8月号職場のわだい(70)「累計1,000両と1日1両生産のあゆみ」50-51P。</ref>。
生産ピッチは3日で1両を生産していたが、段階的にピッチを上げていき、2001年(平成13年)[[5月17日]]以降は1日1両(稼働日)の生産ピッチとなり、年間平均250両、最大262両の生産体制となっている<ref name="Drive2001-8">日本鉄道運転協会「運転協会誌」2001年8月号職場のわだい(70)「累計1,000両と1日1両生産のあゆみ」50-51P。</ref>。


== 年表 ==
== 年表 ==
* [[1941年]](昭和16年)[[1月16日]] - [[鉄道省]]'''新潟鉄道局新津工場'''として開設される<ref name="NT HISTORY">新潟鉄道管理局・新津車両管理所「新津工場史」。</ref>。[[1月27日]]より貨車の修繕を開始した<ref name="NT HISTORY"/>。
* [[1941年]]([[昭和]]16年)[[1月16日]] - [[鉄道省]]'''新潟鉄道局新津工場'''として開設される<ref name="NT HISTORY">新潟鉄道管理局・新津車両管理所「新津工場史」。</ref>。[[1月27日]]より貨車の修繕を開始した<ref name="NT HISTORY"/>。
* [[1942年]](昭和17年)9月 - [[運輸通信省 (日本)|運輸通信省]]新潟鉄道局新津工機部に名称変更<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1942年]](昭和17年)9月 - [[運輸通信省 (日本)|運輸通信省]]新潟鉄道局新津工機部に名称変更<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1949年]](昭和24年)6月 - 日本国有鉄道(国鉄)新潟鉄道局新津工機部となる<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1949年]](昭和24年)6月 - 日本国有鉄道(国鉄)新潟鉄道局新津工機部となる<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1950年]](昭和25年) - 1973年(昭和48年) - 新津工場に名称を変更<ref name="Drive2001-8"/>。貨車以外に[[気動車]]、[[客車]]、[[機関車]]、電車の修繕も実施していた<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1950年]](昭和25年) - 1973年(昭和48年) - 新津工場に名称を変更<ref name="Drive2001-8"/>。貨車以外に[[気動車]]、[[客車]]、[[機関車]]、電車の修繕も実施していた<ref name="Drive2001-8"/>。
*[[1964年]](昭和39年)3月 - [[赤外線]]を使用した貨車乾燥装置設置<ref>『早くて安あがり 赤外線利用の貨車乾燥装置 国鉄新津工場』昭和39年3月11日読売新聞信越版</ref>。
* [[1964年]](昭和39年)3月 - [[赤外線]]を使用した貨車乾燥装置設置<ref>『早くて安あがり 赤外線利用の貨車乾燥装置 国鉄新津工場』昭和39年3月11日読売新聞信越版</ref>。
*[[1971年]](昭和46年)[[3月6日]] - 構内で除雪機関車の自動操縦試験<ref>『除雪機関車も自動操縦 新津の国鉄工場でテスト』昭和46年3月7日読売新聞新潟読売</ref>。
* [[1973年]](昭和48年)9月 - '''新津車両管理所'''に名称変更<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1973年]](昭和48年)9月 - '''新津車両管理所'''に名称変更<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1985年]](昭和60年)3月 - '''新津車両所'''に名称変更<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1985年]](昭和60年)3月 - '''新津車両所'''に名称変更<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1987年]](昭和62年)[[4月1日]] - 国鉄分割民営化、JR東日本が継承<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1987年]](昭和62年)[[4月1日]] - 国鉄分割民営化、JR東日本が継承<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1988年]](昭和63年)[[6月27日]] - 当所で製造された107系<ref group="備" name="JR-NT"/>が完成、記念式挙行<ref>『再出発へ初の電車完成 JR新津車両所で記念式』昭和63年6月28日読売新聞朝刊22面新潟読売B</ref>。
* [[1990年]](平成2年)12月 - JR東日本本社運輸車両部に車両新造プロジェクトが発足する<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1990年]]([[平成]]2年)12月 - JR東日本本社運輸車両部に車両新造プロジェクトが発足する<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1991年]](平成3年)8月・9月 - 東京・[[有楽町]]の[[東京交通会館]]に車両新造準備事務所が発足<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1991年]](平成3年)8月・9月 - 東京・[[有楽町]]の[[東京交通会館]]に車両新造準備事務所が発足<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1992年]](平成4年)[[7月23日]] - 製造工場建設の起工式が行われる<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1992年]](平成4年)[[7月23日]] - 製造工場建設の起工式が行われる<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1993年]](平成5年)3月31日 - 製造工場への転換のため、52年間続いた車両検査・修繕業務を終了<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1993年]](平成5年
** 3月31日 - 製造工場への転換のため、52年間続いた車両検査・修繕業務を終了<ref name="Drive2001-8" />。
* 1993年(平成5年)8月 - '''新津車両製作準備事務所'''発足。有楽町で行っていた製造工場関連の業務が、新津に移転し始める<ref name="Drive2001-8"/>。
** 8月 - '''新津車両製作準備事務所'''発足。有楽町で行っていた製造工場関連の業務が、新津に移転し始める<ref name="Drive2001-8" />。
* [[1994年]](平成6年)6月 - '''新津車両製作所'''に名称変更、正式に発足する<ref name="Drive2001-8"/>。
* [[1994年]](平成6年
** 6月 - '''新津車両製作所'''に名称変更、正式に発足する<ref name="Drive2001-8" />。
* 1994年(平成6年)[[10月3日]] - 新津車両製作所操業開始式挙行、同日より操業開始<ref name="Drive2001-8"/>。
** [[10月3日]] - 新津車両製作所操業開始式挙行、同日より操業開始<ref name="Drive2001-8" /><ref>『初の車両製作工場 新津で操業を開始 第1号は来春完成 JR東日本』平成6年10月4日読売新聞朝刊26面新潟読売下越・県央</ref>。
* [[1995年]](平成7年)4月7日 - 新津車両製作所製の第1編成となる209系浦和電車区(当時)36編成の10両編成中9両(6扉車サハ208-1は東急車製造が完成
* [[1995年]](平成7年)[[4月7日]] - 新津車両製作所製の第1編成となる209系浦和電車区(当時)第36編成の10両編成中9両が完成<ref name=":0" group="注">6扉車が欠車(東急車輛にて製造)。</ref>
* [[1998年]](平成10年)3月 - 品質マネジメントシステムについて[[ISO9000|ISO9001]]認証取得。
* [[1998年]](平成10年)3月 - 品質マネジメントシステムについて[[ISO9000|ISO9001]]認証取得。
* [[1999年]](平成11年)2月 - 環境マネジメントシステムについて[[ISO14000]]認証取得。
* [[1999年]](平成11年)2月 - 環境マネジメントシステムについて[[ISO14000]]認証取得。
* [[2014年]](平成26年)4月 - JR東日本新津車両製作所の事業を'''総合車両製作所新津事業所'''へ継承。


== 製造車両 ==
== 製造車両 ==
[[File:niitsu_e231_20040925.jpg|thumb|新津車両製作所で製造された[[JR東日本E231系電車|E231系]](2004年9月[[新津駅]]にて)]]
[[ファイル:Niitsu e231 20040925.jpg|thumb|新津車両製作所で製造された[[JR東日本E231系電車|E231系]](2004年9月 [[新津駅]])]]
[[1995年]](平成7年)4月に落成した[[JR東日本209系電車|209系]]の[[さいたま車両センター|浦和電車区]]第36編成(クハ209-37以下9で組・6扉車は東急車輌製)が竣工第1号両<ref group="" name="JR-NT"/>である。車両工場として操業を開始して以来、主に[[首都圏 (日本)|首都圏]]で使用する新系列車両のうち、[[通勤形車両 (鉄道)|通勤形]]・[[一般形車両 (鉄道)|一般形電車]]を製造している。
JR東日本新津車両製作所としては、[[1995年]](平成7年)4月に落成した[[JR東日本209系電車|209系]]の[[さいたま車両センター|浦和電車区]]第36編成(10成のうち9両<ref name=":0" group="" />)が竣工第1号となる。車両工場として操業を開始して以来、主に[[首都圏 (日本)|首都圏]]で使用する新系列車両のうち、[[通勤形車両 (鉄道)|通勤形]]・[[一般形車両 (鉄道)|一般形電車]]を製造している。


また、JR東日本の車両以外にもJR東日本の通勤電車<ref group="注" name="JR-NT"/>基本とした[[相10000系電車]]<ref group="注" name="JR-NT"/>と[[東京都交通局10-300形電車]]<ref group="注" name="JR-NT"/>や、<ref group="注" name="JR-NT_J-TREC-NT">新津では総合車両製作所新津事業所に継承後も製造している車両。</ref>[[相鉄11000系電車]]<ref group="注" name="JR-NT"/>、[[小田急4000形電車 (2代)|小田急4000形]]<ref group="注" name="JR-NT"/>の一部の製造も担当している。これは自社向けだけではなく、他社(顧客)向けの製造を行うことは品質や納期への責任感の向上<ref name="RP2003-6"/>、私鉄他社との情報交換など、両者のメリットを考慮したものである<ref name="RP2003-6"/>。なお、同系列車体の大量生産に特化した工場のため、[[新幹線車両]]や[[在来線]][[特急形車両|特急用車両]]の生産実績はない。
また、JR東日本の車両以外にも同社の通勤電車をベースとしたなどの車両製造も行っている。これは自社向けだけではなく、他社(顧客)向けの製造を行うことは品質や納期への責任感の向上<ref name="RP2003-6"/>、私鉄他社との情報交換など、両者のメリットを考慮したものである<ref name="RP2003-6"/>。なお、同系列車体の大量生産に特化した工場のため、[[新幹線車両]]や[[在来線]][[特急形車両|特急用車両]]の生産実績はない。


1994年(平成6年)の操業から2014年(平成26年)3月31日までの新津車両製作所時代に製造された車両は累計で4,293両<ref>『{{PDFlink|[https://web.archive.org/web/20220105153106/https://www.jreast.co.jp/youran/pdf/2019-2020/jre_youran_all.pdf JR東日本会社要覧2019-2020]}}』p.21。</ref>。
JR東日本の車両は完成後、[[信越本線]]の[[新津駅]] - [[羽生田駅]]間で数往復の[[特殊列車#試運転列車|試運転]](公式試運転)を実施する。この公式試運転実施日を落成日としている<ref group="注">完成後の公式試運転は以前、信越本線の新津駅 - [[新潟駅]]間で行っていたが、新潟駅周辺の高架化工事に伴い、試運転区間が変更された。</ref>。


=== 車両輸送 ===
=== JR東日本向け ===
'''JR東日本新津車両製作所時代に製造'''
落成した車両は各配置区所へ輸送されることとなるが、JR東日本の車両の場合は基本的に専用の装備を施したJR東日本所有の[[国鉄EF64形電気機関車#電車牽引用特殊装備の設置|EF64形1000番台(1030 - 1032号機)]]または[[国鉄EF81形電気機関車#JR東日本|EF81形0番台(134・140・141・151号機)]]の牽引によって[[特殊列車#配給列車|配給列車]]扱いで配置区所へ輸送されている。総合車両製作所移管前は最寄りの新津駅から直接、移管後は試運転を終えた後に[[新潟車両センター]]へ入区してJR東日本へ引き渡しを行った後、同センターから同様に配給列車として輸送されている。
* [[JR東日本209系電車|209系]]<ref group="備">500番台は全て新津で製造。</ref>
*[[JR東日本E217系電車|E217系]]
*[[JR東日本E231系電車|E231系]]<ref group="備">500番台とその6扉車置換え用4扉車は全て新津で製造。</ref>
<gallery>
ファイル:Keihin-tohoku 209 series.jpg|E209系(京浜東北線)
ファイル:Series-E217 Y7.jpg|E217系
ファイル:JRE E231 500.JPG|E231系500番台
ファイル:E231系0番台ミツB12編成(6ドア車).jpg|6ドア車を連結したE231系0番台
ファイル:E231系0番台マト101編成(LED化後).jpg|常磐線用のE231系0番台
ファイル:JRE Series-E231 K04.jpg|宇都宮・高崎・東海道線(上野東京ライン・湘南新宿ライン)用E231系
</gallery>'''新津車両製作所時代に製造を開始し、総合車両製作所新津事業所への継承後も製造'''
* [[JR東日本E233系電車|E233系]]<ref group="備">5000番台・8000番台は全て新津で製造。</ref>
* [[JR東日本E531系電車|E531系]]
<gallery>
ファイル:E233系5000番台ケヨ515編成.jpg|E233系5000番台
ファイル:E233-1000.jpg|E233系1000番台
ファイル:JRE Series-E233-3000 E-58.jpg|E233系3000番台
ファイル:Rinkai-line SeriesE233-7000 101.jpg|E233系7000番台
ファイル:Series-E233-6000-H017.jpg|E233系6000番台
ファイル:E531系0番台カツK425編成.jpg|E531系
</gallery>'''総合車両製作所新津事業所への継承後に製造'''
* [[JR東日本E235系電車|E235系]]<ref name="JRR 2021W 356">{{Cite book|和書 |editor=太田浩道 |others=発行人 横山裕司 |date=2020-11-18 |title=JR電車編成表 2021冬 |chapter=2020(令和02)年度上期 車両動向一覧 新製車両 東日本旅客鉄道 |page=356 |series=ジェー・アール・アール編 |publisher=交通新聞社 |ISBN=978-4-330-08220-2}}</ref><ref name="RF付録 2021 23">別冊付録:{{Cite journal |和書|date=2021-07-01 |title=JRグループ 車両のデータバンク 東日本旅客鉄道 新製 |journal=鉄道ファン7月号付録 JR旅客会社の車両配置表/JR車両のデータバンク 2021 |volume=61 |issue=7号(通巻723号)|page=23 |publisher=交友社}}</ref>{{refnest|group="備"|0番台及び1000番台の普通車は全て新津で製造。なお、グリーン車(1000番台のみ)の製造は横浜事業所だが、1000番台については全車両『JR電車編成表』や鉄道ファン付録の「JR旅客会社の車両配置表/JR車両のデータバンク」などの新製車両表の製造所は当事業所製と記載している<ref name="JRR 2021W 356" /><ref name="RF付録 2021 23" />}}
* [[JR東日本E129系電車|E129系]]
* [[JR東日本E131系電車|E131系]]
* [[JR東日本E721系電車|E721系]]<ref group="備">1000番台の中間車2両×19編成分=計38両製造(同番台の先頭車は横浜事業所で製造)</ref>
<gallery>
ファイル:Series-E235-0 9.jpg|E235系
ファイル:Series-E129-JReast.jpg|E129系
ファイル:Series-E131-R06.jpg|内房線用E131系
ファイル:Series-E131-600 TN-5 Takasaki-line.jpg|宇都宮線用E131系
ファイル:JRE Series-E131-1000 T1.jpg|鶴見線用E131系
ファイル:E721 P-6 ①.jpg|E721系
</gallery>
<nowiki></gallery></nowiki>なお、E217系などに連結されている[[2階建車両|2階建てグリーン車]]については、本事業所に製造ラインがないため、横浜事業所や他のメーカーが製造を担当し、製造後本事業所まで輸送された後<ref name="鉄ファン G車甲種輸送">{{Cite web|和書|author=朱励 |url=https://railf.jp/news/2020/08/08/203000.html |title=E235系1000番台グリーン車が甲種輸送される |website=鉄道ファン railf.jp |publisher=交友社 |date=2020-08-08 |accessdate=2021--07-17}}</ref>、本事業所製の車両と編成を組む([[#車両輸送|後節]]を参照)<ref name="RJ 2002 12">{{Cite journal |和書|author=鶴通孝 |author2=沖勝則 |author3=(写真)久保田敦 |date=2002-12-01 |title=日産1両 E231系電車量産のための最新工場 新津車両製作所 |journal=鉄道ジャーナル2002年12月号 特集●日本の鉄道車両工業 |volume=36 |issue=12号(通巻434号)|pages=34 - 51 |publisher=鉄道ジャーナル社}}</ref><ref name="RJ 2011 12">{{Cite journal |和書|author=沖勝則 |author2=(写真)久保田敦 |date=2011-12-01 |title=首都圏通勤電車の製造を担う工場の今 18年目の新津車両製作所 |journal=鉄道ジャーナル2011年12月号 特集●鉄道車両工場 |volume=45 |issue=12号(通巻542号)|pages=62 - 75 |publisher=鉄道ジャーナル社}}</ref>{{efn2|当事業所には製造ラインがないことは、『鉄道ジャーナル2002年12月号 特集●日本の[[鉄道車両工業]]』pp.34 - 51の「日産1両 E231系電車量産のための最新工場 新津車両製作所」や『鉄道ジャーナル2011年12月号 特集●鉄道車両工場』pp.62 - 75の「首都圏通勤電車の製造を担う工場の今 18年目の新津車両製作所」において<ref name="RJ 2002 12" /><ref name="RJ 2011 12" />、グリーン車の製造ラインが一切掲載されていないことや、特に2011年12月号ではE233系3000番台(国府津車両センター向けの車両)の全製造過程の画像と説明文が記載されており、そこには一切グリーン車の製造の説明やその画像は掲載されておらず、p.75には「近郊電車にはグリーン車も連結されるので、このとき東海道線用E233系にも、前日他のメーカーから8両まとまって回送されてきたばかりであった。」との記載があり、当事業所にはグリーン車の製造ラインがなく、グリーン車は他のメーカーに製造を頼っていることがわかる<ref name="RJ 2011 12" />。また『JR電車編成表』のE217系、E231系、E233系3000番台、E531系のグリーン車は東急車輛製造([[総合車両製作所|現:総合車両製作所横浜事業所]])や川崎重工兵庫工場([[川崎車両|現:川崎車両兵庫工場]])が製造と記載されている<ref name="JRR 2021s グリーン車">{{Cite book|和書 |editor=太田浩道 |others=発行人 横山裕司 |date=2021-05-24 |title=JR電車編成表 2021夏 |chapter=東日本旅客鉄道 鎌倉車両センター(E217系)、小山車両センター・国府津車両センター(E231系、E231系3000番台)、勝田車両センター(E531系)|pages=45,63,64,79,81,86頁 |series=ジェー・アール・アール編 |publisher=交通新聞社 |ISBN=978-4-330-02521-6}}</ref>。ただし、E531系の2014年製造分以降は横浜事業所で製造との記載がある<ref name="JRR 2021s グリーン車" />。}}。


=== 他事業者向け ===
なお、自力回送を行わないのは[[長岡駅]]から先の[[踏切]]が軽量化対策がされていないため、軽量車が通過した場合に踏切不動作などのおそれがあるためである
'''JR東日本新津車両製作所時代に製造'''
<ref name="RP2008-10EX">鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2008年10月臨時増刊号鉄道車両年鑑2008年版「JR東日本 新津車両製作所を見る」40P記事。</ref>。このため、重量のある[[電気機関車]]を先頭にすることで、[[軌道回路|軌道短絡]]を確実に行うためである<ref name="RP2008-10EX"/>。
* [[相鉄10000系電車]]- 22両を製造
* [[相鉄11000系電車]] - 13両を製造
* [[東京都交通局10-300形電車]] - 中間車20両
* [[小田急4000形電車 (2代)]] - 16両
<gallery>
ファイル:Sagami-Railway-10000-10705F.jpg|相鉄10000系電車
ファイル:Sagami-Railway-11005F.jpg|相鉄11000系電車
ファイル:Toei Series10-300 10-640.jpg|東京都交通局10-300形電車
ファイル:小田急4000形.JPG|小田急4000形電車
</gallery>'''総合車両製作所新津事業所への継承後に製造'''
* 東急[[東急2020系電車|2020系]]・[[東急2020系電車#6020系|6020系]]電車 - 210両(10両編成21本、その内の6020系は[[東急2020系電車#Qシート車両|Qシート車]]2両のみ)を製造<ref group="備">2020系10両編成19本と、2020系9両に6020系Qシート車を組み込んだ10両編成2本。</ref>
* [[しなの鉄道SR1系電車]]<ref>{{Cite web|和書|title=地域の|url=https://www.shinanorailway.co.jp/sr1/|website=SR1 {{!}} しなの鉄道株式会社|accessdate=2021-05-30|language=ja}}</ref> - [[しなの鉄道SR1系電車#ライナー車両|100番台]]6両(2両編成3本、S101-103編成)、[[しなの鉄道SR1系電車|300番台]]12両(2両編成3本、S304-309編成)を製造
<gallery>
ファイル:TOKYU 2020 SERIES 2025F 20181228.jpg
ファイル:Series-SR1-S103 Shinano-sunrise.jpg|SR1系100番台
ファイル:Series-SR1-300 S303.jpg|SR1系300番台
</gallery>'''現在製造中'''


* [[71-000形|東京臨海高速鉄道71-000形]]
また、自社の車両を自社の機関車・運転士で輸送する形が取られるため、鉄道車両メーカーなどが[[日本貨物鉄道]](JR貨物)を利用する[[車両輸送#甲種輸送|甲種輸送]]とは異なる。なお例外的に[[JR東日本E129系電車|E129系]]など新潟車両センター配置予定車両の場合は同センターにて引き渡しを終えた段階で配置完了となるので、配給列車の設定自体が不要となっている。


=== 車両輸送 ===
また、JR東日本以外の車両(相鉄10000系<ref group="注" name="JR-NT"/>や都営10-300形<ref group="注" name="JR-NT"/>など)や新造した編成へ組み込む([[総合車両製作所#電車|横浜事業所]]や他社で製造された)他工場製の[[2階建車両]]等はJR貨物による甲種輸送扱いの[[貨物列車]]として輸送された<ref name="railf.jp railnews">{{Cite web|url=https://railf.jp/news/2020/08/08/203000.html |title=E235系1000番台グリーン車6両が甲種輸送される |accessdate=2021-07-17 |date=2020-08-08 |website=鉄道ファンrailf.jp 鉄道ニュース |publisher=[[交友社]]}}</ref>。
JR東日本の車両の場合は、総合車両製作所移管前は最寄りの新津駅から直接、移管後は[[特殊列車#試運転列車|本線試運転]]を終えて[[新潟車両センター]]へ入区してJR東日本へ引き渡しを行った後、同センターから基本的に同社所有の機関車(専用の装備を施した[[国鉄EF64形電気機関車#電車牽引用特殊装備の設置|EF64形1000番台1030 - 1032号機]]または[[国鉄EF81形電気機関車#JR東日本|EF81形0番台134・140・141号機]])の牽引によって[[特殊列車#配給列車|配給列車]]扱いで配置区所へ輸送されている<ref group="注">車両を受け取るJR東日本が自社で輸送を行うことができるため、JR貨物に委託(甲種輸送)する必要がない。</ref>。また、2階建て[[グリーン車]]を連結する車両(E217系、E231系近郊タイプ、E233系3000番台、E531系、E235系1000番台)は、グリーン車は総合車両製作所横浜事業所([[東急車輛製造|旧:東急車輛製造]]時代も含む)や川崎重工業兵庫工場([[川崎車両#国鉄、JRへの納車例|現:川崎車両兵庫工場]])で製造され、本事業所に輸送([[車両輸送#甲種輸送|甲種輸送]])のうえ<ref name="鉄ファン G車甲種輸送" />、本事業所で製造した普通車と組み合わせて編成を完成させ{{efn2|『鉄道ジャーナル2011年12月号p.75において「近郊電車にはグリーン車も連結されるので、このとき東海道線用E233系にも、前日他のメーカーから8両まとまって回送されてきたばかりであった。」との記載や<ref name="RJ 2011 12" />、鉄道ファンのWebサイト『鉄道ファン railf.jp』に、E235系1000番台グリーン車が横浜事業所製造のJRなど向けの新製車両が甲種輸送される時の出発地点である逗子から、本事業所まで甲種輸送された記事が掲載された<ref name="鉄ファン G車甲種輸送" />。}}、完成後は前述の同様の経路で引き渡し、同社他の新製車両と同様に輸送される。なお、自力回送を行わないのは[[長岡駅]]から先の[[踏切]]が軽量化対策がされておらず、軽量車が通過した場合に踏切不動作などのおそれがあるため、重量のある[[電気機関車]]を先頭にすることで、[[軌道回路|軌道短絡]]を確実に行えるようにしている<ref name="RP2008-10EX">鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2008年10月臨時増刊号鉄道車両年鑑2008年版「JR東日本 新津車両製作所を見る」40P記事。</ref>。例外として、[[JR東日本E129系電車|E129系]]など新潟車両センター配置車両の場合は同センターにて引き渡しを終えた段階で配置完了となる。


JR東日本以外の車両(相鉄10000系や東京都交通局10-300形など)は[[日本貨物鉄道|JR貨物]]により甲種輸送として輸送される。
=== JR東日本向け ===
[[JR東日本209系電車|209系]]<ref group="注" name="209系">JR東日本新津車両製作所時代に6ドア車も含めて製造した車両。</ref>・[[JR東日本E217系電車|E217系]]<ref group="注" name="JR-NT"/>・[[JR東日本E231系電車|E231系]]<ref group="注" name="JR-NT"/>・[[JR東日本E233系電車|E233系]]<ref group="注" name="JR-NT_J-TREC-NT"/>・[[JR東日本E235系電車|E235系]]・[[JR東日本E531系電車|E531系]]<ref group="注" name="JR-NT_J-TREC-NT"/>・[[JR東日本E129系電車|E129系]]・[[JR東日本E131系電車|E131系]]・[[JR東日本E721系電車#1000番台|E721系1000番台]](中間車)を製造。

2階建て[[グリーン車]]は当事業所では製造ラインがないため、E217系やE235系1000番台などのグリーン車は横浜事業所<ref group="注">E217系、E231系、E231系3000番台、E531系は、東急車輛製作所横浜製作所時代を含む。</ref>や[[川崎重工業車両カンパニー#国鉄、JRへの納車例|川崎重工兵庫工場]]で製造されている<ref name="railf.jp railnews" />。ただし、E235系1000番台のグリーン車は名目上当事業所製となっている<ref name="JRR 2021W 356">{{Cite book|和書 |editor=太田浩道 |others=発行人 横山裕司 |date=2020-11-18 |title=JR電車編成表 2021冬 |chapter=2020(令和02)年度上期 車両動向一覧 新製車両 東日本旅客鉄道 |page=356 |series=ジェー・アール・アール編 |publisher=交通新聞社 |ISBN=978-4-330-08220-2}}</ref>。

=== 他事業者向け ===
*[[相鉄10000系電車]]<ref group="注" name="JR-NT"/>
*[[相鉄11000系電車]]<ref group="注" name="JR-NT"/>
*[[東京都交通局10-300形電車]]<ref group="注" name="JR-NT"/> - 20両を製造。
*[[小田急4000形電車 (2代)]]<ref group="注" name="JR-NT"/> - 全車両うち16両を製造。
*[[東急2020系電車]]<ref>レイルマガジン416号141ページ</ref> -大半を製造
*[[東急2020系電車|東急6020系電車]] - Qシート車
*[[しなの鉄道SR1系電車]]<ref>{{Cite web|title=地域の|url=https://www.shinanorailway.co.jp/sr1/|website=SR1 {{!}} しなの鉄道株式会社|accessdate=2021-05-30|language=ja}}</ref>


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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=== 備考 ===

{{Reflist|3|group="備"}}
=== 注釈 ===
=== 注釈 ===
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{{Reflist|group="注"}}

=== 出典 ===
=== 出典 ===
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{{Reflist|2|refs=
<ref name="K764">[http://opac.niigatacitylib.jp/shisei/koho/akiha/koho_niitsu/1994/bn_1994.html#no764 広報にいつ 第764号 1994年10月15日 pp.1-3 鉄道のまちに新しい拠点施設] - 新津市</ref>
<ref name="K764">[http://opac.niigatacitylib.jp/shisei/koho/akiha/koho_niitsu/1994/bn_1994.html#no764 広報にいつ 第764号 1994年10月15日 pp.1-3 鉄道のまちに新しい拠点施設] - 新津市</ref>
<ref name="NT">{{PDFlink|[http://www.jreast.co.jp/press/2013/20131214.pdf 車両製造事業の子会社への会社分割による継承について]}} - JR東日本 2013年12月18日</ref>
}}
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2024年12月7日 (土) 21:12時点における最新版

東日本旅客鉄道 > 総合車両製作所 > 総合車両製作所新津事業所
総合車両製作所新津事業所
表札(JR東日本新津車両製作所時代) 地図
基本情報
所在地 新潟県新潟市秋葉区南町
鉄道事業者 総合車両製作所
整備済み車両略号 NT
最寄駅 新津駅
テンプレートを表示

総合車両製作所新津事業所(そうごうしゃりょうせいさくしょにいつじぎょうしょ)は、新潟県新潟市秋葉区南町にある、総合車両製作所(J-TREC)の鉄道車両製造工場。

かつて官営鉄道新津工場として開設され、1994年(平成6年)6月に東日本旅客鉄道(JR東日本)が新津車両所(にいつしゃりょうしょ)を改組して発足させた新津車両製作所(にいつしゃりょうせいさくしょ、英称:Niitsu Rolling Stock Plant)を前身とする[1]

東日本旅客鉄道新潟支社が所管していたが、2012年に東急より事業譲受したJ-TRECへ車両製造業務を一本化することに伴い、本事業所に関する業務・資産を2014年(平成26年)4月1日付で会社分割により譲渡し、現在の体制となった。

新津車両製作所時代は、西武所沢車両工場1999年(平成11年)に車両製造を終了して以降、鉄道事業者が直営する日本国内唯一の車両製造所となっていた。JR東日本では、車両の調達コスト抑制と車両生産の技術向上を自社生産の目的として掲げてきたが[2]、前掲のJ-TRECへの鉄道車両製造事業の一本化に伴い、JR東日本の子会社という位置付けへと変化している。

本事業所で整備された車両に記される略号は「NT」(NiiTsu)。

製造工場

[編集]

素材となるステンレス板を加工するところから生産を行い、台車も当所で製造している。またCADCAMロボットを活用した効率性の高い生産を行っている。

さらに、当所と総合車両製作所横浜事業所、JR東日本の各支社、東京総合車両センター長野総合車両センターとは専用回線による情報ネットワークが構築されており、社内各部門とネットワーク環境下で設計情報などを共有しながら設計・製造を行うことが可能である。

2008年(平成20年)10月に放送された『あしたをつかめ』において、当所で働く社員の仕事が紹介された。また、2003年(平成15年)7月に発売されたのりもの探検隊では、当時製造中であったE231系(常磐線快速電車用)の制作過程を、2009年(平成21年)8月4日に放送された『生中継 ふるさと一番!』でも当所が紹介された。

2013年(平成25年)12月18日、JR東日本の取締役会において、当所の車両製造事業とそれに係る資産や負債、権利及び義務(ただし当所でのJR東日本従業員とJR東日本との雇用契約を除く)を総合車両製作所に譲渡し、車両製造の一元化を図ることが決議された[3][4]

2018年2月14日、当所の車両製造両数が累計で5000両を迎えることとなり、記念式典が挙行された。式典では、当初は3日に1両の製造能力が、現在は1日1両に上がっていることや、5000両目となるクハE235-16に記念プレートが付けられる予定が述べられた[5]

なお、JR東日本テクノロジーに製造工程の一部を委託していたが2021年4月を以って総合車両製作所へ承継し、新津事業所を閉所した。

沿革

[編集]

日本国有鉄道新津工場にその歴史が始まる[6]。同工場は鉄道省時代の1941年(昭和16年)1月に開設され、貨車などの新造を行ったこともあったが、基本的に修繕・保守拠点としての役割を果たしていた。

車両製作所へ転換する以前の車両新造

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転換前は車両の改造・修繕が主な業務であったが、例外的に107系の製造も行っていた[備 1]。これは新津車両製作所の発足に先駆けて社員の技術向上を目的としたもので、以後の基礎となっているものも多い。

その後、当時東急車輛製造横浜製作所の近くに立地していた大船工場では205系500番台901系209系E217系のそれぞれ一部車両の製造を手掛けており、当所の発足に至っている。

車両新造事業への転換

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国鉄分割民営化後、JR東日本は国鉄時代に引き続き鉄道車両の改造・検査・修繕を中心に業務を行っていたが、1994年(平成6年)10月、車両の計画から設計、製造、運用、保守、廃車後のリサイクルに至る「車両トータルマネジメントの実現」を目標に、新津車両所を電車の新造工場に改組転換し、東急車輛製造(当時)からの技術供与により電車の製造を開始した。

設立当初は東急車輛製造で製造している車両を当所でも生産する方式だったが、技術力の強化を目的に209系950番台(のちにE231系900番台へ改番)では設計段階から東急車輛製造と共同で製造を手掛けた[備 2]

JR東日本が自社で製造工場を所有したのは、JR東日本初代会長を務めた山下勇の基本哲学である「どんな会社であれ、技術が会社発展の原点である。技術なくして会社の発展はありえない」から[7]、会社として技術力を高めることとモノ作りの重要性を得るため[7]、山下の強いリーダーシップにより実現にこぎつけた[7]。当初の計画では年間200両の生産を目指していたほか、特急形車両の生産も計画されていた[8]。修繕工場から製造工場への転用のため、建物や機械の整備など約180億円の費用を要した[8]

設立の背景[7]
  • 総合的技術レベルの向上
  • プロダクトライフサイクル保有による車両改良
  • 経営資源(設備・要員)の有効活用

車両新造工場の計画にはJR東日本自社だけではできず、三井造船(生産設備)、東急車輌製造(技術提携)が協力している。1993年(平成5年)3月の新津車両所での検査修繕終了後、作業員はJR東日本大井工場大宮工場大船工場や、新津車両製作所発足に協力した三井造船東急車輌製造の製造工場に出向し、製造技術や溶接技術の習得を行った(工場名・社名は当時)[9]

JR所管時にこの工場で落成した車両の車内ステッカーに表記されている「新津車両製作所」の文字は、山下勇の筆がそのまま用いられている。

生産ピッチは3日で1両を生産していたが、段階的にピッチを上げていき、2001年(平成13年)5月17日以降は1日1両(稼働日)の生産ピッチとなり、年間平均250両、最大262両の生産体制となっている[9]

年表

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  • 1941年昭和16年)1月16日 - 鉄道省新潟鉄道局新津工場として開設される[10]1月27日より貨車の修繕を開始した[10]
  • 1942年(昭和17年)9月 - 運輸通信省新潟鉄道局新津工機部に名称変更[9]
  • 1949年(昭和24年)6月 - 日本国有鉄道(国鉄)新潟鉄道局新津工機部となる[9]
  • 1950年(昭和25年) - 1973年(昭和48年) - 新津工場に名称を変更[9]。貨車以外に気動車客車機関車、電車の修繕も実施していた[9]
  • 1964年(昭和39年)3月 - 赤外線を使用した貨車乾燥装置設置[11]
  • 1971年(昭和46年)3月6日 - 構内で除雪機関車の自動操縦試験[12]
  • 1973年(昭和48年)9月 - 新津車両管理所に名称変更[9]
  • 1985年(昭和60年)3月 - 新津車両所に名称変更[9]
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化、JR東日本が継承[9]
  • 1988年(昭和63年)6月27日 - 当所で製造された107系[備 1]が完成、記念式挙行[13]
  • 1990年平成2年)12月 - JR東日本本社運輸車両部に車両新造プロジェクトが発足する[9]
  • 1991年(平成3年)8月・9月 - 東京・有楽町東京交通会館に車両新造準備事務所が発足[9]
  • 1992年(平成4年)7月23日 - 製造工場建設の起工式が行われる[9]
  • 1993年(平成5年)
    • 3月31日 - 製造工場への転換のため、52年間続いた車両検査・修繕業務を終了[9]
    • 8月 - 新津車両製作準備事務所発足。有楽町で行っていた製造工場関連の業務が、新津に移転し始める[9]
  • 1994年(平成6年)
    • 6月 - 新津車両製作所に名称変更、正式に発足する[9]
    • 10月3日 - 新津車両製作所操業開始式挙行、同日より操業開始[9][14]
  • 1995年(平成7年)4月7日 - 新津車両製作所製の第1編成となる、209系浦和電車区(当時)第36編成の10両編成中9両が完成[注 1]
  • 1998年(平成10年)3月 - 品質マネジメントシステムについてISO9001認証取得。
  • 1999年(平成11年)2月 - 環境マネジメントシステムについてISO14000認証取得。
  • 2014年(平成26年)4月 - JR東日本新津車両製作所の事業を総合車両製作所新津事業所へ継承。

製造車両

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新津車両製作所で製造されたE231系(2004年9月 新津駅

JR東日本新津車両製作所としては、1995年(平成7年)4月に落成した209系浦和電車区第36編成(10両編成のうち9両[注 1])が竣工第1号となる。車両工場として操業を開始して以来、主に首都圏で使用する新系列車両のうち、通勤形一般形電車を製造している。

また、JR東日本の車両以外にも同社の通勤電車をベースとした私鉄などの車両製造も行っている。これは自社向けだけではなく、他社(顧客)向けの製造を行うことは品質や納期への責任感の向上[7]、私鉄他社との情報交換など、両者のメリットを考慮したものである[7]。なお、同系列車体の大量生産に特化した工場のため、新幹線車両在来線特急用車両の生産実績はない。

1994年(平成6年)の操業から2014年(平成26年)3月31日までの新津車両製作所時代に製造された車両は累計で4,293両[15]

JR東日本向け

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JR東日本新津車両製作所時代に製造

新津車両製作所時代に製造を開始し、総合車両製作所新津事業所への継承後も製造

総合車両製作所新津事業所への継承後に製造

</gallery>なお、E217系などに連結されている2階建てグリーン車については、本事業所に製造ラインがないため、横浜事業所や他のメーカーが製造を担当し、製造後本事業所まで輸送された後[18]、本事業所製の車両と編成を組む(後節を参照)[19][20][注 2]

他事業者向け

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JR東日本新津車両製作所時代に製造

総合車両製作所新津事業所への継承後に製造

現在製造中

車両輸送

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JR東日本の車両の場合は、総合車両製作所移管前は最寄りの新津駅から直接、移管後は本線試運転を終えて新潟車両センターへ入区してJR東日本へ引き渡しを行った後、同センターから基本的に同社所有の機関車(専用の装備を施したEF64形1000番台1030 - 1032号機またはEF81形0番台134・140・141号機)の牽引によって配給列車扱いで配置区所へ輸送されている[注 3]。また、2階建てグリーン車を連結する車両(E217系、E231系近郊タイプ、E233系3000番台、E531系、E235系1000番台)は、グリーン車は総合車両製作所横浜事業所(旧:東急車輛製造時代も含む)や川崎重工業兵庫工場(現:川崎車両兵庫工場)で製造され、本事業所に輸送(甲種輸送)のうえ[18]、本事業所で製造した普通車と組み合わせて編成を完成させ[注 4]、完成後は前述の同様の経路で引き渡し、同社他の新製車両と同様に輸送される。なお、自力回送を行わないのは長岡駅から先の踏切が軽量化対策がされておらず、軽量車が通過した場合に踏切不動作などのおそれがあるため、重量のある電気機関車を先頭にすることで、軌道短絡を確実に行えるようにしている[23]。例外として、E129系など新潟車両センター配置車両の場合は同センターにて引き渡しを終えた段階で配置完了となる。

JR東日本以外の車両(相鉄10000系や東京都交通局10-300形など)はJR貨物により甲種輸送として輸送される。

脚注

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備考

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  1. ^ a b 新津では全てJR東日本新津車両所時代に製造した車両。
  2. ^ 新津ではJR東日本新津車両製作所時代に製造した車両。
  3. ^ 500番台は全て新津で製造。
  4. ^ 500番台とその6扉車置換え用4扉車は全て新津で製造。
  5. ^ 5000番台・8000番台は全て新津で製造。
  6. ^ 0番台及び1000番台の普通車は全て新津で製造。なお、グリーン車(1000番台のみ)の製造は横浜事業所だが、1000番台については全車両『JR電車編成表』や鉄道ファン付録の「JR旅客会社の車両配置表/JR車両のデータバンク」などの新製車両表の製造所は当事業所製と記載している[16][17]
  7. ^ 1000番台の中間車2両×19編成分=計38両製造(同番台の先頭車は横浜事業所で製造)
  8. ^ 2020系10両編成19本と、2020系9両に6020系Qシート車を組み込んだ10両編成2本。

注釈

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  1. ^ a b 6扉車が欠車(東急車輛にて製造)。
  2. ^ 当事業所には製造ラインがないことは、『鉄道ジャーナル2002年12月号 特集●日本の鉄道車両工業』pp.34 - 51の「日産1両 E231系電車量産のための最新工場 新津車両製作所」や『鉄道ジャーナル2011年12月号 特集●鉄道車両工場』pp.62 - 75の「首都圏通勤電車の製造を担う工場の今 18年目の新津車両製作所」において[19][20]、グリーン車の製造ラインが一切掲載されていないことや、特に2011年12月号ではE233系3000番台(国府津車両センター向けの車両)の全製造過程の画像と説明文が記載されており、そこには一切グリーン車の製造の説明やその画像は掲載されておらず、p.75には「近郊電車にはグリーン車も連結されるので、このとき東海道線用E233系にも、前日他のメーカーから8両まとまって回送されてきたばかりであった。」との記載があり、当事業所にはグリーン車の製造ラインがなく、グリーン車は他のメーカーに製造を頼っていることがわかる[20]。また『JR電車編成表』のE217系、E231系、E233系3000番台、E531系のグリーン車は東急車輛製造(現:総合車両製作所横浜事業所)や川崎重工兵庫工場(現:川崎車両兵庫工場)が製造と記載されている[21]。ただし、E531系の2014年製造分以降は横浜事業所で製造との記載がある[21]
  3. ^ 車両を受け取るJR東日本が自社で輸送を行うことができるため、JR貨物に委託(甲種輸送)する必要がない。
  4. ^ 『鉄道ジャーナル2011年12月号p.75において「近郊電車にはグリーン車も連結されるので、このとき東海道線用E233系にも、前日他のメーカーから8両まとまって回送されてきたばかりであった。」との記載や[20]、鉄道ファンのWebサイト『鉄道ファン railf.jp』に、E235系1000番台グリーン車が横浜事業所製造のJRなど向けの新製車両が甲種輸送される時の出発地点である逗子から、本事業所まで甲種輸送された記事が掲載された[18]

出典

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  1. ^ 広報にいつ 第764号 1994年10月15日 pp.1-3 鉄道のまちに新しい拠点施設 - 新津市
  2. ^ 【レポート】日本で唯一の鉄道会社直営車両生産工場「新津車両製作所」に潜入 - マイコミジャーナル 2008年10月23日
  3. ^ 車両製造事業の子会社への会社分割による継承について (PDF) - JR東日本 2013年12月18日
  4. ^ JR東日本、新津車両製作所をJ-TRECに譲渡…車両製造部門を一元化 - Response. 2013年12月18日
  5. ^ レイルマガジン416号140ページ
  6. ^ 旧国鉄新津工場 - 新潟市秋葉区HP
  7. ^ a b c d e f 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2003年6月号「E231系と新津車両製作所」47-57P記事。
  8. ^ a b 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」1992年8月号24P「JR東日本が新津に車両新製工場」記事。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 日本鉄道運転協会「運転協会誌」2001年8月号職場のわだい(70)「累計1,000両と1日1両生産のあゆみ」50-51P。
  10. ^ a b 新潟鉄道管理局・新津車両管理所「新津工場史」。
  11. ^ 『早くて安あがり 赤外線利用の貨車乾燥装置 国鉄新津工場』昭和39年3月11日読売新聞信越版
  12. ^ 『除雪機関車も自動操縦 新津の国鉄工場でテスト』昭和46年3月7日読売新聞新潟読売
  13. ^ 『再出発へ初の電車完成 JR新津車両所で記念式』昭和63年6月28日読売新聞朝刊22面新潟読売B
  14. ^ 『初の車両製作工場 新津で操業を開始 第1号は来春完成 JR東日本』平成6年10月4日読売新聞朝刊26面新潟読売下越・県央
  15. ^ JR東日本会社要覧2019-2020 (PDF) 』p.21。
  16. ^ a b 太田浩道 編「2020(令和02)年度上期 車両動向一覧 新製車両 東日本旅客鉄道」『JR電車編成表 2021冬』発行人 横山裕司、交通新聞社〈ジェー・アール・アール編〉、2020年11月18日、356頁。ISBN 978-4-330-08220-2 
  17. ^ a b 別冊付録:「JRグループ 車両のデータバンク 東日本旅客鉄道 新製」『鉄道ファン7月号付録 JR旅客会社の車両配置表/JR車両のデータバンク 2021』第61巻7号(通巻723号)、交友社、2021年7月1日、23頁。 
  18. ^ a b c 朱励 (2020年8月8日). “E235系1000番台グリーン車が甲種輸送される”. 鉄道ファン railf.jp. 交友社. 2021--07-17閲覧。
  19. ^ a b 鶴通孝、沖勝則、(写真)久保田敦「日産1両 E231系電車量産のための最新工場 新津車両製作所」『鉄道ジャーナル2002年12月号 特集●日本の鉄道車両工業』第36巻12号(通巻434号)、鉄道ジャーナル社、2002年12月1日、34 - 51頁。 
  20. ^ a b c d 沖勝則、(写真)久保田敦「首都圏通勤電車の製造を担う工場の今 18年目の新津車両製作所」『鉄道ジャーナル2011年12月号 特集●鉄道車両工場』第45巻12号(通巻542号)、鉄道ジャーナル社、2011年12月1日、62 - 75頁。 
  21. ^ a b 太田浩道 編「東日本旅客鉄道 鎌倉車両センター(E217系)、小山車両センター・国府津車両センター(E231系、E231系3000番台)、勝田車両センター(E531系)」『JR電車編成表 2021夏』発行人 横山裕司、交通新聞社〈ジェー・アール・アール編〉、2021年5月24日、45,63,64,79,81,86頁頁。ISBN 978-4-330-02521-6 
  22. ^ 地域の”. SR1 | しなの鉄道株式会社. 2021年5月30日閲覧。
  23. ^ 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2008年10月臨時増刊号鉄道車両年鑑2008年版「JR東日本 新津車両製作所を見る」40P記事。

参考文献

[編集]
  • 新潟鉄道管理局・新津車両管理所「新津工場史」
  • 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」1992年8月号24P「JR東日本が新津に車両新製工場」
  • 日本鉄道運転協会「運転協会誌」2001年8月号職場のわだい(70)「累計1,000両と1日1両生産のあゆみ」(蓮沼美宣 東日本旅客鉄道(株)新津車両製作所計画部生産管理課長)50-51P
  • 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2003年6月号「E231系と新津車両製作所」(林茂幸 東日本旅客鉄道(株)新津車両製作所技術部長)
  • 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2008年10月臨時増刊号鉄道車両年鑑2008年版「JR東日本 新津車両製作所を見る」40P

関連項目

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外部リンク

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座標: 北緯37度47分31.5秒 東経139度7分5.6秒 / 北緯37.792083度 東経139.118222度 / 37.792083; 139.118222