莪原町
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莪原町 | |
---|---|
北緯35度10分8.4秒 東経136度46分43.5秒 / 北緯35.169000度 東経136.778750度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 愛知県 |
市町村 | 津島市 |
地区 | 東部地区 |
町名制定[1] | 1955年(昭和30年)1月1日 |
面積 | |
• 合計 | 1.048885924 km2 |
人口 | |
• 合計 | 1,073人 |
• 密度 | 1,000人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
496-0011[4] |
市外局番 | 0567(津島MA)[5] |
ナンバープレート | 名古屋 |
莪原町(ばいばらちょう)は、愛知県津島市の地名。江戸時代には「わいばら」とも訓んだ[1]。
地理
[編集]津島市東部に位置する[6]。北から東はあま市、西は百島町、南は大坪町、北は神守町に接する[6]。
字一覧
[編集]- 現行字についての五十音順で配列している。読みはYahoo地図による[7]。明治15年当時の字は『愛知県地名収攬』343頁(莪原村)による。
現行字 | 明治15年当時 |
---|---|
御釜田(おかまだ) | 御釜田(みかまた) |
神守前(かもりまえ) | 神守前(かもりまへ) |
河原(かわら) | 河原(かわら) |
郷西(ごうにし) | |
郷東(ごうひがし) | |
三昧前(さみまへ) | |
三反田(さんたんだ) | 三反田(さんたんた) |
下条免(しもじょうめん) | 下条免(しもしやうめん) |
十七(しうしち) | |
善右田(ぜんねだ) | 善右田(ぜんゑた) |
中源(ちうけん) | |
辻田(つぢた) | |
長島(ちょうがしま) | |
長ケ島(ちょうがしま) | 長ケ島(なかがしま) |
中島(なかじま) | |
中深(なかふか) | |
西一町田(にしいつちやうた) | |
西屋敷(にしやしき) | |
廿五(にじゅうご) | |
橋向(はしむこう) | 橋向(はしむかへ) |
張付場(はりつけば) | |
東一町田(ひがしいつちやうた) | |
東屋敷(ひがしやしき) | |
菱毛(ひしけ) | 菱毛(ひしげ) |
不毛(ふけ) | 不毛(ふもう) |
文左エ門門浦(ぶんさゑもんもんうら) | |
みずほ | |
御鷹須(みたかす) | |
宮浦(みやうら) | |
宮東(みやひがし) | 宮東(みやひかし) |
宮前(みやまへ) | |
椋木(むくのき) | 椋木(むくぎ) |
茂兵浦(もひよううら) | |
屋敷(やしき) | 屋敷(やしき) |
屋敷前(やしきまへ) |
歴史
[編集]地名の由来
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
沿革
[編集]- 戦国時代 - 尾張国海東郡内の莪原郷として記録に残り、応永年間には絶海中津、天正年間には織田氏家臣の所領が所在したとされる[1]。
- 江戸時代 - 尾張藩領佐屋代官所支配の莪原村として所在した[1]。
- 1889年(明治22年) - 合併に伴い、益和村大字莪原となる[1]。
- 1906年(明治39年) - 合併に伴い、神守村大字莪原となる[1]。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 合併に伴い、津島市莪原町となる[1]。
世帯数と人口
[編集]2018年(平成30年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[3]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
莪原町 | 417世帯 | 1,073人 |
人口の変遷
[編集]国勢調査による人口の推移
1995年(平成7年) | 1,082人 | [8] | |
2000年(平成12年) | 1,100人 | [9] | |
2005年(平成17年) | 1,024人 | [10] | |
2010年(平成22年) | 1,010人 | [11] | |
2015年(平成27年) | 1,035人 | [12] |
学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[13]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[14]。
番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
---|---|---|---|
全域 | 津島市立神守小学校 | 津島市立神守中学校 | 尾張学区 |
交通
[編集]施設
[編集]- 曹洞宗長光寺[1]北緯35度10分6.3秒 東経136度46分52.3秒 / 北緯35.168417度 東経136.781194度
- 真宗大谷派本行寺[1]北緯35度10分5.9秒 東経136度46分54.8秒 / 北緯35.168306度 東経136.781889度
- 八剣社[6]北緯35度10分16.2秒 東経136度47分2.7秒 / 北緯35.171167度 東経136.784083度
- 愛知県津島勤労福祉会館[6]
史蹟
[編集]- 津島市無形民俗文化財 - 莪原町三十人組神楽・莪原町二十六人組神楽[6]
その他
[編集]日本郵便
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1056.
- ^ “愛知県津島市の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2019年6月24日閲覧。
- ^ a b “津島の統計(平成30年4月1日) - No.2 人口”. 津島市 (2018年5月30日). 2019年6月24日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2019年6月24日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- ^ a b c d e f g 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1728.
- ^ “Yahoo!地図 愛知県津島市莪原町”. Yahoo!Japan. 2015年3月22日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- ^ “学校区について”. 津島市 (2015年1月30日). 2019年6月24日閲覧。
- ^ “平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
- ^ “郵便番号簿 2018年度版” (PDF). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。
参考文献
[編集]- 『地名学選書 愛知県地名集覧(原題)明治十五年愛知県郡町村字名調』1932年愛知県教育会刊、日本地名学研究所(1969年5月30日)復刻、342頁。明治15年4月4日、海東郡長横田太一郎報告による。
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。
外部リンク
[編集]- ウィキメディア・コモンズには、莪原町に関するカテゴリがあります。
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