利用者:T2br6a9g/sandbox
表示
![]() |
ここはT2br6a9gさんの利用者サンドボックスです。編集を試したり下書きを置いておいたりするための場所であり、百科事典の記事ではありません。ただし、公開の場ですので、許諾されていない文章の転載はご遠慮ください。
登録利用者は自分用の利用者サンドボックスを作成できます(サンドボックスを作成する、解説)。 その他のサンドボックス: 共用サンドボックス | モジュールサンドボックス 記事がある程度できあがったら、編集方針を確認して、新規ページを作成しましょう。 |
古馬王道路線(こばおうどうろせん)とは、日本の中央競馬における主に4歳(旧5歳)以上の馬が出走する大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念の6つの中長距離G1競走である。
概要[編集]
我が国における競馬において 元来、年齢上限のない競争の中でもスプリント戦、マイル戦、牝馬限定戦を除いた2000mから3200mの中長距離の競争は日本において重視された。 日本の中央競馬は原則として、1月から6月上旬の日本ダービー開催日まで3歳馬だけの競争と4歳以上の馬による競争を開催し、それ以後は3歳馬を混ぜた3歳以上の馬による競争と新馬である2歳馬のみの競争を開催しているため、大阪杯と天皇賞(春)は4歳(旧5歳)以上の馬、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念は3歳(旧4歳)以上の馬に出走権がある。 春に開催される大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念を同一年に全て勝利することを春古馬三冠、秋に開催される天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念を同一年に全て勝利することを秋古馬三冠と呼ぶ。
八大競走のうち、有馬記念を除く7つの競走は、いずれも戦前に創設され、4歳(旧表記)馬の5競走はイギリスのクラシックを範とし、日本でも「4歳馬の最高峰」とされた。
古馬王道路線優勝馬一覧[編集]
- 同一年で3勝以上した馬は、牡馬の背景を青、牝馬の背景を赤で区別。2勝した馬は薄い青と赤で区別。
- 牝馬は文字を太字にし、牡馬と牝馬を区別。
- 開催順は大阪杯 → 天皇賞(春) → 宝塚記念→ 天皇賞(秋) → ジャパンカップ → 有馬記念である。
歴代2歳・3歳限定平地芝G1競走優勝馬一覧[編集]
年表
- 現行の年齢限定戦である朝日杯FS・ホープフルS・皐月賞・NHKマイルC・東京優駿・菊花賞・阪神JF・桜花賞・優駿牝馬・秋華賞とそれらが回次を引き継いだ競争、回次は引き継がなかったが秋華賞の前身である1976年から1995年のエリザベス女王杯の優勝馬を記す。
- 1983年以前の競争はグレード制導入前のためG1競争ではない
- 2016年以前のホープフルステークスはG1競争ではないため括弧つきで区別
- 2歳・3歳限定(旧3歳・4歳)
- NHKマイル
- 三冠馬(それ以上含む)は、牡馬は背景を青、牝馬は赤で区別。二冠馬は薄い青と赤で着色。
- 秋華賞(前身のビクトリアカップ・エリザベス女王杯含む)を含めて3勝した牝馬三冠馬も赤で区別。
- 牝馬は文字を太字にし、牡馬と牝馬の区別がつくようにした。
年表[編集]
年表
- 1932年 - 東京優駿大競争(現・東京優駿)創設
- 1938年 - 阪神優駿牝馬(現・優駿牝馬)、京都農林省賞典四歳呼馬(現・菊花賞)創設
- 1939年 - 中山四歳牝馬特別(現・桜花賞)、横浜農林省賞典四歳呼馬(現・皐月賞)創設
- 1941年 - セントライトが初の三冠達成(横浜農林省賞典四歳呼馬、東京優駿競争、京都農林省賞典四歳呼馬)
- 1943年 - クリフジがクラシック変則三冠達成(東京優駿競争、阪神優駿牝馬、京都農商省賞典四歳呼馬)
- 1944年
- 1945年 - 太平洋戦争のためクラシック5競争を全て中止
- 1946年 - 春季の3競争は引き続き中止、10月より日本競馬会の主催する競馬が再開
- 1953年 - 秋に行われていた優駿牝馬の施行を5月へ移動
- 1955年 - 桜花賞、皐月賞、優駿牝馬、東京優駿、菊花賞の順に施行する現在の番組編成が確立
- 1964年 - シンザンがクラシック三冠達成
- 1970年 - 牝馬三冠路線の最終戦という位置づけで4歳(現3歳)牝馬限定の重賞「ビクトリアカップ」を創設
- 1976年 - ビクトリアカップを廃止し、同条件の「エリザベス女王杯」を創設
- 1983年 - ミスターシービーがクラシック三冠達成
- 1984年 - シンボリルドルフが無敗でクラシック三冠達成
- 1986年 - メジロラモーヌが初の牝馬三冠(桜花賞、優駿牝馬、エリザベス女王杯)達成
- 1994年 - ナリタブライアンがクラシック三冠達成
- 1996年 - 牝馬競走体系が見直され、エリザベス女王杯に代わる競争として「秋華賞」を創設
- 2003年 - スティルインラブが牝馬三冠達成
- 2005年 - ディープインパクトが無敗でクラシック三冠達成
- 2010年 - アパパネが牝馬三冠達成
- 2011年 - オルフェーヴルがクラシック三冠達成
- 2012年 - ジェンティルドンナが牝馬三冠達成
- 2018年 - アーモンドアイが牝馬三冠達成
- 2020年 - コントレイルが無敗でクラシック三冠達成、デアリングタクトが無敗で牝馬三冠達成
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 『中央競馬全重賞成績集【GI編】』日本中央競馬会、1996年12月。
注釈[編集]
- ^ 皐月賞の名称は1939-1943年「横浜農林省賞典四歳呼馬」、1944年「農商省賞典四歳 (能力検定競走として施行)」、1947-1948年「農林省賞典」、1949年以降は「皐月賞」[1]。
- ^ 東京優駿の名称は1932-1937年「東京優駿大競走」、1938-1947年「東京優駿 (1944年は能力検定競走として施行)」、1948-1949年「優駿競走」、1950-1963年「東京優駿競走」 (「日本ダービー」の副称を付ける)、1964年以降は「東京優駿 (日本ダービー)」[2]。
- ^ 菊花賞の名称は1938-1942年「京都農林省賞典四歳呼馬」、1943年「京都農商省賞典四歳呼馬」、1946-1947年「農林省賞典四歳馬」、1948年以降は「菊花賞」[3]。
- ^ 桜花賞の名称は1939-1943年「中山四歳牝馬特別」、1944年「能力検定競走」、1947年以降は「桜花賞」[4]。
- ^ 優駿牝馬の名称は1938-1943年「阪神優駿牝馬」、1946年以降は「優駿牝馬」[5]。
- ^ メジロマックイーンが1位で入線したがスタート直後に斜行し、18位で入線したプレジデントシチーの進路を妨害したとして審議の結果、最下位(18着)に降着。2位で入線したプレクラスニーが繰り上がった(参考:メジロマックイーンの走破時計 2:02.9)。
- ^ 第30回はブエナビスタが1位で入線したが最後の直線で2位入線のローズキングダムの進路を妨害したとして、審議の結果2着に降着処分を受け、ローズキングダムが繰り上がりで優勝となった(参考:ブエナビスタの走破タイム 2:24.9)。
- ^ 朝日杯FSの名称は1949-2000年(1950-2001世代)「朝日杯3歳ステークス」、2001年(2002世代)以降は「朝日杯フューチュリティステークス」。
- ^ ホープフルSの名称は1984-1990年(1985-1991世代)「ラジオたんぱ杯3歳牝馬ステークス」、1991-2000年(1992-2001世代)「ラジオたんぱ杯3歳ステークス」、2001-2005年(2002-2006世代)「ラジオたんぱ杯2歳ステークス」、2006-2013年(2007-2014世代)「ラジオNIKKEI杯2歳ステークス」、2014年(2015世代)以降は「ホープフルステークス」。
- ^ 皐月賞の名称は1939-1943年「横浜農林省賞典四歳呼馬」、1944年「農商省賞典四歳 (能力検定競走として施行)」、1947-1948年「農林省賞典」、1949年以降は「皐月賞」[1]。
- ^ 東京優駿の名称は1932-1937年「東京優駿大競走」、1938-1947年「東京優駿 (1944年は能力検定競走として施行)」、1948-1949年「優駿競走」、1950-1963年「東京優駿競走」 (「日本ダービー」の副称を付ける)、1964年以降は「東京優駿 (日本ダービー)」[2]。
- ^ 菊花賞の名称は1938-1942年「京都農林省賞典四歳呼馬」、1943年「京都農商省賞典四歳呼馬」、1946-1947年「農林省賞典四歳馬」、1948年以降は「菊花賞」[3]。
- ^ 阪神JFの名称は1949-1955年(1950-1956世代)と1957年-1990年(1958-1991世代)「阪神3歳ステークス」、1956年(1957世代)「京都3歳ステークス」、1991年-2000年(1992-2001世代)「阪神3歳牝馬ステークス」、2001年(2002世代)以降は「阪神ジュベナイルフィリーズ」。
- ^ 桜花賞の名称は1939-1943年「中山四歳牝馬特別」、1944年「能力検定競走」、1947年以降は「桜花賞」[4]。
- ^ 優駿牝馬の名称は1938-1943年「阪神優駿牝馬」、1946年以降は「優駿牝馬」[5]。
- ^ 1976-1995年はエリザベス女王杯の優勝馬。1996年以降は秋華賞の優勝馬。
- ^ 1944年能力検定競走として施行した長距離特殊競争(現:菊花賞は全馬がコースを間違えたためレース不成立。(1位入線はカイソウ[6]
- ^ a b c d e f g h i 1944年優駿牝馬、1945年クラシック全5競争、1946年皐月賞・東京優駿・桜花賞にあたる競争は太平洋戦争の影響により中止。[7]
- ^ a b 2010年優駿牝馬は同着。[8]
出典[編集]
- ^ a b “皐月賞”. JRA-VAN. 2021年5月13日閲覧。
- ^ a b “日本ダービー(東京優駿)”. JRA-VAN. 2021年5月13日閲覧。
- ^ a b “菊花賞”. JRA-VAN. 2021年5月13日閲覧。
- ^ a b “桜花賞”. JRA-VAN. 2021年5月13日閲覧。
- ^ a b “オークス”. JRA-VAN. 2021年5月13日閲覧。
- ^ 『優駿』1983年6月号、p.61
- ^ “能力検定競走”. JRA. 2021年5月13日閲覧。
- ^ “11R オークス|2010年5月23日(日)3回東京2日|JBISサーチ(JBIS-Search)”. 2021年5月13日閲覧。
各回競走結果の出典[編集]
- 『中央競馬全重賞成績集【GI編】』日本中央競馬会、1996年12月、7-505頁。
- JRA公式ホームページ