湖畔の住人

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湖畔の住人』(こはんのじゅうにん、原題:: The Inhabitant of the Lake)は、イギリスのホラー小説家ラムジー・キャンベルの短編小説。

1964年にアーカムハウスから刊行された短編集の表題作で、クトゥルフ神話の1つ。筆者のキャンベルはクトゥルフ神話「第二世代」作家である。キャンベル作品の邦訳は限られており、本短編は2013年にようやく日本で翻訳された。

キャンベル作品には疎外感や人間関係への空虚感が含まれ、彼の生育した家庭環境が影響しているためと指摘される。翻訳者の尾之上浩司は「その孤独感、疎外感が効果的に生かされている一本が、この初訳中篇「湖畔の住人」である。現在までにキャンベルの書いたクトゥルフ神話もののなかでも、いちばん迫力があると思うのだが、いかがだろうか。」と解説している。[1]

語り手アランの一人称に、カートライトからの手紙が割り込むという構成をとっている。主役はキャンベルが創造した旧支配者グラーキで、教団と文献「グラーキの黙示録」が登場する。グラーキはゾンビを作る能力を持っており、本作はゾンビものとしてはロメロゾンビ以前の作品にあたる。またドナルド・R・バーリスンが後日談『幽霊湖』(Ghost Lake)を書いているが、日本では未訳である。

前時代作家であるクラーク・アシュトン・スミスが創造した神ヴルトゥームを、オリジナルの「グラーキの黙示録」の記述を介することで、初めてクトゥルフ神話に導入した作品でもある。

あらすじ[編集]

英国ブリチェスター郊外セヴァンヴァレーにある、隕石が落ちた跡と伝説される湖に、何かが棲んでいるという噂があった。人が住むにはあまりにも辺鄙で不便な場所であったが、1790年、湖に棲む神グラーキを崇めるカルトが数件の家屋を建てる。彼らは1870年ごろに姿を消し、無人となった湖畔の家々は賃貸物件となるが、定住する者はいなかった。1960年に借り手が現れるも、すぐに夜逃げ同然で出て行く。

すぐ後、画家のカートライトが新たに移り住む。人里離れたカートライト宅には郵便屋が来ないので、彼は週一回郵便局に行き、知人のアランは彼の近況を手紙で知る。やがてカートライトは悪夢を見るようになる。また疑問を不動産屋に尋ね、前の住人は幽霊を怖がり出て行ったことを知る。友人バルガーとは連絡がとれなくなるが、きっと忙しいのだろうと結論付ける。

カートライトは隣の空き家で手書きノートを発見する。ノートは「グラーキの黙示録」の海賊版であり、カートライトは神グラーキやカルトについて、さらにグラーキが信者をゾンビに変えて操ることを知る。だが手紙を受け取ったアランは本気にせず、逆にカートライトの精神状態を心配する。

返事を書こうとしていたアランのもとに、カートライトから助けを求める電話がかかってくる。彼は車を壊され、徒歩数キロの電話ボックスに居るという。アランはまず道を確認すべく不動産屋を訪問するが、彼は「そんな物件は扱ってない」など不審な態度をとる。アランの車は電話ボックスにたどり着きカートライトを拾う。だが、カートライトは黙示録を回収するため湖に引き返したいと述べ、バルガーはゾンビにされて敵の仲間になっていると話す。家に到着した2人は黙示録を回収する。カートライトは証拠として自分が悪夢を見て描いた絵と、「黙示録のトマス・リーが描いた挿絵」、そして写真の3枚を見せ、いずれも怪物グラーキの姿が描かれていた。それでもアランは半信半疑であったが、車を壊され逃げ道を絶たれたことで、ようやく危機を理解する。

2人は家の中に立てこもる方向に変更する。日が沈み、グラーキとゾンビ達が玄関を破って入ってくる。カートライトは手斧でゾンビを切り倒すが、隙をついてグラーキは棘を伸ばしてカートライトを刺す。刺されたカートライトは棘を切断してゾンビ化を拒み、力尽きる。アランは二階に上り鍵をかけて一晩籠城を耐える。翌朝アランは、十分に日光が照っているのを確認してから家を出て、カートライトの亡骸を見送り、徒歩でブリチェスターまで戻る。アランは警察に説明し、カートライトが描き残したグラーキの絵を見せるが、画家の妄想と判断され信じてもられない。車に乗せていた黙示録は奪われてなくなっており、森や湖を捜索しても何も出てこず、不動産屋はとぼけて関与を否定する。だが凶器の棘を科学分析すると、地球上に無い物質成分であることと、つい最近まで生体細胞であったことが判明する。

主な登場人物[編集]

  • アラン - 語り手。
  • トマス・カートライト - 画家。創作のインスピレーションを求めて、湖畔の家を借りる。
  • ジョゼフ・バルガー - 2人の友人。カートライトの引越を手伝い別れてから、連絡がとれなくなる。ゾンビにされて日が浅いため、日光耐性がある。
  • 不動産屋- ブリチェスターに事務所を構える。いわくつき物件について、事情を聞かれたら説明するが、聞かれなければ喋らない。
  • トマス・リー - 家々を建てたグループのリーダー。ゴーツウッド出身。グラーキに出逢いしもべとなった。
  • グラーキ - 隕石に乗って飛来した旧支配者[注 1]。墜落時のクレーターが湖となり、現在は湖の底にいる。夢テレパシーで催眠をかけ、棘を刺して体液を送り込んだ相手を意のままに操る。
  • ゾンビ - グラーキの従者となった元人間達。日光を浴びると体組織が緑色に変色して崩壊する。

収録[編集]

  • 『古きものたちの墓 クトゥルフ神話への招待』扶桑社尾之上浩司
  • 『グラーキの黙示 1』サウザンブックス社、尾之上浩司訳(邦題『湖の住人』)

関連作品[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 伝説では隕石、現代人の視点では移民船ともみなせる手段で宇宙を移動してきた。他の者もいたが、地球に来た時点で生き残っていたのはグラーキのみであるらしい。

出典[編集]

  1. ^ 扶桑社『古きものたちの墓 クトゥルフ神話への招待』36ページ。