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島根県立松江農林高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
松江農林高等学校から転送)
島根県立松江農林高等学校
地図北緯35度26分25.6秒 東経133度2分51.8秒 / 北緯35.440444度 東経133.047722度 / 35.440444; 133.047722座標: 北緯35度26分25.6秒 東経133度2分51.8秒 / 北緯35.440444度 東経133.047722度 / 35.440444; 133.047722
過去の名称 島根県農林学校
島根県立農林学校
島根県立松江農林学校
島根県立松江農林高等学校
島根県立島根農科大学附属農林高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 島根県の旗 島根県
学区 全県学区
校訓 質実・剛健
自主・創造
奉仕・協同
設立年月日 1900年明治33年)5月26日
共学・別学 男女共学
分校 本庄 (1966年廃校)
課程 全日制課程
設置学科 生物生産科
環境土木科
総合学科
学校コード D132220100088 ウィキデータを編集
高校コード 32104E
所在地 690-8507
島根県松江市乃木福富町51番地
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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島根県立松江農林高等学校の位置(島根県内)
島根県立松江農林高等学校

島根県立松江農林高等学校(しまねけんりつ まつえのうりんこうとうがっこう, Shimane Prefectural Matsue Agricultural and Forestry High School)は、島根県松江市に所在する公立高等学校。略称「松農」(まつのう)。

概要

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歴史
1900年明治33年)に開校した「島根県農林学校」を前身とする。1948年昭和23年)の学制改革の際に新制高等学校「島根県立松江農林高等学校」(初代)となった。1951年(昭和26年)に島根県立島根農科大学の附属高等学校となった後、1968年(昭和43年)に現校名の「島根県立松江農林高等学校」(2代目)となった。長年農業に関する学科を設置していたが、1997年平成9年)の学科改編により総合学科を新設し、農業に関する生物生産科・環境土木科と合わせ3学科体制となった。2010年(平成22年)に創立110周年を迎えた。
設置課程・学科
全日制課程 3学科
  • 生物生産科
  • 環境土木科
  • 総合学科
    • 食品科学系列
    • 福祉サービス系列
    • 地域クリエイト系列
校訓
質実・剛健、自主・創造、奉仕・協同
校章
校歌
作詞は能美甲子郎、作曲は田部肇による。歌詞は2番まであり、2番に校名の「松江農高」が登場する。

沿革

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農業学校時代

  • 1900年(明治33年)
    • 3月29日 - 「島根県農林学校」の設立が認可される。
    • 5月26日 - 開校式を挙行。(開校記念日)
  • 1901年(明治34年)6月5日 - 「島根県立農林学校」と改称。
  • 1902年(明治35年)
  • 1903年(明治36年)
  • 1905年(明治38年)3月31日 - 専攻科を廃止。
  • 1906年(明治39年)4月1日 - 畜産科を新設。
  • 1907年(明治40年)
  • 1908年(明治41年)1月30日 - 校舎を増築。
  • 1912年(明治45年)4月1日 - 予科を廃止。
  • 1913年大正2年)4月1日 - 農業教員養成所を附設(再)。
  • 1915年(大正4年)11月11日 - 御大典記念演習林を設置。
  • 1917年(大正6年)4月1日 - 島根県立農業補習学校を附設。
  • 1919年(大正8年)3月21日 - 附設の農業教員養成所を廃止。
  • 1920年(大正9年)12月28日 - 「島根県立松江農林学校」と改称。
  • 1924年(大正13年)4月1日 - 畜産科を獣医畜産科に改称。修業年限を4年とする。
  • 1925年(大正14年)3月31日 - 青年学校令の公布・施行により、併設の農業補習学校を廃止。
  • 1933年昭和8年)3月31日 - 園芸科と産業組合科の2学科を設置。
  • 1935年(昭和10年)12月1日 - 元・島根県立種畜場跡を本校農場に併合。
  • 1936年(昭和11年)
    • 3月31日 - 獣医畜産科と園芸科の2学科を廃止し、第1種農林科を設置。
    • 11月30日 - 養室を移転改築。
  • 1937年(昭和12年)3月31日 - 寄宿舎が完成。
  • 1938年(昭和13年)7月31日 - 乃木演習林に地を開墾
  • 1939年(昭和14年)
  • 1940年(昭和15年)
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 林業科を設置。
  • 1944年(昭和19年)
    • 3月31日 - 産業組合科を廃止。
    • 4月1日 - 農業土木科を設置。
  • 1945年(昭和20年)
    • 3月 - 決戦教育措置要綱[1]が閣議決定され、同年4月から翌年3月末まで授業が停止されることとなる。
    • 4月 - 授業を停止。学徒動員(勤労動員)は継続。
    • 5月22日 - 戦時教育令が公布され、授業を無期限で停止することが法制化される。
    • 8月15日 - 終戦。
    • 9月 - 授業を再開。
  • 1946年(昭和21年)4月1日 - 獣医畜産科を畜産科に改称。
  • 1947年(昭和22年)
    • 3月1日 - テニスコートが完成。
    • 4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
      • 農林学校の募集を停止。
      • 新制中学校を併設(名称:島根県立松江農林学校併設中学校、以下:併設中学校)し、農林学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
      • 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
      • 農林学校の3年修了者はそのまま農林学校に在籍し、4年生となる。

新制・農業高等学校

  • 1948年(昭和23年)
    • 4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施、新制高等学校の発足)により、農林学校が廃止され、新制高等学校「島根県立松江農林高等学校」が発足。
      • 5課程(農業・林業・農業土木・畜産・農産製造)を設置。通信教育部を設置。
      • 農林学校卒業生(4年修了者)を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
      • 併設中学校は新制高校に継承され(名称:島根県立松江農林高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に農林学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
    • 7月24日 - 定時制本庄分校(農業科)を設置。
  • 1949年(昭和24年)
    • 2月28日 - 八束郡町村会の寄贈により、加工室が完成
    • 3月31日 - 最後の卒業生を送り出し、併設中学校を廃止(旧制4年から新制3年への移行が完了)。
    • 9月23日 - 開校50周年を記念し、図書館を設置。
  • 1951年(昭和26年)
    • 3月31日 - 通信教育部を島根県立松江産業高等学校[2]に移管。
    • 4月1日 - 新設の島根県立島根農科大学に移管され、「島根県立島根農科大学附属農林高等学校」となる。
    • 5月31日 - 新校舎(第1期・第2期工事)が完了し、17教室が完成。
    • 6月5日 - 新校舎に一部移転。
    • 10月10日 - 新校舎(第3期工事)が完成。
    • 10月12日 - 新校舎へ移転を完了。
  • 1953年(昭和28年)1月27日 - 第二体育館が完成。
  • 1955年(昭和30年)10月10日 - 第三体育館が完成。
  • 1959年(昭和34年)4月1日 - 運動場を拡張。
  • 1960年(昭和35年)4月1日 - 定時制本庄分校に家庭科を設置。
  • 1964年(昭和39年)4月1日 - 定時制本庄分校の募集を停止し、本校に移転。
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 農業科を1学級減じ、生活科を1学級設置。
  • 1966年(昭和41年)3月31日 - 定時制本庄分校を廃止。
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 島根農科大学の国立移管に伴い、「島根県立松江農林高等学校」と改称()。
  • 1969年(昭和44年)4月1日 - 園芸科を設置。
  • 1970年(昭和45年)
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 農産製造科を食品製造科に改称。
  • 1978年(昭和53年)3月 - 畜魂碑を建立。
  • 1979年(昭和54年)5月30日 -「中日友好の船」訪日団が来校。
  • 1982年(昭和57年)8月5日 - 食堂が完成。
  • 1983年(昭和58年)3月23日 - 果樹園を設置。
  • 1984年(昭和59年)12月24日 - 寄宿舎「湖南寮」が完成。
  • 1985年(昭和60年)
  • 1986年(昭和61年)2月10日 - 格技場が完成。
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月20日 - 産振棟が完成。
    • 3月31日 - 畜産科を廃止。
    • 4月1日 - 造園土木科を設置。
    • 11月12日 - 長江農場を廃止。
  • 1988年(昭和63年)
    • 3月5日 - 農場管理棟(A)が完成。
    • 3月10日 - 造園土木科棟が完成。
    • 3月31日 - 林業科を廃止。
    • 10月 - 第39回日本学校農業クラブ全国大会が島根県で行われる。
  • 1989年(平成元年)
    • 3月31日 - 生活科を廃止。
    • 7月8日 - 記念碑「松農魂永遠に」を建立。
  • 1990年(平成2年)
  • 1993年(平成5年)3月31日 - グラウンドを拡張。
  • 1996年(平成8年)10月16日 - 上海市農業学校と友好学校協議書を交換。
  • 1997年(平成9年)4月1日 - 農業科、園芸科、農業土木科、造園土木科、食品製造科の生徒募集を停止。以上の学科を改編し生物生産科・環境土木科・総合学科を設置。
  • 1998年(平成10年)3月31日 - 食品科学棟、介護実習棟、伝統産業棟が完成。
  • 1999年(平成11年)
    • 3月31日 - 穀物調整農業機械棟、生物工学棟が完成。 農業科、園芸科、農業土木科、造園土木科、食品製造科を廃止。
    • 4月16日 - 全校朝読書を開始。
    • 4月17日 - 開放農園を開始。
  • 2000年(平成12年)
    • 3月24日 - 記念碑「松農健児の像」を建立。
    • 3月31日 - ふれあい広場が完成。
    • 7月1日 - 開校百周年記念式典を挙行。旧校門を復元。
  • 2001年(平成13年)
    • 4月1日 - 学校評議員制度を導入。
    • 11月28日 - 創立100周年記念樹(モッコク)を植樹。
  • 2002年(平成14年)8月26日 - マイクロバスを導入。
  • 2003年(平成15年)3月24日 - 湖南寮を閉鎖。
  • 2006年(平成18年)6月13日 - 上海市農林職業技術学院交流記念植樹を実施。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 湖南寮を島根県立松江養護学校へ移管。

部活動

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運動部

文化部

姉妹校

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著名な出身者

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脚注

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  1. ^ 国民学校初等科を除く学校の昭和20年度1年間の授業停止が決定された。
  2. ^ 1949年(昭和24年)4月に島根県立松江工業高等学校島根県立松江商業高等学校の2校が統合され、島根県立松江産業高等学校が発足した。なお松江産業高等学校は4年後の1953年(昭和28年)4月に再び島根県立松江工業高等学校と島根県立松江商業高等学校の2校に分離した。

関連項目

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外部リンク

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