水田稔
表示
この記事で示されている出典について、該当する記述が具体的にその文献の何ページあるいはどの章節にあるのか、特定が求められています。 |
水田 稔(みずた みのる、1925年1月25日[1] - 2012年8月20日)は、日本の政治家。元日本社会党衆議院議員(5期)。
水田 稔 みずた みのる | |
---|---|
生年月日 | 1925年1月25日 |
出生地 | 岡山県岡山市 |
没年月日 | 2012年8月20日(87歳没) |
出身校 | 長崎航空機乗員養成所 |
前職 | 住友化学社員 |
所属政党 | 日本社会党 |
選挙区 | 旧岡山2区 |
当選回数 | 5回 |
在任期間 |
1976年12月10日 - 1979年9月7日 1980年6月22日 - 1993年6月18日 |
岡山県議会議員 | |
当選回数 | 4回 |
在任期間 | 1963年 - 1976年11月12日 |
児島市議会議員 | |
在任期間 | 1956年 - 1962年 |
来歴
[編集]岡山県岡山市生まれ[1]。1944年、諫早市長崎航空機乗員養成所卒[1][2]。1946年、住友化学岡山工場に入る[2]。1956年から1962年まで児島市議を務めた[1]。1963年、岡山県議に当選して4期連続で務めて、1976年11月12日に一身上の都合で県議を辞職した[2][3]。同年の総選挙で旧岡山2区から立候補して初当選[4]。1979年の総選挙では落選するが、1980年の総選挙で返り咲いた[5][6]。1993年の総選挙で落選した[7]。その後、岡山4区から立候補の動きを見せたが、立候補しなかった[8][9]。
脚注
[編集]- ^ a b c d 『[選挙の記録 昭和51年 [2]]』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ a b c 『現代政治家の素顔 : 衆議院全議員録』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『岡山県議会史 第10編 (自昭和50年至昭和62年)』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ “岡山2区 - 第34回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)1976年12月05日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2024年6月16日閲覧。
- ^ “岡山2区 - 第35回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)1979年10月07日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2024年6月16日閲覧。
- ^ “岡山2区 - 第36回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)1980年06月22日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2024年6月16日閲覧。
- ^ “岡山2区 - 第40回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)1993年07月18日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2024年6月16日閲覧。
- ^ 『政界 18(11)』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ “岡山4区 - 第41回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)1996年10月20日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2024年6月16日閲覧。
- ^ おくやみ 水田稔氏=元社会党衆院議員読売新聞2012年8月21日閲覧
参考文献
[編集]- 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ、2005年。