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家族で移住した[[広島市]][[東区 (広島市)|東区]][[牛田地区 (広島市東区)|牛田]]で育つ<ref>『[[中国新聞]]』2013年10月21日1面、『[[産経新聞]]』2013年10月21日13面、[http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/12/30/kiji/K20131230007290430.html 町田 ソチで自作の新エキシビション披露も メダル獲り意欲 - スポニチ ]</ref><ref name="sports">[http://www.sports-or.city.hiroshima.jp/locate/02/news/news.htm (総合屋内プール)News。 - 公益財団法人広島市スポーツ協会]</ref>。[[橋大輔 (フィギュアスケート選手)|高橋大輔]]([[2010年バンクーバーオリンピックのフィギュアスケート競技|バンクーバーオリンピック]]銅メダリスト)に憧れ、その母校であり通年リンクがある[[岡山県]]の倉敷翠松高等学校に毎日[[新幹線]]で通学し<ref>斎藤貴子編『フィギュアスケート07』毎日新聞社、2007年4月、p.</ref><ref name="days2">青嶋ひろの「もっと知りたい New Face 第2回 町田樹」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.60-61</ref>、2006年[[全日本フィギュアスケートジュニア選手権|全日本ジュニア選手権]]で優勝。関西大学に進学後、2009-2010年シーズンにシニアデビューし、2012-2013年シーズンに[[ISUグランプリシリーズ|グランプリシリーズ]]のメダル獲得・初優勝を果たす。翌2013-2014年シーズンにグランプリシリーズ2勝、[[全日本フィギュアスケート選手権|全日本選手権]]2位などの好成績をあげ、冬季オリンピック、世界選手権代表選手に初めて選出された。日本代表の男子フィギュアスケート選手としては[[遅咲き]]の選手である。
家族で移住した[[広島市]][[東区 (広島市)|東区]][[牛田地区 (広島市東区)|牛田]]で育つ<ref>『[[中国新聞]]』2013年10月21日1面、『[[産経新聞]]』2013年10月21日13面、[http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/12/30/kiji/K20131230007290430.html 町田 ソチで自作の新エキシビション披露も メダル獲り意欲 - スポニチ ]</ref><ref name="sports">[http://www.sports-or.city.hiroshima.jp/locate/02/news/news.htm (総合屋内プール)News。 - 公益財団法人広島市スポーツ協会]</ref>。[[橋大輔 (フィギュアスケート選手)|高橋大輔]]([[2010年バンクーバーオリンピックのフィギュアスケート競技|バンクーバーオリンピック]]銅メダリスト)に憧れ、その母校であり通年リンクがある[[岡山県]]の倉敷翠松高等学校に毎日[[新幹線]]で通学し<ref>斎藤貴子編『フィギュアスケート07』毎日新聞社、2007年4月、p.</ref><ref name="days2">青嶋ひろの「もっと知りたい New Face 第2回 町田樹」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.60-61</ref>、2006年[[全日本フィギュアスケートジュニア選手権|全日本ジュニア選手権]]で優勝。関西大学に進学後、2009-2010年シーズンにシニアデビューし、2012-2013年シーズンに[[ISUグランプリシリーズ|グランプリシリーズ]]のメダル獲得・初優勝を果たす。翌2013-2014年シーズンにグランプリシリーズ2勝、[[全日本フィギュアスケート選手権|全日本選手権]]2位などの好成績をあげ、冬季オリンピック、世界選手権代表選手に初めて選出された。日本代表の男子フィギュアスケート選手としては[[遅咲き]]の選手である。


2014年の全日本選手権を最後に競技活動を引退<ref>[https://archive.is/20150105055331/http://www.kansai-u.ac.jp/sports/message/machida/ 関西大学による公式サイト 2014年12月28日 引退のご挨拶](2015年1月5日時点の[[archive.is|アーカイブ]]) - 2014年1月28日閲覧 </ref>。以降、アイスショーへの出演は大学院における研究活動の一環としておこなった。また一大学院生の立場から、ファンレターやプレゼントの一切を辞退していた<ref>[http://tatsuki-machida.com/news/index.html#20150401_request 町田樹 公式サイト 2015年4月1日 皆様へのお願い] - 2015年4月2日閲覧 </ref>。
2014年の全日本選手権を最後に競技活動を引退<ref>[https://archive.is/20150105055331/http://www.kansai-u.ac.jp/sports/message/machida/ 関西大学による公式サイト 2014年12月28日 引退のご挨拶](2015年1月5日時点の[[archive.is|アーカイブ]]) - 2014年1月28日閲覧 </ref>。以降、アイスショーへの出演は大学院における研究活動の一環としておこなった。また一大学院生の立場から、ファンレターやプレゼントの一切を辞退していた<ref>[http://tatsuki-machida.com/news/index.html#20150401_request 町田樹 公式サイト 2015年4月1日 皆様へのお願い] - 2015年4月2日閲覧 </ref>。

2020年11月30日 (月) 06:20時点における版

町田 樹
Tatsuki MACHIDA
フィギュアスケート選手
2014年世界選手権の表彰式にて
生誕 (1990-03-09) 1990年3月9日(34歳)
神奈川県川崎市
出身地 千葉県松戸市
身長 162 cm
出身校 広島市立牛田中学校倉敷翠松高等学校関西大学早稲田大学大学院
選手情報
代表国 日本の旗 日本
コーチ 大西勝敬
フィリップ・ミルズ
所属クラブ 関西大学スケート部
開始 1993
引退 2014年12月28日
ISUサイト バイオグラフィ
指導者情報
元役職 慶應義塾大学非常勤講師法政大学非常勤講師、國學院大學助教
ISUパーソナルベストスコア
総合282.262014 世界選手権
SP98.212014 世界選手権
FS184.052014 世界選手権
大会成績
国際スケート連盟主催大会 1位 2位 3位
世界選手権 0 1 0
四大陸選手権 0 1 0
合計数 0 2 0
国内大会 1位 2位 3位
全日本選手権 0 1 0
全日本ジュニア選手権 1 1 0
フィギュアスケート
世界選手権
2014 さいたま 男子シングル
四大陸選手権
2010 全州 男子シングル

町田 樹(まちだ たつき、ラテン文字: Tatsuki Machida、1990年3月9日[1] - )は、2000年代から2010年代にかけて活躍した日本フィギュアスケート選手(男子シングル)、現在はスポーツ科学者

主な競技実績に2014年ソチオリンピック5位入賞、2014年世界選手権2位、2010年四大陸選手権2位、2013年全日本選手権2位、2013年2014年GPスケートアメリカ2年連続優勝、2006年全日本ジュニア選手権優勝など。

アマチュア引退後、2018年10月までプロスケーターとして活動。

博士(スポーツ科学)早稲田大学)。國學院大學助教

人物

神奈川県川崎市生まれ[2]。愛称は「まっちー」[3][4]。「樹」という名前は、大手家電メーカーのCM「この木何の木気になる木」の「あの木のように大きな存在に」と両親が命名した[5]。血液型はO型[6]広島市立牛田中学校倉敷翠松高等学校関西大学文学部総合人文学科[7]卒業。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了[8]

家族で移住した広島市東区牛田で育つ[9][10]高橋大輔バンクーバーオリンピック銅メダリスト)に憧れ、その母校であり通年リンクがある岡山県の倉敷翠松高等学校に毎日新幹線で通学し[11][12]、2006年全日本ジュニア選手権で優勝。関西大学に進学後、2009-2010年シーズンにシニアデビューし、2012-2013年シーズンにグランプリシリーズのメダル獲得・初優勝を果たす。翌2013-2014年シーズンにグランプリシリーズ2勝、全日本選手権2位などの好成績をあげ、冬季オリンピック、世界選手権代表選手に初めて選出された。日本代表の男子フィギュアスケート選手としては遅咲きの選手である。

2014年の全日本選手権を最後に競技活動を引退[13]。以降、アイスショーへの出演は大学院における研究活動の一環としておこなった。また一大学院生の立場から、ファンレターやプレゼントの一切を辞退していた[14]

常に鞄に2冊の本を持ち歩く読書家で、その読書経験が反映した独特の世界観やコメント、リンク上での感情あふれる表現力から“氷上の哲学者”と称される[15]。愛読書はドイツの哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの『美学講義』[16]。音楽鑑賞、ファッション、お茶・紅茶[17]も趣味とし、好きなアーティストはm-flo[17]。目標とする人物として、これまでのプログラムを振付けてきたステファン・ランビエール(トリノオリンピック銀メダリスト)、フィリップ・ミルズの名前を挙げており、自らも振り付けを手がける。

経歴

ジュニア以前

千葉県松戸市に住んでいた3歳のとき、友達に誘われて自宅近くの新松戸アイスアリーナ(2002年閉鎖)でスケートを始める[5][18][2]。小学4年9歳の時、父親の転勤で広島県安芸郡府中町に転居[18][19][20][21]。府中町立府中中央小学校卒業後[20][21]、両親の勧めで広島ビッグウェーブ近くの広島市牛田に引っ越し練習を積む[2][10][18][22][23]。広島には通年リンクがないため[20][24]、リンクが閉鎖する夏場は、岡山県山口県福岡県に遠征した[18][25]

初めての国際大会は2002-2003シーズンのフィンランドタンペレで行われたサンタクロース杯。スプリングスクラスで優勝。

2004-2005シーズンよりISUジュニアグランプリに参戦。2006-2007シーズン、JGPリベレツで2位となり、初めて国際大会の表彰台に乗る。同年の全日本ジュニア選手権では初優勝を果たした。

2007-2008シーズン、JGPジョン・カリー記念で優勝。2008-2009シーズン、JGPマドリード杯で3位となる。全日本ジュニア選手権では2位となり、シニアクラスの全日本選手権では7位となった。

シニア移行後

2009-2010シーズンよりシニアに上がる。3度目の出場となる全日本選手権で4位に入り、バンクーバー五輪選出は惜しくもならなかったが、自身初の四大陸選手権への派遣が決定。その四大陸選手権では自己ベストを40点以上更新する演技を見せ、準優勝を果たした。

2010年中国杯でのスケーティング

2010-2011シーズン、初戦のネーベルホルン杯ではフリースケーティングで自身初となる4回転トウループを成功させ、シニア国際大会初優勝を果たす。しかし、その後シニアクラスのグランプリシリーズのデビュー戦となった中国杯では5位に入るも、第2戦のロステレコム杯では11位に沈んだ。全日本選手権は前年より順位を落として6位となったが、アジア冬季競技大会の代表に選出された。アジア冬季競技大会ではショートプログラムは2位と健闘したが、フリースケーティングで6位と崩れ、総合4位となった。4月に行われたトリグラフトロフィーではショートプログラム、フリースケーティングを通して全てのジャンプを成功させ、総合優勝を果たした。

2011-2012シーズンよりアンソニー・リュウに師事。アメリカ・カリフォルニア州レイクアローヘッドの「アイスキャッスル」へ練習拠点を移し大学を休学して挑んだ。しかし連覇を狙ったシーズン初戦のネーベルホルン杯を怪我で棄権する。初出場したNHK杯では7位。クロアチアで行なわれたゴールデンスピンではフリースケーティングで全てのジャンプを成功させ優勝した。全日本選手権では4位となり、四大陸選手権への派遣が決まった。四大陸選手権では、ショートプログラムはクリーンで完成度の高い演技で自己ベストを大きく更新して4位につけるも、フリースケーティングで崩れ7位に終わった。

2012-2013シーズン、初戦としてオンドレイネペラトロフィーに出場し優勝する。グランプリシリーズはスケートアメリカ中国杯にエントリー。スケートアメリカではフリースケーティングと総合得点で自己ベストを更新し3位、グランプリシリーズ初のメダルを獲得した。続く中国杯では、ショートプログラムと総合得点で自己ベストを更新してグランプリシリーズ初優勝。またそれにより初のグランプリファイナル出場を決めたもののファイナルは最下位の6位。全日本選手権も9位に終わった。

ソチオリンピックで5位入賞

ソチオリンピックで「火の鳥」を演じる町田

2013-2014シーズンよりコーチ陣に大西勝敬を加え、練習拠点を米国から大阪に移した[26]。また体幹を強化するため木村雅浩トレーナーの元で体幹トレーニングを行う。かつてフィギュア種目だった氷上で課題の図形通りに滑る正確さなどを競う規定種目(コンパルソリー)を重視し、基本練習を行い4回転ジャンプの精度を上げた[5]

スケートアメリカではショートプログラム、フリースケーティングともに自己ベストを大幅に更新する演技で自身2度目のグランプリシリーズの優勝を飾った。続くロステレコム杯ではショートプログラムは2位、フリースケーティングでは1位となり逆転優勝。2年連続のグランプリファイナル出場を決めた。グランプリファイナルでは、ショートプログラムでジャンプのミスが影響し6位。フリースケーティングでは自己ベストに迫る得点を出すも、総合4位に終わった。全日本選手権ではショートプログラム、フリースケーティング共に全てのジャンプを成功させ、非公認ながら自己ベストを大きく上回る得点で総合2位となり、自身初の全日本選手権でのメダルを獲得。同時にソチオリンピック世界選手権の代表にそれぞれ初めて選出された。その後、オリンピックでは帯同できるコーチの人数に制限があるため、メインコーチを大西勝敬に変更し、アンソニー・リュウ、秦安曇との師弟関係を解消した[26]

2014年2月開催のソチ五輪・団体戦は男子シングルのフリースケーティングに出場し、3位(最終的に日本代表は5位)。個人戦・男子シングルではショートプログラムでミスが出て11位と出遅れたものの、フリーでは4位と大きく挽回、五輪メダル獲得はならなかったが総合5位入賞を果たした。

世界選手権で銀メダル獲得

同年3月、日本・さいたま市で開催の世界選手権では、ショートプログラムで完璧な演技を披露し、自己ベストを大幅に更新して首位に立った。フリーでもほぼミスのない内容で自己ベストをマークするも、羽生結弦(ソチ五輪金メダリスト)に僅か0.33点の差で惜しくも逆転されてしまい総合2位に下がったが、銀メダルを獲得(世界選手権男子シングルで日本人メダリストとしては史上6人目、世界選手権初出場で2位は日本男子シングルで歴代最高位となる(2019年1月現在))。さらに日本男子シングル史上初となる、世界選手権でのワンツーフィニッシュを達成した。

2014-2015シーズンは、初戦のスケートアメリカで2位に30点以上の差をつけて優勝。スケートアメリカ二連覇で、GPシリーズ4勝目を挙げた。

突然の現役引退

2014年全日本選手権で4位に入り、2015年世界フィギュアスケート選手権中華人民共和国上海市)の男子シングル日本代表に当初2年連続で選ばれた。だが町田は、日本代表選手発表の場で突如自ら「全日本選手権を以て引退することを本日決断しました」と、世界選手権への出場辞退と同時に、現役を引退することを電撃発表した[27]。これに伴い、世界フィギュア選手権代表選手は町田から無良崇人に変更された[28]

競技引退後

プロフィギュアスケーター・振付家として

「今後も研究活動の一環として、アイスショー等での演技や創作活動を必要最小限の数の舞台において、経験させて頂きたいと考えております」と言及した現役引退発表から4か月後の2015年4月、プリンスアイスワールド横浜公演にゲスト出演。この際、一大学院生の立場から、ファンからの花束・手紙・プレゼント等の一切を辞退すると表明した[29]

以来、大学院での研究活動の傍ら、プロフィギュアスケーターとして「プリンスアイスワールド」「カーニバル・オン・アイス」等のアイスショーに出演し、自身振付による作品を披露。(『白夜行[30]、『Je te veux[31]、『継ぐ者』[32]、『あなたに逢いたくて (Missing You)[33]、『“Ave Maria” by Chris Botti[34]、『Don Quixote Gala 2017:Basil’s Glory』[35]、『Swan Lake:Siegfried and His Destiny』[36]、『ボレロ:起源と魔力』[37]、『ダブル・ビル:そこに音楽がある限り』[38]、『人間の条件――マーラーアダージェット[39]

学業専念のため、2018年10月6日のジャパンオープンおよびカーニバル・オン・アイス出演をもってフィギュアスケーターとしての25年間のキャリアに幕を下ろした[40][41][42][43][44]

2019年10月14日に、新書館より作品集「そこに音楽がある限り — フィギュアスケーター・町田樹の軌跡」(Atelier t.e.r.m編著)が出版された[45][46]

研究活動

関西大学卒業。2015年4月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程へ進学。2017年3月に修士論文「著作権法および産業論から観たフィギュアスケート」を早稲田大学へ提出し修士(スポーツ科学)の学位を取得。同年4月から同大学博士後期課程、2020年3月修了。博士(スポーツ科学)の学位を取得[47]。博士論文のテーマは「アーティスティックスポーツのマネジメントに関する学際的考究の可能性 —— フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化経済学」。

アーティスティック・スポーツ(芸術的スポーツ)の研究に取り組む。専門分野はスポーツ&アーツマネジメント、身体芸術論スポーツ文化論文化経済学知的財産法

2017年度、日本体育・スポーツ経営学会最優秀発表賞、文化経済学会〈日本〉優秀発表賞受賞。2019年度早稲田大学濱野吉生記念褒賞。

2018年4月から2020年9月まで[48]慶應義塾大学環境情報学部非常勤講師、法政大学スポーツ健康学部非常勤講師[49]。2020年10月より國學院大學人間開発学部健康体育学科助教[50]

学究活動と並行して、コラム執筆、アイスショー解説等の社会活動もおこなっている[51]

主な戦績

シニア

大会/年 2009-10 2010-11 2011-12 2012-13 2013-14 2014-15
冬季オリンピック 5
世界選手権 2 辞退
四大陸選手権 2 7
全日本選手権 4 6 4 9 2 4
GPファイナル 6 4 6
GPエリック杯 2
GPスケートアメリカ 3 1 1
GPロステレコム杯 11 1
GP中国杯 5 1
GP NHK杯 7
アジアフィギュア杯 1
プランタン杯 2
ネペラ記念 1
ゴールデンスピン 1
ネーベルホルン杯 1 棄権
トリグラフ杯 1
冬季アジア大会 4
NRW杯 6

ジュニア

大会/年 2003-04 2004-05 2005-06 2006-07 2007-08 2008-09
全日本選手権 13 7
冬季ユニバーシアード 5
世界Jr.選手権 9
全日本Jr.選手権 12 7 5 1 7 2
JGPマドリード杯 3
JGPジョン・カリー記念 1
JGPウィーン杯 9
JGPリベレツ 2
JGPメキシコ杯 4
JGPバルト杯 7
JGPタリン杯 10
JGPクールシュベル 7
ガルデナスプリング杯 5 1

詳細

2014年スケートアメリカ金メダル
2014-2015 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2014年12月25日 - 28日 第83回全日本フィギュアスケート選手権長野 2
90.16
5
152.45
4
242.61
2014年12月11日 - 14日 2014/2015 ISUグランプリファイナルバルセロナ 2
87.82
6
128.31
6
216.13
2014年11月21日 - 23日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯ボルドー 2
88.70
2
149.04
2
237.74
2014年10月24日 - 26日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカシカゴ 1
93.39
1
175.70
1
269.09
2014年世界フィギュアスケート選手権銀メダル
2013年スケートアメリカ金メダル
2013-2014 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2014年3月24日 - 30日 2014年世界フィギュアスケート選手権さいたま 1
98.21
2
184.05
2
282.26
2014年2月6日 - 22日 ソチオリンピックソチ 11
83.48
4
169.94
5
253.42
2014年2月6日 - 22日 ソチオリンピック 団体戦(ソチ - 3
165.85
5
団体
2013年12月20日 - 23日 第82回全日本フィギュアスケート選手権さいたま 2
93.22
2
183.82
2
277.04
2013年12月5日 - 8日 2013/2014 ISUグランプリファイナル福岡 6
65.66
4
170.37
4
236.03
2013年11月22日 - 24日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 2
84.90
1
172.10
1
257.00
2013年10月18日 - 20日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカデトロイト 1
91.18
1
174.20
1
265.38
2013年8月8日 - 11日 2013年アジアフィギュア杯バンコク 1
72.70
1
153.51
1
226.21
2012年中国杯金メダル
2012-2013 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2013年3月22日 - 24日 2013年プランタン杯ルクセンブルク市 2
61.47
1
120.11
2
181.58
2012年12月20日 - 24日 第81回全日本フィギュアスケート選手権札幌 8
68.48
8
137.69
9
206.17
2012年12月6日 - 9日 2012/2013 ISUグランプリファイナルソチ 6
70.58
6
128.05
6
198.63
2012年11月2日 - 4日 ISUグランプリシリーズ 中国杯上海 2
83.48
1
153.44
1
236.92
2012年10月19日 - 21日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカケント 4
75.78
2
154.17
3
229.95
2012年10月3日 - 7日 2012年オンドレイネペラトロフィーブラチスラヴァ 1
77.82
1
149.76
1
227.58
2011-2012 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2012年2月7日 - 12日 2012年四大陸フィギュアスケート選手権コロラドスプリングス 4
82.37
10
125.67
7
208.04
2011年12月22日 - 26日 第80回全日本フィギュアスケート選手権門真 3
74.64
6
138.84
4
213.48
2011年12月8日 - 10日 2011年ゴールデンスピンザグレブ 2
73.34
1
155.29
1
228.63
2011年11月10日 - 13日 ISUグランプリシリーズ NHK杯札幌 5
72.26
6
123.19
7
195.45
2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年4月7日 - 10日 2011年トリグラフトロフィーイェセニツェ 1
77.32
1
159.33
1
236.65
2011年1月30日 - 2月6日 第7回アジア冬季競技大会アスタナ 2
71.58
6
116.26
4
187.84
2010年12月24日 - 27日 第79回全日本フィギュアスケート選手権長野 5
73.75
6
130.36
6
204.11
2010年11月19日 - 21日 ISUグランプリシリーズ ロシア杯モスクワ 12
56.37
9
120.64
11
177.01
2010年11月5日 - 7日 ISUグランプリシリーズ 中国杯北京 7
66.78
6
134.17
5
200.95
2010年9月23日 - 26日 2010年ネーベルホルン杯オーベルストドルフ 1
71.41
1
149.81
1
221.22
2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年1月25日 - 31日 2010年四大陸フィギュアスケート選手権全州 6
69.60
2
147.88
2
217.48
2009年12月25日 - 27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権門真 4
75.35
4
139.67
4
215.02
2009年12月3日 - 6日 2009年NRW杯ドルトムント 7
66.32
3
129.02
6
195.34
2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年4月1日 - 5日 2009年ガルデナスプリング杯 ジュニアクラス(ガルデナ 1
67.87
1
115.83
1
183.70
2009年2月18日 - 28日 第24回冬季ユニバーシアードハルビン 4
64.70
7
108.46
5
173.16
2008年12月25日 - 27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権長野 5
70.33
8
113.40
7
183.73
2008年11月23日 - 24日 第77回全日本フィギュアスケートジュニア選手権名古屋 1
69.85
3
111.06
2
180.91
2008年9月24日 - 28日 ISUジュニアグランプリ マドリード杯マドリード 2
59.48
6
99.49
3
158.97
2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年11月24日 - 25日 第76回全日本フィギュアスケートジュニア選手権仙台 8
48.53
5
103.68
7
152.21
2007年10月18日 - 21日 ISUジュニアグランプリ ジョン・カリー記念シェフィールド 2
59.51
1
117.69
1
177.20
2007年9月13日 - 16日 ISUジュニアグランプリ ウィーン杯ウィーン 7
53.10
9
96.41
9
149.51
2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年2月26日 - 3月4日 2007年世界ジュニアフィギュアスケート選手権オーベルストドルフ 17
50.88
9
106.17
9
157.05
2006年12月27日 - 29日 第75回全日本フィギュアスケート選手権名古屋 7
60.44
14
96.94
13
157.38
2006年11月25日 - 26日 第75回全日本フィギュアスケートジュニア選手権広島 1
60.35
2
105.03
1
165.38
2006年10月19日 - 22日 ISUジュニアグランプリ リベレツリベレツ 1
57.78
2
105.51
2
163.29
2006年9月14日 - 17日 ISUジュニアグランプリ メキシコ杯メキシコシティ 5
43.50
3
97.11
4
140.61
2005-2006 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2006年3月29日 - 31日 2006年ガルデナスプリング杯 ジュニアクラス(ガルデナ 6
39.77
3
81.84
5
121.61
2005年12月10日 - 11日 第74回全日本フィギュアスケートジュニア選手権長野 4
54.34
5
92.00
5
146.34
2005年10月12日 - 15日 ISUジュニアグランプリ バルト杯グダニスク 8
46.85
8
89.90
7
136.75
2005年9月14日 - 17日 ISUジュニアグランプリ タリン杯タリン 11
39.01
10
81.46
10
120.47
2004-2005 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2004年11月20日 - 21日 第73回全日本フィギュアスケートジュニア選手権横浜 8
49.82
8
100.85
7
150.67
2004年8月26日 - 29日 ISUジュニアグランプリ クールシュヴェルクールシュヴェル 11
44.07
7
86.87
7
130.94
2003-2004 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2003年11月22日 - 23日 第72回全日本フィギュアスケートジュニア選手権京都 14 12 12

プログラム使用曲

シーズン SP FS EX
2014-2015[52][53] ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲
映画『ラヴェンダーの咲く庭で』より
作曲:ナイジェル・ヘス
振付:フィリップ・ミルズ
交響曲第9番
作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
振付:フィリップ・ミルズ
ジュ・トゥ・ヴー
作曲:エリック・サティ
振付:町田樹

テレビドラマ『エデンの東』より
〜セレブレイション〜
作曲:リー・ホールドリッジ
振付:フィリップ・ミルズ
2013-2014 テレビドラマ『エデンの東』より
作曲:リー・ホールドリッジ
振付:フィリップ・ミルズ
バレエ音楽『火の鳥』より
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
振付:フィリップ・ミルズ
白夜を行く テレビドラマ『白夜行』より
作曲:河野伸
振付:町田樹

ドント・ストップ・ミー・ナウ
演奏:クイーン
振付:荻山華乃

映画『ロシュフォールの恋人たち』より
作曲:ミシェル・ルグラン
振付:宮本賢二

テレビドラマ『エデンの東』より
〜セレブレイション〜
作曲:リー・ホールドリッジ
振付:フィリップ・ミルズ
2012-2013[54][55] F・U・Y・A
演奏:C2C
振付:ステファン・ランビエール
映画『ロシュフォールの恋人たち』より
作曲:ミシェル・ルグラン
振付:宮本賢二
2011-2012 ロシア民謡『黒い瞳』より
振付:宮本賢二
バレエ音楽『ドン・キホーテ』より
作曲:レオン・ミンクス
振付:ステファン・ランビエール
ドント・ストップ・ミー・ナウ
演奏:クイーン
振付:荻山華乃

アランフエス協奏曲
作曲:ホアキン・ロドリーゴ
振付:荻山華乃
2010-2011 映画『カサブランカ』より
作曲:マックス・スタイナー
振付:阿部奈々美

映画『レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い』より
作曲:ジェームズ・ホーナー
振付:阿部奈々美
ドント・ストップ・ミー・ナウ
演奏:クイーン
振付:荻山華乃

映画『ハッピー フィート』より
愛にすべてを
ボーカル:ブリタニー・マーフィ
マイ・ウェイ
ボーカル:ロビン・ウィリアムズ
振付:荻山華乃
2009-2010 Celos (タンゴ・ジェラシー)
作曲:ヤコブ・ゲーゼ
演奏:葉加瀬太郎
振付:荻山華乃
映画『カサブランカ』より
作曲:マックス・スタイナー
振付:阿部奈々美
映画『ハッピー フィート』より
愛にすべてを
ボーカル:ブリタニー・マーフィ
マイ・ウェイ
ボーカル:ロビン・ウィリアムズ
振付:荻山華乃
2008-2009[56] Peach〜Ashihara Story〜 (ex. 004)
演奏:PE'Z
振付:荻山華乃
バレエ音楽『白鳥の湖』より
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
振付:荻山華乃
-
2007-2008[57] ブギウギ・ビューグル・ボーイ
演奏:アンドリュース・シスターズ
振付:佐藤紀子
-
2006-2007 プッシュ・ザ・リミッツ
作曲:エニグマ
振付:荻山華乃
レッド・ヴァイオリン 『アランフエス協奏曲』より
作曲:ホアキン・ロドリーゴ
編曲・演奏:川井郁子
振付:荻山華乃
ファインド・ラヴ
作曲:エニグマ
振付:荻山華乃
2005-2006 -
2004-2005 映画『スピード』より
作曲:マーク・マンシーナ
振付:荻山華乃
映画『座頭市』より
作曲:鈴木慶一
振付:荻山華乃
-

著書

単著

  • アーティスティックスポーツ研究序説――フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論白水社、2020年6月。ISBN 9784560097656https://www.hakusuisha.co.jp/book/b508458.html 

共著

寄稿

関連書籍

脚注

  1. ^ 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「passion」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  2. ^ a b c 国内外のコーチに支えられ [フィギュアスケート企画] - 大阪日日新聞
  3. ^ 若い女性を虜にする町田樹の魅力、独特の世界観 世界選手権2位「最高傑作をお届けできた」”. 産経ニュース (2014年4月6日). 2014年4月6日閲覧。
  4. ^ ソチ五輪フィギュア:“まっちー”に感動、冷めやらず 古巣のリンクにコーナー、フィギュア人気熱々−−東区 /広島”. 毎日新聞 (2014年3月2日). 2014年3月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月2日閲覧。
  5. ^ a b c フィギュア:ソチ出場枠3 23歳町田「崖っぷちの戦い」(2013年12月8日時点のアーカイブ) - 毎日新聞、2013年11月21日
  6. ^ 日本スケート連盟 強化選手プロフィール
  7. ^ 2010-06-27 公認ファンブログ Rhythmicolorful !プロフィール(2010.06.27 更新) - 2015年1月10日閲覧
  8. ^ Profile Studies | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE”. 2020年4月1日閲覧。
  9. ^ 中国新聞』2013年10月21日1面、『産経新聞』2013年10月21日13面、町田 ソチで自作の新エキシビション披露も メダル獲り意欲 - スポニチ
  10. ^ a b (総合屋内プール)News。 - 公益財団法人広島市スポーツ協会
  11. ^ 斎藤貴子編『フィギュアスケート07』毎日新聞社、2007年4月、p.
  12. ^ 青嶋ひろの「もっと知りたい New Face 第2回 町田樹」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.60-61
  13. ^ 関西大学による公式サイト 2014年12月28日 引退のご挨拶(2015年1月5日時点のアーカイブ) - 2014年1月28日閲覧
  14. ^ 町田樹 公式サイト 2015年4月1日 皆様へのお願い - 2015年4月2日閲覧
  15. ^ 町田樹“氷上の哲学者”の言葉を聞け - デイリースポーツ、2014年1月28日
  16. ^ 町田が芸術的首位/フィギュア - 日刊スポーツ、2013年10月20日
  17. ^ a b 町田樹からのメッセージ| 関西大学・アイススケート部プロフィール(2014年7月17日時点のアーカイブ
  18. ^ a b c d 中国新聞』2003年2月4日「氷雪のホープ 広島で奮闘 フィギュアスケート…町田選手 スノーボード・ハーフパイプ…岡野選手」
  19. ^ フィギュア町田 次世代選手に夢与える/五輪ニュース/デイリースポーツ フィギュア日本代表 町田選手を激励 - 広島ホームテレビ|ニュース
  20. ^ a b c フィギュア町田選手「ソチで最高の演技を」 広島で激励会”. 読売新聞 (2013年12月30日). 2013年12月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月31日閲覧。
  21. ^ a b 『中国新聞』2013年12月25日2面「この人 町田樹さん」
  22. ^ 男子フィギアスケーター 町田樹さん - 広島エフエム放送今シーズン特別の期待 [フィギュアスケート企画] - 大阪日日新聞町田、古里で再起 フィギュア男子 - 中国新聞(2010年10月25日時点のアーカイブ)、瀬戸内リレー|トップレベルを生んだリンクでスケートにチャレンジ!121130(2013年10月29日時点のアーカイブ)、広島ビッグウェーブで初滑り(2013年10月29日時点のアーカイブ
  23. ^ 中国新聞』2012年11月4日[要ページ番号]
  24. ^ 『中国新聞』2013年12月30日20面「広島初 五輪スケーター祝う 町田選手を関係者激励」
  25. ^ フィギュア町田選手を応援 くだまつ健康パークに横断幕 - 山口新聞
  26. ^ a b 町田がコーチ変更 大西氏、ソチに帯同 Archived 2014年10月22日, at the Wayback Machine.
  27. ^ 町田樹が突然の引退表明 大学院進学 研究者目指す スポーツニッポン 2014年12月28日閲覧
  28. ^ 世界フィギュア代表に羽生、村上ら 引退の町田に代わり無良が出場 Archived 2014年12月30日, at the Wayback Machine. スポーツニッポン 2014年12月28日閲覧
  29. ^ 町田樹氏が電撃引退後初のアイスショー デイリースポーツ 2015年4月25日記事
  30. ^ “一意専心 町田 樹 (3)”. 大阪日日新聞. (2013年7月24日). オリジナルの2014年12月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141229114926/http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/skate/130724/20130724036.html 2014年12月29日閲覧。 
  31. ^ 町田樹 公式サイト JE TE VEUX - 2015年8月7日閲覧
  32. ^ 町田樹 公式サイト 継ぐ者 (THE INHERITOR) - 2015年6月22日閲覧
  33. ^ 2016 Spring - あなたに逢いたくて (Missing You) | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2016年10月12日閲覧
  34. ^ 2016 Autumn - “Ave Maria” by Chris Botti | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2016年10月12日閲覧
  35. ^ 2017 Spring - Don Quixote Gala 2017:Basil’s Glory | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2017年5月15日閲覧
  36. ^ 2017 Autumn - Swan Lake:Siegfried and His Destiny | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2018年1月30日閲覧
  37. ^ 2018 Spring - Boléro:origine et magie | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2018年5月3日閲覧
  38. ^ 2018 Autumn:Double Bill:as long as there’s music”. 2018年10月7日閲覧。
  39. ^ 2018 Autumn:La condition humaine 人間の条件”. 2018年10月7日閲覧。
  40. ^ Japan Open 2018およびCarnival on Ice 2018出演のお知らせ - News | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2018年6月16日閲覧
  41. ^ 町田樹さん プロフィギュアスケーター引退を表明 学業専念のため 10・6最後の演技 - スポニチアネックス、2018年6月15日記事
  42. ^ フィギュアスケーター引退のご報告 - News”. 2018年10月7日閲覧。
  43. ^ “町田樹さんが最後の演技で「人間の条件」を披露 プロスケーター引退”. スポーツ報知. (2018年10月6日). https://www.hochi.co.jp/sports/winter/20181006-OHT1T50165.html 2018年10月7日閲覧。 
  44. ^ “町田樹さん引退「一言だけ話す」スケート愛3分熱弁”. 日刊スポーツ. (2018年10月6日). https://www.nikkansports.com/sports/news/201810060000934.html 2018年10月7日閲覧。 
  45. ^ NEWS | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE”. tatsuki-machida.com(2019年10月3日). 2019年12月31日閲覧。
  46. ^ 決定版作品集「そこに音楽がある限り―フィギュアスケーター・町田樹の軌跡―」_新書館”. www.shinshokan.co.jp. 2019年12月31日閲覧。
  47. ^ 2020.04.01 節目のご挨拶 | NEWS | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE”. 2020年4月1日閲覧。
  48. ^ 町田 樹 (Tatsuki MACHIDA) - 経歴 - researchmap”. researchmap. 2020年10月20日閲覧。
  49. ^ フィギュアを凌ぐ学問で得た充実感 町田樹がアスリートに伝えたいこと”. 早稲田ウィークリー. 2018年4月11日閲覧。
  50. ^ 人間開発学部:「Weekly通信」2020.10.7 – 國學院大學”. 國學院大學. 2020年10月7日閲覧。
  51. ^ Sport Management Studies スポーツマネジメント研究 | Tatsuki Machida 町田 樹 OFFICIAL WEB SITE - 2018年1月30日閲覧
  52. ^ 町田吐くほど緊張?新エキシビション披露
  53. ^ 町田樹選手、今シーズンのプログラム発表 テーマは“極北”
  54. ^ フィギュアスケート企画 表現に自信、新たな“実験”へ, 大阪日日新聞, 2012年9月12日更新
  55. ^ フィギュアスケート企画 準備順調「火の鳥」勝負, 大阪日日新聞, 2012年9月13日更新
  56. ^ 「2008全日本選手権レポート 男子シングル」『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.26-29
  57. ^ 『Cutting Edge 2008』p.82

外部リンク