今泉 (川越市)
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今泉 | |
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川越市役所南古谷出張所付近。中央奥、クリーム色の建物が南古谷出張所。 | |
北緯35度53分35.71秒 東経139度31分33.24秒 / 北緯35.8932528度 東経139.5259000度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 埼玉県 |
市町村 | 川越市 |
人口 | |
• 合計 | 1,804人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
350-0015[2] |
市外局番 | 049[3] |
ナンバープレート | 川越 |
今泉(いまいずみ)は、埼玉県川越市の大字。旧入間郡今泉村。郵便番号は350-0015[2]。
地理
[編集]川越市の東南部に位置し、西部を木野目、北部を並木、東部を久下戸、南部を古市場、南西部をふじみ野市川崎と接している。
川越市役所南古谷出張所が設置され、南古谷地区の行政の中心になっている。農地の中に住宅地が散在している。地域東北部を埼玉県道113号川越新座線が、地域西南部を国道254号バイパス富士見川越道路がそれぞれ東南から西北に走っている。最寄駅はJR東日本川越線南古谷駅になる。
歴史
[編集]古くは古尾谷庄三芳野里に属した[4][5]。江戸時代初頭より河越城付の村であり、その後御料所となったが、さらに後、松平大和守・本目帯刀・河野長十郎の采地となった。[4] [5]。この時代の小名として後口谷、木ヶ谷、下た口、樋ノ爪、江川端、蕪免が挙げられる[4] [5]。
明治時代に入って1889年(明治22年)4月1日の町村制施行に伴い、入間郡並木村連合戸長役場区域にあった今泉村は、同区域にあった牛子村・並木村・南田島村・久下戸村・木野目村及び古市場村連合戸長役場区域にあった古市場村・澁井村と合併し南古谷村の大字のひとつとなった[6]。1876年(明治9年)の人口は264人[7]。1955年(昭和30年)4月1日、南古谷村は高階村・名細村・霞ヶ関村・山田村・古谷村・大東村・福原村と共に川越市に編入され、今泉は川越市の大字のひとつとなった。
世帯数と人口
[編集]2017年(平成29年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
今泉 | 735世帯 | 1,804人 |
小・中学校の学区
[編集]番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 川越市立南古谷小学校 | 川越市立南古谷中学校 |
交通
[編集]鉄道
[編集]地内に鉄道は引かれていない。JR東日本川越線・南古谷駅が最寄り駅になる。
バス
[編集]道路
[編集]施設
[編集]- 川越市役所南古谷出張所
- 南古谷公民館
- 今泉公民館
- 東邦音楽大学(敷地東半分)
- 東邦音楽大学附属東邦第二高等学校
- 川越今泉郵便局
- 県営川越今泉団地
- 今泉団地集会所
- JAいるま野南古谷支店
- 神明神社
- 西河原地蔵尊
脚注
[編集]- ^ a b “川越市 町字別・男女別人口と世帯数”. 川越市 (2017年10月2日). 2017年10月14日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月11日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ a b c 『新編武蔵風土記稿巻之百六十七』、「大日本地誌大系(八)新編武蔵風土記稿 第八巻」雄山閣、1957年9月再版所収。
- ^ a b c 蘆田伊人編 編「巻ノ167入間郡ノ12 今泉村」『大日本地誌大系』 第12巻 新編武蔵國風土記稿8、雄山閣、1929年8月。NDLJP:1214888/158。
- ^ 『埼玉大百科事典』第5巻、埼玉新聞社、1975年5月、p51。
- ^ 新編埼玉県史 別編5 統計 付録『町村編制区域表他』埼玉県、1981年3月。
- ^ “町名地番別川越市立小・中学校検索”. 川越市 (2015年1月3日). 2017年10月14日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]並木 | ||||
木野目 | 久下戸 | |||
今泉 | ||||
ふじみ野市川崎 | 古市場 |