昌子源
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名前 | ||||||
愛称 | げんちゃん、げんくん | |||||
カタカナ | ショウジ ゲン | |||||
ラテン文字 | SHOJI Gen | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1992年12月11日(32歳) | |||||
出身地 | 兵庫県神戸市北区[1] | |||||
身長 | 182cm | |||||
体重 | 76kg | |||||
選手情報 | ||||||
在籍チーム | FC町田ゼルビア | |||||
ポジション | DF(CB) | |||||
背番号 | 3 | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
2008-2010 | 米子北高等学校 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2011-2018 | 鹿島アントラーズ | 160 | (8) | |||
2019-2020 | トゥールーズFC | 19 | (0) | |||
2020-2022 | ガンバ大阪 | 71 | (0) | |||
2023 | 鹿島アントラーズ | 21 | (0) | |||
2024- | FC町田ゼルビア | 33 | (1) | |||
代表歴2 | ||||||
2015-2021 | 日本 | 20 | (1) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月14日現在。 2. 2021年6月15日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
昌子 源(しょうじ げん、1992年12月11日 - )は、兵庫県神戸市北区出身のプロサッカー選手[2]。Jリーグ・FC町田ゼルビア所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)[2]。元日本代表。
来歴
[編集]プロ入り前
[編集]小学生時代にフレスカ神戸でサッカーを本格的に始める[2]。入団当初のポジションはフォワードであった[2]。
中学生になると、ガンバ大阪ジュニアユースに入団してプレーを続ける[2]。当時のチームメイトに宇佐美貴史や大森晃太郎がおり、中学1年時は共に同じピッチに立ってプレーをしていた[2]。中学2年に入る頃に膝を負傷し、満足にプレーできない日々が続いた[3]。中学3年の途中でG大阪のジュニアユースを退団し、しばらくサッカーをしない空白期間があった。
当時JFAのB級ライセンス受講者を対象としたインストラクターを務めていた父へインストラクターのアシスタントとして講習会に参加していた米子北高校サッカー部のコーチの中村真吾が進路が決まっていなかった昌子の練習参加を提案。当初昌子自身は高校でサッカーを続ける意思は無かったが、練習参加がきっかけとなり、米子北高校へ進学し、新たなスタートを切った[4]。しかし、大型フォワードとして期待されて入学したものの、満足に試合に出られない日々が続いていた。
1年の夏に当時JFLのガイナーレ鳥取との練習試合で味方DFが負傷した際に、たまたま監督の真横に座っていたFWの昌子に声がかかった。そしてコートジボワールの世代別代表経験を持つ5歳上のFWコン・ハメドを相手に堂々とプレーしたため、監督の城市からセンターバックへのコンバートを命じられた[3]。昌子は当時の心境について「最初は本当に嫌だった。FWをやらせてくれよとずっと思っていた。でも、監督やコーチからは『絶対にFWはやらせない』と言われて、高校2年にあがる時には、CBを真剣にやらないと試合に出られなくなると思って、取り組むようになった」と述べている[3]。気持ちを切り替えた昌子は次第にレギュラーとして定着し、経験を積む毎にCBとしての才能を開花させていった[5]。
2010年4月、高校3年に上がる頃にはU-19日本代表候補として招集されるまでに成長し、神戸合宿に参加、ヴィッセル神戸との練習試合に出場する[6]。しかし、この試合で目立った活躍を見せられなかった昌子は代表候補から落選した[6]。
鹿島アントラーズ
[編集]挫折を経験して自身の武器であったフィジカルとキックにさらに磨きをかけるようになり、2011年、柴崎岳、梅鉢貴秀、土居聖真らとともに鹿島アントラーズへ入団した[2][7]。2014年のリーグ戦では自身初の全試合出場を果たし、Jリーグ優秀選手賞を獲得した。
2016年、12月3日のチャンピオンシップ決勝・浦和レッズ戦ではセンターバックとして守備陣を支えて優勝に貢献した[8]。開催国代表として挑んだFIFAクラブワールドカップではディフェンスの中心としてプレーし、世界2位に貢献した守備力が評価された[9]。
2017年4月30日のサガン鳥栖戦で茨城県立カシマサッカースタジアムの公式戦通算800点の得点を決めた。
2018年、6月に行われたロシアW杯ではJリーグ組唯一のレギュラーとして活躍し、夏には巨額オファーを受けるも鹿島でACLを優勝する事を目標にオファーを断った[10]。しかし、7月に左足首を負傷し約3カ月の離脱を余儀なくされた[11]。10月にチームに復帰後は、レギュラーとして試合に出場し、11月には鹿島通算20冠目であり、初のタイトルであるAFCチャンピオンズリーグをキャプテンとして優勝。試合後に、監督の大岩剛から「お前を主将にして良かった」という言葉をかけられている[12]。
トゥールーズFC
[編集]2018年12月29日、リーグ・アン所属のトゥールーズFCへ完全移籍すると発表された[13]。移籍金は300万ユーロで、獲得には横浜F・マリノス元監督のエリク・モンバエルツの推薦があったと報じられている[14][15]。2019年1月19日、第21節のニーム・オリンピック戦でスタメンでデビューを果たした[16]。加入からシーズン終了までレギュラーCBとして出場し、チームの残留に貢献した。
しかし、翌シーズンはプレシーズンマッチでハムストリングを負傷、復帰初戦でも右足首負傷で途中交代するなど怪我に悩まされた。さらに昨シーズンから昌子を起用し続けていたアラン・カサノヴァ監督が解任されるなどの影響で、試合には出られない状態が続いた。後にトゥールーズからの移籍を決断した理由の一つに、足首の負傷の件で現地のメディカルスタッフとコミュニケーションの齟齬があった事を挙げている[17][18]。
ガンバ大阪
[編集]2020年2月4日、ガンバ大阪へ完全移籍で加入することが発表された[19]。デイリースポーツによれば移籍金は200万ユーロでガンバ大阪とは5年契約を結んだとされている[20]。加入後は負傷により離脱していたが、8月5日のルヴァンカップGL第2節の大分トリニータ戦でスタメン出場し、移籍後初出場を果たした。8月8日のJ1第9節の横浜FC戦で移籍後リーグ戦初出場を果たした。
その後、チームの低迷の中で、かつてほどの安定感を発揮できず、2022年にはワールドカップイヤーとなったが日本代表には招集されなくなった[21]。新型コロナウイルスによる厳しいチーム事情の中で迎えた、5月21日アウェイ開催のセレッソ大阪との大阪ダービーでは、レアンドロ・ペレイラとピッチ上で内輪もめをし、試合を中断させてしまった。試合は1-3で、シュート本数計2本、後半はシュートを0本に抑えられるなど内容・スコア共に完敗を喫した[22]。試合後にはガンバ大阪サポーターグループのメンバーがスタンドの前方に押し寄せ、選手に対して威嚇行為・侮辱的行為に加えて会場運営そのものを妨害、物が投げつけられ負傷者を出すまでに至った[23]。クラブは違反行為を行った当該サポーターグループに所属するメンバー全員に対して無期限入場禁止を下すなどクラブの管理問題に巻き込まれた[23][24]。
鹿島アントラーズ復帰
[編集]2022年12月8日、古巣の鹿島アントラーズへ完全移籍で復帰することが発表された[25]。5年ぶり復帰した同シーズンは、開幕前の負傷で出遅れ、加えて若手の関川郁万がレギュラーに君臨したために出場機会は限られ、21試合644分の出場時間に留まった。
FC町田ゼルビア
[編集]2023年12月25日、FC町田ゼルビアへ完全移籍することが発表された[26]。
日本代表
[編集]2014年10月1日、日本代表に初選出されたが、発表直後の10月5日のJ1第27節・G大阪戦後に負傷による辞退が発表された[27]。その後、2014年内最後の強化試合メンバー発表となった11月5日に代表復帰。2015年3月31日、JALチャレンジカップのウズベキスタン代表戦で代表デビュー。
2016年3月17日、2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選の代表発表で復帰。2017年12月12日、EAFF E-1フットボールチャンピオンシップ2017の中国代表戦で代表初得点を決めた。
2018年6月12日の国際親善試合パラグアイ代表戦で槙野智章に代わりスタメンに起用され、勝利に貢献すると、そのまま2018 FIFAワールドカップ初戦のコロンビア代表戦でW杯初出場を果たし、アジア勢としてワールドカップ史上初の南米勢に対する勝利に貢献した[28]。レギュラー組唯一のJリーガーとして海外クラブも注目する活躍を見せ、GL突破に貢献するも決勝トーナメント1回戦で敗れた[29]。
プレースタイル
[編集]フィジカルが強く、足もとの技術もしっかりとしたセンターバック[30] で、スピードを生かしたカバーリング、ポジショニングに長けたタイプであったが、試合経験を重ねるごとに一対一の強さ、激しさ、泥臭さといった対人守備が大きく向上し、2015年10月31日のナビスコカップ決勝では相手チームのガンバ大阪FWのパトリックを空中戦でも地上戦でも封じ込めた[31]。
ヘディングも強く、高校時代に当時京都サンガF.C.の秋田豊から[32]、鹿島の練習参加時には岩政大樹から、直接指導を受けた[33]。ロングキックの質も高く[34]、安定したフィード、跳躍力を生かした空中戦の強さ、守備範囲の広さも特長である[35]。
人物
[編集]- 父は姫路獨協大学サッカー部総監督で兵庫県サッカー協会技術委員長の昌子力[1][36] 。
- 実姉は、実業家として活動する昌子楓。
- 好きな言葉は、「いいときはみんなのおかげ」[37]。
- 2016年10月に一般女性と入籍[38]。
- 2019年9月2日、バンディオンセ加古川(現Cento Cuore HARIMA)のスーパーバイザーに就任すると発表された[1] が、ガンバ大阪への移籍を機に退任。
所属クラブ
[編集]- フレスカ神戸U-12
- 2005年 - 2007年 ガンバ大阪ジュニアユース(神戸市立唐櫃中学校)
- 2008年 - 2010年 米子北高等学校
- 2011年 - 2018年 鹿島アントラーズ
- 2019年 - 2020年 トゥールーズFC
- 2020年 - 2022年 ガンバ大阪
- 2023年 鹿島アントラーズ
- 2024年 - FC町田ゼルビア
個人成績
[編集]国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2010 | 米子北高 | 4 | - | - | - | 1 | 0 | 1 | 0 | ||
2011 | 鹿島 | 23 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 2 | 0 |
2012 | 9 | 0 | 5 | 0 | 4 | 1 | 18 | 1 | |||
2013 | 15 | 4 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | ||
2014 | 34 | 2 | 6 | 0 | 0 | 0 | 40 | 2 | |||
2015 | 3 | 29 | 3 | 4 | 0 | 0 | 0 | 33 | 3 | ||
2016 | 31 | 1 | 2 | 1 | 4 | 0 | 37 | 2 | |||
2017 | 34 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | 37 | 2 | |||
2018 | 16 | 1 | 1 | 0 | 2 | 0 | 19 | 1 | |||
フランス | リーグ戦 | F・リーグ杯 | フランス杯 | 期間通算 | |||||||
2018-19 | トゥールーズ | 3 | リーグ・アン | 18 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 20 | 0 |
2019-20 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | |||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2020 | G大阪 | 3 | J1 | 18 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 19 | 0 |
2021 | 28 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 29 | 0 | |||
2022 | 25 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 28 | 0 | |||
2023 | 鹿島 | 21 | 0 | 4 | 0 | 2 | 0 | 27 | 0 | ||
2024 | 町田 | ||||||||||
通算 | 日本 | J1 | 249 | 8 | 26 | 1 | 19 | 2 | 294 | 11 | |
日本 | 他 | - | - | 1 | 0 | 1 | 0 | ||||
フランス | リーグ・アン | 19 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 21 | 0 | ||
総通算 | 268 | 8 | 26 | 1 | 22 | 2 | 316 | 11 |
その他国内公式戦
- 2016年
- Jリーグチャンピオンシップ 3試合0得点
- 2017年
- FUJI XEROX SUPER CUP 1試合0得点
- 2021年
- FUJI XEROX SUPER CUP 0試合0得点
国際大会個人成績 | FIFA | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
AFC | ACL | クラブW杯 | ||||
2011 | 鹿島 | 23 | 0 | 0 | - | |
2015 | 3 | 5 | 0 | - | ||
2016 | - | 4 | 0 | |||
2017 | 8 | 0 | - | |||
2018 | 9 | 0 | 2 | 0 | ||
2021 | G大阪 | 3 | 5 | 0 | - | |
通算 | AFC | 27 | 0 | 6 | 0 |
その他国際公式戦
- 2016年
- スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点
- 出場歴
- 公式戦初出場 - 2011年10月12日 天皇杯2回戦 vs筑波大学(茨城県立カシマサッカースタジアム)
- Jリーグ初出場 - 2012年3月24日 J1第3節 vsサンフレッチェ広島(広島広域公園陸上競技)
- 公式戦初得点 - 2012年9月8日 天皇杯2回戦 vs筑波大学(茨城県立カシマサッカースタジアム)
- Jリーグ初得点 - 2014年3月1日 J1第1節 vsヴァンフォーレ甲府(国立霞ヶ丘競技場陸上競技場)
- リーグ・アン初出場 - 2019年1月20日 第21節 vsニーム・オリンピック(スタッド・デ・コスティエール)
タイトル
[編集]クラブ
[編集]- 米子北高校
- 鳥取県サッカー選手権大会:1回(2010年)
- 鹿島アントラーズ
- Jリーグカップ:3回(2011年、2012年、2015年)
- Jリーグカップ/コパ・スダメリカーナ王者決定戦:2回(2012年、2013年)
- Jリーグ・スカパー!ニューイヤーカップ(宮崎ラウンド):1回(2015年)
- J1・1stステージ:1回(2016年)
- J1リーグ:1回(2016年)
- 天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会:1回(2016年)
- FUJI XEROX SUPER CUP:1回(2017年)
- AFCチャンピオンズリーグ:1回(2018年)
個人
[編集]- Jリーグベストイレブン:2回(2016年、2017年)
- Jリーグ優秀選手賞:4回(2014年、2016年、2017年、2024年)
- J1リーグMYアウォーズ ベストイレブン:1回(2016年)
代表歴
[編集]- 国際Aマッチ初出場 - 2015年3月31日 JALチャレンジカップ 2015 vsウズベキスタン代表(東京スタジアム)
- 国際Aマッチ初得点 - 2017年12月12日 EAFF E-1フットボールチャンピオンシップ2017 vs中国代表(味の素スタジアム)
出場大会
[編集]- U-16日本代表
- U-19日本代表候補
- U-22日本代表候補
- 日本代表
- 2015年 - AFCアジアカップ2015
- 2016年 - 2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
- 2016年 - キリンカップサッカー2016
- 2017年 - 2018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
- 2017年 - EAFF E-1フットボールチャンピオンシップ2017
- 2018年 - 2018 FIFAワールドカップ
- 2021年 - 2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
- 2021年 - 2022 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
試合数
[編集]- 国際Aマッチ 20試合 1得点(2015年 - 2021年)
日本代表 | 国際Aマッチ | |
---|---|---|
年 | 出場 | 得点 |
2015 | 1 | 0 |
2016 | 1 | 0 |
2017 | 8 | 1 |
2018 | 5 | 0 |
2019 | 3 | 0 |
2021 | 2 | 0 |
通算 | 20 | 1 |
出場
[編集]No. | 開催日 | 開催都市 | スタジアム | 対戦国 | 結果 | 監督 | 大会 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1. | 2015年3月31日 | 調布 | 味の素スタジアム | ウズベキスタン | ○5-1 | ヴァイッド・ハリルホジッチ | JALチャレンジカップ2015 |
2. | 2016年6月3日 | 豊田 | 豊田スタジアム | ブルガリア | ○7-2 | キリンカップサッカー2016 | |
3. | 2017年6月7日 | 調布 | 味の素スタジアム | シリア | △1-1 | キリンチャレンジカップ2017 | |
4. | 2017年6月13日 | テヘラン | PASスタジアム | イラク | △1-1 | 2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選 | |
5. | 2017年8月31日 | さいたま | 埼玉スタジアム2002 | オーストラリア | ○2-0 | ||
6. | 2017年9月5日 | ブライダ | キング・アブドゥッラー・スポーツ・シティ | サウジアラビア | ●0-1 | ||
7. | 2017年10月10日 | 横浜 | 日産スタジアム | ハイチ | △3-3 | キリンチャレンジカップ2017 | |
8. | 2017年12月9日 | 調布 | 味の素スタジアム | 朝鮮民主主義人民共和国 | ○1-0 | EAFF E-1サッカー選手権2017 | |
9. | 2017年12月12日 | 中国 | ○2-1 | ||||
10. | 2017年12月16日 | 韓国 | ●1-4 | ||||
11. | 2018年3月23日 | リエージュ | スタッド・モーリス・デュフラン | マリ | △1-1 | 国際親善試合 | |
12. | 2018年6月12日 | インスブルック | ティヴォリ・シュターディオン | パラグアイ | ○4-2 | 西野朗 | |
13. | 2018年6月19日 | サランスク | モルドヴィア・アリーナ | コロンビア | ○2-1 | 2018 FIFAワールドカップ | |
14. | 2018年6月24日 | エカテリンブルク | エカテリンブルクアリーナ | セネガル | △2-2 | ||
15. | 2018年7月2日 | ロストフ | ロストフ・アリーナ | ベルギー | ●2-3 | ||
16. | 2019年3月22日 | 横浜 | 日産スタジアム | コロンビア | ●0-1 | 森保一 | キリンチャレンジカップ2019 |
17. | 2019年6月5日 | 豊田 | 豊田スタジアム | トリニダード・トバゴ | △0-0 | ||
18. | 2019年6月9日 | 利府 | ひとめぼれスタジアム宮城 | エルサルバドル | ○2-0 | ||
19. | 2021年6月7日 | 吹田 | パナソニックスタジアム吹田 | タジキスタン | ○4-1 | 2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選兼 AFCアジアカップ2023予選 | |
20. | 2021年6月15日 | キルギス | ○5-1 |
ゴール
[編集]# | 開催年月日 | 開催地 | スタジアム | 対戦国 | 勝敗 | 試合概要 |
---|---|---|---|---|---|---|
1. | 2017年12月12日 | 調布 | 味の素スタジアム | 中国 | ○2-1 | EAFF E-1サッカー選手権2017 |
脚注
[編集]- ^ a b c “バンディオンセ加古川 日本代表DF昌子の経営参加を正式発表”. 神戸新聞. (2019年9月2日) 2019年9月5日閲覧。
- ^ a b c d e f g 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.132
- ^ a b c 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.133
- ^ 『CHANT』 【鹿島アントラーズ】 サッカー選手を支える人々 第3回~昌子源選手の父 昌子力さん 前編~
- ^ 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.134
- ^ a b 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.136
- ^ 安藤隆人『プラチナ世代のW杯』p.139
- ^ 小笠原の表情見て闘志 昌子90分間最終ライン統率 スポニチアネックス(2016年12月4日)2016年12月4日閲覧。
- ^ 世界2位の鹿島CB・昌子源がDF陣で最高位…“目に見えづらい働き”を“可視化”した守備力に高評価/Goal25 Goal(2016年12月9日)2017年1月3日
- ^ 鹿島昌子、巨額オファー断り“オレ専用”師匠と抱擁 日刊スポーツ 2018年11月12日
- ^ 鹿島昌子3カ月ぶりベンチ入り「声出していく」 日刊スポーツ 2018年10月14日
- ^ 高額オファー断ってACL制覇 鹿島・昌子が語る舞台裏 朝日新聞 2018年11月11日
- ^ 『昌子選手のトゥールーズFC移籍合意』(プレスリリース)鹿島アントラーズ、2018年12月29日 。2019年9月5日閲覧。
- ^ “昌子仏移籍に元横浜モンバエルツ監督の助言あった”. 日刊スポーツ (2019年1月19日). 2019年1月21日閲覧。
- ^ “Mercato : La presse japonaise dévoile le prix du transfert de Gen Shoji” (フランス語). LesViolets (2020年2月4日). 2020年2月5日閲覧。
- ^ トゥールーズ昌子源がデビュー戦で完封白星! 指揮官から紙で指示、口論仲裁も ゲキサカ(2019年1月20日)
- ^ Vol.2 Jリーグ復帰の決断① REIBOLA 2020年5月15日
- ^ Vol.3 Jリーグ復帰の決断② REIBOLA 2020年5月20日
- ^ 『昌子 源選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ』(プレスリリース)ガンバ大阪、2020年2月3日 。2020年2月3日閲覧。
- ^ “DF昌子源 G大阪と5年契約「2位以下は一緒、優勝あるのみ」加入会見で決意語る”. デイリースポーツ (2020年2月6日). 2020年2月6日閲覧。
- ^ “日本代表、2022年にピークを迎えていなければならなかった10名”. 2022年5月5日閲覧。
- ^ “明治安田生命J1リーグ 第14節”. 2022年5月25日閲覧。
- ^ a b “G大阪、違反行為のサポーターとサポーターグループへ処分決定&通告を発表 危険行為、威嚇行為、侮辱的行為で無期限入場禁止”. 2022年5月25日閲覧。
- ^ “G大阪 一部サポーター無期限入場禁止“重大な観戦ルール違反””. 2022年5月25日閲覧。
- ^ 『昌子 源選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)鹿島アントラーズ、2022年12月8日 。2022年12月8日閲覧。
- ^ “昌子 源選手 FC町田ゼルビアへ完全移籍のお知らせ | 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト”. 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト | KASHIMA ANTLERS. 2023年12月25日閲覧。
- ^ 昌子選手 日本代表辞退のお知らせ (2014年10月5日 閲覧)
- ^ 昌子源がW杯初戦で貫いた信念。誰よりも「何が何でも守りきる」 Number 2018年6月21日
- ^ 昌子株高騰!欧州クラブが熱視線、W杯後に海外移籍も サンスポ 2018年7月3日
- ^ 昌子源選手の2011年加入内定について 鹿島アントラーズオフィシャルサイト
- ^ 鹿島の次世代担う昌子源。“常勝軍団”復活へ、若きDFリーダーが背負う使命感と覚悟 BIGLOBEニュース
- ^ 鹿島アントラーズが名DFを輩出し続ける理由—秋田豊×中田浩二×昌子源 ログミー
- ^ [Y☆voice_36]米子北DF昌子源「ヘディングは誰にも負けたくない、自信がある」 ゲキサカ
- ^ W杯のラストチャンスを得た23名の日本代表メンバーにみるザックの狙い サッカーキング
- ^ 昌子源|日本代表|2015AFCアジアカップ(オーストラリア) コリサカ
- ^ [若きサムライ インタビュー#1 ]DF昌子源「1対1では誰にも負けない」
- ^ Jリーグ鹿島アントラーズ昌子源さんに聞く10のこと
- ^ “鹿島DF昌子が一般女性との入籍を発表! 「より一層サッカーに集中し精進していきます」”. Football ZONE WEB (2017年1月5日). 2019年1月21日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 昌子源 (@gen.shoji) - Instagram
- 昌子源 - National-Football-Teams.com
- 昌子源 - Soccerway.com
- 昌子源 - Soccerbase.comによる選手データ
- 昌子源 - FootballDatabase.eu
- 昌子源 - WorldFootball.net
- 昌子源 - Transfermarkt.comによる選手データ
- 昌子源 - FIFA主催大会成績
- 昌子源 - J.League Data Siteによる選手データ
- 昌子源 - Ligue de Football Professionnel
- 昌子源 - レキップ