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「第2次吉田内閣」の版間の差分

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2023年1月7日 (土) 06:17時点における版

第2次吉田内閣
内閣総理大臣 第48代 吉田茂
成立年月日 1948年昭和23年)10月15日
終了年月日 1949年(昭和24年)2月16日
与党・支持基盤 民主自由党、(緑風会[注釈 1]
施行した選挙 第24回衆議院議員総選挙
衆議院解散 1948年(昭和23年)12月23日
馴れ合い解散
内閣閣僚名簿(首相官邸)
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第2次吉田内閣(だいにじ よしだないかく)は、衆議院議員民主自由党総裁吉田茂が第48代内閣総理大臣に任命され、1948年昭和23年)10月15日から1949年(昭和24年)2月16日まで続いた日本の内閣

内閣の顔ぶれ・人事

国務大臣

一人内閣

1948年(昭和23年)10月15日任命[1]。在職日数5日。

職名 氏名 出身等 特命事項等 備考
内閣総理大臣 48 吉田茂 衆議院
民主自由党
外務大臣兼任 民主自由党総裁
法務総裁 - 臨時代理
(内閣総理大臣兼任)
外務大臣 69
大蔵大臣 -
文部大臣 -
厚生大臣 -
農林大臣 -
商工大臣 -
運輸大臣 -
逓信大臣 -
労働大臣 -
建設大臣 -
国務大臣
経済安定本部総務長官
- 事務取扱
(内閣総理大臣兼任)
国務大臣
物価庁長官
-
国務大臣
中央経済調査庁長官
-
国務大臣
賠償庁長官
-
国務大臣
行政管理庁長官
-
国務大臣
地方財政委員会委員長
- (欠員)
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

国務大臣任命時

1948年(昭和23年)10月19日任命[2]。在職日数121日(通算125日。第1次、2次通算493日)。

職名 氏名 出身等 特命事項等 備考
内閣総理大臣 48 吉田茂 衆議院
民主自由党
外務大臣兼任 民主自由党総裁
法務総裁 - 吉田茂 臨時代理
(内閣総理大臣兼任)
1948年11月7日免兼
民主自由党総裁
3 殖田俊吉 民間 国務大臣兼任 1948年11月7日任[3]
外務大臣 69 吉田茂 衆議院
民主自由党
内閣総理大臣兼任 民主自由党総裁
大蔵大臣 54 泉山三六 衆議院
民主自由党
国務大臣兼任[注釈 2] 初入閣
1948年12月14日免[注釈 3][4]
- 大屋晋三 参議院
民主自由党
臨時代理
(商工大臣兼任)
1948年12月14日任[4]
文部大臣 65 下条康麿 参議院
緑風会
初入閣
厚生大臣 17 林譲治 衆議院
民主自由党
内閣総理大臣臨時代理
副総理
初入閣
農林大臣 10 周東英雄 衆議院
民主自由党
国務大臣臨時兼任[注釈 2] 初入閣
商工大臣 31 大屋晋三 参議院
民主自由党
大蔵大臣臨時代理 初入閣
運輸大臣 10 小沢佐重喜 衆議院
民主自由党
初入閣
逓信大臣 53 降旗徳弥 衆議院
民主自由党
初入閣
労働大臣 3 増田甲子七 衆議院
民主自由党
建設大臣 2 益谷秀次 衆議院
民主自由党
初入閣
国務大臣
経済安定本部総務長官
4 泉山三六 衆議院
民主自由党
大蔵大臣、
国務大臣兼任[注釈 2]
初入閣
1948年12月14日免[注釈 3][4]
- 周東英雄 衆議院
民主自由党
事務代理
(農林大臣兼任)
1948年12月14日兼[4]
国務大臣
物価庁長官
4 泉山三六 衆議院
民主自由党
大蔵大臣、
国務大臣兼任[注釈 2]
初入閣
1948年12月14日免[注釈 3][4]
- 周東英雄 衆議院
民主自由党
事務代理
(農林大臣兼任)
1948年12月14日兼[4]
国務大臣
中央経済調査庁長官
2 泉山三六 衆議院
民主自由党
大蔵大臣、
国務大臣兼任[注釈 2]
初入閣
1948年12月14日免[注釈 3][4]
- 周東英雄 衆議院
民主自由党
事務代理
(農林大臣兼任)
1948年12月14日兼[4]
国務大臣
行政管理庁長官
2 殖田俊吉 民間 法務総裁兼任 初入閣
1948年11月10日免[5]
3 工藤鉄男 衆議院
民主自由党
初入閣
1948年11月10日任[5]
国務大臣
賠償庁長官
3 井上知治 衆議院
民主自由党
初入閣
国務大臣
地方財政委員会委員長
3 岩本信行 衆議院
民主自由党
初入閣
1949年2月10日免[注釈 4][6]
- (欠員) 1949年2月10日から
国務大臣
無任所
- 森幸太郎 衆議院
民主自由党
初入閣
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

内閣官房長官・内閣官房次長

1948年(昭和23年)10月17日任命[7]

職名 氏名 出身等 特命事項等 備考
内閣官房長官 4 佐藤栄作 民間(運輸省
民主自由党
内閣官房次長 - 橋本龍伍 大蔵省 1948年12月26日[8]
- 郡祐一 全国選挙管理委員会
(旧内務省
1948年12月25日任[9]
  1. 辞令のある留任は個別の代として記載し、辞令のない留任は記載しない。
  2. 臨時代理は、大臣空位の場合のみ記載し、海外出張時等の一時不在代理は記載しない。
  3. 代数は、臨時兼任・臨時代理を数えず、兼任・兼務は数える。

政務次官

1948年(昭和23年)10月26日任命[10]

職名 氏名 出身等 備考
法務政務次官 田中角榮 衆議院/民主自由党 1948年11月29日免[注釈 5]
(欠員) 1948年12月4日まで
鍛治良作 衆議院/民主自由党 1948年12月4日任[11]
外務政務次官 近藤鶴代 衆議院/民主自由党
大蔵政務次官 塚田十一郎 衆議院/民主自由党
平岡市三 参議院/民主自由党
文部政務次官 栗山長次郎 衆議院/民主自由党
小野光洋 参議院/民主自由党
厚生政務次官 庄司一郎 衆議院/民主自由党
團伊能 参議院/民主自由党
農林政務次官 北村一男 参議院/民主自由党
伊藤郷一 衆議院/民主自由党 1948年11月10日任[5]
商工政務次官 村上勇 衆議院/民主自由党
小林英三 参議院/民主自由党
運輸政務次官 片岡伊三郎 衆議院/民主自由党
加藤常太郎 衆議院/民主自由党
逓信政務次官 鈴木直人 参議院/緑風会
労働政務次官 鈴木正文 衆議院/民主自由党
竹下豊次 参議院/緑風会
建設政務次官 江崎真澄 衆議院/民主自由党
赤木正雄 参議院/緑風会
経済安定政務次官 神田博 衆議院/民主自由党
中川以良 参議院/民主自由党
地方財政政務次官 寺尾豊 衆議院/民主自由党

勢力早見表

※ 内閣発足当初(前内閣の事務引継は除く)。

名称 国務大臣 政務次官 その他
みんしゆしゆう民主自由党 12 17 内閣総理大臣内閣官房長官
国務大臣のべ17
しやかい社会党 0 0 衆議院議長
りよくふうかい緑風会 1 3 参議院議長
みんかん民間 1 0
- 14 20 国務大臣のべ19

首班指名投票

第3国会
1948年(昭和23年)10月14日
吉田茂(民主自由党)-184票片山哲(日本社会党)-87票、三木武夫国民協同党)-28票、黒田寿男労働者農民党)-9票、徳田球一日本共産党)-4票、齋藤晃(第一議員倶楽部)-1票、白票-86票、無効-1票[注釈 6]
<決選投票>
吉田茂(民主自由党)-185票、片山哲(日本社会党)-1票、白票-213票[注釈 7]
吉田茂(民主自由党)-144票、片山哲(日本社会党)-29票、黒田寿男(労働者農民党)-15票、松平恒雄(緑風会)-9票、三木武夫(国民協同党)-6票、徳田球一(日本共産党)-4票、西園寺公一(無所属)-1票、白票-5票

内閣の動き

山崎首班工作事件を経て、保守政党の民主自由党単独で政権が発足。しかし組閣が遅れたため、10月15日から10月19日の間、首相の吉田茂が自ら各省大臣の臨時代理及び長官の事務取扱をした。

脚注

注釈

  1. ^ 会派として与党入りしていない。
  2. ^ a b c d e 経済安定本部総務長官、物価庁長官、中央経済調査庁長官を兼任。
  3. ^ a b c d 1948年(昭和23年)12月13日、泥酔による国会キス事件を起こした責任を取り、翌日国務大臣・衆議院議員を辞任。
  4. ^ 衆議院副議長に就任内定のため。
  5. ^ 炭鉱国管疑獄を受けて辞任。
  6. ^ 吉田には民自党148、社革党18、諸派・無所属17、民主党1(岡部得三)が投票。片山には社会党87、黒田には労農党9、徳田には共産党4、齋藤は自身の1、白票は民主党81、国協党1(三木武夫)、諸派・無所属2無記名2。無効は鈴木弥五郎(無所属)。
  7. ^ 吉田には民自党148、社革党18、諸派・無所属18、民主党1(岡部得三)が投票。片山には民主党1(北浦圭太郎)、白票は社会党86・民主党80・国協党29・労農党9・共産党4、諸派・無所属3、無記名2。

出典

参考文献

関連項目

外部リンク