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1940年の大阪タイガース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1940年の大阪タイガース(阪神軍)
成績
日本野球連盟2位
64勝37敗3分 勝率.634[1]
本拠地
都市 兵庫県武庫郡鳴尾村(現:西宮市
球場 甲子園球場
球団組織
経営母体 阪神電気鉄道
監督 松木謙治郎(選手兼任)
« 1939
1941 »

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1940年の大阪タイガース(1940ねんのおおさかタイガース)では、1940年シーズンの大阪タイガースの動向をまとめる。

この年の大阪タイガースは、松木謙治郎選手兼任監督の1年目のシーズンである。シーズン途中の9月、日米・日英関係の悪化から敵性語として英語を使用できなくなったことから「阪神軍」に球団名称を変更した。

チーム成績

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順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 東京巨人軍 76 28 0 .731 -
2位 阪神軍 64 37 3 .634 10.5
3位 阪急軍 61 38 5 .616 12.5
4位 翼軍 56 39 10 .589 15.5
5位 名古屋軍 58 41 5 .586 15.5
6位 黒鷲軍 46 54 4 .460 28.0
7位 名古屋金鯱軍 34 63 7 .351 38.5
8位 南海軍 28 71 6 .283 45.5
9位 ライオン軍 24 76 4 .240 50.0

できごと

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9月12日、甲子園庭球会館で『タイガース後援会』が発足。

選手・スタッフ

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[2][3]

表彰選手

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リーグ・リーダー
受賞者なし

脚注

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注釈

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出典

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  1. ^ 年度別成績 1940年 日本野球連盟”. 日本野球機構. 2018年9月12日閲覧。
  2. ^ ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 102 
  3. ^ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7