和泉屋
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(和泉屋 (印西市)から転送)
和泉屋 | |
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北緯35度49分11.2秒 東経140度12分53.9秒 / 北緯35.819778度 東経140.214972度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 千葉県 |
市町村 | 印西市 |
地区 | 本埜地区 |
標高 | 5 m |
人口 | |
• 合計 | 29人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
270-2323[2] |
市外局番 | 0476[3] |
ナンバープレート | 習志野 |
※座標・標高は二区青年館付近 |
和泉屋(いずみや)は、千葉県印西市の大字。郵便番号270-2323[2]。
地理
[編集]北は笠神、東は立埜原、南は押付、南西は笠神、西は佐野屋に隣接している。
小字
[編集]小字は以下の通り[4]。
- 上の割(かみのわり)
- 中割(なかわり)
- 下割(しもわり)
- 飛地(とびち)
歴史
[編集]江戸期は和泉屋新田であり、下総国印旛郡のうち。笠神埜原新田に属す。寛文年間笠神村御立野原を開発して成立。寛文11年国手形寺請状改綴によれば、入百姓見えない。はじめ幕府領、元禄14年から佐倉藩領、享保8年から再び幕府領。村高は「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに見えず、「旧高旧領」96石余。江戸中・後期は笠神埜原新田10か村組の1つで、天保3年十ヶ村請免状写によれば、畑・屋敷・埜地畑から成り反別15町8反余、年貢は永2貫888文余を納入(吉植家文書)[5]。
年表
[編集]- 1873年(明治6年) - 千葉県に所属。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行し、下曽根新田、下井新田、松木新田、将監新田、中田切新田、長門屋新田、和泉屋新田、佐野屋新田、甚兵衛新田、中根新田、行徳新田、松虫新田、押付新田、萩原新田、安食卜杭新田の大部分、小林新田、酒直卜杭新田が合併し埜原村が発足。埜原村大字和泉屋新田となる。
- 1910年(明治43年) - 和泉屋新田が改称し、埜原村大字和泉屋となる[5]。
- 1913年(大正2年)4月1日 - 本郷村・埜原村が合併し、本埜村が発足。本埜村和泉屋となる。
- 2010年(平成22年)3月23日 - 印旛村・本埜村が印西市に編入。印西市和泉屋となる。
世帯数と人口
[編集]2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
和泉屋 | - | 29人 |
施設
[編集]- 二区青年館
脚注
[編集]- ^ a b “印西市の人口と世帯数”. 印西市 (2017年11月2日). 2017年11月13日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月13日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月13日閲覧。
- ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年、1453頁。ISBN 4-04-001120-1。
- ^ a b 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年、103、104頁。ISBN 4-04-001120-1。
笠神 | ||||
佐野屋 | 立埜原 | |||
和泉屋 | ||||
笠神 | 押付 |