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名張駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
名張駅
東口(2022年1月)
なばり
Nabari
D48 赤目口 (3.2 km)
(2.8 km) 桔梗が丘 D50
地図西は西名張駅(近鉄伊賀線廃駅))
所在地 三重県名張市平尾2961
北緯34度37分18.07秒 東経136度5分45.34秒 / 北緯34.6216861度 東経136.0959278度 / 34.6216861; 136.0959278座標: 北緯34度37分18.07秒 東経136度5分45.34秒 / 北緯34.6216861度 東経136.0959278度 / 34.6216861; 136.0959278
駅番号  D49 
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 D 大阪線
キロ程 67.2 km(大阪上本町起点)
電報略号 ナハ
駅構造 地上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
5,910人/日(降車客含まず)
-2019年-
開業年月日 1930年昭和5年)10月10日
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名張駅(なばりえき)は、三重県名張市平尾にある、近畿日本鉄道(近鉄)大阪線である。駅長配置駅である。駅番号はD49

歴史

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  • 1930年昭和5年)10月10日参宮急行電鉄榛原 - 伊賀神戸間開通時に開業[1]
  • 1941年(昭和16年)3月15日大阪電気軌道との会社合併により、関西急行鉄道の駅となる[1]
  • 1944年(昭和19年)6月1日:会社合併により近畿日本鉄道の駅となる[1]
    • なお、JR東海名松線は名張と松阪を結ぶ計画からこの名称がついたが、参宮急行電鉄が先に開通したため名張まで延伸されることはなかった。
    • また、この名張駅に先んじて1922年大正11年)から名張の中心部、現在の西名張郵便局付近に伊賀鉄道→近鉄伊賀線の名張駅が設置されていた。こちらは参宮急行電鉄名張駅の開設時に西名張駅と改称し、1964年(昭和39年)に西名張 - 伊賀神戸間を廃止したため、廃駅となった。
    • 当初は参宮急行電鉄もこの伊賀線の名張駅を経由する予定であったが、新線建設を聞き付けた利権屋による周辺の土地の買い占めなどの問題が発生したため、市街地の南を迂回する路線となり、このルート上に現在の名張駅が建設されたとされている[2]
  • 1965年(昭和40年)3月18日:特急の停車駅に追加。当初は阪伊乙特急の一部が停車していた。
  • 1976年(昭和51年)3月18日:名阪・阪伊乙特急の全列車停車駅に追加される[3]
  • 2003年平成15年)3月6日京伊特急の全列車停車駅に追加される。
  • 2007年(平成19年)4月1日PiTaPa使用開始[4]
  • 2019年(平成31年)3月14日:接近・発車の案内放送が更新。

駅構造

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西口(2006年6月)

島式ホーム2面4線を持つ、待避可能な地上駅。ホーム有効長は10両。改札口は西口・東口の2ヶ所で、ホームとは地下道で連絡している。西口駅舎は古い木造建築。伊勢中川側寄りに留置線が多くある。

のりば

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のりば 路線 方向 行先
1・2 D 大阪線 下り 五十鈴川賢島近鉄名古屋方面[5]
3・4 上り 大阪上本町大阪難波方面[5]
付記事項
  • 内側2線(2番線と3番線)が主本線、外側2線(1番線と4番線)が待避線である。
  • 4番のりばからは伊勢中川方面へ出発することが可能である。

特徴

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駅設備・営業面

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  • 特急券の即時購入が可能であり、西口は専用の自動券売機で、東口は窓口にて対応している[6]。各ホーム上でも直近の列車のみ特急券売機で購入が可能となっている。定期券は黒の券売機で購入が可能で、窓口による定期券サポートにも対応する[7]
  • PiTaPaICOCA対応の自動改札機および自動精算機回数券カードおよびICカードのチャージに対応)が設置されている。なお、ICカード入金機(千円札のみ対応)も設置されている。
  • 東口の改札口に隣接してファミリーマートがあるものの、当駅は近鉄リテーリングが運営する有人売店設置駅には指定されていない[6]
  • 駅長が配置されており、赤目口 - 西青山間の各駅を管理している[8]。乗務員交代も当駅で行われている。

ダイヤ面

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ダイヤ面の特徴を以下に示す[5]

  • 日中の当駅の運行本数は概ね特急が毎時2本(これに加えて通過列車が1本)と急行・普通が毎時3本の合計毎時5本であり、当駅で緩急接続や列車待避が行われる。
    • 全ての乙特急(停車タイプの特急)が停車し、日中の行き先は主に大阪難波名古屋賢島
    • 日中の急行列車の行き先は主に大阪上本町青山町伊勢中川。大阪上本町からの急行列車の一部は当駅止まりであり、青山町方面へは普通列車が接続する。
  • 朝夕時間帯には運行される種別が変化し、運行本数が最大毎時10本程度に増発される。
    • 京都方面の特急が運行されるほか、特急同士の列車待避が行われる場合がある。
    • 早朝の青山町駅発の五位堂行き普通を除き、下り方面からの普通電車及び準急、区間準急と伊勢中川方面からの直通の普通電車の乗り入れは当駅までとなっているが、一部は後述のように種別行先変更を行っている。
    • 大阪上本町方面は急行列車に代わり、快速急行と準急列車・区間準急・普通列車が運転される。
    • 青山町方面は、快速急行の運行に加え、普通列車の増発が行われている。
  • この他、全ての種別の一部列車で当駅発着、種別行先変更、増解結などが発生する。

利用状況

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「三重県統計書」によると、近年の1日平均乗車人員は以下の通り[9]

年度 1日平均
乗車人員
1997年 10,138
1998年 9,977
1999年 10,031
2000年 9,951
2001年 9,823
2002年 9,439
2003年 9,270
2004年 9,070
2005年 8,798
2006年 8,463
2007年 8,238
2008年 7,923
2009年 7,525
2010年 7,100
2011年 6,838
2012年 6,821
2013年 6,856
2014年 6,493
2015年 6,410
2016年 6,372
2017年 6,245
2018年 6,204
2019年 5,910
2020年 4,535

名張駅の利用状況の変遷を下表に示す。

  • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
  • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
年度別利用状況(名張駅)
年 度 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 乗降人員調査結果
人/日
特 記 事 項
通勤定期 通学定期 定期外 合 計 調査日 調査結果
1950年(昭和25年) 927,150(最高値を記録した年度以前の最低値) ←←←← 431,737(最高値を記録した年度以前の最低値) 1,358,887(最高値を記録した年度以前の最低値)      
1951年(昭和26年) 1,150,830 ←←←← 444,593 1,595,423      
1952年(昭和27年) 1,117,980 ←←←← 465,313 1,583,293      
1953年(昭和28年) 1,029,600 ←←←← 473,876 1,503,476      
1954年(昭和29年) 1,031,520 ←←←← 513,696 1,545,216      
1955年(昭和30年) 1,065,450 ←←←← 515,836 1,581,286      
1956年(昭和31年) 1,121,040 ←←←← 526,885 1,647,925      
1957年(昭和32年) 1,183,620 ←←←← 562,059 1,745,679      
1958年(昭和33年) 1,224,780 ←←←← 552,868 1,777,648      
1959年(昭和34年) 1,270,140 ←←←← 552,143 1,822,283      
1960年(昭和35年) 1,430,940 ←←←← 585,152 2,016,092      
1961年(昭和36年) 1,482,840 ←←←← 602,031 2,084,871      
1962年(昭和37年) 1,567,170 ←←←← 639,391 2,206,561      
1963年(昭和38年) 1,601,040 ←←←← 636,894 2,237,934      
1964年(昭和39年) 1,600,660 ←←←← 701,991 2,302,651      
1965年(昭和40年) 1,925,100 ←←←← 705,844 2,630,944      
1966年(昭和41年) 1,899,250 ←←←← 679,504 2,578,754      
1967年(昭和42年) 1,847,910 ←←←← 695,106 2,543,016      
1968年(昭和43年) 1,741,260 ←←←← 702,296 2,443,556      
1969年(昭和44年) 1,738,230 ←←←← 699,078 2,437,308      
1970年(昭和45年) 1,591,200 ←←←← 707,701 2,298,901      
1971年(昭和46年) 1,511,820 ←←←← 706,311 2,218,131      
1972年(昭和47年) 1,475,880 ←←←← 751,009 2,226,889      
1973年(昭和48年) 1,407,840 ←←←← 810,443 2,218,283      
1974年(昭和49年) 1,432,620 ←←←← 813,344 2,245,964      
1975年(昭和50年) 1,445,730 ←←←← 793,650 2,239,380      
1976年(昭和51年) 1,419,630 ←←←← 792,118 2,211,748      
1977年(昭和52年) 1,416,600 ←←←← 820,087 2,236,687      
1978年(昭和53年) 1,469,130 ←←←← 826,517 2,295,647      
1979年(昭和54年) 1,576,260 ←←←← 841,080 2,417,340      
1980年(昭和55年) 1,696,080 ←←←← 872,254 2,568,334      
1981年(昭和56年) 1,826,100 ←←←← 882,930 2,709,030      
1982年(昭和57年) 1,874,670 ←←←← 904,333 2,779,003 11月16日 13,645  
1983年(昭和58年) 1,974,570 ←←←← 909,817 2,884,387 11月8日 14,326  
1984年(昭和59年) 1,945,440 ←←←← 875,318 2,820,758 11月6日 13,624(最高値を記録した年度以前の最低値)  
1985年(昭和60年) 1,961,160 ←←←← 862,121 2,823,281 11月12日 13,841  
1986年(昭和61年) 2,004,990 ←←←← 872,013 2,877,003 11月11日 13,789  
1987年(昭和62年) 2,092,200 ←←←← 874,663 2,966,863 11月10日 14,784  
1988年(昭和63年) 2,259,330 ←←←← 895,193 3,154,523 11月8日 16,108  
1989年(平成元年) 2,418,390 ←←←← 950,715 3,369,105 11月14日 17,667  
1990年(平成2年) 2,632,560 ←←←← 1,009,816 3,642,376 11月6日 18,272  
1991年(平成3年) 2,753,220 ←←←← 1,026,636 3,779,856      
1992年(平成4年) 2,799,960 ←←←← 1,036,280 3,836,240 11月10日 19,217(最高値)  
1993年(平成5年) 2,843,760 ←←←← 1,056,638 3,900,398      
1994年(平成6年) 2,890,860 ←←←← 1,049,902 3,940,762      
1995年(平成7年) 2,901,960(最高値) ←←←← 1,059,149 3,961,109(最高値) 12月5日 18,967  
1996年(平成8年) 2,801,190 ←←←← 1,070,471(最高値) 3,871,661      
1997年(平成9年) 2,687,400 ←←←← 1,013,111 3,700,511      
1998年(平成10年) 2,658,420 ←←←← 983,363 3,641,787      
1999年(平成11年) 2,711,370 ←←←← 959,850 3,671,220      
2000年(平成12年) 2,692,470 ←←←← 939,585 3,632,055      
2001年(平成13年) 2,652,480 ←←←← 932,826 3,585,306      
2002年(平成14年) 2,541,630 ←←←← 903,536 3,445,166      
2003年(平成15年) 2,522,250 ←←←← 870,680 3,392,930      
2004年(平成16年) 2,472,060 ←←←← 838,645 3,310,705      
2005年(平成17年) 2,396,040 ←←←← 815,371 3,211,411 11月8日 16,669  
2006年(平成18年) 2,292,390 ←←←← 796,610 3,089,000      
2007年(平成19年) 2,224,170 ←←←← 790,865 3,015,035      
2008年(平成20年) 2,131,350 ←←←← 760,399 2,891,749 11月18日 14,754  
2009年(平成21年) 2,009,940 ←←←← 736,543(最高値を記録した年度以降の最低値) 2,746,483      
2010年(平成22年) 1,853,910 ←←←← 737,554 2,591,464 11月9日 13,677  
2011年(平成23年) 1,760,220(最高値を記録した年度以降の最低値) ←←←← 742,398 2,502,618(最高値を記録した年度以降の最低値)      
2012年(平成24年)         11月13日 12,950  
2013年(平成25年)              
2014年(平成26年)              
2015年(平成27年)         11月10日 12,396  
2016年(平成28年)              
2017年(平成29年)              
2018年(平成30年)         11月10日 11,999  
2021年(令和3年)   ←←←←     11月9日 8,841(最高値を記録した年度以降の最低値)  
2022年(令和4年)   ←←←←     11月8日 9,069  
2023年(令和5年)   ←←←←     11月7日 8,950  

駅周辺

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名張駅前の江戸川乱歩の銅像

バス路線

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三重交通伊賀営業所
奈良県山添村・東豊地域コミュニティバス(東豊どりーむ号)[13]
  • 東口・第三銀行裏駐車場
    • 山添名張線 葛尾・毛原(土休日運休)
    • 大西名張線 葛尾・大西(土休日運休)
ほっとバス錦(名張市錦生地域・奈良県宇陀市方面)[14]
  • 東口
    • 安部田線 名張市役所前/大和龍口(土休日運休)

隣の駅

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近畿日本鉄道
D 大阪線
快速急行・急行・準急・区間準急・普通
赤目口駅 (D48) - 名張駅 (D49) - 桔梗が丘駅 (D50)
(準急・区間準急は当駅以西のみ運行、当駅を跨ぐ普通は早朝の青山町発五位堂行の1本のみ)

脚注

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  1. ^ a b c 曽根悟(監修)『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄』 2号 近畿日本鉄道 1、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年8月22日、18-23頁。ISBN 978-4-02-340132-7 
  2. ^ JTBパブリッシング「近鉄の廃線を歩く」84-89頁
  3. ^ 近畿日本鉄道『最近20年のあゆみ』1980年、202-203頁。 
  4. ^ 平成19年4月1日から、近鉄主要路線でICカードの利用が可能になります』(pdf)(プレスリリース)近畿日本鉄道、2007年1月30日http://www.kintetsu.jp/news/files/iccard20070130.pdf2016年3月10日閲覧 
  5. ^ a b c 駅の情報|名張”. 近畿日本鉄道. 2021年4月27日閲覧。
  6. ^ a b 近鉄時刻表2018年3月17日ダイヤ変更号、p.81 - p.87
  7. ^ 定期券・IC業務取扱駅一覧”. 近畿日本鉄道. 2023年7月19日閲覧。
  8. ^ 『HAND BOOK 2010』、近畿日本鉄道総合企画部編、2010年9月
  9. ^ 三重県統計書 - 三重県
  10. ^ a b 名張市観光パンフレット”. 名張市観光協会. 2021年11月7日閲覧。
  11. ^ “伊勢奥津駅~名張駅 直行バス廃止 JR名松線の夢継ぐ路線 4月から乗り継ぎ必須に”. 乗りものニュース (メディアヴァーグ). (2021年3月31日). https://trafficnews.jp/post/106065 2021年10月21日閲覧。 
  12. ^ 津市コミュニティバスの運行について”. 津市. 2021年10月21日閲覧。
  13. ^ 山添村コミュニティバス”. 山添村 (2021年3月29日). 2021年10月21日閲覧。
  14. ^ 錦生コミュニティバス「ほっとバス錦」”. 名張市 (2021年10月14日). 2021年10月21日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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