松岡功
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(松岡功 (実業家)から転送)
まつおか いさお 松岡 功 | |
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生誕 |
1934年12月18日(89歳) 日本・兵庫県芦屋市 |
出身校 | 甲南大学経済学部 |
職業 | 実業家 |
配偶者 | 千波静 |
子供 | 松岡宏泰(長男)、松岡修造(次男) |
親 | 松岡辰郎 |
栄誉 | 全国興行生活衛生同業組合連合会 特別功労大章(2015年)[1] |
松岡 功(まつおか いさお、1934年(昭和9年)12月18日 - )は、日本の実業家・テニスプレーヤー。東宝名誉会長(元代表取締役会長)、日本アカデミー賞協会名誉会長、川喜多記念映画文化財団理事。兵庫県芦屋市出身。
略歴
[編集]- 甲南幼稚園、甲南小学校、甲南中学校・高等学校卒業
- 1957年 - 甲南大学経済学部卒業後、東宝入社
- 1960年 - 東宝外国部アメリカ課
- 1965年 - 東宝外国部ローマ課
- 1967年 - 東宝東和に出向
- 1970年 - 東宝取締役
- 1973年 - 東宝常務取締役、営業本部長
- 1974年8月22日 - 東宝副社長
- 1976年5月25日 - 東宝代表取締役副社長
- 1977年5月25日 - 東宝代表取締役社長
- 1985年 - 阪急電鉄取締役
- 1988年 - フジテレビジョン(現:フジ・メディア・ホールディングス)非常勤取締役
- 1995年 - 東宝代表取締役会長
- 2005年 - 阪急ホールディングス取締役
- 2006年 - 阪急阪神ホールディングス取締役
- 2009年 - 東宝名誉会長
人物
[編集]大学4年の時、1956年のテニス・デビスカップ日本代表となるが、東宝のためにテニスを断ち切った。次男の修造は、父がテニス選手だったことを長い間知らなかった[2]。
家族・親族
[編集]- 小林一三(父方祖父)- 阪急東宝グループ創業者
- 松岡潤吉(母方祖父)- 松岡汽船創業者
- 小林米三(叔父)- 京阪神急行電鉄社長、関西テレビ放送初代社長、宝塚歌劇団理事長
- 松岡辰郎(父)- 松岡汽船代表取締役社長、東宝代表取締役社長
- 松岡通夫(兄)- 松岡汽船代表取締役社長
- 小林喜美(姉)- 叔父・小林米三の養女、阪急電鉄相談役・小林公平の妻、阪急阪神HD取締役・小林公一の母
- 千波静(妻)- 元宝塚歌劇団雪組男役
- 松岡宏泰(長男)- 東宝東和取締役会長、東宝代表取締役社長 社長執行役員
- 松岡修造(次男)- タレント、元プロテニスプレーヤー
- 辻芳樹(長女の夫)- 辻調理師専門学校校長
- 田口惠美子(次男の妻)- 本名:松岡惠美子。元テレビ東京アナウンサー
- 辻雄康(孫)- 長女の息子。ラグビー選手
- 稀惺かずと(孫)- 次男・修造の娘。宝塚歌劇団星組男役
連載
[編集]演じた俳優
[編集]脚注
[編集]- ^ “第60回「映画の日」中央大会開催、金賞は「妖怪ウォッチ」「ベイマックス」”. 映画.com (2015年12月2日). 2015年12月2日閲覧。
- ^ 山口奈緒美 (2021年11月16日). ““父は東宝会長、母は宝塚スター”松岡修造54歳に 熱すぎる男が現役時代にこぼした弱音「このまま死んでしまいたい」”. Number Web. 2024年7月29日閲覧。
出典・参考文献
[編集]- 田中文雄『神を放った男 映画製作者田中友幸とその時代』キネマ旬報社、1993年。ISBN 4-87376-070-4。