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兵庫県立豊岡高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
兵庫県立豊岡高等学校
地図北緯35度32分17秒 東経134度49分17秒 / 北緯35.538111度 東経134.821444度 / 35.538111; 134.821444座標: 北緯35度32分17秒 東経134度49分17秒 / 北緯35.538111度 東経134.821444度 / 35.538111; 134.821444
過去の名称 兵庫縣豐岡尋常中學校
→兵庫縣豐岡中學校
→兵庫縣立豐岡中學校
→兵庫県立豊岡東高等学校
城崎郡立高等女學校
→兵庫縣立豊岡高等女學校
→兵庫県立豊岡西高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 兵庫県の旗 兵庫県
学区 第5学区
校訓 真理・正義・敬愛・自律・実践
設立年月日 1896年
創立記念日 4月20日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
理数科
学期 3学期制
学校コード D128210000488 ウィキデータを編集
高校コード 28198A
所在地 668-0042
兵庫県豊岡市京町12番91号
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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兵庫県立豊岡高等学校(ひょうごけんりつ とよおかこうとうがっこう)は、兵庫県豊岡市京町にある県立高等学校。兵庫県下では姫路西高校に次いで、神戸高校と並ぶ2番目に古い高校である。略称・通称は「豊高」。

概要

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初代校長の岡垣徹治は、「和魂の精神」(旧制豊岡中の建学の精神)と「花橘の気品」(旧制豊岡高女の校風)を受け継ぎ本校の教育理念とした。これは開校から100年以上経った現在まで受け継がれている[1]

豊岡高校敷地内にある旧豐岡中學校本館(現・達徳会館、達徳会:豊岡高校の同窓会)は明治時代の洋風建築で、豊岡市の文化財にも指定されており、2008年3月に兵庫県指定文化財に指定された[2][3]。校地の後背には神武山公園豊岡城跡)がそびえる。

定時制課程は、但馬地区の高等教育の中心校として過去には多数の分校を有していたが、そのすべてが独立もしくは廃止となっている[4]

沿革

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旧制豊岡中学校

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  • 1896年明治29年)4月 - 兵庫縣豐岡尋常中學校として開校。
  • 1899年(明治32年)4月 - 兵庫縣豐岡中學校と改称。
  • 1901年(明治34年)4月 - 兵庫縣立豐岡中學校と改称。
  • 1948年昭和23年)4月 - 学制改革に伴い、新制兵庫県立豊岡東高等学校となる。

旧制豊岡高等女学校

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  • 1909年(明治42年)3月 - 城崎郡立高等女學校として開校。
  • 1922年大正11年)4月 - 県営移管し、兵庫縣立豐岡高等女學校と改称。
  • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革に伴い、新制兵庫県立豊岡西高等学校となる。

豊岡高等学校

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設置コース

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  • 全日制
    • 普通科
    • 理数科
  • 定時制
    • 普通科

校歌

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特色

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  • クラスの呼称は「組」ではなく、ホーム(H)が使われる(例:2年6H)。
  • 携帯電話の校内使用は禁止されているが、校内持込は可能である。
  • 豊高祭という学校祭が、9月の初めごろに3日間、文化祭、体育祭の二部構成で行われる。各クラスはそれぞれ、バザー・ステージ発表(演劇・音楽祭等)・人形劇・映画上映・教室展示などの出し物を行う。

進学連携校方式

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第5学区の進学連携校方式により、豊岡北豊岡南日高東日高西城崎竹野の7校が連携中学校とされ、普通科一般入試では7校以外からの合格者数は募集定員の18%以内に限られる。なお、理数科および定時制課程は進学連携校方式を採用せず、県下全域から出願可能である。

著名な教職員

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著名な出身者

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脚注

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  1. ^ "学校紹介". 豊岡高校公式ブログ. 2021年7月16日閲覧
  2. ^ "達徳会館パンフレット" (PDF). 達徳会. p. 3. 2021年7月16日閲覧
  3. ^ "達徳会館【たっとくかいかん】". 但馬の百科事典. 2021年7月16日閲覧
  4. ^ "沿革 | 学校紹介". 豊岡高校公式ブログ. 2021年7月16日閲覧

関連項目

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外部リンク

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