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元禄忠臣蔵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

元禄忠臣蔵(げんろく ちゅうしんぐら)は、元禄赤穂事件を題材にした真山青果作の一連の新歌舞伎の演目。1934年(昭和9年)2月初演の最終話・第10編『大石最後の一日』を皮切りに、1941年(昭和16年)11月初演の第8編『泉岳寺の一日』まで、7年間で計10編11作が次々に制作・上演された。

これに引き続き、松竹前進座溝口健二監督のもとにこの作品を映画化し、1941年(昭和16年)12月に前編が、翌年2月に後編が公開された。また1957年(昭和32年)には『大石最後の一日』のみが『「元禄忠臣蔵 大石最後の一日」より 琴の爪』のタイトルで東宝で映画化されている。

原作は『青果全集 第1巻』(講談社、復刊1975年)に収録。他に岩波文庫(上・下、初版1982年)がある。

構成

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  • 第1編 『江戸城の刃傷』- 昭和10年(1935年)1月東京劇場初演
  • 第2編 『第二の使者』- 昭和10年(1935年)1月東京劇場初演
  • 第3編 『最後の大評定』- 昭和10年(1935年)4月東京劇場初演
  • 第4編 『伏見撞木町』- 昭和14年(1939年)4月歌舞伎座初演
  • 第5編 『御浜御殿綱豊卿』- 昭和15年(1940年)1月東京劇場初演
  • 第6編 『南部坂雪の別れ』- 昭和13年(1938年)11月歌舞伎座初演
  • 第7編 『吉良屋敷裏門』- 昭和13年(1938年)4月明治座初演)
  • 第8編 『泉岳寺』- 昭和16年(1941年)11月、東京劇場初演(初演時外題は『泉岳寺の一日』)
  • 第9編上の巻『仙石屋敷』- 昭和13年(1938年)4月明治座初演
  • 第9編下の巻『十八ヶ条申開き』- 昭和14年(1939年)2月東京劇場初演
  • 第10編 『大石最後の一日』- 昭和9年(1934年)2月歌舞伎座初演

映画「元禄忠臣蔵 前編・後編」

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元禄忠臣蔵
監督 溝口健二
脚本 原健一郎
依田義賢
原作 真山青果
製作総指揮 白井信太郎(総監督)
出演者 四代目河原崎長十郎
三代目中村翫右衛門
五代目嵐芳三郎
三桝萬豐
音楽 深井史郎
撮影 杉山公平
編集 久慈孝子
製作会社 松竹
興亜映画
配給 松竹
公開 日本の旗 前篇 1941年12月1日
日本の旗 後篇 1942年2月11日
上映時間 前篇 112分
後篇 111分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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情報局国民映画参加作品。前後篇の2部作で、1941年(昭和16年)12月1日に前篇、翌年2月11日に後篇が公開された。製作は松竹京都撮影所。当時の松竹と前進座のオールスターキャストで監督は溝口健二。溝口は、松の廊下を原寸大で再現した。製作時は太平洋戦争の開戦時であり戦線の拡大で物資が窮乏する中、膨大な制作費を投入した破格の大作として完成した。作風は地味ではあり興行としては失敗作とされるが[1]、ワンシーン・ワンカットの実験的手法とともに40年後に再評価されて、1980年1月4日に松竹系で再公開されている。モノクロ、219分[2]

スタッフ

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  • 総監督:白井信太郎
  • 脚色:原健一郎、依田義賢
  • 撮影:杉山公平、松野保三、中村忠夫、岩田生男
    • 工作:吉田百人
  • 作曲・音楽監督:深井史郎
  • 美術監督:水谷浩
  • 建築監督:新藤兼人、渡辺竹三郎
  • 演奏:新交響楽団(現・NHK交響楽団
  • 指揮:山田和男
  • 装置:六郷俊、大野松治、小倉信太郎
  • 襖絵装飾:沼井春信、伊藤榮伍
  • 録音:佐々木秀孝、杉本文造、田代幸一
    • 効果:木村一、原田誠一
  • 照明:中島末治郎、三輪正雄、中島宗佐
  • 編集:久慈孝子、荒川葉子
  • 速記:山下謙次郎
  • 普通写真撮影:吉田不二雄
  • 服飾:川田龍三、奥村喜三郎、加藤信太郎
  • 装飾:松岡淳夫、荒川大、大澤比佐吉、西田孝次郎
  • 技髪:高木石太郎、尾崎吉太郎、福水シマ
  • 現像:富田重太郎
  • 殺陣指導:橘小三郎
  • 演技事務:武末雲二
  • 字幕製作:望月淳
  • 考証
  • 演出:溝口健二、高木孝一、渡辺尚治、酒井辰雄、花岡多一郎、小川家平

キャスト

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前進座

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松竹京都

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第一協団

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フリー

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新興キネマ

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松竹大船

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その他

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映画「琴の爪」

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「元禄忠臣蔵 大石最後の一日」より 琴の爪
監督 堀川弘通
脚本 菊島隆三
若尾徳平
原作 真山青果
製作 堀江史朗
出演者 二代目中村扇雀
八代目松本幸四郎
二代目中村鴈治郎
扇千景
音楽 佐藤勝
撮影 山崎一雄
編集 岩下廣一
配給 東宝
公開 日本の旗 1957年7月13日
上映時間 53分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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原作の最後の第10編「大石最後の一日」だけを映像化した中編作品。1957年7月13日公開。なおこの作品での共演がきっかけで 二代目中村扇雀(四代目坂田藤十郎)扇千景が結婚した[3]。モノクロ、53分。

スタッフ

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キャスト

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特徴

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  • 討ち入り場面がない。義挙のクライマックスであるシーンを、動かない場面で登場人物が口頭にて説明するというのは前代未聞であり、歌舞伎・映画ともに不評を買った[4]

批判と反論

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  • 新歌舞伎も映画もいずれも興行は芳しくなく、内容も今日に至るまで批判されている。溝口映画は真山青果脚本の歌舞伎を忠実に踏襲したものであり、真山は批判に対し怒り反論したが、あまりに史実とかけ離れた脚本への不満を覆すには至らなかった[5]
  • 「正確な時代考証のもと描いた」という真山の言に対し、例えば大石良雄は皆の切腹を見届けた後、最後に切腹している内容だが、史実では最初に切腹している[6]など相違が多い。
  • 真山は識者や大衆の批判に遂に屈し、「戦争が終わったら書き直したい」と娘に語ったという[7]
  • うち『御浜御殿綱豊卿』は富森正因が江戸城で、能面を付けた徳川綱豊に槍で襲い掛かる突飛な内容で(実際には一介の浪人が江戸城に登城して、のちの将軍候補に近づく事さえ不可能である)、前衛的な狂言として今日でも興行される。『琴の爪』では浅野長矩は能が大嫌いであったが、礒貝正久は実在しない女性の琴用に使う爪を所持している。

エピソード

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この映画で大石内蔵助を演じた八代目松本幸四郎(初代松本白鸚)は、歌舞伎界ではこの『元禄忠臣蔵』の大石内蔵助役をたびたび演じており、また映画の世界でも松竹『忠臣蔵  花の巻・雪の巻』(1954年)と東宝『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(1962年)の映画でも大石内蔵助を演じている。そして同じ元禄忠臣蔵をもとに第10編 『大石最後の一日』を映像化した本作でも大石内蔵助を演じている。

脚注

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  1. ^ 宮澤誠一『近代日本と「忠臣蔵」幻想』より「溝口の映画」
  2. ^ 谷川建司 2013, p. 212.
  3. ^ 谷川建司 2013, p. 113.
  4. ^ 『キネマ旬報』No1145
  5. ^ 『青果全集 第1巻』(講談社、復刊1975年)
  6. ^ 『敗者の日本史 15 赤穂事件と四十六士』(吉川弘文館 2013) p127
  7. ^ 宮澤誠一『近代日本と「忠臣蔵」幻想』より「真山の忠臣蔵・その一、その二」

参考文献

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  • 谷川建司『戦後「忠臣蔵」映画の全貌』集英社クリエイティブ、2013年11月。ISBN 978-4420310680 

外部リンク

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