渡部通子
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渡部通子 わたなべ みちこ | |
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生年月日 | 1932年4月5日 |
出生地 |
日本統治下朝鮮 全北裡里 (現・ 大韓民国 全北特別自治道益山市) |
没年月日 | 2010年12月23日(78歳没) |
出身校 | 早稲田大学法学部卒業 |
前職 | 潮出版社取締役 |
所属政党 | 公明党 |
配偶者 | 渡部一郎 |
宗教 | 創価学会 |
選挙区 | 兵庫県選挙区 |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 1977年7月10日 - 1983年7月9日 |
選挙区 | 旧東京1区 |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 1969年12月27日 - 1972年11月13日 |
渡部 通子(わたなべ みちこ、1932年4月5日[1][2][3] - 2010年12月23日[4])は、日本の政治家。公明党衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)。夫は元公明党衆議院議員の渡部一郎。
経歴
[編集]日本統治時代の朝鮮全北裡里(現・韓国全北特別自治道益山市)生まれ[1]。京城第一公立高等女学校在学時に引き揚げ[1]。1956年早稲田大学法学部卒業[1]。聖教新聞記者、潮出版社編集局次長、同取締役を歴任した[1]。また、1966年まで創価学会女子部長を務めた[3]。1969年の第32回衆議院議員総選挙で東京1区から公明党公認で立候補して初当選する[5]。1972年の第33回衆議院議員総選挙で落選[6]。1977年の第11回参議院議員通常選挙で兵庫県選挙区から立候補して当選した[2]。参議院議員は1期で引退した[7]。この他公明党中央委員、国民生活局長、婦人局次長などを務めた。2010年死去。
人物
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f 『参議院名鑑 : 1890年から現在・貴族院含む 420コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ a b 『激動の日本政治史 : 明治・大正・昭和歴代国会議員史録 下 1276コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ a b 『公明党の政治 : 国会記者の眼 140コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、1390頁。
- ^ a b 『国会議員総覧 1970年版 133コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『公明党議員団 : 連立・連合時代の中道革新党 92コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『新聞研究 (385) 11コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
参考文献
[編集]- 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年11月。