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「阪急宝塚本線」の版間の差分

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2020年3月23日 (月) 10:36時点における版

阪急電鉄 宝塚本線
9000系による急行・梅田行き(石橋駅 - 池田駅間)
9000系による急行・梅田行き(石橋駅 - 池田駅間)
基本情報
日本の旗 日本
所在地 大阪府兵庫県
起点 大阪梅田駅
終点 宝塚駅
駅数 19駅
路線記号 HK HK
開業 1910年3月10日
所有者 阪急電鉄
運営者 阪急電鉄
車両基地 平井車庫
使用車両 使用車両の節を参照
路線諸元
路線距離 24.5 km
軌間 1,435 mm標準軌
線路数 複々線(大阪梅田 - 十三間)
複線(十三 - 宝塚間)
電化方式 直流1,500 V 架空電車線方式
閉塞方式 自動閉塞式
保安装置 阪急型ATS(AF軌道回路方式)
最高速度 100 km/h[1]
路線図
テンプレートを表示

宝塚本線(たからづかほんせん)は、大阪府大阪市北区大阪梅田駅から兵庫県宝塚市宝塚駅までを結ぶ阪急電鉄鉄道路線。宝塚本線自体を指して、またはその支線である箕面線を含めて通称宝塚線と呼ばれる。ラインカラーは箕面の紅葉からオレンジ()。

概要

神戸本線および京都本線と並ぶ、阪急電鉄の基幹路線の一つであり、支線である箕面線とともに現在の阪急電鉄の開業以来の路線でもある。神戸本線およびその支線と合わせて神宝線と総称されることもある。大阪随一の繁華街・梅田キタ)と阪神間を代表する住宅都市で、かつ宝塚歌劇団の本拠地である宝塚とを結ぶ路線であり、全区間にわたり西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線(JR宝塚線)の東側ないし北側を通るほか、国道176号能勢街道)も全区間ほぼ同じルートを通っている。

路線データ

  • 路線距離(営業キロ):24.5km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:19駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:
    • 複々線:大阪梅田駅 - 十三駅間(東側複線は京都本線の列車が使用)
    • 複線:十三駅 - 宝塚駅間
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:100km/h[1]
  • 車両基地平井車庫

路線概況

停車場・施設・接続路線
tSTRq
北新地駅 JR西 JR東西線
大阪梅田駅 阪神 本線
0.3 梅田駅 (1) -1971
xKRZu xKRZu
1 - 4の路線は下記参照
xKRZu xKRZu
大阪駅 梅田駅
0.0 HK-01 大阪梅田駅 (2) 1971-
STR STR STR
exSTR
東梅田駅西梅田駅
STR STR STR tSTR exDST
梅田信号場
emKRZo emKRZo emKRZo
exSTR
阪神北大阪線
KRZt KRZt
exSTR3
JR西:梅田貨物線
eKRZo eKRZo eKRZo
exSTRc4
JR西: 梅田貨物線(旧線)
STR
0.9 HK-02 中津駅
STR
uexSTRl
1.3 新淀川駅 -1926
hKRZWae hKRZWae hKRZWae
淀川
STR~L STR~LR
STR~R
STR~L STR~LR
STR~R
KRWg+l KRWgr STR
XBHF-L XBHF-M XBHF-R
2.4 HK-03 十三駅
STRr STR2
京都本線 神戸本線
STRq+c1 KRZq+4u
JR西: 北方貨物線
KRZu
JR西: 山陽新幹線 山陽新幹線
exKRW+l eKRWgr
旧線 -2000
exBHF BHF
4.4 HK-41 三国駅
exhKRZWae hKRZWae
神崎川
exKRWl eKRWg+r
BHF
6.0 HK-42 庄内駅
SKRZ-Au
名神高速道路
BHF
7.5 HK-43 服部天神駅
BHF
8.7 HK-44 曽根駅
PSLe
BHF
9.5 HK-45 岡町駅
STR ENDEa
KRWg+l KRWr
BHF
10.5 HK-46 豊中駅
PSLe
STR STR+l
大阪モノレール線
11.9 HK-47 蛍池駅
KRZu STRr
SKRZ-Au
中国自動車道
KRW+l KRWgr
13.5 HK-48 石橋阪大前駅
STRr STR
箕面線
BHF
15.9 HK-49 池田駅
exSTRc2 ABZg2x3 STRc3
exKDST1
池田車庫 -1971
hKRZWae+GRZq GRZq
猪名川大阪府兵庫県
SKRZ-Au
阪神高速11号池田線
STR STR+l
JR西: 福知山線 JR宝塚線)
ABZq+r ABZg+r STR
能勢電鉄 妙見線
STR
17.2 HK-50 川西能勢口駅
exSTRl eKRZo
STR
川西国鉄前駅 -1981
STR HUBlf
川西池田駅
STRc2 STR3
17.8 花屋敷駅 -1962
exOBUS STR STR+1 STRc4
日本無軌道電車
BHF STR
18.2 HK-51 雲雀丘花屋敷駅
eBHF STR
18.3 雲雀丘駅 -1961
ABZgl KRZu KDSTeq
平井車庫
eBHF STR
19.4 平井駅 -1944
BHF STR
19.7 HK-52 山本駅 (2) 1944-
eBHF STR
20.2 山本駅 (1) -1944
STR HST
中山寺駅
BHF STR
21.5 HK-53 中山観音駅
BHF STR
22.4 HK-54 売布神社駅
SKRZ-Au SKRZ-Au
中国自動車道
BHF STR
23.3 HK-55 清荒神駅
STR+l KRZo STRr
JR西: 福知山線 JR宝塚線)
STR ABZg+l STRq
今津線
24.5 HK-56 宝塚駅

大阪梅田駅付近の路線

沿線は市街地や住宅地が続いており、北摂豊能地域・阪神北地域)から大阪への通勤・通学路線となっている。三国駅付近、曽根駅 - 豊中駅間、石橋阪大前駅 - 川西能勢口駅間、宝塚駅付近は高架化されている。

運行形態

大阪梅田駅 - 宝塚駅間には普通のほか、ほぼ終日にわたって急行が運転されている。このほか、平日朝には通勤特急準急、そして朝夕には大阪梅田駅 - 能勢電鉄日生中央駅間を直通運転している特急「日生エクスプレス」が運転されている。また、お盆・年末で土曜・休日ダイヤにて運転する平日の朝ラッシュ時は上りのみ川西能勢口発大阪梅田行き普通を増発するなど、柔軟なダイヤ編成を行っている。

ダイヤ面では、戦後の昭和20年代から長い間、昼間15分間隔(梅田駅〈現在の大阪梅田駅〉 - 宝塚駅間の急行、梅田駅 - 宝塚駅間の普通、梅田駅 - 池田駅間の普通が各1本ずつ)のダイヤが続いた(当時は車庫が池田駅にあった)。平井車庫を建設し池田駅から車庫を移転したうえで、池田駅高架化工事中には当駅の折り返し線が使えなかったため、池田駅発着の普通を暫定的に雲雀丘花屋敷駅まで延長するなどの変化はあったが、基本的には30年以上にわたって、昼間はほぼ同じパターンのダイヤで運転されてきた。これは、並行する日本国有鉄道(国鉄。当時)福知山線が、都市近郊輸送をほとんど考慮しないダイヤであり、神戸本線や京都本線のような競争に晒されることがなかったことも一因とされる。

しかし、福知山線が1981年(昭和56年)に尼崎駅 - 宝塚駅間で電化され電車の運行を開始し、さらに1986年(昭和61年)11月1日より全線で電化が完成して昼間20分間隔で電車が走り出すと、宝塚本線も国鉄との競争に直面するようになった。このため1986年(昭和61年)12月には白紙ダイヤ改正が実施され、昼間10分間隔運転(梅田駅 - 宝塚駅間の急行、梅田駅 - 雲雀丘花屋敷駅間の普通と梅田駅 - 池田駅間の普通を交互に運転)として急行を大増発するとともに豊中駅に新規停車させるなど、福知山線を意識したダイヤとなった。

その後は現在に至るまで、並行する福知山線(1988年に「JR宝塚線」の愛称が付く)を強く意識したダイヤを構築している。昼間の速達列車の10分間隔運転というスタイルは1986年(昭和61年)以来、基本的に変わりはないが、近年は輸送形態や社会情勢の変化などにより、後述の通り、速達系列車の内容を変更する改正を頻繁に行うようになっている。2015年(平成27年)以降は、ラッシュ時間帯の減車・減便(特に宝塚駅 - 川西能勢口駅間や箕面線への直通列車)も行われるようになった。

他路線との接続は、石橋阪大前駅では箕面線、川西能勢口駅では能勢電鉄との接続を考慮したダイヤが組まれているが、宝塚駅での今津線との接続は重視されていない(今津線が、神戸本線との接続を優先させているため)。昼間時間帯では、今津線から宝塚本線側に乗り換える場合、今津線の列車が宝塚駅に到着する数分前に宝塚本線の急行が出発してしまうダイヤとなっている(対して、宝塚本線から今津線へは数分での接続となる)。この傾向は長く続いており、特に昼間の特急が設定されていた2000年6月 - 2003年8月は、今津線から乗り換える場合、接続パターンが特急・普通の交互(急行は前述の通り今津線到着前に出発してしまう)となり、川西能勢口駅以東へ急ぐ場合は利用できる列車が実質20分毎という状態になっていた。

日中1時間あたりの運転本数
種別\駅名 大阪梅田 雲雀丘花屋敷 宝塚
急行 6本
普通 6本  

列車種別

以下に種別ごとの詳細を示す。現行の停車駅は「駅一覧」を参照。

特急「日生エクスプレス」

宝塚本線最速達種別で、通常は平日ダイヤのみに設定されている。朝ラッシュ時に日生中央発大阪梅田行きが、夕ラッシュ時に大阪梅田発日生中央行きが、それぞれ7本ずつ運行される。朝ラッシュ時は約16 - 17分間隔、夕方ラッシュ時は20分間隔の運転である。なお、2009年春以降は、春・秋の行楽期の特定の土曜・日曜・祝日にも臨時列車として運転されていた(基本は午前の日生中央発梅田行き2本のみ)が、2015年秋以降はなくなった。阪急線内での停車駅は、十三駅・石橋阪大前駅・池田駅・川西能勢口駅である。

車両は1000系1001F・1003F・1004F・1006F・1009F・1012F・1013F・1015F、8000系8004F・8005F・8006F・8007Fと6000系6005F・6011F・能勢電鉄6000系6002F8連の限定運用であるが、現在は6005Fと6011Fについては異常時以外は日生エクスプレスの運用に充当しておらず、8004F・8005Fについても基本的には日生エクスプレスの運用には充当していない。

1997年11月改正で運転を開始した[2]。開始当初は平日3往復のみであった[2]が、2003年8月改正から平日7往復になった。またこの改正より、池田駅が停車駅に加わっている。2015年3月改正で川西能勢口発の通勤特急(10両編成)が新設されたため、運行開始以来実施されていた川西能勢口駅での増結作業(8両 → 10両)は廃止され、能勢電鉄内停車駅からの所要時間が短縮された[3]

通勤特急

2015年3月21日のダイヤ改正で復活した種別。この改正以前の通勤急行から事実上の種別変更で、平日朝ラッシュ時に川西能勢口発大阪梅田行きのみ6本(15 - 17分間隔)運転している。停車駅は、池田駅・石橋阪大前駅・豊中駅・十三駅である。宝塚本線では唯一の10両編成で、最後部(宝塚方)の車両には宝塚本線では初めて、かつ唯一の女性専用車両を設定している[3]

充当される車両は2015年のダイヤ改正当初は梅田寄りに2両編成の8000系または7000系の増結車(7032F, 8034F, 8042F)を連結した6000系8両編成(6007F, 6008F, 6013F, 6015F)と、7000系8両編成(7011F, 7015F, 7018F、および8030F+7024F+7026Fで構成された8連も含む)を宝塚寄りとして2両編成を増結した10両編成で運転される。8000系または7000系の両編成と6000系を組み合わせた編成は、6000系側に女性専用車両のステッカーが貼り付けられ、一定期間、通勤特急専従編成となる(6000系は時折、通勤特急に使われない車両は女性専用車両のステッカーを撤去したうえで8両編成の運用に入る)。7000系は2両編成(7031, 7033編成)を8両編成の宝塚寄りに増結するため、女性専用車両は2両編成側に設定される。したがって7000系は日ごとに異なる編成、異なる組み合わせが使用される。運転ダイヤも1,2,5本目は8000系または7000系を連結した6000系(5本目は1本目と同一編成)、3,4本目は7000系で固定されていた。しかし2018年のダイヤ改正以降は宝塚寄りに増結車を連結した運用が無くなり、全運用が梅田寄りに2両編成の8000系(8030F, 8034F)または7000系(7032F, 7033F)の増結車を連結した6000系(6006F, 6007F, 6013F, 6015F)8両編成での運行となった。他にも2両編成側に8000系(8040F, 8041F)が、8両編成側に6000系(6011F)または7000系(7018F)があり、これらの編成は検査入場した際などに一時的に使用される。[要出典]

なお、2000年6月から2003年8月までにも通勤特急が設定されていた。この初代の通勤特急は宝塚発梅田行きが片道2本のみ運転されていて、途中の停車駅は雲雀丘花屋敷駅・川西能勢口駅・池田駅・石橋駅(現在の石橋阪大前駅)・十三駅であった。

急行

終日運行されている。基本的に大阪梅田駅 - 宝塚駅間で運転されるが、下りは平日夕方から夜間にかけてのラッシュ時と最終24時発で大阪梅田発雲雀丘花屋敷行きが設定されている[注釈 1]。停車駅は、十三駅と豊中駅から宝塚駅の各駅である。

宝塚本線の優等列車としては最も古く、1932年10月に登場した。かつては十三駅 - 石橋駅(現在の石橋阪大前駅)間無停車で豊中駅と蛍池駅は通過していた(石橋駅 - 宝塚駅間は各駅停車)。1986年12月改正で豊中駅に平日ラッシュ時の一部をのぞいて停車するようになり、1997年11月改正で豊中駅に全列車が、2003年8月改正で蛍池駅に停車するようになった。日中は一時期特急または快速急行に置き換えられていたこともあったが、2006年10月改正から昼間の運転が復活している。

宝塚本線の急行で大阪梅田駅 - 宝塚駅間を利用する場合、実際には大阪梅田駅から神戸本線の特急に乗車し、西宮北口駅今津線に乗り換える経路よりも多少時間がかかるため、今津線経由で行く場合の方が宝塚駅に先着できる。ただし、後述の宝塚発今津線経由大阪梅田行きの準急をのぞいて、西宮北口駅での乗り換えが伴うため、上り下りを含めた移動が強いられる。接続時間も含めると日中の場合の所要時間差は大阪梅田駅 → 宝塚駅が1分差(宝塚本線経由33分、神戸本線・今津線経由32分)、宝塚駅 → 大阪梅田駅が2分差(宝塚本線経由34分、今津線・神戸本線経由32分)と大差はなくなる。また、大阪梅田駅から宝塚駅に向かう場合、最終は今津線経由の方が遅い(宝塚駅から大阪梅田駅へは、平日のみ今津線経由の方が僅かだが遅い)[注釈 2]

準急

平日の朝ラッシュ時に宝塚発大阪梅田行きのみ運転している。全列車が大阪梅田まで先着する。途中停車駅は曽根駅までの各駅と十三駅、中津駅である。

かつては現在の急行の停車駅と三国駅に停車し、箕面線直通列車を基本に、一部列車が梅田駅(現在の大阪梅田駅) - 雲雀丘花屋敷駅間で運転されていた。1997年11月改正時に通勤準急の運行開始と代わる形で一旦運行が休止された[2]が、2000年6月改正で復活した。この改正では宝塚発も運転されるようになり、三国駅は通過となった(現在の急行の停車駅と同じ。当時の急行とは蛍池駅に停車するか否かの違いのみであった)。2003年8月改正で箕面線直通列車が通勤準急に変更され、準急が岡町駅・曽根駅・中津駅に停車するようになったが、2015年3月改正で通勤準急を統合したことに伴い、箕面線直通と雲雀丘花屋敷行きが復活した[3]。しかし、2018年7月改正でこれらの列車が再び廃止され宝塚発梅田行きのみの運行体制になった。

なお、宝塚本線が混雑し全般的に利用が集中する平日朝ラッシュ時上りに限り、宝塚駅から今津線・神戸本線経由で大阪梅田行きの準急が別途運行されている(詳細は今津線神戸本線を参照)。門戸厄神駅以北は各駅停車のために大阪梅田駅 - 宝塚駅間の速達性は考慮されていないが、西宮北口駅には停車せず、宝塚本線の急行より数分所要時間が短い。

1980年代初頭までは、春・秋の行楽期の日曜・祝日には箕面線直通の臨時準急が運転されていた。正面には、春は桜、秋はもみじのイラストのプレートが掲げられていた。梅田駅の発車時刻は毎時07分、22分、37分、52分(臨時特急と同様)。

普通

各駅に停車する種別で、日中を中心に大阪梅田駅 - 雲雀丘花屋敷駅間で終日運転される。大阪梅田駅発を基準に平日9時台から22時台にかけてと土曜・休日7時台から18時台にかけては1時間6本を基本に運転されている。なお、平日のラッシュ時以外は、上り・下りともに後続の急行よりも終点まで先着する。前述の通り、急行が豊中駅 - 宝塚駅間で各駅に停車するため雲雀丘花屋敷駅 - 宝塚駅間での運転は基本的にないが、急行の運転がない早朝・深夜に限り、大阪梅田駅 - 宝塚駅間(深夜は大阪梅田行きのみ)全線通しで運転されている。このほか、平日朝ラッシュには箕面発大阪梅田行きの列車が2本あり、また朝・夕ラッシュ時には大阪梅田駅 - 池田駅・豊中駅・川西能勢口駅間の各区間運転の列車が、深夜には宝塚発川西能勢口・池田行きも設定されている。

かつては、定期ダイヤでは曽根駅 - 梅田駅(現在の大阪梅田駅)間の区間列車があった。

過去の列車種別

本節において梅田駅、石橋駅はそれぞれ現在の大阪梅田駅、石橋阪大前駅である。

特急・通勤特急(初代)

特急の設定まで

福知山線が国鉄であった時代は、宝塚本線には定期運転の特急は設定されてこなかった。国鉄時代の福知山線は本数・運賃・車両の面で阪急に劣っていたことと、電化区間が限られていたため、同じ梅田駅(大阪駅) - 宝塚駅間を結んではいながら競合が成立するライバルとは言えず、同区間の輸送は阪急の独り勝ち状態が続いており(「福知山線の歴史」も参照)、定期運転の特急を敢えて設定する必要は無かったからである。1980年代半ばまでの宝塚本線は、日中は梅田駅 - 宝塚駅間の急行と普通、梅田駅 - 池田駅間(後に雲雀丘花屋敷駅まで延長)の普通がそれぞれ15分間隔で運転されていた程度であった。

しかし、1986年に福知山線が全線電化とともに本数が増発され、利便性が大幅に向上したことから、阪急側もこれに対抗するため1986年12月のダイヤ改正から日中の急行を10分間隔に変更、増発して対処した。福知山線はJRとなって以降、さらなる増発と快速列車の運転開始、新型車両の投入、JR東西線の開業で同線と学研都市線への直通、および一部普通列車のJR京都線への直通化などで快適性や利便性が向上したため、状況が大きく変わり、さらには昼間特割きっぷ(2018年9月30日発売終了)の設定、また阪急側の運賃値上げによる運賃格差の収斂もあり、阪急側は劣勢に立たされ続けた。このため、阪急はさらなる抜本的な対策を取る必要が生じた。

特急の設定へ

1995年に初めて梅田駅 - 宝塚駅間で、平日のラッシュ時間帯のみであるが定期運転の特急が設定された(当時の途中停車駅:十三・石橋・川西能勢口。朝の列車のみ全区間で10両編成で運転[注釈 3]。朝は梅田ゆき、夕方は宝塚ゆきを2本ずつ運転)。

その後、1997年のダイヤ改正で雲雀丘花屋敷駅を停車駅に追加した一方、夕方の宝塚ゆきは廃止された。2000年のダイヤ改正で停車駅を十三駅・豊中駅・石橋駅・池田駅・川西能勢口駅・山本駅として運転時間帯を昼間に変更して増発[注釈 4]し、梅田駅 - 宝塚駅間を下り最速で29分50秒(表定速度49.3km/h。上り最速30分30秒、表定速度48.2km/h)で結んだ。運転日も、これまでの平日ダイヤのみから、正月ダイヤ適用日を除いた土曜・休日にも拡大された。平日朝ラッシュ時に設定されていた従来からの特急は、池田駅を停車駅に加えた上で通勤特急に変更された(梅田ゆきのみ設定)。通勤特急は、全区間10両編成での運転を維持した。

快速急行への格下げ、そして休止へ

しかし、特急を設定したにもかかわらず、線形の悪さによる影響や当時の最高速度が90km/hであったこと、設定がラッシュ時間帯であったことから、大したスピードアップを図ることはできなかった。当時JRの普通列車が大阪駅 - 宝塚駅間を29分で結んでいたのに対し、阪急は停車駅を3駅にまで絞っても梅田駅 - 宝塚駅間の所要時間は30分を切ることができず、所要時間の面で後塵を拝する状態が続いていた。特急の運転時間帯を昼間に移した2000年6月のダイヤ改正では、高架工事の完成、最高速度の100km/hへの向上、優等列車優先のダイヤ構成(昼間の、庄内駅・雲雀丘花屋敷駅での普通列車の追い抜きを復活)により、下りでは梅田駅 - 宝塚駅間の29分運転にこぎ着けたが、川西能勢口駅以西ではダイヤが20分サイクルとなり、列車間隔の不均等化が課題となった。他方で、大阪モノレールとの接続による大阪国際空港(伊丹空港)へのアクセス改善の必要性、各駅停車との緩急接続のため、2003年8月のダイヤ改正で特急を休止し、蛍池駅と雲雀丘花屋敷駅を停車駅に加えた快速急行に格下げされた(以後、日生エクスプレスを除いて、特急は運転されていない。なお、通勤特急は2015年に復活した)。特急の運行休止と併せて日中の急行も快速急行に格上げ・統合されたため、この時点で梅田駅 - 宝塚駅間の快速急行と普通の運転で、同区間の日中は毎時12本と、福知山線を凌ぐ本数となった。同改正では、通勤特急が日生エクスプレスの増発に伴い廃止、正月特別ダイヤの臨時特急(初詣特急)も廃止された。これに伴い、雲雀丘花屋敷駅 - 宝塚駅間では10両編成の列車が消滅、川西能勢口駅 - 宝塚駅間から「特急」の名が付く列車が消滅した[注釈 5]

だが、その快速急行も豊中駅 - 山本駅が各駅停車であり速達効果も薄かったことから、快速急行も2006年10月のダイヤ改正で運行休止となった。結果的に、ほぼ1995年以前の運転体系に戻ったが、当時とは異なり、急行は全列車が豊中駅と蛍池駅に停車している。

通勤特急の復活

2015年3月21日のダイヤ改正で平日朝ラッシュ時間帯に川西能勢口発梅田行きの通勤特急を新設し、最後部(宝塚方)の車両に女性専用車両を設定すると発表された[3]

臨時特急

2003年まで、正月三が日(暦の関係で1月4日ないし5日までの年もあった)に限り、『初詣特急』と名付けられた臨時特急(停車駅:十三・石橋・川西能勢口・中山(現在の中山観音)・清荒神)が運転されていた。この臨時特急は定期の急行の種別変更ではなく増発であり、10時台 - 15時台に20分間隔で運転された[注釈 6]。この臨時特急には1981年まで『初詣』ないし『初詣特急』と書かれた丸い特製ヘッドマークが掲げられていたが、1982年からは各運転日共通の『臨時特急』の表示板に変更された(但し、駅の発車標では『初詣特急』の表示を継続)。同時期に「三福まいり」(中山寺清荒神清澄寺門戸厄神東光寺の3寺院)初詣祈念品引換券付き1日乗車券を販売していることから運行していた。

正月三が日以外にも、1997年11月改正までは春・秋の行楽期の日曜・祝日にも臨時ダイヤが組まれており、午前と夕方のみ臨時特急(停車駅:十三・石橋)が増発された(20分間隔で運転)。15分間隔ダイヤ時代は梅田駅07分、22分、37分、52分発だった。この臨時特急にも1981年の2月まで『春の』ないし『秋の』と書かれた丸い特製ヘッドマークが掲げられていたが、初詣臨時特急と同様に1981年の3月以降は各運転日共通の『臨時特急』の表示板に変更された。その後アステ川西(川西阪急)開業や、福知山線の快速が川西池田駅に停車することに伴い、1989年春の行楽期から川西能勢口駅にも停車するようになった。同時に一部は川西能勢口駅始発となった。

2009年4月18日から2015年5月6日まで、春・秋の行楽期の土曜・休日に限り、臨時日生エクスプレスが運行された(晩年は梅田行きのみ、詳細は当該項目を参照)。

快速急行

2003年8月30日のダイヤ改正で新設。昼間時間帯のみ10分間隔で梅田駅 - 宝塚駅間で運転されていた。停車駅は、梅田駅・十三駅・豊中駅・蛍池駅・石橋駅・池田駅・川西能勢口駅・雲雀丘花屋敷駅・山本駅・宝塚駅で、改正前の特急停車駅に蛍池駅と雲雀丘花屋敷駅を追加したものであるが、この2駅が追加されたことにより、豊中駅 - 山本駅間は各駅停車となった。宝塚駅では快速急行、普通とも今津線との乗り換え利便を考慮して全て4号線に発着させていたため、宝塚駅到着後は僅か2分で折り返していた。なお、快速急行が運行されていた当時の正月特別ダイヤでは運休し、代わりに急行が運行されていた。

速達効果が薄かったこともあり、2006年10月28日のダイヤ改正で運行中止となった。

通勤急行

1997年11月改正で運転を開始[2]。平日の朝ラッシュ時のみに宝塚駅 - 梅田駅間で運行されていた。運転開始当時は宝塚駅 - 服部駅(現在の服部天神駅)間の各駅と十三駅・梅田駅に停車していた。2000年6月改正で一旦運行休止、2003年8月改正で復活した。

復活した際の停車駅は、宝塚駅 - 石橋駅間の各駅と豊中駅・十三駅・梅田駅で、急行と違い大阪モノレール乗換駅である蛍池駅には停車しなかった。これは蛍池駅はホーム有効長が8両編成分しかないためであり、梅田行きのうち4本(うち1本は川西能勢口始発)と宝塚方面行きは10両編成で運転され、雲雀丘花屋敷駅で増結・解放が行われていた。

1997年11月改正から2000年6月改正までの間は、通勤準急と合わせて宝塚本線の全駅に優等列車が停車していた。2015年3月20日のダイヤ改正で運行中止となり、運行区間を川西能勢口駅→梅田駅間の片道に短縮した上で通勤特急に名称を変更した。

通勤準急

1997年11月改正で運転を開始[2]。梅田駅 - 箕面線箕面駅間での運転で、平日の朝ラッシュ時のみ運行され、宝塚本線内の停車駅は急行と同じであった。運転開始当時の停車駅は、宝塚駅・箕面駅 - 豊中駅間の各駅と庄内駅 - 梅田駅間の各駅。

2000年6月改正で準急復活に代わる形で一旦運行休止になったが、2003年8月改正で復活した。2015年3月20日のダイヤ改正で中止となり、準急に名称変更の上、新たに岡町・曽根・中津の各駅にも停車するようになった。

使用車両

現在の使用車両

自社車両

宝塚本線の車両は原則として8両編成で運転される。ただし、朝ラッシュ時には10両で運転する列車が数本ある。平井車庫からの入出庫で当線を経由する箕面線の車両は「阪急箕面線#車両」を参照。

運行される車両は以下のとおり。

  • 5100系 - 5100F・5104F・5106F・5128F
  • 6000系 - 基本的には8両固定編成。それ以外の編成は以下の通り。
    • 6006F・6007F・6013F・6015F - 8両編成だが、通勤特急10連運用指定編成である。
  • 7000系 - 基本的には8両固定編成。それ以外の編成は以下の通り。
    • 7024F - 4両編成であり、基本的に大阪梅田側に8040F+8041Fを繋げて8両編成として使用されている。
    • 7032F・7033F - 2両編成のため、通勤特急10連運用指定編成の大阪梅田側に組成されている。
  • 8000系 - 基本的には8両固定編成。それ以外の編成は以下の通り。
    • 8040F+8041F - 基本的に7000系の4両編成と組んで8連で運用されている。8040Fは通勤特急10連運用指定編成の2連側予備である。
    • 8030F・8034F - 通勤特急10連運用指定編成の大阪梅田側に組成されている。
  • 9000系 - 9001F・9003F・9005F・9007F・9009F・9010Fが平井車庫に所属。
  • 1000系(2代) - 2013年12月26日から営業運転を開始した[6]。現在は1001F・1003F・1004F・1006F・1009F・1012F・1013F・1015Fが平井車庫に所属。

乗り入れ車両

  • 能勢電鉄6000系 - 元阪急6000系6002Fが2014年8月1日より能勢電鉄に譲渡された[7]。日生エクスプレスでの運用のほか、能勢電鉄所属ながらも阪急8連車と共通の運用となっているため、当線の宝塚方面や箕面線からの直通の運用にも充当されている。また、大阪梅田駅に乗り入れる初めての他社の車両となった。

過去の使用車両

自社車両

歴史

開業 - 戦前

阪急電鉄のルーツというべき路線である。JR福知山線の前身で、尼崎を起点とし福知山舞鶴方面への鉄道路線を営業していた阪鶴鉄道の大阪直接乗り入れ計画を、同社国有化の際に引き継いだ箕面有馬電気軌道1910年に梅田駅(現在の大阪梅田駅) - 宝塚駅間を開業させたのが始まりである。当初はその名の通り、宝塚からさらに西進し有馬温泉のある神戸北郊の有馬まで敷設する計画だったが、宿泊客の減少を恐れた有馬温泉の旅館業者から反対を受けたことや、宝塚 - 有馬は六甲山系の起伏のある地形であり、建設コストもかかることから1913年に断念している。

開業当初、阪神本線京阪本線のように2大都市間を結んでいるわけでも沿線に大きい都市があるわけでもないこの路線は、畑以外何もないようなところを走ることから「ミミズ電車」と皮肉られて採算性に疑問の声も多かった。しかし、同社の専務(実質の会社代表で、後に社長となる)であった小林一三は路線が開業するやいなや沿線開発を積極的に推し進め、住宅地や遊楽施設をつくり上げて乗客獲得に成功する。これは、日本の私鉄経営モデルの模範となった。

なお神戸本線が1920年に開業した後は、しばらく乗客数が低迷した同線のほうへ社の重点が置かれるようになり、同線の中古車が宝塚本線に回されたりすることもあった。優等列車の運転も、神戸本線より2年遅れて実施されている。さらに梅田駅 - 十三駅間では宝塚本線と神戸本線の運賃が1942年まで異なっていた(神戸本線のほうが数銭高く、基本的に同区間の移動では宝塚本線を使う必要があった)。

また、池田駅以西の利用客は長らく少なく、平井駅(後に山本駅へ統合して廃止)・山本駅・売布神社駅などといった駅のプラットホームは2両編成が停車する分の長さしかなく、3両編成の電車は通過していた。さらに2両編成の場合でも、車掌に対して降りる旨を伝えておかないと、通過することがあったという。

1932年(昭和7年)より、宝塚本線にも急行が設定されるようになった(所要時間35分)。数年後にはわずかながら所要時間を短縮し、最新鋭の320形電車を投入するなどの積極策に出ている。これは、阪神の系列の阪神国道自動車(阪国バス、現在の阪神バス)が、大阪 - 宝塚間に直通バスを走らせたことに対抗するものであったとされる。宝塚本線にとって、競争らしい競争はこの後、国鉄福知山線の電化まではなかった(ただし、阪国バスには阪急も出資していた)。

戦中 - 昭和末期

戦中には軍需輸送などで乗客数が急増し、5両編成の運転も開始された。しかし戦後にはさらに急増する沿線人口に輸送力の増強が追いつかず、250%を超える殺人的な混雑に悩まされることになった。乗客の不満は大きく、1956年2月2日には車両故障を端緒とした暴動が発生するまでに至った(庄内事件)。このため、戦前からある伊丹線の延伸計画や後述の新線計画などバイパス路線の建設構想がいくつか持ち上がった。しかし、これらが実現することはなく、カーブの改良と車両の大型化、長編成化で乗り切った。1982年(昭和57年)、阪急で最初の10両編成運転を行ったのも、宝塚本線であった。

長らく安泰であった宝塚本線であるが、競合する福知山線が国鉄末期に複線電化され、さらに民営化して以降は輸送力を大幅につけたため、ライバルとしてしのぎを削ることになる。そのため、昭和末期には抜本的なダイヤ改正を行うことに迫られた。

平成期

宝塚本線では、正月の初詣輸送で臨時に運転されるものをのぞいては特急の設定がなかったが、1995年に十三駅・石橋駅(現在の石橋阪大前駅)・川西能勢口駅に停車する特急が梅田駅 - 宝塚駅間で運転開始された。平日ラッシュ時間帯に4本(朝・上り2本、夕・下り2本)設定された。1997年には、能勢電鉄に直通運転する特急「日生エクスプレス」が新設された[2]。一方で本線特急は平日2本(朝・上り2本)に減便された。列車は8両または10両編成で運転された。

2000年、三国駅・豊中駅付近の高架化が完成したことによるダイヤ改正では、最高速度も100km/hに引き上げられ、特急の運転時間帯が全日の昼間に拡大された [9]。停車駅に豊中・池田・山本を追加し、20分間隔で急行との交互での運行となった。また、昼間の普通は梅田駅 - 宝塚駅ないし雲雀丘花屋敷駅間の交互での運行となり、日中の梅田駅 - 宝塚駅間は1時間に9本へと増発された。このほか、梅田駅 - 宝塚駅間で、十三駅・石橋駅 - 雲雀丘花屋敷駅間の全駅に停車する通勤特急を平日朝のラッシュ時間帯に上り2本運行開始した。

2003年のダイヤ改正では本線特急と通勤特急が廃止され、急行を通勤急行に、準急を通勤準急に改称し、朝ラッシュ時のみの運転に変更された。特急「日生エクスプレス」は停車駅に池田駅が追加された。十三駅・豊中駅 - 山本駅間の全駅に停車する快速急行(改正前の特急停車駅に蛍池駅、雲雀丘花屋敷駅を追加)、旧急行の通勤急行の停車駅に蛍池駅を追加した急行(改正前の準急と停車駅同じ)、停車駅に中津駅・曽根駅・岡町駅を追加して中津駅・十三駅・曽根駅 - 宝塚駅間の全駅に停車する準急を、それぞれ梅田駅 - 宝塚駅間で運転開始した。また、日中の普通は全列車が梅田駅 - 宝塚駅間の運転となり、宝塚駅発着の列車は1時間に12本に増発された。

2006年のダイヤ改正では快速急行の運転が中止され、平日朝ラッシュ時以外は現在も続けられている、10分ないし12分間隔で梅田駅 - 宝塚駅間の急行と梅田駅 - 雲雀丘花屋敷駅間の普通を運行するダイヤに改められた。結果的には、1995年ダイヤ改正直前に近い運転体系となっている。この改正では、宝塚駅における今津線との同一ホーム乗り継ぎ時間帯の拡大や、川西能勢口駅における能勢電鉄妙見線との接続改善も行われた[10]

2010年には宝塚本線でも従来の連続速度照査式自動列車停止装置(ATS)を改良したパターンATSを、2006年の神戸線、2009年の京都線に続いて使用を開始[11]。しかし他線とは違い保安度向上が目的のため、ダイヤ改正や変更を行う計画は2015年3月までは無かった。

2015年3月には8年半ぶりとなるダイヤ改正が行われた。特急「日生エクスプレス」の川西能勢口駅→梅田駅間での10両運転の中止や、宝塚本線では初となる女性専用車両の設定、平日朝ラッシュ時の種別変更などが行われ、通勤急行・通勤準急が廃止され、通勤特急の種別が12年ぶりに復活した。

2018年7月のダイヤ改正では、梅田発の箕面線直通が中止され(但し箕面発は平日朝のみ梅田ゆき普通2本が存続)、通勤特急が増発となったほか、土曜日・休日の夕方以降の運行間隔が12分ヘッドに変更されている[12]

年表

  • 1910年(明治43年)
    • 3月10日:箕面有馬電気軌道が梅田駅(現在の大阪梅田駅) - 宝塚駅間を開業。
    • 4月25日:蛍ヶ池駅開業(蛍池駅への改称日は不明)。
    • 10月23日:平井駅開業
  • 1912年(明治45年)5月30日:曽根駅開業。
  • 1913年(大正2年)
  • 1914年(大正3年)3月21日:売布神社駅開業。
  • 1916年(大正5年)8月5日:雲雀ヶ丘駅開業。
  • 1920年(大正9年)7月16日:十三駅より分岐して神戸本線開業。梅田駅 - 十三駅間が同線電車と共用になる。
  • 1925年(大正14年)11月4日:中津駅開業。
  • 1926年(大正15年)
    • 7月2日:中津駅 - 十三駅間の新淀川駅廃止。
    • 7月5日:梅田駅 - 十三駅間が高架化。複線の別線を新設し神戸本線と分離。旧地上線の梅田駅から北野駅までを北野線とする。
  • 1932年(昭和7年)10月1日:急行の運行を開始。
  • 1944年(昭和19年)9月1日:雲雀ヶ丘駅 - 山本駅間の平井駅廃止〈現在でも山本駅の駅名標には「山本(平井)」と書かれている〉。
  • 1949年(昭和24年)1月1日:北野線休止。
  • 1951年(昭和26年)5月15日:庄内駅開業。
  • 1956年(昭和31年)2月2日:服部駅(現在の服部天神駅) - 庄内駅間で車両故障が発生したことを端緒に乗客による暴動が発生。大阪府警や小林米三阪急電鉄専務が説得するも運行不能となる(庄内事件)。車両大型化の契機となる。
  • 1959年(昭和34年)2月18日:北野線跡地を使用し梅田駅 - 十三駅間を複々線化。新設の東側2線を京都本線の列車が使用開始。
  • 1961年(昭和36年)1月16日:花屋敷駅 - 山本駅間の雲雀ヶ丘駅を廃止し、雲雀丘花屋敷駅開業。
  • 1962年(昭和37年)5月1日:能勢口駅 - 雲雀丘花屋敷駅間の花屋敷駅廃止。
  • 1965年(昭和40年)7月1日:能勢口駅を川西能勢口駅と改称。
  • 1969年(昭和44年)
    • 8月24日:架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。
    • 12月14日:石橋駅(現在の石橋阪大前駅) - 池田駅間高架化。
  • 1978年(昭和53年)3月10日:全線を軌道法に基づく軌道から地方鉄道法に基づく鉄道に変更。
  • 1980年:北方貨物線 - 三国駅手前までが高架化[13]
  • 1982年(昭和57年)3月29日:平日朝の雲雀丘花屋敷発梅田行の急行2本で、阪急最初の10両編成運転を開始。
  • 1986年(昭和61年)
    • 4月30日:池田駅高架化完成。
    • 12月14日:ダイヤ改正により急行・普通15分毎から10分毎の運行に変更。急行が豊中駅に停車(平日ラッシュ時の一部をのぞく)。
  • 1987年:十三駅直後 - 北方貨物線までの区間が高架化[13]
  • 1992年(平成4年)12月20日:土曜ダイヤ導入。
  • 1993年(平成5年)9月25日:宝塚駅高架化完成(今津線は7月18日高架化)。
  • 1995年(平成7年)
  • 1996年(平成8年)3月24日:川西能勢口駅高架化完成。
  • 1997年(平成9年)
    • 11月8日:豊中駅 - 曽根駅間の高架化完成[16]
    • 11月17日:特急「日生エクスプレス」を運転開始[2]。急行が豊中駅終日停車(10両編成対応)。
  • 2000年(平成12年)
    • 3月20日:三国駅高架化完成。これに伴う三国駅の移転により、全線で0.1km短縮。
    • 6月4日 特急を全日昼間運転に拡大[9]。梅田駅 - 宝塚駅間の所要時間を下りで最速29分に短縮。平日朝ラッシュ時に通勤特急を運転開始。制限速度30が解除され、全線での最高速度が90km/hから100km/hへ引き上げられた[9]
  • 2003年(平成15年)8月30日:本線特急と通勤特急の運転を休止[17]
  • 2006年(平成18年)10月28日:快速急行の運行を中止。
  • 2010年(平成22年)3月14日:これまでの路線図における「宝塚線」という表記を、「宝塚本線」に統一。
  • 2013年(平成25年)12月21日:服部駅を服部天神駅に、中山駅を中山観音駅に改称、同時に全駅に駅ナンバリング導入[18][19]
  • 2015年(平成27年)3月21日:通勤急行・通勤準急の運行を中止し、新たに川西能勢口発の通勤特急(10両編成)と箕面発着の準急を新設し、通勤特急に女性専用車両を設定[3]。平日の昼間時間帯と土休日の一部の駅間の所要時間を見直し、梅田駅 - 宝塚駅間の所要時間を10秒 - 50秒短縮。
  • 2018年(平成30年)7月7日:3年ぶりのダイヤ改正実施。梅田発の箕面線直通列車(準急含む)を全廃。
  • 2019年(令和元年)10月1日:梅田駅を大阪梅田駅に、石橋駅を石橋阪大前駅にそれぞれ改称[20]

新線計画

終戦直後、十三駅 - 豊中駅間の輸送力増強のため、神戸本線神崎川駅 - 曽根駅間に新線を建設して宝塚本線の急行線とすることが計画され、1948年4月19日に神崎川駅 - 曽根駅間4.0kmの軌道事業特許を取得した。しかし、1960年代に、千里山線(現在の千里線)を延伸して箕面線と連絡する方針に転換し、急行新線建設の計画は中止された。ただし、この新しい計画も千里山線(南千里駅)と箕面線(桜井駅)の連絡についても双方を最短距離で結びたい阪急と千里ニュータウン北部(現在の北千里駅)の交通不便を解消したい大阪府側との思惑が一致せず実現しなかった。

1970年代に梅田と大阪国際空港とを結ぶ空港線が計画され、神崎川駅 - 曽根駅間の軌道特許をそれに生かすことも検討されたが、空港線の計画は中止された。同線の軌道特許は廃止されずに保持されたままであったが、2005年2月23日に阪急が工事施行認可申請を取り下げ、軌道特許が失効した。

2017年9月1日、阪急電鉄は宝塚本線の曽根駅から分岐して大阪国際空港への新線を検討していると報じられた[21][22]

駅一覧

  • 特急…特急「日生エクスプレス」:平日朝夕のみ運転。
  • 通勤特急:平日朝に大阪梅田行きのみ運転。
  • 準急:平日朝に大阪梅田行きのみ運転。
  • 普通:各駅に停車するため省略。
  • 接続路線の ( ) 内の英数字はその路線の駅の駅番号を表す。
  • 宝塚本線の駅番号は2013年12月21日より導入[18][19]
凡例
●:停車、|↑:通過、↑:片方向のみ運転
#:列車待避が可能な駅
‡:上り線のみ列車待避が可能な駅
駅番号 駅名 駅間
営業キロ
累計
営業キロ
準急 急行 通勤特急 特急 接続路線 所在地
HK-01 大阪梅田駅 - 0.0 阪神電気鉄道HS 本線大阪梅田駅: HS01)
大阪市高速電気軌道M 御堂筋線梅田駅: M16)、T 谷町線東梅田駅: T20)、Y 四つ橋線西梅田駅: Y11)
西日本旅客鉄道東海道本線A JR京都線A JR神戸線G JR宝塚線)・O 大阪環状線大阪駅: JR-A47・同左・JR-G47・JR-O11)、H JR東西線北新地駅: JR-H44)
大阪府 大阪市 北区
HK-02 中津駅 0.9 0.9  
HK-03 十三駅 1.5 2.4 阪急電鉄HK 神戸本線HK 京都本線 淀川区
HK-41 三国駅 2.0 4.4  
HK-42 庄内駅# 1.6 6.0   豊中市
HK-43 服部天神駅 1.5 7.5  
HK-44 曽根駅# 1.2 8.7  
HK-45 岡町駅 0.8 9.5  
HK-46 豊中駅 1.0 10.5  
HK-47 蛍池駅 1.4 11.9 大阪高速鉄道大阪モノレール線 (12)
HK-48 石橋阪大前駅 1.6 13.5 阪急電鉄:HK 箕面線(大阪梅田方面から一部直通運転:下記参照) 池田市
HK-49 池田駅 2.4 15.9  
HK-50 川西能勢口駅 1.3 17.2 能勢電鉄NS 妙見線 (NS01)(大阪梅田方面から一部直通運転:下記参照)
西日本旅客鉄道:G 福知山線(JR宝塚線)川西池田駅: JR-G54)
兵庫県 川西市
HK-51 雲雀丘花屋敷駅# 1.0 18.2       宝塚市
HK-52 山本駅
(平井)
1.5 19.7      
HK-53 中山観音駅 1.8 21.5      
HK-54 売布神社駅 0.9 22.4      
HK-55 清荒神駅 0.9 23.3      
HK-56 宝塚駅
宝塚大劇場前)
1.2 24.5     阪急電鉄:HK 今津線
西日本旅客鉄道:G 福知山線(JR宝塚線)(JR-G56)
直通運転区間 石橋阪大前駅から ○普通…箕面線箕面駅まで
川西能勢口駅から ○特急「日生エクスプレス」…能勢電鉄妙見線経由日生線日生中央駅まで

廃駅

駅名は廃止時のもの。

  • 新淀川駅(中津駅 - 十三駅間) - 1926年7月2日廃止
  • 花屋敷駅(能勢口駅 - 雲雀丘花屋敷駅間) - 1962年5月1日、雲雀丘花屋敷駅に統合され廃止
  • 雲雀丘駅(花屋敷駅 - 山本駅間) - 1961年1月16日廃止
  • 平井駅(雲雀丘駅 - 山本駅間) - 1944年9月1日、山本駅に統合され廃止

過去の接続路線

主要駅の乗降客数

2018年の通年平均の乗降客数は次の通り[23]

  • 大阪梅田:508,862人
  • 十三:68,361人
  • 庄内:28,119人
  • 豊中:47,500人
  • 蛍池:40,467人
  • 石橋阪大前:44,310人
  • 池田:45,543人
  • 川西能勢口:44,229人
  • 山本:16,761人
  • 宝塚:45,141人

その他

  • 十三駅 - 宝塚駅間は、石橋阪大前駅経由では路線距離(営業キロ)は22.1kmだが、同区間を神戸本線・今津線経由だと路線距離(営業キロ)は20.9km(十三駅 - 西宮北口駅間13.2km、西宮北口駅 - 宝塚駅間7.7km)となり、実際のところ原則乗り換えを必要とする西宮北口駅経由の方が距離は短くなる。そのため、本来であれば同区間の運賃計算は石橋阪大前駅経由では営業キロ23kmで算出するところ、「経路2途ある駅間は最短キロ程を表示」する特例が適用されるため、実際は石橋阪大前駅経由でも西宮北口駅経由の21kmを適用し算出することになっている。
  • 架線方式であるが、神戸本線や京都本線(十三駅 - 淡路駅間及び、西院駅 - 京都河原町駅間のぞく)はコンパウンドカテナリー架線なのに対し、宝塚本線はシンプルカテナリー架線になっている。これは高速運転が頻繁に行われている神戸本線や京都本線と違い、前述の通り宝塚本線は線形が悪く高速性が求められないため、コンパウンドカテナリー架線を設置する必要がないためである。一方で、軌道のレールはほとんどの区間でJR新幹線在来線の重要幹線と同じ60kgレールに交換されている。これも前述の通り、多くの区間で連続立体交差化(高架化)が行われる際に騒音低減に優れる60kgレールが採用されたためである。
  • かつて宝塚本線では、正月三が日(暦の関係で1月4日ないし5日までの年もあった。また2004年2005年は正月三が日に加えて十日戎の土曜・日曜・祝日にも設定された)には正月特別ダイヤを編成し、日中に臨時列車の増発を行っていた。2003年までは一部ダイヤを変更した上で臨時特急を増発し(詳細は臨時特急の節を参照)、2004年から2015年までは梅田駅(現在の大阪梅田駅) - 宝塚駅間の急行と普通(普通列車は庄内駅で急行の通過待ちを行った)をそれぞれ10分間隔(豊中駅 - 宝塚駅間では各駅停車となる急行と普通とで5分間隔)で運転した(2006年までは快速急行を運休)[24]。このほか、清荒神清澄寺での初三宝荒神大祭(1月27日・28日)に合わせて特急・快速急行が清荒神駅に臨時停車したこともあった。なお、2016年以降は正月特別ダイヤの設定は取り止めており、通常の土曜・休日ダイヤで運行されている[25]
  • 大晦日から元旦にかけての終夜運転は現在も継続して行われており、当日は約30分間隔にて普通を全線通しで運転している[26]

脚注

注釈

  1. ^ 過去には、1995年6月改正から1997年11月改正時にも平日夕方に急行梅田発雲雀丘花屋敷行きが設定されていた。また、1997年11月改正時点では平日の9時台及び土曜日の朝(当時は土曜ダイヤがあった)にも設定されていた[4][5]
  2. ^ 厳密に言えば、同区間は競合する福知山線の方がさらに終電が遅い。
  3. ^ 1995年6月4日改正当時の宝塚本線列車運行図表(1号表)によると、朝ラッシュ時の宝塚駅発の列車は全区間を10両編成で運転していた。
  4. ^ 実際は特急と急行を20分間隔で交互に運転。ただし普通も梅田駅 - 宝塚駅間と梅田駅 - 雲雀丘花屋敷駅間を20分間隔で交互に運転することで梅田駅 - 宝塚駅間の日中は毎時9本に増発となった。
  5. ^ 宝塚駅のみ、2010年 - 2018年まで今津線の列車ではあるが直通特急が発着していた。
  6. ^ 梅田発の場合、長らく臨時特急が0分・20分・40分発(臨時特急と被る急行は2分・22分・42分発に変更)であったが、その後昭和末期から20世紀末頃までは臨時特急が2分・22分・42分発となった後、最末期の臨時特急は4分・24分・44分発とした。

出典

  1. ^ a b 『阪急電鉄のひみつ』 - PHP研究所
  2. ^ a b c d e f g 「1997年11月16日阪急宝塚線ダイヤ改正」『鉄道ピクトリアル』第48巻第3号、電気車研究会、1998年3月、93頁。 
  3. ^ a b c d e 3月21日初発より宝塚線のダイヤ改正を実施 (PDF) - 阪急阪神ホールディングス、2015年1月20日
  4. ^ 『1997阪急電鉄時刻表』、1997年4月、阪急クリーンカラー、58 - 69頁
  5. ^ 『1998阪急電鉄時刻表』、1998年3月、阪急クリーンカラー、58 - 68頁
  6. ^ 阪急宝塚線で1000系1001編成が営業運転を開始 - 鉄道ファン・railf.jp 鉄道ニュース、2013年12月26日
  7. ^ 阪急電鉄からの6000系車両の取得、運行に関するお知らせ - 能勢電鉄、2014年7月31日
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  10. ^ 神戸線におけるATS(自動列車停止装置)の改良と、神戸線・宝塚線のダイヤ改正について (PDF) - 阪急電鉄、2006年6月22日
  11. ^ 2009年安全報告書 (PDF) - 阪急電鉄
  12. ^ 7月7日初発より宝塚線のダイヤ改正を実施します 〜平日 朝・夕方の通勤・通学時間帯における混雑の緩和と利便性の向上を図ります〜 (PDF) - 阪急電鉄、2018年5月22日
  13. ^ a b hankyu_exのツイート(988269894289514496)
  14. ^ 「JR、私鉄動き出す――阪神間なお運行ストップ」『毎日新聞』大阪本社1995年1月18日付夕刊、4版、1面。
  15. ^ 「阪急宝塚線が再開」『毎日新聞』大阪本社1995年1月19日付夕刊、4版、1面。
  16. ^ 鉄道ジャーナル』第32巻第3号、鉄道ジャーナル社、1998年3月、85頁。 
  17. ^ 『RAIL FAN』第50巻第11号、鉄道友の会、2003年11月1日、19頁。 
  18. ^ a b 〜すべてのお客様に、よりわかりやすく〜「西山天王山」駅開業にあわせて、「三宮」「服部」「中山」「松尾」4駅の駅名を変更し、全駅で駅ナンバリングを導入します (PDF) - 阪急阪神ホールディングス、2013年4月30日
  19. ^ a b 阪急京都線 大山崎駅〜長岡天神駅間で建設中の『西山天王山駅』を2013年12月21日に開業します! (PDF) - 阪急阪神ホールディングス、2013年6月5日。
  20. ^ "「梅田」「河原町」「石橋」の駅名を10月1日に変更します" (PDf) (Press release). 阪急電鉄. 30 July 2019. 2019年7月31日閲覧
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  26. ^ "大晦日の終夜運転 および 年末年始の運転ダイヤについて" (PDF) (Press release). 阪急電鉄. 10 December 2019. 2019年12月22日閲覧

参考文献

関連項目