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「ハルウララ」の版間の差分

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|産 = 信田牧場<ref name="HUPedigree" />
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|国 = {{JPN}}([[北海道]][[三石町 (北海道)|三石町]])
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|主 =(有)信田牧場<br />→横山貴男<br />→[[安西美穂子|(株)エムエイオフィス]]<ref name="HUPedigree" />
|主 =(有)信田牧場<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/race/result/20030317/231/03/ |title=3R サラ系一般 E(9)|2003年3月17日(月)19回高知3日|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-28}}</ref><br />→横山貴男<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/race/result/20030427/231/02/ |title=2R サラ系一般 G(3)|2003年4月27日(日)1回高知6日|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-28}}</ref><br />→[[安西美穂子|(株)エムエイオフィス]]<ref name="HUPedigree" />
|調 = [[宗石大]]([[高知競馬場|高知]])<ref name="HUPedigree"/>
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|厩 = 藤原健祐
|厩 = 藤原健祐
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入場者数の多さに対応するため高知競馬場は史上初となる入場制限を行い、ハルウララの馬券を購入するファンのために専用窓口を設置した(待ち時間は7時間近くに及んだ)<ref name="kouchi2004040323-2" />。レースの結果は11頭立ての10着に終わり、連敗記録を106に伸ばすこととなったが、レース後武豊は通常勝ち馬が行う「ウイニングラン」(ゴール後、馬場を1周すること)を行った{{Sfn|櫻井|2004|p=87}}<ref name="kouchi20040323-1">{{Cite news|和書|date =2004-03-23|url =http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040323-1|archivedate =2007年12月29日|archiveurl =https://web.archive.org/web/20071229121203/http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040323-1|title =きゅう務員の藤原さん 「これマジっすか…」|work =ハルウララ関連記事|newspaper =[[高知新聞]]|publisher=高知新聞社|location=高知|accessdate =2017年5月18日|deadlinkdate =2017年9月}}</ref>。ハルウララが出走したレースを生中継した[[毎日放送]]のテレビ番組『[[ちちんぷいぷい (テレビ番組)|ちちんぷいぷい]]』の瞬間最高視聴率は19.9%、平均視聴率は平日における同番組史上最高となる12.2%を記録した<ref>{{Cite news|和書|date = 2004-03-24|url = http://www.kochinews.co.jp/rensai02/urara04.htm#040324|archivedate = 2016年3月9日|archiveurl = https://web.archive.org/web/20160309172814/http://www.kochinews.co.jp/rensai02/urara04.htm#040324|title = ウララ視聴率“1着” 中継番組が最高19.9%|work = ハルウララ関連記事|newspaper = [[高知新聞]]|publisher=高知新聞社|location=高知|accessdate = 2017年5月18日|deadlinkdate = 2017年9月}}</ref>。武はこの日の騎乗について、自身が「チャンスがあれば乗ってみたい」と発言したことがきっかけで「競馬の本質を離れた大騒ぎ」が繰り広げられたことに嫌気が差し怒りすら覚えていたが、1万3000人もの観客を見て怒りが消え、「一度、乗ってみたい」という気持ちに立ち戻れたと振り返っている{{Sfn|武|2005|pp=26-27}}。レース後武はハルウララについて、「『強い馬が、強い勝ち方をすることに、競馬の真の面白さがある』と僕は思っています。この気持はこれからも変わることはありません。しかし、高知競馬場にあれだけのファンを呼び、日本全国に狂騒曲を掻き鳴らした彼女は、間違いなく"名馬"と呼んでもいいと思います」と評した{{Sfn|武|2005|p=27}}。なお、武豊はこの日の騎乗について、オフィシャルホームページの日記において「あまりにも異常な騒がれ方で、正直なところ辟易としています」<ref name="武-日記-20040308">{{Cite web|author=[[武豊]]|url=http://take.nifty.com/diary/main_0403.html|title=その日、楽しみにしているのは黒船賞のノボトゥルーの騎乗なのです。|date=2004-03-08|archiveurl=https://web.archive.org/web/20040315084322/http://take.nifty.com/diary/main_0403.html|archivedate=2004年3月15日|website=武豊オフィシャルホームページ|publisher=[[ニフティ#@nifty|@nifty]]|accessdate=2017-07-04|deadlinkdate=2017年9月}}</ref>「生涯で一度も勝ったことがない馬が、GIレースを勝った馬達よりも注目を集める対象になるというのはどうにも理解し難いものがあります」<ref name="武-日記-20040308" />と述べ、過熱するブームに対する違和感を表明した。また騎乗を依頼された際、そのレースがハルウララの引退レースになるという説明を受けていたことも明かした<ref name="武-日記-20040308" />。
入場者数の多さに対応するため高知競馬場は史上初となる入場制限を行い、ハルウララの馬券を購入するファンのために専用窓口を設置した(待ち時間は7時間近くに及んだ)<ref name="kouchi2004040323-2" />。レースの結果は11頭立ての10着に終わり、連敗記録を106に伸ばすこととなったが、レース後武豊は通常勝ち馬が行う「ウイニングラン」(ゴール後、馬場を1周すること)を行った{{Sfn|櫻井|2004|p=87}}<ref name="kouchi20040323-1">{{Cite news|和書|date =2004-03-23|url =http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040323-1|archivedate =2007年12月29日|archiveurl =https://web.archive.org/web/20071229121203/http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040323-1|title =きゅう務員の藤原さん 「これマジっすか…」|work =ハルウララ関連記事|newspaper =[[高知新聞]]|publisher=高知新聞社|location=高知|accessdate =2017年5月18日|deadlinkdate =2017年9月}}</ref>。ハルウララが出走したレースを生中継した[[毎日放送]]のテレビ番組『[[ちちんぷいぷい (テレビ番組)|ちちんぷいぷい]]』の瞬間最高視聴率は19.9%、平均視聴率は平日における同番組史上最高となる12.2%を記録した<ref>{{Cite news|和書|date = 2004-03-24|url = http://www.kochinews.co.jp/rensai02/urara04.htm#040324|archivedate = 2016年3月9日|archiveurl = https://web.archive.org/web/20160309172814/http://www.kochinews.co.jp/rensai02/urara04.htm#040324|title = ウララ視聴率“1着” 中継番組が最高19.9%|work = ハルウララ関連記事|newspaper = [[高知新聞]]|publisher=高知新聞社|location=高知|accessdate = 2017年5月18日|deadlinkdate = 2017年9月}}</ref>。武はこの日の騎乗について、自身が「チャンスがあれば乗ってみたい」と発言したことがきっかけで「競馬の本質を離れた大騒ぎ」が繰り広げられたことに嫌気が差し怒りすら覚えていたが、1万3000人もの観客を見て怒りが消え、「一度、乗ってみたい」という気持ちに立ち戻れたと振り返っている{{Sfn|武|2005|pp=26-27}}。レース後武はハルウララについて、「『強い馬が、強い勝ち方をすることに、競馬の真の面白さがある』と僕は思っています。この気持はこれからも変わることはありません。しかし、高知競馬場にあれだけのファンを呼び、日本全国に狂騒曲を掻き鳴らした彼女は、間違いなく"名馬"と呼んでもいいと思います」と評した{{Sfn|武|2005|p=27}}。なお、武豊はこの日の騎乗について、オフィシャルホームページの日記において「あまりにも異常な騒がれ方で、正直なところ辟易としています」<ref name="武-日記-20040308">{{Cite web|author=[[武豊]]|url=http://take.nifty.com/diary/main_0403.html|title=その日、楽しみにしているのは黒船賞のノボトゥルーの騎乗なのです。|date=2004-03-08|archiveurl=https://web.archive.org/web/20040315084322/http://take.nifty.com/diary/main_0403.html|archivedate=2004年3月15日|website=武豊オフィシャルホームページ|publisher=[[ニフティ#@nifty|@nifty]]|accessdate=2017-07-04|deadlinkdate=2017年9月}}</ref>「生涯で一度も勝ったことがない馬が、GIレースを勝った馬達よりも注目を集める対象になるというのはどうにも理解し難いものがあります」<ref name="武-日記-20040308" />と述べ、過熱するブームに対する違和感を表明した。また騎乗を依頼された際、そのレースがハルウララの引退レースになるという説明を受けていたことも明かした<ref name="武-日記-20040308" />。


[[5月23日]]、ハルウララは出走したレースで2着に敗れた。これにより連敗は109となり、グレースアンバーが記録した108連敗を抜き[[ハクホークイン]](161連敗)に次ぐ日本歴代2位(当時)の記録と報じられた<ref name="netkeiba20040523">{{Cite web |date= 2004-05-23|url = http://www.netkeiba.com/news/?pid=news_view&no=5953&category=B|title = ハルウララ、109連敗で歴代2位に|work = エンタメニュース|publisher = [[netkeiba.com]] |accessdate = 2010年1月19日}}</ref>{{Refnest|group="注釈"|この報道<ref name="netkeiba20040523" />でハルウララの109連敗を[[ハクホークイン]]161連敗に次ぐ当時歴代2位<ref name="netkeiba20040523" />としているが、1949年-1952年にかけて国営競馬のサシカタというアングロアラブ系牝馬<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000465501/ |title=サシカタ |website=JBISサーチ |accessdate=2021-3-31}}(JBISにエントリーはあるものの、通算成績はデータなしとなっている。</ref>が、通算159戦全敗という成績を残したとの報道もある<ref>{{Cite news|author=瀬上保男 |title=[ケイバ万華鏡]史上最弱馬?の悲惨な戦績 |newspaper=読売新聞東京夕刊 |date=1998-10-29 |page=3}}</ref><ref>{{Cite news|author=瀬上保男 |title=[ケイバ万華鏡]サシカタ 現役、繁殖通しての奇跡 |newspaper=読売新聞東京夕刊 |date=2002-04-02 |page=3}}</ref>。}}。[[8月3日]]、高知競馬所属の半妹ミツイシフラワー、[[兵庫県競馬組合|兵庫競馬]]所属の半弟オノゾミドオリとの対決が実現(結果は10頭中5着)。このレースの馬券は全国の[[地方競馬]]場で発売され、ハルウララの出走レースだけで(高知競馬における日曜日の1日売上額の平均を上回る)約7900万円の売上を記録した<ref>{{Cite news|和書|date = 2004-08-04|url = http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040804a|archivedate = 2007年12月29日|archiveurl = https://web.archive.org/web/20071229121203/http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040804a|title = ウララ3きょうだい対決 弟1着、姉5着、妹8着|work = ハルウララ関連記事|newspaper = [[高知新聞]]|publisher=高知新聞社|location=高知|accessdate = 2017年1月18日|deadlinkdate = 2017年9月}}</ref>。レース後関係者が記者会見を開き、翌[[2005年]]3月をもって競走馬を引退させると発表した<ref>{{Cite news|和書|date =2004-08-04|url =http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040804b|archivedate =2007年12月29日|archiveurl =https://web.archive.org/web/20071229121203/http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040804b|title =ハルウララ来春引退 余生は故郷北海道で|work =ハルウララ関連記事|newspaper =[[高知新聞]]|publisher=高知新聞社|location=高知|accessdate =2017年5月18日|deadlinkdate =2017年9月}}</ref>。
[[5月23日]]、ハルウララは出走したレースで2着に敗れた。これにより連敗は109となり、グレースアンバーが記録した108連敗を抜き[[ハクホークイン]](161連敗)に次ぐ日本歴代2位(当時)の記録と報じられた<ref name="netkeiba20040523">{{Cite web |date= 2004-05-23|url = http://www.netkeiba.com/news/?pid=news_view&no=5953&category=B|title = ハルウララ、109連敗で歴代2位に|work = エンタメニュース|publisher = [[netkeiba.com]] |accessdate = 2010年1月19日}}</ref>(ただし、この報道の正確性は疑わしい。詳しくは[[#その他の連敗馬]]節を参照)。[[8月3日]]、高知競馬所属の半妹ミツイシフラワー、[[兵庫県競馬組合|兵庫競馬]]所属の半弟オノゾミドオリとの対決が実現(結果は10頭中5着)。このレースの馬券は全国の[[地方競馬]]場で発売され、ハルウララの出走レースだけで(高知競馬における日曜日の1日売上額の平均を上回る)約7900万円の売上を記録した<ref>{{Cite news|和書|date = 2004-08-04|url = http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040804a|archivedate = 2007年12月29日|archiveurl = https://web.archive.org/web/20071229121203/http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040804a|title = ウララ3きょうだい対決 弟1着、姉5着、妹8着|work = ハルウララ関連記事|newspaper = [[高知新聞]]|publisher=高知新聞社|location=高知|accessdate = 2017年1月18日|deadlinkdate = 2017年9月}}</ref>。レース後関係者が記者会見を開き、翌[[2005年]]3月をもって競走馬を引退させると発表した<ref>{{Cite news|和書|date =2004-08-04|url =http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040804b|archivedate =2007年12月29日|archiveurl =https://web.archive.org/web/20071229121203/http://www.kochinews.co.jp/rensai02/keibanews3.htm#040804b|title =ハルウララ来春引退 余生は故郷北海道で|work =ハルウララ関連記事|newspaper =[[高知新聞]]|publisher=高知新聞社|location=高知|accessdate =2017年5月18日|deadlinkdate =2017年9月}}</ref>。


=== 馬主の手で栃木県へ移送される ===
=== 馬主の手で栃木県へ移送される ===
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* ニホンピロラック ([[東京障害特別]](秋)、札幌日刊スポーツ杯、クリスマスステークス) - 叔父 (母ヒロインの全兄)
* ニホンピロラック ([[東京障害特別]](秋)、札幌日刊スポーツ杯、クリスマスステークス) - 叔父 (母ヒロインの全兄)
* [[モガミチャンピオン]] ([[カブトヤマ記念]]) - 大叔父 (祖母ピアレスレディの半弟)
* [[モガミチャンピオン]] ([[カブトヤマ記念]]) - 大叔父 (祖母ピアレスレディの半弟)

== その他の連敗馬 ==
ハルウララの連敗記録は、109連敗時点で日本で歴代2位<ref name="netkeiba20040523" />とも報道された(当時の1位は[[ハクホークイン]]の161連敗<ref name="netkeiba20040523" />)。しかし[[中央競馬]]発足以前の[[国営競馬#日本における国営競馬|国営競馬]]で、サシカタという[[アングロアラブ]]系の馬<ref name="サシカタJBIS" />が、1949年から1952年にかけて通算159連敗(未勝利で引退)を記録していたことが知られている<ref name="レコードブック94">{{Cite book|和書|title=中央競馬レコードブック'94 |publisher=[[中央競馬]]PR・センター |date=1994-6-13 |isbn=4-924426-39-3 |page=541}}</ref><ref>{{Cite news|author=瀬上保男 |title=[ケイバ万華鏡]史上最弱馬?の悲惨な戦績 |newspaper=読売新聞東京夕刊 |date=1998-10-29 |page=3}}</ref><ref>{{Cite news|author=瀬上保男 |title=[ケイバ万華鏡]サシカタ 現役、繁殖通しての奇跡 |newspaper=読売新聞東京夕刊 |date=2002-04-02 |page=3}}</ref>。

またハルウララの113連敗を上回る記録を残した馬は、ハルウララ以後に多数確認できる。

:{| class="wikitable sortable" style="font-size:small"
|+ 113連敗以上を記録した日本の競走馬の例(成績は2021年4月25日時点)
!rowspan="2" |連敗記録 !!rowspan="2" | 馬名 !!rowspan="2" |性別<br />(種) !!rowspan="2" |最終所属 !!rowspan="2" |生年 !!rowspan="2" |最終<br />出走年 !!colspan="2" class="unsortable" |通算成績 !!rowspan="2" class="unsortable" |備考
|-
! 出走 !!勝利
|-
|| 222連敗 ||アタリ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000730643/ |title=アタリ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牡 || [[地方競馬|地方]]・[[名古屋競馬場|名古屋]] || 2001年 || 2012年 ||261戦 || 3勝 ||39戦目に3勝目を挙げて以降222連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000730643/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|アタリ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 204連敗 || ダンスセイバー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001135956/ |title=ダンスセイバー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・[[門別競馬場|門別]] || 2011年 ||{{display none|10000}}※現役 ||204戦 ||0勝 || 最長連敗記録保持馬とされる<ref name="ダンスセイバー200連敗" />
|-
|| 199連敗 ||コスモレグノ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001138695/ |title=コスモレグノ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牡 || 地方・名古屋 || 2011年 || 2019年 ||214戦 || 3勝 ||15戦目に3勝目を挙げて以降199連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001138695/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|コスモレグノ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 193連敗 || ビートマグナム<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001124189/ |title=ビートマグナム|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || セン || 地方・名古屋 || 2010年 || 2019年 || 213戦||6勝 ||20戦目に6勝目を挙げて以降193連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001124189/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ビートマグナム|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 192連敗 || [[マイネアトリーチェ]]<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000752497/ |title=マイネアトリーチェ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・[[笠松競馬場|笠松]] || 2003年 || 2012年 || 192戦 ||0勝 || うち[[中央競馬|中央]]6戦0勝、元最長連敗記録保持馬<ref name="ダンスセイバー200連敗" /><ref name="島田" />、<br />「ハルウララ超え」<ref name="SPAマイネアトリーチェ" />
|-
|| 189連敗 || スピードオーバー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001095701/ |title=スピードオーバー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牡 || 地方・[[高知競馬場|高知]] || 2008年 || 2015年 ||189戦 || 0勝 ||
|-
|| 183連敗 || ドレスアフェアー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001044322/ |title=ドレスアフェアー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牡 || 地方・高知 || 2007年 || 2018年 || 274戦||6勝 ||9戦目に2勝目を挙げてから193戦目に3勝目を挙げるまで183連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001044322/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ドレスアフェアー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref><br />[[中央競馬]]で[[新馬戦|新馬勝ち]]
|-
|| 179連敗 || カンムリホルダー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000724217/ |title=カンムリホルダー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・[[園田競馬場|園田]] || 2001年 || 2010年 || 179戦||0勝 || 元最長連敗記録保持馬<ref name="島田" /><ref name="スポニチカンムリホルダー" />
|-
|| 166連敗 ||シャインリーズン<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000725412/ |title=シャインリーズン|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> ||セン ||地方・[[水沢競馬場|水沢]] ||2001年 ||2009年 ||194戦 ||1勝 ||28戦目に初勝利を挙げて以降166連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000725412/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|シャインリーズン|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 166連敗 || ナイキアンジェラ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000755442/ |title=ナイキアンジェラ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牝 || 地方・笠松 || 2003年 || 2016年 || 231戦||5勝 ||65戦目に5勝目を挙げて以降166連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000755442/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ナイキアンジェラ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 165連敗 || エリザベスクィーン<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000723102/ |title=エリザベスクィーン|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・[[兵庫県立西脇馬事公苑|西脇]] || 2001年 || 2008年 || 176戦||1勝 || 元最長連敗記録保持馬<ref name="島田" /><ref name="スポニチカンムリホルダー" /><br />新記録達成後の166戦目に初勝利<ref name="島田" />
|-
|| 164連敗 || オーサンツヨシ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000730021/ |title=オーサンツヨシ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・名古屋 || 2001年 || 2010年 || 164戦 ||0勝 ||
|-
|| 163連敗 || マヤフェアリー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000614476/ |title=マヤフェアリー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牝 || 地方・水沢 || 1999年 || 2010年 || 278戦 ||3勝 ||115戦目に3勝目を挙げて以降163連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000614476/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|マヤフェアリー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 161連敗 || [[ハクホークイン]]<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000170166/ |title=ハクホークイン|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・[[浦和競馬場|浦和]] || 1984年 || 1992年 || 161戦 ||0勝 || 元最長連敗記録保持馬<ref name="島田" />
|-
|| 161連敗 || エンゼルティアラ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000612293/ |title=エンゼルティアラ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牝 || 地方・[[荒尾競馬場|荒尾]] || 1999年 || 2011年 || 240戦 ||1勝 ||79戦目に初勝利を挙げて以降161連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000612293/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|エンゼルティアラ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 159連敗 || サシカタ<ref name="サシカタJBIS">{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000465501/ |title=サシカタ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}(※馬自体の登録はあるが、戦績はデータなしとなっている。)</ref> || 牝<br />([[アングロアラブ|アラ系]])|| [[国営競馬#日本における国営競馬|国営競馬]]<br />(後の[[中央競馬]]) || 1946年 || 1952年 || 159戦 ||0勝 || 国営競馬の最多出走・最多連敗記録保持馬<ref name="レコードブック94" />
|-
|| 158連敗 || キングテースト<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000803056/ |title=キングテースト|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牝 || 地方・門別 || 2004年 || 2018年 || 247戦||6勝 ||89戦目に6勝目を挙げて以降158連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000803056/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|キングテースト|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 157連敗 || ジュエリーキッス<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001088864/ |title=ジュエリーキッス|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牝 || 地方・高知 || 2008年 || 2020年 || 289戦 ||8勝 ||132戦目に8勝目を挙げて以降157連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001088864/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ジュエリーキッス|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 154連敗 || キクノダフネ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000321538/ |title=キクノダフネ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref> || 牝<br />(アラブ) || 地方・名古屋 || 1997年 || 2006年 || 205戦 ||2勝 ||51戦目に2勝目を挙げて以降154連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000321538/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|キクノダフネ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref>
|-
|| 154連敗 || セイウンカラット<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000620343/ |title=セイウンカラット|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牡 || 地方・名古屋 || 1999年 || 2009年 || 154戦||0勝 ||うち中央13戦0勝
|-
|| 151連敗 || ミヤマリージェント<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000612739/ |title=ミヤマリージェント|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref> || 牡 || 地方・高知 || 1999年 || 2014年 || 329戦||13勝 ||178戦目に13勝目を挙げて以降151連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000612739/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ミヤマリージェント|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref>
|-
|| 149連敗 || スイートハーモニー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000331887/ |title=スイートハーモニー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牝<br />(アラブ) || 地方・高知 || 1998年 || 2009年 || 241戦|| 4勝 ||41戦目に2勝目を挙げてから191戦目に3勝目を挙げるまで149連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000331887/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|スイートハーモニー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 149連敗 || スズランクリーク<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000884821/ |title=スズランクリーク|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牝 || 地方・笠松 || 2005年 || 2016年 || 236戦||5勝 ||87戦目に5勝目を挙げて以降149連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000884821/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|スズランクリーク|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 148連敗 || アイエスリリー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000626533/ |title=アイエスリリー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牝 || 地方・笠松 || 1999年 || 2010年 || 281戦 ||2勝 ||133戦目に2勝目を挙げて以降148連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000626533/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|アイエスリリー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 148連敗 || ブライダルダンサー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001149448/ |title=ブライダルダンサー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・門別 || 2012年 || {{display none|10000}}※現役 || 148戦 ||0勝 ||
|-
|| 146連敗 || ミールマオ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000804785/ |title=ミールマオ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牝 || 地方・名古屋 || 2004年 || 2012年 || 155戦 ||1勝 ||9戦目に初勝利を挙げて以降146連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000804785/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ミールマオ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 143連敗 || ハイフレンドバトル<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000759929/ |title=ハイフレンドバトル|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牝 || 地方・[[金沢競馬場|金沢]] || 2003年 || 2014年 || 176戦 ||1勝 ||33戦目に初勝利を挙げて以降143連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000759929/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ハイフレンドバトル|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 143連敗 || タケデンマイルド<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001049589/ |title=タケデンマイルド|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・[[船橋競馬場|船橋]] || 2007年 || 2016年 || 143戦||0勝 ||
|-
|| 141連敗 || ブラックハーロック<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000705263/ |title=ブラックハーロック|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牡 || 地方・名古屋 || 2000年 || 2007年 || 141戦||0勝 || ニシキディオールと同馬主<ref name="ブラックハーロック" />
|-
|| 140連敗 || シャッフル<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000701959/ |title=シャッフル|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・西脇 || 2000年 || 2007年 || 140戦||0勝 ||
|-
|| 140連敗 || ニシキディオール<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000728316/ |title=ニシキディオール|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・名古屋 || 2001年 || 2008年 || 140戦||0勝 || ブラックハーロックと同馬主<ref name="ブラックハーロック" />
|-
|| 140連敗 || キャニオンノーブル<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000316957/ |title=キャニオンノーブル|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref> || 牡 || 地方・高知 || 1997年 || 2006年 || 155戦||2勝 ||15戦目に2勝目を挙げて以降140連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000316957/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|キャニオンノーブル|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref>
|-
|| 138連敗 || ヒミコウインク<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000705515/ |title=ヒミコウインク|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牡 || 地方・高知 || 2000年 || 2008年 || 212戦||2勝 ||74戦目に2勝目を挙げて以降138連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000705515/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ヒミコウインク|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 138連敗 || オーガニックライフ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001095993/ |title=オーガニックライフ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牝 || 地方・高知 || 2008年 || 2018年 || 238戦||6勝 ||100戦目に6勝目を挙げて以降138連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001095993/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|オーガニックライフ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 135連敗 || パラダイスゲスト<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000805350/ |title=パラダイスゲスト|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref> || 牝 || 地方・高知 || 2004年 || 2012年 || 233戦||8勝 ||98戦目に8勝目を挙げて以降135連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000805350/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|パラダイスゲスト|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-27}}</ref>
|-
|| 133連敗 || サウスウィズダム<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001102476/ |title=サウスウィズダム|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牡 || 地方・高知 || 2009年 || 2015年 || 175戦||1勝 ||134戦目に初勝利<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001102476/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|サウスウィズダム|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 132連敗 || ヒカルミヨギ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000305634/ |title=ヒカルミヨギ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref> || 牡 || 地方・[[札幌競馬場#ホッカイドウ競馬の開催|札幌]] || 1996年 || 2006年 || 184戦||4勝 ||52戦目に4勝目を挙げて以降132連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000305634/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ヒカルミヨギ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref>
|-
|| 129連敗 || メイプルキュート<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001134320/ |title=メイプルキュート|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・船橋|| 2011年 || 2019年 || 129戦||0勝 ||「ハルウララ超え」<ref name="ポストセブンメイプルキュート" />
|-
|| 128連敗 || シンボリメルケル<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001175234/ |title=シンボリメルケル|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・高知 || 2013年 || 2020年 || 128戦||0勝 ||うち中央5戦0勝
|-
|| 127連敗 || マックワンヒーロー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000318302/ |title=マックワンヒーロー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref> || 牡 || 地方・札幌 || 1997年 || 2005年 || 149戦||1勝 ||22戦目に初勝利を挙げて以降127連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000318302/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|マックワンヒーロー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref>
|-
|| 127連敗 || ラブリーラブ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000708396/ |title=ラブリーラブ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・[[佐賀競馬場|佐賀]] || 2000年 || 2008年 || 127戦||0勝 ||
|-
|| 125連敗 || オグリウインザー<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000760490/ |title=オグリウインザー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牡 || 地方・笠松 || 2003年 || 2011年 || 132戦 ||2勝 ||7戦目に2勝目を挙げて以降125連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000760490/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|オグリウインザー|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 122連敗 || オウカヒメ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000722175/ |title=オウカヒメ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・園田 || 2001年 || 2009年 || 122戦||0勝 ||
|-
|| 122連敗 || マカロン<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000890356/ |title=マカロン|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牝 || 地方・[[盛岡競馬場|盛岡]] || 2005年 || 2011年 || 139戦 ||1勝 ||17戦目に初勝利を挙げて以降122連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000890356/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|マカロン|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 120連敗 || トサノカオリ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000331004/ |title=トサノカオリ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・門別 || 1998年 || 2005年 || 120戦||0勝 ||
|-
|| 119連敗 || エルサ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001169429/ |title=エルサ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-24}}</ref> || 牝 || 地方・水沢 || 2013年 || {{display none|10000}}※現役 || 119戦||0勝 ||
|-
|| 118連敗 || ペアーハンター<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000329968/ |title=ペアーハンター|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref> || 牡 || 地方・金沢 || 1998年 || 2005年 || 118戦||0勝 ||
|-
|| 118連敗 || メイショウハヤテ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000723244/ |title=メイショウハヤテ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref> || 牡 || 地方・名古屋 || 2001年 || 2013年 || 267戦 ||6勝 ||149戦目に6勝目を挙げて以降118連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000723244/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|メイショウハヤテ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-26}}</ref>
|-
|| 114連敗 || ローズフラッシュ<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000308139/ |title=ローズフラッシュ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref> || 牡 || 地方・高知 || 1996年 || 2005年 || 126戦||2勝 ||12戦目に2勝目を挙げて以降114連敗<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000308139/record/all/ |title=競走成績:全競走成績|ローズフラッシュ|JBISサーチ(JBIS-Search) |publisher=日本軽種馬協会 |accessdate=2021-4-25}}</ref>
|-style="background-color:#fdd"
|| 113連敗 || '''ハルウララ''' || 牝 || 地方・高知 || 1996年 || 2004年 || 113戦||0勝 ||
|-
|}

このように、ハルウララの通算113連敗はそれほど上位の記録ではなくなっている。しかし他の連敗馬についての報道で、ハルウララが引き合いに出されたり、「ハルウララ超え」と形容されたりすることは、その後もしばしば見受けられる(例えば<ref name="島田">{{Cite web|url=http://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=37442 |author=[[島田明宏]] |title=連敗記録 |work=熱視線 |publisher=[[netkeiba.com]] |date=2017-06-10 |archiveurl=https://archive.is/2021.01.30-001604/https://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=37442 |archivedate=2021-1-30 |accessdate=2021-4-24}}</ref><ref name="ダンスセイバー200連敗">{{Cite web|url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=178253 |title=【地方競馬】北海道のダンスセイバーが200連敗 |date=2020-10-20 |publisher=netkeiba.com |accessdate=2021-1-25 |archiveurl=https://archive.is/2021.01.25-204134/https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=178253 |archivedate=2021-1-25}}</ref><ref name="ブラックハーロック">{{Cite news|title=141連敗馬“黒星完走” ブラックハーロック、乗馬クラブで余生 競馬【名古屋】 |newspaper=[[朝日新聞]]名古屋夕刊 |date=2008-2-2 |page=9}}</ref><ref name="SPAマイネアトリーチェ">{{Cite web|url=http://nikkan-spa.jp/520106 |title=ハルウララを超える“192連敗”競走馬の行方は? |website=[[SPA!|日刊SPA]] |publisher=[[扶桑社]] |date=2013-11-18 |archiveurl=https://archive.is/2015.01.10-081902/http://nikkan-spa.jp/520106 |archivedate=2015-1-10 |accessdate=2021-4-24}}</ref><ref name="スポニチカンムリホルダー">{{Cite web|url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2010/02/26/kiji/K20100226Z00002580.html |title=日本新記録“達成”カンムリホルダー166連敗 |website=[[スポーツニッポン|スポニチAnnex]] |date=2010-2-26 |accessdate=2021-4-24}}</ref><ref name="ポストセブンメイプルキュート">{{Cite web|url=https://www.news-postseven.com/archives/20190318_1331745.html?DETAIL |title=ハルウララ超えの連敗 メイプルキュートは新・負け組の星か |website=NEWSポストセブン |date=2019-3-18 |accessdate=2021-4-24}}</ref>など)。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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* [[ジッピーチッピー]] - [[アメリカ合衆国]]の競走馬。ハルウララと同時期に連敗を重ねていた。
* [[ジッピーチッピー]] - [[アメリカ合衆国]]の競走馬。ハルウララと同時期に連敗を重ねていた。
* [[森麗勇樹]](もりうららゆうき) - ハルウララにちなんだ[[四股名]]を持つ[[大相撲]]力士。初めて[[序ノ口]]に在位してから38場所連続負け越しという記録を持つ。
* [[森麗勇樹]](もりうららゆうき) - ハルウララにちなんだ[[四股名]]を持つ[[大相撲]]力士。初めて[[序ノ口]]に在位してから38場所連続負け越しという記録を持つ。
* [[マイネアトリーチェ]] - 日本の最多連敗記録を2012年から2020年まで持っていた競走馬。生涯成績は192戦0勝<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000752497/ |title=マイネアトリーチェ |website=JBIS Search |accessdate=2021-3-28}}</ref>。なお、2021年時点で最多連敗記録を保持しているのは[[ダンスセイバー]]<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001135956/ |title=ダンスセイバー |website=JBIS Search |accessdate=2021-3-28}}</ref>(2021年現在現役で記録継続中)である<ref>{{Cite web|url=https://p.nikkansports.com/goku-uma/news/article.zpl?topic_id=1&id=202010140000697&year=2020&month=10&day=14 |title=北海道のダンスセイバー199連敗 記録更新中! |website=極ウマ |publisher=[[日刊スポーツ]] |date=2020-10-14 |accessdate=2020-10-17}}</ref><ref name="ダンスセイバー200連敗">{{Cite web|url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=178253 |title=【地方競馬】北海道のダンスセイバーが200連敗 |date=2020-10-20 |publisher=netkeiba.com |accessdate=2021-1-25 |archiveurl=https://archive.is/2021.01.25-204134/https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=178253 |archivedate=2021-1-25}}</ref>。
* [[カンムリホルダー]] - 通算179戦0勝<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000724217/ |title=カンムリホルダー |website=JBIS Search |accessdate=2021-3-28}}</ref>、マイネアトリーチェに更新されるまで日本の最多連敗記録を保持していた<ref name="島田">{{Cite web|url=http://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=37442|title=連敗記録 |author=[[島田明宏]] |work=熱視線 |publisher=[[netkeiba.com]] |date=2017-06-10|accessdate=2017-07-05}}</ref>。
* [[ハクホークイン]] - 通算161戦0勝<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000170166/ |title=ハクホークイン |website=JBIS Search |accessdate=2021-3-28}}</ref>、ハルウララのデビュー以前から日本の最多連敗記録を長期間保持していた<ref name="島田" />。2008年に[[エリザベスクィーン]](165連敗後に初勝利<ref name="島田" />を挙げて通算176戦1勝<ref>{{Cite web|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000723102/ |title=エリザベスクィーン |website=JBIS Search |accessdate=2021-3-28}}</ref>)に更新された<ref name="島田" />。


== 脚注 ==
== 脚注 ==

2021年4月28日 (水) 00:14時点における版

ハルウララ[1]
欧字表記 Haru Urara[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1996年2月27日[1]
死没 (存命)
抹消日 2006年10月1日
ニッポーテイオー[1]
ヒロイン[1]
母の父 ラッキーソブリン[1]
生国 日本の旗 日本北海道三石町
生産者 信田牧場[1]
馬主 (有)信田牧場[2]
→横山貴男[3]
(株)エムエイオフィス[1]
調教師 宗石大高知[1]
厩務員 藤原健祐
競走成績
生涯成績 113戦0勝[1]
獲得賞金 112万9000円[1]
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ハルウララ1996年2月27日 - )は、日本競走馬。連戦連敗があまりに続いたため、かえって人気を呼び、ブームを巻き起こした。

経歴

誕生・デビュー前

ハルウララは1996年2月27日北海道三石町歌笛(現・新ひだか町三石歌笛)にある信田牧場で誕生した。場長の信田信義によると、幼少期から小柄で臆病な馬であったという[4]。信田はハルウララをセリ市に上場したが買い手がつかず[5][6]、信田牧場がみずから所有する形で競走馬となり、高知競馬でないと勝負にならないという理由から、高知競馬場調教師宗石大に預託した[7]。宗石は、ハルウララを引き受けたのは信田への義理からであったと述べている[8]。入厩当初のハルウララは鞍を装着しようとすると暴れる、腹帯を締めようとすると地面にひっくり返る、運動をさせようとしても動こうとしないなど非常に手のかかる馬であった[9]。宗石はみずからハルウララを装鞍に慣れさせることなどに取り組み、ある程度改善がみられたところで厩務員になったばかりの藤原健祐を担当厩務員に指名した[10]。ハルウララは次第に藤原にだけは懐くようになった[11]

連敗

高知競馬場

1998年11月17日に高知競馬の第1競走でデビューするも、5頭立ての5着に敗れた。その後も勝利を挙げることができず、2003年5月末の時点で連敗は87を数えた。この間、ハルウララは、蹄の疾患により1度出走を取りやめた以外はコンスタントに出走を続け、そのペースは年間20回ほどであった[12]。当時は1回出走すると6万円[注釈 1]の手当がついたため、ハルウララは1年に120万円ほどの出走手当を稼いだ。宗石によると、馬主に請求する預託料は年間130万円から140万円ほどで、ハルウララが年間15回しか出走することのできない体質であったならば引退を検討していたという[14]。宗石によると、高知競馬場の預託料が日本で最も安かったこともハルウララが現役を長く続けられた要因のひとつであった[15]。ハルウララは蟻洞に罹り蹄が腐ったことがあったが、それでも休むことなくレースに使われた[16]。なお信田牧場は2003年春にハルウララを引退させて乗馬[注釈 2]にするプランを宗石に示したが、宗石は臆病なハルウララは乗馬に適さないと判断し、「走れるうちは走らせてやりたい」という意向から横山貴男に馬主を引き継ぐよう要請し、現役を続行させた[18]

ハルウララブーム

2003年夏、ハルウララは連敗を続けていたことが話題となり、全国的な人気・知名度を獲得した。ハルウララの連敗に最初に注目したのは、高知競馬場の実況アナウンサー橋口浩二である[19][20]。橋口には実況にあたり、勝利を挙げたことのない馬について「今日のレースで勝てば、これがデビューから何戦目での初勝利になる」ということを調べてから臨む習慣があり、60連敗を超えたころからハルウララに注目し始めた。やがて「ハルウララを日本のジッピーチッピー[注釈 3]として売り出せば、高知競馬も少しは盛り上がるんじゃないか」と思い、周囲にハルウララのことを言い広めるようになった[21]

高知新聞の記者石井研は橋口から話を聞き、「記者の本能でネタになると思い」、取材を開始した[19]2003年6月13日、同新聞夕刊社会面にハルウララに関する記事が「1回ぐらい、勝とうな」という見出しで掲載された[22]。この報道を目にした、高知県競馬組合(高知競馬の主催者)の職員吉田昌史(広報担当)は高知競馬が財政状況の悪化から廃止の危機に瀕していた状況に鑑み、「何でもいい。人目を引くことをしないと」という思いから[19]、高知県競馬組合管理者の前田英博の許可を得て[23]、ハルウララに関する広報資料をマスコミ各社に送付した[19]。その結果、7月23日付の毎日新聞全国版に記事が掲載され[19]、さらに毎日新聞の記事が同日放送のフジテレビのテレビ番組『情報プレゼンター とくダネ!』で大きく取り上げられた[24]。この日を境にハルウララはさまざまなメディアによって取り上げられるようになり[注釈 4][19]、7月末に東京新聞が「リストラ時代の対抗馬」と評したのを皮切りに「負け組の星」として全国的な人気・知名度を獲得[19]。ハルウララの単勝馬券を「リストラ防止になる」「当たらないから交通安全のお守りになる」という理由で買う者が多く現れた[26][注釈 5](なお、同じ趣旨でブラッシングの際に抜けたたてがみや尻尾の毛が入ったお守りも発売された[28]が、動物虐待ではないかと批判を浴びて販売中止となり[29]、ヒノキ材でつくった絵馬に切り替えられた[30])。

連敗記録に世間の関心が集まったことについて宗石は、知人の9割が「勝ったらダメ」と言うとしつつ、「取材の方が来るようになって、以前より、より一層勝ちたいと思うようになった」と述べた[31]。また、「すべてを犠牲にしても、次のレースでとにかく『勝つ』」ための調教が行えないのかという問いに対しては、「やろうと思えば出来る」とした上で「それをやったら、1勝はできるかもしれんけど、故障する。ぼくは勝つために馬を故障させるような調教はしたくないんです」と答えた[32]。厩務員の藤原は、「ハルウララが「勝つ」馬を差し置いて高知競馬の人気者になるのは、やはり複雑な気がする」と述べ、「連敗記録が話題になってるけど、僕は勝ってほしいです、一度でいいから」、「ぼくらはやっぱり、馬に勝ってほしくて世話をしているわけだから」と述べた[33]。一方、信田牧場の信田義久は、「競走馬は勝つことで評価を得る世界。生産牧場としても負け続ける馬を生産したとしか評価は受けない」と述べ、「うれしくもない。高知競馬存続のための話題づくりに過ぎないのでは」と冷めた反応を見せた[34]。信田は、「ウララが負け続けていることを大きく報道されればされるほど、ヒロインの仔は高値じゃ売れなくなる。『どうせ走らないんだから』と足元を見られる」とも語り[35]、ブームに沸く人々に対し、「自分の懐が痛まなきゃ、何でもいえるわな」という言葉を投げかけた[36]

12月14日、100連敗を達成したレースが行われた当日は4年ぶりに5000人を超える観客(5074人)[37]が高知競馬場に入場し、33社、約120人の報道陣が取材に訪れた[38]。ハルウララの単勝馬券の売上額は、1つのレースにおける単勝馬券売上額としては高知競馬場史上最高額となる301万円にのぼった[38]。レース後にはセレモニーが執り行われ、感謝状とニンジンで作った首飾りがハルウララに贈呈された[39]。レース後には宗石による記者会見も行われ、その席で宗石はハルウララについて「まっこと、またかった(本当に弱かった)」と評し[40]、その魅力について「競走馬としては常に一生懸命走るところだが、単に動物して捉えた場合、正直なところない。プロが見れば10人が10人とも魅力はないと答えると思う」とコメントした[41]

2004年3月22日、106戦目のレースでは中央競馬のトップ騎手武豊が騎乗して出走[注釈 6]したことに注目が集まり、当日の入場者数(1万3000人)、1つのレース(ハルウララ出走レース)の馬券売上額(5億1163万円)[注釈 7]、1日の総馬券売上額(8億6904万円)はいずれも高知競馬史上最高記録を更新、ハルウララの単勝馬券だけで1億2175万円の売り上げを記録し[43]、関連グッズの売り上げ額はおよそ1000万円にのぼった[44]

入場者数の多さに対応するため高知競馬場は史上初となる入場制限を行い、ハルウララの馬券を購入するファンのために専用窓口を設置した(待ち時間は7時間近くに及んだ)[43]。レースの結果は11頭立ての10着に終わり、連敗記録を106に伸ばすこととなったが、レース後武豊は通常勝ち馬が行う「ウイニングラン」(ゴール後、馬場を1周すること)を行った[42][45]。ハルウララが出走したレースを生中継した毎日放送のテレビ番組『ちちんぷいぷい』の瞬間最高視聴率は19.9%、平均視聴率は平日における同番組史上最高となる12.2%を記録した[46]。武はこの日の騎乗について、自身が「チャンスがあれば乗ってみたい」と発言したことがきっかけで「競馬の本質を離れた大騒ぎ」が繰り広げられたことに嫌気が差し怒りすら覚えていたが、1万3000人もの観客を見て怒りが消え、「一度、乗ってみたい」という気持ちに立ち戻れたと振り返っている[47]。レース後武はハルウララについて、「『強い馬が、強い勝ち方をすることに、競馬の真の面白さがある』と僕は思っています。この気持はこれからも変わることはありません。しかし、高知競馬場にあれだけのファンを呼び、日本全国に狂騒曲を掻き鳴らした彼女は、間違いなく"名馬"と呼んでもいいと思います」と評した[48]。なお、武豊はこの日の騎乗について、オフィシャルホームページの日記において「あまりにも異常な騒がれ方で、正直なところ辟易としています」[49]「生涯で一度も勝ったことがない馬が、GIレースを勝った馬達よりも注目を集める対象になるというのはどうにも理解し難いものがあります」[49]と述べ、過熱するブームに対する違和感を表明した。また騎乗を依頼された際、そのレースがハルウララの引退レースになるという説明を受けていたことも明かした[49]

5月23日、ハルウララは出走したレースで2着に敗れた。これにより連敗は109となり、グレースアンバーが記録した108連敗を抜きハクホークイン(161連敗)に次ぐ日本歴代2位(当時)の記録と報じられた[50](ただし、この報道の正確性は疑わしい。詳しくは#その他の連敗馬の節を参照)。8月3日、高知競馬所属の半妹ミツイシフラワー、兵庫競馬所属の半弟オノゾミドオリとの対決が実現(結果は10頭中5着)。このレースの馬券は全国の地方競馬場で発売され、ハルウララの出走レースだけで(高知競馬における日曜日の1日売上額の平均を上回る)約7900万円の売上を記録した[51]。レース後関係者が記者会見を開き、翌2005年3月をもって競走馬を引退させると発表した[52]

馬主の手で栃木県へ移送される

2004年9月15日、同年3月に横山貴男から無償でハルウララを譲渡され[53]実質的な馬主となっていた安西美穂子[54][注釈 8][注釈 9]の手によって、ハルウララは栃木県黒磯市にある那須トレーニングファームへ移送された[57]

移送に至る経緯や移送当日のやり取りについては、宗石と安西との間で主張に食い違いがある。宗石は、引退レースを勝たせるための体力づくりをさせたいと主張する安西サイドと「高知競馬の僕らの手の中で出走させ、ファンの皆さんに姿を見せ、その中でチャンスがあれば勝つ」という方針を抱く自身との間で以前から対立があり話し合いの最中であったが[58]、9月15日午前に馬運車とともに安西が現れ、約2時間の押し問答の末、安西側の人間に「おまえの考えはどうでもいい、馬を出すのはオーナーの勝手だ」[58]、「警察を呼ぶぞ」[59]などと言われ移送に合意せざるを得なかったと主張している[58]。一方安西は、当時撮影中の映画『ハルウララ』への出演と引き換えに9月13日以降に放牧に出すことについて高知県競馬組合管理者の前田英博との間で合意が成立しており、宗石も「投げやりな言い方だったが、『好きにしてください』と言っていた」と述べ、同意は得ており突然の移送ではなかったと主張した[60]。なお、日本経済新聞記者の野元賢一は移送に関し合意があったかについて、「競走馬の移動の際に携行すべき『健康手帳』は、移送後も宗石調教師の手元にあり、後日に黒磯へ郵送された。必要な書類の受け渡しもない移送を、安西は『合意の上』と主張している」と指摘している[54]

安西は移送の理由について、「休養させ、いい状態で勝たせてあげたい」ことにあると述べ、宗石が「いろいろなしがらみがあり、仕事を背負い込んでいて、ゆとりがない状態だった」と主張して移送を正当化した[60]。安西はみずからが運営するホームページにおいても「ハルウララには慢性的な疲労が蓄積しており、中長期的に休ませることが必要」と主張[61]、さらに栃木県で行った血液検査の結果、白血球値が高いことや肝機能の低下が判明したとして、「高知競馬で走らせていれば競走生命が失われていた」、「回復まで中・長期の療養が必要」と述べた[62]。ただし、移送後ハルウララに関するシンポジウムを開催したファンのひとりは、血液検査を行った獣医師から「2回目の検査が終わった後、『馬は元気なので高知に返すべき』と進言した」という証言を得たと主張している[62]

高知新聞の記者石井研は安西の一連の行動について、安西が3月にハルウララの商標登録を出願したこと、8月にハルウララのグッズの権利を巡り高知競馬側に内容証明書を送り付けた事実、さらにハルウララのオーナー会員を募り、「引退までは月会費をニンジン代に使うと金を集めておきながら、財務内容は出資者にも明らかにしていない」事実を示した[63]うえで、以下のように述べている。

考えてもみてほしい。貧しい競馬場で弱い馬を走らせ続け、枯れ木に花を咲かせたのは調教師であり、厩務(きゅうむ)員たちだ。「花咲かじいさん」が満開に育てた後で無償でもらい、半年で700万円以上のグッズ権利金を手にし、連れ去った揚げ句に「高知競馬は馬を酷使している」。あんまりじゃない?と思うのは無理からぬこと。馬主側の財務内容こそ明らかにしてもらいたい。 — 【夕刊話題】使途不明?」『高知新聞』高知新聞社、高知、2004年12月28日。オリジナルの2016年3月9日時点におけるアーカイブ。2017年5月18日閲覧。

高知へ戻ることなく引退

2005年1月3日、宗石と安西が話し合いを行い、宗石がハルウララの健康状態をチェックし、出走可能かどうか判断した上で同月中に高知へ戻すことで合意した[64]。翌4日、宗石と安西は栃木県内で記者会見を開き、1月中にハルウララを高知へ戻すこと、体調を見ながら予定通り3月に引退レースを行う予定であると発表した[65]。しかし、2月になって安西は体調の回復が遅れていることを理由に復帰延期を発表[66]。結局そのままレースに復帰することなく、2006年10月にハルウララは競走馬登録を抹消された(NARが関係者に対して行った現役続行の意思確認に対し返答がなかったため[注釈 10][68]

この間、安西は2005年6月に森田健作を応援団長とするプロジェクト「ウララ1勝プロジェクト」を立ち上げ、同月中にハルウララを高知へ戻し2005年中に引退することを発表したり、同年10月に森田を発起人とする「ハルウララ基金」(引退後のハルウララが地方競馬を巡業するための寄付金を募るプロジェクト)の設立を発表するなどしたが、いずれも実現しなかった[69]。なお、ハルウララが移送された「那須トレーニングファーム」場長の広田修司は「高知競馬クラスなら勝たないとおかしいレベルまで仕上げ」たものの馬主サイドは「レースに復帰させず、突然どこかに持って行ってしまった」、「人間の都合で愛玩動物のように扱われ、可哀相」と述べている(週刊新潮 2008)。

最終的な成績は113戦0勝(2着5回、3着7回)であった。

引退後

2006年10月、安西は千葉県勝浦市の保養施設にて「ホースセラピー開校記念パーティー」を開催し、11月に引退競走馬の再利用促進とセラピー活動を実施するためのNPO法人「おうちへ帰ろうクラブ」(代表安西美穂子)の設立を申請した(2007年10月認証[70][71]、2013年8月解散[71])。安西はハルウララをセラピーのために使役していたとされるが、安西からセラピーを教育に活用するよう提案され実際にセラピーに接したという勝浦市の教育長は「ただ、ハルウララを見て触っただけという印象」とコメントしている(週刊新潮 2008)。

2009年夏、ハルウララは安西の意向により繁殖牝馬となるべく北海道新ひだか町の牧場に移送された。ディープインパクトとの交配計画が報道され、安西が週刊新潮の取材に対し、「知り合いの調教師などから話があって計画が動いた。ディープインパクトが繋養されている社台スタリオンステーションから9月以前に内諾を得た」、種付け料が900万と高額で、私個人にはとても出せない。小額のファンドを募ってみんなの夢に繋がればいいなあとも考えている」と、募金を検討中であるとコメントしたこともあった(週刊新潮 2009)。交配計画に関しては、ディープインパクトのほかにステイゴールドとの交配も検討されていたというが、最終的には繁殖生活には入らなかった[72]。その後長期にわたり、生死さえ明らかではなくなった[73][74]

2013年4月頃、安西サイドは千葉県御宿町にあるマーサファームにハルウララを預託した[74]。しかし、同牧場の関係者によると、半年ほどすると預託料が支払われなくなり、安西が牧場に姿を見せることもなくなった[75]。そして、最終的にハルウララの所有権は放棄され[74]、マーサファーム側(ハルウララの余生を支援する「春うららの会」[76])に移った[74][75]。2018年夏には、御宿町出身で帰省のたびにマーサファームに寄ってハルウララに餌を与えていた木更津警察署の警部補の発案で木更津署の夏の交通安全啓発ポスターに起用され、8月22日に繋養されているマーサファームでハルウララに署長感謝状とニンジン約600キロが贈呈された[72][77][78][79]

競走成績

以下の内容は、netkeiba.com地方競馬情報サイトの内容による[80][81]

競走日 競馬場 競走名 距離(馬場) 頭数 枠番 馬番 人気 着順 タイム 着差 騎手 斤量[kg] 1着馬(2着馬)
1998.11/17 高知 3才3 ダ1000m(重) 5 3 3 3人 05着 1:09.2 3.4 古川文貴 53 ギャロップスキー
1998/12/13 高知 3才4 ダ1000m(稍) 6 1 1 6人 05着 1:07.5 2.3 古川文貴 53 イージークイン
1998/12/31 高知 3才4 ダ1000m(良) 6 5 5 5人 06着 1:08.7 3.4 徳留五月 53 イージーキング
1999/01/10 高知 4才4 ダ1300m(良) 7 4 4 7人 05着 1:31.9 2.8 徳留五月 53 スイートキング
1999/01/30 高知 4才4 ダ1300m(稍) 9 3 3 7人 06着 1:32.9 2.9 徳留五月 53 ハリマイチモンジ
1999/02/13 高知 4才4 ダ1300m(稍) 9 6 6 4人 04着 1:29.9 1.1 徳留五月 53 マルチイルセタ
1999/02/27 高知 4才4 ダ1300m(不) 8 5 5 2人 03着 1:27.4 0.4 徳留康豊 54 トミノシャネル
1999/03/21 高知 4才3 ダ1300m(不) 10 7 7 8人 10着 1:27.1 2.5 山北隆士 54 エブロスフィット
1999/04/05 高知 4才4 ダ1300m(良) 8 1 1 5人 04着 1:29.1 1.0 徳留康豊 54 ニッセイリンデン
1999/04/19 高知 4才4 ダ1300m(不) 10 4 4 6人 04着 1:26.6 1.1 徳留康豊 54 ワイルドクローバー
1999/05/04 高知 4才4 ダ1300m(不) 10 8 10 5人 03着 1:27.2 0.5 徳留康豊 54 オダケンハーモニー
1999/05/22 高知 4才4 ダ1300m(良) 10 6 6 1人 05着 1:29.8 0.6 古川文貴 53 テンジュノコ
1999/06/19 高知 4才4 ダ1300m(不) 8 6 6 7人 06着 1:25.4 0.2 徳留康豊 54 シルバータッチ
1999/07/10 高知 4才4 ダ1300m(良) 10 1 1 7人 06着 1:27.7 1.7 徳留康豊 54 イージーキング
1999/08/07 高知 4才4 ダ1300m(不) 10 3 3 8人 08着 1:27.1 2.0 徳留康豊 54 カネトシトルーブス
1999/08/28 高知 4才4 ダ1300m(良) 10 3 3 6人 06着 1:26.7 2.6 徳留康豊 54 エイシンマローン
1999/09/06 高知 4才5 ダ1300m(不) 8 4 4 5人 05着 1:26.5 2.0 古川文貴 53 ローレルスナイパー
1999/09/20 高知 C-68 ダ1300m(不) 7 1 1 7人 07着 1:26.8 3.1 古川文貴 53 ダイコーエンジェル
1999/10/04 高知 C-68 ダ1300m(稍) 8 6 6 2人 02着 1:27.5 0.0 今村賢治 54 ポットマンダイナ
1999/11/02 高知 C-65 ダ1300m(不) 8 4 4 5人 06着 1:26.5 1.5 徳留康豊 54 ハナノユーロ
1999/11/23 高知 C-66 ダ1000m(稍) 8 7 7 6人 07着 1:06.4 1.7 今村賢治 54 スナークサンライズ
1999/12/19 高知 C-67 ダ1300m(良) 8 4 4 5人 05着 1:28.0 2.0 今村賢治 54 キヨラカスパロー
1999/12/30 高知 C-67 ダ1300m(良) 10 3 3 5人 04着 1:28.3 0.6 今村賢治 54 ブルーウェンブリー
2000/01/16 高知 C-68 ダ1300m(不) 8 3 3 4人 07着 1:28.5 2.2 今村賢治 55 セフティーアロー
2000/02/07 高知 C-67 ダ1300m(不) 8 4 4 7人 08着 1:27.7 3.2 宮川浩一 52 カネトシアビリティ
2000/03/18 高知 C-68 ダ1300m(稍) 8 8 8 6人 04着 1:29.8 3.3 宮川浩一 52 セフティーアロー
2000/04/23 高知 C-67 ダ1300m(稍) 8 6 6 7人 05着 1:27.4 2.9 宮川浩一 52 カネミズキ
2000/04/29 高知 C-62 ダ1300m(稍) 9 1 1 5人 08着 1:28.1 4.1 宮川浩一 52 ジュディアーバン
2000/05/14 高知 C-67 ダ1300m(良) 8 8 8 6人 07着 1:28.3 3.3 宮川浩一 52 ランドアトラス
2000/06/12 高知 C-66 ダ1300m(不) 8 1 1 5人 07着 1:25.6 3.6 今村賢治 55 バンブーピノ
2000/07/02 高知 C-63 ダ1300m(良) 10 3 3 5人 06着 1:26.6 4.1 今村賢治 55 バンブーピノ
2000/07/16 高知 C-63 ダ1300m(良) 10 1 1 7人 05着 1:27.2 1.8 今村賢治 55 ゴルデントロメオ
2000/08/07 高知 C-65 ダ1300m(良) 8 5 5 5人 04着 1:27.6 1.6 今村賢治 55 ゴルデントロメオ
2000/08/28 高知 C-64 ダ1300m(良) 8 2 2 3人 04着 1:28.5 2.9 宮川浩一 52 ランフォーオール
2000/09/16 高知 C-63 ダ1300m(不) 10 8 9 5人 07着 1:25.8 3.2 宮川浩一 52 ストロングマックス
2000/09/30 高知 C-63 ダ1300m(重) 9 1 1 7人 06着 1:27.9 2.9 宮川浩一 53 ストロングマックス
2000/10/16 高知 C-64 ダ1300m(良) 8 1 1 5人 06着 1:30.0 2.0 緒方洋介 52 タイキリバティ
2000/11/04 高知 C-63 ダ1300m(重) 9 8 9 4人 07着 1:29.3 3.6 緒方洋介 52 タイキリバティ
2000/11/26 高知 C-62 ダ1300m(稍) 9 6 6 4人 05着 1:29.4 3.1 明神繁正 55 インターシャーク
2000/12/09 高知 C-62 ダ1300m(稍) 10 3 3 6人 08着 1:29.9 2.7 緒方洋介 52 インターシャーク
2000/12/30 高知 C-63 ダ1300m(良) 9 2 2 4人 08着 1:31.0 2.9 古川文貴 55 ゴールデンシェイク
2001/01/22 高知 C-64 ダ1300m(重) 10 8 9 7人 10着 1:31.1 5.6 古川文貴 55 コナサンセット
2001/02/05 高知 C-66 ダ1300m(不) 7 6 6 5人 06着 1:27.8 3.3 今村賢治 55 ハマオーカン
2001/02/25 高知 C-64 ダ1300m(良) 8 7 7 6人 05着 1:30.8 2.9 今村賢治 55 エイシンカーリアン
2001/03/11 高知 C-64 ダ1300m(良) 10 3 3 7人 08着 1:30.3 2.6 古川文貴 55 イブキサイクル
2001/04/02 高知 E ダ1300m(良) 10 2 2 9人 09着 1:30.7 3.8 緒方洋介 52 トサノビッグ
2001/04/23 高知 E ダ1300m(稍) 8 8 8 5人 08着 1:28.9 2.9 今村賢治 55 トリビューン
2001/05/05 高知 E ダ1300m(稍) 9 2 2 6人 09着 1:28.1 2.5 宮川浩一 53 アサクサタブレット
2001/06/03 高知 E ダ1300m(良) 10 8 9 9人 08着 1:29.3 3.5 今村賢治 55 ガンバリーノ
2001/07/01 高知 E ダ1300m(良) 9 1 1 4人 03着 1:28.7 1.5 今村賢治 55 アドバンスムービー
2001/07/15 高知 E ダ1300m(重) 10 6 6 6人 09着 1:28.8 2.3 今村賢治 55 サクラアセット
2001/08/05 高知 E ダ1300m(良) 9 1 1 4人 09着 1:30.6 2.0 今村賢治 55 トサギンウィンビー
2001/08/27 高知 E ダ1300m(良) 10 8 9 4人 04着 1:30.7 2.2 今村賢治 55 シルクサンシャイン
2001/09/09 高知 E ダ1300m(不) 10 1 1 4人 02着 1:27.3 0.2 今村賢治 55 セトブレイヴ
2001/10/07 高知 E ダ1300m(良) 9 5 5 7人 07着 1:29.3 2.1 古川文貴 55 ヴェリイヴェリー
2001/10/20 高知 E ダ1300m(稍) 9 7 7 6人 02着 1:28.8 0.7 今村賢治 55 キヨラカスパロー
2001/11/05 高知 E ダ1300m(重) 10 3 3 2人 08着 1:28.5 2.2 緒方洋介 54 ギネスブック
2001/11/23 高知 E ダ1300m(良) 10 1 1 7人 07着 1:31.2 2.7 古川文貴 55 カイヨウヒート
2001/12/15 高知 E ダ1300m(重) 10 7 7 7人 09着 1:29.3 2.6 古川文貴 55 マイネルガーベ
2001/12/31 高知 E ダ1300m(良) 10 8 10 5人 08着 1:31.3 1.9 宮川浩一 53 フイリングライジン
2002/01/19 高知 E ダ1300m(良) 10 6 6 4人 09着 1:30.6 2.8 今村賢治 55 アイノゴールデン
2002/02/16 高知 E ダ1300m(良) 11 1 1 7人 10着 1:30.8 3.6 今村賢治 55 イブキライズアップ
2002/03/09 高知 E ダ1300m(稍) 10 7 8 6人 06着 1:29.7 1.4 今村賢治 55 ユウビショップ
2002/03/30 高知 E ダ1300m(重) 11 7 9 7人 08着 1:29.0 2.3 緒方洋介 54 キジョーコダマ
2002/04/28 高知 E ダ1300m(良) 10 6 6 8人 07着 1:30.6 2.5 緒方洋介 54 ラブリージョージ
2002/05/05 高知 E ダ1300m(不) 9 4 4 8人 03着 1:26.5 0.8 緒方洋介 54 ジャストタッチ
2002/05/13 高知 E ダ1300m(稍) 8 3 3 6人 06着 1:28.3 2.0 緒方洋介 54 リメインガッツ
2002/05/26 高知 E ダ1400m(良) 10 7 7 3人 06着 1:35.4 1.3 緒方洋介 54 イーストペガサス
2002/06/23 高知 E ダ1400m(良) 10 7 7 5人 07着 1:36.9 1.7 古川文貴 55 アサヒテーション
2002/07/22 高知 E ダ1400m(良) 8 3 3 5人 04着 1:36.6 2.2 古川文貴 55 エイシンテンピー
2002/08/12 高知 E ダ1300m(重) 10 5 5 7人 02着 1:27.2 0.3 戸梶由則 55 ナムラヒデン
2002/08/31 高知 E ダ1300m(不) 8 5 5 6人 08着 1:28.0 2.4 古川文貴 55 ウイズオネステイ
2002/09/14 高知 E ダ1400m(良) 9 1 1 8人 09着 1:38.0 3.2 戸梶由則 55 トモエムール
2002/10/13 高知 E ダ1400m(良) 10 8 10 10人 07着 1:37.2 1.9 花本正三 55 ハトシェプス
2002/10/29 高知 E ダ1300m(稍) 9 1 1 4人 08着 1:31.0 2.4 上田将司 54 サンエムパピヨン
2002/11/24 高知 E ダ1300m(良) 9 5 5 8人 07着 1:30.5 1.7 戸梶由則 55 バンブービブロス
2002/12/07 高知 E ダ1400m(不) 8 1 1 3人 06着 1:35.1 1.9 上田将司 54 ディバインコール
2002/12/22 高知 E ダ1300m(不) 9 4 4 4人 04着 1:28.5 0.5 上田将司 54 ヒカルサザンクロス
2003/01/01 高知 E ダ1400m(良) 9 3 3 3人 05着 1:37.5 2.6 上田将司 54 トウシンコバン
2003/01/18 高知 E ダ1300m(良) 10 4 4 4人 08着 1:30.4 2.6 上田将司 53 クルーヌ
2003/02/10 高知 E ダ1300m(不) 9 7 7 7人 06着 1:27.6 1.6 古川文貴 54 シルクアビリティー
2003/03/01 高知 E ダ1300m(不) 10 8 9 8人 07着 1:28.8 2.6 古川文貴 54 マイネルパンセ
2003/03/10 高知 E(2走目) ダ1300m(稍) 9 1 1 5人 06着 1:30.0 1.9 宮川浩一 53 マルタカブリザード
2003/03/17 高知 E ダ1400m(不) 9 2 2 6人 07着 1:35.9 1.4 古川文貴 54 カムイフウジン
2003/04/27 高知 G ダ1300m(重) 9 8 9 6人 06着 1:29.2 1.6 上田将司 53 ヘイセイカグラ
2003/05/10 高知 G ダ1300m(稍) 9 7 7 8人 07着 1:29.9 3.4 宮川浩一 54 チタニックオー
2003/05/17 高知 G ダ1300m(重) 10 4 4 5人 04着 1:29.1 0.5 宮川実 54 ワイビーサーフ
2003/06/07 高知 G-3 ダ1300m(稍) 8 1 1 7人 06着 1:29.2 3.4 古川文貴 54 マイネルトラスト
2003/06/21 高知 G-5(2走目) G-5 ダ1300m(重) 8 5 5 5人 08着 1:28.0 2.5 上田将司 53 ユウギリジョウ
2003/07/05 高知 G-2 ダ1300m(重) 9 7 7 4人 08着 1:28.5 3.5 宮川浩一 54 ジョウノジンバラン
2003/07/27 高知 G-2 ダ1300m(良) 9 8 10 2人 07着 1:30.3 3.5 川江光司 54 マイネルビンテージ
2003/08/10 高知 G-2 ダ1300m(稍) 8 6 6 2人 05着 1:30.0 1.0 古川文貴 54 ヤマヒサテイオー
2003/08/24 高知 G-2 ダ1000m(良) 9 8 9 3人 08着 1:07.3 1.7 古川文貴 54 ミノノトノサマ
2003/09/07 高知 頑張れ!!ハルウララ・陽香特別 G-2 ダ1300m(良) 10 8 10 2人 09着 1:30.5 2.6 古川文貴 54 コービンスワン
2003/09/28 高知 ハルウララを応援する重松清特別 G-2 ダ1300m(稍) 8 4 4 2人 05着 1:30.1 1.3 古川文貴 54 ターフインフライト
2003/10/13 高知 F-5 ダ1300m(不) 8 1 1 1人 06着 1:28.4 2.3 緒方洋介 54 コービンスワン
2003/10/25 高知 麗(うらら)お誕生日記念 F-6 ダ1300m(良) 8 1 1 2人 07着 1:32.1 2.8 上田将司 53 マルタカクラフティ
2003/11/09 高知 おうちへ帰ろうCLUB記念 F-6 ダ1300m(重) 8 1 1 2人 03着 1:28.8 2.3 古川文貴 54 ニュースフラッシュ
2003/11/30 高知 ウララの本04年1月刊行決定特別 F-4 ダ1300m(不) 9 7 7 2人 03着 1:28.3 2.0 古川文貴 54 ゼンノタカモク
2003/12/14 高知 ハルウララ100戦記念 F-4 ダ1300m(重) 10 5 5 1人 09着 1:29.9 2.1 古川文貴 54 カネコメヒカリ
2004/01/02 高知 おうちへ帰ろうCLUB記念 F-5 ダ1300m(良) 10 1 1 1人 07着 1:31.5 1.6 古川文貴 54 タカノバクシン
2004/01/11 高知 がんばる高知競馬激励特別 F-5 ダ1300m(良) 10 8 10 3人 10着 1:31.9 3.3 古川文貴 54 シーライアント
2004/02/01 高知 ハルウララ観光功労者表彰特別 F-9 ダ1300m(良) 9 7 7 1人 06着 1:32.0 0.5 古川文貴 54 カネトシフリーダム
2004/02/15 高知 高知をまるごといただき特別 F-8 ダ1300m(良) 11 3 3 3人 07着 1:32.0 1.5 古川文貴 54 グラールマイニング
2004/02/29 高知 たっすいがは、いかん!特別 F-9 ダ1300m(不) 11 8 11 1人 09着 1:29.0 2.2 古川文貴 54 グラールマイニング
2004/03/22 高知 YSダービージョッキー特別 F-8 ダ1300m(不) 11 5 5 1人 10着 1:28.6 2.2 武豊 54 フアストバウンス
2004/04/18 高知 みんなガンバッテるんだ!特別 F-8 ダ1300m(良) 9 6 6 2人 05着 1:30.7 1.5 古川文貴 54 キャニオンタイカン
2004/05/05 高知 春うらら…あすなろ特別 F-7 ダ1300m(重) 11 8 11 2人 06着 1:30.3 1.3 古川文貴 54 スズマサル
2004/05/23 高知 『ハルウララ賛歌』発売記念 F-8 ダ1300m(稍) 9 5 5 2人 02着 1:30.9 0.3 古川文貴 54 グリンセレサ
2004/06/13 高知 彰海深く千代の宙へ特別 F-7 ダ1300m(稍) 10 6 6 1人 03着 1:30.9 1.8 古川文貴 54 スズマサル
2004/06/27 高知 男の勲章☆ガンバッテるんだ特別 F-6 ダ1300m(不) 9 5 5 1人 05着 1:28.9 1.2 古川文貴 54 レインボーシャトル
2004/07/11 高知 URARAサマーレインボー特別 F-5 ダ1300m(重) 10 3 3 2人 04着 1:29.6 0.8 古川文貴 54 メニーメモリー
2004/08/03 高知 ハルウララ・チャレンジC C級下 ダ1300m(重) 10 3 3 3人 05着 1:28.9 3.7 古川文貴 53 オノゾミドオリ

評価・特徴

身体面に関する特徴・評価

デビュー戦における馬体重は397キログラム[82]であり、体格的には小柄な馬である。宗石[83]と藤原[84]は初めてハルウララを見たとき、体が小さいという印象を抱いた。宗石は加えて繋ぎが細いのを見て、「年をとってもそれほど大きくならない」と感じたという[85]主戦騎手の古川はハルウララについて貧弱と評している[86]。ただし、宗石によると小柄ではあるが丈夫な馬で、蹄の疾患により1度出走を取りやめた以外は休まずに出走し続けた[12]

精神面に関する特徴・評価

宗石[87]と古川[86]、藤原[88]によるとハルウララは臆病な馬であった。さらに藤原は神経質なところがあるとも評した[89]が、宗石によると神経の図太いところもあり、毎日のようにマスコミが厩舎を訪れても食欲が落ちなかったという[90]。さらに宗石によると、普段は臆病だが馬場に出るとなぜかリラックスするという特徴もあった[91]

宗石によるとハルウララには飽きっぽいところがあり、厩舎の周りを歩かせると2周するまでは素直だが3周目からは「歩きたくない」という態度をとったり、発馬機からスタート練習を1日2回以上やりたがらなかった[92]

レースぶりに関する特徴・評価

宗石によると、ハルウララはレースで手を抜くことなく、一所懸命に走っていた[12]。古川も同様の見解を述べている[93]。橋口浩二はレース途中で必ず見せ場を作り、実況で名前を呼ぶ機会があることを根拠に「一緒懸命走るんです。勝ちたくて、がんばっているんです」と述べている[94]。古川はハルウララのレースぶりについて、「行けると思ったときに、ピタッと、突然に止まろうとする」「直線に向いたら動かないこともある」とも述べており、その原因について「左の爪に裂蹄を発症し、コーナーで手前を変えると痛いときもある」と述べている[95]

宗石によると、レースで騎乗した際の古川文貴、遠藤五月による評価は「ハンドルもブレーキも利かない」というものであった[96]

競走馬名

ハルウララという競走馬名は信田牧場に頼まれて調教師の宗石が考案した。宗石によるとはじめは「メリージェーン」にする予定であったが、既に登録されていたことからハルウララに変更した[97][注釈 11]。宗石は「手のかかる馬なのでせめて名前くらいはかわいくてのんびりしたものにしよう、そうすれば少しは馬の性格も変わるかもしれない」と思い、日本放送協会 (NHK) が放送した連続テレビ小説天うらら』の主人公、川嶋うららからウララをとり、上にハルをつけた[101]

映画

本馬について2本の映画が製作されている。一本目は2005年公開の日本映画で、二本目は2016年公開のアメリカ映画である。

『ハルウララ』(2005年)

森川時久監督。主な出演者は渡瀬恒彦賀来千香子高知東生忍成修吾七海まい。2004年2月末に製作が決定し[102]、同年8月末から9月にかけて高知県内でロケが行われた[103]。2004年12月12日には映画完成を記念して高知競馬場内に常設ギャラリー「ハルウララ・インザムービーギャラリー」がグランドオープン(プレオープンは同年10月11日)し、撮影で使用した小道具やハルウララの等身大模型、馬房のセットなどが展示された[62]

完成した映画は全国公開の「先行上映」として、2005年4月から高知県内の映画館で上映された[104][105]。しかし全国公開は実現せず[105]、インターネット上での公開(2007年6月)、DVDの発売(2008年3月)に留まっている。

"The Shining Star of Losers Everywhere"(2016年)

"The Shining Star of Losers Everywhere"[106]は、2016年に公開されたアメリカの短編ドキュメンタリー映画で、ハルウララを題材としている[107][108]。監督はミッキー・ドージェイ[107](Mickey Duzyj[106])で、上映時間は19分[106]

日本では2016年10月に高知大学高知競馬場で上映会が行われた[107][108]。上映会のためにつけられた日本語題名は『負け組の星、ハルウララ[107][108]

関連商品

CD

  • ハルウララの詩(うた)―ただ、ひたすらに― (堀内佳、スターター吉田)※公式応援歌。99戦目のレース実況入り
  • ガンバッテるんだ! (嶋大輔
  • YOSAKOIウララ〜ハルウララのテーマ〜 (リストラーズ)
  • ハルウララ賛歌 (宮川大助) ※106戦目のレース実況入り
  • 春うらら (古田三奈)※発売は2000年だが、ハルウララ人気に便乗して再発された。
  • 走れ、ハルウララ / ウララの気持ち (春風えり)

書籍

グッズ

Tシャツ[43][109]、帽子[43]、キーホルダー[43]、マグカップ[28]、タペストリー[28]、バッジ[28]、ぬいぐるみ(ハローキティが乗ったもの[29]や数量限定の特大ぬいぐるみ[110]がある)、米(全農高知県本部とパールライスこうちが発売した「ハルウララ米」)[111]、焼酎(宝酒造が発売した「ハルウララ焼酎」。ボトルにハルウララの写真が使用されている)[112]、写真付き駅入場券(JR四国が2004年3月から5月にかけて発売)[113]切手シート日本郵政公社とサポートKRA(高知競馬の関連団体)が共同で発売)[114]、お守り(ブラッシングの際に抜けたたてがみや尻尾の毛が入ったものであった[28]が、前述のように動物虐待ではないかと批判を浴びて販売中止となり[29]、ヒノキ材でつくった絵馬に切り替えられた[30])がある。

非売品としては、高知県交通安全協会が会員向けに製作した交通安全のステッカー[115][116]トリンプが発表した、素材の一部にハルウララの毛を使用したブラジャー「トリンプ頑張れ!ハルウララブラ」[117]がある。

血統

血統表

ハルウララ血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 リファール系
[§ 2]

ニッポーテイオー
1983 鹿毛
父の父
*リイフォー
Lypheor
1975 黒鹿毛
Lyphard Northern Dancer
Goofed
Klaizia Sing Sing
Klainia
父の母
チヨダマサコ
1977 鹿毛
*ラバージョン
Lover John
Damascus
Evening Primrose
ミスオーハヤブサ *パーソロン
ワールドハヤブサ

ヒロイン
1991 鹿毛
*ラッキーソブリン
Lucky Sovereign
1974 鹿毛
Nijinsky Northern Dancer
Flaming Page
Sovereign Pardao
Urshalim
母の母
ピアレスレデイ
1979 鹿毛
*テスコボーイ
Tesco Boy
Princely Gift
Suncourt
イーストサイド *パーソロン
ミスハクリユウ F-No.12
母系(F-No.) 12号族(FN:12) [§ 3]
5代内の近親交配 Northern Dancer4×4、パーソロン4×4、Nasrullah5×5(母内) [§ 4]
出典
  1. ^ JBISサーチ ハルウララ 5代血統表2017年8月29日閲覧。
  2. ^ netkeiba.com ハルウララ 5代血統表2017年8月29日閲覧。
  3. ^ JBISサーチ ハルウララ 5代血統表2017年8月29日閲覧。
  4. ^ JBISサーチ ハルウララ 5代血統表2017年8月29日閲覧。


両親ともビユーチフルドリーマー系。ただし、父は種義〜オーハヤブサの流れ、母は第三ビユーチフルドリーマー〜オールスクエーアの流れであり、血統的にはかなり遠い。

母は中央競馬で11戦0勝。本馬同様390kg台の馬格に欠ける馬だった。ハルウララは初仔にあたる。弟や妹も小柄なものが多い。

近親

その他の連敗馬

ハルウララの連敗記録は、109連敗時点で日本で歴代2位[50]とも報道された(当時の1位はハクホークインの161連敗[50])。しかし中央競馬発足以前の国営競馬で、サシカタというアングロアラブ系の馬[118]が、1949年から1952年にかけて通算159連敗(未勝利で引退)を記録していたことが知られている[119][120][121]

またハルウララの113連敗を上回る記録を残した馬は、ハルウララ以後に多数確認できる。

113連敗以上を記録した日本の競走馬の例(成績は2021年4月25日時点)
連敗記録 馬名 性別
(種)
最終所属 生年 最終
出走年
通算成績 備考
出走 勝利
222連敗 アタリ[122] 地方名古屋 2001年 2012年 261戦 3勝 39戦目に3勝目を挙げて以降222連敗[123]
204連敗 ダンスセイバー[124] 地方・門別 2011年 10000※現役 204戦 0勝 最長連敗記録保持馬とされる[125]
199連敗 コスモレグノ[126] 地方・名古屋 2011年 2019年 214戦 3勝 15戦目に3勝目を挙げて以降199連敗[127]
193連敗 ビートマグナム[128] セン 地方・名古屋 2010年 2019年 213戦 6勝 20戦目に6勝目を挙げて以降193連敗[129]
192連敗 マイネアトリーチェ[130] 地方・笠松 2003年 2012年 192戦 0勝 うち中央6戦0勝、元最長連敗記録保持馬[125][131]
「ハルウララ超え」[132]
189連敗 スピードオーバー[133] 地方・高知 2008年 2015年 189戦 0勝
183連敗 ドレスアフェアー[134] 地方・高知 2007年 2018年 274戦 6勝 9戦目に2勝目を挙げてから193戦目に3勝目を挙げるまで183連敗[135]
中央競馬新馬勝ち
179連敗 カンムリホルダー[136] 地方・園田 2001年 2010年 179戦 0勝 元最長連敗記録保持馬[131][137]
166連敗 シャインリーズン[138] セン 地方・水沢 2001年 2009年 194戦 1勝 28戦目に初勝利を挙げて以降166連敗[139]
166連敗 ナイキアンジェラ[140] 地方・笠松 2003年 2016年 231戦 5勝 65戦目に5勝目を挙げて以降166連敗[141]
165連敗 エリザベスクィーン[142] 地方・西脇 2001年 2008年 176戦 1勝 元最長連敗記録保持馬[131][137]
新記録達成後の166戦目に初勝利[131]
164連敗 オーサンツヨシ[143] 地方・名古屋 2001年 2010年 164戦 0勝
163連敗 マヤフェアリー[144] 地方・水沢 1999年 2010年 278戦 3勝 115戦目に3勝目を挙げて以降163連敗[145]
161連敗 ハクホークイン[146] 地方・浦和 1984年 1992年 161戦 0勝 元最長連敗記録保持馬[131]
161連敗 エンゼルティアラ[147] 地方・荒尾 1999年 2011年 240戦 1勝 79戦目に初勝利を挙げて以降161連敗[148]
159連敗 サシカタ[118]
(アラ系)
国営競馬
(後の中央競馬)
1946年 1952年 159戦 0勝 国営競馬の最多出走・最多連敗記録保持馬[119]
158連敗 キングテースト[149] 地方・門別 2004年 2018年 247戦 6勝 89戦目に6勝目を挙げて以降158連敗[150]
157連敗 ジュエリーキッス[151] 地方・高知 2008年 2020年 289戦 8勝 132戦目に8勝目を挙げて以降157連敗[152]
154連敗 キクノダフネ[153]
(アラブ)
地方・名古屋 1997年 2006年 205戦 2勝 51戦目に2勝目を挙げて以降154連敗[154]
154連敗 セイウンカラット[155] 地方・名古屋 1999年 2009年 154戦 0勝 うち中央13戦0勝
151連敗 ミヤマリージェント[156] 地方・高知 1999年 2014年 329戦 13勝 178戦目に13勝目を挙げて以降151連敗[157]
149連敗 スイートハーモニー[158]
(アラブ)
地方・高知 1998年 2009年 241戦 4勝 41戦目に2勝目を挙げてから191戦目に3勝目を挙げるまで149連敗[159]
149連敗 スズランクリーク[160] 地方・笠松 2005年 2016年 236戦 5勝 87戦目に5勝目を挙げて以降149連敗[161]
148連敗 アイエスリリー[162] 地方・笠松 1999年 2010年 281戦 2勝 133戦目に2勝目を挙げて以降148連敗[163]
148連敗 ブライダルダンサー[164] 地方・門別 2012年 10000※現役 148戦 0勝
146連敗 ミールマオ[165] 地方・名古屋 2004年 2012年 155戦 1勝 9戦目に初勝利を挙げて以降146連敗[166]
143連敗 ハイフレンドバトル[167] 地方・金沢 2003年 2014年 176戦 1勝 33戦目に初勝利を挙げて以降143連敗[168]
143連敗 タケデンマイルド[169] 地方・船橋 2007年 2016年 143戦 0勝
141連敗 ブラックハーロック[170] 地方・名古屋 2000年 2007年 141戦 0勝 ニシキディオールと同馬主[171]
140連敗 シャッフル[172] 地方・西脇 2000年 2007年 140戦 0勝
140連敗 ニシキディオール[173] 地方・名古屋 2001年 2008年 140戦 0勝 ブラックハーロックと同馬主[171]
140連敗 キャニオンノーブル[174] 地方・高知 1997年 2006年 155戦 2勝 15戦目に2勝目を挙げて以降140連敗[175]
138連敗 ヒミコウインク[176] 地方・高知 2000年 2008年 212戦 2勝 74戦目に2勝目を挙げて以降138連敗[177]
138連敗 オーガニックライフ[178] 地方・高知 2008年 2018年 238戦 6勝 100戦目に6勝目を挙げて以降138連敗[179]
135連敗 パラダイスゲスト[180] 地方・高知 2004年 2012年 233戦 8勝 98戦目に8勝目を挙げて以降135連敗[181]
133連敗 サウスウィズダム[182] 地方・高知 2009年 2015年 175戦 1勝 134戦目に初勝利[183]
132連敗 ヒカルミヨギ[184] 地方・札幌 1996年 2006年 184戦 4勝 52戦目に4勝目を挙げて以降132連敗[185]
129連敗 メイプルキュート[186] 地方・船橋 2011年 2019年 129戦 0勝 「ハルウララ超え」[187]
128連敗 シンボリメルケル[188] 地方・高知 2013年 2020年 128戦 0勝 うち中央5戦0勝
127連敗 マックワンヒーロー[189] 地方・札幌 1997年 2005年 149戦 1勝 22戦目に初勝利を挙げて以降127連敗[190]
127連敗 ラブリーラブ[191] 地方・佐賀 2000年 2008年 127戦 0勝
125連敗 オグリウインザー[192] 地方・笠松 2003年 2011年 132戦 2勝 7戦目に2勝目を挙げて以降125連敗[193]
122連敗 オウカヒメ[194] 地方・園田 2001年 2009年 122戦 0勝
122連敗 マカロン[195] 地方・盛岡 2005年 2011年 139戦 1勝 17戦目に初勝利を挙げて以降122連敗[196]
120連敗 トサノカオリ[197] 地方・門別 1998年 2005年 120戦 0勝
119連敗 エルサ[198] 地方・水沢 2013年 10000※現役 119戦 0勝
118連敗 ペアーハンター[199] 地方・金沢 1998年 2005年 118戦 0勝
118連敗 メイショウハヤテ[200] 地方・名古屋 2001年 2013年 267戦 6勝 149戦目に6勝目を挙げて以降118連敗[201]
114連敗 ローズフラッシュ[202] 地方・高知 1996年 2005年 126戦 2勝 12戦目に2勝目を挙げて以降114連敗[203]
113連敗 ハルウララ 地方・高知 1996年 2004年 113戦 0勝

このように、ハルウララの通算113連敗はそれほど上位の記録ではなくなっている。しかし他の連敗馬についての報道で、ハルウララが引き合いに出されたり、「ハルウララ超え」と形容されたりすることは、その後もしばしば見受けられる(例えば[131][125][171][132][137][187]など)。

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ その後、高知競馬の財政状況悪化とともに出走手当は減額されていった[13]
  2. ^ 信田は、小柄なハルウララが産む仔は小柄になると予測し、小柄な馬は買い手がつきにくく牧場経営を圧迫するという理由から、繁殖牝馬にすることは考えなかったという[17]
  3. ^ 連敗を続けたことで人気を集めたアメリカの競走馬。
  4. ^ やがて日本国内のみならずアメリカのニューズウィーク[25]ドイツ公共放送連盟102戦目はビリでした 観衆2300人 独TV局も取材」『高知新聞』高知新聞社、高知、2004年1月12日。オリジナルの2016年3月9日時点におけるアーカイブ。2017年5月18日閲覧。)といった日本国外のメディアもハルウララについて取り上げるようになった
  5. ^ 高知競馬場の券売機には単勝馬券に競走馬名を印字する機能がなく、競走馬名入りの馬券を求めるファンに応えるため、主催者は競走馬名とハートマークを彫ったハンコを用意した[27]
  6. ^ 同日行われた交流重賞黒船賞に出走したノボトゥルーに騎乗するため高知競馬場へ遠征したため、騎乗が可能となった。
  7. ^ ちなみに、メインレースの重賞黒船賞の売上額は2億2325万円であった[42]
  8. ^ 名義上の馬主は安西が代表を務めるエムエイオフィス。同社が新たにハルウララのオーナーとなった経緯について、のちにハルウララ移送に関与する競馬評論家白井透は調教師サイドからの強い要望に同社のオーナーである安西が応えたとするが、高知新聞は安西のほうから調教師に接近したとしている。後者の裏付けとして、同社のオーナー就任に際して、競馬組合が安西に「迷惑はかけない」との念書を書かせたという事実が明らかにされている[55]
  9. ^ 安西は、自身が運営する団体「おうちへ帰ろうCLUB」の会員からハルウララを取材して欲しいと要望されたのをきっかけに、2003年7月に宗石と接触した[56]
  10. ^ NARでは1年以上出走していない競走馬の関係者に対し、年2回(4月と10月)、出走を継続する意思があるかどうかの確認を行っている[67]
  11. ^ 同名の楽曲があることを理由に申請を却下されたため変更したとの説もある[98]が、JBISサーチによると、1976年生まれの同名馬が繁殖登録され、1990年まで産駒が確認されている[99]ため1998年時点では競走馬名として登録できなかった[100]のが正しいと思われる。

出典

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参考文献

外部リンク