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マイケル・マン (映画監督)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マイケル・マン
Michael Mann
マイケル・マン Michael Mann
2014年
本名 Michael Kenneth Mann
生年月日 (1943-02-05) 1943年2月5日(81歳)
出生地 イリノイ州シカゴ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
身長 173cm
職業 映画監督
脚本家
映画プロデューサー
活動期間 1968年 -
配偶者 Summer Man(1974年 - )
著名な家族 アミ・カナーン・マン(娘)
主な作品
テレビドラマ
特捜刑事マイアミ・バイス
映画
ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー
刑事グラハム/凍りついた欲望
ラスト・オブ・モヒカン
ヒート
インサイダー
ALI アリ
コラテラル
パブリック・エネミーズ
フェラーリ
製作・製作総指揮
アビエイター
フォードvsフェラーリ
受賞
英国アカデミー賞
作品賞
2004年アビエイター
エミー賞
作品賞(ミニシリーズ部門)
1990年ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争
脚本賞(ミニシリーズ/テレビ映画部門)
1979年ジェリコ・マイル/獄中のランナー
その他の賞
備考
第69回ヴェネツィア国際映画祭 審査委員長(2012年)
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マイケル・マン(Michael Mann, 1943年2月5日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身の映画監督・脚本家・映画プロデューサー。

略歴

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1943年、イリノイ州シカゴの食料品店の2人兄弟の長男として生まれた。父は第二次世界大戦の影響でアメリカへ渡ってきたウクライナ系ユダヤ人東欧系ユダヤ人)の血を引く[1]ウィスコンシン大学建築哲学や学んでいたが、スタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て映画監督になることを決意。1960年代半ばにイギリスへ渡り、ロンドン・インターナショナル・フィルム・スクールへ7年間留学。リドリー・スコットアラン・パーカーエイドリアン・ラインらとテレビ局のドキュメンタリーコマーシャルを手がける。

1971年、アメリカに帰国後、テレビドラマ『刑事スタスキー&ハッチ』『ポリス・ストーリー』など数々の脚本や監督を手がけ、1979年のテレビ映画『ジェリコ・マイル/獄中のランナー』で一躍注目される。1981年には『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』で劇場映画の監督としてデビューした。

1984年、テレビシリーズ『特捜刑事マイアミ・バイス』のエグゼクティブプロデューサーを務め、成功を収める。1992年公開の『ラスト・オブ・モヒカン』では、メジャー監督としての評価も確立する。

1995年には自身のTV作品である『メイド・イン・LA』をセルフリメイクした『ヒート』を発表。アル・パチーノロバート・デ・ニーロを刑事と強盗犯という対立する役柄で起用し、公開当初から大きな話題を呼んでいた本作は、警察と犯罪者の描き方や、役者達の演技、銃撃戦の演出などで高い評価を獲得し、今日ではクライムアクション映画の金字塔的作品となった。

1999年、タバコ業界で実際に起きた事件を描いた『インサイダー』を発表し、第72回アカデミー賞作品賞監督賞を含む7部門にノミネートされた。

2004年には『コラテラル』を発表。トム・クルーズが非情な殺し屋という悪役を演じたことで話題を呼んだが、マンの演出も高い評価を獲得し、興行的にも大ヒットを記録。同年にはマーティン・スコセッシ監督の『アビエイター』でプロデューサーを務め、アカデミー作品賞にもノミネートされた。

2012年には第69回ヴェネツィア国際映画祭の審査員長を務めた。

作品に関するエピソード

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  • ロサンゼルスを舞台に選ぶことが多く、街の夜景描写がよく登場する。
  • ハリケーン・カトリーナがアメリカを襲った際、マンは映画『マイアミ・バイス』を撮影中だったが、ハリケーンの影響でセットに被害が出て、当初の予定よりも制作費が膨れ上がり2億ドルもかかってしまった。また、悪天候にもかかわらず撮影を強行したり、突然台本を変更するなどして製作スタッフからの批判も多かった。
  • L.A.大捜査線/狼たちの街」(1985)はテレビドラマ「マイアミ・バイス」の盗作だとしてマンはウィリアム・フリードキン監督を訴えたが敗訴した。だが2人はその後和解して仲の良い関係を築いた。フリードキンは最も好きな映画監督にマンの名前を挙げて、その理由として「私の作風とよく似ているからだ」とジョークで答えている。
  • 2020年はドラマ「TOKYO VICE」の撮影のために来日、同年11月には新宿東京都庁にて、東京都知事小池百合子を表敬訪問した[2]。同ドラマの企画立ち上げに関わり、片桐刑事役も演じた俳優の渡辺謙によると、当初は東京都内におけるロケーション撮影の困難さから都外にオープンセットを作る案も浮上したが、マンが都内での撮影に強く拘ったことから、東京都などの全面協力を経て、都内でのオールロケーション撮影が実現した[3][4]

人物

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フィルモグラフィ

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題名 役割 備考
監督 脚本 製作
1968 Insurrection Yes 短編
1971 Jaunpuri Yes
1972 17 Days Down the Line Yes 短編
ドキュメンタリー
1978 ストレート・タイム
STRAIGHT TIME
Yes
1979 ジェリコ・マイル/獄中のランナー
The Jericho Mile
Yes Yes テレビ映画
1980 白銀に賭ける恋
Swan Song
Yes
1981 ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー
Thief
Yes Yes
1983 ザ・キープ
The Keep
Yes Yes
1986 マイアミ5
Band of the Hand
Yes
(製作総指揮)
刑事グラハム/凍りついた欲望
Manhunter
Yes Yes
Bob Dylan: Band of the Hand Yes
(製作総指揮)
短編
1989 メイド・イン・L.A.
L.A. Takedown
Yes Yes Yes
(製作総指揮)
テレビ映画
1992 ラスト・オブ・モヒカン
The Last of the Mohicans
Yes Yes Yes
1995 ヒート
Heat
Yes Yes Yes
1999 インサイダー
The Insider
Yes Yes Yes
2001 ALI アリ
Ali
Yes Yes Yes
2002 Mercedes 'Lucky Star' Yes コマーシャルフィルム
2003 バッドアス!
How to Get the Man's Foot Outta Your Ass
Yes
(製作総指揮)
2004 コラテラル
Collateral
Yes Yes
アビエイター
The Aviator
Yes
2006 マイアミ・バイス
MIAMI VICE
Yes Yes Yes
2007 キングダム/見えざる敵
The Kingdom
Yes
2008 ハンコック
HANCOCK
Yes カメオ出演
2009 パブリック・エネミーズ
Public Enemies
Yes Yes Yes
2011 キリング・フィールズ 失踪地帯
Texas Killing Fields
Yes
2015 ブラックハット
Blackhat
Yes Yes
2019 フォードvsフェラーリ
Ford vs Ferrari
Yes
(製作総指揮)
2023 フェラーリ
Ferrari
Yes Yes Yes

テレビ作品

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題名 役割 備考
監督 脚本 製作
1975-1977 刑事スタスキー&ハッチ
Starsky and Hutch
Yes
(4エピソード)
1976 刑事ブロンク
Bronk
Yes
(2エピソード)
Gibbsville Yes
(1エピソード)
1976-1978 ポリス・ストーリー
Police Story
Yes
(4エピソード)
1977 女刑事ペパー
Police Woman
Yes
(1エピソード)
1978 ベガス
Vega$
Yes
(1エピソード)
1984-1989 特捜刑事マイアミ・バイス
Miami Vice
Yes
(1エピソード)
Yes
(製作総指揮)
1986-1988 クライム・ストーリー
Crime Story
Yes
(1エピソード)
Yes
(8エピソード)
Yes
(製作総指揮)
1990 ドラッグ・ウォーズ/麻薬戦争
Drug Wars: The Camarena Story
Yes Yes
(製作総指揮)
ミニシリーズ
1992 DEA/コロンビア麻薬戦争
Drug Wars: The Cocaine Cartel
Yes
(製作総指揮)
2002-2003 ロバリー・ホミサイド・ディヴィジョン
Robbery Homicide Division
Yes Yes
(製作総指揮)
2011-2012 Luck Yes
(1エピソード)
Yes
(製作総指揮)
2012 Witness Yes
(製作総指揮)
2019 TOKYO VICE
Tokyo Vice
Yes
(1エピソード)
Yes
(製作総指揮)
Hue 1968 Yes
(1エピソード)
Yes
(製作総指揮)
ミニシリーズ


すべて製作総指揮担当

TV映画

  • マイアミ・バイス MIAMI VICE: BROTHER'S KEEPER(1984年)
  • マイアミ・バイス 2/ニューヨーク・コネクション MIAMI VICE: PRODIGAL SON(1985年)

TVシリーズ

  • マイアミ・バイス 3 MIAMI VICE: HIT LIST/CALDERONE'S DEMISE(1984年)
  • 特捜刑事マイアミ・バイス(シーズン1) MIAMI VICE(1984年~1985年)
  • 特捜刑事マイアミ・バイス(シーズン2) MIAMI VICE(1985年~1986年)
  • 特捜刑事マイアミ・バイス(シーズン3) MIAMI VICE(1986年~1987年)
  • 特捜刑事マイアミ・バイス(シーズン4) MIAMI VICE(1987年~1988年)
  • マイアミ・バイス(シーズン5) MIAMI VICE (1988年~1989年)
  • マイアミ・バイス 4 MIAMI VICE: TRUST FUND PIRATES/YANKEE DOLLAR(1986年)
  • マイアミ・バイス 5 MIAMI VICE: FLORENNCE ITALY/FRENCH TWIST(1986年)

脚注

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  1. ^ Brooks, Xan (2002年2月13日). “Ali likes the film a lot. He's seen it six times”. The Guardian (London). https://www.theguardian.com/culture/2002/feb/13/artsfeatures 2010年5月12日閲覧。 
  2. ^ “『ヒート』マイケル・マン監督、東京で新作ドラマ撮影!小池都知事を表敬訪問”. シネマトゥデイ. (2020年11月12日). https://www.cinematoday.jp/news/N0119785.html 2021年5月14日閲覧。 
  3. ^ 支援作品『TOKYO VICE』の記者会見が行われました”. 東京ロケーションボックス. 東京都産業労働局 (2022年4月6日). 2023年6月9日閲覧。
  4. ^ イソガイマサト (2022年5月1日). “「TOKYO VICE」渡辺謙が語る“1990年代”東京とそこに生きる人々…「人間の精神構造や社会構造にものすごく大きな変化を及ぼした」”. MOVIE WALKER PRESS. p. 1. 2023年6月9日閲覧。
  5. ^ 1986 Ferrari Testarossa | Monterey 2017” (英語). RM Sotheby's. 2022年5月16日閲覧。
  6. ^ Michael Mann ha visitato la Ferrari” (イタリア語). Automoto.it. 2021年9月12日閲覧。

外部リンク

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