コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

キンバリー・クレンショー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
キンバリー・クレンショー
Kimberlé Williams Crenshaw
キンバリー・クレンショー
生誕 1959年(64 - 65歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国オハイオ州カントン
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
教育 コーネル大学BA
ハーバード大学JD
ウィスコンシン大学マディソン校LLM
職業 学者弁護士
著名な実績 インターセクショナリティの提唱
テンプレートを表示

キンバリー・ウィリアムズ・クレンショー(Kimberlé Williams Crenshaw, 1959年 - )は、米国の弁護士人権活動家カリフォルニア大学ロサンゼルス校コロンビア大学それぞれのロースクールで教鞭をとる。

生い立ち

[編集]

1959年オハイオ州カントン[1][2]の黒人家庭[3]に生まれる。母マリアンと父ウォルターは共に教師だった[4]

1981年コーネル大学を卒業[5]。専攻はアフリカーナ研究だった。その後ハーバード・ロー・スクールへ進学し1984年に卒業(法務博士[6]。さらに翌年にウィスコンシン大学ロー・スクールで法学修士を取得した[7][8]

経歴

[編集]

クレンショーは批判的人種理論の提唱者として知られている[9]。ハーバード・ロー・スクール在籍時に批判的人種理論のワークショップを立ち上げた彼女はのちにこう述べている。

私たちは法律に批判的に関わっていましたが、人種に焦点を当てていたのです(...)。また、「理論」を入れたのは、公民権の実践だけを見ているのではないことを示すためです。それは、法律がどのようにして人種を生み出し、維持してきたのか、どのように考え、どのように見て、どのように読んで、どのようにアメリカ社会の中で特定の人種や人種差別に取り組んできたのかを示すものでした[10]

法学修士号取得後の1986年UCLAロースクールの教員となった彼女は、1991年1994年には学生投票による年間最優秀教員に選ばれた[11]。また同時期の1991年には上司である最高裁判事候補クラレンス・トーマスセクシャル・ハラスメントで訴えたアニタ・ヒルの弁護団に加わった[12]。さらに1992年から1995年までアスペン研究所の国内戦略グループ、女性メディア・イニシアチブのメンバーであり[13] [14]NPRの「The Tavis Smiley Show」のレギュラーコメンテーターでもあった[15]

1995年コロンビア・ロー・スクールの教授に就任[11]1996年には非営利のシンクタンクであるアフリカ系アメリカ人制作フォーラム英語版の共同設立者となった。その設立目的には「構造的暴力の撤廃」と「米国と世界の人種的正義、ジェンダー平等、全ての人権の拡大と進展」を掲げた[16][17]。またそのミッションとして、学術研究と公共セクターをつなげることを掲げている。

2001年には、国連の反人種主義世界会議(WCAR)のために「人種とジェンダーの差別」に関する背景資料を執筆し、会議宣言にジェンダーが追加されることを後押しした。また、アメリカ国立科学財団の「女性に対する暴力の研究」委員会や、全米研究評議会の「女性に対する暴力の研究」パネルのメンバーを務めた。

2008年にはフルブライト・チェア・フォー・ラテン・アメリカ(ブラジル)を受賞し、さらにスタンフォード大学の先端行動研究センターでインレジデンス・フェローシップを獲得した。そして2011年に設立されたコロンビア大学交差性・社会政策研究センターの創設者となった[11][18]

影響

[編集]

彼女の研究は、南アフリカ共和国憲法の平等条項の起草に影響を与えたとして挙げられている[17]

2017年にはラパポート・トレジャー・ホールで最大収容人数の参加者を前に1時間の講演を行い、現代社会においてインターセクショナリティが果たす役割について述べた[19]。3日間にわたる祝賀会の後、12月の講演会の後に行われた式典で、ブランダイス大学のロン・リーボイッツ学長はクレンショウにトビー・ギトラー賞を授与した[20]

また彼女はウィメン・イン・アニメーションとジ・アニメーション・ギルドが主催するセクシャルハラスメントパネルのモデレーターとして招かれた。クレンショーは職場でのハラスメントの歴史を語り、それが今日の職場環境でどのような役割を果たしているかについて議論を展開した。その他のパネリストは職場でのセクシャルハラスメントに対抗するために多くの保護手段が講じられているが、問題を完全に解決するためには多くの問題が残っていることに同意した[21]

2016年には英国ロンドンのサウスバンク・センターで開催されたウィメン・オブ・ザ・ワールド・フェスティバルに招かれた[22]。彼女はそこで有色人種の女性が直面する様々な差別についての基調講演を行なった。

インターセクショナリティ

[編集]
インターセクショナリティについて解説するクレンショー(2018年)

クレンショーの業績の1つとして、インターセクショナリティ(交差性)の提唱が挙げられる。彼女は1989年の論文でこの概念を提唱し、ブラック・フェミニズム英語版の立場から従来のフェミニズムを批判した。その概要は、黒人女性が受ける差別は黒人差別と女性差別だけでは説明ができず、両者の交差点に位置しているが故に両者が互いに差別を強化しているというものであった[23][24]

彼女は交差性の概念は自身の研究以前から存在しており、「あらゆる世代、あらゆる知的領域、あらゆる政治的瞬間」のアフリカ系アメリカ人女性の考えと一致していると主張している。そして、アンナ・J・クーパーマリア・スチュワート英語版アンジェラ・デイヴィスデボラ・キング英語版など、以前からこの概念を明確にしていた女性たちを挙げている[25]。 彼女がこの理論を思いついたのは大学在学中で、人種とジェンダーそれぞれの問題を扱う授業はあっても人種のジェンダー的側面を捉えた研究が少ないことに気づいたことがきっかけだった。特に彼女は男性については政治経済の授業でも議論されているのに対して女性については文学や詩の授業でしか議論されていないことに問題意識を持った。

彼女が問題を提起した当時、黒人女性たちは女性差別では白人女性と、人種差別では黒人男性と同列に扱われてしまうために「人種と性別」の2つが組み合わされた差別を経験していても裁判所にはその権利を認められていなかった。彼女はこの状況を道路上の交差点の例えを用いて説明したのである[23][26]。クレンショーの分析枠組みである「法律が社会的アイデンティティを構築する」という考え方は当時批判的人種理論を提唱していた他の研究者の考え方とも一致する[23]

彼女が打ち立てたのは、「人種的性差別」「性的人種差別」といったものである。また彼女はインターセクショナリティ分析を3つの要素に分解した。その要素とは以下の3つである。

  1. 構造的:女性に対する暴力に関連した家父長制や人種差別
  2. 政治的:政治活動におけるもの。人種差別撤廃運動における女性排除や女性差別撤廃運動における黒人排除。
  3. 表象的:人種的偏見とジェンダー的偏見の結節点に関するもの

彼女が試みたのは相互に排他的なアイデンティティ政治を内側から再考することであった[27]

インターセクショナリティの具体例としてクレンショーがよく言及するのが、「デグラフェンレイド対ゼネラルモータース裁判」である。この事件はエマ・デグラフェンレイドほか4名の黒人女性が、職業差別を受けているとして自動車大手のゼネラルモーターズを訴えたものである。同社は白人女性を事務職や秘書として雇い黒人男性を工場で雇っていたが、黒人女性は雇っていなかった。この事件を担当した裁判官は、同社が女性も黒人も雇用していると判断し、裁判を取り下げた[25]

クレンショーはまた、アニタ・ヒル事件でもインターセクショナリティについて言及した。この事件においてヒルは職場の上司であるクラレンス・トーマスセクシャルハラスメントで訴えた[28]。これに対して世間の反応は、ヒルを支持する白人フェミニストとトーマスを支持する黒人たちで大きく分かれた。フェミニストたちが女性の権利を訴える一方で、黒人たちはアフリカ系として2人目の連邦最高裁判事になろうとしているトーマスを見逃すように訴えたのである。この対立の結果、ヒルは黒人女性としての声を失ったとクレンショーは主張している。彼女は意図せずして女性側を支持することになり、この問題に対する彼女の人種的貢献を封じ込めてしまったのである。のちにヒルは当時を振り返り「黒人女性としてセクシャルハラスメント被害を訴えたことで、自分の共同体から蹴り出されてしまったように感じた。」と述べている。またクレンショーは「多くの女性たちはアニタ・ヒルを普通の女性として認識したため、セクハラ被害は注目されたが黒人女性特有の課題については見逃された」と述べている。

脚注

[編集]
  1. ^ Ritzer, George; Stepnisky, Jeffrey (2017-01-23) (英語). Modern Sociological Theory. SAGE Publishing. p. 430. ISBN 978-1-5063-2561-3. https://books.google.com/books?id=xK74DQAAQBAJ&newbks=0 
  2. ^ “Crenshaw, Kimberlé” (英語). A Dictionary of Gender Studies. 1. Oxford University Press. (2017). doi:10.1093/acref/9780191834837.001.0001. https://www.oxfordreference.com/view/10.1093/acref/9780191834837.001.0001/acref-9780191834837-e-72 
  3. ^ Crenshaw, Kimberle (1989). “Demarginalizing the Intersection of Race and Sex: A Black Feminist Critique of Antidiscrimination Doctrine, Feminist Theory and Antiracist Politics”. University of Chicago Legal Forum. https://chicagounbound.uchicago.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1052&context=uclf 2021年9月15日閲覧。. 
  4. ^ Kimberlé Crenshaw: the woman who revolutionised feminism – and landed at the heart of the culture wars”. The Guardian. 2021年5月9日閲覧。
  5. ^ Race, gender scholar Crenshaw on campus Oct. 16–21 Cornell Chronicle”. news.cornell.edu. 2016年3月10日閲覧。
  6. ^ Kimberlé Williams Crenshaw | Faculty | Columbia Law School”. www.law.columbia.edu. 2016年3月10日閲覧。
  7. ^ Canton native Kimberlé Crenshaw receives legal scholar award”. The Repository. 2016年3月10日閲覧。
  8. ^ William H. Hastie Fellowship Program | University of Wisconsin Law School”. law.wisc.edu. 2016年3月10日閲覧。
  9. ^ Peller, Garry (1995) (英語). Critical Race Theory: The Key Writings that Formed the Movement. The New Press. ISBN 9781565842717. https://books.google.com/books?id=lLXTyrlM59MC 
  10. ^ Omokha, Rita (September 2021). “'I See My Work as Talking Back': How Critical Race Theory Mastermind Kimberlé Crenshaw Is Weathering the Culture Wars”. Vanity Fair. ISSN 0733-8899. https://www.vanityfair.com/news/2021/07/how-critical-race-theory-mastermind-kimberle-crenshaw-is-weathering-the-culture-wars. 
  11. ^ a b c Columbia University Record”. Columbia.edu (September 15, 1995). March 9, 2016閲覧。
  12. ^ Harris-Perry, Melissa (2016年4月18日). “Where Are All the Black Feminists in Confirmation?”. ELLE. 2016年4月22日閲覧。
  13. ^ Knubel, Fred (September 16, 1995). “Kimberle Crenshaw Named Professor at Columbia Law”. New York, NY: Columbia University, Office of Public Information. January 25, 2018閲覧。
  14. ^ Kimberle Crenshaw biography”. The African American Policy Forum. January 25, 2018閲覧。
  15. ^ About the Tavis Smiley Show”. The Tavis Smiley Show. January 25, 2018閲覧。
  16. ^ Our mission”. African American Policy Forum. 2016年3月10日閲覧。
  17. ^ a b Poole, Shirley L. (November–December 2000) (英語). The Crisis. NAACP/The Crisis Publishing Company, Inc.. https://books.google.com/books?id=HUMEAAAAMBAJ March 9, 2016閲覧。 
  18. ^ Foundation, American Bar. “UCLA and Columbia Law Professor Kimberlé Crenshaw to Receive 2016 Fellows Outstanding Scholar Award – American Bar Foundation”. www.americanbarfoundation.org. 2016年3月10日閲覧。
  19. ^ The Joseph B. and Toby Gittler Prize Lecture” (October 25, 2017). 2018年10月7日閲覧。
  20. ^ Gould, Jocelyn (2017年10月31日). “Kimberlé Crenshaw accepts Gittler Prize for career works”. The Justice. https://www.thejustice.org/article/2017/10/kimberl-crenshaw-accepts-gittler-prize-for-career-works 2017年12月16日閲覧。 
  21. ^ Wolfe, Jennifer (2017年12月7日). “Sexual Harassment Panel Offers Definitions, Strategies” (英語). Animation World Network. https://www.awn.com/news/sexual-harassment-panel-offers-definitions-strategies 2017年12月16日閲覧。 
  22. ^ WOW – Women of the World | Southbank Centre”. wow.southbankcentre.co.uk. 2017年3月23日閲覧。
  23. ^ a b c Carbado, Devon W. (2013). “Colorblind Intersectionality” (英語). Signs: Journal of Women in Culture and Society 38 (4): 811–845. doi:10.1086/669666. ISSN 0097-9740. https://www.journals.uchicago.edu/doi/10.1086/669666. 
  24. ^ Thomas, Sheila; Crenshaw, Kimberlé (Spring 2004). “Intersectionality: the double bind of race and gender”. Perspectives Magazine (American Bar Association): p. 2. https://www.americanbar.org/content/dam/aba/publishing/perspectives_magazine/women_perspectives_Spring2004CrenshawPSP.authcheckdam.pdf 
  25. ^ a b Adewunmi, Bim (2 April 2014). “Kimberlé Crenshaw on intersectionality: "I wanted to come up with an everyday metaphor that anyone could use"”. New Statesman. https://www.newstatesman.com/lifestyle/2014/04/kimberl-crenshaw-intersectionality-i-wanted-come-everyday-metaphor-anyone-could 27 December 2018閲覧。 
  26. ^ Dhamoon, Rita Kaur (2011). “Considerations on Mainstreaming Intersectionality”. Political Research Quarterly 64 (1): 230–243. ISSN 1065-9129. https://www.jstor.org/stable/41058336. 
  27. ^ Puar, Jasbir K. (2017). "I Would Rather Be a Cyborg Than a Goddess": Becoming Intersectional In Assemblage Theory. New York: Routledge. pp. 596. ISBN 978-1-138-93021-6 
  28. ^ “Black Women Still in Defense of Ourselves”. The Nation. ISSN 0027-8378. http://www.thenation.com/article/163814/black-women-still-defense-ourselves# 2016年3月10日閲覧。