北遠軽駅
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北遠軽駅 | |
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きたえんがる Kita-Engaru | |
◄開盛 (1.8 km) (2.7 km) 遠軽► | |
所在地 | 北海道紋別郡遠軽町字学田 |
所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
所属路線 | 名寄本線 |
キロ程 | 135.4 km(名寄起点) |
電報略号 | キエ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線 |
開業年月日 | 1959年(昭和34年)11月1日[1] |
廃止年月日 | 1989年(平成元年)5月1日[1] |
備考 | 名寄本線廃線に伴い廃駅 |
北遠軽駅(きたえんがるえき)は、北海道(網走支庁)紋別郡遠軽町字学田にかつて設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)名寄本線の駅(廃駅)である。事務管理コードは▲122128[2]。
歴史
[編集]一部の普通列車は通過した(1989年(平成元年)4月30日時点(廃止時の時刻表)で、下り3本上り4本(快速運転列車ほか)[3])。
年表
[編集]- 時期不明(1956年11月19日以前):日本国有鉄道(国鉄)名寄本線の学田仮乗降場(局設定)として開業[1]。
- 1959年(昭和34年)11月1日:駅に昇格し、同時に改称して北遠軽駅となる[1][4]。旅客のみ取り扱い[1]。
- 1960年(昭和35年)5月:駅舎落成[4]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、国鉄からJR北海道に継承[1]。
- 1989年(平成元年)5月1日:名寄本線の全線廃止に伴い、廃駅となる[1]。
駅名の由来
[編集]→「学田」の地名由来については「遠軽町 § 歴史」を参照
遠軽の北方に位置するため[5]。
仮乗降場時代の「学田」は、所在地名によるもの[6]。
駅構造
[編集]廃止時点で、長さ31 m の単式ホーム1面1線を有する地上駅であった[4]。ホームは、線路の東側(遠軽方面に向かって左手側)に存在した。転轍機を持たない棒線駅となっていた[7]。
無人駅となっており、駅舎は無いがホーム中央部分に高床式の待合所を有していた[7]。もともと仮乗降場として誕生した経緯から、ホームを除く待合室や便所などは遠軽町の財産であった[4]。
利用状況
[編集]乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。
年度 | 乗車人員 | 出典 | 備考 | |
---|---|---|---|---|
年間 | 1日平均 | |||
1978年(昭和53年) | 14 | [8] |
駅周辺
[編集]駅跡
[編集]2001年(平成13年)時点では何も残っていない[10]。2011年(平成23年)時点でも同様で、雑草が生える更地となっていた[11]。駅跡の遠軽方には、線路跡の築堤と防雪林が残存していた[11]。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f g 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、913頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、242頁。doi:10.11501/1873236 。2023年3月21日閲覧。
- ^ 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)220ページより。
- ^ a b c d 遠軽町 編『遠軽町史』遠軽町、1977年10月1日、663, 1279頁。doi:10.11501/9569695 。
- ^ 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、198頁。ASIN B000J9RBUY。
- ^ 遠軽町史 1977年(昭和52年)10月発行、P159-207。
- ^ a b 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館、1983年7月発行)213ページより。
- ^ 藤田, 稔 編『国鉄全駅大事典』藤田書店、1980年4月30日、907頁。doi:10.11501/12065814 。
- ^ a b c 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)18ページより。
- ^ 書籍『鉄道廃線跡を歩くVIII』(JTBパブリッシング、2001年8月発行)36ページより。
- ^ a b 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社、2011年9月発行)129-130ページより。
関連項目
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