国鉄ホキ5200形貨車 (2代)
国鉄ホキ5200形貨車 (2代) | |
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ホキ5200形ロホキ5200 1988年1月1日斗賀野駅 | |
基本情報 | |
車種 | ホッパ車 |
運用者 |
日本国有鉄道 日本貨物鉄道(JR貨物) |
所有者 | 土佐石灰工業 |
旧形式名 | ホキ1800形 |
改造年 | 1963年(昭和38年)* |
改造数 | 20両 |
消滅 | 1992年(平成4年) |
常備駅 | 斗賀野駅 |
主要諸元 | |
車体色 | 黒+黄1号の帯 |
専用種別 | 鉱石、石灰石 |
化成品分類番号 | なし |
軌間 | 1,067 mm |
全長 | 9,000 mm |
全幅 | 2,590 mm |
全高 | 3,220 mm |
ホッパ材質 | 普通鋼(一般構造用圧延鋼材) |
荷重 | 30 t |
実容積 | 20.0 m3 |
自重 | 15.0 t - 16.0 t |
換算両数 積車 | 4.5 |
換算両数 空車 | 1.4 |
台車 | 日立C-1台車→TR41D |
車輪径 | 860 mm |
軸距 | 1,650 mm |
台車中心間距離 | 5,100 mm |
最高速度 | 65 km/h → 55 km/h |
備考 | *称号規程変更年 |
国鉄ホキ5200形貨車(こくてつホキ5200がたかしゃ)は、かつて日本国有鉄道(国鉄)及び1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化後は日本貨物鉄道(JR貨物)に在籍したホッパ車である。
本形式落成前に同様の任務に従事していたセム3700形についても本項目で解説する。
概要
[編集]1958年(昭和33年)から1961年(昭和36年)にかけて、日立製作所でホキ1800形として20両(ホキ1800 - ホキ1819)が製作された。ホキ1800形は、1963年(昭和38年)7月26日の称号規程変更によりホキ5200形に改められた。ホキ5200形としては2代目にあたる。ホキ5200形(初代)は、同日ホキ5600形へ変更になった。所有者は土佐石灰工業の1社のみであり、斗賀野駅を常備駅として運用した。
ホキ5205、ホキ5206の2車は、車掌室のように見える操作室を備えていた。操作室では、編成全車の底扉の開閉を行うためのエアーシリンダーの操作を行う部屋であった。操作室付きではあるがホッパ自体のサイズは他車と同一である。
車体塗色は黒で、1968年(昭和43年)10月1日ダイヤ改正では高速化不適格車とされて最高速度55km/hの指定車となり、識別のため記号に「ロ」が追加され「ロホキ」となり黄色(黄1号)の帯を巻いている。
荷役方式はホッパ上部よりの上入れ、底扉による下出しであった。
全長は9,000 mm、全幅は2,590 mm、全高は3,220 mm、台車中心間距離は5,100 mm、実容積は20.0 m3、換算両数は積車4.5、空車1.4である。落成時の台車は、日立C-1台車であったが後にベッテンドルフ式のTR41Dに変更した。
1992年(平成4年)10月に土佐石灰工業の貨車輸送廃止によって、最後まで在籍した17両(ホキ5200 - ホキ5202、ホキ5204 - ホキ5214、ホキ5216 - ホキ5218)が廃車になり形式消滅した。
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DF50 18+DF50 43牽引 ホキ5200形石灰石運搬貨物列車 (1983年、土佐石灰工業大平山鉱山専用線)
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DF50 43+DF50 18牽引 ホキ5200形石灰石運搬貨物列車 (1983年、土佐石灰工業大平山鉱山専用線)
年度別製造数
[編集]各年度による製造会社と両数は次のとおりである。
- 昭和33年度 - 10両
- 日立製作所 10両 土佐石灰工業(ホキ1800 - ホキ1809→ホキ5200 - ホキ5209)
- 昭和36年度 - 10両
- 日立製作所 10両 土佐石灰工業(ホキ1810 - ホキ1819→ホキ5210 - ホキ5219)
セム3700形
[編集]国鉄セム3700形貨車 | |
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基本情報 | |
車種 | 石炭車 |
運用者 |
鉄道省 運輸通信省 運輸省 日本国有鉄道 |
所有者 |
鉄道省 運輸通信省 運輸省 日本国有鉄道 |
製造所 | 汽車製造 |
製造年 | 1943年(昭和18年) |
製造数 | 12両 |
消滅 | 1963年(昭和38年) |
常備駅 | 斗賀野駅→船尾駅 |
主要諸元 | |
車体色 | 黒 |
専用種別 | 石灰石 |
軌間 | 1,067 mm |
全長 | 6,800 mm |
全幅 | 2,359 mm |
全高 | 2,618 mm |
ホッパ材質 | 普通鋼(一般構造用圧延鋼材) |
荷重 | 15 t |
実容積 | 10.6 m3 |
自重 | 7.5 t |
換算両数 積車 | 2.2 |
換算両数 空車 | 0.8 |
走り装置 | シュー式 |
車輪径 | 860 mm |
軸距 | 3,500 mm |
最高速度 | 65 km/h |
1943年(昭和18年)2月下旬に12両(セム3700 - セム3711)が汽車製造にて土佐石灰工業所有車として製造された。
当時の車両規定では私有石炭車、私有ホッパー車(そもそもホッパー車なる車種が存在しなかった)が鉄道省より認められていないため、国鉄線路上を運用することは不可能であった。このため全車を鉄道省に無償譲渡した。この際形式名セム3700形が与えられた。
専属貨車として斗賀野駅を常備駅とし、当駅 - 多ノ郷駅間にて運用された。また専属車掌車としてセムフ1000形4両(セムフ1010、セムフ1078、セムフ1088、セムフ1103)が充当された。
その後車両規定が改訂され私有ホッパー車が認められ、1958年(昭和33年)にホキ1800形が製作された。同形式落成後、本形式は九州(船尾駅)へ移動になったが、戦争中の酷使により疲弊しきっており、また少数車であったため保守に手間がかかり、1963年(昭和38年)8月12日に全車が一斉に廃車となり、同時に形式消滅となった。
参考文献
[編集]- 鉄道公報
- 『日本の貨車-技術発達史-』(貨車技術発達史編纂委員会編著、社団法人 日本鉄道車輌工業会刊、2008年)
- 吉岡心平『RM LIBRARY 152 無蓋ホッパ車のすべて(下)』(ネコ・パブリッシング、2012年)ISBN 978-4-7770-5323-0