過去に存在したマルエツの店舗
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過去に存在したマルエツの店舗(かこにそんざいしたまるえつのてんぽ)は、かつてマルエツとして営業していた店舗の情報を掲載している。
×は現在建物が解体された店舗。[要出典]
埼玉県
[編集]さいたま市
[編集]旧・浦和市
[編集]- 北浦和HOPビル店[1] → 北浦和駅ビル店[2](浦和市北浦和3-1-3・ホップショッピングプラザ[3]、1978年(昭和53年)11月2日開店[3] - 2005年(平成17年)3月6日閉店[4])
- 敷地面積約2,206m2[3]、鉄筋コンクリート造地下1階地上5階建て[3]、延べ床面積約9,207.50m2[3]、店舗面積約5,542.36m2[3](直営店舗面積875.4m2[5] → 909m2[4])、駐車台数約50台[3]。
- ホップショッピングプラザにオリンピックと共に核店舗として出店していた[3]。
- 売場面積642m2[7]。
- 1980年(昭和55年)10月14日に生鮮を主体としたディスカウントストア業態の「ぴか市」に業態転換した[6]。
- 2002年(平成14年)2月27日に土地・建物を丸紅総合リースに売却し、リースバックして営業を継続した[9]。
- 店舗面積1,494m2[12]。
- 店舗面積344.9m2[13]。
- 延べ床面積約2,930m2[14]、店舗面積2,056m2[14]、直営店舗面積1,247m2[13]。
- 1階が食品売り場と日用品売り場、マルエツ初の衣料品売り場として開店した店舗で、当店から衣料品販売事業が開始された[15]。
- 店舗跡には、イイズカ薬品とセリアが入居している[16]。
- 店舗面積496m2[22]。
旧・大宮市
[編集]- 店舗面積962.9m2[13] → 店舗面積1,032m2[24]。
- 2号店で[25]当社のセルフサービスの食品スーパー1号店として開設[26]。
- 建て替えて、2015年(平成27年)3月19日に(2代目)大宮店(店舗面積972m2)が開店した[27]。
- ポロロッカ大宮櫛引店(?開店 - 2005年(平成17年)6月30日閉店[4])
- 店舗面積495m2[4]。
岩槻区(旧・岩槻市)
[編集]- 店舗面積514.7m2[13]。
- 店舗面積2,000m2[32]。
- 敷地面積約3,000m2[33]、鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋2階[33]、延べ床面積約3,257m2[33]、店舗面積約1,688.05m2[33](直営店舗面積約572m2[33])、駐車台数約40台[33]。
- 地元商店有志による岩槻ショッピングセンターに出店[34]。
川口市
[編集]- 惣菜直営化の第1号店として開店した[35]。
戸田市
[編集]- 店舗面積1,312.0m2[13]。
蕨市
[編集]- 店舗面積1,450.1m2[13]。
東武伊勢崎線沿線
[編集]- 店舗面積2,800m2[22]。
- 東武伊勢崎線越谷駅から約2.5km、北越谷駅から約2kmの住宅地に出店していた1層型の食品スーパーであった[39]。
- マミーバリュー[40]→スーパーマルサン[41]
- 幸手公団店(建物存続)[要出典](幸手市栄3-1[2](旧・北葛飾郡幸手町大字高野織部前1695公団幸手団地C-13-1[13])、1972年(昭和47年)12月1日開店[36] - 2005年(平成17年)11月29日閉店[4])
- ポロロッカ草加清門町店(?開店 - 2010年(平成22年)9月6日閉店[23])
八潮市
[編集]- 八潮店× (八潮市上馬場127-2[43]、1979年(昭和54年)1月開店[44] - 2020年(令和2年)12月6日閉店[45]。跡地にロヂャース八潮店が2024年7月17日にオープン[46][47])
東武東上線沿線
[編集]- 店舗面積1,425.8m2[21]。
- 敷地面積約787坪[53]、店舗面積1,036.3m2<[21]、駐車台数約20台[53]。
- 川越市駅北方約1.5kmに出店した店舗であった。
- 1980年代半ばにぴか市に転換されたが[要出典]、後にマルエツの店舗に戻された。
- 現在はサンドラッグ川越石原店[52]
高崎線沿線
[編集]- 店舗面積1,428.6m2[21]。
- 店舗面積1,510m2[38]。
- 店舗面積1,423.5m2[21]。
西武線沿線
[編集]- 店舗面積2,043m2[4]。
- 店舗面積1,493m2[12]。
武蔵野線沿線
[編集]- 店舗面積800m2[62]。
千葉県
[編集]市川市
[編集]- 店舗面積637.4m2[21]。
- 店舗面積450.6m2[5]。
- 店舗面積720.7m2[21]。
- 店舗面積377m2[66]。
- フーデックスプレス行徳駅前店(?開店 - 2008年(平成20年)1月31日閉店[67])
船橋市
[編集]- 店舗面積338m2[68]>。
- 店舗面積1,201.3m2[21]。
- (B棟) → 衣料品、雑貨、家庭用品、医薬品部門売場を閉鎖。(A棟)食品売場側の営業は継続中。これに伴い一部の雑貨、家庭用品を食品売場と同一の売場に移動し、販売している。[独自研究?]
- 店舗面積1,635m2[69]。
- 店舗面積704.1m2[21]。
習志野市
[編集]- 店舗面積1,396.4m2[21]。
- 2007年9月7日の台風9号の影響で、建物屋根の一部が破損、2007年9月8日より修復工事の為、2007年9月21日迄一時休業し、9月22日より店内販売が無事再開された。店内販売休業期間中は飲料、雑貨等一部の品物は屋外テントで販売していた。
- 隣接地には習志野物流センターがあったが[71]、1996年(平成8年)10月1日にダイエーロジスティックスシステムズに業務委託して[72]休止状態となり[71]、2000年(平成12年)1月17日に解体して跡地を民間都市開発推進機構に売却することになった[71]。
- 敷地面積約7,524m2[74]、鉄骨モルタル造一部鉄筋コンクリート造地下1階地上2階建て[74]、延べ床面積約6,052m2[74]、店舗面積約2,805m2[74](直営店舗面積約1,490m2[74][75])、駐車台数約150台[74]。
- 店舗面積547.0m2[21]。
- VIVA50の中にあった。競合激化で売上げが落ち込んで閉店し、運営会社の京葉マートも2002年(平成14年)2月期決算で約1.97億円の債務超過に陥ったことから、2002年(平成14年)7月に解散することになった[76]。
千葉市
[編集]- 店舗面積792.0m2[21]。
- 店舗面積489m2[66]。
浦安市
[編集]- 店舗面積826m2[22]。
松戸市
[編集]- 店舗面積270m2[65]。
- 店舗面積829.7m2[21]。
柏市
[編集]鎌ケ谷市
[編集]- 敷地面積約2,337m2[84]、鉄骨モルタル造地上2階建て[84]、延べ床面積約2,346m2[84]、店舗面積約1,782m2[84](直営店舗面積約1,177m2[84][75])、駐車台数約130台[84]。
- 2層式の店舗で駐車場にも入り難いなどの問題があり、競合店が増えた影響で売上が約7億円に落ち込んだことから、建て替えのために閉店[83]。
- 旧店舗跡地で建て替えを行い[83]、2003年(平成15年)7月4日に(2代目)馬込沢店が開店した[85]。
流山市
[編集]野田市
[編集]- ディスカウント店「スーパーマーケット魚悦」の1号店として開店した[89]。
佐倉市
[編集]- 店舗面積678.2m2[21]。
- 佐倉郵便局や佐倉消防署(旧佐倉電報電話局舎)、小堀呉服店などの跡に[92]プリマート佐倉店として開店した[90]
- 二階に衣料品のみを扱う扇屋ジャスコ佐倉店とともに営業していた。[要出典]
- 閉店後はスーパーマーケット乃ぐちや佐倉店が営業していた[93]が後に閉店。
- 建物は解体され跡地にローソン佐倉新町店が開店している。[独自研究?]
八千代市
[編集]- ゆりのき店
四街道市
[編集]- 店舗面積882.0m2[21]。
成田市
[編集]- 当時ダイエーグループであったマルエツが、イオングループの商業施設に初出店した店舗[102]。
- ボンベルタ成田が「そよら成田ニュータウン」としてリニューアルされる事が決定した事に伴い[103]、ボンベルタ成田と共に閉店。後継店舗として、イオンリテール運営による「イオンスタイル成田ニュータウン」が同年7月19日に開業[103]。
香取市
[編集]上総
[編集]- 店舗面積2,123m2[112]。
東京都
[編集]23区
[編集]城北
[編集]- 店舗面積891.6m2[13]。
- ボウリングやテニスなどの出来るスポーツセンターの一角に出店していた[113]。
- フーデックス池袋店に転換後閉店 → マルエツ池袋店として復活するが、店舗建替のため2020年3月8日をもって一時休業。2022年9月8日に「マルエツ 板橋南町店」としてリニューアル。[要出典]
- 鉄骨造2階建て[117]、店舗面積約3,310m2[117] → 1,975m2[22]。
- 開店時に当社で初めて惣菜のバイキングコーナーを常設した[118]。
- 2011年(平成23年)12月にドン・キホーテ町屋店が再び出店することになった[119]。
- 店舗面積238m2[4]。
- 店舗面積380m2[22]。
荒川以東
[編集]- 店舗面積492m2[22]。
- 店舗面積496m2[22]。
- 店舗面積496m2[22]。
- 店舗面積492m2[4]。
- 店舗面積1,497m2[62]。
城南
[編集]- 店舗面積952m2[22]。
- 店舗面積783m2[22]。
- ポロロッカ日本橋本町店(?開店 - 2010年(平成22年)7月26日閉店[23])
多摩地区
[編集]- 店舗面積約2,600m2[136]。
- 鉄筋コンクリート2階建ての店舗であった[136]。
- 建物は、つるかめランド武蔵村山店を経て、エコスたいらや武蔵村山店、ダイソー武蔵村山榎店他として営業中。[独自研究?]
- 店舗面積約895m2。[要出典]
- 店舗面積約1,780m2[137]。
- 若葉ケヤキモールの開業に伴い、核店舗のリンコス立川若葉町店として開店。2011年(平成23年)6月10日より、マルエツ立川若葉町店に業態変更されていた。[要出典]
神奈川県
[編集]川崎市
[編集]- 小杉店(旧・サンコー[128]、中原区小杉3丁目414[144]・小杉3丁目市街地住宅内[145]、1966年(昭和41年)3月24日開店[142] - 2008年(平成20年)までに閉店[146])
- 店舗面積約1,056m2[142]。
- 土地面積2,904.48m2[152]、延べ床面積約3,541.57m2[152]、店舗面積2,320m2[32]。
- 1997年(平成9年)2月28日付けで土地・建物をリクルートコスモスに譲渡[152]。
- サンコーが出店を計画した[154]。
- 店舗面積638m2[121]。
- 店舗面積約894m2[38]。
横浜市
[編集]- 土地面積1,484.8m2[152]、店舗面積908m2[62]。
- 星川町商店街は117店があったが、当店進出後に17店が廃業した[156]。
- 1997年(平成9年)2月28日付けで土地・建物をリクルートコスモスに譲渡[152]。
- 延べ床面積約10,679m2[161]、店舗面積約9,417m2[161](直営店舗面積約4,305m2[159])。
- 2012年(平成24年)6月27日に[162]「ビッグボーイ」敷地内に[163]「マルエツ中山店」が開店した[162]。
- 敷地面積約11,900m2[164]、鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建て[164]、延べ床面積約14,145m2[164]、店舗面積約8,246m2[164](当社直営店舗面積約2,380m2[164])、駐車台数約200台[164]。
- サンコーが「長津田ショッピングワールド」として開店した[165]。
- 店舗跡は住友不動産が取得して2013年(平成25年)9月に解体工事を開始した[166]。
- 長津田駅北口の再開発ビルに[167]2013年(平成25年)3月27日に「マルエツ長津田駅前店」が開店した[168]。(長津田駅北口再開発による複合施設「長津田マークタウン」の1階)
- 店舗面積2,805m2[160]。
- 店舗面積1,552m2[4]。
- 店舗面積149m2[133]。
その他
[編集]- アルズフーズマーケット田名店[独自研究?]
- 店舗面積1,480m2[62]。
- 鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建て塔屋1階[178]、延べ床面積約10,816m2[178]、店舗面積約4,960m2[178] → 5,290m2[178](直営店舗面積約3,910m2[176] → 約4,240m2[178])。
- 東逗子地区唯一のスーパーで大型駐車場を併設した店舗であった[177]。
- 店舗は入三商事が所有しており[16]、同社との間で賃貸契約を巡るトラブルが長年続いたことから閉店することになった[177]。
茨城県
[編集]- 店舗面積1,495m2[179]。
- イトーヨーカドーが2001年(平成13年)1月31日に[180]閉店した[181][182]商業施設「カタクラショッピングプラザ」の地階に開店[183]。
- その後、売上不振のためマルエツも撤退。さらに、2007年(平成19年)に「カタクラショッピングセンター」も閉店した。
- 店舗面積1,300坪[109]。
- 関東マルエツが運営する形で開業したが[109]、同社が1996年(平成8年)2月28日で解散し[110]、同年3月以降は直営化された[109]。
- 2005年にタイヨー阿見店として開店。[要出典]
栃木県
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ “マルエツ、2月11日付人事異動”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2002年2月22日)
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