朝香誠彦
朝香 誠彦 (誠彦王) | |
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朝香宮家 | |
続柄 | 孚彦王第1王子 |
全名 | 朝香 誠彦(あさか ともひこ) |
身位 | 王 →(皇籍離脱) |
敬称 | 殿下 →(皇籍離脱) |
出生 |
1943年8月18日(81歳) 日本東京府東京市芝区 高輪南町御用邸 |
配偶者 | 貴子[1] |
子女 |
明彦 美貴子 |
父親 | 孚彦王 |
母親 | 孚彦王妃千賀子 |
役職 |
東京国際大学特命教授 日本食文化協会最高顧問 日本チェコ音楽協会名誉顧問 チェコ音楽コンクール名誉顧問 東京都庭園美術館館長特別顧問 日本国際連合協会監事 目黒区美術館館長特別顧問 ライシャワー・アカデミー名誉会長 異文化コミュニケーション財団会長 マーシャル方面遺族会名誉会長 ファイブ・ア・デイ協会会長 津カントリー倶楽部名誉理事長 朝光クラブ理事長ほか |
朝香 誠彦(あさか ともひこ、1943年〈昭和18年〉8月18日 - )は、日本の旧皇族。孚彦王第1王子。朝香宮第3代当主。皇籍離脱前の身位は王で、皇室典範における敬称は殿下。皇族時代の名は、誠彦王(ともひこおう)であった。上皇明仁は又従兄弟にあたる。東京国際大学特命教授[2]、日本食文化協会最高顧問[3]、日本チェコ音楽協会名誉顧問[1](チェコ音楽コンクール名誉顧問[4])、東京都庭園美術館館長特別顧問[1]、日本国際連合協会監事[5]、目黒区美術館館長特別顧問[5]、ライシャワー・アカデミー名誉会長[6]、異文化コミュニケーション財団会長[7]、マーシャル方面遺族会名誉会長[8]、ファイブ・ア・デイ協会会長[9]、津カントリー倶楽部名誉理事長[10]、朝光クラブ理事長[11]など、数多の要職・名誉職を歴任。
半生
[編集]1943年(昭和18年)8月18日午前5時50分、高輪南町御用邸において誕生[12]。御七夜の8月24日に誠彦と命名される[13]。1947年(昭和22年)10月14日、祖父・朝香宮鳩彦王が皇族の身分を離脱したため、誠彦王も皇室典範(昭和22年法律第3号)第13条により皇籍離脱した(昭和22年宮内府告示第16号)。
東京芸術大学音楽学部器楽科(チェロ専攻)を卒業し、イタリアのサンタ・チェチーリア音楽院に留学[2]。帰国後、CBS・ソニーレコード株式会社に入社し、クラシック学芸制作を担当、2001年(平成13年)に退社した[2]。
2004年(平成16年)8月3日、韓国の武寧王陵を参拝した[14]。日本の皇族関係者の百済王陵参拝はこれが初めてとなった[14]。2005年(平成17年)7月1日、朝光クラブを設立し、理事長に就任した[11][注釈 1]。2012年(平成24年)10月15日、エドウィン・O・ライシャワー生誕百年を記念してライシャワー・アカデミーが設立されると、その名誉会長に就任した[6]。2016年(平成28年)3月14日、マーシャル方面遺族会名誉会長に就任[8][16]。 2018年(平成30年)4月19日、久伊豆神社の「朝香宮殿下孔雀奉納80年祭記念春季例大祭」に大給乗龍[注釈 2]とともに臨席し、シダレザクラの記念植樹をした[17][18]。このシダレザクラは、のちの令和改元の際に記念御朱印帳の意匠に採り入れられた[19]。2019年(令和元年)6月6日、ファイブ・ア・デイ協会の新会長に選任された(任期は2年間)[9]。
親族
[編集]- 父:孚彦王
- 母:孚彦王妃千賀子(藤堂高紹伯爵令嬢)
- 姉:冨久子女王 (南部利久伯爵夫人、日清製粉の鈴木克久夫人[20]、1941年 - 2009年)
- 妹:美仍子女王 (日新製糖の坂本喜春夫人[20])
- 妻:内海貴子(男爵内海勝二の長男内海勝正・成子夫妻[20]長女)
- 子女:
系譜
[編集]誠彦王 | 父: 孚彦王 |
祖父: 鳩彦王(朝香宮) |
曾祖父: 朝彦親王(久邇宮) |
曾祖母: 角田須賀子 | |||
祖母: 允子内親王 |
曾祖父: 明治天皇 | ||
曾祖母: 園祥子 | |||
母: 藤堂千賀子 |
祖父: 藤堂高紹(伯爵) |
曾祖父: 藤堂高潔 | |
曾祖母: 蜂須賀量子 | |||
祖母: 真田信子 |
曾祖父: 真田幸民(伯爵) | ||
曾祖母: 大村隆子 |
明治天皇 (1852-1912) 在位 1867-1912 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
大正天皇 (1879-1926) 在位 1912-1926 | 竹田宮恒久王 (1882-1919) | 昌子内親王 (1888-1940) | 北白川宮成久王 (1887-1923) | 房子内親王 (1890-1974) | 朝香宮鳩彦王 (1887-1981) | 允子内親王 (1891-1933) | 東久邇宮稔彦王 (1887-1990) | 聡子内親王 (1896-1978) | 昭和天皇 (1901-1989) 在位 1926-1989 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
昭和天皇 (1901-1989) 在位 1926-1989 | 竹田恒徳 (1909-1992) | 永久王 (1910-1940) | 朝香孚彦 (1912-1994) | 盛厚王 (1916-1969) | 成子内親王 (1925-1961) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
上皇 (明仁) (1933-) 在位 1989-2019 | 竹田恒正 (1940-) | 北白川道久 (1937-2018) | 朝香誠彦 (1943-) | 東久邇信彦 (1945-2019) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
今上天皇 (徳仁) (1960-) 在位 2019- | 竹田家 | (男系断絶) | 朝香家 | 東久邇家 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c 日本チェコ音楽協会:協会について
- ^ a b c TIU GUIDE BOOK 2020
- ^ “旧皇族が国を代表する組織のトップを務める理由とは”. 週刊ポスト. (2016年7月13日) 2019年12月20日閲覧。
- ^ チェコ音楽コンクール:運営組織について
- ^ a b 公益財団法人 日本国際連合協会 役員
- ^ a b “設立記念式典開催「次世代を担う」教育者を養成”. 日中新聞. (2013年4月26日) 2019年12月19日閲覧。
- ^ NPO 友情の架け橋音楽国際親善協会:「友情の架け橋」こどもの音楽交流(2007年1月21日)
- ^ a b マーシャル方面遺族会の沿革
- ^ a b “ファイブ・ア・デイ協会、新会長に朝香誠彦氏”. 日本食糧新聞. (2019年6月12日) 2019年12月19日閲覧。
- ^ 津カントリー倶楽部「祝 第20回 朝香杯」より。
- ^ a b 団体情報・団体詳細:特定非営利活動法人朝光クラブ(2018年5月8日更新)
- ^ 『官報』第4981号「宮内省告示」昭和18年8月19日。493頁。
- ^ 『官報』第4986号「宮内省告示」昭和18年8月25日。655頁。
- ^ a b “朝香宮家出身の朝香誠彦さん、百済武寧王陵を参拝”. 中央日報. (2004年8月4日) 2019年12月19日閲覧。
- ^ 『淑女録 行動する中部の女性群像 STAGE 6』中部経済新聞社。ISBN 978-4-88520-119-6。192頁。
- ^ 井上賀雄「名誉会長に朝香誠彦氏ご就任」(PDF)『環礁・本部だより』第34号、マーシャル方面遺族会、2016年8月1日。
- ^ 久伊豆神社公式ウェブサイトより:「ひさいずさんの孔雀」
- ^ 久伊豆神社公式Facebookアカウントより:【朝香宮殿下孔雀奉納八十年記念春季例大祭斎行】
- ^ 久伊豆神社公式Twitterアカウントより:令和元年記念御朱印帳について
- ^ a b c 「FRIDAY」1989年1月26日増刊号p36-37
- ^ a b 平成新修旧華族家系大成上p=24