コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

石川清 (衆議院議員)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
石川清

石川 清(いしかわ きよし、1852年6月29日(嘉永5年5月12日[1][2])- 1930年昭和3年)2月25日[3][4])は、明治から大正期の酒造家、政治家衆議院議員、宮崎県会議長、宮崎県東臼杵郡富高村長。

経歴

[編集]

日向国臼杵郡、のちの宮崎県東臼杵郡富高村[2][5]富高町富島町を経て現日向市)で、酒造業・石川源五郎の長男として生まれる[2][6]。漢学を修めた[3][4][5]。酒造業を営む[3][4]

椎葉向山村副戸長に就任[6]。1880年(明治13年)鹿児島県会議員に選出された[6]。宮崎県会議員に選出され7期18年9カ月在任した[6]。この間、同常置委員、同議長、富高村長、宮崎県農会議員なども務めた[2][4][5]

1902年(明治35年)8月、第7回衆議院議員総選挙(宮崎県全県区、立憲政友会)で初当選し[7]第9回総選挙でも再選され[7]、衆議院議員に通算2期在任した[3][4][5]

実業界では、宮崎新報社取締役、宮崎商業会幹事、富高実業会長などを務めた[3][4][5]。その他、日本赤十字社宮崎県委員、大日本武徳会地方委員などに在任した[5]

国政選挙歴

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ 衆議院『衆議院議員名簿』〈第十七回帝国議会衆議院公報第1号附録〉、1902年、29頁。
  2. ^ a b c d 『人事興信録 初版』91頁。
  3. ^ a b c d e 『宮崎県政外史』632頁。
  4. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』58頁。
  5. ^ a b c d e f 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』42頁。
  6. ^ a b c d 『宮崎県政外史』173-175頁。
  7. ^ a b c d e 『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』37頁。
  8. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 上巻』117頁。

参考文献

[編集]
  • 人事興信所編『人事興信録 初版』人事興信所、1903年。
  • 『衆議院議員総選挙一覧 上巻』衆議院事務局、1915年。
  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』衆議院事務局、1918年。
  • 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
  • 宮崎県政外史編纂委員会編『宮崎県政外史』宮崎県政外史刊行会、1967年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。