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2014年10月30日時点

ウィンザー交通局[編集]

ウィンザー交通局(Transit Windsor)とは、オンタリオウィンザー市が運営する公共交通機関である。

市中心部にあるウィンザー国際トランジットターミナルを中心に路線網を構成する。

毎年600万人以上の乗客を輸送し、310平方キロメートル、21万8000人をカバーする。

また、ウィンザー市中心部とミシガンデトロイト市をトンネルを通して結び、イベントが開催されるときにはコメリカ・パークジョー・ルイス・アリーナ、コボ・センター(Cobo center)やフォード・フィールドへもバスを運行する。

ウィンザー国際トランジットターミナル

歴史[編集]

1977年11月1日に運営を開始した。それまではサンドウィッチ・ウィンザー及びアマーストバーグ鉄道会社(Sandwitch,Windsor&Amherstburg Railway Company)、通称SW&Aであった。

最初に所有していたのは90台のバスと1台のイギリス製二階建てバス、3台の長距離バス、2台の郊外用バス であった。

2010年には約3000KLのガソリンを消費し、延べ約5500万km走行し、約6200万人を輸送した。

車両[編集]

計103両を所有している。そのうち28台はハイブリッド車である。

1997年以降に作られたバスはすべて車椅子に対応しており、車両前方にある優先座席が折りたためるようになっているほか、ノンステップバスとなっている。

その他[編集]

  • 全車両の25%は車齢が20年を越えている。
  • 車長は9mの2両を除きすべて12m。
  • 1997年以降に作られたバスはすべて車椅子に対応している。

料金[編集]

料金は全区間均一で2.5ドル。ただし大人一人につき五歳以下の子供一人まで無料。

トンネルバスは年齢にかかわらず4ドル。

定期券は毎月更新が必要で、学生55ドル、成人79ドル、シニア40ドル、トンネルバスは成人のみ発売されており、130ドル。

5枚綴りの回数券も発売されており、これは大人10.5ドル、学生8ドル。

運転手に言うと二時間以内なら乗り換え自由な券をもらえる。

路線[編集]

(Windsor International Transit Terminal、略称:WITT)を中心に14本の路線が存在し、市のほぼ全域を覆っている。

  1. TRANSWAY 1A WITT~Devonshire Mall
  2. TRANSWAY 1C MicMac~WITT~ForestGrade
  3. TRANSWAY 1C EXPRESS ウィンザー大学メインキャンパス~ForestGrade
  4. CROSSTOWN 2 CACC TRANSIT TERMINAL~Tecumseh Mall TRANSIT TERMINAL
  5. CENTRAL 3 CACC TRANSIT TERMINAL~ウィンザー国際空港~TRANSIT CENTRE
  6. CENTRAL 3 WEST CACC TRANSIT TERMINAL~WITT
  7. OTTAWA 4 WITT~ForestGrade 
  8. DOMINION 5 WITT~St.Clair College Windsor Campass(DOUGALL 6とは別経路)
  9. DOUGALL 6 WITT~St.Clair College Windsor Campass(DOMINION 5とは別経路)
  10. SOUTH-WINDSOR 7 Windsor Race Way~Devonwood Conservation Area
  11. WALKERVILLE 8 WITT~LegacyPark(Silver City)
  12. LAUZON 10 市北西部を環状に結ぶ
  13. PARENT 14 WITT~ Remington Park~ Devonshire Mall
  14. TUNNEL BUS WITT~デトロイト

ただし各路線の両端はループしていることが多いのでどこからどこまでというのはあくまで目安。

  • 1C EXPRESSは高速道路を通る。 
  • 1C EXPRESSは2013年をもって廃止予定
  • 7,10,14は日曜日は運休
  • 3は日曜日および夕方運休。その間のみCENTRAL3 WESTが走る。

外部リンク[編集]

ウィンザー交通局公式、英語

[en:Transit Windsor]

アムール・ヤクーツク鉄道[編集]

アムール・ヤクーツク鉄道
km 駅名
DST
0 スコヴォロジノ
STR
ABZgl
レイノヴォ方面への分岐
WBRÜCKE
ボリジョイ・ネヴェル川
HST
28 ゴレールィ
ABZgl+l
シベリア鉄道チタ方面への分岐
WBRÜCKE
クレストフカ川
HST
49 シュトルム
WBRÜCKE
マーリ・オリドイ川
HST
79 ムルティギト
WBRÜCKE
ソフ川
HST
96 プリカン
WBRÜCKE
マーリ・オリドイ川
WBRÜCKE
プリカン川
BHF
112 アノソフスカヤ
HST
124 シリプ
WBRÜCKE
ハユキト川
HST
142 ザポロトノエ
WBRÜCKE
オノナチ川
WBRÜCKE
ティンダ川
BHF
163 ベレニカヤ
WBRÜCKE
ティンダ川
HST
190 セチ
ABZgl+l
バイカル・アムール鉄道セヴェロバイカリスク方面への分岐
DST
209 ティンダ
STR
BHF
220 シャフタウム
WBRÜCKE
ギリュイ川
HST
236 ベストゥジェヴォ
ABZgr+r
バイカル・アムール鉄道コムソモリスク・ナ・アムーレ方面への分岐
WBRÜCKE
ギリュイ川
HST
256 ギリュイ
WBRÜCKE
ソボリニ川
WBRÜCKE
モゴド川
BHF
281 モゴド
WBRÜCKE
モゴド川
HST
301 リハルド・ゾルゲ
HST
317 ヤクツキー
STR+GRZq
アムール州/サハ共和国
BHF
330 ナゴルナヤ・ヤクーツカヤ
WBRÜCKE
チムプトン川
HST
350 アヤム
TUNNEL1
350-351 ナゴルノ・トンネル
BHF
372 ゾロチンカ
WBRÜCKE
イレングラ川
HST
389 オクルダン
WBRÜCKE
ゴービラ川
HST
414 オボルジョ
DST
430 ベルガキト
BHF
439 ネリュングリ旅客
STR
DST
448 ネリュングリ貨物
WBRÜCKE
チュリマン川
HST
459 デニソフスキー
WBRÜCKE
チュリマン川
BHF
470 チュリマン
WBRÜCKE
チュリマン川
HST
484 チュリバス
HST
495 チェニーストィ
HST
508 チュルマカン
HST
525 ハティミ
WBRÜCKE
ハチェイマ川
HST
544 オゴニエル
WBRÜCKE
エルゲ川
HST
558 チト
WBRÜCKE
チト川
HST
571 ヤンギ
HST
588 タイオシュナヤ
HST
615 ヴァシリフカ
HST
629 ニコルキンキー
WBRÜCKE
ボリジョイ・ニムンル川
BHF
648 ボリジョイ・ニムンル
WBRÜCKE
ボリジョイ・コクチ川
HST
670 セフカ
HST
693 セリグダル
HST
709 コサレフスキー(リビディニ)
DST
726 アルダン
STR
WBRÜCKE
ボリジョイ・グラナフ川
BHF
756 クラナ(ニジュニ・クラナ)
WBRÜCKE
ヤコクト川
BHF
トンモト
STR
WBRÜCKE
アルダン川
HST
860 バロートヌィ
BHF
912 アムガ(ビフニヤ・アムガ)
STR
WBRÜCKE
アムガ川
HST
963 カルビガン
WBRÜCKE
ウル川
HST
993 ウル
BHF
1013 キュルギリア
HST
1092 ハイニェルダフ
WBRÜCKE
ムンドゥルチュ川
BHF
1116 アリン
WBRÜCKE
ルーテンゲ川
HST
1130 ルートンカ
BHF
1167 キルダン
STR
WBRÜCKE
ルーテンゲ川
WBRÜCKE
メンダ川
HST
1184 メンダ
HST
1202 ラッソーロダ
WBRÜCKE
タムチャ川
BHF
1224 レナ右岸
eABZgl+l exSTR+r
STR exWBRÜCKE
レナ川
STR exSTR
STR exHST
1240 タバガ
STR exHST
1259 キュルドゥギレフ
STR exHST
1271 チャビダ
STR exDST
1306 ヤクーツク貨物
STR exBHF
1315 ヤクーツク旅客
STR exKDSTe
1319 河港
STR
HST
1226 ハプタガイ
DST
1239 ニジュニ・ビシチャ
exLSTR
exHST
チュラプチャ
exHST
ミギノ-アルダン
exHST
キュブミ
exSTR+GRZq
サハ共和国/マガダン州
exHST
シュシュマン
exHST
オロトゥカン
exHST
アトカ
exHST
ポラープカ
exHST
ソコル
exKBHFe
マガダン

ストスコボロディノロシア語版駅を起点とし、バモフスカヤ駅手前までシベリア鉄道を通り、その後ティンダ駅でバイカル・アムール鉄道に合流、ベストゥジェヴォ駅で別れ北進し、サハ共和国に入ると1kmのトンネルを通ったのち石炭の産出地区を経てネリュングリに到達する。その後はアルダン高原を横断してアルダン、現在この路線では最長の橋でアルダン川を越えて、トンモトの旅客駅と貨物ヤードを経てレナ川に着き、ブラバヤ・レナ駅で二本に分かれる。一本はレナ川を越えてヤクーツクに到達するルートであり、もう一方はニジュニ・ビシチャなどを経てマガダンまで到達するルートである。しかし2014年現在、レナ川を越えるルートは橋が未完成であり、もう片方のルートもニジュニ・ビシチャ駅から先が建設中である。2004年8月28日にトンモトまで営業を始め、2009年4月にはアムガ川、2011年11月15日にニジュニ・ビシチャへと到達した。レナ川では春から夏にかけ氷を含む強力な洪水があり、さらに橋の長さは3kmを超えるため建設は難航している。橋の代わりにトンネルを掘るという案もある。バイカル・アムール鉄道のティンダ駅からベストゥジェヴォ駅の区間を除き非電化単線であり、永久凍土地帯を通るため線路の建設と維持は複雑となっている。

バモフスカヤ駅からティンダ駅間は早期に建設され、1979年に営業を開始し、1984年にはネリュングリまで旅客営業を始めた。この時は非公式な名称として「リトル・バム」と呼ばれた。

アルダンから先はロシア鉄道の直営ではなく、サハ当局によって設立された「ヤクート鉄道」によって運営される。2012年初めの時点で同社の資本は50%がロシア鉄道である。

より広い意味では、この鉄道はジャリンダ村のレイノヴォ駅からヤクーツクまでのすべての区間を指すこともある。なぜならこの鉄道には、ただヤクーツクに行くだけではなく、将来的に中国から黒竜江を渡りレイノヴォ駅からレナ川、そこから船で北極海を通りヨーロッパへ向かうという水陸混合の一大物流路の一部としての役割が与えられているからである。

ギャラリー[編集]

スコボロディノ[編集]

スコボロディノ
Сковородино
スコボロディノ駅
スコボロディノ駅
座標 : 北緯53度59分00秒 東経123度56分00秒 / 北緯53.98333度 東経123.93333度 / 53.98333; 123.93333
歴史
建設 1908年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 アムール州
 市 スコボロディノ
市長 Залешин Евгений Алексеевич
人口
人口 (2014年現在)
  市域 9404人
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 676010
市外局番 +7 41654
ナンバープレート 28
公式ウェブサイト : http://www.skovorodino.ru/rule/muob/skovorodino.php

スコボロディノロシア語: Сковородино1927年 - )はロシアアムール地方に位置する市。アムール地方の行政の中心地。

地理[編集]

ボリジョイ・ネヴェル川の左岸に位置する。

交通[編集]

シベリア鉄道スコボロディノ駅。同駅はアムール・ヤクーツク鉄道の起点でもある。

気候[編集]

気候は大陸性で、冬は非常に寒く、夏は暑い。また日中の寒暖差も激しい。

スコボロディノ市の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
ヒュミデックス最高記録 −5.8 2.1 15.4 23.4 32.3 34.5 36.8 40.2 28.6 21.4 7.5 −1.9 40.2
最高気温記録 °C°F −20.4
(−4.7)
−13.7
(7.3)
−4.7
(23.5)
5.6
(42.1)
15.4
(59.7)
22.5
(72.5)
25.3
(77.5)
22.2
(72)
15.3
(59.5)
4.1
(39.4)
−11.1
(12)
−20.7
(−5.3)
25.3
(77.5)
日平均気温 °C°F −28.3
(−18.9)
−23.3
(−9.9)
−14
(7)
1.4
(34.5)
8.0
(46.4)
15.0
(59)
18.1
(64.6)
14.9
(58.8)
7.3
(45.1)
−3.7
(25.3)
−18.7
(−1.7)
−27.4
(−17.3)
−4.22
(24.41)
平均最低気温 °C°F −35.4
(−31.7)
−32.3
(−26.1)
−23.5
(−10.3)
−9
(16)
−0.5
(31.1)
6.2
(43.2)
10.5
(50.9)
7.9
(46.2)
0.4
(32.7)
−10.5
(13.1)
−25.6
(−14.1)
−33.7
(−28.7)
−12.12
(10.19)
最低気温記録 °C°F −52
(−62)
−52.4
(−62.3)
−45.2
(−49.4)
−32.9
(−27.2)
−14.4
(6.1)
−6.1
(21)
−3.5
(25.7)
−4.8
(23.4)
−13.9
(7)
−33.9
(−29)
−47
(−53)
−50.7
(−59.3)
−52.4
(−62.3)
雨量 mm (inch) 3.7
(0.146)
3.4
(0.134)
6.5
(0.256)
18.3
(0.72)
37.8
(1.488)
83.4
(3.283)
104.8
(4.126)
98
(3.86)
54.9
(2.161)
16.1
(0.634)
10.5
(0.413)
5.6
(0.22)
443
(17.441)
出典1:サーモカレリア(ロシア語)”. 2014年9月18日閲覧。
出典2:World Climate(英語)”. 2014年9月18日閲覧。

人口[編集]

人口
1959 [1] 1970 [2] 1979 [3] 1989 [4] 1992 [5] 1996 [5] 1998 [5] 2000 [5] 2001 [5] 2002 [6]
11442 13035 13824 14100 14100 13900 13600 13500 10600 15083
2003 [5] 2005 [5] 2006 [5] 2007 [5] 2008 [5] 2010 [7] 2011 [5] 2012 [8] 2014 [9]
10600 10100 10000 9900 9800 9600 9564 9481 9404

歴史[編集]

外部リンク[編集]

ベルカキト[編集]

ベルカキト
Беркаки́т
ベルカキト駅
ベルカキト駅
ベルカキトの市旗
町旗
座標 : 北緯56度34分22秒 東経124度46分30秒 / 北緯56.57278度 東経124.77500度 / 56.57278; 124.77500
歴史
建設 1977年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 町 ベルカキト
人口
人口 (2014年現在)
  町域 3944人
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678990
市外局番 7 411 47

ベルカキト(Berkakit、ロシア語Беркаки́т)はロシア連邦サハ共和国南部、ネリュングリ地区に位置する町である。

歴史と概要[編集]

ネリュングリの南東7kmに位置し、アルダン川の支流であるベルカキト川の右岸に位置する。 ベルカキトの名はエヴェンキの言葉でクロスボウを意味する。 1979年アムール・ヤクーツク鉄道の建設のために建てられたが、1977年にはすでに労働者集落のリストに記載されていた。 物流拠点であり、主な産業はベルカキト駅での運輸、貿易業である。

町内にあるバイカル・アムール鉄道の建設者の記念碑

人口[編集]

人口
1979 1989 2002 2010
4599 9031 4925 4291

交通[編集]

アムール・ヤクーツク鉄道のベルカキト駅がある。また、連邦高速道路M56(A360 "レナ")が通っている。

外部リンク[編集]

http://www.sakha.gov.ru/berkakit

ティンダ川[編集]

ティンダ川
ティンダ川
ティンダ川(ティンダ市)
水系 アムール川
延長 154 km
流域面積 4280 km²
水源 イガマ川とマーシュギリ川の合流点
水源の標高 484 m
河口・合流先 ギリュイ川
テンプレートを表示

ティンダ川(ロシア語: Тында)は、ロシア連邦シベリア東部のアムール州を流れる川である。

概要[編集]

イガマ川とマーシュギリ川の合流点に端を発する。





ナゴルニ[編集]

ナゴルニ
Нагорный
座標 : 北緯55度57分07秒 東経124度54分56秒 / 北緯55.95194度 東経124.91556度 / 55.95194; 124.91556
歴史
建設 1930年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 町 ナゴルニ
人口
人口 (2013年現在)
  町域 34人
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678994
市外局番 14

ナゴルニロシア語: Нагорный)は、ロシア連邦サハ共和国南部、ネリュングリ地区に位置する町である。ネリュングリの中心部まで109km。

歴史[編集]

1930年に、アムール・ヤクーツク道路(現:連邦高速道路M56(A360 "レナ"))の建設に伴って建設された。その後1941年に都市型集落となった。

人口[編集]

人口
1959 1970 1979 1989 2002 2010[10]
662 441 3184 913 152 97

交通[編集]

連邦高速道路M56(A360 "レナ")が通っているほか、アムール・ヤクーツク鉄道のナゴルナヤ・ヤクーツカヤ駅がある。

脚注[編集]


ゾロチンカ[編集]

ゾロチンカ
Золотинка
座標 : 北緯56度10分50秒 東経124度51分39秒 / 北緯56.18056度 東経124.86083度 / 56.18056; 124.86083
歴史
建設 1977年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 町 ゾロチンカ
人口
人口 (2013年現在)
  町域 545人
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678997
ナンバープレート 14

ゾロチンカロシア語: Золотинка)は、ロシア連邦サハ共和国南部、ネリュングリ地区に位置する町である。地区の中心部まで73キロ。

歴史[編集]

アムール・ヤクーツク鉄道の建設に伴って建設された。 1977年には労働者集落のリストに記載されていた。

人口[編集]

人口
1979 1989 2002 2010[1]
5377 1065 566 543

交通[編集]

連邦高速道路M56(A360 "レナ")が通っているほか、アムール・ヤクーツク鉄道のゾロチンカ駅がある。

脚注[編集]


ボリジョイ・ニムンル[編集]

ボリジョイ・ニムンル
Большой Нимныр
座標 : 北緯58度02分36秒 東経125度28分57秒 / 北緯58.04333度 東経125.48250度 / 58.04333; 125.48250
歴史
建設 1929年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 町 ボリジョイ・ニムンル
人口
人口 (2010年現在)
  町域 236[1]
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678942
ナンバープレート 14

ボリジョイ・ニムンル(ロシア語: Большой Нимныр)は、ロシア連邦サハ共和国南部、ネリュングリ地区に位置する町である。ボリジョイ・ニムンル川の右岸に位置する。

歴史[編集]

1929年に、アムール・ヤクーツク道路(現:連邦高速道路M56(A360 "レナ"))の建設に伴って建設された。その後1973年に労働者集落のリストに記載された。

人口[編集]

人口
1979 1989 2002
393 671 479

交通[編集]

連邦高速道路M56(A360 "レナ")が通っているほか、アムール・ヤクーツク鉄道のボリジョイ・ニムンル駅がある。

脚注[編集]


レベジニ[編集]

レベジニ
Лебединый
座標 : 北緯58度29分50秒 東経125度29分33秒 / 北緯58.49722度 東経125.49250度 / 58.49722; 125.49250
歴史
建設 1927年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 町 レベジニ
人口
人口 (2010年現在)
  町域 1046人
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678946
ナンバープレート 14

レベジニロシア語: Лебединый)は、ロシア連邦サハ共和国南部、アルダン地区に位置する町である。アルダンから24km。

歴史[編集]

1927年に、金鉱の発見とともに建設された。その後1969年に都市型集落となった。住人の多くは鉱山に関連する第一次、第二次産業に従事している。1930年代初頭に工場と変電所が建設され、その後住宅、学校、診療所、またプールなどが建設された。近年は雇用の不足に伴い人口は減少している。現在[いつ?]は、郵便局、診療所、幼稚園、学校、スキー場、精神病院などの公共施設がある。

人口[編集]

人口
1979 1989 2002[1] 2010 2012[2] 2013[3]
2308 2345 1254 1058 1056 1046

交通[編集]

およそ3kmのところに連邦高速道路M56(A360 "レナ")が通っているほか、およそ6kmのところにアムール・ヤクーツク鉄道のコサレフスキー駅がある。

脚注[編集]


ニジュニ・クラナ[編集]

ニジュニ・クラナ
Нижний Куранах
座標 : 北緯58度49分12秒 東経125度31分48秒 / 北緯58.82000度 東経125.53000度 / 58.82000; 125.53000
歴史
建設 1947年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 町 ニジュニ・クラナ
人口
人口 (2014年現在)
  町域 5700人
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678940
市外局番 7 41145
ナンバープレート 14

ニジュニ・クラナロシア語: Нижний Куранах)は、ロシア連邦サハ共和国南部、アルダン地区に位置する町である。ニジュニ・クラナ川のほとりにある。アルダンまで26km。

概要[編集]

鉱業が中心で、住民は鉱山やそれに付随する産業、および鉱石加工工場で働いている。高等学校や普通学校、音楽学校、三つの幼稚園、病院などがある。

歴史[編集]

1947年にニジュニ・クラナ川流域での砂金が発見に伴って建設された。このアルダン鉱区における第二の金鉱の発見は1950年代前半のクラナ鉱区の発見につながった。 1966年には鉱石加工工場が運転を開始した。今日では金採掘産業の中心地である。

人口[編集]

人口
1959 1970 1979 1989 2002 2010[1] 2012
4915 6402 6274 8190 7027 6419 6808

交通[編集]

連邦高速道路M56(A360 "レナ")が通っているほか、およそ5kmのところにアムール・ヤクーツク鉄道のクラナ駅がある。

脚注[編集]


ヴェルフナヤ・アムガ[編集]

ヴェルフナヤ・アムガ
Верхняя Амга
座標 : 北緯59度39分07秒 東経127度06分02秒 / 北緯59.65194度 東経127.10056度 / 59.65194; 127.10056
歴史
建設 1938年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 集落 ヴェルフナヤ・アムガ
人口
人口 (2010年現在)
  集落域 27人
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678956
市外局番 7 411 45

ヴェルフナヤ・アムガロシア語: Верхняя Амга)は、ロシア連邦サハ共和国アルダン地区に位置する農村集落である。

概要[編集]

アムガ川の右岸に位置し、アルダンの中心部から北東に181km、トンモトから104km。 アムール・ヤクーツク道路(現:連邦高速道路M56(A360 "レナ"))建設のための基準点として1938年に建設された。2010年国勢調査では、定住人口は27人。 1980年にアムガ川を渡る道路橋が完成し、2008年12月8日には鉄道橋で運転を開始した。

人口[編集]

人口
1989 2002[1] 2010
200 19 27

交通[編集]

連邦高速道路M56(A360 "レナ")が通っているほか、およそ2kmの南にアムール・ヤクーツク鉄道のアムガ駅がある。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

ニジュニー・ベスチャ[編集]

ニジュニー・ベスチャ
Нижний Бестях
座標 : 北緯61度57分34秒 東経129度54分38秒 / 北緯61.95944度 東経129.91056度 / 61.95944; 129.91056
歴史
建設 1920年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 町 ニジュニー・ベスチャ
人口
人口 (2014年現在)
  町域 3607[1]
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678956
市外局番 7 411 45
ナンバープレート 14

ニジュニー・ベスチャ(ロシア語:Нижний Бестях)は、ロシア連邦サハ共和国ヤクーツクの対岸に位置する町である。

中央通り(アムール・ヤクーツク道路)
左:マガダン 右:スコロボディノ 直進:アムガ

概要[編集]

レナ川の右岸、ヤクーツクの対岸に位置する。レナ川を越える橋はないため、対岸のヤクーツクとは夏はフェリーや高速客船、冬は凍って通行可能になった川で結ばれている。輸送学校が設置され、鉄道の車両や設備、道路施設の管理や修繕を学ぶことができる。[2]

対岸はヤクーツク

交通[編集]

アムール・ヤクーツク鉄道の建設における一つの到達点である。ただし駅は10キロほど南東の村にある。2015年に営業開始予定。最終的には鉄道道路併用橋でレナ川を越える予定である。またマガダンまで鉄道を延伸する計画も存在する。

アムール・ヤクーツク道路の終着点であり、マガダンまで結ぶコリマ道路の起点である。またイルクーツク地域につながるヴィリュイ道路、アムガと結ぶアムガ道路なども建設中である。

このように交通の要衝であり、これらすべてが開通した暁には都市へ昇格する予定である。[3]

人口[編集]

人口
1979[4] 1989[5] 2002[6] 2010[7] 2011[1] 2012[1] 2013[1] 2014[1]
3363 3997 3327 3518 3498 3523 3600 3607

脚注[編集]

外部リンク[編集]

ニジュニー・ベスチャ”. サハ共和国. 2014年10月30日閲覧。


ハプタガイ[編集]

ハプタガイ
Хаптагай
座標 : 北緯61度47分03秒 東経129度47分16秒 / 北緯61.78417度 東経129.78778度 / 61.78417; 129.78778
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 村 ハプタガイ
人口
人口 (2014年現在)
  村域 996[1]
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678083
市外局番 7 411 43
ナンバープレート 14

ハプタガイ(ロシア語:Хаптагай)は、ロシア連邦サハ共和国メギノ・カンガラスキー地区に位置する村である。

概要[編集]

ニジュニー・ベスチャの中心から24km南、レナ川ムィラ川の合流点に位置する。共和国の農業中心地のひとつで、肉牛や乳牛の飼育を主に行っている。

また、ハプタガイ農村集落の行政の中心でもある。

人口[編集]

人口
2010[1] 2011[1] 2012[1] 2013[1] 2014[1]
1004 1004 999 996 996

脚注[編集]

外部リンク[編集]

ハプタガイ”. サハ共和国. 2014年11月11日閲覧。

チュラプチャ[編集]

チュラプチャ
Чурапча
位置
チュラプチャ地区の位置の位置図
チュラプチャ地区の位置
Lua エラー:
座標 : 北緯61度59分54秒 東経132度25分39秒 / 北緯61.99833度 東経132.42750度 / 61.99833; 132.42750
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 サハ共和国
 村 チュラプチャ
人口
人口 (2014年現在)
  村域 9456[1]
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号 678670
市外局番 7 411 51
ナンバープレート 14

チュラプチャ(ロシア語:Чурапча)は、ロシア連邦サハ共和国チュラプチャ地区に位置する村である。

概要[編集]

ヤクーツクから東に177km、チュラプチャ湖のほとりに位置する。1725年に設立された。また、1958年には-68.5℃を記録した。主な教育機関としては、サハ共和国立チュラプチャ体育高等寄宿学校を始め、共和国立チュラプチャ大学、共和国立職業訓練学校などがある。主要な産業は農業で、乳製品や肉製品の工場がある。

人口[編集]

人口
1959 1970 1979 1989 2002 2010[1] 2011[1] 2012[1] 2013[1] 2014[1]
2826 4557 5210 6232 7526 8769 8764 8959 9277 9456

脚注[編集]

外部リンク[編集]

ススマン[編集]

ススマン
Сусуман
ススマンの市旗 ススマンの市章
位置
ススマン地域の位置図
ススマン地域
位置
ススマンの位置(マガダン州内)
ススマン
ススマン
ススマン (マガダン州)
座標 : 北緯62度47分00秒 東経148度10分00秒 / 北緯62.78333度 東経148.16667度 / 62.78333; 148.16667
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 マガダン州
ススマン
地理
面積  
  域 28 km2
人口
人口 (2014年現在)
  域 5855[1]
    人口密度   184.18人/km2
その他
等時帯 ヤクーツク時間 (UTC+10)
郵便番号
公式ウェブサイト : ススマン地域公式サイト

ススマン(ロシア語:Сусуман)は、ロシア連邦マガダン州ススマン地区に位置する都市である。

概要[編集]

ベレリョフ川とススマン川の合流地の近くに位置する。ススマンという地名はエヴェン語で吹雪や地吹雪を意味する。コルィマ道路が通り、マガダンをはじめとする多くの町にバスが通っているほか、レンドリース法に基づくアメリカによる航空機供給の重要な経由地となったススマン空港があり、マガダンまでの航空便も運行されている。

中心部

沿革[編集]

1929年に初めて地図に登場し、1932年にベレリョフ川とススマン川の両方の流域で砂金が発見された。1936年の夏にススマン川沿いにエルゲンの農場の一部として、ソ連内務人民委員部極北地方建設総局(ダリストロイ)[2]により農場の建設が決定した。それに伴って1937年から本格的に村の建設が始まり、8月にはマリジャク鉱山の最初の金鉱が開かれた。1938年にはダリストロイによりススマン西部鉱業公社が組織され、マリジャク、ウダルニク、スタハノベチの三鉱山の本部となり、マガダン西部地区での鉱業の中心となった。1949年から1956年の間はソ連最大の強制収容所の一つであるザプラグ収容所が設置され、主に金の採掘に従事した。そして1964年にロシア・ソビエト連邦社会主義共和国最高会議の決議によって都市へと昇格した。

人口[編集]

1991年に人口は最大の1万8000人に達したが、1990年代後半から2000年代初頭にかけて急激に減少した。2002年に極北地域の社会的再編の試験的事業に関する条項[3]が施行され、人口の流出は穏やかになった。

人口
1959[4] 1970[5] 1979[6] 1989[7] 2002[8] 2010[1]
13310 12643 16025 16818 7833 5855

脚注[編集]

外部リンク[編集]

アトカ[編集]

アトカ
Атка
位置
ハシンスキー地域の位置図
ハシンスキー地域
位置
Shipyuuki/sandbox/済の位置(マガダン州内)
Shipyuuki/sandbox/済
Shipyuuki/sandbox/済 (マガダン州)
座標 : 北緯60度51分00秒 東経151度41分0秒 / 北緯60.85000度 東経151.68333度 / 60.85000; 151.68333
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 マガダン州
アトカ
人口
人口 (2010年現在)
  域 485人
その他
等時帯 マガダン時間 (UTC+12)
郵便番号 686114
ナンバープレート 49

アトカ(ロシア語:Атка)は、ロシア連邦マガダン州ハシンスキー地区に位置するである。

概要[編集]

マガダンの北199kmに位置する。1930年に連内務人民委員部極北地方建設総局(ダリストロイ)[1]によりコリマ道路の建設に伴って作られた。その後1953年にとなった。

人口[編集]

人口
1959 1970 1979 1989 2002 2010
3022 2105 2689 2648 604 485

脚注[編集]

パラトカ[編集]

パラトカ
Палатка
位置
ハシンスキー地域の位置図
ハシンスキー地域
位置
Shipyuuki/sandbox/済の位置(マガダン州内)
Shipyuuki/sandbox/済
Shipyuuki/sandbox/済 (マガダン州)
座標 : 北緯60度06分13秒 東経150度56分17秒 / 北緯60.10361度 東経150.93806度 / 60.10361; 150.93806
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 マガダン州
パラトカ
人口
人口 (2010年現在)
  域 485人
その他
等時帯 マガダン時間 (UTC+12)
郵便番号 686111
市外局番 7 41342
ナンバープレート 49

パラトカ(ロシア語:Палатка)は、ロシア連邦マガダン州ハシンスキー地区に位置するである。

概要[編集]

ハシンスキー地区の行政の中心。1932年にコリマ道路の建設に伴って作られた。ソ連内務人民委員部極北地方建設総局(ダリストロイ)[1]によりラーゲリが設置さていた。その後1953年にとなった。主な産業としては、などの非鉄金属精錬、鉱業用の火薬などを作る化学工業、食品加工業などがある。

気候[編集]

パラトカの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
日平均気温 °C°F −26.9
(−16.4)
−25.7
(−14.3)
−20.2
(−4.4)
−11.0
(12.2)
2.1
(35.8)
8.2
(46.8)
12.4
(54.3)
9.9
(49.8)
3.0
(37.4)
−8.4
(16.9)
−20.7
(−5.3)
−26.3
(−15.3)
−8.9
(16)
出典:NASA天候データベース[2]

人口[編集]

人口
1959 1970 1979 1989 2002 2010
5108 5223 8400 10496 4888 4155

脚注[編集]


ロシア連邦道路P258[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 P258
「バイカル」
地図
路線延長 1113km
起点 イルクーツク
主な
経由都市
ウラン・ウデ
終点 チタ
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 P258「バイカル」(2018年1月1日までロシア連邦道路M55)はロシア連邦のイルクーツクチタを結ぶロシア連邦道路である。イルクーツク州ブリヤート共和国ザバイカリエ地方を経由する。ロシア連邦道路P255「シベリア」の東方面の延長で、総距離は1113km。クルティクでロシア連邦道路A333ウラン・ウデロシア連邦道路A340と接続し、ともにモンゴルへ向かう。アジアハイウェイ6号線の一部。

路線状況[編集]

道路は主に幅7mで、アスファルト舗装を施されているが一部コンクリート舗装や未舗装の部分もある。全線2車線で、急勾配や急カーブ、見通しが悪い区間などがいくつか存在し、運転する際に注意を必要とする。また、途中にかかる橋はすべて60トン以上の耐荷重量を持ち、トンネルは存在しない。沿線は大陸性の気候で冬は-24℃、夏は20℃に達する。

歴史[編集]

1970年にソビエト連邦共産党中央委員会によって極東、東シベリア、中央アジアにおける道路の再建が決議され、ソビエト連邦防衛省の管理のもとソビエト連邦軍が建設を行うこととなり、いくつかの道路工兵旅団がその任務に割り当てられた。建設の資金はロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の設備投資によって賄われた。556kmはすでに舗装されており、残りの606kmの建設は以下の三つの区間に分けられ、1970年に工事が開始された。

これにかかった費用は1970年当時のお金で2.07億ルーブルであったと推測されている。この工事では、103本の橋をはじめとしてガソリンスタンドや保守用の建物なども建設された。その後、道路工兵旅団がチタ - ハバロフスク間(現:ロシア連邦道路P297)の道路建設のため移動したのちも工事は続けられ、1981年に大部分が開通した。

参考文献[編集]


ロシア連邦道路P255[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 P255
「シベリア」
地図
路線延長 1860km
起点 ノヴォシビルスク
主な
経由都市
ケメロヴォクラスノヤルスク
終点 イルクーツク
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 P255「シベリア」(2018年1月1日までロシア連邦道路M53)はロシア連邦のノボシビルスクイルクーツクを結ぶロシア連邦道路である。トムスク州ケメロヴォ州クラスノヤルスク地方を経由する。ロシア連邦道路P254「イルティシュ」の東方面の延長で、総距離は1860km。イルクーツクで東方面の延長であるロシア連邦道路P258と接続し、クラスノヤルスクでモンゴルへ向かうロシア連邦道路P257と接続する。アジアハイウェイ6号線の一部。

路線状況[編集]

クラスノヤルスク-イルクーツク間、タイシェト付近
クラスノヤルスク地方

ケメロヴォ付近でトミ川、マリインスク付近でキヤ川、アチンスク付近でチュリム川、クラスノヤルスク付近でエニセイ川、カンスク付近でカン川、タイシェト付近でビリュサ川ニシュネウディンスク付近でウダ川、イルクーツク付近でイルクート川と交差する。

道路は主に幅7mで、アスファルト舗装を施されているが一部未舗装の部分もある。急勾配や急カーブ、見通しが悪い区間などがいくつか存在し、冬には頻繁に吹雪や雪溜まりが発生するため、運転する際に注意を必要とする。また、途中にかかる橋はトゥルーン付近の橋ととポーイマ川に掛かる橋、及び1478キロと1517キロ地点にある橋が40トンであるほかはすべて60トン以上の耐荷重量を持ち、トンネルは存在しない。沿線は大陸性の気候で夏は暑く、冬は中程度の雪が降る。

参考文献[編集]


ロシア連邦道路M1[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M1
ベラルーシ
地図
路線延長 440km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 ベラルーシ国境
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M1「ベラルーシ」はロシア連邦のモスクワベラルーシを結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州スモレンスク州を経由する。西にベラルーシのM1高速道路と接続し、東にロシア連邦道路M5と接続する。総距離は440km。E30号線アジアハイウェイ6号線の一部。

路線状況[編集]

マルセヴォ村付近

1980年のモスクワオリンピックに向けて建設された。ロシア連邦の首都モスクワとベラルーシの首都ミンスクを結ぶため、特に農業において重要な道路であり昼から夜にかけて多くのトラックが通過する。全線二車線づつの四車線であり、アスファルト舗装を施されている。主要な橋としては280km付近のドニエプル川との交差が挙げられる。

参考文献[編集]

  • M1”. 2014年12月17日閲覧。

ロシア連邦道路M2[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M2
クリミア
地図
路線延長 720km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 ウクライナ国境
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M2「クリミア」はロシア連邦のモスクワウクライナクリミア連邦管区ヤルタを結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州トゥーラ州オリョール州クルスク州ベルゴロド州を経由し、クリミア共和国に至る。総距離は720km。E105号線の一部。2014年のウクライナ南東部の政情不安(2014年クリミア危機等)により交通量は激減し、ロシア連邦道路M4などに移っている。

路線状況[編集]

182km付近
ウクライナ国境付近

道路はモスクワからウクライナ国境までの720km。全線アスファルトまたはコンクリートで舗装されている。ワルシャワ高速道路モスクワ環状道路の交差点に始まり、シェルビンスキポドリスククリモフスクといったモスクワ州南部の都市を通る。モスクワ内環状道路(ロシア連邦道路A107)との交差点まで三車線づつの六車線で、ポドリスクまでのバイパスでは四車線づつの八車線である。その先は二車線づつの四車線となり、チェーホフ (モスクワ州)セルプホフを通って83km地点でモスクワ外環状道路(ロシア連邦道路A108)と交差する。トゥーラ州に入ると155km地点で旧M2と合流するためそこから先はほぼ2~3車線づつとなる。トゥーラへのバイパスはロシア連邦道路P132と合流する。その後オリョール州に入りムツェンスクを経由してオリョールに入る。オリョールの周辺は工場や鉄道が多いため制限速度は60km/hとなる。クロミーを通過した後トロスノキエフ方面に向かうロシア連邦道路A142/E391号線と別れる。クルスク州に入るとファテシュを経由してクルスクに入りオボジャンを通る。次にベルゴロド州に入りベルゴロドを経由して南西に向かいウクライナとの国境に着く。ウクライナではハリコフに向かうM-20、ハリコフからザポリージャへM-18、そして引き続きM-18でシンフェロポリヤルタへ向かう。

参考文献[編集]

  • M2”. 2014年12月17日閲覧。


ロシア連邦道路M3[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M3
ウクライナ
地図
路線延長 509km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 ウクライナ国境
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M3「ウクライナ」はロシア連邦のモスクワウクライナを結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州カルーガ州ブリャンスク州クルスク州を経由する。総距離は509km。E101号線の一部。

路線状況[編集]

道路はモスクワからウクライナ国境までの509km。全線アスファルトまたはコンクリートで舗装されている。レーニン通りとモスクワ環状道路の交差点から南西方向に延び、ソルンセヴォを通ってヴヌーコヴォ国際空港トロイトスキー行政区ナロ=フォミンスク地区を経由してロシア連邦道路A107と交差する。ここまでの33㎞は高規格な道路で4-5車線づつ分離帯を備えている。そこからは三車線づつとなりカルーガ州に入り、バラバノヴォロシア連邦道路A108オブニンスクロシア連邦道路A101と交差しカルーガ市内に入る。市内では一車線づつと狭くなり、ロシア連邦道路P93と交わる。その後ブリャンスク州に入りブリャンスクの南でロシア連邦道路A141と交差した後クルスク州オリョール州との境界付近を通りウクライナに入る。 ウクライナではM-02に接続しキエフへと向かう。制限速度はオブニンスク付近の4つの集落を横切るときに60km/h、カルーガからブリャンスクの間およびウクライナ国境付近の急カーブ地帯で70km/hのほかは全線90km/hである。カルーガから国境にかけては追い越しが禁止されており、上下の勾配が激しくなっている。

参考文献[編集]

  • M3”. 2014年12月17日閲覧。


ロシア連邦道路M4[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M4
ドン
地図
路線延長 1544km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 ノヴォロシースク
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M4「ドン」はロシア連邦のモスクワノヴォロシースクを結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州リペツク州ヴォロネジ州ロストフ州クラスノダール地方アディゲ共和国を経由する。総距離は1544km。モスクワからクラスノダールE115号線、クラスノダールからドシュブガE592号線、ドシュブガからノヴォロシースクE97号線の一部である。

路線状況[編集]

ヴォロネジ付近
ヴォロネジ南東

道路はモスクワからノヴォロシースクまでの1544km。全線アスファルトまたはコンクリートで舗装されている。モスクワ環状道路とリペツク通りの交差点に始まり、ヴィドノエドモジェドヴォドモジェドヴォ空港カシーラと経由しスツピンロシア連邦高速道路M6と分岐する。トゥーラ州に入るとヴェニョーフノヴォモスコフスクキレーエフスクウズロヴァヤボゴロジツクイェフレーモフなどを通りリペツク州に入りエレツなどを経由してヴォロネジ州に入る。ヴォロネジからいくつかの村を迂回するバイパスがパブロフスクへと延び、ロストフ州に入るとE40号線と別れロストフ・ナ・ドヌバタイスクを経由しドン川をわたってサマーラを通ってクラスノダール地方に入る。パブロフスクロシア連邦道路P217と分離しクラスノダールロシア連邦道路A146と分離する。ドシュブガで東に行くロシア連邦道路M27と分離し西に向かい黒海に出る。ゲレンジークを通ってノヴォロシースクに着く。夏にはモスクワから黒海沿岸へ家族で車旅行する観光客で非常に混雑し、また南部地域からの毛皮や農産物のモスクワやサンクトペテルブルクへの出荷のトラックも多い。冬にはクラスノダール地方の山間部で悪天候になることが多いが、2009年にはロストフ州でも雪が降り数日間交通が麻痺した。2014年には高速道路上で殺害された犠牲者の数が20人を超えた。道路に刺された鉄の棒や撒かれたトゲなどで車をパンクさせて停車させ発砲する手法やそれに類似した手法が多い。何人かは警察を呼ぶことに成功し生還している。[1]

以下の区間は有料である。

  • 48-71km モスクワ州
  • 225-260km トゥーラ州
  • 287-321km トゥーラ州
  • 330-414km リペツク州
  • 417-464km リペツク州

2020年までに有料区間はさらに増える予定である。

参考文献[編集]

  • M4”. 2014年12月17日閲覧。

脚注[編集]

  1. ^ モスクワの殺人ドライバー”. dk.ru. 2014年12月19日閲覧。


ロシア連邦道路M5[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M5
ウラル
地図
路線延長 1879km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 チェリャビンスク
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M5「ウラル」はロシア連邦のモスクワチェリャビンスクを結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州リャザン州モルドヴィア共和国ペンザ州ウリヤノフスク州サマラ州オレンブルク州タタールスタン共和国バシコルトスタン共和国チェリャビンスク州を経由する。総距離は1879km。全線がE30号線アジアハイウェイ6号線の一部であるほか、一部はアジアハイウェイ7号線の一部となっている。東にはロシア連邦道路P254へ続く。

路線状況[編集]

ペンザ州クズネツク付近
リャザン州スパスキー地区

道路はモスクワからチェリャビンスクまでの1879km。全線アスファルトで舗装されている。モスクワ環状道路とボルゴグラード通りの交差点に始まり、南東に向かう。リュベルツィジュコーフスキー (モスクワ州)ブロンニツィコロムナルホヴィツィを通ってリャザン州に入り、ルイブノエリャザンサーソヴォシャーツクを経由する。シベリア鉄道と交差する地点では渋滞が多発していたため跨線橋が建設された。次にモルドヴィア共和国に入りいくつかの村を通過する。ペンザ州に入るとペンザなどを経由してウリヤノフスク州を通りサマラ州に入りシズラニトリヤッチサマーラなどを通る。オレンブルク州タタルスタン共和国を経由してバシコルトスタン共和国ウファに入る。最後にチェリャビンスク州に入りズラトウーストミアスなどを経由してチェリャビンスクに入る。

チェリャビンスク州のセムとウスチ・カタの間は山岳地帯となっている上に交通量が当初計算されていた5-7倍を超えるほど多くなっているため危険地帯となり、毎年50人以上が死亡し200人以上が負傷している。また、コロムナ付近では夜間の照明が不足し、2011年4月にはヘラジカを避けようとしたバンが対向車線の車と衝突し火災が発生したほか5月にも観光バスと乗用車が衝突して三人が死亡している。そのため2012年に道路の亀裂や穴の補修も含めた工事を実施した。そのほかにも途中で通過する集落の多くで事故のリスクが高いため一部でバイパスを整備したが、それにより集落にあったモーテルが廃業するなどの事態も起きている。

参考文献[編集]

ロシア連邦道路M7[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M7
ヴォルガ
地図
路線延長 1351km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 ウファ
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M7「ヴォルガ」はロシア連邦のモスクワウファを結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州ヴラジーミル州ニジニ・ノヴゴロド州チュヴァシ共和国タタールスタン共和国バシコルトスタン共和国を経由する。総距離は1351kmであるが、これに加えウラジミールからイヴァノヴォの102㎞、エラブガからペルミの512kmも含まれる。E017号線E22号線の一部である。ロシア連邦道路P254とも接続している。これは正式にはロシア連邦道路M5の続きであるが、モスクワからはM7を経由するのが最短ルートである。

路線状況[編集]

ニジニ・ノヴゴロド州ウラジーミル州の境付近にあるイコン
ニジニ・ノヴゴロド
ヴャトカ川
ナーベレジヌイェ・チェルヌイ

モスクワ環状道路とウラジミール通りの交差点に始まる。主に湿地や草原の中を走り、沿線は1月に-10℃、7月に20℃程度の気候である。

モスクワ州では湿地の平らな土地を通過するため、水害の被害を受けることがある。多くの区間が直線で橋を除き急な勾配がない。照明や信号も充実し、各車線最低3.5mの幅を持つ少なくとも四車線づつの車線である。この区間ではアスファルトとコンクリートで舗装されている。2014年に、M7の南に同じ経路の有料道路がノギンスクまで開通する予定である。

ウラジーミル州ではモスクワと異なり荒れた地形となり、大きな勾配と急な曲線がある。ウラジミール州に入ってからウラジーミルまでの76㎞は四車線づつで間に分離帯もあるため、4万台/日の交通量に耐えられる。時々強烈な雨が降り、この時は非常に危険になる。ウラジーミルをでると二車線づつとなる部分も出てくるがほぼ四車線づつであり渋滞は発生しにくい。

ニジニ・ノヴゴロド州ではニジニ・ノヴゴロドまで車線は2~6車線づつであり道路状態も良好で、4万5千台/日を超える交通量がある。しかしニジニ・ノヴゴロドがらチュヴァシ共和国までの区間は急な上下が続き、センターラインがない二車線道路となるため事故が発生しやすい。定期的に補修はされているものの舗装の質は高くはない。

チュヴァシ共和国の160~170㎞の区間はゴーリキー高速道路と呼ばれる。首都であるチェボクサル周辺を除き舗装状態は悪い。チェボクサルからタタルスタン共和国までは二車線であるが定期的に追い越しのため三車線となる。

ザイミシェンスキー橋が2011年に開通するまではチュヴァシ共和国のブヤゾヴィエ村とタタルスタン共和国のゼレノドリスクの間でフェリーが運行され、冬には凍った川に道路が整備された。橋の開通後も2013年までフェリーの運行は続けられた。

タタルスタン共和国に橋で入るとカザンバイパス道路に入りカザンに着く。ママディシュヴャトカ川を越えメンデレーエフスクナーベレジヌイェ・チェルヌイを経由する。2013年にママディシュの橋が改修され車線が増えた。

バシコルトスタン共和国では丘陵地帯を進む。ほとんどが二車線道路でウファの周辺は四車線になる。

接続する主な道路
場所 方面 道路名
0km モスクワ環状道路
ノギンスク モスクワ内環状道路/ロシア連邦道路A107
オジェレルキ モスクワ外環状道路/ロシア連邦道路A108
コリチューギノ ロシア連邦道路P75
ユーリエフ・ポリスキー ペレスラヴリ・ザレスキー ロシア連邦道路P74
コヴロフ キネシマ ロシア連邦道路P71
ヴャズニキ ムーロム ロシア連邦道路P76
ニジニ・ノヴゴロド サラトフ ロシア連邦道路P158
トシヴィルスク ウリヤノフスク ロシア連邦道路A151
ブインスク ウリヤノフスク ロシア連邦道路P241
カザン ペルミ ロシア連邦道路P242
ウファ モスクワ ロシア連邦道路M5
ウファ ノボシビルスク ロシア連邦道路P254

参考文献[編集]

  • M7”. 2014年12月17日閲覧。


ロシア連邦道路M8[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M8
ホルモゴルイ
地図
路線延長 1271km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 アルハンゲリスク
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M8「ホルモゴルイ」はロシア連邦のモスクワアルハンゲリスクを結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州ヴラジーミル州ヤロスラヴリ州コストロマ州ヴォログダ州アルハンゲリスク州を経由する。総距離は1271kmであるが、アルハンゲリスクから35㎞北のセヴェロドヴィンスクまでを指すこともある。E115号線]の一部である

路線状況[編集]

モスクワ環状道路との交差点
ムィティシ
ロストフ
アルハンゲリスク州

全線アスファルトで舗装されている。モスクワ環状道路に始まり、北西に向かう。ムィティシコロリョフ (モスクワ州)ペレスラヴリ・ザレスキーヴラジーミル州を通ってヤロスラヴリ州に入り、ロストフヤロスラヴリコストロマダニーロフを経由する。そしてヴォログダ州ヴォログダを通ってアルハンゲリスク州に入りアルハンゲリスクに至る。

19世紀にモスクワからヤロスラブリまでの区間が整備された。 ヤロスラブリからコストロマの区間は1940年まで、秋から春にかけ通行できなかったが、2つの都市を結ぶ道としての重要性だけでなく間にある企業や農場のための道としての重要性も明らかであったため、1940年12月7日にヤロスラブリの地域委員会で建設が決定され、1941年2月7日にソ連共産党の中央会議の特別会議によって正式に決定した。建設費は当時の金額で2200万ルーブルで、すべて政府の負担であった。1941年の冬と春の間に準備作業は完了し、建設は7工区に別れて始まった。1941年6月15日の記録では3万2000の歩兵と1万程度の騎兵が投入されていた。戦時中であったためトラックなどの建設機械や人員が流出したにもかかわらず11月末には工事が完了した。延べ150万人以上が工事に参加し、どんな天候でも毎日15~18時間工事は続いたという。15万立方メートルの土砂、11000立方メートル以上の木材と7万立方メートル以上の石が運びだされた結果、幅10mの舗装された66㎞の道路と数十の長さ500mを超える橋が建設された。 2009年末時点でモスクワからヤロスラブリまでの道は分離帯もあり状態は良好であるが、ウラジーミル州に入ってからペレスラヴリ・ザレスキーまでの道は浮き沈みが激しく、車線も二車線となるため、大型のトラックは通行が禁止されている。 1990年から2000年にかけムィティシからコロリョフの間にバイパスが建設された。このバイパス沿いには大型のショッピングセンターや、自動車や卸売食品の市場や、金属圧延や化学、エネルギーなどの工場、S.P.コロリョフ ロケット&スペース コーポレーション エネルギアなどといった企業から日産のディーラーまでもが集中している。

参考文献[編集]


ロシア連邦道路M9[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M9
バルト
地図
路線延長 610km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 ラトビア共和国国境
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M9「バルト」はロシア連邦のモスクワラトビア共和国の国境を結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州トヴェリ州プスコフ州を経由する。総距離は610km。E22号線の一部であり、ラトビアのA21号線に接続する。

路線状況[編集]

38km地点
2009年6月のルジェフトヴェリ地域
ヴェリーキエ・ルーキ

ほぼ全線アスファルトで舗装されており、全線を通して気温は、夏18℃冬-10℃程度である。モスクワ環状道路に始まり、北西に向かう。クラスノゴルスクヴォロコラムスクを通ってトヴェリ州に入り、ズブツォフルジェフを経由する。そしてプスコフ州ヴェリーキエ・ルーキノヴォソコリニキを経てラトビア共和国に至る。 モスクワ付近では、この道路沿いは21世紀のはじめからコテージやダーチャの用地として人気であり、地価は2004年から2007年にかけて数倍に跳ね上がった[1]。また、その持ち主たちの要望を受けて3つものインターチェンジが新設された。 1990年に連邦道路となる前はヴォロコラムスクまでの道路であり、2007年12月まではモスクワの中心部へは接続していなかった。

2011年11月から40ヶ月の予定で大規模な補修工事が行われ[2]、モスクワに近いところを4車線化するなどして、2014年11月に完了した。 トヴェリ州とプスコフ州では2009年から2010年、2011年から2012年に工事が行われ、一部の区間で路肩を舗装し橋を修復したが、2013年の時点でまだおよそ100㎞にわたって未舗装の区間が残っている。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ノボリツスコエの住宅地”. 2015年1月19日閲覧。
  2. ^ 入札情報”. 2015-01-19ロシア連邦財務省閲覧。


ロシア連邦道路M10[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 M10
ロシア
地図
路線延長 706km
起点 モスクワ
主な
経由都市
記事参照
終点 サンクトペテルブルク
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 M10「ロシア」はロシア連邦のモスクワサンクトペテルブルクを結ぶロシア連邦道路である。モスクワ州トヴェリ州ノヴゴロド州レニングラード州を経由する。総距離は706km。E105号線E18号線アジアハイウェイ8号線の一部である。

路線状況[編集]

ノヴゴロド州

この区間に最初に作られた道路は1712年から1746年にかけて建設された。ほぼ全線アスファルトで舗装されており、全線を通して気温は夏19℃冬-11℃程度である。トヴェリ州の2つの橋を除きすべての橋が60トン以上の耐荷重量を持つ。広いところでは10車線、狭いところでも2車線、制限速度は遅いところで30km/h、速いところで90㎞/hとなっている。全線、ロシア民間防衛問題・非常事態・自然災害復旧省によって日本で言う緊急交通路に指定されている。モスクワ環状道路に始まり、北西に向かう。ヒムキゼレノグラードを通ってトヴェリ州に入り、トヴェリトルジョークヴイシニー・ヴォロチョークを経由する。ノヴゴロド州ではヴァルダイノヴゴロドチュドヴォを経てレニングラード州を通りサンクトペテルブルクに至る。

現在の首都と過去の首都を結ぶという性質上ルート上には数多くの集落が存在し、そのため横断歩道や幅員の減少、信号の増加などの渋滞の原因が多数あるため、バイパスとして「ロシア連邦道路M11」の建設が進んでいる。これはまたその費用を賄うため、2015年7月から一部の区間が有料となる。

建設中のM10のバイパス、M11

参考文献[編集]

ロシア連邦道路P254[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 P254
イルティシュ
地図
路線延長 1528km
起点 チェリャビンスク
主な
経由都市
記事参照
終点 ノヴォシビルスク
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 P254「イルティシュ」はロシア連邦のチェリャビンスクノヴォシビルスクを結ぶロシア連邦道路である。チェリャビンスク州クルガン州カザフスタン共和国北カザフスタン州オムスク州ノヴォシビルスク州を経由する。総距離は1528km。E30号線アジアハイウェイ6号線の一部である。

路線状況[編集]

全線アスファルトで舗装または未舗装であり、冬の気温は-11℃~-14℃程度である。すべての橋が60トン以上の耐荷重量を持つ。ルートの一部がカザフスタンを通るが、それを避けたい場合はチュメニ州を通る迂回路を通ることもできる。急カーブや急勾配の箇所もあり、運転には注意が必要である。チェリャビンスクを出るとクルガン州 クルガン (都市)カザフスタン共和国 北カザフスタン州 ペトロパブルオムスク州 オムスクを経由してノヴォシビルスク州 ノヴォシビルスクに至る。

参考文献[編集]

ロシア連邦道路P297[編集]

ロシア連邦道路
ロシア連邦道路 P297
アムール
地図
路線延長 2165km
起点 チタ
主な
経由都市
記事参照
終点 ハバロフスク
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

ロシア連邦道路 P297ロシア語: Федера?льная автомоби?льная доро?га Р297 ≪Аму?р≫ 2018年1月1日までロシア連邦道路M58[1])はロシア連邦のチタハバロフスクを結ぶロシア連邦道路である。ザバイカリエ地方アムール州ユダヤ自治州ハバロフスク地方を経由する。総距離は2165km。アジアハイウェイ30号線の一部である。

路線状況[編集]

2010年、開通したばかりのアムール幹線道路をラーダ・カリーナで走るロシアウラジミール・プーチン首相(当時)
ファイル:File:Amurbridge2.jpg
シベリア鉄道とともにアムール川を渡るハバロフスク橋
ユダヤ自治州

ほぼ全線二車線でアスファルトで舗装されているが、一部区間で道路のうねりを補正するための短い未舗装区間がある。チタを出るとほぼシベリア鉄道にそって延び、ビロビジャンなどを通ってハバロフスクに至る。シベリア鉄道の建設に伴って建設されたが、第二次世界大戦で極東戦線(対日戦線)のために再構築された。1966年にソ連の閣僚理事会でこの区間の連邦道路の建設が決議され、交通建設省令として発布された。そのさい、旧ルートが中国との国境に近すぎるためルートの変更も同時に決定した。しかし、永久凍土地帯と山岳地帯を含む2165kmもの区間の道路の建設は難しく、1967年にはそのこととこの道路の防衛上の重要性に鑑みて建設は軍に委託された。その後長い時間をかけて建設は続き、ソ連崩壊などもはさみながら2000年に一応の完成をみた。しかしまだ不完全な箇所も多く、連邦道路庁が定めた制限速度100㎞/h、日通行量3000台という目標達成のために改良工事が続いた。そしてようやく2010年に建設は完了した。

参考文献[編集]

  1. ^ 2010年11月17日のロシア連邦政府928号決議