古代エジプトの墓碑に刻まれたヒエログリフ
ヒエログリフ (英 : Hieroglyph 、聖刻文字、神聖文字とも)は、ヒエラティック 、デモティック と並んで古代エジプト で使われた3種のエジプト文字 のうちの1つ。エジプトの遺跡に多く記されており、紀元後4世紀頃までは読み手がいたと考えられているが、その後読み方は忘れ去られてしまった。しかし、19世紀、フランスのシャンポリオン のロゼッタ・ストーン 解読以降、読むことが可能になった。
一般には古代エジプトの象形文字あるいはその書体を指す[ 1] が、広義にはアナトリア・ヒエログリフ (英語 : Anatolian hieroglyphs 、ヒエログリフ・ルウィ語 (英語版 ) の象形文字 )、クレタ・ヒエログリフ (英語 : Cretan hieroglyphs 、Eteocypriot language の象形文字)、マヤ・ヒエログリフ (英語 : Mayan hieroglyphs 、マヤ語 の象形文字)、ミクマク・ヒエログリフ (英語 : Mi'kmaq hieroglyphs 、ミクマク語 の象形文字)など、他の象形文字[ 2] に対しても用いられることがある[ 3] 。
ギリシア語 の ἱερογλυφικά (古代ギリシア語ラテン翻字 : hieroglyphiká , ヒエログリュフィカ)に由来する。これは、ἱερός (hierós , ヒエロス。「聖なる」)+γλύφω (glýphō , グリフォ。「彫る 」)を意味する。古代エジプト遺跡で主に碑銘 に用いられていたのでこう呼ばれた[ 3] 。
刻まれたヒエログリフ
ヒエログリフがいつ頃使われ始めたかについてはまだ解明されていない。エジプト原始王朝時代 以前の紀元前4000年 のGerzeh culture の壷に描かれたシンボルがヒエログリフに似ていることが知られている。紀元前3200年 頃、上エジプト にあったen:Nekhen の遺構から1890年 に出土したナルメルのパレット (英語版 ) の文字を最古のヒエログリフとする見解が長い間一般的であった。
紀元前3000年 頃にはヒエログリフとヒエラティックが使い分けられていた。ヒエログリフは神聖なものとされ、神や、それと同等であるとされたファラオを称える石碑や神殿、墓などに刻まれた。神聖文字とも言われる。一方、パピルス へ手書きするときにはヒエラティック (神官文字)が使われる。
この当時、文字というものはその王朝の文化や学問がいかに発展しているかを示す象徴であった。古代エジプト では、こうした背景からヒエログリフは特に重要視され、学習するものはごく限られた高い経歴をもつ者に限られた。
エジプト中王国 時代(紀元前2040年 -紀元前1782年 )にヒエログリフの改革が行われ、使用する文字の数を750程度に抑え、単語の綴りも一定化された。当時、古代エジプト語 は中エジプト語 (英語版 ) に移行した時期で、古エジプト語 (英語版 ) よりも細かいニュアンスを表現出来る文章語としての完成度が求められたことも要因として上げられる。この改革は、同時代の古代オリエント 世界において楔形文字 でも使用する文字数を減らす改革と、起こった時期が一致している。
末期王朝時代 のエジプト第26王朝 (紀元前650年 )頃にはヒエラティックの簡略化が進み、草書体 とも言うべきデモティック (民衆文字)となった。
その後、古代ローマ帝国統治下において徐々にギリシア文字が浸透、4世紀 を境にして使用されなくなっていった。2018年現在、ヒエログリフの使用が最後に確認されているのは、フィラエのイシス神殿 内にある礼拝所の壁面に書かれたもので、紀元後394年 8月24日の日付がデモティックで残っている。
中世を通じてもヒエログリフは多くの人々の関心を惹き付けていた。近代に入ると多くの学者達がヒエログリフの解読に挑んだ。特に有名なのは16世紀のヨハンネス・ゴロピウス・ベカヌス (英語版 ) と17世紀のアタナシウス・キルヒャー であるが、解読に失敗したり、全く根拠のない独自の解釈に終わった。初めて解読に成功したのは19世紀のフランス人学者ジャン=フランソワ・シャンポリオン であり、彼はキルヒャーの収集した資料を研究し、ロゼッタ・ストーン の解読を行うことで読み方を解明した。これが突破口になり、その後も研究が進んだため、現代ではヒエログリフは比較的簡単に読むことができる。
ヒエログリフは象形文字 と呼ばれるように絵に似ているが、その見かけに反して、表意文字 よりも表音文字 が多い。表意文字の音を借りることもある。漢字でいえば仮借 の使用法に近い。表音文字では通常母音は無視され、子音のみが表記される。このため、例えば"mr(i)"という単語があっても、「愛、ミルク壺、運河、ピラミッド[ 注釈 1] 、闘牛の牛」等という名詞と、「縛る」という動詞などのどの意義かはっきりと分からない[ 注釈 2] 。
その単語に、発音されない文字が付け加えられることがある。これを決定詞 という。
以上のように、決定詞があることにより、意味の決定が可能となる。また、表意的に使われている事を示す為に "r" の音を表すヒエログリフを音声補字 、いわば送りがなとして添える事もある。これでmrと発音し、音声補字のrや決定詞は発音しない。
メンフィスの博物館のヒエログリフ。後ろに見えるのはラムセス2世 の像
ヒエログリフは右からでも左からでも書け、縦書き横書きも同様に行える。読む方向は、生物の形をしたヒエログリフの頭の向きで判断し、頭が向いている方向が文頭になる。
ヒエログリフで表される音は子音のみであり、母音は表記されないため発音に支障が生じる。ここで、エジプト学では利便性を考慮し、実際のコプト・エジプト語 などからの再建発音ではなく仮の発音法を主に用いる。
子音が二つ以上続く単語の場合は、各子音間に"e"音を補って読む。
例: nfr → nefer(ネフェル)(美しい)
A, a, i, w は本来子音文字だが、それぞれ母音「ア」、「アー」、「イ」、「ウ」として読む。ただし、完全にこの規則に従うわけではない。
例: zA → サア(息子)。 ra → ラー(太陽神ラー )、wsir → ウシル(オシリス )、itn → アテン(太陽神アテン )。
フランス式では"e"の代わりに"o"を補い、itnをAton(アトン)とする場合もある。同様に、imnをAmun(アムン)、Amon(アモン)ともされる。
以下は、表音文字として多用される1子音文字の一覧である。カナ転写は統一されておらず学者によって異なるので、不正確な可能性があることに留意されたい[ 注釈 3] 。なおMdCとは、マニュエル・ド・コダージュ を示す。
ヒエログリフ
文字の説明
MdC
翻字(別表記)
ラテン文字転写
カナ転写
𓄿
エジプトハゲワシ
A
Ꜣ
a
ア
𓇋
葦 の穂
i
j
i
イ
𓇌
葦の穂2つ
y
y
y
イ、ィ
𓏭
𓂝
前腕
a
Ꜥ
a
アー、ア、ァ
𓅱
ウズラの雛
w
w
u
ウ、ゥ
𓏲
𓃀
足
b
b
b
ベ、ブ
𓊪
葦のマット
p
p
p
ペ、プ
𓆑
角の生えた毒蛇[ 注釈 4]
f
f
f
フェ、フ
𓅓
フクロウ
m
m
m
メ、ム
𓐝
不明
𓈖
さざ波
n
n
n
ネ、エン、ニー(語頭)
𓋔
赤冠
𓂋
口
r
r
r
レ、ル、エル
𓉔
よしず張りの囲い
h
h
h
ヘ、フ、ホ[ 注釈 5]
𓎛
よりあわせた亜麻糸
H
ḥ
h
𓐍
不明。胎盤 、篩 、紐の玉?
x
ḫ
kh
ケ、ク
𓄡
雌の獣の腹と尾
X
ẖ
kh
𓋴
折り畳んだ布
s
z
s
セ、ス
𓊃
かんぬき
z
s
s
セ、ス(ゼ、ズ)
𓈙
池
S
š
sh
シェ、シュ
𓈎
丘の斜面
q
ḳ
k
ク
𓎡
取っ手のついた籠
k
k
k
ケ、ク
𓎼
土器の台
g
g
g
ゲ、グ
𓏏
パン
t
t
t
テ、トゥ[ 注釈 6]
𓍿
動物をつなぐ縄
T
ṯ
tj
チェ、テ
𓂧
手
d
d
d
デ
𓆓
コブラ
D
ḏ
dj
ジェ、ジュ
^ ピラミッドは読みはmrだが、綴りはと大幅に異なるので本稿では省く
^ 動詞のmrはもともとの形は三音節弱動詞のmriであるが、活用するとmrという形になることがある。
^ MdCを用いた転写が最も正確に近い。
^ 架空の生物ではなく、北アフリカにはサハラツノクサリヘビ という蛇が実在する。
^ ホテプ(Htp)の時
^ トゥト(twt)の時
E. A. Wallis Budge An Egyptian Hieroglyphic Dictionary, in Two Volumes , (Dover Publications, Inc. New York), c 1920, Dover Edition, c 1978. (Large categorized listings of Hieroglyphs, Vol 1, pp. xcvii-cxlvii (97-147) (25 categories, 1000+ hieroglyphs), 50 pgs.)
Alan Gardiner , Egyptian Grammar: Being an Introduction to the Study of Hieroglyphs . 3rd Ed. , Rev. Oxford: Griffith Institute , ISBN 0-900416-35-1 , 1957 (1st edition 1927).
Raymond O. Faulkner , A Concise Dictionary of Middle Egyptian , ISBN 0-900416-32-7 , 1962, 2nd ed. 1972.
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