利用者‐会話:Urania

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※初期のメッセージ(2005年以前)について、「過去ログ化」のしかたがわからなかったので、一部編集除去したものがあることをお断りしておきます。除去したメッセージは、かなり昔のもので、ご覧になる方は皆無に近いと思いますが、この会話ページの過去の版から閲覧することはもちろん可能です。

※個々の記事の内容についてのご意見、ご指摘等は、できれば当該記事の「ノート」の方へお願いします。

ウィキペディアにようこそ![編集]

こんにちは。はじめましてSuisuiと申します。ウィキペディアへようこそ!

ウィキペディアで活動する際にはWikipedia:ガイドブックを是非ご一読ください。きっとご参考になるものと思います。よろしければ 自己紹介してみてください。何か疑問点がありましたらWikipedia:井戸端で質問することが出来ます。あなたがよきウィキペディアンになることを期待します。

なお、このメッセージは利用者 - 会話ページに何も記入されていない方に投稿しておりますので、すでに活動を開始されてから期間が経っていらっしゃるのでしたら、お詫びいたします。--Suisui 08:11 2004年4月30日 (UTC)


重要文化財[編集]

訂正ありがとうございました。修正前に条例をもう少し件数見ておくべきでした。文化財側で国又は地方自治体の括りで説明があったりするので冒頭にふれておいたほうがいい(このレベルで編集すればよかったのですが、、、。申し訳ないです。)と感じて冒頭修正をしていました。これからもご迷惑かと思いますが、何かありましたら指摘の程よろしくお願いします。(記事、少し触りました。)--toto-tarou 2006年8月13日 (日) 14:41 (UTC)[返信]

わかりました。わざわざおそれいります。今後ともよろしくです^_^)Urania 2006年8月13日 (日) 14:49 (UTC)[返信]

人間国宝#人間国宝の一覧にリンクをつけたいのですが[編集]

この節に名前の挙がっているかたがたはいずれも「名人」と呼ばれる方だと思うので、全部にリンクをつけたいと思います。おそらく、「リンク切れ」がたくさんできると思いますが、それは「本来あるべき項目がないので整備するべきであることを示している」と考えればよいと思います。1週間程度反対がなければリンクをつけたいと思いますので、「人間国宝」のノートにコメントをお願いします。Penpen 2006年9月25日 (月) 12:56 (UTC)[返信]

「大宰府」と「太宰府」[編集]

初めまして。Symaumaと申します。ウィキペディアの編集お疲れ様です。 さて、Uraniaさんが 2006年11月4日 (土) 01:29に編集しました「太宰府天満宮」において、 「太宰府から外れた所で牛車を曳いていた牛が動かなくなった。」と「大宰府」から「太宰府」と訂正しています。 菅原道真の死去当時は「大宰府」が一般的だったと思いますが、ご再考をお願いいたします。 念のため太宰府天満宮のHPをご参照ください。 http://www.dazaifutenmangu.or.jp/shiru/kankou.htm

ご連絡ありがとうございます。私はウィキペディア日本語版に2年半ほど前から投稿している者ですが、投稿を続けている主な理由は、自分が興味をもっている寺院、神社、文化財、伝統美術工芸等の分野の記事についてあまりにも不備や誤りが多く、このまま放置しておけば、インターネットを通じて、文化遺産に関する誤った知識が広まりかねないという危機感を持っているためです。私自身、よく気をつけて投稿しているつもりですが、時々ケアレスミスもあると思いますので、客観的に見て誤っている点については、逐一こちらのページにお断りいただかずとも、要約欄なり、当該記事のノートページなりに記入のうえ、どんどん修正していただいて結構です。私自身もそのようにしております。Urania 2006年11月7日 (火) 15:48 (UTC)[返信]

お礼[編集]

はじめまして、Kouchiumiと申します。甲斐善光寺の記事を修正して頂き、本当にありがとうございます。至らぬところの多い私ですが、今後もご指導を頂ければ幸いです。取り急ぎお礼までと思いメッセージを差し上げました。失礼いたします。--Kouchiumi 2006年12月20日 (水) 10:48 (UTC)[返信]

リダイレクトの削除依頼の案件除去タイミング[編集]

たまたま 最近更新されたページ をみていたらリダイレクトの削除依頼案件を復帰されていらっしゃるのを見かけました。私は管理者により(対処)や(終了)がついたものは除去していいと思っているのですがどうでしょうか。 By 健ちゃん 2007年3月10日 (土) 04:04 (UTC)[返信]

自分の提出した削除依頼で、(削除)意見が付いていて未対処のままになっているものが誤って除去されていたので(金剛宝寺->紀三井寺)、その1件だけを復帰させようとしたのが編集意図でしたが、差分を見ると私の意図したのとは全然違うことになっていてビックリしました。とりあえず、自分の編集を取消して、1つ前の版に戻しておきました。こちらにお知らせいただかなければ自分で自分のミスに気付かなかったと思います。お知らせありがとうございます。Urania 2007年3月10日 (土) 04:19 (UTC)[返信]
そういうことでしたか。みてみたら、確かに「金剛宝寺->紀三井寺」は未対処なのに除去されてしまっているようだったので僭越ながら戻しておきました。 By 健ちゃん 2007年3月10日 (土) 05:29 (UTC)[返信]

運慶の件[編集]

Uraniaさんの精力的な投稿にはいつも感服いたしております。運慶の北円堂の作品の件、ノートに記載の内容で異議ありません。ただ、1つ提案があります。「作風、納入品などから運慶作にほぼ間違いないとされる作品」に、東大寺俊乗堂の「重源上人坐像(1206年頃)」を加えたいと思いますが、ご意見をお聞かせ下さい。(異論がなければ、お返事は不要です。)お忙しいところ申し訳ありませんが、以上よろしくお願いいたします。-- 2007年3月22日 (木) 14:01 (UTC)[返信]

東大寺の重源上人坐像!!渋いですねー。すいません。その件は週末までにはお返事しますので、ちょっと待ってください。明日朝早いので今日はそろそろ寝ます。Urania 2007年3月22日 (木) 15:50 (UTC)[返信]
上の件については、ノート:運慶にお返事しました。Urania 2007年3月24日 (土) 07:16 (UTC)[返信]

:拝見させていただきました。訂正ありがとうございます。-- 2007年3月24日 (土) 10:41 (UTC)[返信]

本願寺の名称問題について[編集]

お便り拝見致しました。

私自身はこの問題では、依頼前にロリ氏と口論沙汰になってしまい、あとは専門の詳しい方に一任したほうが宜しかろうと考えましてWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 仏教/寺院名についてに事情だけ明記して後は皆さんのお知恵を借りて、私は一歩引いたほうが良いと考えておりました。私は今回の議論の結論を支持するのですが、後々の事を考えるのであれば、実際に項目名を移動された文姫・ロリ両氏にもお話を通しておかないと、後日また同じような事になりはしないかという危惧を抱いております。--水野白楓 2007年5月20日 (日) 01:36 (UTC)[返信]

本願寺関連記事名の件は、少し前に私の方で改名依頼を出し、改名テンプレを貼っておきました。拙速にならないよう、十分周知期間を置いて改名に踏みきりたいと思います。--Urania 2007年7月22日 (日) 06:26 (UTC)[返信]

2007年5月の月間感謝賞[編集]

こんにちは。さて、今月の月間感謝賞投票に伴い、Urania様に1ウィキが贈られておりますので、お納め頂ければ幸いでございます。この機会にWikipedia:ウィキバンクに口座を作られてはいかがでしょうか。今月のウィキペディアへの大きな貢献に感謝いたします。また来月以降もよろしくお願い致します。--Bellcricket 2007年5月27日 (日) 12:22 (UTC)[返信]

返信しそびれてしまいました。「月間感謝賞」、ノミネートされるだけで光栄です。口座開設は今のところ考えておりませんので、よろしくお願いします。--Urania 2007年7月22日 (日) 06:26 (UTC)[返信]

「工芸」の人間国宝加筆に関して[編集]

はじめまして。Moraykaitaと申します。今月初旬から「工芸」の人間国宝に関しての執筆を始めました。先にノート:人間国宝にて該当者全員にリンクを貼るかどうかの議論がなされた時のUraniaさんのコメントを拝見し、私でも良ければ少しでも協力をと思った次第です。当方の手持ちの文献はあくまで「広く浅く」的なカバーしか出来ず、新規項目を立てても略歴に留まるばかりで心苦しいのですが‥。とりあえずぼちぼちと人間国宝内のリンクを貼り始めています。工芸系の執筆者は特に少ないとの事ですので、加筆・修正等でUraniaさんのお力をお借り出来たら心強く幸いです。勿論お時間がある時で構いませんので、苦言等も含め、何かありましたら是非ご教授下さい。wikipedia執筆歴も浅い上若輩者ですが、どうぞ宜しくお願い致します。--Moraykaita 2007年6月6日 (水) 14:32 (UTC)[返信]

返信しそびれてしまいました。現代の工芸のことはあまり詳しくないのですが、できるだけお手伝いはしたいと思います。本来なら「人間国宝」の記事は全員分がとうに出来ていて当然だと思っています。--Urania 2007年7月22日 (日) 06:26 (UTC)[返信]

北海道大学植物園の削除依頼について[編集]

はじめまして。K. Takedaです。

北海道大学植物園が削除依頼に出されてしまいました。つきましては同項目の編集者に御連絡を差し上げております。削除の議論については、Wikipedia:削除依頼/北海道大学植物園で行われます。些細な事でも、コメントが御座いましたら是非ご意見を頂戴致したく御連絡させて頂きました。私自身の利用者ページもあわせて閲覧いただくと有難いです。--K. Takeda 2007年7月10日 (火) 17:02 (UTC)[返信]

Wikipedia:削除依頼/桜井堅一朗 (アナウンサー) 20070215について[編集]

こんにちは、はじめまして、Wikipedia:削除依頼/桜井堅一朗 (アナウンサー) 20070215で依頼者票を入れていらっしゃいませんが、現時点ではどのようにお考えでしょうか。--Tiyoringo 2007年7月16日 (月) 15:16 (UTC)[返信]

返信遅れました。ご指摘のとおりだったので、再考のうえ削除票を入れてきました。--Urania 2007年7月22日 (日) 06:26 (UTC)[返信]

北海道の重要文化財について[編集]

北海道の文化財一覧にて修正された件につきまして、最初はそうなのかと思っておりましたが、少し気になりましたのでご教示ください。詳細はノート:北海道の文化財一覧まで。--КОЛЯ 2007年7月27日 (金) 09:24 (UTC)

記念物における二重指定制度について[編集]

記念物における二重指定制度について、御意見をいただきましてありがとうございました。ノート:記念物における二重指定制度に返信を書いておきました。御意見にしたがい、記念物に統合しようと思います。--Greenland4 2007年9月17日 (月) 16:12 (UTC)[返信]

一向寺のリンクについて[編集]

はじめまして。先日、一向寺 (宇都宮市)の本文を編集されて、国指定重要文化財関係のリンクを削除されていますが、何か特別な背景があればご教示願えませんでしょうか。よろしくお願いいたします。124.100.16.24 2007年10月6日 (土) 21:12 (UTC)[返信]

この件は当該記事のノートでお答えしました。--Urania 2007年10月8日 (月) 14:16 (UTC)[返信]
ご教示いただきましてありがとうございました。ご指摘の件、正確な編集を行って参ります。124.100.16.24 2007年10月10日 (水) 12:38 (UTC)[返信]

古瀬戸中期様式の開始年代について[編集]

蔵骨器である陶磁器は、被葬者が現に埋葬された年代かやや前と考えられるので、開山塔の年代よりも当然古くなります。貴重な図録から調べて加筆なされたことについては、敬意を表しますが、藤澤氏は生産地の方であって膨大な資料から判断なさっていることなので、大変恐縮ですが、年代の記述については初稿どおりに戻させていただきました。---Siyajkak 2008年1月11日 (金) 15:57 (UTC)[返信]

十一面観音記述について[編集]

十一面観世音菩薩十一面観音と略するも、正式に十一面観世音とすることが正統。十一面観音としては検証されません。--Bbt888s 2008年2月4日 (月) 22:40 (UTC)[返信]

この件については、貴台の会話ページにお返事させていただきます。--Urania 2008年2月5日 (火) 12:50 (UTC)[返信]

コメントをお願いします[編集]

おひさしぶりです。Greenland4です。さて、Category‐ノート:日本の史跡において、ミッキーマウスのぬいぐるみさんより、カテゴリ構造の見直しが提案されています。私もコメントしておきましたが、文化財にお詳しいUraniaさんからも、ぜひコメントを頂戴したいと思います。よろしくお願い申し上げます。--Greenland4 2008年2月9日 (土) 08:15 (UTC)[返信]

ありがとうございました[編集]

はじめましてネプチューンです。先程は富岩運河の文化財行政用語に修正なさったり、文献を追加してくださり誠にありがとうございました。Uraniaさんの投稿記録を拝見すると文化財関係の記事を中心に活動なさっているようで「文化財」といえば国宝と世界文化遺産ぐらいしか名称をはっきり覚えていない私を助けていただき重ねてありがとうございました。

富岩運河は第4回執筆コンテスト分野Aにエントリーしていましてただいま執筆中です。Uraniaさんのお助けでまた元気をもらいました。執筆の方、頑張らせていただきます。--ネプチューン 2008年4月8日 (火) 07:49 (UTC)[返信]

ネプチューンさん、はじめまして。大した加筆をしたわけでもないんですが、わざわざ連絡いただき恐縮です。私は、誰の書いた記事であろうと、あくまでも中立的・客観的見地から、加筆修正を行っているつもりです。その点をご理解いただき、前向きに受け止めていただけたとことはうれしく思います。私、実生活の方が多忙なため、最近はほとんど文化財関係に絞って投稿していますが、余裕ができたら他の分野にも関わっていけたらと思っています。--Urania 2008年4月13日 (日) 14:38 (UTC)[返信]

コメント、再度のお願い[編集]

おひさしぶりです。Greenland4です。Category‐ノート:日本の史跡での議論をふまえ、改名が提議されていたCategory‐ノート:日本の史跡 (都道府県別)について、畏敬申し上げるUraniaさんのコメントをいただきたく再び参上いたしました。なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。--Greenland4 2008年4月10日 (木) 13:31 (UTC)[返信]

こちらこそ、お久しぶりです。さて、文化財・文化遺産関連のカテゴリ構造に関しては、どこから手をつけていいのかわからないほど議論が複雑化しており、簡単に結論は出せないというのが正直なところです。私見では、文化財関連については、カテゴリ整備の前に、記事そのものの充実をはかることが肝要ではないかと思います。--Urania 2008年4月13日 (日) 14:38 (UTC)[返信]

米山薬師 (姶良町)について[編集]

はじめまして、Tam0031と申します。米山薬師 (姶良町)の冒頭定義が「薬師である」はおかしいということで編集していただきましたが、私は「薬師」という言葉は薬師如来を本尊とする寺院の一般名であると考えているので問題ないと考えています。薬師の曖昧さ回避ページにもそのような説明があります。もし特に他になければ戻したいのですが、いかがでしょうか。--Tam0031 2008年7月6日 (日) 11:35 (UTC)[返信]

ご意見ありがとうございます。私は、他のユーザーさんのご意見ご指摘は謙虚に受け止め、最大限尊重することを心がけております。それは、私の投稿履歴を見ていただければわかると思います。ですが、上記のご意見には従いかねますし、明確にNOと申し上げます。「薬師」という言葉は薬師如来を本尊とする寺院の一般名ではなく、「薬師である」は日本語としておかしいと思います。このような簡略な説明では納得していただけない場合は詳しくご説明しますので、再度ご連絡ください。この会話ページでも、当該記事のノートでも結構です。--Urania 2008年7月6日 (日) 13:41 (UTC)[返信]
では、薬師の2番目の意味を削除する方がよいということでしょうか? 私としてはごく普通に寺院の一般名として「薬師」という言葉を使っていたので違和感がありますが。「三大薬師」という表現も、薬師という言葉が寺院の一般名でなければおかしな表現ということになるように思います。なお、いずれにせよ米山薬師 (姶良町)は、関連項目のところに「新潟県の薬師」という表現が残っているので、Uraniaさんの主張に従ったとしても再修正の必要があると考えております。--Tam0031 2008年7月6日 (日) 13:55 (UTC)[返信]
以後は、「米山薬師 (姶良町)」のノートの方にお答えします。ただし、当方の実生活多忙につき、1日 - 2日ほど時間をください。--Urania 2008年7月6日 (日) 14:05 (UTC)[返信]

重要文化財の指定件数[編集]

はじめまして、Qwert1234といいます。早速ですが、重要文化財の彫刻の指定件数(国宝を含む)を2,632件から2,628件に訂正されていますが、その理由をご教示ください。私は、従前の2,623件に2008年7月10日付で9件が指定され、2,632件と理解したのですが。--Qwert1234 2008年7月11日 (金) 11:50 (UTC)[返信]

2,628件が正当です。今回、彫刻部門の新指定は9件でなく8件です。これに能面の統合・追加指定があり、差し引きマイナス3件となるので、2,623+8-3=2,628となります。能面以外にも仏像、仮面などの追加指定や屏風、障壁画の現状変更に伴う員数の変更などがありますが、これらによる件数の増減はなく、美術工芸品全体の指定件数は10,311件となります。以上の説明でご納得いかない場合は、文化庁文化財部美術学芸課に照会願います。--Urania 2008年7月11日 (金) 14:13 (UTC)[返信]
ありがとうございました。私の7月10日付文部科学省告示第113号の見方が誤っていました。--Qwert1234 2008年7月11日 (金) 14:54 (UTC)[返信]

重要文化財(美術工芸品・考古資料)の指定件数の訂正の件、ありがとうございました。平成21年7月10日文部科学省告示第100号の「分割し・・国宝に指定する」について、その結果を重要文化財に誤った表示をしてしまいました。上記のように1年前と同じ誤りをし、1年たっても成長しないですね。すみませんでした。--Qwert1234 2009年7月10日 (金) 13:03 (UTC)[返信]

ご挨拶かたがたお礼まで[編集]

初めまして。胡亂堂と申します。 拙稿に対するお手直し、有り難うございます。今般、Uraniaさんにご修正いただいた大塩八幡宮につきましては、立項の望みはないものの、それでもどなたかがして下さるのではとの浅薄な思いから、ついつい人名を太字強調してしまい、お見苦しい思いをさせてしまったこと、恐縮に存じます。なお、この機会に当該項目を見直し、若干手直しさせていただきましたが、赤リンクを外された「斗栱」に就きましては、これは建築用語として将来どなたかが立項して下さるだろうとの期待から戻させていただきましたこと、ご了承いただければ幸甚に存じます。もし、初心者の愚按にすぎず、リンク化不要とお考えでしたら、お手をおかけしますが再び外して下さるようお願い申し上げます。--胡亂堂 2009年1月24日 (土) 20:55 (UTC)[返信]

追伸 上記ののちに気になったので、検索してみましたら、建築用語 まに、枡組(ますぐみ)の項目がありました(赤ですが)。そこで「斗栱」は「枡組|斗栱」とすることで対応させていただきます。--胡亂堂 2009年1月24日 (土) 21:23 (UTC)[返信]

胡亂堂さん、すいません、ご返事のタイミングが遅れてしまいまして・・。私、たいした加筆修正をしたわけでもないのに、おそれいります。今後ともよろしくです。--Urania 2009年2月3日 (火) 13:49 (UTC)[返信]

ご忠告ありがとうございました[編集]

ご指摘の通り大寶寺圓明寺について移動を行いました。これは四国八十八箇所の霊場一覧の寺号が修正されてリンクされなくなっていたので、そちらにあわせてしまいました。改名提案を怠ったことは手落ちと認めます。既に移動してしまったこの2寺について何か対応する方法はありますでしょうか。

略縁起と歴史はご推察の通り伝承と史実を分けたかったのですが、土佐国分寺南光坊については既に書き込んでいた方の記述をできるだけ生かそうとしたため中途半端なものとなってしまったことは自覚していますので、今後修正を試みたいと思います。なお、八坂寺の文化財の項については修正しました。

さて、執筆を休んで関連文書を読むようにとのご忠告ですが、執筆に当っての様々な要綱はこれまでにも読んできております。ただ、そのすべてを覚えることはできませんし、要綱の中にも大きな過ちを犯さない限り慎重になりすぎることはないという主旨の励ましもあります。いただいたご忠告を参考にして執筆については続けて行きたいと思っておりますのでご了解下さい。--decchi 2009年2月3日 (火) 00:39 (UTC)[返信]

Decchiさん、どうも、早速に丁寧なご返事ありがとうございます。「執筆を休んで関連文書を読むように」との件については、1週間とか2週間とか休め!、ということではなく、時々はそういうのにも目を通しておいてくださいね、程度に受け取っていただければと思います。今後ともよろしくです。ではでは。--Urania 2009年2月3日 (火) 13:49 (UTC)[返信]
ご意見拝見しました。国分寺のように国家政策として建立された寺院にはある程度信頼できる史料が残されていると思われるので、権威付けに創作された伝承の類は少ないと思いますが、その他の中小寺院の歴史の記述は歴史と伝承の区別があいまいなものがあると思われます。四国八十八箇所の札所寺院にも、私度僧時代に勅願を受けて開基したとか、大宰府での謹慎中である大同年間に開基したとするなど、空海とのかかわりをこじつけたような寺伝が多く見られます。また、古文書が天正の戦火で焼失し、寺伝自体が残されていない寺院も少なからずあります。したがって、ある程度客観的に明らかな史実と、伝承による縁起をできるだけ書き分けるべきではないかと考えています。宗教史には歴史的事実と信仰的事実があるという説があります。史実ではないかもしれないが信者がそうであると信じるようになった事項は信仰的には事実なのだとする考えかたです。そしてこの二者は上位・下位の区別を付けることができないように思います。そこで、信仰的事実に該当するものを縁起とし、史実を歴史として独立させて記述したのです。他で行われていない項目立てなので不適当というご意見ですが、事典では事実と伝承の区別は必要なことだと思っています。このあたりの考え方について幅広く議論できる場があればよいのですが。お考えをお聞かせ下さい。--decchi 2009年2月6日 (金) 00:56 (UTC)[返信]
ご返信ありがとうございます。decchiさんが、当方の問題提起に対し、きちんと対話に応じようという姿勢をお持ちであることに、まずは感謝します。で、一つお願いですが、私がdecchiさんの会話ページに投稿しているのに、その回答を毎度こちら(私の会話ページ)にくださるのでは、話の流れが途切れて、わかりにくくなってしまいます。私がdecchiさんの会話ページに投稿した意見については、私の会話ページ(=今ご覧になっているページ)ではなく、decchiさんの会話ページの方にご返事いただけないでしょうか。上記のご意見については、一両日中にご返事申し上げます。--Urania 2009年2月6日 (金) 12:54 (UTC)[返信]

ノート:東京芸術大学における議論について[編集]

はじめまして、Ritisと申します。驚かせて申し訳ありません。

先般、Uraniaさんがコメント依頼を行った表題ノートの中で、「芸術」表記に賛成する私の意見を述べております。既にご覧頂いているのでは無いかとは期待しておりますが、「藝術」表記に賛成するUraniaさんからのご意見がなく、少々残念に思います。宜しければご意見を頂戴したく。--Ritis 2009年6月26日 (金) 11:37 (UTC)[返信]

当該ノートでの議論についてですが、私は「改名反対」を強硬に主張するものでは全くありません。そのことは、当該ノートにおける私の一連の発言を注意深くお読みいただければおわかりいただけると思います。それどころか、私は「当該大学の正式名称は、正字体の『東京芸術大学』である」と再三明言し、そのソースも明示しています。そうした前提に立ったうえで、不偏不党の立場から、論理的に不整合な点、手続き的に不備のある点を指摘したものです。コメント依頼はたしかに出しました。それは、自分自身の言いたいことはすでに何回も言ったし、当該ノートの議論に参加しているごく少数の人同士の議論では、いつまでたっても堂々めぐりで、話が前に進まないと思ったためです。私としては、自分の提起した問題点は十分ご理解いただいたうえで、感情的なやりとりの結果ではなく、冷静で論理的な議論の結果、別の方向性が打ち出されるのであれば、それはそれで尊重せざるをえないと考えています。--Urania 2009年6月26日 (金) 14:59 (UTC)[返信]

天寿国繍帳[編集]

あなたが作成された天寿国繍帳新しい項目に推薦されています。おめでとうございます。私も力作だと思います。ただ、惜しむらくは稿の長さの割には出典の注がが少なく{{参照方法}}に難があると思います。この点を改善していただけないでしょうか。--Katze Fleischer 2009年6月27日 (土) 15:53 (UTC)[返信]

ご意見ありがとうございます。新着記事推薦に投票してくださったことには、率直にお礼を申し上げます。脚注については、いろいろご批判もあるかもしれないし、それは甘んじて受けるつもりですが、自分としてはあの程度でいいんじゃないかと思っています。本来なら、「天寿国繍帳」に関する過去の主要な論文や研究書に一通り目を通してから執筆すべきでしょうが、今の私にはとてもそんなアカデミックな能力はありません。記事中に掲げた参考論文を見ればわかるように、私が調べたのは一般向けの概説書のようなものばかりです。記事内容も、どの文献にも共通して解説されているような基本的事柄がほとんどであり、学術論文のように細かく注を付ける必要もないのではないかと思います。どの本でも解説されているような基本的事柄については、「どれが出典」と特定困難な場合があります。私は記事執筆時、複数の資料を見て、自分なりのノートを作って、執筆時には参考文献を直接見ながらではなく、自分のノートを見ながら書くようにしています。ご指摘はご指摘として謙虚に受け止め、今後改善したいと思いますが、参考文献は一応挙げているし、必要と思われるところには注を付けているし、何とかこれでパスさせてくれないかなーというのが率直なところです。--Urania 2009年6月28日 (日) 21:36 (UTC)[返信]

壇上伽藍に関して[編集]

Uraniaさん、ご無沙汰しています、663hです。有意義な執筆を重ねていただき、助かっています。 さて、現在ノート:金剛峯寺におきまして、壇上伽藍を金剛峯寺高野山かいずれのページに詳述することが適切であるかを議論しております。もし、ご興味がおありでしたらコメントをください。どのようなコメントでも大歓迎いたします。失礼いたします。--663h 2009年11月8日 (日) 15:03 (UTC)[返信]

寺院の記事名における矛盾について[編集]

こんにちは、Uraniaさん。
「寺院の記事名」についてのお願いです。
Wikipedia:ウィキプロジェクト 仏教/寺院名について#通称名について」では、Uraniaさんは「現在も存続している寺院の場合は、宗教法人としての公称を項目名とするのがもっとも簡潔、中立的かつ妥当であると考えます。」と仰っております。
しかし「ノート:東本願寺 (台東区)」では、「ウィキペディアにおいて、伝統仏教宗派に属する寺院の記事名は「寺号のみ」とする、という方針は異論なく定着しており、地域や宗派を問わずそのように運用されています。」と仰っております。
「東本願寺 (台東区)」の記事名は、前者を適用するのであれば、宗教法人名である「浄土真宗東本願寺派本山東本願寺」となりますが、同ノートページの議論では「寺院の記事」だから「寺号のみ」とするのが「百科事典の見出し語」として適切とされています。(「寺院の記事」という判断基準も曖昧かと思います。)
この矛盾が解消されるように、「Wikipedia:ウィキプロジェクト 仏教/寺院名について」において、整理・明文化していただけないでしょうか?
よろしくお願い致します。--Resto1578 2009年12月27日 (日) 11:24 (UTC)[返信]
ご意見はご意見として承りますが、ご指摘のあった私の発言がそのまま仏教PJの方針に反映されているわけではありませんし、仏教PJの方針自体には別に矛盾はありません。なので、「矛盾が解消されるように整理・明文化せよ」と言われましても、ちょっとどうしてよいかわかりません。
仏教PJでの私の発言については、必ずしも全てが妥当だったかどうかはわかりません。自分の過去の発言のうち、法人名について言及した部分は、現在ではやや修正の必要を感じています。「法人名 = 一般に使われている寺号」である場合が多いことは事実ですが、全部が全部そうではないし、法人名を記事名とするのが、必ずしもベストとは限らない、と今は思います。新旧の発言を並べてみて、相互に矛盾していると言われれば、そのとおりかもしれません。しかし、3年も経てば自分なりにいろいろ勉強したり経験していって考えが変わるということもありますし、過去と今の発言とを並べてみれば、多少は矛盾した部分も出てくるでしょう。3年以上前の発言と最近の発言を並べて、矛盾を指摘するのはちょっと酷ではないでしょうか。
それに、私の発言はあくまでも一個人ユーザーの発言であって、それがそのまま仏教PJの方針になっているわけではありません。3年ほど前、仏教PJで皆で話し合って、ある程度の合意ができ、その内容は「ほぼ推奨されている付け方」という節に表示されているのはご存じのとおりです。その「ほぼ推奨されている付け方」に看過しがたい大問題や矛盾があって、あちこちの寺院記事で論争や混乱が起きているのであれば、一大事、何とかしなければなりません。しかし、今ある方針で特に大きな問題は起きていないように思います。「仏教PJの合意内容」というと大層に聞こえますが、何か学術的なむずかしいことが合意されたわけではなく、記事名に「山号は含めないこと(例外あり)」「宗派名は含めないこと」が書いてあるだけです。「法人名」については言及されていません。言及されていないのだから矛盾もありません。将来的にはもう少しきっちりした方針を策定すべきかもしれませんが、今すぐどうにかしなければという状況にはないと思います。いろいろご不満もおありかもしれませんが、年末年始、ちょっとWPから離れてリフレッシュしませんか。--Urania 2009年12月28日 (月) 09:11 (UTC)[返信]
(コメント)
Uraniaさん、こんにちは。丁寧なご回答ありがとうございます。
私としても、この件に関して今すぐにというお願いではありません。「仏教PJ/寺院名について」の現状は、ノートページのように時系列で書き込まれており、合意内容が解りにくいという問題があると思います。
もちろんUraniaさんだけにお願いする問題ではないのですが、私としては「東本願寺 (台東区)」の記事名の変更の議論を契機に「仏教PJ/寺院名について」が、上位PJ「Wikipedia:ウィキプロジェクト 仏教」のように、提案と合意内容等をPJページで明示し、議論はノートページで行うよう整理され、明確化されることを望みます。
私の関係した提案の合意内容と、明らかに合意が形成されたと考えられる提案は、「Wikipedia:記事名の付け方/仏教寺院」に合意内容を整理してみました。
どうも私は議論が下手なようなので、整理自体について提案・作業すると不要な議論に発展しそうなので、「仏教PJ/寺院名について」に関しては静観しております。
今後もよろしくお願いします。ありがとうございました。--Resto1578 2009年12月28日 (月) 12:21 (UTC)[返信]

月間感謝賞より[編集]

2011年3月の月間感謝賞において、Uraniaさんへ感謝の言葉が寄せられました:

* 光舟 2ウィキ:国宝絵画の一覧国宝彫刻の一覧に深い知識から加筆していただいていることに感謝して。日本画、彫刻に決して詳しくない私の文章を推敲していただいて、より内容のある記事にしていただいていることに深謝します。 — Wikipedia:月間感謝賞/投票/2011年3月履歴

また、Uraniaさんには、ウィキマネーが2ウィキ贈呈されています。

Uraniaさんはウィキバンクに口座をお持ちではないようですから、ウィキマネーとウィキバンクについて、簡単なご案内をいたします。ウィキマネーとは、ウィキペディアでの活動の相互扶助を促進するための仮想的な通貨です。また、ウィキバンクとは、そのウィキマネーの口座と残高を記録するシステムです。

ウィキマネーは、ログインしての活動が1か月以上かつ200回以上の編集をしていれば20ウィキ獲得できます。Uraniaさんはこれらを満たしているため、おそらく22ウィキの残高となろうかと思います。口座開設と残高の記録は、Wikipedia:ウィキバンクに「~~~:ψ22」という形式で、残高を記入するだけになります。

これからのますますのご活躍を祈念いたします。--totti 2011年4月1日 (金) 12:35 (UTC)[返信]

ありがとうございました[編集]

Himetvと申します。極楽寺 (北上市)での加筆ありがとうございました。取り急ぎの加筆でしたので、見落とし・足りない部分多々ございました。お詫び申し上げますと共にお礼申し上げます。もし支障ないようでしたら、今後ともよろしくお付き合いのほどお願いいたします。--Himetv 2011年11月20日 (日) 07:33 (UTC)[返信]

今頃の返事ですみません、つい、ご返事しそびれてしまいました。こちらこそよろしくです。--Urania 2012年1月25日 (水) 13:25 (UTC)[返信]

修正ありがとうございます[編集]

はじめまして。oriorigamigami4と申します。洞口家住宅のページを修正・加筆してくださり誠にありがとうございます。土地や附指定の指定年月日の誤記載については無知蒙昧で恥ずかしい限りです。今後ともよろしくお願いいたします。--Oriorigamigami4 2012年1月23日 (月) 10:30 (UTC)[返信]

修正の趣旨ご理解いただきありがとうございます。今後ともよろしくです。--Urania 2012年1月25日 (水) 13:25 (UTC)[返信]

文化財の「指定」について[編集]

はじめまして。tsuzurekoと申します。Uraniaさんの投稿がより詳細な記事につながっていく嚆矢となっており敬服いたします。さっそくですが当方、編集の際には現行法令の用語を引用して編集するようにしておりますが、文化財の「指定」(文化財保護法第二十七条)を「の」と編集されている理由があればご教示願えませんでしょうか。よろしくお願いいたします。

プロジェクト‐ノート:文化遺産保護制度#Category:天然記念物の改名提案における私の発言(2010年11月3日)をご参照ください。--Urania 2012年2月2日 (木) 14:49 (UTC)[返信]

九谷焼[編集]

体裁が変なので手を入れましたが詳しくないため不完全です。適正な編集をお願いしたいです。--ホットコーラカルピス会話2012年6月27日 (水) 16:44 (UTC)[返信]

護国寺の改名提案でのお詫び[編集]

このたびは、私の早とちりでUraniaさんが間違っているかのようなことを書いてしまい、大変申し訳ございませんでした。今後はこのようなことのないよう注意して参りたいと思いますので、ご容赦いただければ幸いです。今後ともご指導ご鞭撻、なにとぞよろしくお願い申し上げます。--立花左近会話2012年7月28日 (土) 14:24 (UTC)[返信]

たびたび申し訳ありません。私の至らなさもあり、少々ややこしいことになってしまいました。これをご覧になりましたら、大変恐縮ですが、できるだけすみやかにノート:護国寺#改名提案をご覧になり、ご意見を述べていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。--立花左近会話2012年7月30日 (月) 13:57 (UTC)[返信]

Hello[編集]

こんにちは、非常に感謝したい、これらの記事を改善するために助けることができる:グアティマクザナタ石。--81.32.235.22 2012年9月10日 (月) 06:53 (UTC)[返信]

補足[編集]

ノート:円頓寺#改名提案ではいろいろご意見をいただきありがとうございます。このたびのご質問については当該ノートでご返事いたしましたが、念のためそう考えるに至った過去の議論をご紹介させていただきます。いちおう時系列的に並べたつもりです。この中にはUraniaさんにご参加いただいたものもありますし、それ以外でもご存知のものもあるかもしれませんが、ご参考まで。

以上です。お邪魔いたし大変失礼いたしました。--立花左近会話2012年9月25日 (火) 01:20 (UTC)[返信]

記事のノートページの方にいただいたご返事は拝読しました。加えて、こちらの会話ページにもご丁寧にご連絡くださりありがとうございます。上に掲げていただいた議論には、一応目は通しておきます。これらに対して特にコメントを求められているわけではないと思いますので、個人的コメントは差し控えます。私はこの種の議論にはあまり積極的には参加しておりませんが、参加する場合には、WPの方針と一般常識とに従い、中立的な観点から意見を述べ、他者の意見に対しては、誰の意見であるかに関係なく是々非々で臨んでおります。少なくともそのように努力しております。よろしくお願いします。--Urania会話2012年9月27日 (木) 15:22 (UTC)[返信]

西国三十三所の改名について[編集]

こんばんは。利用者:ikedat76と申します。

さて、西国三十三箇所の改名を2009年6月に提案なさっておられましたが、ご記憶でしょうか。このたび、利用者:Riocamposさんが同様のことをノートで提案されましたので各所に告知を出して改名を進めようかと考えております。依然、関心があるようでしたらご意見いただければありがたく存じます。よろしくお願い致します。--ikedat76会話2012年12月26日 (水) 14:23 (UTC)[返信]

コーヒーをどうぞ![編集]

thanks! OutlanderG会話2013年3月25日 (月) 05:29 (UTC)[返信]

もしもし[編集]

こんにちは、あなたは私がこのFAQの改善に役立つことができますしてください。どうもありがとうございました: マリア·デ·レオン。--81.37.85.9 2013年4月5日 (金) 15:22 (UTC)[返信]

月間感謝賞より[編集]

花束をどうぞ!
花束をどうぞ!

2013年6月の月間感謝賞において、Uraniaさんへ感謝の言葉が寄せられました。

* totti会話) 2ウィキ: 月間新記事賞にも選ばれた中国の陶磁器中国の絵画といった大作の執筆と、9年に渡る活動に敬意を表して。 — Wikipedia:月間感謝賞/投票/2013年6月履歴

また、Uraniaさんには、ウィキマネーが2ウィキ贈呈されています。

これからのますますのご活躍を祈念いたします。--totti会話2013年6月30日 (日) 22:06 (UTC)[返信]

こんにちは[編集]

こんにちは、私は、あなたが改善しましたを参照してください東京タワー記事は、この記事を改善するために助けることができるアウディトリオ・デ・テネリフェデ。私は拡大してみました。 --83.38.39.165 2013年8月9日 (金) 15:12 (UTC)[返信]

コーヒーをどうぞ![編集]

ありがとう 歴史忠実会話2014年8月8日 (金) 12:23 (UTC)[返信]

風景画の冒頭の画像を変更したようですが、目的は何ですか[編集]

風景画の冒頭の画像を変更したようですが、目的は何ですか。美術評論や美術史の類ですか?迷惑です。--Hauynite会話2014年8月17日 (日) 09:02 (UTC)[返信]

修正有り難うございます。[編集]

出来ましたら慈願寺 (高槻市)の年足墓誌関連の確認をお願い致します。--Hiyotchi会話2014年11月18日 (火) 01:54 (UTC)[返信]

Global account[編集]

Hi Urania! As a Steward I'm involved in the upcoming unification of all accounts organized by the Wikimedia Foundation (see m:Single User Login finalisation announcement). By looking at your account, I realized that you don't have a global account yet. In order to secure your name, I recommend you to create such account on your own by submitting your password on Special:MergeAccount and unifying your local accounts. If you have any problems with doing that or further questions, please don't hesitate to contact me on my talk page. Cheers, DerHexer会話2015年1月18日 (日) 23:21 (UTC)[返信]

修正の御礼[編集]

こんばんは。利用者:Shocoreo4212と申します。大垣祭重要無形民俗文化財山車の文化財の指定年月日の修正をして頂きましてありがとうございます。私の知識不足からお手数をお掛けしまして重ねてお詫び致します。今後気をつけます。--Shocoreo4212会話2015年1月19日 (月) 09:03 (UTC)[返信]

正宗の項目の修正について[編集]

貴方が2月6日に行った標記について以下のとおり、異議及び提案を申し上げます。第一に経歴そのものの価値についてです。文化財は、それそのものの価値とともにそれが今現在までどのような経歴で渡ってきたのかがそのものを説明する上で価値のある内容であることは、同項目の主な作品の中で伝来や現在の所蔵先を記載している事項を先の修正において貴方が修正していないことから明らかなことと承知しておりますので、論点にはならない前提条件として整理します。第二に、当該情報を提供する媒体としての是非についてです。情報の価値については第一のとおりですが、文化庁が誰からどのような経緯で購入したかを載せることは、その文化財の価値を客観的に知る上で詳細に記載すべきものになります。特定物の随意契約においては、双方の状況(資本や地位等)が理解できるよう情報を提供することこそが、購入額から価値を読者が判断する上で重要なものと思われます。対して情報を削除すれば、文化財の価値を判断する上での情報が欠落し、ただ単に購入額だけがその文化財の価値を判断する材料であるかのように擬制されるおそれが出てくる可能性があります。第三に著名人でない個人所蔵者の氏名についてです。貴方がおっしゃる著名人の定義が明らかではないため詳細には申し上げるつもりはございませんが、少なくとも当方が引用した情報源には氏名が記載されており、その情報源は国家による法律行為の一部として公に公表しているものであることから、それらについて当該項目に記載することがはばかれるようなものではございません。以上の理由から、当該項目から当該情報を削除する理由はなく、単に項目の情報価値を下げるだけの行為であるため、差し戻すべきものであると考えますが、いかがでしょうか。--Shin-改会話2015年2月9日 (月) 13:48 (UTC)[返信]

ご提示いただいた3つの論点のうち、第一の点については、本多忠勝や徳川家康は歴史上の著名人であるので、彼らに関する記述は除去しておりません。第二の点については、文化庁サイトの「国有財産の活用」>」「国における文化財の購入について」をお読みいただきご理解くださるようお願いいたします。第三の点については、ウィキペディアの各種方針、なかんずく、「Wikipedia:検証可能性」「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか」をお読みいただきご理解くださるようお願いします。-Urania会話2015年2月12日 (木) 12:30 (UTC)[返信]

修正のお礼とお願い[編集]

はじめまして、河川一等兵と申します。

この度は日本のダムの歴史におきまして、西暦と和暦の不整合などで修正頂きまして有難うございます。またお手数をお掛けし恐縮です。一点ご教示頂きたい所があるのですが、「河川環境と堆砂問題」の節で、出し平ダムの一文で言葉を濁しているというタグを貼付されておられますが、どの辺りが不都合なのかご教示頂ければ幸いです。

一応出典を付記してはいるのですが、クリアにしたいので是非宜しくお願い申し上げます。--河川一等兵会話2015年8月30日 (日) 15:17 (UTC)[返信]

一先ず修正(西暦と和暦の不整合)と出典の追加を行いました。重ねてご面倒をお掛け致しますが、ご確認頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。--河川一等兵会話2015年8月30日 (日) 15:33 (UTC)[返信]

牡丹をどうぞ![編集]

慈恩寺 (寒河江市)の加筆ありがとうございました。

Tourisu-garin会話2015年9月2日 (水) 07:33 (UTC)[返信]

関の五本マツ[編集]

sumaruと申します。いくつかの日本の文化財関連の記事でお世話になっております。Uraniaさんは日本の文化財について造詣の深い方とお見受けしますので、もしご存知でしたら教えていただきたいことがあり、お邪魔しました。

ノート:関の五本マツで、戦前に「関の五本松」として指定されていたものが、後に「関の五本マツ」に名前が変わっていたということで、いつからそうなっているのかが論点の一つになっております。この文化財限定の情報でなくとも、一般論として天然記念物の動植物名がカタカナ表記になったのがいつからなのかなど、もしご存知でしたら、そちらのノートにコメントいただけませんでしょうか。年末年始も近づく時期でお忙しいこととは思いますが、ご検討いただけましたら幸いです。--Sumaru会話2015年12月23日 (水) 08:21 (UTC)[返信]

コメント確認いたしました。早速のご対応と丁寧な内容とに厚く御礼申し上げます。--Sumaru会話2015年12月23日 (水) 09:33 (UTC)[返信]

月間感謝賞受賞のお知らせ[編集]

アマ。花言葉は「感謝」。
アマ。花言葉は「感謝」。

Uraniaさんに、2016年1月の月間感謝賞が贈られました。寄せられた推薦と感謝の言葉は次のとおりです:

* totti会話) 2ウィキ: 10月の法隆寺金堂釈迦三尊像、11月の法隆寺の仏像、12月の東大寺の仏像と、3ヶ月連続で月間新記事賞の得票トップとなる記事を執筆されたことに敬意を表して。
  • Saigen Jiro会話) 5ウィキ: 日頃から、私が関与した記事において、特に文化財関係の記載を加筆・修正して頂いていることに感謝して。私が文化財に関して不勉強なばかりに、Uraniaさんにはこれまで相当数の記事で手を入れて頂きましたが、これからも懲りずにお付き合い頂けると幸いです。
  • ぱたごん会話) 5ウィキ: 百科事典の王道である記事を高いレベルできっちり書いてくださっています。硬いテーマでGA選考では近寄りがたかったですが、ここに来て改めて読んでみるとじつによい記事でした。 — Wikipedia:月間感謝賞/投票/2016年1月履歴

また、Uraniaさんには、ウィキマネーが推薦者から12ウィキ、月間感謝賞受賞に10ウィキ、合計22ウィキ贈呈されています。

これからのますますのご活躍を祈念いたします。--totti会話2016年2月2日 (火) 02:25 (UTC)[返信]

ありがとうございます。--Urania会話2016年2月2日 (火) 14:02 (UTC)[返信]

「千住宿」の編集ありがとうございます。[編集]

コメント--Urania様、Koshi2016と申します。千住宿の編集・校正ありがとうございます。初心者の私には、助かりました。ありがとうございます。ところで、質問が2点あります。

  1. 「非推奨の br を取る。」とあったのですが、初心者の私は推奨されている記事の書き方を見落としているようです。今回指摘いただいた点の説明がどこにあるかどうかご教示お願いいたします。
  2. 「千住の経済」の項なのですが、一部 「:」が入れられているのはなぜでしょうか。教えていただけると幸いです。

以上になります。今後ともどうぞよろしくお願いします。--Koshi2016会話2016年4月23日 (土) 03:09 (UTC)[返信]

「br」の非推奨については、Help:ページの編集#段落・改行Wikipedia:スタイルマニュアル#段落をご覧ください。なお、「表」の中や画像のキャプションなどでの「br」は許容されているようですので、北斎と広重の浮世絵の説明の箇所の「br」は残してあります。「:」の使用理由は以下のとおりです。当該記事中の「千住の経済」のセクションの下に「千住青物市場」というサブセクションがあり、そのさらに下位に「背景」「幕府の御用市場」等の小見出しがあります。この小見出しをサブサブセクション(====で文字列を挟む)にしてしまうと見づらくなるので、元の小見出しはそのまま生かし、小見出しの次の行は「br」で強制改行するのでなく「:」を使って1字下げにしたわけです。試しに「:」を消してプレビューしてみるとわかりますが、「:」がないと小見出しから地の文へベタにつながってしまいます。なお、私もうっかりしていたのですが、本来は太字強調(「'''」で文字列を挟む)ではなく、「;」(セミコロン)で小見出しを作り、その次の行を「:」で始めるのが推奨される方法です(Help:箇条書き#定義の箇条書きを参照)。以上のようなことをぐだぐだ文章で説明するとかえってわかりにくくなるので、各種Helpページを参照しながら実際に編集して慣れていくのがよいと思います。Helpページへのリンクは画面の左側に表示されているボックスの中にあります。--Urania会話2016年4月23日 (土) 04:04 (UTC)[返信]

阿弥陀の九品来迎印について[編集]

Uraniaさん、こんにちは。Resto1578と申します。

いくつかの記事において、要約欄に「阿弥陀の印相を「上品下生」等の九品と結びつけるのは俗説。」とコメントをされた上で編集除去されています。

『岩波仏教辞典』第二版 P.59「阿弥陀如来は上品上生から下品下生に到る九品往生に伴う印相の区別がある.」と記述されています。中村元著『広説佛教語大辞典』縮刷版のP.346「九品印」の項目において、「上品上生から下品下生までの九種の印相。(中略)立像では来迎印といって、上品下生が普通である。(後略)。」と記述されています。

また、浄土宗公式サイトの「浄土宗トップページ > 浄土宗について 浄土宗とは > 弥陀三尊の意味 > 阿弥陀像 > 阿弥陀の九品来迎印」に記述があります。

私は、印相について詳しくなく、上記程度の出典を明示することくらいしかできませんが、俗説として除去する理由を見つけることはできませんでした。

俗説として編集除去した説明をお願いいたします。--Resto1578会話) 2016年8月13日 (土) 13:53 (UTC)・(出典の追加)--Resto1578会話) 2016年8月13日 (土) 20:36 (UTC)・(追記)--Resto1578会話2016年8月15日 (月) 10:27 (UTC)[返信]

問題の本質は、「九品来迎印」なる概念が存在するかどうかではなく、それを百科事典の解説に使用することが妥当であるか否かだと思います。ご指摘のとおり、いくつかの記事から「上品下生印を結ぶ来迎仏」とか、それに類する記述を編集除去しました。九品のそれぞれを特定の印相に結びつける説はたしかに存在しますが、それは経典や儀軌に定められたものではなく、江戸時代の1690年に刊行された『仏像図彙』という図像集に出てくるもので、現存する阿弥陀像の印相をこの説に機械的に結び付けて解釈するのは妥当ではありません。これは私の独自研究ではなく、複数の先学の述べていることです。図書館で容易に参照できる文献としては、『世界大百科事典』の「阿弥陀」の項を挙げておきます。グーグル検索してみて気づいたことは、JAWPには「阿弥陀如来」という文字列を含む記事は多数あるにもかかわらず、九品来迎印に言及した記事はほんの数本しかなく、しかもそれらは関東地方の特定の自治体に所在する寺院の記事に限られていることです。他の寺院記事に「上品下生印」のような記述がないのはなぜかというと、執筆に際して参照した文献やウェブサイトにそのような文言がないからだと思われます。浄土宗や浄土真宗の寺院で一般に見かける阿弥陀仏は、左右手とも親指と人差し指で輪をつくり、右手を挙げて左手を下げる形の仏様ですが、これを文化財の解説では「本像は左右手とも第1・2指を捻じて来迎印を結び・・」のように記述し、「上品下生印」「下品上生印」のような用語は使いません。仮に百歩譲って、「九品来迎印」なるものを認めるとしても、どの印相を九品のうちのいずれに当てはめるかについては諸説あり、特定しがたいのが実状です。現に、Resto1578さんが例示しておられる浄土宗公式サイトにおいても、1つの印相について「下品上生(上品下生)」のように二通りの名称を掲げ、「諸説あり」と注記しています。したがって、特定の寺院の特定の阿弥陀仏について、単に手の構え方や指の曲げ方のみから「上品下生印を結び・・」等と断定することは不可能です。東京の浄真寺の九品仏のように、「九品来迎印」説に則って造像されたことが明らかな特異な事例は別として、一般寺院に祀られる阿弥陀仏については、当該仏像がたとえば「上品下生の阿弥陀仏」を意図して造像されたことが客観的に確認できる史料(胎内銘、造像願文等)が発見されない限り、「上品下生印を結ぶ来迎仏」のような書き方は避けるべきです。そもそも日本浄土宗の祖・法然は、「九品」自体に懐疑的で、「極楽の九品は弥陀の本願ではなく、釈尊の述べた方便だ」と言っています。法然のこの言葉は、ほかでもない、浄土宗公式サイトの「阿弥陀の九品来迎印」のページでも言及されています。この件についてどうしてもご納得いただけない場合は、ここ(利用者の会話ページ)ではなく、他の適切な場所でコメントを募っていただければと思います。--Urania会話2016年8月15日 (月) 00:41 (UTC)[返信]
コメント
Uraniaさん、ご回答有難うございます。
私としては、「俗説」として編集除去した説明をお願いしています。
文献としては『仏像図彙』が初出であるとしても、出典として『岩波仏教辞典』第二版と『広説佛教語大辞典』縮刷版を明示できるので、WP:NPOVの方針により「俗説」を理由に除去することはできないものと考えます。
脚注などで「上品下生<ref>印相には諸説あり、上品下生印を下品上生印と呼称する場合もある。</ref>の来迎印を結んで」と注を付けて対処すべき問題だと考えます。
また「宗願寺 (古河市)」では、『古河市の文化財』18頁を出典として明示されている文章から、「俗説」を理由に「上品下生の」という文言を除去しています。(なお、『古河市の文化財』18頁に「上品上生の」の文言が記述されているか確認はしていません。)
コメントを募ると仰いますが、編集除去についての説明責任を求めているので、まずはUraniaさんの会話ページが適切と考えます。広く意見を求めるのであれば、Uraniaさんが場所を指定してください。--Resto1578会話2016年8月15日 (月) 10:27 (UTC)[返信]
こんばんは。利用者:ikedat76と申します。Restro1578さんと重なりますが、蓮華寺 (京都市左京区)での編集につきまして。仏教美術やその解釈についての学識はUraniaさんには遠く及びませんし、件の編集要約の当否を論じることはよもやできませんが、修正元の「阿弥陀の印相と九品往生を結びつける」記述は、該当箇所の記述の出典とした安井・角野[1997: 74]に基づくものであり、過去の議論をすぐに示すことはできませんが、出典のある記述を否定するのであれば、否定する別の文献を出展として提示するべきとするのが、WP:NORWP:CITEの解釈であると認識しております。その意味で方針に照らして妥当ではない編集というのが当方の認識です。安井・角野[1997: 74]による記述を否定する文献をご提示いただけるのでない限り、1週間以内に編集いただいた直前の版に差し戻すつもりでおりますので恐れ入りますがご承知おきください。以上、よろしくお願いいたします。--ikedat76会話2016年8月18日 (木) 13:08 (UTC)[返信]
ご連絡ありがとうございます。承知いたしました。--Urania会話2016年8月18日 (木) 14:53 (UTC)[返信]

「ノート:東本願寺 (台東区)」でのコメントについて[編集]

Uraniaさん、こんにちは。Resto1578です。
「ノート:東本願寺 (台東区)」にコメントを下さりありがとうございます。
2016年10月28日13:36 (UTC)に投稿されたコメントについて、いろいろ確認や質問をさせていただきます。
まず、「プロジェクト:仏教/寺院名について」は、ノートページではなく「プロジェクト:仏教」のサブページです。
プロジェクト:仏教#寺院の記事について」に、「各記事のノートページや当プロジェクト下位の「寺院名について」において議論され、合意を得た記事名があります。」と説明があるため、「プロジェクト:仏教/寺院名について」の全般がガイドライン的な意味を持っています。
「念のため申し添えますが、たとえ自分自身の発言といえども、ノートページでの過去の発言を除去はできないため、そのまま残っているのです」とUraniaさんは仰いますが、<del></del>を用いれば発言の撤回はできます。要約欄に「yyyy年mm月dd日のxx:xxのコメントを撤回」とでも入れれば履歴からも分かりやすいのではないでしょうか。
「私の過去の発言がこのような形で引用されているのは遺憾です。」と仰いますが、「ノート:東本願寺 (台東区)」2009年11月13日15:11の編集において、「ノートページ状態である「Wikipedia:ウィキプロジェクト 仏教/寺院名について」の整理を強く望みます。」と要望を出しています。よって、Uraniaさんのコメントの責任については、Uraniaさんご自身にあると思いますがいかがでしょうか?また、遺憾と感じたのであれば、まずはコミュニティに解りやすいように撤回するコメントについて、取り消し線を入れられてはいかがでしょうか?
Uraniaさんは、「意見の対立する相手には「証拠に基づいた反論をするように」と仰っています。他者にそこまで求める以上、ご自身が提示なさる「証拠」についても、もう少し厳しくあるべきではないでしょうか。」と私を責められます。確かに2016年10月20日04:57に「記されていることを確認しました。」とコメントいたしました。(ガイドライン的な意味合いを持つ)「プロジェクト:仏教/寺院名について」のコメントを引き合いに出しただけで、叱責されるいわれはありません。また「証拠」に関しては、議論が深まるにつれ、可能な限りの調査をして明示しているつもりです。
コメント くどいようで申し訳ありません。「ノート:東本願寺 (台東区)」のコメントの繰り返しになります。
私は今回の改名提案の議論によって、「記事名の付け方」の付け方の導入部にある「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」を重視すべきとの見解を持ちました。「理解しやすいもの」とは「(ウィキペディアの読者が)誤解や誤認を招かない」という意が含まれていると考えます。なぜなら、誤解や誤認を招きかねない記事名は「(読者にとって)理解しやすいもの」とは言い難いためだからです。
浄土真宗東本願寺派の本山格を有する寺院の記事において、「曖昧でなく」・「最も理解しやすい」記事名とは、「東本願寺 (台東区)」ではなく、正式名称である「浄土真宗東本願寺派本山東本願寺」のみと考えます。
また、包括宗教法人ではありませんが、本山と仰ぐ寺院が結成時で300ケ寺以上あるという特筆性にも注目すべきと思います。本願寺派・大谷派・高田派・興正派・佛光寺派に次ぐ規模です。(『宗教年鑑』平成27年版、p.72を参照。)
私もUraniaさんのコメントに驚いてしまいました。長文をお詫びするとともに、もし不快な発言がございましたら申しつけください。--Resto1578会話) 2016年10月28日 (金) 15:33 (UTC)・(訂正)--Resto1578会話2016年10月29日 (土) 13:32 (UTC)[返信]
私の過去の発言の不適切な引用については、ノートページの該当箇所に抹消線が引かれ、取り消されていることを確認しました。さっそく適切なご対応をしていただきありがとうございます。この件に関してはこれ以上蒸し返しません。日本の仏教寺院の記事については、長年ウォッチしていますが、記事名の付け方については、ここ10年ほど目立った論争がなく(皮肉に聞こえたら申しわけありませんが、「東本願寺 (台東区)」の件がほぼ唯一の例外だと思います)、「プロジェクト:仏教/寺院名について」の過去の議論については、当面そのままで差支えないと考えます。--Urania会話2016年10月30日 (日) 06:40 (UTC)[返信]
コメント
こんにちは、Resto1578です。
本件についてUraniaさんは、「プロジェクト:仏教/寺院名について」におけるコメントを取り消さないということは、ダブルスタンダードだとは思わないものと了解してよろしいでしょうか?
「東本願寺 (台東区)」の件は、約300ヶ寺の所属寺を持つ本山格寺院が曖昧さ回避を用いた記事名という特殊事例と認識しております。皮肉などと思っておりません。お気になさらずに……。--Resto1578会話2016年10月30日 (日) 10:26 (UTC)[返信]

ウィキメディアンとしてのご経験とご意見をシェアする世界的調査[編集]

  1. ^ この調査では、ウィキメディア財団の現在の問題についてのご意見をお伺いするためのもので、長期的な戦略について論じるものではありません。
  2. ^ 法的事項: 購入の必要はありません。未成年者は参加できません。ウィキメディア財団 (149 New Montgomery, San Francisco, CA, USA, 94105) により後援されています。2017年1月31日に終了します。但し、禁止されている場所では無効。コンテストルールを参照するにはこちらをクリック

あなたのフィードバックが重要です:ウィキメディア財団のグローバル調査ご協力への最後のお願い[編集]

記事「曼荼羅」の「意味」の節について[編集]

Uraniaさんがこの編集で記事「曼荼羅」に加筆した文面のうち、「意味」の節について、

  1. 地の文で、投稿者独特の主張を展開しており、百科事典的でない。
  2. この記述の根拠として存在するはずの、典拠が、検証可能性を満たす形(著者・文面名・発行年・記載ページなどを提示する形)で提示されていない

などの理由より、「日本では、密教の経典・儀軌に基づかない、神仏が集会(しゅうえ)する図像や文字列にも、曼荼羅の呼称を冠する派生的な用法が生じた」という1文と差し替えて本文からは外し、ノートに移転しました。このノートに移転した文面の一部または全体について、a.百科事典としての文体に改める、b.典拠を明示するという2条件が満たされるならば、再度、記事の本文にご投稿なさることについて、依存はありません。--Dalaibaatur会話2017年3月15日 (水) 15:10 (UTC)[返信]

栗林公園の改訂に関して[編集]

はじめまして。ご活躍の様子に敬意を表します。頭書の件に関し、下名の思いを説明いたします。複数の箇所に記述の通り「特別名勝」で、物品であれば、国宝に相当します。四国では、栗林公園だけと記憶しています。指定もとの文化庁の根本発信情報の切断は、理解できません。尚、リンクしたのは下名ではありません。また、皇族に関する改訂は、個人発信情報としては許されると思われますが、社会常識に反すると読み取る人もいると思います。沿革の出典は、「グループの記念誌」で、入力は複数回のチエックをしています。県関係の、栗林公園図録の沿革なども、Uraniaさんが改訂前の表現の記述です。下名の思いを連絡いたしました。--やしまのお城会話2017年7月13日 (木) 21:27 (UTC)[返信]

貴方のおっしゃる通りですが特殊事情で[編集]

成田山の場合は特筆が必要と思います。 国の公報から53年間。20年ほど前には市役所主催の講演会でも「不動明王像が鎌倉時代作」「開山縁起の虚偽」を専門家が明らかにした。講演会直後、成田山は本堂前の説明看板を撤去した。 でも成田山は現在も「平安時代作、作者は弘法大師空海」とホームページやパンフレットで公表し続けている。捏造の開山縁起祭の10年ごとに50億円つづ、信徒に要求。「法的には払わなくても良い金」と一言も説明せず、複数の布施を信徒を課して振り込み用紙を送り続けている。「払えないなら檀家をやめろ」と僧侶に暴言を吐かれ、自殺した檀家さんもいる。 信徒はネットに鎌倉時代作の事実と市の文化財ページのURLを載せた。1年くらい後、市文化財ページから、成田山の不動明王像の項目が削除された。そして突然「秘仏があった」として薬師如来像が平安時代作で市文化財に登録されていた。この薬師如来像の別の捏造事項も発見。 講演会主催当時の市長は高齢で引退。次の成田山ヒイキの市長は、収賄で逮捕され実刑を受けた。そして今…。 信徒側は警察などに相談し「宗教法人の真実を書くことは公報。官公庁の公報や新聞報道は何度書いても罪にならない」など教えていただいた。 ほとんどの人が不動明王像が鎌倉時代作と知らない。成田屋市川宗家の宗教が神習教のことも、多くの人が麻央の葬儀まで知らなかったように。Wikipediaの成田山ページには今年初めまで、團十郎の歴代全員が成田山信徒の「虚偽」が書かれていた。 成田山僧侶から信徒は「営業妨害」と言われ、数々の脅迫と恫喝を受けている。事実無根の嘘をネットでばらまかれ、誹謗中傷を受けている。 実際、ある僧侶は不倫相手の風俗女性に日本刀を突きつけて「家族全員、皆殺すぞ」「ヤクザ事務所に連れていく」と脅し、現金をキュッシュカードを奪い、恐喝で逮捕された。 信徒を営業妨害と脅迫している僧侶は、警視庁の知人と千葉県と市役所広報課などに通報した。信徒を訴え逮捕を望んでいるとのこと。 「文化庁と県教育委員会が、成田山の大金とコネとヤクザと日本刀に屈せず、鎌倉時代作と広報し続けている」事実は、成田山の場合は奇跡的なこと。 これ以上の犠牲者をださないために、削除せず復元して下さい。お願いします。 Haretahisan会話2018年2月3日 (土) 22:44 (UTC)[返信]

ヒマワリをどうぞ![編集]

慈恩寺の聖徳太子像の件、修正ありがとうございました。

Tourisu-garin会話2018年11月2日 (金) 01:57 (UTC)[返信]

修正の御願い[編集]

大昔(2011年4月10日 (日) 15:20 UTC)の話にすみません。本圀寺。貴方の編集「1615年(元和5年)」ですが、これは元和 (日本)でしょうか?であれば、西暦と一致しません。御手数ですが正しくなるように修正御願いします。--JapaneseA会話2018年11月14日 (水) 11:11 (UTC)[返信]

大変迅速に修正頂き、誠にありがとうございました。--JapaneseA会話2018年11月15日 (木) 21:02 (UTC)[返信]

「薬師寺吉祥天像」の改名について[編集]

文化財に関するご活躍感謝しております。ノート:薬師寺吉祥天像にて麻布著色吉祥天像への改名を提案しました。ご意見を伺えましたら幸いです。--8-hachiro会話2018年11月16日 (金) 05:43 (UTC)[返信]

和暦と西暦[編集]

度々すみません。大昔の編集ですみませんが、伎楽面で「天福元年(1232年)」と加筆されていますが、1232年貞永天福 (日本)を見るに一致しないようです。御確認頂ければ幸いです。--JapaneseA会話2018年11月30日 (金) 11:14 (UTC)[返信]

法隆寺の隠された十字架に関する参考文献について[編集]

旧国宝→重要文化財の正式名称について[編集]

はじめまして。記事の編集では何度かお世話になっております。重要文化財の正式名称について、Uraniaさんに伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。いま、ノート:骨喰藤四郎#文化財としての名称記載のお願いで議論中なのですが、官報での旧国宝指定時の「品目」項と、現在の重要文化財データベースでの名称や指定に大きな違いがあり、どちらを正式とすれば良いのか悩んでおります。骨喰藤四郎について、官報では、「品目」項は以下のように記載されています(厳密に言えば、後ろにさらに「一口」の個数指定がありますが)。

薙刀直シ刀(骨喰)無銘傳粟田口吉光附白鞘 德川家達寄進ノ鞘書アリ

ところが、小萩きりくさんの調査では、文化庁・監修『国宝・重要文化財大全』別巻 毎日新聞社・発行(2000年)では、以下のように記載されているとのことです。なお、なぜか白鞘の附指定が外されていますが、官報で何らかの変更の告知があった形跡は見られないとのことです。

薙刀直シ刀無銘伝粟田口吉光   (名物骨喰藤四郎)

一方、国指定文化財等データベースの情報では、

薙刀直シ刀〈無銘伝粟田口吉光/〉(名物骨喰藤四郎)

となっていますが、Uraniaさんはよく重文記事から「〈〉」を消して回っていらっしゃいますから、おそらくこれはデータベース上で便宜上使用された書式であって、正式名称ではないのでしょう。

結局、どれをもって正式とすれば良いのでしょうか。もっとも厳密なのは官報だと思うのですが、名称・附指定ともに今現在の情報と大きく食い違っており、正式名称とするのは躊躇します。また、現在の情報にしても、『国宝・重要文化財大全』は結局のところ文化庁監修ではあっても毎日新聞社の書籍ですから、文化庁が公式に運営している国指定文化財等データベースの方がより公式な気も素人としては思うのですが、それとも『国宝・重要文化財大全』の方が正しいのでしょうか。あるいは、『国宝・重要文化財大全』や国指定文化財等データベース以外に、何か参考にすべき文献があるのでしょうか。骨喰藤四郎以外にも、今後こういった案件はあると思いますので、旧国宝から重要文化財に移行した文化財全体(あるいは少なくとも刀剣類全般)について、どの文献を正式名や指定(骨喰藤四郎の白鞘の附指定はまだ存続しているのか等)として最も信頼すべき規範かを教えて頂ければ幸いです。

もし、ご回答にあたって、Uraniaさんの編集履歴の名前空間に影響を及ぼしたくない場合は、骨喰藤四郎で適当な細部の編集を行って頂き、要約欄で何かヒントを頂けないでしょうか。もちろん、ヒントを出すよりそのまま執筆した方が早ければ、記事への反映という形でご回答を下さっても構いません。ご多忙の中、お手数をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。--Senu会話2020年7月19日 (日) 01:03 (UTC)[返信]

改稿依頼[編集]

可能であれば、市尾墓山古墳・宮塚古墳 ‎小瀬ヶ沢洞窟 五所川原須恵器窯跡 ‎百々陶器窯跡などの記事も、時間のある時に改稿していただけないでしょうか?ちなみに会話2021年2月5日 (金) 15:01 (UTC)[返信]

横からすみません。期待するのは自由だと思うのですが、個人的にはご依頼される前にご自身で編集を試してみてもいいのではないでしょうか(WP:CHOICEについては皆さんご存知だと思いますので触れることに留めます)。余計なお世話でしたらすみません。--遡雨祈胡会話2021年2月5日 (金) 15:12 (UTC)[返信]
横から失礼 横から失礼 報告 話題提起者の User:ちなみに はLTA:HEATHROWとしてブロックされました。--郊外生活会話2021年4月19日 (月) 01:34 (UTC)[返信]

Barnstar[編集]

The Barnstar of Fine Arts
Thank you Uranian for your great work on the Art of Central Asia (中央アジアの美術). I expanded the English article this week [1] and just discovered today your article in Japanese (which you wrote back in 2016). To my relief, it seems that the two articles have broadly the same structure and content!! Quite amazing. Thanks again. पाटलिपुत्र会話2021年2月19日 (金) 15:40 (UTC)[返信]

2021年ウィキメディア財団選挙の候補者を紹介します[編集]

こんにちは!

2021年ウィキメディア財団選挙が8月に始まります。今年の理事会選挙は、2021年8月4日から17日まで実施されます。ウィキペディア日本語版の編集者を含むウィキメディア・コミュニティのメンバーは、3年の任期で4人の新しい理事を選出する機会があります。理事会選挙の開始に先立ち選挙運動期間が設けられており、この期間中にコミュニティが候補者と顔を合わせる機会があります。

  • ウィキメディア財団における理事会の役割は何ですか?
理事会の簡単な説明はこちらをご覧ください
  • 候補者紹介
今回の選挙には20名の立候補者がいます。候補者についてはこちらをご覧ください

理事選挙をサポートするファシリテーター チームは、選挙運動期間中にいくつかの活動を用意しています。
7月31日(土)の19:30(JST)から、日本を含むアジア・太平洋地域のユーザーが候補者と交流できるオンラインイベントが開催されます。日本語による同時通訳も提供される予定ですので、どうぞお気軽にご参加ください。

こちらのフォームから事前に参加登録をお願いします。
フォームのプライバシーポリシーをご確認ください。

その他の活動については、メタウィキの理事選挙ページをご覧ください。

ご質問がございましたら、ファシリテーター選挙ボランティアまでお問い合わせください。

選挙ボランティア一同 2021年7月24日 (土) 15:03 (UTC)

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まもなく終了 理事会選挙へ投票のお願い[編集]

Uraniaさん

こんばんは。お忙しい時間帯に恐れ入ります。

2021年ウィキメディア財団選挙は最終盤に入っております。これまでご協力いただいた皆様、ご投票いただいた皆様に心より御礼申し上げます。

もしUraniaさんが投票をお済ませでなければ、ぜひこちらから清き一票をお願いいたします。

ウィキペディア日本語版の運営にも深く関与する理事会の候補者の選出に際し、投票資格をお持ちの数少ないユーザーの一人であるUraniaさんのご意見を反映することは非常に重要だと考えています。

投票いただくに際し、まず19名の候補者からUraniaさんが支持する方をお選びください。 支持する候補者を選んだら、支持する順に候補者の名前を選び、投票ボタンを押すだけです。 所要時間は5分未満で、完全な匿名性が保証されます。

投票は、日本時間の9月1日(水)の朝9時に締め切られます。

ウィキメディア財団の運営にウィキペディア日本語版コミュニティの意見を反映させるために、Uraniaさんのご協力を重ねてお願い申し上げます。

どうぞよろしくお願いいたします。

--選挙ボランティア一同 2021年8月31日 (火) 11:18 (UTC)

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