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フジサンケイクラシック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フジサンケイクラシック
トーナメント情報
創設 1973年
開催地 山梨県2005年 - )
開催コース 富士桜カントリー倶楽部(2005年 - )
基準打数 Par70(2024年)
ヤーデージ 7424yards(2024年)
主催 フジテレビ
産経新聞
サンケイスポーツ
文化放送
ニッポン放送
BSフジ
ツアー 日本ゴルフツアー機構
競技方法 ストロークプレー
賞金総額 1億1000万円(2024年)
開催月 9月(2019年)
最高記録
通算スコア -17 アメリカ合衆国の旗 トッド・ハミルトン(2003年)
-17 オーストラリアの旗 ポール・シーハン(2004年)
最新優勝者
日本の旗 平田憲聖
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フジサンケイクラシックは、フジサンケイグループ主催の日本のゴルフトーナメント

概説

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1973年埼玉県東松山市高坂カントリークラブにてサンケイスポーツの東京発刊10周年[注 1]を記念して開催されたBVD杯フジサンケイトーナメント」[1]が第1回大会。第2回大会以降はスポンサー名を冠さず「フジサンケイクラシック(FUJISANKEI CLASSIC)」として行われている。開始から第8回大会までは埼玉県にて開催されていた(第6回までは高坂カントリークラブ、第7・8回は東松山カントリークラブ)。

当時住友ゴム工業(ダンロップ)に勤務していた20代半ばの戸張捷が、サンケイ新聞の事業局にゴルフトーナメントの企画を提案したことに始まる。フジサンケイグループ会議議長を務めていた鹿内信隆の了解の下創設された[2][3]。第1回から現在に至るまで、一貫して大会プロデュースを担当している。

1981年の第9回大会からは、世界屈指の難コースとして知られる静岡県伊東市川奈ホテルゴルフコース 富士コースに舞台を移し、2004年まで初夏の川奈の風物詩とされた。

戸張によると、発端は当時のフジテレビ副社長で戸張の同級生でもある鹿内春雄の「戸張、これからはフジテレビらしい、もうちょっと楽しい雰囲気のトーナメントにしてくれないか。新たなコースを探してきてくれよ」という難題。鹿内春雄の「ここがいいよ。これしかない」との鶴の一声により川奈に決定した[4]。あわせて運営主体を産経新聞社からフジテレビに移管することとなった。テレビ中継をするにあたり「海が見える景色のあるホールレイアウトを」として、「本来の15・16番を16・17番に、更に18番ホールを上り坂のコース(通常は1番ホール)とするなどの工夫を凝らし、それが様々なドラマを生み出した」と戸張は語っている[5]

第1回は8月開催、1974年から2004年まで5月(ゴールデンウィーク)に行われていたが、2005年からは開催時期を9月に変更した上で、山梨県南都留郡富士河口湖町富士桜カントリー倶楽部で開催されている。これは近年の女子ツアーの人気上昇と男子ツアーの人気低迷に伴い、フジサンケイレディスクラシックを注目度の高い川奈ホテルゴルフコース 富士コースで開催したいという主催者の意向によるものである。

なお、2020年大会は新型コロナウイルス感染拡大防止対策による影響で無観客開催として行われた[6]

2022年現在、賞金総額1億1000万円、優勝賞金2200万円[7]

歴代優勝者

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フジサンケイクラシック
回数 開催期間 優勝者 開催コース
第1回 1973年8月9日 - 12日 オーストラリアの旗 グラハム・マーシュ 高坂カントリークラブ
第2回 1974年5月9日 - 12日
第3回 1975年5月8日 - 11日 中華民国の旗 呂良煥
第4回 1976年5月13日 - 16日 日本の旗 鈴木規夫
第5回 1977年5月19日 - 22日 日本の旗 宮本康弘
第6回 1978年5月11日 - 14日 日本の旗 島田幸作
第7回 1979年5月10日 - 13日 日本の旗 佐藤正一 東松山カントリークラブ
第8回 1980年5月9日 - 12日 日本の旗 尾崎将司
第9回 1981年5月7日 - 10日 日本の旗 川田時志春 川奈ホテルゴルフコース 富士コース
第10回 1982年5月6日 - 9日 日本の旗 中嶋常幸
第11回 1983年5月5日 - 8日 日本の旗 湯原信光
第12回 1984年5月3日 - 6日 日本の旗 尾崎健夫
第13回 1985年5月9日 - 12日 アメリカ合衆国の旗 マーク・オメーラ
第14回 1986年5月3日~6日 日本の旗 尾崎将司 (2)
第15回 1987年5月7日 - 10日
第16回 1988年5月5日 - 8日 日本の旗 白浜育男
第17回 1989年5月4日 - 7日 日本の旗 尾崎将司 (3)
第18回 1990年5月3日 - 6日
第19回 1991年5月9日 - 12日 日本の旗 藤木三郎
第20回 1992年5月7日 - 10日 日本の旗 牧野裕
第21回 1993年5月6日 - 9日 日本の旗 尾崎将司 (4)
第22回 1994年5月5日 - 8日 日本の旗 室田淳
第23回 1995年5月4日 - 7日 日本の旗 中嶋常幸 (2)
第24回 1996年5月2日 - 5日 アメリカ合衆国の旗 ブライアン・ワッツ英語版
第25回 1997年5月8日 - 11日 日本の旗 久保谷健一
第26回 1998年5月7日 - 10日 パラグアイの旗 カルロス・フランコ英語版
第27回 1999年5月6日 - 9日 日本の旗 桧垣繁正
第28回 2000年5月4日 - 7日 日本の旗 尾崎健夫
第29回 2001年5月3日 - 6日 フィリピンの旗 フランキー・ミノザ英語版
第30回 2002年5月9日 - 12日 日本の旗 佐藤信人
第31回 2003年5月8日 - 11日 アメリカ合衆国の旗 トッド・ハミルトン
第32回 2004年5月6日 - 9日 オーストラリアの旗 ポール・シーハン
第33回 2005年9月1日 - 4日 日本の旗 丸山大輔 富士桜カントリー倶楽部
第34回 2006年8月31日 - 9月3日 日本の旗 片山晋呉
第35回 2007年8月30日 - 9月2日[注 2] 日本の旗 谷原秀人
第36回 2008年9月4日 - 7日 日本の旗 藤島豊和
第37回 2009年9月3日 - 6日 日本の旗 石川遼
第38回 2010年9月2日 - 5日
第39回 2011年9月1日 - 4日[注 3] 日本の旗 諸藤将次
第40回 2012年8月30日 - 9月2日 大韓民国の旗 金庚泰
第41回 2013年9月5日 - 8日 日本の旗 松山英樹
第42回 2014年9月4日 - 7日 日本の旗 岩田寛
第43回 2015年9月3日 - 6日 大韓民国の旗 金庚泰 (2)[8]
第44回 2016年9月1日 - 4日 大韓民国の旗 趙珉珪英語版(チョ・ミンギュ)[9]
第45回 2017年8月31日 - 9月3日 大韓民国の旗 H・W・リュー英語版(リュー・ヒョヌ)[10]
第46回 2018年8月30日 - 9月2日 日本の旗 星野陸也[11]
第47回 2019年9月5日 - 8日 大韓民国の旗 朴相賢英語版(パク・サンヒョン)[7]
第48回 2020年9月3日 - 6日 日本の旗 星野陸也 (2)PO[12]
第49回 2021年9月2日 - 5日 日本の旗 今平周吾[13]
第50回 2022年9月1日 - 4日 日本の旗 大西魁斗[14]
第51回 2023年8月31日 - 9月3日 日本の旗 金谷拓実[15]
第52回 2024年8月29日 - 9月1日[注 4] 日本の旗 平田憲聖[16]

テレビ・ラジオ放送

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主催者であるフジサンケイグループの地上波・BS・CS各メディアを連動させた長時間の大型生中継が行われるのが本大会の特徴である。予選ラウンドはBSフジ、CSフジテレビONEにて生中継、フジテレビ(関東ローカル)では深夜帯に録画放送される。決勝ラウンドについては午前中から午後1時半まではBSフジ、CSフジテレビONEで生中継、午後1時半から午後3時まではフジテレビ系列局及び地元局の山梨放送日本テレビ系列局)で生中継、午後3時以降はBSフジ、CSフジテレビONEで生中継される。生中継が放送予定枠の尺に収まらない場合は、BSフジのマルチチャンネル編成を活用するなどの柔軟な番組編成がなされている。

ラジオではニッポン放送でダイジェストが録音放送される。

エピソード

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生中継について

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現在はフジサンケイグループの地上波・BS・CS各メディアを連動させた柔軟かつ大型の生中継が実施されているが、かつては地上波フジテレビの番組編成上の都合に大きく影響されるトーナメントであった。

第35回(2007年)大会は悪天候もあり72ホールのところを54ホールに短縮して行われたが、実際には『スーパー競馬』の影響であった。かつてフジテレビのゴルフ中継は、通常16:00もしくは16:05開始で、最大17:35まで[注 5]となっていた。これは、15時台が『スーパー競馬』→『みんなのケイバ』→『みんなのKEIBA』(東日本、フジサンケイクラシックの日は北海道文化放送のみ同時間帯に『KEIBAプレミア』を放送)及び『DREAM競馬』→『KEIBA BEAT』(西日本)で固定されていたからである。2007年は石川遼が当時アマチュアの資格のままながら出場したこともあり、石川人気を見越して13:25放送開始として生中継したが、競馬中継の番組編成上の都合から14:55で中継終了となっていた。

第38回(2010年)大会では、石川遼と薗田峻輔のプレーオフとなった。番組は途中から生放送に切り替え、石川が4ホール目でパーになった後に番組は終了。しかし、放送終了後、薗田がパーパットを外し優勝決定となった(フジテレビと一部地域のネット局は16:00からのハイライトで対応した)。なお、この最終日の模様は、同年9月11日にBSフジにて、本編では割愛されたプレーオフ1~3ホール目を含めた「完全版」として再放映された。

第39回(2011年)大会では、初日が中止、2日目がサスペンデッドとなり、最終日の中継に合わせるために、3日目の18ホール全員ホールアウト後、トップの成績の組を3日目にラウンド、サスペンデッドとなり、最終日に残りのホールを消化した。

第42回(2014年)大会は決勝ラウンドで、午前中はCS(フジテレビONE)、午後の序盤はBS(BSフジ)、午後終盤は地上波[注 6](最終日は上述にもある競馬中継の関係でさらにもう一度BSに迂回)でのリレー中継の体裁を取って放送[17]。しかし最終日が濃霧による2時間21分の中断が発生し、当初の予定が大幅に遅れた影響で、午後終盤のBSフジでの中継でもおさまらなかったため、急きょ16:00-17:25の地上波[注 7]の生放送が追加された。

第52回(2024年)大会では、決勝ラウンドの最終日のみ、クロスネット局のテレビ大分・テレビ宮崎・沖縄テレビ[注 8]・山梨放送が24時間テレビの放送[注 9]と被ったため、地元局の山梨放送は24時間テレビを優先するため。同日の深夜に録画で放送されることになった[18]。一方で、テレビ大分・テレビ宮崎・沖縄テレビは同中継を優先するため。24時間テレビを中断する形で放送した。[注 10]

表彰式について

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表彰式における進行アナウンサーはフジテレビアナウンサーが、司会は大会ゼネラルプロデューサーの戸張捷が担当する。トロフィー及び優勝賞金のプレゼンターはフジサンケイグループ代表である日枝久大会会長が務めている。過去にはフジテレビのドラマに出演するタレントやフジテレビの女性アナウンサーが担当することもあった。

優勝者に贈られるトロフィーは、彫金家の帖佐美行作による大プレートで作品名は「悠 翔」。羽ばたく双頭の鳳凰がデザインされたものになっている。

またテレビ中継指定ホールにてホールインワンを達成した選手には賞金が基本100万円で贈られることになっているが、その大会でそれが出ない場合は次年度に繰り越される(キャリーオーバー)。最高額は、2017年の第45回大会で薗田峻輔が獲得した800万円である。

2011年における台風12号の影響

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第39回(2011年)大会は、台風12号の影響で初日が中止、2日目・3日目がサスペンデッドとなり予選ラウンドなしの36ホールでのラウンドとなった。会場近くの富士吉田市では1日から土砂災害、浸水警戒の特記事項をつけた大雨・洪水警報が発表、さらに、雷注意報、強風注意報も発表されていた[19]。会場でも豪雨により、中断が相次いだ。また、棄権者も続出した。

これに対して、星野英正が「ツアーは何を考えているのか。人の命を心配していないんじゃないか」と主催者とツアー機構に対して批判、谷口徹も2日目の強行開催に関して「意味が分からない」と言っている[19]

2024年における台風10号の影響

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第52回(2024年)大会は、台風10号の影響で初日は雨によるコースコンディション不良のためサスペンデッドとなり、38人が第1ラウンドを終了できなかった[20]。2日目は10時にプレーを再開し、その約1時間後に第2ラウンドも始まる中、11時48分に、再び降雨により競技は中断。第1ラウンドはアウト・インとも各最終の1組のみ、最終1ホールのプレーを残してまたいったん引き上げた。小やみの間にきゅうきょ9番、18番ホールのみ整備され、13時すぎに第1ラウンドのみ再開するとの異例の決定がされたが第2ラウンドのサスペンデッドと、54ホールの競技短縮が決定[21]。3日目も雷雲接近のため、14時45分に中断した第2ラウンドはその後、雨が強くなり、15時23分に、降雨によるコースコンディション不良のため、3日連続のサスペンデッドが決定。このためアウトインとも10組ずつ、計54人がプレーを終えられず[22]。最終日、第2ラウンドの残りに引き続いて実施予定だった決勝ラウンドを中止した。悪天候により、3日連続のサスペンデッドとなり、54ホールに短縮予定だった大会は36ホールで実施。規定により賞金は半額となるが、主催者の判断で賞金支払い対象選手以外にも一律10万円が支払われた[23]。1973年のツアー制施行後、36ホールの短縮競技となったのは台風の影響を受けた2019年のブリヂストン・オープン以来、5年ぶり9度目だが、4日間日程で全日競技を始めての36ホール短縮決着はツアー制施行後初となった[24]

脚注

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注釈

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  1. ^ サンケイスポーツそのものは1955年大阪市で創刊された
  2. ^ 第3日が濃霧のためサスペンデッド。54ホールに短縮して実施。
  3. ^ 台風12号の影響で初日が中止、2日目・3日目がサスペンデッドで大会史上最短の36ホールに短縮。予選ラウンドを廃止。
  4. ^ 台風サンサンの影響で36ホールに短縮して実施。
  5. ^ これはACNチャンピオンシップゴルフトーナメント関西テレビ放送制作)、東海クラシック(男子、東海テレビ放送制作)でも同様の処置が取られていた。
  6. ^ 予選ラウンドは関東ローカルの録画中継のみ
  7. ^ フジテレビ・関西テレビ・東海テレビ・テレビ静岡のみ
  8. ^ 沖縄県は日本テレビ系列が無いため。番組購入扱いで放送している。
  9. ^ なお、24時間テレビと同大会が重複したのは、2005年以降としては史上初となる。
  10. ^ 24時間テレビのうちPART612:24~16:54の部分については、3局とも12:24~13:30まで放送し、その後同中継を経て15:00~16:54という2部構成で放送する。 その関係で、両局とも通常より1時間半程度中断したため。例年とは異なり放送時間が縮小された。

出典

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  1. ^ 第1回大会決勝戦後のあいさつより
  2. ^ 戸張捷インタビュー”. 株式会社キャンディッドプロデュース. 2024年9月2日閲覧。
  3. ^ 「産経新聞に企画書を持ち込み会長の前でプレゼンを…」歴史あるフジサンケイクラシックの始まりを名解説者が語る”. 株式会社文化放送. 2024年9月2日閲覧。
  4. ^ 【話の肖像画】ゴルフプロデューサー・戸張捷<22> 名門・川奈 1年かけ口説き落とす”. 産経ニュース. 2024年9月2日閲覧。
  5. ^ フジテレビ739(ONE)で放送された「フジサンケイクラシック黄金伝説」の1980年大会の付録として放送された戸張の回想”. YouTube. 2024年9月2日閲覧。
  6. ^ 9月「48thフジサンケイクラシック」無観客開催のお知らせ(8月6日発表) フジサンケイグループ、JGTO
  7. ^ a b 朴相賢が漁夫の利で逆転V 全英16位大きな自信に - 日刊スポーツ、2019年9月8日配信、同日閲覧
  8. ^ 逃げ切りで今季3勝目!金庚泰が賞金ランクトップ独走 - ゴルフダイジェスト・オンライン、2015年9月6日閲覧
  9. ^ 石川遼2位、2週連続Vならず 趙ツアー2勝目 - 日刊スポーツ、2016年9月4日閲覧
  10. ^ H・W・リューが3人でのプレーオフ制し今季初優勝 - 日刊スポーツ、2017年9月3日閲覧
  11. ^ 22歳星野陸也がツアー初優勝、1度もトップ譲らず - 日刊スポーツ、2018年9月2日配信、同日閲覧
  12. ^ 星野陸也が国内初戦制す プレーオフで堀川未来夢を撃破 - ゴルフダイジェスト・オンライン、2020年9月6日配信、同日閲覧
  13. ^ 今平が逆転で大会初優勝、ツアー5勝目 石川は2位タイ フジサンケイクラシック - 産経ニュース、2021年9月5日配信、同日閲覧
  14. ^ 23歳大西、ツアー初優勝 プレーオフ制す フジサンケイクラシック - 産経ニュース、2022年9月4日配信、同日閲覧
  15. ^ 金谷拓実が今季2勝目 男子ゴルフのフジサンケイクラシック - 産経ニュース、2023年9月3日配信、同日閲覧
  16. ^ 23歳・平田憲聖が今季2勝目、通算4勝目 フジサンケイクラシック、36ホールに短縮”. 産経ニュース. 2024年9月1日閲覧。
  17. ^ 放送日程
  18. ^ テレビ・ラジオ放送時間(予定) | フジサンケイクラシック”. www.fujisankei-g.co.jp. 2024年8月16日閲覧。
  19. ^ a b 星野が豪雨続行のツアー側批判「人の命を心配していない」”. スポーツニッポン. スポーツニッポン新聞社 (2011年9月4日). 2011年9月4日閲覧。
  20. ^ TOUR, 日本ゴルフツアー機構-The Official Site of JAPAN GOLF. “第1ラウンドはサスペンデッドになりました”. 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site of JAPAN GOLF TOUR. 2024年9月3日閲覧。
  21. ^ TOUR, 日本ゴルフツアー機構-The Official Site of JAPAN GOLF. “第2ラウンドも翌日順延、54ホールの競技短縮が決定”. 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site of JAPAN GOLF TOUR. 2024年9月3日閲覧。
  22. ^ TOUR, 日本ゴルフツアー機構-The Official Site of JAPAN GOLF. “3日連続の翌日順延となりました”. 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site of JAPAN GOLF TOUR. 2024年9月3日閲覧。
  23. ^ TOUR, 日本ゴルフツアー機構-The Official Site of JAPAN GOLF. “平田憲聖が今季2勝目、通算4勝目。競技は36ホールに短縮”. 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site of JAPAN GOLF TOUR. 2024年9月3日閲覧。
  24. ^ 共同通信社. “男子ゴルフ、4日間日程で全日競技を始めての36ホール短縮決着はツアー制施行後初 - 国内男子ゴルフ : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2024年9月3日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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