1937年のNFLドラフト
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1937年のNFLドラフト | |
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日程 | 1936年12月12日 |
開催地 | ニューヨーク |
会場 | ホテル・リンカーン |
指名数 | 10巡100名 |
全体1位指名 | |
サム・フランシス(RB) | |
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1937年のNFLドラフト(1937ねんのNFLどらふと)は、1936年12月12日に開催された第2回目のNFLドラフト。ニューヨークのホテル・リンカーンで開催された。
エクスパンションチームのクリーブランド・ラムズを加えた10チームがそれぞれ10巡まで、合計100名が指名された。
ドラフト全体1位ではネブラスカ大学のサム・フランシスが指名された[1]。フランシスは1936年のハイズマン賞の投票で2位の得票を獲得していた[2]。ネブラスカ大学からは1巡で3人の選手が指名された[3]。
この年指名された選手の中から2名がプロフットボール殿堂入りを果たしている。
1936年のハイズマン賞受賞者ラリー・ケリーは9巡でデトロイト・ライオンズに指名されたが、彼はプロフットボールではプレーしなかった[4]。ハイズマン賞の投票では彼とサム・フランシス、レイ・ビュイビッド、サミー・ボウ、クリント・フランク、エース・パーカー、エド・ウィドセスの計7名が得票を得た。彼と3年生であったフランク以外の5選手はいずれもドラフト1巡、2巡で指名を受けた[2]。
指名選手一覧
[編集]1巡指名選手
[編集]指名順位 | チーム | 選手名 | ポジション | 出身大学 |
1 | フィラデルフィア・イーグルス | サム・フランシス | バック | ネブラスカ大学 |
2 | ブルックリン・ドジャース | エド・ゴッダード | バック | ワシントン州立大学 |
3 | シカゴ・カージナルス | レイ・ビュイビッド | QB | マーケット大学 |
4 | ニューヨーク・ジャイアンツ | エド・ウィドセス | T | ミネソタ大学 |
5 | ピッツバーグ・パイレーツ | マイク・バスラック | C | デュケイン大学 |
6 | ボストン・レッドスキンズ | サミー・ボウ | QB | TCU |
7 | デトロイト・ライオンズ | ロイド・カードウェル | バック | ネブラスカ大学 |
8 | シカゴ・ベアーズ | レス・マクドナルド | E | ネブラスカ大学 |
9 | グリーンベイ・パッカーズ | エディ・ジャンコウスキー | バック | ウィスコンシン大学 |
10 | クリーブランド・ラムズ | ジョニー・ドレイク | B | パデュー大学 |
2巡以降の主な指名選手
[編集]指名順位 | チーム | 選手名 | ポジション | 出身大学 |
12 | シカゴ・カージナルス | ゲイネル・ティンズリー | E | ルイジアナ州立大学 |
13 | ブルックリン・ドジャース | エース・パーカー | バック | デューク大学 |
15 | ピッツバーグ・パイレーツ | ボブ・フィンリー | G | 南メソジスト大学 |
16 | ボストン・レッドスキンズ | ネロ・ファラスキー | C | サンタクララ大学 |
28 | シカゴ・ベアーズ | ディック・プラスマン | バック | ヴァンダービルト大学 |
29 | グリーンベイ・パッカーズ | バド・ウィルキンソン | E | ミネソタ大学 |
34 | ニューヨーク・ジャイアンツ | ウォード・カフ | E | マーケット大学 |
36 | ボストン・レッドスキンズ | ディック・バッシ | E | サンタクララ大学 |
39 | グリーンベイ・パッカーズ | バド・スヴェンセン | E | ミネソタ大学 |
48 | シカゴ・ベアーズ | レッド・コンクライト | C | オクラホマ大学 |
61 | フィラデルフィア・イーグルス | ハーブ・バーナ | G | ウェストバージニア大学 |
64 | ニューヨーク・ジャイアンツ | ジム・プール | バック | ミシシッピ大学 |
76 | ボストン・レッドスキンズ | ジョエル・イーブス | E | オーバーン大学 |
87 | デトロイト・ライオンズ | ラリー・ケリー | G | エール大学 |
94 | ニューヨーク・ジャイアンツ | チャック・ゲラトカ | E | ミシシッピ州立大学 |
殿堂入り選手
[編集]この年のドラフトで指名された選手のうち、2名がプロフットボール殿堂入りを果たしている。
脚注
[編集]- ^ “Photos: From Sam Francis to Prince, every Husker taken in the first round of the NFL Draft”. Lincoln Journal Star (2020年4月23日). 2020年7月3日閲覧。
- ^ a b Mike Hauser (2016年12月4日). “Upstate N.Y. Sports Lore: First Heisman winner’s area connections”. The Leader-Herald. 2020年7月3日閲覧。
- ^ “Class of 1934 Sam Francis”. dataomaha.com. 2020年7月3日閲覧。
- ^ Bernard M. Corbett、 Paul Simpson (2004). The Only Game That Matters: The Harvard/Yale Rivalry. Rowman & Littlefield. p. 30. ISBN 978-1-40-005068-0