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「碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件」の版間の差分

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{{実名|可|説明=主題である事件の加害者|名前=[[堀慶末]]([[死刑囚]])|理由=実名で事件に関する著書を出版しており}}
<!-- ウェブ上のニュース媒体はすぐリンク切れする場合が多いのでarchive.isなどで魚拓を取って下さい。{{Cite news|title=記事名|newspaper=ニュース媒体の名前|date=配信日時|url=記事のURL|accessdate=-年-月-日(閲覧した時の日付け)|archiveurl=魚拓のURL|archivedate=-年-月-日(魚拓を取った時の日付け)}} -->
{{Infobox 事件・事故
'''碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件'''(へきなんし パチンコてんちょうふうふ さつがいじけん)とは、[[1998年]](平成10年)[[6月28日]]から[[6月29日]]にかけて[[愛知県]][[碧南市]]で発生した強盗殺人事件。主犯の男A(本籍[[岐阜県]][[土岐市]]<ref group="出典" name="chunichi20151216morning01">『[[中日新聞]]』2015年12月16日朝刊1面 「夫婦強殺 A被告に死刑 妻殺害 共謀を認定 碧南の事件 裁判員判決」</ref><ref group="出典" name="chunichi201512151911">{{Cite news|title=無期懲役囚に死刑判決 名古屋地裁、碧南夫婦強殺で|newspaper=中日新聞|date=2015年12月15日19時11分|url=http://www.chunichi.co.jp/s/article/2015121590191120.html|archiveurl=http://web.archive.org/web/20151215145420/http://www.chunichi.co.jp/s/article/2015121590191120.html|archivedate=2015-12-15}}</ref>、[[住所]]不定[[無職]]<ref group="出典" >{{Cite news|title=闇サイト殺人で無期の被告に死刑…「人命軽視」|newspaper=[[読売新聞]]|date=2015年12月15日20時49分|url=http://www.yomiuri.co.jp/national/20151215-OYT1T50129.html|archiveurl=http://web.archive.org/web/20151215145053/http://www.yomiuri.co.jp/national/20151215-OYT1T50129.html|archivedate=2015-12-15}}</ref>)は後に事件発生から14年後の[[2012年]](平成24年)8月、[[闇サイト殺人事件]]で[[無期懲役]]の刑が[[確定判決|確定]]した直後(約1か月後)にこの事件の主犯として[[逮捕]]、[[起訴]]された。'''碧南夫婦強殺事件'''(へきなんふうふごうさつじけん)<ref group="出典" >{{Cite news|title=死刑判断「2人殺害」焦点 碧南夫婦強殺事件|newspaper=読売新聞|date=2015-12-13|url=http://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20151213-OYTNT50000.html|archiveurl=http://web.archive.org/web/20151216100407/http://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20151213-OYTNT50000.html|archivedate=2015-12-16}}</ref>、'''碧南事件'''(へきなんじけん)<ref group="出典" name="asahi20151215">{{Cite news|title=愛知、夫婦絞殺の被告に死刑判決 強盗殺人罪を認定|newspaper=[[朝日新聞]]|date=2015年12月15日15時44分|url=http://digital.asahi.com/articles/ASHDG4DJGHDGOIPE01H.html?rm=340|archiveurl=https://web.archive.org/web/20151215083443/http://www.asahi.com/articles/ASHDG4DJGHDGOIPE01H.html|archivedate=2015-12-15}}</ref><ref group="出典" name="chunichi20151205">『[[中日新聞]]』2015年12月5日 朝刊「A被告に死刑求刑 碧南強殺、検察『計画の首謀者』」</ref>と略すこともある。
|名称= 碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件
|正式名称=
|画像= {{Infobox mapframe|frame-width=300|zoom=13|type=point}}
|脚注=
|場所= {{JPN}}・[[愛知県]][[碧南市]][[油渕町]]4丁目28番地1{{Efn2|name="事件現場"|事件現場となった住宅の所在地は、『中日新聞』(1998年および2012年)では「碧南市油渕町4丁目」とされている<ref name="中日新聞1998-07-05"/><ref name="中日新聞2012-08-04"/>ほか、[[ゼンリン]][[住宅地図]](1998年版)によれば、被害者Xの住宅(事件現場)の住所は「碧南市油渕町4丁目28番地1」である<ref name="ゼンリン">{{Cite book|和書|title=愛知県 ゼンリン住宅地図'98 碧南市 碧南市制50周年記念|publisher=[[ゼンリン]]|date=1998-02|page=16|series=ゼンリン[[住宅地図]]}}</ref>。同宅は1989年(平成元年)末に新築され<ref name="毎日新聞2012-08-05">『毎日新聞』2012年8月5日中部朝刊社会面27頁「愛知・碧南の夫婦強殺:堀容疑者、パチンコ店で狙いか 近くに居住、Xさん現金管理」(毎日新聞中部本社 記者:岡大介、沢田勇、稲垣衆史)</ref>、前には飲食店などが並んでいた<ref>『[[毎日新聞]]』2012年8月6日中部朝刊社会面27頁「愛知・碧南の夫婦強殺:堀容疑者ら「遺体、2台で捨てた」 住民、不審車を目撃」([[毎日新聞中部本社]] 記者:岡大介、稲垣衆史、沢田勇)</ref>。事件後、X宅は2011年(平成23年)秋ごろまで空き家だったが<ref>『毎日新聞』2012年8月4日中部朝刊社会面27頁「強盗殺人:闇サイト堀受刑者逮捕 「娘が教えてくれた」 闇サイト事件遺族、厳罰望む」(毎日新聞中部本社 記者:石山絵歩、沢田勇)</ref>、後に解体され、2012年時点で跡地には新しい住宅が建っている<ref>『中日新聞』2012年8月4日朝刊第一社会面35頁「碧南の強殺容疑 堀受刑者ら 科学捜査で進展」(中日新聞社)</ref>。}}<ref name="ゼンリン"/> - 被害者X宅<ref name="中日新聞2012-08-04"/>
|緯度度=34 |緯度分=54 |緯度秒= 22.694|N(北緯)及びS(南緯) = N
|経度度=137 |経度分=00 |経度秒= 20.858|E(東経)及びW(西経) = E
|標的= 男性X(当時45歳・[[パチンコ店]]長)夫婦<ref name="中日新聞2015-12-16"/>
|日付= [[1998年]]([[平成]]10年)6月{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}
|時間=
|開始時刻= [[6月28日|28日]]20時過ぎごろ{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}
|終了時刻= [[6月29日|29日]]1時ごろ{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}
|時間帯= [[UTC+9]]
|概要= '''[[堀慶末]]'''ら男3人が碧南市内の民家に侵入し、パチンコ店長夫婦を殺害して金品を奪った<ref name="中日新聞2015-12-16"/>。また、堀を含む2人は[[2006年]](平成18年)に[[名古屋市]][[守山区]]内で高齢女性への強盗殺人未遂事件('''守山事件''')を起こしたほか、堀は[[2007年]](平成19年)に発生した'''[[闇サイト殺人事件]]'''にも関与した(同事件では[[懲役#無期懲役|無期懲役刑]]が[[確定判決|確定]])<ref name="中日新聞2015-12-16"/>。
|懸賞金=
|原因=
|手段= 首を絞める{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}
|攻撃側人数= 3人(うち2人は守山事件にも関与){{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}
|凶器= 紐様のもの{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}
|武器=
|兵器=
|死亡= 2人(本事件の被害者夫婦)<ref name="中日新聞2015-12-16"/>
|負傷= 1人(守山事件の被害者女性)<ref name="中日新聞2015-12-16"/>
|行方不明=
|被害者=
|損害=
* (碧南事件)現金約60,000円・鍵束1個・金庫1個・ブレスレット1本{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}
* (守山事件)現金約25,000円・耐火金庫など12点(時価合計約380,000円相当){{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}
|犯人= '''[[堀慶末]]'''(事件当時{{年数|1975|4|29|1998|6|28}}歳/後に闇サイト殺人事件にも関与){{Efn2|name="堀慶末"|堀は[[1975年]]([[昭和]]50年)[[4月29日]]生まれ{{Sfn|堀慶末|2019|p=10}}。本事件の被疑者として逮捕された2012年8月3日当時は、無期懲役刑([[闇サイト殺人事件]]の刑事裁判で確定)の受刑者として、[[名古屋拘置所]]に収監されていた<ref name="読売新聞2012-08-04"/>。}}ら男3人(いずれも互いに仕事仲間)<ref name="中日新聞2012-08-04"/>
|容疑=
|動機= [[借金]]返済などに充てるため、Xが店長を務めるパチンコ店の売上金を奪おうとしたこと
|関与=
|防御=
|対処= 堀ら加害者3人を愛知県警が[[逮捕 (日本法)|逮捕]]<ref name="中日新聞2012-08-04"/>・名古屋地検が[[起訴]]<ref name="中日新聞2012-08-25">『中日新聞』2012年8月25日朝刊第一社会面35頁「碧南夫婦強殺 3人起訴」(中日新聞社)</ref>
|謝罪=
|補償=
|賠償=
|刑事訴訟=
* 堀は[[日本における死刑|死刑]]<ref name="中日新聞2019-07-20"/>([[上告]][[棄却]]により[[確定判決|確定]]<ref name="中日新聞2019-08-10"/>/[[日本における収監中の死刑囚の一覧|未執行]]{{Sfn|年報・死刑廃止|2020|p=270}})
* 共犯者2人は[[懲役#無期懲役|無期懲役]]<ref name="中日新聞2019-07-20"/>
|少年審判=
|海難審判=
|民事訴訟=
|影響=
|遺族会=
|被害者の会=
|管轄=
* [[愛知県警察]]([[刑事部|捜査一課]]・[[碧南警察署]]<ref name="中日新聞1998-07-03"/><ref name="中日新聞1998-07-05">『中日新聞』1998年7月5日朝刊第一社会面35頁「トランクに夫婦?遺体 碧南の行方不明 死後数日経過か」(中日新聞社)</ref>・[[守山警察署 (愛知県)|守山警察署]]<ref name="中日新聞2013-01-16"/>)
* [[名古屋地方検察庁]]<ref name="中日新聞2012-08-25"/><ref name="中日新聞2013-02-07"/>
}}
'''碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件'''(へきなんし パチンコてんちょうふうふ さつがいじけん)とは、[[1998年]]([[平成]]10年)[[6月28日]]夜から[[6月29日]]未明にかけ、[[愛知県]][[碧南市]][[油渕町]]4丁目の民家<ref group="注" name="事件現場"/>で発生した[[強盗致死傷罪|強盗殺人]]事件<ref name="中日新聞2012-08-04"/>。


事件現場となった民家に住んでいた男性X(当時45歳・[[パチンコ店]]店長)と妻Y(当時36歳)が<ref name="読売新聞1998-07-05">『[[読売新聞]]』1998年7月5日中部朝刊第一社会面31頁「不明夫婦か2他殺体 所有車のトランクに 高浜市内の路上で発見/愛知県警」([[読売新聞中部支社|読売新聞中部本社]])</ref>、自宅で男3人組によって殺害され、現金などを奪われた<ref name="中日新聞2015-12-16"/>。
なお、Aと共犯の一人の男B(本籍[[群馬県]]、無職)は[[2006年]](平成18年)[[7月20日]]に[[名古屋市]][[守山区]][[脇田町 (名古屋市)|脇田町]]で高齢女性の首を絞めて重傷を負わせ、[[現金]]約2万5000円と[[金庫]]などを奪った強盗殺人未遂事件('''名古屋市守山区高齢女性強盗殺人未遂事件'''、なごやしもりやまく こうれいじょせい ごうとうさつじんみすいじけん)にも関与した<ref group="出典" name="syllabus01">Aの第一審の判決要旨(『中日新聞』2015年12月16日朝刊「碧南強殺 名古屋地裁判決〈要旨〉」)に基づく。</ref>として、[[2013年]][[1月16日]]に強盗殺人未遂容疑で[[逮捕#再逮捕|再逮捕]]、起訴されている<ref group="出典" name="moriyama20060720">{{Cite news|title=闇サイト事件の受刑者ら再逮捕 7年前の強殺未遂事件で|newspaper=日本経済新聞|date=2013-01-17|url=http://www.nikkei.com/article/DGXNASFD1601A_W3A110C1CN8000/|accessdate=2015-12-15|archiveurl=http://web.archive.org/web/20130120072641/http://www.nikkei.com/article/DGXNASFD1601A_W3A110C1CN8000|archivedate=2013-01-20}}</ref>。この項目ではこの事件についても触れる。


本事件の加害者のうち、犯行を主導したとされる'''[[堀慶末]]'''(ほり よしとも)<ref name="中日新聞2016-11-09"/>(本事件当時{{年数|1975|4|29|1998|6|28}}歳)<ref group="注" name="堀慶末"/>ら2人は<ref name="中日新聞2016-11-09"/>、[[2006年]](平成18年)[[6月20日]]にも同県[[名古屋市]][[守山区]][[脇田町 (名古屋市)|脇田町]]の民家で高齢女性(当時69歳)を襲い、金品を奪う強盗殺人未遂事件('''守山事件''')を起こした<ref name="中日新聞2013-01-16"/>。また、堀は[[インターネット]]上の[[闇サイト]]で知り合った別の男2人と[[共謀]]し、[[2007年]](平成19年)[[8月24日]]深夜に名古屋市[[千種区]]内で帰宅途中の会社員女性(当時31歳)を[[拉致]]・殺害した強盗殺人事件('''[[闇サイト殺人事件]]''')を起こした<ref name="中日新聞2009-03-18"/>。
== 概要 ==
=== 事件発生から発覚まで ===
Aの[[弁護人]]が第一審法廷で読み上げた報告書によれば、Aは1975年([[昭和]]50年)4月生まれ。5人きょうだいの末っ子で<ref group="出典" name="chunichi20120823">『中日新聞』2012年8月23日朝刊社会面31面「98年碧南夫婦強殺 07年闇サイト殺人 借金かさみ凶行か A容疑者 周辺『無口で穏やか』 法廷で“したたか”謝罪」</ref>、両親は幼少期(小学生時代<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>)に離婚<ref group="出典" name="chunichi20151216morning29">『[[中日新聞]]』2015年12月16日朝刊29面 「裁判員 苦悩の審理 闇サイト事件『切り替え』腐心 碧南強殺 判決」</ref>。中学2年で不登校となり、兄に連れられて外壁工事の手伝いをした<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>。兄らが営む建築業を中学時代から手伝い始め、高校を入学直後に中退した後に独立した<ref group="出典" name="chunichi20120823"/><ref group="出典" name="chunichi20151216morning29"/>。18歳で結婚して2児をもうけ<ref group="出典" name="chunichi20151216morning29"/>、独立して外壁工事業を営むようになった<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>が数年後(事件を起こした1998年)に離婚、第一審の被告人質問では「離婚が人生で一番の後悔。夫や父としての責任から解放され、自分勝手な生活になり、一連の事件を起こしてしまった」と語った<ref group="出典" name="chunichi20151216morning29"/>。


堀は闇サイト事件の刑事裁判で[[2012年]](平成24年)7月18日に[[懲役#無期懲役|無期懲役]]が[[確定判決|確定]]した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=21}}が、その翌月(2012年8月)に本事件(強盗殺人事件)の[[被疑者]]として<ref group="注" name="堀慶末"/><ref name="中日新聞2012-08-04"/>、翌[[2013年]](平成25年)1月に守山事件(強盗殺人未遂事件)の被疑者として[[逮捕 (日本法)|逮捕]]された<ref name="中日新聞2013-01-16"/>。堀はそれらの事件の[[被告人]]として<ref name="中日新聞2015-12-16"/>、住居侵入罪および強盗殺人罪(本事件)<ref name="中日新聞2012-08-25"/>、強盗殺人未遂罪(守山事件)で[[起訴]]され<ref name="中日新聞2013-02-07"/>、[[2019年]]([[令和]]元年)に[[日本における死刑|死刑]]が確定<ref name="中日新聞2019-07-20"/>。また、共犯者2人は無期懲役が確定した<ref name="中日新聞2019-07-20"/>。
[[自動車ローン]]や[[消費者金融]]からの[[借金]]を返済するため、[[パチンコ店]]から多額の現金を盗もうと考えたAは、仕事仲間であったBと[[建築作業員]]の男C([[鹿児島県]][[枕崎市]])を犯行に引き入れ、男性(当時45歳)が店長を務めるパチンコ店に目を付け、自宅で男性を待ち伏せて店の鍵を奪い、現金を奪う計画を立てた<ref group="出典" name="syllabus01"/>。近隣住民の目撃証言によれば、Aらが男性宅を訪れた28日午前もしくは前日の27日午前、不審な男3人が男性宅の周辺を歩いていたという<ref group="出典" name="mainichi20120806"><碧南夫婦強殺>釣り人装い下見か 男3人組を目撃 毎日新聞 8月6日(月)15時0分配信</ref>。男たちが[[釣り竿]]などを持っていたと話す人もおり、釣り人を装って下見していた可能性がある(男性宅の前には幅5m前後の[[用水路]]があり、南数十mには[[高浜川 (愛知県)|高浜川]]が流れているが、住民らによると、いずれも[[釣り]]をする人はほとんどいないという)<ref group="出典" name="mainichi20120806"/>。


== 事件経緯 ==
A、B、Cの3人は1998年[[6月28日]]午後4時半頃<ref group="出典" name="syllabus01"/>、愛知県碧南市油渕町在住の同県[[尾張旭市]]のパチンコ店店長(パチンコ店運営会社営業部長)の男性宅を強盗目的で<ref group="出典" name="syllabus01"/>訪れ、翌29日の[[午前]]1時頃までに<ref group="出典" name="syllabus01"/>男性とその妻(当時36歳)を用意したビニールひもで[[絞殺|首を絞めるなどして殺害]]し(これについてAを除く一人は「覚えていない」と供述している)<ref group="出典" name="chunichi20120804">『[[中日新聞]]』2012年8月4日朝刊「闇サイト殺人 A受刑者ら 14年前に夫婦殺害 容疑で逮捕」</ref>、現金約6万円や男性の[[鍵]]束1本、小型金庫1個、[[純金]]製<ref group="出典" name="mainichi20120806"/>の[[ブレスレット]]1本などを<ref group="出典" name="syllabus01"/>奪って逃走した<ref group="出典" name="chunichi20120804"/><ref group="出典" name="chunichi20130116">『中日新聞』2013年1月16日夕刊社会面15面「闇サイト A容疑者再逮捕 06年、守山の強殺未遂 愛知県警」</ref>。捜査関係者によると、3人はまず妻の首をビニールひもで絞めて殺害し、その後、仕事を終えて帰宅した男性を絞殺したとされる<ref group="出典" name="tokyo20120807">『[[東京新聞]]』2012年8月7日夕刊「愛知夫婦殺害 DNA枝豆から検出」</ref>。
=== 事件前 ===
加害者3人はいずれも事件当時、名古屋市内{{Efn2|守山区(Xのパチンコ店があった尾張旭市に隣接)やその周辺<ref name="毎日新聞2012-08-05"/>。『中日新聞』 (2012) は、当時の3人について「守山区内のアパートに頻繁に集まっていた」と述べている<ref name="中日新聞2012-08-23"/>。}}に居住し、外装関係の同じ職場で働いていた<ref name="中日新聞2012-08-04"/>。


事件を主導したとされる堀は<ref name="中日新聞2016-11-09"/>、1998年(平成10年)5月ごろ、兄の経営する会社の名義で購入した[[自動車ローン|車のローン]]代金{{Efn2|堀の次兄は同月ごろ、堀(5人兄弟の末っ子)に対し、「6月末までに、(堀が滞納して)自分が肩代わりしているローンの残金百数十万円を全額払え」と強く求めてきた{{Sfn|堀慶末|2019|p=39}}。}}の支払いや、[[消費者金融]]からの[[借金]]{{Efn2|『中日新聞』 (2012) は、「Aは堀から『300万円の借金がある』と言われ、犯行に誘われた旨を述べている」と報じている<ref name="中日新聞2012-08-23"/>。当時、堀は飲み代で月に20数万円 - 60万円を遣っていたほか、妻とは別の女性と浮気関係にあり、憤慨した妻によって家を追い出されたが{{Sfn|堀慶末|2019|pp=36-37}}、その後も[[クレジットカード]]の[[融資|キャッシング]]や消費者金融からの借金を繰り返し{{Sfn|堀慶末|2019|p=38}}、遊興費欲しさに同居していた浮気相手の財布から現金を盗むこともしていた{{Sfn|堀慶末|2019|p=39}}。}}の返済に充てる資金を必要としたことから、閉店後の[[パチンコ店]]から現金を強奪することを企てた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=2}}。しかし、それまで出入りしたことのないパチンコ店を下見しようとしたものの、「1人では実行は難しいかもしれない」と思った{{Sfn|堀慶末|2019|p=40}}。そこで、仕事仲間である男A(本名のイニシャルは「'''S・H'''」。事件当時21 - 22歳){{Efn2|共犯者A(2016年に無期懲役が確定)は[[1976年]](昭和51年)生まれ{{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc}}。}}の存在を思い出し{{Sfn|堀慶末|2019|p=40}}、「自分に対し、過去に犯罪歴がある旨{{Efn2|Aは堀に対し、「人を殴り殺したことがある」と話していたが、これは実際にはAの先輩がやったことだった{{Sfn|堀慶末|2019|p=40}}。}}を話しており、[[覚醒剤]]を使っているAなら、強盗を手伝ってくれるだろうし、もし断られても口外しないだろう」と考えたため、Aに「パチンコ店の売上を奪おうと思っているが、一緒にやらないか」と持ちかけ{{Sfn|堀慶末|2019|p=41}}、犯行に誘い入れた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=2}}。その上で、堀とAはパチンコ店をいくつか回り{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=2}}、本事件の被害者である男性X(当時45歳)が店長を務めていたパチンコ店([[尾張旭市]]){{Efn2|Xは生前、同店を経営する会社の営業部長を務めており、(堀らが目をつけた)尾張旭市内の店舗に責任者として派遣されていた<ref name="中日新聞1998-07-05"/>。堀は自著 (2019) で「一部報道では、自分がこの(Xが店長を務めていた)パチンコ店の客だったとされているが、一度も店に入ったことはない。店舗の下見と、Xの尾行のために(少なくとも5回)行ったにすぎない」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|p=42}}。}}<ref name="読売新聞1998-07-05"/>に目をつけ、ともにビニール紐・軍手などを準備して強盗の機会を窺った{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=2}}。しかし、当時は複数の従業員が店内に残っており、実行には至らなかった{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=2}}。
なお、第一審判決要旨によれば、3人はCの車で夫婦宅に向かい、夫婦宅付近に車を止めた<ref group="出典" name="syllabus01"/>。28日午後4時30分頃、無施錠の玄関から侵入<ref group="出典" name="syllabus01"/>。軍手などをはめていたが、顔を隠すことはしていなかった<ref group="出典" name="syllabus01"/>。Aはその後、車を移動させるなどと言って夫婦宅を出た<ref group="出典" name="syllabus01"/>。玄関から侵入後二人の息子と在宅していた妻の口を手でふさぎ、静かにするように脅し、反抗を抑圧した<ref group="出典" name="syllabus01"/>。同日午後8時過ぎ頃から午後11時23分頃、BとCが妻の首にビニールひもを巻き付けて強く絞めるなどして窒息死させた上、現金を奪った(これはAが前述のように家を出ている間に起きたできごとである)<ref group="出典" name="syllabus01"/>。Aは家に戻り、妻の死亡を知った<ref group="出典" name="syllabus01"/>。Aは間もなくB、C両名に対し、居宅内を物色するように言い、手分けして金目の物を探した<ref group="出典" name="syllabus01"/>。Bが妻の財布を見つけ、中にあった6万円を3人で等分した<ref group="出典" name="syllabus01"/>。翌29日午後1時頃、帰宅した男性に、Aが単独で、またはBもしくはCとともに、首にビニールひもを巻き付けて窒息死させ、鍵束、金庫、ブレスレットを奪った<ref group="出典" name="syllabus01"/>(逮捕直後、Bは「男性に抵抗されたため、自分とCが体を押さえつけ、Aがロープで首を絞めた」と供述している<ref group="出典" name="chunichi20120807">『中日新聞』2012年8月7日朝刊社会面31面「碧南事件・B容疑者『A容疑者が夫絞殺』『指示受け妻殺害』供述『C容疑者 体押さえた』」</ref>)。


その後、堀は自分と旧知の仲であり、Aの同僚でもある男B(本名のイニシャルは「'''H・T'''」。事件当時28 - 29歳){{Efn2|name="共犯B"|共犯者B(2018年に無期懲役が確定)は[[1969年]](昭和44年)生まれ{{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc}}。Bは[[鹿児島県]][[枕崎市]]出身で、地元の職業訓練校を卒業後、17歳で名古屋へ働きに出たが、本事件後の2001年(平成13年)にパチンコで借金を抱えるなどして生活が荒れたため、両親によって枕崎へ連れ戻された<ref>『中日新聞』2012年8月5日朝刊第一社会面35頁「碧南夫婦強殺 「事件後帰郷 無口に」 B容疑者の両親話す」(中日新聞社)</ref>。}}も誘って仲間に引き入れ{{Efn2|Bは堀やAと同じく金に困っていた一方、堀とは旧知の仲かつ口下手だったため、堀は「Bなら、もし誘いを断られても口外しないだろう」と考えた{{Sfn|堀慶末|2019|p=44}}。また、堀・Aの両名とも当時は[[日本の運転免許|運転免許]]を持っていなかったため、免許を持っているBは好都合な存在だった{{Sfn|堀慶末|2019|p=45}}。}}、下見を繰り返したが、同店は月曜日が定休日であることや、その前日である日曜日の営業を終えるとXは帰宅{{Efn2|Xは普段、パチンコ店の寮で寝泊まりしていたが、休日の前日は自宅に帰っていた<ref name="中日新聞2012-08-06">『中日新聞』2012年8月6日朝刊第一社会面31頁「碧南夫婦強殺 風呂場で夫待ち伏せか 容疑者ら、妻を殺害後」(中日新聞社)</ref>。}}することを把握{{Sfn|堀慶末|2019|p=45}}。「店に侵入するより、Xを脅して店の鍵や金庫などを奪い、(店内の)売上金を手に入れた方が早い」と考え、日曜日の夜にXを尾行し{{Sfn|堀慶末|2019|p=46}}、自宅(碧南市内)を突き止めた{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=2-3}}{{Sfn|堀慶末|2019|p=47}}。その上で、堀は決行前の昼間にX宅を下見し、周囲の状況を把握したほか{{Sfn|堀慶末|2019|p=48}}、電話帳でX宅の電話番号を調べ、アンケート調査を装って電話を掛け、家族構成を調べるなどした{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}。X宅の家族構成は、Xとその妻Y(当時36歳)、長男(当時8歳・小学3年生)、次男(同6歳・小学1年生)の4人家族だった<ref name="中日新聞1998-07-05"/>。また、X一家は事件当時、国内では珍しい[[輸入#逆輸入|逆輸入]]車<ref name="読売新聞2012-08-06"/>([[レクサス]]{{Efn2|レクサスブランドの日本上陸は事件後の2005年。}}<ref name="中日新聞2012-08-06夕刊">『中日新聞』2012年8月6日夕刊第一社会面13頁「碧南夫婦強殺 容疑者「車の鍵捨てた」 遺棄後、発覚遅らせる?」(中日新聞社)</ref>)に乗ったり、[[水上オートバイ|水上バイク]]を所有するなど、地域でも裕福な家庭として知られていた<ref name="読売新聞2012-08-06">『読売新聞』2012年8月4日東京夕刊第一社会面17頁「愛知の強盗殺人 堀容疑者 犯行持ちかけか 逮捕の2容疑者供述」([[読売新聞東京本社]])</ref>。
なお、事件当時8歳の小学生であった長男は男3人を目撃しており、男性宅で妻が出した食事を食べており、深夜になって男性が帰宅。その後、妻が横になり、男が男性に馬乗りになっていたという<ref group="出典" name="chunichi20120804morning">『中日新聞』2012年8月4日朝刊1面 「闇サイト」A受刑者逮捕 碧南の夫婦強殺容疑 愛知県警、ほか2人も</ref><ref group="出典" name="chunichi2012080436">『中日新聞』2012年8月4日朝刊社会面36面「碧南の強殺容疑 A受刑者ら 科学捜査で前進」</ref>。なお、捜査関係者によると、2階で寝ていた長男が1階に向かう際、男らが風呂場付近から出てきた<ref group="出典" name="chunichi20120806">『中日新聞』2012年8月6日朝刊社会面31面「碧南夫婦強殺 風呂場で夫待ち伏せか 容疑者ら、妻を殺害後」</ref>。その後、Aとみられる男が男性に馬乗りになり、頭を壁に打ち付けるなどの暴行を加えていた<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>。長男は別の男に「大丈夫。寝てていいよ」と言われ、再び2階に上がったという<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>。


その結果、堀は、3人で犯行計画を話し合い、「在宅しているXの妻Yに対し、『Xの知り合いだ。[[暴力団]]に追われているので、匿ってほしい』と言って家に上げてもらい、Xの帰宅を待ち伏せる。そして帰宅したXを襲い、店や金庫の鍵などを奪った上で、店内への侵入方法(セキュリティの解除方法)などを訊き出し、堀とAが店に行って売上金を奪う。その間、BはX一家を見張る」という計画を立てた{{Sfn|堀慶末|2019|pp=48-49}}。
男性は、パチンコ店で通常通り午前0時ごろまで勤務<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>。普段パチンコ店の寮に寝泊まりしていたが、定休日である月曜日の前日であるため自宅に戻っていた<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>。捜査本部によると、3人はいずれも事件当時、パチンコ店に近い名古屋市内に住んでおり([[中日新聞]]の報道によれば、後述する[[#名古屋市守山区高齢女性強盗殺人未遂事件|守山区の事件]]当時Aは守山区、Bは[[名東区]]にそれぞれ居住<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>)、同じ建築関係の職場に勤めていた<ref group="出典" name="sankei20120804"/>。夫婦から奪った現金は山分けしたという<ref group="出典" name="sankei20120804"/>。


=== 事件当日 ===
夫婦の遺体は夫婦宅から4km離れた同県[[高浜市]]湯山町の県営住宅内にある袋小路の路上の道路脇<ref group="出典" name="chunichi19980705">『中日新聞』1998年7月5日朝刊社会面35面「トランクに夫婦?遺体 碧南の行方不明 死後数日経過か」</ref><ref group="出典" name="chunichi20120804morning"/>で[[7月4日]]に放置されていた[[自動車]]のトランク内から発見された<ref group="出典" name="asahi20151028">『朝日新聞』2015年10月28日朝刊社会面34面「怒り・悲しみ、抱き続けた17年 碧南夫婦殺害、当時6歳の次男【名古屋】」</ref><ref group="出典" name="asahi20151029">{{Cite news|title=当時6歳の次男「普通に生きたかった」 夫婦殺害初公判|newspaper=朝日新聞|date=2015-10-29|url=http://digital.asahi.com/articles/ASHBV3DNJHBVOIPE00C.html?_requesturl=articles%2FASHBV3DNJHBVOIPE00C.html&rm=383|accessdate=2015-10-30}}</ref>。県営住宅の住民によれば、車は6月29日夜には放置されており、動かした様子はなかったという<ref group="出典" name="chunichi19980705"/>。[[愛知県警察]][[捜査一課]]と[[碧南警察署]]は[[殺人罪|殺人]]と[[死体遺棄罪|死体遺棄]]の容疑で特別捜査本部を設置した<ref group="出典" name="chunichi19980705"/>。
堀・A・Bの3人は、Xと妻Y(当時36歳)から金品を強奪することを企て、事件当日(1998年6月28日)正午過ぎ、Bの運転する車([[トヨタ・クラウン]])で[[碧南市]]方面へ向かい{{Sfn|堀慶末|2019|p=49}}、X宅{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}(愛知県碧南市[[油渕町]]4丁目28番地1<ref group="注" name="事件現場"/><ref name="ゼンリン"/>)から徒歩10 - 15分ほどの場所に駐車{{Sfn|堀慶末|2019|p=50}}。トランクの中から包丁・粘着テープ・ビニール紐・軍手・帽子を取り出して犯行の準備を行ったほか、近隣住民に怪しまれないよう、偶然積んであったBの[[釣り]]道具(ポリバケツと[[釣り竿]]{{Efn2|ポリバケツは粘着テープとビニール紐を入れた状態でAが持ち、Bは釣り竿を持った{{Sfn|堀慶末|2019|p=50}}。また、堀は包丁の入ったバッグを持ってX宅に向かった{{Sfn|堀慶末|2019|p=50}}。}})を持って釣り人を装い{{Efn2|事件当日、現場付近を流れる大きな河川<ref group="注" name="高浜川"/>には釣り人が多くいた{{Sfn|堀慶末|2019|p=50}}。また、事件当時には実際に、「事件当日(6月28日)の昼ごろ、不審な3人組が釣り竿とバケツを持ってX宅周辺を歩いていた」という目撃証言があった<ref name="中日新聞2012-08-06夕刊"/>。}}、X宅に向かった{{Sfn|堀慶末|2019|p=50}}。


1998年6月28日16時30分ごろ、3人は被害者X宅を訪問{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}。堀がインターホンを鳴らしたが、応答がなかったため{{Sfn|堀慶末|2019|p=51}}、3人は無施錠の玄関から侵入した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}。当時、3人は現場に[[指紋]]を残さないよう、[[軍手]]などを嵌めていたが、顔を覆面やマスクなどで隠してはいなかった{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}。
=== 捜査の難航 ===
当時8歳の小学生で<ref group="出典" name="syllabus01"/>、検察側の主張によれば父親がAとBに殺害される様子を目撃していたという<ref group="出典" >『中日新聞』2015年10月29日夕刊 夕刊社会11面「A被告 夫への殺意否認 妻殺害には『関与せず』碧南の強殺初公判」</ref>長男の目撃情報から男3人組の行方を追ったが、捜査は難航し<ref group="出典" >『中日新聞』1998年8月31日朝刊西三河版西三河26面「NEWSピックアップ 捜査難航する碧南の夫婦殺人 カギ握る?不審な3人組」</ref><ref group="出典" >『中日新聞』[[1999年]]7月2日朝刊西三河版西三河20面「碧南の夫婦殺害から1年 情報収集に全力 県警がビラで協力呼びかけ」</ref>、[[殺人罪]](及び[[強盗殺人罪]])の[[公訴時効]]([[2010年]]の[[刑事訴訟法]]改正で廃止)が成立する15年近くに亘って[[未解決事件]]となっていた。


堀が2階に上がった{{Sfn|堀慶末|2019|p=51}}ところ、夫婦の寝室にYがおり{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}、堀と目を合わせたYは小さな悲鳴を上げたが{{Sfn|堀慶末|2019|p=51}}、堀はYの口を軍手を嵌めた手で塞ぎ{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}、「騒がないでくれ。静かにしてくれ。旦那(X) の知り合いだ」と言った{{Sfn|堀慶末|2019|p=51}}。その後、堀はA・Bとともに、Yに対し「Xとはパチンコ店の関係で知り合った。暴力団から追われているので、匿ってほしい」と申し向け{{Sfn|堀慶末|2019|p=52}}、1階のリビングにいた夫婦の子供2人をBに見張らせ{{Efn2|Bはこの間、子供2人と遊んだりしていた{{Sfn|堀慶末|2019|p=54}}。}}、AとともにYを連れて同階の和室に移動した{{Sfn|堀慶末|2019|p=53}}。その後、Yは堀たちに夕食や酒・[[肴|つまみ]]を提供したが、Yが夕食の支度をするため台所に向かった際、堀もYについていくなどした{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}。また、堀らはYとともに飲食したが、軍手などは嵌めたままだった{{Efn2|ただし、堀は自著 (2019) で、「Yから軍手を外すよう勧められた。その言葉で軍手を外したかどうかまでは記憶がないが、逃走時に自分たちが飲食に用いた食器や煙草の吸殻を持ち帰ったことからすれば、軍手を外した可能性はある」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|p=54}}。}}{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}。
=== 逃亡中の出来事 ===
碧南事件が発生してから主犯のAが[[闇サイト殺人事件]]で逮捕されるまでの9年間に、Aは共犯者のB及び別の男2名と共謀し、計2件の強盗殺人(及び未遂)事件を起こし、女性2名を死傷させた。


この間、Yは堀たちに対し「ヤクザに追われているのなら、旦那に相談するより、(現場)近くの[[交番]]{{Efn2|事件現場に近い碧南市油渕町1丁目12番地には碧南警察署の西端駐在所がある<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.pref.aichi.jp/police/syokai/sho/hekinan/kouban.html|title=警察署・交番・駐在所の所在地|accessdate=2021-03-09|publisher=[[愛知県警察]]|website=[[碧南警察署]]|language=ja|archiveurl=https://web.archive.org/web/20210309141947/https://www.pref.aichi.jp/police/syokai/sho/hekinan/kouban.html|archivedate=2021-03-09}}</ref>。}}に相談した方が良いのではないか?」「自分の親戚に警察官がいるから、連絡してあげても良い」と勧めた{{Sfn|堀慶末|2019|p=55}}。しかし、堀は事件の発覚を恐れ<ref name="朝日新聞2015-11-10">『朝日新聞』2015年11月10日名古屋朝刊第二社会面28頁「Xさん殺害と妻殺害指示、否定 碧南事件公判、堀被告証言 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>、交番の位置を確認しに行くため、リビングにいたBからクラウンの鍵を受け取り、X宅を出た{{Sfn|堀慶末|2019|p=55}}。堀は交番の位置を確認した後、大きな河川の堤防道路(X宅から徒歩5分ほど){{Efn2|name="高浜川"|X宅の数十&nbsp;m南には[[高浜川 (愛知県)|高浜川]]が流れていた<ref name="毎日新聞2012-08-06">『毎日新聞』2012年8月6日中部夕刊社会面9頁「愛知・碧南の夫婦強殺:釣り人装い下見か 近くの住民、男3人組を目撃」(毎日新聞中部本社 記者:岡大介、稲垣衆史)</ref>。}}にクラウンを移動し{{Efn2|堀は「Xを脅した後ですぐに行動できるよう、クラウンをもっとX宅に近い場所へ移しておこう」と考え、クラウンを堤防道路に移動した{{Sfn|堀慶末|2019|pp=55-56}}。}}{{Sfn|堀慶末|2019|p=56}}、(X宅を出てから)約1時間後にX宅に戻ったが<ref name="朝日新聞2015-11-10"/>、その間(20時過ぎごろ{{Efn2|20時過ぎごろ、YはX宅(自宅)に掛かってきた電話{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}(碧南市内の男性からの電話)に応答しているが、この時は通常(すぐ電話に出ていた)とは異なり、10回ほど呼び出し音が続いていた<ref name="朝日新聞1998-10-13">『朝日新聞』1998年10月13日名古屋朝刊第二社会面28頁「犯人、被害者宅で電話 愛知・パチンコ店長夫妻殺害事件 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>。}} - 23時23分ごろ{{Efn2|名古屋地裁 (2015) によれば、堀は23時23分ごろ{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}(23時20分過ぎ)<ref name="朝日新聞1998-10-13"/>、Yの生存を偽装するため、X宅の固定電話を利用して電話を掛けた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}。また、堀も自著で「自分はYを殺害した後、(Xの帰宅を待ち伏せている間)、リビングの電話を使い、[[PTA]]の名簿にあった電話番号のうち1つに電話を掛けた。捜査記録によれば、発信時刻は23時23分ごろで、通話時間は14秒間だった。なぜこのような行動を取ったかはわからないが、(Yの生存を偽装して)捜査を撹乱しようとしたのかもしれない」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|p=60}}。その通話先の[[市外局番]]「0566-48」は碧南市の一部地域と[[安城市]]東端町で使われている番号だった<ref name="朝日新聞1998-10-13"/>。}})にAが単独もしくはBとともに2人で、Yの首に紐状の物を巻きつけ、強く引っ張るなどしてYを絞殺した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}。
==== 名古屋市守山区高齢女性強盗殺人未遂事件 ====
事件から8年後の[[2006年]](平成18年)6月ごろ、Aは兄との確執や腰痛の悪化で外壁工事業の仕事を辞め、定職に就かなくなった<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>。その後の[[7月20日]]午後0時20分頃、AとBは共謀し、[[名古屋市]][[守山区]][[脇田町 (名古屋市)|脇田町]]の無職女性宅に押し入り、女性の顔に粘着テープを巻き付け<ref group="出典" name="syllabus01"/><ref group="出典" name="chunichi20130116"/>、首をひものようなもので強く絞め付ける、包丁で脅す<ref group="出典" name="asahi20151028"/>などして、現金2万5000円<ref group="出典" name="syllabus01"/>と[[金庫]]<ref group="出典" name="moriyama20060720"/>、[[貴金属]]<ref group="出典" name="nhk20151215">{{Cite news|title=闇サイト事件で無期懲役確定の被告に別事件で死刑判決|newspaper=[[NHKニュース]]|date=2015年12月15日15時38分|url=http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151215/k10010341781000.html|archiveurl=https://web.archive.org/web/20151219070151/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151215/k10010341781000.html|archivedate=2015-12-19}}</ref>など12点<ref group="出典" name="syllabus01"/>を奪った。女性は気を失い、首や肩に<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>約2か月の重傷を負った<ref group="出典" name="moriyama20060720"/>が、1時間半後に近所の家に駆け込み[[110番]]した<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>。Aらは、女性宅を実際にリフォームした建築会社の名前を騙って玄関から訪問していた<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>。


その後、堀はAとBに対し、居宅内を物色するように言い、3人で手分けして金目の物を探した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}。BがYの財布を見つけ、3人で中にあった現金(約60,000円)を分けた{{Efn2|堀は「実際に(財布に)入っていた現金は5万数千円だ。A・Bが20,000円ずつ受け取り、残る1万数千円を自分のものにした」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|p=59}}。}}ほか、堀はYの死体が横たわったまま放置されていた和室内を物色し、押し入れ内にあった金庫を見つけた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=3}}。その後、堀たちはYの死体を和室に放置したまま、Xの帰宅を待ち受けた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}。Xは翌日(6月29日)1時頃に帰宅した直後、Yの死体を発見し、2階で寝ていた長男を起こして「お母さんが死んでいるかもしれないから、[[110番]]する」などと言って1階に下りたが、リビングに向かう途中、洗面所に隠れていた堀らに襲われた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}。堀は同日1時ごろ、単独か、またはAもしくはBとともに、Xの首に紐様の物を巻きつけて強く絞めつけるなどし、Xを絞殺した{{Efn2|name="馬乗り"|Xが襲撃された時、父Xに起こされた長男は父とともに1階に降り、堀たち3人に襲われている父を目撃したが、3人のうち、Xに馬乗りになっていた大柄な男から「寝てていいよ」と言われ、寝かしつけられた<ref>『朝日新聞』2015年11月5日名古屋朝刊第一社会面31頁「「大柄の男、父に馬乗りに」被害者長男が証言 碧南事件公判 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>。名古屋地裁 (2015) では、その馬乗りになっていた男は体格や、共犯者Aの証言から「堀であると推認できる」とされている{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=9}}。}}{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}。そして、Xが所有していた鍵束1個{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}、Xが着用していたブレスレットのほか、和室で発見した金庫{{Efn2|小型耐火金庫で、堀はその鍵を探したが、発見できなかった{{Sfn|堀慶末|2019|p=59}}。}}を持ち出して奪った{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}。
==== 闇サイト殺人事件 ====
[[2007年]](平成19年)。Aは、碧南事件のあった9年前と似た状況に置かれていた<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>。1年前に定職に就かなくなってから親族に金を無心し、同居女性に生活費を稼がせていた<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>。他の複数の女性とも関係を持ちながら、趣味の[[ダーツ]]に興じていた<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>。そんな中で同居女性からの借金は440万円に上っていた<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>。[[8月24日]]深夜、別の男2人(うち1名は[[死刑]]確定の後刑執行、もう1名は無期懲役確定)と[[携帯電話]]の[[闇サイト]]「[[闇の職業安定所]]」で共謀して名古屋市[[千種区]]で帰宅途中の路上を歩く女性を車に連れ込んで、[[手錠]]をかけて拉致。約6万円と[[キャッシュカード]]を奪う。さらに[[包丁]]で被害者を脅して、キャッシュカードの[[暗証番号]]を聞き出し、[[8月25日]]午前0時頃、[[愛西市]][[佐屋町]]の[[駐車場]]で被害者を殺害し、遺体を[[岐阜県]][[瑞浪市]]の山中に埋めて逃走した。第一審([[名古屋地方裁判所]]、[[近藤宏子]][[裁判長]])では主犯の男とともに死刑[[判決 (日本法)|判決]]が言い渡されたが、控訴審([[名古屋高等裁判所]]、[[下山保男]]裁判長)で地裁の死刑判決が破棄され、無期懲役の判決が下り、[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]([[千葉勝美]]裁判長)で[[確定判決|確定]]した。
{{see also|闇サイト殺人事件}}
''※なお、上記項目ではAについては「C」と表記されている。''


=== 夫婦殺害後 ===
=== 急展開(容疑者の逮捕・起訴へ) ===
その後、堀たち3人はX・Y夫婦の遺体の処分方法について話し合い、できる限り事件発覚を遅らせるため、遺体を遺棄することを決めた{{Sfn|堀慶末|2019|p=64}}。まず、2人の遺体をXが使用していた自動車{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}(三河ナンバーの白いレクサス<ref name="中日新聞1998-07-06">『中日新聞』1998年7月6日朝刊西三河版西三河地方面「【愛知県】情報あれば一報を! 碧南の殺人・死体遺棄事件 捜査本部が看板」(中日新聞社)</ref>)のトランクに押し込み{{Efn2|この時はまず、2人の遺体を玄関まで運び、堀がXの車(レクサス)を玄関前に横付けしてから、3人で遺体をレクサスのトランクまで運んだが、人目を気にして遺体にバスタオル(堀が「Xを死なせた凶器」と主張している)をかぶせていた{{Sfn|堀慶末|2019|p=64}}。}}{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}、飲食で使用した箸・グラスや煙草の吸殻などをドラムバッグに入れ、X宅から持ち去ったが、[[枝豆]]やその殻{{Sfn|堀慶末|2019|p=65}}、(Yから夕食として振る舞われた){{Sfn|堀慶末|2019|p=54}}ハンバーグの皿はそのまま残していた{{Efn2|堀は「自分とAは和室で、枝豆を食べたり、箸を使ったりする際に片手の軍手を外していたが、ハンバーグの皿はもう片方の(軍手を嵌めたままの)手でしか触っていなかった。事件当時の自分の知識では、箸でつついただけで皿にDNA型が残るなどとは考えられなかっただろう。枝豆の殻も、そこから指紋が検出されるとは思わなかった」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|pp=65-66}}。}}{{Sfn|堀慶末|2019|p=65}}。その理由について、堀は自著 (2019) で「1998年当時は、現在ほど[[DNA型鑑定]]のことが知られておらず、自分も『絶対にDNAを残したくない』というほど気にはかけていなかった。煙草の吸殻を持ち帰ったのは、DNAよりも指紋を気にしたためだろう」と回顧しているが{{Sfn|堀慶末|2019|pp=65-66}}、その枝豆の皮に付着していた唾液の[[デオキシリボ核酸|DNA型]]が事件解決の鍵となった<ref name="中日新聞2012-08-07"/>。
事件が急展開を見せたのは事件発生から14年後の2012年7月<ref group="出典" name="jiji20120807">「聴かれなかったから」=闇サイト逮捕後、自供せず-愛知夫婦強殺([[時事通信]]、2012年8月7日)</ref>、現場にあった[[唾液]]の[[デオキシリボ核酸|DNA]]が[[DNA型鑑定]]の結果、A、B両名のものと酷似していることが判明したことである。愛知県警は[[8月3日]]、[[強盗殺人罪|強盗殺人容疑]]で、3週間前の[[7月11日]]に無期懲役の判決が確定したばかりのA([[名古屋拘置所]]に拘留中であった)と、仕事仲間だったB、Cの計3人を[[逮捕]]し<ref group="出典" name="chunichi20120804"/>、翌[[8月4日]]に<!--同じく中日新聞の報道で8月5日との報道あり。<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>-->[[名古屋地方検察庁]]に[[送検]]した<ref group="出典" >『中日新聞』2012年8月5日10時47分「闇サイト事件のA容疑者ら送検 碧南夫婦強殺で」</ref>。Aは闇サイト事件で逮捕された2007年8月以降の取り調べや公判では、反省の弁を述べる一方、夫婦殺害事件については(当時の取り調べで)「聴かれなかったから」と、一切自供していなかった<ref group="出典" name="jiji20120807"/>。また、公判中の[[朝日新聞]]の報道によればAは闇サイト事件で無期懲役が確定する前に碧南事件を自白しなかった理由について、「息子が自分から離れていくのが怖かった」とも語っている(第一審公判中の被告人質問によると闇サイト事件で刑が確定するまでAは長男と手紙などの交流があったが、碧南事件の逮捕後は途絶えたという)<ref group="出典" name="asahi20151204">『朝日新聞』2015年12月4日付「碧南事件『息子が離れるのが怖かった』 A被告」</ref>。3人は遺体を捨てたことも認めたが、死体遺棄罪は刑事訴訟法により公訴時効(3年)が成立していた<ref group="出典" name="chunichi20120804morning"/>。Bは本籍地の群馬県で[[2009年]](平成21年)、[[覚せい剤取締法]]違反容疑で逮捕され、懲役3年6か月の有罪判決を受けて服役中だった<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>。Cは[[2001年]](平成13年)、借金を理由に鹿児島県の実家に戻っていた<ref group="出典" name="chunichi20120823"/>。


その後、3人は2人の遺体を積んだXのレクサスに金庫も積み込み、3人ともそのレクサスに乗車して、堀の運転でBのクラウンを駐車していた堤防道路へ移動{{Sfn|堀慶末|2019|p=66}}。奪った金庫をクラウンに積み替え、2台の車に分乗し{{Efn2|この時は堀がXのレクサスを運転し、同車にAが同乗していた{{Sfn|堀慶末|2019|p=66}}。}}{{Sfn|堀慶末|2019|p=66}}、同県[[高浜市]][[湯山町 (高浜市)|湯山町]]4丁目の路上<ref name="朝日新聞1998-07-05">『[[朝日新聞]]』1998年7月5日名古屋朝刊第一社会面31頁「店長夫婦?車に遺体 殺人容疑などで捜査 碧南の不明事件 【名古屋】」([[朝日新聞名古屋本社]])</ref>(愛知県営葭池住宅内の袋小路){{Efn2|遺棄現場(高浜市湯山町4丁目)<ref name="朝日新聞1998-07-05"/>は、X宅(碧南市油渕町4丁目)<ref name="中日新聞1998-07-05"/>から車で約10分ほどの場所に位置する{{Sfn|堀慶末|2019|p=66}}。愛知県警の捜査により、犯人(=堀たち)はまずX宅周辺の道路を何周かした後、畑の間を抜ける路地を経由し、碧南市大久手町の交差点で[[愛知県の県道一覧|県道]]を左折{{Efn2|碧南市大久手町を通る県道は[[愛知県道295号道場山安城線]]のみで、同町内の交差点を左折して北上すると、[[愛知県道47号岡崎半田線]](主要地方道/西方に進むと高浜市方面へ向かう)に突き当たる。}}した上で、[[主要地方道]]を通るなどして遺棄場所に着いたとされる<ref name="朝日新聞1998-10-13"/>。}}に<ref name="中日新聞1998-07-05"/>、2人の遺体を積んだレクサスを放置した{{Efn2|name="死体遺棄罪"|事件解決時点で死体遺棄罪は[[公訴時効]](3年)が成立していた<ref name="中日新聞2012-08-04"/>。}}{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}。
逮捕の決め手となったDNAは、現場に残っていた[[枝豆]]の皮に付着していた唾液から検出されたことが、中日新聞([[東京新聞]])から捜査関係者への取材で分かった<ref group="出典" name="chunichi20120804morning"/><ref group="出典" name="tokyo20120807"/>。3人は6月28日、夫婦宅を訪れ、男性の帰宅前、妻から枝豆などのつまみや[[酒]]を提供されたという趣旨の供述をしていることも判明している<ref group="出典" name="tokyo20120807"/><ref group="出典" name="sankei20120804"/>。県警は犯人が食べた跡とみられる枝豆の皮などを保存し、[[2011年]](平成23年)夏に皮に付着した唾液を再鑑定したところ、2012年7月に闇サイト殺人事件で[[無期懲役]]刑が確定したばかりのAのDNAと酷似していることが分かった<ref group="出典" name="tokyo20120807"/>。その後の捜査で、現場で採取した別の唾液のDNAが、Bのものと酷似していることも判明。Cは夫婦の子供二人の見張り役だったとみられ<ref group="出典" name="chunichi20120807"/>、現場に唾液が残っていなかったが、Bの供述から関与が浮上したという<ref group="出典" name="tokyo20120807"/>。Bの供述では、男性はB、Cの両名が体を押さえた上でAが絞殺し、妻はAの指示でCが体を押さえ、Bがロープで絞殺したという<ref group="出典" name="chunichi20120807"/><ref group="出典" name="tokyo20120807"/>。また、捜査関係者によると、主犯格のAは、兄とともに男性が勤務していたパチンコ店の客だった<ref group="出典" name="chunichi20120807"/>が、犯行直後は捜査線上に浮かんでいなかったという。Aらの[[指紋]]は現場で検出されておらず、県警は指紋を拭き取るなどの工作をしたとみている<ref group="出典" name="tokyo20120807"/>。前述のように男性がパチンコ店の定休日の前日であるために自宅に戻っていたところを襲われたことから、県警は、Aらが男性の勤務状況や自宅などを下調べしていたとみて捜査した<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>。


そして、3人はBのクラウンでパチンコ店に向かい、堀とAがXから奪った鍵を使って出入り口を解錠しようとした{{Efn2|3人はパチンコ店の通用口から侵入を試みたが、通用口には鍵以外に防犯装置が設置されており、その解除方法がわからず、侵入を断念した<ref>『読売新聞』2012年8月25日中部朝刊第二社会面28頁「パチンコ店侵入図り失敗 碧南夫婦殺害 「売上金目的」供述=中部」(読売新聞中部支社)</ref>。また、堀は「Xから奪った鍵束の鍵を使って店のドアを解錠しようとしたが、どの鍵も店の錠に合わなかったので侵入に失敗した。しかし、取調官から『奪った鍵束の中に店の鍵があったようだ』と聞かされた」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|p=66}}。}}が、開けることができず、店内の現金を盗むことは断念した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}。また、3人はAの家でバールを使って金庫をこじ開け、中身を調べたが、銀行の通帳1冊しか入っておらず、堀が得られたものは現金1万数千円ほどとブレスレットだけだった{{Sfn|堀慶末|2019|pp=66-67}}。
事件当夜、男性宅の[[固定電話]]から、碧南市から同県[[安城市]]にまたがる地域に発信が確認されており、容疑者が妻殺害後に電話を使ったとみられた<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>。だが、電話や食器などから指紋は検出されなかった<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>。3人のうち少なくとも1人がピンク色の[[ゴム手袋]]をしていたのを事件当時6歳の男性の次男が目撃している<ref group="出典" name="chunichi20120806"/><ref group="出典" name="asahi20151029"/>。当時、容疑者特定の決め手は指紋鑑定などで、DNA型鑑定は1990年代初めに始まっていたが、主流ではなかった。県警は3人が指紋を拭き取る証拠隠滅をしたとして調べた<ref group="出典" name="chunichi20120806"/>。


== 本事件後の余罪 ==
殺人事件などの凶悪犯罪を扱う県警捜査一課に[[2011年]](平成23年)4月、未解決の重要事件を専門に捜査する「特命捜査係」が発足した<ref group="出典" name="chunichi2012080436"/>。[[2010年]](平成22年)に刑事訴訟法などの一部改正で殺人罪などの公訴時効が廃止、延長された<ref group="出典" name="chunichi2012080436"/>。この特命係は発足してすぐに碧南事件に着目してDNA型鑑定を実施、今回の逮捕が特命係の初めての大仕事となった<ref group="出典" name="chunichi2012080436"/>。
=== 守山事件 ===
堀は碧南事件の直後に妻と離婚し、その後は四兄の下で外壁工事を手伝っていた{{Sfn|堀慶末|2019|p=75}}が、[[2006年]](平成18年)6月ごろには兄との確執や腰痛の悪化により、仕事をしなくなった<ref name="中日新聞2012-08-23"/>。守山事件の現場となった女性Z宅(名古屋市守山区[[脇田町 (名古屋市)|脇田町]])は<ref name="中日新聞2006-07-21"/>、[[2004年]](平成16年)ごろに新築されたが{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=13}}、堀は四兄の下で{{Sfn|堀慶末|2019|p=92}}その外壁工事に携わっており、「Z宅は高齢女性の1人暮らしで、金銭的に余裕がありそうだ」と考え{{Efn2|堀 (2019) は「Z宅は年配の女性の1人暮らしで、『年配女性が家を新築するぐらいだから、それなりに財産がありそうだ』と考えて標的に選んだ。住民に危害を加えるつもりまではなかった」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|p=92}}。}}、Aに対し、Z宅へ強盗に入ることを提案した{{Efn2|ただし、堀は自著 (2019) で、「自分は2006年7月当時、生活に困窮するほど金銭に困っていたわけではなかった。Aが自分に対し『カネに困っている。何か(犯罪を)やらないか』と持ちかけてきた。自分は碧南事件(本事件)のことを思い出して躊躇いを感じたが、碧南事件は自分の都合が発端になっていたことを考えると、Aの誘いを断ることはできず、誘いに乗った。その翌日、自分が約2年前に外壁工事をした現場(Z宅)を思い出し、そこに押し入り強盗しようと決めた」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|pp=90-92}}。}}{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=13}}。


2006年7月20日12時20分ごろ、堀とAは強盗目的で{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}、Aの軽自動車により{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=13}}、女性Z(当時69歳)が1人で暮らしていた住宅を訪問<ref name="中日新聞2006-07-21">『中日新聞』2006年7月21日朝刊第二社会面30頁「建築会社かたり69歳女性宅強盗 守山、2人組逃走」(中日新聞社)</ref>。強盗の目的を伏せ、実際に同宅の新築工事を行った建築業者の名を騙り、定期点検を装って玄関から侵入した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=13}}。そして、堀がウッドデッキに出たり、浴室に入ったりして点検のふりをした後、玄関付近でZを脅迫して{{Efn2|Zは「堀が点検を終えて、見送ろうとしたところ、Aが玄関への通路に立ちふさがり、紙袋から出した包丁を脇腹に突きつけてきた。そして寝室に連れて行かれ、Aによってガムテープを目や首に何重か巻かれた」と供述している{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=15-16}}。}}寝室に連れて行き、顔・首にガムテープを巻き付けたほか、AにZの見張りをさせて{{Efn2|name="守山A"|守山事件で、AはZに対し「ごめん」などと言うことがあったほか、Zが「目の手術をしたばかりなので、目にガムテープを貼るのはやめて」と言うと、顔からガムテープを外したりした{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=13}}。名古屋地裁 (2015) は、Zが一貫してこのようなAに有利な内容の供述をしている点から、「Zの供述は信用性が高く、AがZへの殺意を有していなかったことを窺わせる事情とも合う」と指摘している{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=15-17}}。一方、Zは「キャッシュカードの暗証番号を訊かれた記憶はないが、『娘が管理しているので分からない』と言ったことがあった」という旨を述べている{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=13}}。}}部屋を物色し、金庫を見つけた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=13}}。その上で、堀はAに車を取りに行かせ{{Efn2|Aは12時40分過ぎごろにZ宅の駐車場に軽自動車を駐車したが、その後はZ宅に入らず、少なくとも4, 5分は運転席に座っていた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=14}}。}}、AにZの首を細い紐状の物で3 - 5分間にわたって絞め{{Efn2|Zが首を絞められたのは、堀とAが「(近くに駐車したAの)車を取ってこようか」という会話を交わしてから、2人がZ宅を立ち去るまでの間である{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=14}}。また、名古屋地裁 (2015) はZの搬送先病院の主治医の証言や、搬送時のZの写真から、「Zは細い紐状の物で、かなり強い力により3 - 5分程度にわたり、首を絞められ続けた」と認定している{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=14}}。}}、意識を失わせた上で、金庫などを軽自動車に積み込んで逃走した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=14}}。しかしその後、堀はZ宅に持ち込んだ書類{{Efn2|堀がかつてZ宅の工事の際に使った現場の手配書・図面などの書類{{Sfn|堀慶末|2019|p=92}}。}}を置き忘れたことに気づき、「もしそれを現場に残しておけば、自分たちが犯人であることが露見する」と恐れ、それを取りに戻っている{{Efn2|堀 (2019) は「その時点では、まだZは気を失っていたようだった」と述べている{{Sfn|堀慶末|2019|p=99}}。}}{{Sfn|堀慶末|2019|p=99}}。その上で、堀とAはA宅でバールを用いて金庫をこじ開けたり{{Efn2|しかし、金庫の中に金目のものはなかった{{Sfn|堀慶末|2019|p=99}}。}}{{Sfn|堀慶末|2019|p=99}}、奪ったキャッシュカードで[[現金自動預け払い機|ATM]]から金銭を引き出そうとした{{Efn2|現金の引き出しはAが行おうとしたが、暗証番号がわからず失敗した{{Sfn|堀慶末|2019|p=100}}。}}りした後、再びZ宅に戻ろうとしたが、その時点では既に警察官が到着していたため、引き返した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=18}}。
[[産経新聞]]は[[碧南警察署]][[捜査本部]]への取材によればB、CはAから「誘われた」と供述しているとも報じている<ref group="出典" name="sankei20120804">『[[産経新聞]]』2012年8月4日17時29分配信「闇サイト殺人事件のA容疑者に『誘われた』 愛知・強盗殺人」</ref>。3人は夫婦とは面識がないといい、捜査本部は、Aが2人に事件を持ち掛けて主導し、仕事の関係者などを装って夫婦宅に上がり込んだ可能性があるとみて、経緯を詳しく調べた<ref group="出典" name="sankei20120804"/>。また、3人は自宅にいた妻を先に殺害、その後帰宅した男性を殺害したという趣旨の供述もしているという<ref group="出典" name="sankei20120804"/>。


このようにして、堀とAはZの所有していた現金約25,000円および耐火金庫など12点(時価合計約380,000円相当)を強奪し{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=1}}、Zの首や肩に重傷{{Efn2|入院加療56日間を要する両肩関節運動障害などの傷害{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=1-2}}。}}を負わせた<ref name="中日新聞2013-01-16"/>。犯行後、堀はZから奪った貴金属類{{Efn2|Aが「処分できない」と言ったため{{Sfn|堀慶末|2019|p=100}}。}}を、Aは現金十数万円をそれぞれ自身の取り分とした{{Sfn|堀慶末|2019|p=100}}。堀は被害者宅から奪ったブランド物の財布や貴金属などを質入れして換金したほか、残ったネックレス1個を当時同居していた女性にプレゼントしていた{{Sfn|堀慶末|2019|p=103}}。
2012年8月22日付の中日新聞の報道によれば、Aは「パチンコ店の金を狙った」との供述をしており、3人は借金などで金に困っており、本来の目的は夫婦の金品だけでなく、パチンコ店の売上金など、より多額の現金だったとみていた(この報道によればAは男性が務めていたパチンコ店に客として出入りしており、男性が店の鍵などを持っているとみて狙った疑いがあるとみた)<ref group="出典" >『中日新聞』2012年8月22日朝刊社会面27面「碧南夫婦強殺 『パチンコ店の金狙った』 A容疑者供述 被害者宅は無施錠」</ref>。実際に3人は犯行後、男性が勤務していた尾張旭市内のパチンコ店に向かったが、「店に貼ってあったステッカーなどで防犯システムが入っていることがわかり(通報を)解除できないため、侵入を断念した」との趣旨の供述をしていた<ref group="出典" name="chunichi20120824">『中日新聞』2012年8月24日朝刊社会面33面 「碧南夫婦強殺 『防犯システムで侵入断念』 被害者のパチンコ店 容疑者ら供述」</ref>。愛知県警への取材では、男性は普段店に住み込んでいたが、定休日の月曜日に合わせ、日曜日の勤務後に自宅に戻る生活だった。3人が男性宅に行ったのは日曜午後だった<ref group="出典" name="chunichi20120824"/>。


事件後、Zは気絶していたが、14時ごろに隣人に助けを求め、隣人が110番通報した<ref>『朝日新聞』2006年7月21日名古屋朝刊第一社会面31頁「金庫を盗み男2人逃走 名古屋・守山区、首絞め脅す 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>。[[守山警察署 (愛知県)|守山警察署]]は当時、本事件を強盗致傷事件として捜査していた<ref name="中日新聞2006-07-21"/>が、後に堀については強盗殺人未遂罪に切り替えられ<ref name="朝日新聞2013-01-18"/>、堀とAはともに本事件と併せて起訴されている<ref name="中日新聞2013-02-07"/>。
さらにBの供述などから前述の[[#名古屋市守山区高齢女性強盗殺人未遂事件|守山区の事件]]へのAとBの関与が明らかになり<ref group="出典" name="moriyama20060720"/>、[[2013年]][[1月16日]]にAとBの2名を逮捕した<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>。特捜本部によると、逮捕直後Aは「[[弁護士]]と話してからしゃべる」と認否を保留し、Bは「ほぼ間違いありません。金目的だった」と大筋で認めた<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>。Bの供述から2人の犯行の疑いが強まり、貴金属の一部が質店に売られていたことも判明した<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>。特捜本部が押収し、裏付け捜査をした<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>。捜査関係者によると、両容疑者は女性宅を実際にリフォームした建築会社の社員を装い、玄関から訪問したとみられる<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>。2人は仕事仲間だったが、女性とは面識がなかったとみられていた<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>。しかし、後の中日新聞から捜査関係者への取材でAが務めていた建築会社が守山区の事件の数年前に民家をリフォームしていたことが分かった<ref group="出典" name="chunichi20130117">『中日新聞』2013年1月17日朝刊社会面31面「守山の強殺未遂 元勤務会社がリフォーム 被害者宅 A容疑者、事情知る?」</ref>。AとBの逮捕に伴って設置された<ref group="出典" name="chunichi20130116"/>特別捜査本部は、民家の事情を知っていたAが事件を主導したとみて調べた<ref group="出典" name="chunichi20130117"/>。


=== 闇サイト殺人事件 ===
8月24日、名古屋地検はAら3人を強盗殺人罪などで名古屋地裁に起訴した<ref group="出典" >『中日新聞』2012年8月25日朝刊社会面33面「碧南夫婦強殺 3人起訴」</ref>。その後、守山区の事件でも2013年2月6日にAは強盗殺人未遂罪と住居侵入罪で、Bは強盗致傷罪など(地検は「Bには殺意がなかった」と判断した)で、それぞれ起訴された<ref group="出典" >『中日新聞』2013年2月7日朝刊社会面31面「名古屋の強盗でも起訴 闇サイト事件、A被告ら」</ref>。
守山事件後の[[2007年]](平成19年)3月、堀は同居女性から440万円の借金を背負い、同居を解消<ref name="中日新聞2012-08-23"/>。その後、堀は([[インターネット]]上の[[闇サイト]]で知り合った)A・Bとは別の男2人と共謀し{{Efn2|『[[中日新聞]]』 (2012) は、堀が起こした本事件と闇サイト事件について「闇サイト事件の際、堀は無期懲役が確定した共犯者と(被害者を拉致する3日前に)知り合ったが、この時は堀が以前から面識のあったパチンコ店の常連客を『大金を持っていそうだ』として尾行し、襲う計画だった。しかし防犯カメラが多いため中止し、女性の拉致計画に変わった」と述べ、「闇サイト事件の経緯には、本事件との類似点がある」と指摘している<ref>『中日新聞』2012年8月5日朝刊第一社会面35頁「碧南夫婦強殺 闇サイト事件 当初パチンコ店狙う 堀容疑者「一線越えたことある」」(中日新聞社)</ref>。}}、同年[[8月24日]]深夜、名古屋市[[千種区]][[春里町 (名古屋市)|春里町]]の路上で<ref name="闇サイト冒頭陳述">『中日新聞』2008年9月26日朝刊28頁「千種拉致殺害 冒頭陳述要旨」(中日新聞社)</ref>、帰宅途中の女性(当時31歳)を[[拉致]]して自動車内に[[監禁]]し、同県[[愛西市]][[内佐屋町]]の駐車場内に駐車した車内で<ref name="中日新聞2007-08-27"/>、被害者から現金やキャッシュカードなどを奪った<ref name="闇サイト冒頭陳述"/>。その上で、被害者の顔面に粘着テープを31周にわたって巻きつけたり、頭部を数十回にわたり金槌で殴打するなどして殺害し<ref name="闇サイト冒頭陳述"/>、死体を[[岐阜県]][[瑞浪市]]内の山林に遺棄した('''[[闇サイト殺人事件]]''')<ref name="中日新聞2007-08-27">『中日新聞』2007年8月27日朝刊第12版一面1頁「路上で女性拉致、殺害 第2の犯行も計画 闇サイトで知り合う 男3人を逮捕 遺棄容疑で愛知県警 強殺でも追及」(中日新聞社) - 『中日新聞』[[新聞縮刷版|縮刷版]] 2007年(平成19年)8月号1133頁</ref>。


同事件で堀は[[略取・誘拐罪#営利目的|営利略取]]・[[逮捕・監禁罪|逮捕監禁]]・強盗殺人・[[死体損壊・遺棄罪|死体遺棄]]・[[窃盗罪|窃盗未遂]]の罪に問われた<ref name="名古屋高裁2011-04-12"/>。1983年に最高裁が死刑適用基準(「'''[[永山基準]]'''」)を示して以降、殺害された被害者が1人の事件では死刑が適用される事例は限られていたが<ref>『中日新聞』2009年3月19日朝刊三面3頁「核心 千種拉致殺害で死刑判決 模倣抑止へ断罪 ネットの闇に危機感」(中日新聞社)</ref>、[[名古屋地方検察庁|名古屋地検]]は計画性の高さ・社会的影響の大きさ<ref>『中日新聞』2009年1月19日朝刊第一社会面35頁「千種拉致殺害 3被告に死刑求刑へ 名古屋地検『社会的影響大きい』」(中日新聞社)</ref>・犯行の残忍さなどを重視し、3被告人にいずれも死刑を求刑した<ref>『中日新聞』2009年1月20日夕刊一面1頁「千種拉致殺害 3被告に死刑求刑 検察『更生の可能性ない』」(中日新聞社)</ref>。
== 裁判 ==
=== 第一審(名古屋地裁) ===
;A
:[[2015年]](平成27年)10月29日から名古屋地裁([[景山太郎]]裁判長)でAの公判([[裁判員制度|裁判員裁判]])が始まった。[[検察]]側と[[弁護人|弁護側]]の主張の対立などで、[[公判前整理手続]]が長引き、最終起訴から初公判まで2年8か月という異例の長期間を要した<ref group="出典" >『中日新聞』2015年10月28日朝刊第二社会面「『闇サイト事件』無期のA被告 碧南強殺 あす初公判 検察側、死刑求刑の可能性」</ref>。検察側は冒頭陳述で、Aは妻殺害時に屋外に出ていたものの、事前に実行役に依頼し、共謀が成立すると指摘。男性の殺害も「馬乗りになって首を絞め続けた」と述べ、殺意があったと主張した。一方で弁護側は、Aが現場に戻ったら妻が殺されていたと反論。男性については「パチンコ店の売上金の在りかを聞こうと、バスタオルを顔に巻いて押さえ付けたら動かなくなった」と述べ、殺意を否認した<ref group="出典" >{{Cite news|title=夫婦殺害、A被告が一部否認=「闇サイト殺人」で無期確定-名古屋地裁|newspaper=[[時事通信]]|date=2015-10-29|url=http://www.jiji.com/jc/zc?k=201510/2015102900051|archiveurl=http://archive.is/la0Ew|archivedate=2016-02-07}}</ref><ref group="出典" >{{Cite news|title=「A被告、何も変わってない」=闇サイト事件被害者の母-夫婦殺害初公判|newspaper=[[時事通信]]|date=2015-10-29|url=http://www.jiji.com/jc/zc?k=201510/2015102900937|archiveurl=http://archive.is/tpApx|archivedate=2016-02-07}}</ref>、同年12月4日に行われた論告求刑公判で検察側は死刑を求刑(それまでの公判で、「躊躇せず男性の首を絞めており強い殺意があった。妻殺害は共犯者に依頼していた」と指摘)し、弁護側はAが男性を死なせたことは認めたが「殺意はなかった」と主張、妻殺害については「近所を見回るため車で外出し、現場にいなかった」と述べ、関与を否定した<ref group="出典" name="chunichi20151205"/><ref group="出典">{{Cite news|title=愛知の夫婦強殺で死刑求刑、闇サイト事件で無期懲役の男に 名古屋地裁|newspaper=[[産経新聞]]|date=2015-12-04|url=http://www.sankei.com/west/news/151204/wst1512040043-n1.html|archiveurl=http://archive.is/Cs2Yk|archivedate=2016-02-07}}</ref>。また、Aは男性への殺意を否認し(男性については、目や口をふさぐために顔に[[バスタオル]]をかけようとしたが、男性が暴れたので抵抗を抑えようと、バスタオルを持った両手を交差させ、自分の手首のあたりを男性の体に当てて抑え込んだところ、一端を共犯者が受け取り、これを引っ張って2、3分すると男性が死亡したと供述した<ref group="出典" name="syllabus01"/>)、[[強盗致死罪]]と[[窃盗罪]]、[[住居侵入罪]]に留まると主張していた<ref group="出典" name="syllabus01"/><ref group="出典" name="asahi2015102902">{{Cite news|title=夫婦殺害初公判、被告が否認 強盗殺人の成立が争点に|newspaper=朝日新聞|date=2015年10月29日12時41分|url=http://www.asahi.com/articles/ASHBX6D1KHBXOIPE033.html|archiveurl=https://web.archive.org/web/20151030135950/http://www.asahi.com/articles/ASHBX6D1KHBXOIPE033.html|archivedate=2015-10-30}}</ref>。
:しかし、2015年12月15日に名古屋地裁で行われた判決公判<ref group="出典" name="asahi20151028"/><ref group="出典" name="asahi20151029"/>で景山太郎裁判長は「冷酷かつ残忍」と述べた上で強盗殺人罪の成立を認定(Aの供述に対しては、「Aが供述するような体制で抵抗を抑えようとしているに過ぎないのに、人を窒息死させるような強い力で3分以上首を絞め続けてしまうことなどあり得ない。しかも、Aは捜査段階で[[検察官]]に対し、男性の首にビニールひもを巻き付け、その一端をBかCに渡してそれぞれ引っ張り、男性が絶命するまで絞め続けたと供述していた」と断じ、「Aの供述は全く信用できない」とした<ref group="出典" name="syllabus01"/>。その上で、「Aの捜査段階の供述は、男性を殺害したことを認めるAに不利益な内容であり、また凶器については相当具体的な供述をしていたことからすると、ビニールひもの一端をBまたはCも引っ張ったかどうかは不明であるが、Aがビニールひもで男性の首を絞めたことは間違いないと言える。そして人の首を3分以上強い力で絞めることは、人が死亡する危険性の高い行為であり、自ら少なくともその一部を行っていたAには殺意があった」とした<ref group="出典" name="chunichi20151216morning01"/><ref group="出典" name="syllabus01"/>)した。その上で、碧南事件については「事前に夫婦を殺害することまで計画していたとまではいえないが、事態の推移に応じて二人を次々と殺害し、それをも利用して冷徹に当初の強盗計画を遂行した<ref group="出典" name="syllabus01"/>」と、守山事件については「殺意は強固で、非力な高齢女性に対する卑劣な犯行である。被害者を殺害しようとしたのも、強盗の遂行と犯行の発覚防止のためであって、やはり私欲的で身勝手極まりなく、酌量の余地はない<ref group="出典" name="syllabus01"/>」などと非難、「このようなAらの行動には、生命軽視の態度が顕著に表れており、殺害の計画性がなかったことは、必ずしも死刑を回避すべき決定的な事情とはいえない<ref group="出典" name="syllabus01"/>」「Aの生命軽視の態度は甚だしい<ref group="出典" name="syllabus01"/>」などとして、検察側の求刑通り'''Aに対し死刑判決'''を言い渡した<ref group="出典" name="asahi20151215"/><ref group="出典" >{{Cite news|title=A被告に死刑判決=17年前の夫婦殺害-「闇サイト殺人」で受刑中・名古屋地裁|newspaper=時事通信|date=2015年12月15日15時40分|url=http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2015121500493|archiveurl=http://archive.is/hjnCG|archivedate=2016年2月24日}}</ref><ref group="出典" name="nhk20151215"/>。[[東海3県]]の裁判員裁判で死刑判決を受けたのは[[愛知県蟹江町母子3人殺傷事件]]の[[中華人民共和国|中国]][[国籍]]の[[被告人]](2016年7月現在最高裁に[[上告]]中)以来2人目となる<ref group="出典" name="chunichi20151216morning01"/><ref group="出典" name="chunichi201512151911"/>。無期懲役囚が別の事件で死刑判決を受けるのは異例<ref group="出典" name="mainichi20151216">{{Cite news|title=碧南夫婦強殺 「闇サイト」受刑者に死刑判決…名古屋地裁|newspaper=毎日新聞|date=2015年12月16日1時9分(最終更新 12月16日1時55分)|url=http://web.archive.org/save/http://mainichi.jp/articles/20151216/k00/00m/040/136000c|archiveurl=|archivedate=}}([http://mainichi.jp/articles/20151216/k00/00m/040/136000c オリジナル]からのアーカイブ)</ref>。なお、[[日本国憲法]]は[[日本国憲法第39条|第39条]]にていったん確定した罪を再び罰しない「[[一事不再理]]」を定めているため、判決は闇サイト事件には言及しなかった(弁護側は「碧南事件の時点では闇サイト事件は発生しておらず、量刑を重くする事情にはならない」と主張していた<ref group="出典" name="chunichi20151205"/>。一方の検察側も冒頭陳述から論告に至るまで闇サイト事件については言及していなかった<ref group="出典" name="chunichi20151216morning01"/>{{Refnest|group="注釈"|なお、これについて闇サイト事件で娘を失った女性は「加害者側には裁判をやり直す[[再審]]制度の仕組みがある一方、被害者側にはそうした救済の仕組みはない」と疑問を投げかけている<ref group="出典">『[[中日新聞]]』2015年12月16日朝刊1面 「『闇サイト』切り離し判断」</ref>。}}(一方、過去の判例には「被告人の行動傾向や犯行動機、被告人の性格など、情状の一つとして考慮することは許される<ref group="注釈">[http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/782/051782_hanrei.pdf '''最高裁判例 昭和40(あ)878  窃盗 1966年(昭和41年)7月13日  最高裁判所大法廷  判決棄却  東京高等裁判所'''] - こちらの判決文を精読されたい。</ref>{{Refnest|group="注釈"|[http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/314/058314_hanrei.pdf 最高裁判例 昭和58(あ)197  道路交通法違反 昭和58年5月12日  最高裁判所第一小法廷  決定  棄却 広島高等裁判所] - 「被告人が保護観察付執行猶予の判決の言渡しを受けて間もなく本件を犯したという事実を不利益な情状の一つとして考慮することの許されるのは当然であり」<ref group="注釈">[http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/517/050517_hanrei.pdf 最高裁判例 昭和31(あ)3746  偽造私文書行使詐欺  昭和32年4月25日  最高裁判所第一小法廷  判決  棄却  東京高等裁判所] - 「犯罪が前刑の執行猶予期間内に犯されたものであることを、犯罪の情状として考慮することは何ら違法ではない」とある</ref>。}}」とある。<ref group="出典" name="asahi2015102902"/>とある)。弁護側は判決を不服として翌12月16日付で名古屋高裁に[[控訴]]した<ref group="出典" >『[[中日新聞]]』2015年12月18日朝刊31面「碧南強殺で死刑 A被告側が控訴」</ref>。
:公判でAは証人出廷した母親に「地獄にいるような思いをさせてしまった」と述べた<ref group="出典" name="chunichi20151216morning29"/>。事件の犠牲者に「冥福の祈りを毎日捧げている。ご遺族の気持ちを背負って生きていこうと思う」と話し、生への意欲をのぞかせていた<ref group="出典" name="chunichi20151216morning29"/>。なお、公判中に検察側から「男性にはお子さんが二人いた。犯行をためらう要素にならなかったのか」と問われると、「なりませんでした」と答え、夫婦の息子2人に「前触れなく両親を奪われる喪失感は計り知れず、私達への憎しみが胸の中でたぎっていると思う。ただ申し訳ない気持ちです」と述べた<ref group="出典" name="asahi20151204"/>。
:両親を殺害された兄弟はこの日出廷せず、弁護士を通じて「死刑になったからといって償われるわけではない」などと文書でコメントした<ref group="出典" name="mainichi20151216"/><ref group="出典" name="nhk20151215"/>。また、闇サイト事件で娘を失った女性は報道陣の取材に応じ、裁判を傍聴したあと会見し、「死刑という判決を聞いたときにはほっとした。私はもうAとは関わりたくない。被告にできることは、じっくり罪と向き合って早く裁判を終わらせることだと思う」<ref group="出典" name="nhk20151215"/>「死刑しかないと思っていた」と話した。「(闇サイト事件で無期懲役が確定し)娘の無念を晴らせないと思っていた」と振り返り、今回の判決を評価した上で兄弟に対し、「両親への思いは胸に秘めながら、むごい事件のことは忘れて前に進んでほしい」と気遣った<ref group="出典" name="mainichi20151216"/>。


[[審級|第一審]][[判決 (日本法)|判決]][[[2009年]](平成21年)3月18日・[[名古屋地方裁判所|名古屋地裁]]刑事第6部([[近藤宏子]][[裁判長]]{{Efn2|近藤は2007年4月以降、名古屋地裁刑事第6部で部総括判事(合議体の裁判長)を務めていた<ref name="毎日新聞2009-03-18"/>。}})]で<ref name="毎日新聞2009-03-18">『毎日新聞』2009年3月18日中部夕刊社会面7頁「愛知・女性拉致殺害:闇サイト殺人、2被告死刑 母、遺影を胸に涙」(毎日新聞中部本社 記者:飯田和樹、福島祥、中村かさね、木村文彦)</ref>、共犯者1人とともに[[求刑]]通り死刑(ほか1人は無期懲役){{Efn2|闇サイト事件の共犯者のうち、事件直後に[[自首]]した1人は、強盗殺人など(3被告人共通の罪状)のほか<ref name="中日新聞2009-03-18"/>、殺害前に被害者を[[強姦]]しようとしたとして[[強盗・強制性交等罪|強盗強姦未遂罪]]などにも問われ、堀ら2人とともに死刑を求刑された<ref name="中日新聞2009-03-18"/>。しかし、第一審では「刑事責任は(死刑を適用された)堀ら2人と比べ、量刑上、特に景趣の選択を分かつほどの差異を設けるべき事情は見い出せない」<ref name="中日新聞2009-03-19 判決要旨"/>とされたが、「当事件は犯罪の発覚・逮捕が困難であり、自首によって共犯者の逮捕や、その後に起こり得た犯罪も阻止した」とされ、無期懲役(求刑:死刑)を言い渡された<ref name="中日新聞2009-03-18"/>。検察官および被告人の双方が控訴したが、控訴審でも(双方の控訴棄却により)無期懲役が維持され<ref name="中日新聞2011-04-13"/>、確定した<ref>『読売新聞』2011年4月28日東京朝刊第三社会面37頁「「闇サイト」判決が確定」(読売新聞東京本社)</ref>。一方、堀とともに死刑を宣告された1人はいったん控訴したものの、後に自ら控訴を取り下げた<ref>『中日新聞』2009年4月15日朝刊一面1頁「KT被告の死刑確定へ 千種拉致殺害 控訴を取り下げ」(中日新聞社)</ref>ため、死刑が確定した(2015年に名古屋拘置所で死刑執行)<ref>『中日新聞』2015年6月25日夕刊一面1頁「闇サイト殺人 死刑執行 女性拉致、KT死刑囚」(中日新聞社)</ref><ref>{{Cite press release|和書|title=法務大臣臨時記者会見の概要 平成27年6月25日(木)|publisher=[[法務省]]([[法務大臣]]:[[上川陽子]])|date=2015-06-25|url=http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00669.html|language=ja|archiveurl=https://web.archive.org/web/20180209182204/http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00669.html|archivedate=2018-02-09}}</ref>。}}を宣告された<ref name="中日新聞2009-03-18">『中日新聞』2009年3月18日夕刊一面1頁「千種殺害2被告に死刑 名地裁判決 『無慈悲で凄惨』 自首の1人は無期」(中日新聞社)</ref>。名古屋地裁 (2009) は、「堀ら3人は、強い利欲目的と計画性を持って強盗殺人を実行した。闇サイトを通じて知り合った3人が通りがかりの市民の生命を残虐な手段で奪った本件は、模倣される危険性が高く{{Efn2|名古屋地裁 (2009) は、「闇サイトで集まった匿名性の高い集団による犯行は、発覚や逮捕が難しく、社会の安全にとって重大な脅威だ。厳罰で臨む必要性が高い」と判断した<ref name="中日新聞2009-03-19 判決要旨">『中日新聞』2009年3月19日朝刊ラジオ番組表面29頁「千種拉致殺害事件 名古屋地裁判決の要旨」(中日新聞社)</ref>。}}、一般予防の見地からも刑事責任は誠に重い。(事件直後に[[自首]]した1人を除き)堀ら2被告人については、[[国立市主婦殺害事件|殺害された被害者が1人でも、極刑をもって臨むことはやむを得ない]]」と判示した<ref name="中日新聞2009-03-18"/>。
;B
:[[2016年]](平成28年)1月7日からは同じく名古屋地裁(景山太郎裁判長)でBの初公判が始まった(Bは前年11月、Aの地裁公判に証人として出廷し、男性の殺害について「Aが首を絞めた。自分は後ろで見ていた」と主張。妻の殺害に関しては「Aに殺害を依頼された」と述べた。A側は「現場にいない間にBらが妻を絞殺した」などと関与を否定したが、地裁判決は「Aが犯行を主導した」と認定。一方、Bの証言について「自分の責任を軽減させるために虚偽を述べている可能性を否定できない」と指摘した<ref group="出典" >{{Cite news|title=夫婦強盗殺人 共犯の男、起訴内容一部否認 名古屋地裁|newspaper=毎日新聞|date=2016年1月7日|url=http://mainichi.jp/articles/20160107/k00/00e/040/168000c|archiveurl=http://web.archive.org/save/http://mainichi.jp/articles/20160107/k00/00e/040/168000c|archivedate=2016-01-26}}</ref>)。Bは妻の殺害を認めたが、「強盗目的ではなかった」と殺人罪及び[[窃盗罪]]に留まると主張し、男性の殺害については「手を出しておらず、関与していない」と否認、[[強盗致死罪]]にあたるとした(「男性からパチンコ店の鍵を奪い、店の金を奪う計画だった」とした上で「Aが男性を襲い、Bは立ったまま見ていた」と殺意を否認。また、妻の殺害について「Aの指示で首を絞めた」と述べた<ref group="出典" name="mainichi20160108">{{Cite news|title=愛知・碧南の夫婦強殺 「家の金奪う気なかった」 B被告初公判|newspaper=毎日新聞|date=2016年1月8日|url=http://mainichi.jp/articles/20160108/ddq/041/040/009000c|archiveurl=http://web.archive.org/save/_embed/http://mainichi.jp/articles/20160108/ddq/041/040/009000c|archivedate=2016-01-08}}</ref>)。一方の検察側は冒頭陳述で「Aに誘われ、金欲しさで犯行に加わった。男性の勤めるパチンコ店の売り上げと夫婦宅の金品が目的だった」と指摘<ref group="出典" name="chunichi20160107">{{Cite news|title=B被告、起訴内容を一部否認 名地裁、碧南夫婦強殺|newspaper=中日新聞|date=2016年1月7日 10時39分|url=http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016010790103905.html|archiveurl=http://web.archive.org/web/20160109210600/http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016010790103905.html|archivedate=2016-01-09}}</ref>。「顔を覚えられたため妻を殺害し、犯行発覚を免れるため帰宅した男性をAが絞殺した際には、体を押さえるなど加勢した」<ref group="出典" name="chunichi20160107"/>と共謀関係の成立を指摘、「犯行発覚を免れるために夫妻を殺害する必要があった」と主張した<ref group="出典" name="mainichi20160108"/>。この日は[[証人尋問]]も行われ、男性の長男が検察側証人として出廷し「男が父に馬乗りになり、別の男が腕を押さえていた」と証言した<ref group="出典" name="mainichi20160108"/>。公判は計11回開かれ<ref group="出典" name="chunichi20160107"/><ref group="出典" >{{Cite news|title=夫殺害と強盗否認 碧南夫婦強殺|newspaper=読売新聞|date=2016年1月8日|url=http://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20160108-OYTNT50014.html|archiveurl=http://web.archive.org/web/20160114124339/http://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20160108-OYTNT50014.html|archivedate=2016-01-14}}</ref>、その中ではAも証人として出廷し、証人尋問で「Bに妻の殺害を指示していない」などと述べた(Aは一審でも同じ主張をしたが、判決は「妻の殺害を了解していた」と認定した)<ref group="出典" >{{Cite news|title=愛知・碧南の夫婦強殺「殺害指示せず」 共犯被告が証言 地裁公判|newspaper=毎日新聞|date=2016年1月9日|url=http://mainichi.jp/articles/20160109/ddq/041/040/009000c|archiveurl=http://web.archive.org/save/_embed/http://mainichi.jp/articles/20160109/ddq/041/040/009000c|archivedate=2016-01-26}}</ref>。守山区の事件については「殺意はなく、首も絞めていない」と起訴内容の一部を否認。検察側は冒頭陳述で「顔を隠さずに強盗に入ったため、女性を殺害する必要があった」などと指摘。弁護側は「Aに女性の殺害を指示されたが、絞めるふりをしただけ」と主張し、[[強盗傷害罪]]の適用を求めた<ref group="出典" >{{Cite news|title=名古屋・守山の強殺未遂 被告が一部否認 地裁公判|newspaper=毎日新聞|date=2016年1月19日|url=http://mainichi.jp/articles/20160119/ddq/041/040/010000c|archiveurl=http://web.archive.org/web/20160126081455/http://mainichi.jp/articles/20160119/ddq/041/040/010000c|archivedate=2016-01-26}}</ref>。1月25日には論告求刑公判が開かれ、検察側は「Bは金欲しさから犯行に加わった。現金を分け合うなどして妻殺害が強盗目的なのは明らかで、男性の殺害でも体を押さえて加勢した」と指摘。その上で「Aとの責任の差はわずか」と主張し<ref group="出典" name="chunichi2016012631">『[[中日新聞]]』2016年1月26日朝刊31面「B被告に死刑求刑 名地裁公判 碧南強殺、来月5日判決」</ref>、「冷徹で死刑回避相当の酌むべき事情はない<ref group="出典" name="mainichi20150125">{{Cite news|title=愛知夫婦強盗殺人 39歳被告に死刑求刑 名古屋|newspaper=毎日新聞|date=2016年1月25日|url=http://mainichi.jp/articles/20160125/k00/00e/040/216000c|archiveurl=http://web.archive.org/save/http://mainichi.jp/articles/20160125/k00/00e/040/216000c|archivedate=2016-01-26}}</ref>」と死刑を求刑、弁護側は最終弁論で「夫婦宅の金を奪う計画はなく、Aの犯行を手伝っただけ」と主張し、「Aに『ばかにされたくない』と虚勢を張って妻を殺害し、男性の殺害には関与していない<ref group="出典" name="chunichi2016012631/>」「夫への殺意はなかった<ref group="出典" name="mainichi20150125"/>」などとして「死刑がやむを得ないとは言えない」などと無期懲役が相当と訴え、結審した。
:2月5日に判決を迎え<ref group="出典" name="chunichi2016012631/><ref group="出典" name="mainichi20150125"/>、名古屋地裁は「夫婦殺害で重要な役割を果たしたが、関与は従属的で、死刑選択がやむを得ないとは言えない」として検察側の死刑の求刑に対し、'''Bに無期懲役の判決'''を言い渡した<ref group="出典" name="chunichi20160206">『中日新聞』2016年2月6日朝刊30面「碧南強殺、B被告に無期 名古屋地裁判決『従属的な役割』」</ref>。判決理由で景山裁判長は男性の長男の目撃証言から、男性の殺害についてBの共謀を認定した<ref group="出典" name="mainichi20160206">{{Cite news|title=愛知・碧南の夫婦強殺 共犯の男に無期懲役 名古屋地裁判決|newspaper=毎日新聞|date=2016年2月6日|url=http://mainichi.jp/articles/20160206/ddm/041/040/126000c|archiveurl=http://archive.is/actk4|archivedate=2016-2-6}}</ref><ref group="出典" name="yomiuri20160206">{{Cite news|title=碧南夫婦強殺 共謀被告に無期判決 名古屋地裁|newspaper=読売新聞|date=2016年2月6日|url=http://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20160206-OYTNT50000.html|archiveurl=http://web.archive.org/web/20160206142926/http://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20160206-OYTNT50000.html|archivedate=2016-2-6}}</ref>。男性宅にある金品を奪うことも事前に想定していたとし、妻殺害は強盗目的で夫婦に対する強盗殺人罪の成立を認めた<ref group="出典" name="mainichi20160206"/>上で「事前に夫婦殺害まで計画していたとは言えない」と指摘<ref group="出典" name="chunichi20160206"/>。「妻殺害はAの指示によるもので、男性殺害時もBは体を押さえたが、主としてAが実行した」「Bは一貫してAに従属的な立場で、深く考えることなく短絡的に犯行に及んだ<ref group="出典" name="yomiuri20160206"/><ref group="出典" name="mainichi20160206"/>」と指摘して死刑を回避した<ref group="出典" name="chunichi20160206"/>。Bは守山区の事件に関する強盗殺人未遂罪にも問われたが「Bには女性への殺意はなく<ref group="出典" name="yomiuri20160206"/>、首を絞めるふりをしただけ」として、強盗致傷罪の成立に留まると判断した<ref group="出典" name="chunichi20160206"/>。
:判決を受け、男性の長男は「到底納得できる結論ではない。両親の墓前に良い報告ができず残念」、次男は「とても残念。検察官に控訴していただきたい」とのコメントを出した<ref group="出典" name="chunichi20160206"/>。
:その後、検察側は控訴期限の2月19日までに控訴を断念<ref group="出典" >『中日新聞』2016年2月20日朝刊社会面35面「無期のB被告 検察が控訴断念 碧南夫婦強殺」</ref>。弁護側とB本人も控訴せず、'''Bの無期懲役が確定'''した<ref group="出典" >『中日新聞』2016年2月23日朝刊社会面38面「B被告の無期懲役確定」</ref>。


しかし、控訴審判決[[[2011年]](平成23年)4月12日・[[名古屋高等裁判所|名古屋高裁]]刑事第2部([[下山保男]]裁判長)]<ref name="名古屋高裁2011-04-12">{{Cite 判例検索システム|ref=|事件番号=平成21年(う)第219号|裁判年月日=2011年(平成23年)4月12日|裁判所=[[名古屋高等裁判所]]|法廷=刑事第2部|裁判形式=判決|事件名=[[略取・誘拐罪#営利目的|営利略取]]、[[逮捕・監禁罪|逮捕監禁]]、[[強盗致死傷罪|強盗殺人]]、[[死体損壊・遺棄罪|死体遺棄]]、[[窃盗罪|窃盗未遂]]、[[強盗・強制性交等罪|強盗強姦未遂]]、[[住居侵入罪|建造物侵入]]各被告事件|判例集=『[[TKC]]ローライブラリー』(LEX/DBインターネット) 文献番号:25670946|判示事項=|裁判要旨=インターネットの掲示板を利用して集まった被告人らが、帰宅途中の被害女性を自動車内に押し込んで逮捕監禁し、暴行を加えて現金及びキャッシュカードを強取し、脅迫してキャッシュカードの暗証番号を聞き出した後、同女を殺害してその死体を遺棄するなどした営利略取、逮捕監禁、強盗殺人、強盗強姦未遂の事案において、殺害された被害者が1名である本件において、死刑の選択がやむを得ないと言えるほど他の量刑要素が悪質であるとは断じがたいことなどから、被告人A(堀慶末)を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、他方で、被告人B(「山下」)を無期懲役に処した原判決の量刑は結論において相当であるとして、原判決中、被告人Aに関する部分を破棄し、被告人Aを無期懲役に処した事例。 (TKC) }} - [[闇サイト殺人事件]]の控訴審判決
;C
* [[裁判官]]:[[下山保男]]([[裁判長]])・[[柴田厚司]]・[[松井修 (裁判官)|松井修]]
:2016年2月16日に名古屋地裁(景山太郎裁判長)で初公判が始まり、検察側は冒頭陳述で「Cは金欲しさから強盗の誘いに応じた<ref group="出典" name="chunichi20160216">『中日新聞』2016年2月16日夕刊第二社会面10面「C被告側 無罪を主張 碧南強殺初公判」</ref>」「強盗目的で侵入し、妻殺害を実行した。男性殺害も近くで見ており、止めなかった<ref group="出典" name="jiji20160216">{{Cite news|title=3人目の被告、無罪を主張=18年前の夫婦殺害-名古屋地裁|newspaper=時事通信|date=2016-02-16|url=http://www.jiji.com/jc/zc?k=201602/2016021600050&g=soc|accessdate=2016年2月24日|archiveurl=http://archive.is/dXD7v|archivedate=2016年2月24日}}</ref>」と指摘。妻殺害時には自らロープで首を絞め、共犯者であるAやBが男性を殺害するのも止めなかったと主張した<ref group="出典" name="chunichi20160216"/>。Cは「私からお話しすることはありません」と述べ、弁護側は「妻殺害の現場にはいなかった。男性の殺害にも関与していない<ref group="出典" name="chunichi20160216"/>」「事件から14年経って逮捕され、被告らの記憶は当てにならない。他の被告が嘘をつくこともある<ref group="出典" name="jiji20160216"/>」と全面的に無罪を主張した。
* [[被告人]]
:3月16日に検察側は論告で「共犯に比べ関与の度合いが相対的に低い。軽度の知的障害が意思決定に影響している可能性もある」と、いずれも死刑を求刑した共犯二人との差を説明した上で「二人の命を奪った結果は非常に重い」として無期懲役を求刑<ref group="出典" >『中日新聞』2016年3月17日朝刊社会面「碧南の夫婦強盗殺人、無期懲役を求刑」</ref>、最終弁論でCの弁護側は「被告は軽度の知的障害があり計画への関与も従属的だ」と指摘。妻殺害について「関与していない。仮に関与したとしても共犯の指示に従っただけ」、男性の殺害については「ただ見ていただけ」として「無罪を主張するが、仮に有罪だとしても懲役10年が相当だ」と訴えた<ref group="出典" >『中日新聞』2016年3月17日夕刊社会面「C被告の公判、無罪主張し結審 碧南夫婦強殺」</ref>。Cは公判中、事件に関する質問には記憶が曖昧だとして供述を避け続けた<ref group="出典" name="chunichi20160326">『中日新聞』2016年3月26日朝刊社会面「碧南強殺でC被告に無期判決 名古屋地裁」</ref>。
** [[堀慶末]] - 営利略取、逮捕監禁、強盗殺人、死体遺棄、窃盗未遂([[求刑]]および原判決の[[量刑]]:[[日本における死刑|死刑]])
:3月25日に判決を迎え、景山太郎裁判長は判決理由で、Bと首に巻き付けたロープを引っ張り合って妻を殺害後、Aらが男性の首を絞める間には体を押さえていたと認定。その上で、Cが捜査段階で夫婦殺害への関与を認めた供述について、Bの供述や現場にいた長男の証言から「信用性が高い」と判断。「被害者の生命より利欲を優先させ、身勝手極まりない」と非難し、「関与は従属的で軽度の知的障害の影響もあるが、生命軽視の態度は明らかだ」と指摘し「冷酷、残忍な犯行で、二人の命を奪った結果は重大だ」として、求刑通り'''Cに無期懲役の判決'''を言い渡した<ref group="出典" name="chunichi20160326"/><ref group="出典" >{{Cite news|title=3人目の被告、無期懲役=18年前の夫婦殺害-名古屋地裁|newspaper=時事通信|date=2016年3月25日|url=http://www.jiji.com/jc/article?k=2016032500853&g=soc|archiveurl=http://archive.is/1bTFH|archivedate=2016-4-1}}</ref>。Cの弁護側は3月30日、判決を不服として名古屋高裁に控訴した<ref group="出典" >『中日新聞』2016年3月31日朝刊社会面30面「碧南強殺C被告が控訴」</ref>。
** 「山下」 - 同上および強盗強姦未遂、建造物侵入(求刑:死刑/原判決の量刑:[[懲役#無期懲役|無期懲役]])
:中日新聞の取材に対し、男性の次男は代理人弁護士を通じ「最初から最後まで『分からない』で通したことが悔しい」とコメントした<ref group="出典" name="chunichi20160326"/>。
* [[判決 (日本法)|判決]][[主文]]の要旨:原判決([[名古屋地方裁判所|名古屋地裁]]:2009年3月18日)のうち、堀に関する部分を破棄([[自判]])。堀を無期懲役に処し、原審における[[未決勾留]]日数370日を刑期に算入。被告人「山下」と検察官の控訴をいずれも棄却
* [[検察官]]
** [[名古屋地方検察庁]]検察官:玉岡尚志 - 被告人「山下」に対し控訴し、控訴趣意書を作成
** [[名古屋高等検察庁]]検察官:白井玲子・工藤恭裕 - 両被告人の控訴趣意書に対する答弁書を記載・提出、被告人「山下」に対する控訴趣意書を提出
* 被告人の[[弁護人]]
** 堀の弁護人:長谷川龍伸(主任弁護人)・夏目武志・稲垣高志 - 控訴趣意書を連名作成
** 「山下」の弁護人:成田龍一(主任弁護人)・金井正成・磯貝隆博 - 控訴趣意書を連名作成、および検察官の控訴趣意書に対する答弁書を連名作成</ref>では、堀に死刑を適用した原判決は破棄([[自判]])され、堀は第一審で無期懲役を宣告されていた別の共犯者1人とともに[[懲役#無期懲役|無期懲役]]を宣告された<ref name="中日新聞2011-04-13">『中日新聞』2011年4月13日朝刊一面1頁「闇サイト殺人 2被告に無期懲役 名高裁判決 堀被告死刑破棄 「模倣性高いといえず」」(中日新聞社)</ref>。名古屋高裁 (2011) は、堀に重大な前科がない点や、殺害について共犯者の提案に応じた面(共犯者との役割に差がある点)などから「堀の犯罪性向は強いとはいえず、矯正可能性があると考えられる」と指摘した上で<ref name="中日新聞2011-04-13"/>、「殺害された被害者が1人である本件で、死刑選択がやむを得ないと言えるほど他の量刑要素が悪質であるとは言い難い」と判示した<ref>『中日新聞』2011年4月13日朝刊特報面28頁「闇サイト殺人判決要旨」(中日新聞社)</ref>。


[[名古屋高等検察庁|名古屋高検]]は堀について、死刑を回避した控訴審判決を不服として「永山基準を示した判決や、[[光市母子殺害事件]]の判例に違反する」として、[[最高裁判所 (日本)|最高裁]]へ[[上告]]したが<ref>『中日新聞』2011年4月23日朝刊第一社会面35頁「闇サイト殺人1人上告 名高検 自首踏まえ1人断念」(中日新聞社)</ref>、最高裁第二[[小法廷]]([[千葉勝美]]裁判長)は(堀が本事件の[[被疑者]]として逮捕される約1か月前の)[[2012年]](平成24年)7月11日付で、控訴審判決を支持して検察官の上告を棄却する[[裁判#裁判の形式|決定]]を出した<ref>『中日新聞』2012年7月14日朝刊第一社会面31頁「闇サイト殺人 堀被告無期確定へ 最高裁 「関与に差」高裁支持」(中日新聞社)</ref>。この決定により、堀は同月18日付で(闇サイト事件における)無期懲役刑が[[確定判決|確定]]した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=21}}が、2019年に本事件の刑事裁判で死刑が確定したため、この無期懲役刑の執行は停止されている{{Efn2|[[刑法 (日本)|刑法]]第51条「[[併合罪]]について二個以上の裁判があったときは、その刑を併せて執行する。ただし、'''死刑を執行すべきときは、[[没収]]を除き、他の刑を執行せず'''、無期の懲役又は[[禁錮]]を執行すべきときは、罰金、科料及び没収を除き、他の刑を執行しない」('''[[b:刑法第51条|参照]]''')に基づく。執行事務規程第32条において、「第11条第1項の場合において、'''死刑確定者が自由刑の執行中であって刑法第51条第1項ただし書の適用があるときは、刑執行取止指揮書により自由刑の執行を取りやめる旨を指揮'''(中略)<!--し、その適用がないときは、自由刑の執行停止の手続を行うとともに刑執行停止指揮書(様式第27号)により執行を停止する旨を指揮-->する。<!--刑執行停止指揮書には,刑の執行停止書の謄本を添付する。-->」と規定されており<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.moj.go.jp/content/000110751.pdf#page=10|title=執行事務規程 <small>最終改正 平成28年5月2日法務省刑総訓第3号 (平成28年6月1日施行)</small>|accessdate=2021-03-11|publisher=[[法務省]]|date=2016-06-01|format=PDF|page=10|quote=(死刑判決確定後の自由刑の執行取止指揮等) 第32条|language=ja|archiveurl=https://web.archive.org/web/20210311122435/http://www.moj.go.jp/content/000110751.pdf|archivedate=2021-03-11}}</ref>、検察官が同規定に則ってその指揮を行う<ref>{{Cite book|和書|title=死刑と憲法 年報・死刑廃止2016|publisher=[[インパクト出版会]]|date=2016-10-10|author=年報・死刑廃止編集委員会|pages=194-195|url=http://impact-shuppankai.com/products/detail/257|edition=第1刷発行|isbn=978-4755402692}}</ref>。}}<ref name="中日新聞2019-08-10"/>。なお、闇サイト事件は守山事件とは異なり、本事件で堀が起訴された時点で既に判決(無期懲役)が確定していたため、「[[一事不再理]]」の原則により、本事件の審理の対象にはなっていない([[#闇サイト事件の扱いについて|後述]])<ref name="中日新聞2015-12-16"/>。
=== 控訴審(名古屋高裁) ===
;A
:2016年7月5日に名古屋高裁刑事第1部([[山口裕之 (裁判官)|山口裕之]]裁判長)でAの控訴審初公判が開かれ、弁護側は第一審判決には事実誤認があり死刑判決は不当と主張した一方、検察側は控訴棄却を求めた<ref group="出典" name="sankei20160705">{{Cite news|title=愛知の闇サイト事件控訴審…別の事件で無期懲役確定の被告、「1審死刑判決は事実誤認」|newspaper=産経新聞|date=2016年7月5日|url=http://www.sankei.com/west/news/160705/wst1607050059-n1.html|archiveurl=http://archive.is/sYF5m|archivedate=2016-7-5}}</ref>。死刑が確定した場合は[[死刑囚]]となり、無期懲役刑の執行は停止される<ref group="出典" name="sankei20160705"/>。初公判ではAは出廷せず、証人尋問や被告人質問などを弁護側が要求、これに対して名古屋高裁は被告人質問のみを認め、次回公判の9月1日に行われることになった<ref group="出典">{{Cite news|title=碧南の強盗殺人で控訴審の初公判|newspaper=[[中部日本放送]]|date=2016年7月5日|url=http://hicbc.com/news/detail.asp?cl=c&id=00040E7C|archiveurl=http://archive.is/nb3DX|archivedate=2016-7-5}}</ref>。9月1日の公判で被告人質問が行われ、昨年12月の一審判決後初めて法廷に姿を見せたAは被告人質問で、一審の死刑判決について「ある程度、予想や覚悟はしていたから判決を聞いて思うことはあまりなかった」などと語った<ref group="出典">{{Cite news|title=碧南強殺の被告「死刑判決、覚悟していた」|newspaper=[[静岡第一テレビ]](提供は[[中京テレビ放送]])|date=2016年9月1日|url=http://hicbc.com/news/detail.asp?cl=c&id=00040E7C}}{{リンク切れ|date=2016年9月}}</ref>。遺族に手紙や拘置所で得た作業報奨金を渡す意向を示した一方、「手紙を書き続けたい気持ちはあるが、刑務作業もあり、思うように時間がとれていない」と語り、遺族への思いを問われ、「自分がどうやって償っていくのか、誠意を伝え続けていきたい」と述べた(この他、Aは一審から無期懲役が確定したBが実行犯だと主張している守山区の事件についても問われ、「(犯行を)見た瞬間まずいと思った」などと述べた)<ref group="出典">{{Cite news|title=一審死刑の被告「誠意伝え続ける」 愛知・碧南夫婦殺害|newspaper=朝日新聞デジタル|date=2016年9月1日|url=http://digital.asahi.com/articles/ASJ9143TZJ91OIPE00J.html?_requesturl=articles%2FASJ9143TZJ91OIPE00J.html&rm=402|archiveurl=http://archive.is/Sh4dh|archivedate=2016-9-15}}</ref>。次回10月13日に弁論が開かれ、A本人も出廷し、弁護側は改めて死刑判決の破棄を求め結審した<ref group="出典">『中日新聞』2016年10月14日朝刊「夫婦強殺A被告、来月8日に判決 控訴審が結審」</ref>。
:11月8日に判決公判が開かれ、名古屋高裁(山口裕之裁判長)は犯行の状況や共犯との共謀から「Aが現場に戻った後、妻死亡の理由を尋ねるなどした形跡はなく、知らないうちに殺害されたとすれば不自然極まりない」と妻殺害の共謀を認定し、男性への殺意もあったと指摘するなどしていずれの事件でも殺意があったと認めた<ref group="出典" name="chunichimorning20161109">『中日新聞』2016年11月9日朝刊31面「A被告 二審も死刑『主導的立場』碧南強殺で判決」<br>同面「『当然』『両親は戻らぬ』 ○○(本事件の被害者夫婦の姓)さん長男・次男 / 「判決重く響く」闇サイト事件・△△(闇サイト事件の被害者女性の姓)さん母」</ref><ref group="出典" name="nhktokai20161108">{{Cite news|title=夫婦殺害事件で2審も死刑判決|newspaper=[[NHK名古屋放送局]]|date=2016年11月8日|url=http://www3.nhk.or.jp/tokai-news/20161108/3509641.html|archiveurl=http://archive.is/5yZ9Q|archivedate=2016-11-8}}</ref>上で、「事件を主導的立場で計画、遂行した」<ref group="出典" name="chunichimorning20161109"/><ref group="出典" name="jiji20161108">{{Cite news|title=店長夫妻殺害、二審も死刑=闇サイト殺人で無期の男-名古屋高裁|newspaper=時事通信|date=2016年11月8日|url=http://www.jiji.com/jc/article?k=2016110800548&g=soc|archiveurl=http://archive.is/h63i7|archivedate=2016-11-8}}</ref>「手段を選ばない冷酷な犯行」<ref group="出典">{{Cite news|title=碧南強殺控訴審、A被告の死刑判決支持(愛知県)|newspaper=日テレNEWS24|date=2016年11月8日|url=http://www.news24.jp/nnn/news86232273.html|archiveurl=http://archive.is/eTLRK|archivedate=2016-11-8}}</ref>「2人を殺害した結果は重大で、Aの関与なくしてこのような結果は生じ得なかった」「不合理な弁解に終始し、真摯な反省は見られない。一審死刑判決はやむを得ず、重すぎて不当とは言えない」<ref group="出典" name="nhktokai20161108"/><ref group="出典" name="nhknews20161108">{{Cite news|title=闇サイト事件で無期懲役の男 夫婦殺害で2審も死刑判決|newspaper=NHKニュース|date=2016年11月8日|url=http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161108/k10010760591000.html|archiveurl=http://archive.is/8Rz0v|archivedate=2016-11-8}}</ref>として弁護側の主張を退け、'''第一審の死刑判決を支持しAの控訴を棄却'''した<ref group="出典" name="chunichimorning20161109"/>{{Cite news|title=A被告、二審も死刑 碧南の夫婦強殺|newspaper=中日新聞|date=2016年11月8日|url=http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016110801001482.html|archiveurl=http://web.archive.org/web/20161108073032/http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016110801001482.html|archivedate=2016-11-8}}</ref>。第一審判決同様、闇サイト事件についての言及はなかった<ref group="出典" name="jiji20161108"/>。
:判決を受けてそれぞれ本事件の遺族である被害者夫婦の長男は「当然の結果だと思います。被告はこれ以上争わないでほしいと思います」と、次男は「この18年間、生きていくことに意義らしいものを感じることはなかった。被告が死刑になったからといって両親が戻ってくるわけでもないし、私たちが心から癒やされることもありません。ですが裁判が終わるたびに『自分の現実を生きられる』と思えるようになってきた」とそれぞれ弁護士を通じてコメントし、また闇サイト事件で娘を失った女性はAに対する(闇サイト事件での第一審を含めて)3度目の死刑判決を傍聴席で聞き、閉廷後名古屋市内で記者会見し「娘の時は(同じ名古屋高裁で開かれた)二審で死刑判決が覆ったので、今日の裁判長の(A側の控訴)『棄却』という言葉は胸に重く響きました。今日は私にとっても大きな区切りになると思います」と話した。女性は「Aを目にする最後の場かもしれない」とAの姿を見つめ続けたといい、「どんな表情で、どんな心中なのか考えたが、分からなかった」と振り返ったが、「娘と乾杯しようかな」と安堵の表情を見せた<ref group="出典" name="chunichimorning20161109"/><ref group="出典" name="nhknews20161108"/>。
:Aと弁護人は判決を不服として最高裁に即日上告した<ref group="出典">『中日新聞』2016年11月10日朝刊31面「死刑のA被告、最高裁に上告 碧南強殺」</ref>。


== 捜査 ==
;C
事件直後(1998年6月29日)、残された被害者夫婦の子供(長男もしくは次男)が名古屋市内の親類に「両親がいなくなった」と連絡<ref name="中日新聞1998-07-03">『中日新聞』1998年7月3日朝刊第一社会面35頁「碧南市のパチンコ店責任者と妻不明 子供置いて4日間 愛知県警行方追う」(中日新聞社)</ref>。これを受けた親類が[[碧南警察署]]に家出人捜索願を出し、同署および[[愛知県警察]]捜査一課は「夫婦に家出する動機はなく、事件に巻き込まれた可能性がある」として捜査したが<ref name="中日新聞1998-07-03"/>、同年7月4日に同県高浜市内の路上(先述)で夫婦の使っていた車<ref name="中日新聞1998-07-05"/>(レクサス)<ref name="中日新聞1998-07-06"/>が発見され、トランク内から男女2人の腐乱死体{{Efn2|その後、同月5日には男性の遺体の身元はXと断定され<ref>『中日新聞』1998年7月6日朝刊第一社会面31頁「トランク遺体 男性は夫と確認 碧南の不明 交友関係中心に捜査」(中日新聞社)</ref>、6日には女性の遺体の身元もYと断定された<ref>『中日新聞』1998年7月7日朝刊第一社会面31頁「碧南の夫婦殺害 室内に隠れ?夫襲う 長男目撃不審者 手袋はめ計画的犯行」(中日新聞社)</ref>。}}が発見された<ref name="中日新聞1998-07-05"/>。これを受け、愛知県警捜査一課および碧南署は[[殺人罪 (日本)|殺人]]・[[死体損壊・遺棄罪|死体遺棄]]<ref group="注" name="死体遺棄罪"/>事件と断定し、特別[[捜査本部]]を設置<ref name="中日新聞1998-07-05"/>。県警は当時から、「顔見知りによる犯行の疑いが強い」として、被害者である店長Xの交友関係などを中心に捜査{{Efn2|Xが生前、ほとんど週末にしか帰宅していなかったことや、その仕事柄から、県警は「パチンコ絡みの犯行」として捜査していた<ref name="中日新聞1998-08-31"/>。また、遺体の入ったレクサス<ref name="中日新聞1998-07-06"/>が住宅地の袋小路に放置されていたことから、「犯人は土地勘のある人物である可能性が高い」として捜査していた<ref name="中日新聞1998-08-31">『中日新聞』1998年8月31日朝刊西三河版地方面26頁「NEWSピックアップ 捜査難航する碧南の夫婦殺人 カギ握る?不審な3人組」(中日新聞社)</ref>が、実際に逮捕された堀ら3人はいずれも事件現場周辺への土地勘はなかった<ref>『中日新聞』2012年8月4日夕刊第一社会面13頁「碧南夫婦強殺 夫の関係者装う? 押し入った形跡なく」(中日新聞社)</ref>。}}していた<ref name="中日新聞2012-08-04 社会"/>。しかし、現場からは犯人特定につながるような[[指紋]]は検出されず、指紋や血液鑑定が主流だった当時の捜査は難航した<ref>『毎日新聞』2012年8月24日中部朝刊社会面23頁「愛知・碧南の夫婦強殺:缶に指紋ふいた跡 DNA検出、保存の残飯が端緒」(毎日新聞中部本社 記者:岡大介、沢田勇)</ref>。
:2016年10月19日に名古屋高裁でCの初公判が開かれ、弁護側が改めて「検察は夫婦殺害へのCの関与を立証できていない。仮に有罪だとしても無期懲役は重すぎる」と無罪を主張した一方、検察側は控訴棄却を求め即日結審した<ref group="出典">『中日新聞』2016年10月20日朝刊「碧南強殺・C被告、無罪主張し結審 名高裁初公判」</ref>。判決は12月19日に言い渡される。なお、Cの控訴審の裁判長はAを担当した山口ではなく[[村山浩昭]]である<ref group="出典">{{Cite news|title=愛知・碧南の夫婦強殺 2審も無罪主張|newspaper=毎日新聞|date=2016年10月20日|url=http://mainichi.jp/articles/20161020/ddq/041/040/010000c|archiveurl=http://archive.is/BUwo5|archivedate=2016-11-8}}</ref>。
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=== 上告審(最高裁) ===
;A
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しかし、妻Yは殺害される前、堀たちに酒や食事を提供しており{{Sfn|堀慶末|2019|p=53}}、その時に堀たちが食べた枝豆の皮や皿などが現場に遺されていた{{Sfn|堀慶末|2019|p=65}}。当時の捜査班は、将来の[[DNA型鑑定]]の可能性を見据え<ref name="朝日新聞2012-08-24"/>、それらの検体を冷凍保存していた<ref name="中日新聞2012-08-04 社会"/>。[[刑事訴訟法]]などの一部改正により、殺人罪などについて[[公訴時効]]が廃止・延長された{{Efn2|2010年(平成22年)4月27日に公布・施行された改正刑事訴訟法により、人を死亡させた罪で、(法定刑の最高が)死刑に当たる罪([[殺人罪 (日本)|殺人罪]]・[[強盗致死傷罪|強盗殺人罪]]など)については公訴時効が廃止された。}}ことをきっかけに、愛知県警は2011年4月、捜査一課に[[未解決事件|未解決]]の重要事件を専門に捜査する「特命捜査係」{{Efn2|「未解決事件専従捜査班」とする報道もある<ref name="朝日新聞2012-08-04"/>。特命捜査係は本事件が解決した2012年8月時点で、21人体制で33事件の再捜査を行っていたが、被疑者逮捕は本事件が初の事例だった<ref>『読売新聞』2012年8月4日中部朝刊社会面35頁「堀受刑者逮捕 最新DNA鑑定威力 愛知県警 未決特命係が初成果=中部」(読売新聞中部支社)</ref>。}}を設置<ref name="中日新聞2012-08-04 社会">『中日新聞』2012年8月4日朝刊第一社会面35頁「碧南の強殺容疑 堀受刑者ら 科学捜査で進展」(中日新聞社)</ref>。同係は発足直後から碧南事件に着目し、同事件の現場(被害者夫婦の家)に遺されていた各種検体に残っていた唾液から[[デオキシリボ核酸|DNA型]]を検出<ref name="中日新聞2012-08-04 社会"/>。最新技術による再鑑定を実施したところ、堀のDNA型{{Efn2|堀のDNA型は闇サイト事件で逮捕された直後に採取され{{Sfn|堀慶末|2019|p=168}}、[[警察庁]]のデータベース(2005年より運用開始)に記録されていた<ref name="朝日新聞2012-08-04"/>。}}と酷似したDNA型の唾液が検出された<ref name="朝日新聞2012-08-04">『朝日新聞』2012年8月4日名古屋朝刊第一総合面1頁「闇サイト、堀容疑者逮捕 愛知県警、ほか2人も 碧南の夫婦殺害 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>。さらに、事件発生当時(1998年ごろ)の堀の交友関係{{Efn2|碧南事件の発生当時、堀と交友関係のあった人物は数十人に上、居場所の特定に時間を要した<ref name="朝日新聞2012-08-24"/>。また、県警は捜査状況を共犯者に知られないよう、慎重に捜査した<ref name="朝日新聞2012-08-24">『朝日新聞』2012年8月23日名古屋朝刊第一社会面35頁「夫の知人装い居座る パチンコ店の金狙う 碧南夫婦殺害、解明進む 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>。}}を調べたところ<ref name="朝日新聞2012-08-04"/>、事件当時、堀の仕事仲間だったA<ref name="中日新聞2012-08-04"/>(逮捕当時は別事件により服役中){{Efn2|Aは2009年、[[群馬県]]([[本籍]]地)にて[[覚醒剤取締法]]違反容疑で逮捕された<ref name="中日新聞2012-08-23">『中日新聞』2012年8月23日朝刊第一社会面31頁「98年碧南夫婦強殺 07年闇サイト殺人 借金かさみ凶行か 堀容疑者 周辺『無口で穏やか』 法廷で"したたか”謝罪」「堀慶末容疑者と事件の経緯」(中日新聞社)</ref>。その後、覚醒剤取締法違反・[[大麻取締法]]違反の罪により、同年7月14日に[[前橋地方裁判所]]で懲役3年6月+[[罰金]]50万円の判決を受け(同月29日に確定){{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc=確定裁判}}、碧南事件で逮捕された当時は[[関東地方]]の[[日本の刑務所|刑務所]]に服役していた<ref name="読売新聞2012-08-04">『読売新聞』2012年8月4日東京朝刊第一社会面39頁「闇サイト殺人堀受刑者 別の強殺容疑で逮捕 愛知県警」(読売新聞東京本社)</ref>。}}の存在を割り出した<ref name="朝日新聞2012-08-24"/>ほか、別の唾液からAのDNA型と酷似するDNA型を検出した<ref name="朝日新聞2012-08-04"/>。また、Aの供述などにより、事件現場に唾液が残っていなかったBについても関与が浮上した<ref name="中日新聞2012-08-07">『中日新聞』2012年8月7日夕刊第一社会面13頁「碧南夫婦強殺 DNA 枝豆の唾液から 3人逮捕の決め手に」(中日新聞社)</ref>。
== 被害者遺族のその後 ==

事件で両親を失った事件当時8歳の長男と同6歳の次男は事件後、母方のおばに引き取られ、[[2000年]](平成12年)に愛知県から[[関東地方]]に引っ越した<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。両親について、周囲の大人からは「海外旅行に行っている」と聞かされたという<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。次男は精神的に不安定になって家出をし、学校に行けない日もあった<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。次男は中学1年の頃([[2004年]]〈平成16年〉頃)、[[図書館]]で記事を検索し、事件の真相を知った<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。次男は中学時代は[[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)などで[[精神科]]に通い、その後[[バスケットボール]]選手を目指して高校に進学したが、中退した<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。生活が荒れた時期もあったという<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。このことについて次男は「誰かに叱って欲しかったし、自分を見て欲しかった。ただ普通に生きたかっただけなのに」と振り返っている<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。その後2011年(平成23年)、未成年後見人だったおばが、兄弟に残された遺産数千万円を使い込んでいたことが発覚した<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。苦しみのさなかの2012年、Aら3人が逮捕され、次男は愛知県警の当時の捜査員から「事件の夜、押し入れの中に入れられていた」「お母さんは君を命がけで守ったんだよ」と話を聞く機会があったという<ref group="出典" name="asahi20151028"/>。
このため、愛知県警の特別捜査本部は2012年8月3日、闇サイト事件の無期懲役刑が確定して服役中だった堀(当時{{年数|1975|4|29|2012|8|3}}歳)<ref group="注" name="堀慶末"/>・A(当時36歳)・B(当時43歳)<ref group="注" name="共犯B"/>の3人を、本事件(強盗殺人事件)の[[被疑者]]として[[逮捕 (日本法)|逮捕]]し<ref name="中日新聞2012-08-04">『[[中日新聞]]』2012年8月4日朝刊一面1頁「「闇サイト」堀受刑者逮捕 碧南の夫婦強殺容疑」([[中日新聞社]])</ref>、同月5日に強盗殺人容疑で[[送致|送検]]した<ref>『中日新聞』2012年8月6日朝刊第一社会面31頁「碧南夫婦強殺 風呂場で夫待ち伏せか 容疑者ら、妻を殺害後」(中日新聞社)</ref>。その後、[[名古屋地方検察庁]]は同月24日に[[住居侵入罪]]・強盗殺人罪で3人を[[名古屋地方裁判所]]へ[[起訴]]した<ref name="中日新聞2012-08-25"/>。

さらに、Aが任意の事情聴取の中で守山事件への関与を示唆<ref>『読売新聞』2013年1月17日中部朝刊社会面31頁「「闇サイト」堀被告 再逮捕 06年 守山での強殺未遂容疑=中部」(読売新聞中部支社)</ref>し、「(守山事件で使った)紐やテープは堀が用意した」と供述<ref name="読売新聞2013-02-03">『読売新聞』2013年2月3日中部朝刊社会面29頁「[追う]守山の強殺未遂・堀被告 証拠積み重ね 立証自信=中部」(読売新聞中部支社 記者:平沢祐、竹田章紘)</ref>。県警が調べたところ、実際に堀が事件前に同種の紐やテープを購入していたことが判明したほか、犯人しか知り得ない情報(犯行現場で移動したり壊されたりした物など)に関するAの証言と、当時の現場検証で記録された状況にも複数の一致点が見い出され<ref name="読売新聞2013-02-03"/>、堀とAが守山事件の犯行に関与した疑いが強まった<ref name="中日新聞2013-01-16"/>。

また、被害者の負傷の程度や首を絞められた痕、Aの「(堀が2回被害者の首を絞めたことで)被害者は死亡したと思った」という供述から、愛知県警は「堀は相当強い力で被害者の首を絞めており、被害者への殺意が認められる」と判断<ref name="朝日新聞2013-01-18">『朝日新聞』2013年1月18日名古屋朝刊第一社会面31頁「堀容疑者、首2回絞める 殺意ありと判断 愛知県警捜査 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>。捜査当時の強盗傷害容疑を強盗殺人未遂容疑に切り替え<ref name="朝日新聞2013-01-18"/>、[[2013年]](平成25年)1月16日に堀とAを守山事件(強盗殺人未遂・住居侵入)の被疑者として再逮捕した{{Efn2|県警は同日、[[守山警察署 (愛知県)|守山警察署]]に特別捜査本部を設置した<ref name="中日新聞2013-01-16"/>。}}<ref name="中日新聞2013-01-16">『中日新聞』2013年1月16日夕刊第一社会面15頁「闇サイト 堀容疑者ら再逮捕 06年、守山の強殺未遂 愛知県警」(中日新聞社)</ref>。同月2月6日、名古屋地検は堀を強盗殺人未遂罪および住居侵入罪で、Aを強盗致傷罪{{Efn2|地検は堀については「被害者への殺意があった」と判断した<ref>『朝日新聞』2013年2月7日名古屋朝刊第一社会面37頁「強盗殺人未遂罪、堀容疑者を起訴 名古屋地検、殺意認める 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>一方、Aについては「殺意が認められない」として、強盗致傷罪で起訴した<ref name="中日新聞2013-02-07"/>。}}などで追起訴した<ref name="中日新聞2013-02-07">『中日新聞』2013年2月7日朝刊第一社会面31頁「名古屋の強盗でも起訴 闇サイト事件、堀被告ら」(中日新聞社)</ref>。

== 刑事裁判 ==
[[裁判|刑事裁判]]では、3[[被告人]]の[[審級|第一審]]の審理はいずれも、[[名古屋地方裁判所]]刑事第4部([[裁判長]]:[[景山太郎]]/陪席[[裁判官]]:小野寺健太・石井美帆)にて{{Sfn|名古屋地裁|2015}}{{Sfn|名古屋地裁|2016A}}{{Sfn|名古屋地裁|2016B}}、[[裁判員制度|裁判員裁判]]で開かれた<ref name="中日新聞2015-10-28"/>。起訴後、検察官と弁護人の主張の対立などにより、[[公判前整理手続]]は長期化し、最終起訴から初公判まで2年8か月と異例の長期間を要した<ref name="中日新聞2015-10-28">『中日新聞』2015年10月28日朝刊第二社会面30頁「「闇サイト殺人」無期の堀被告 碧南強殺 あす初公判 検察側、死刑求刑の可能性」(中日新聞社)</ref>。

なお、[[司法研修所]] (2012) によれば、[[1970年]]度([[昭和]]45年度)以降に判決が宣告され、[[1980年]]度(昭和55年度) - 2009年度(平成21年度)の30年間に[[日本における死刑|死刑]]か[[懲役#無期懲役|無期懲役]]が[[確定判決|確定]]した死刑[[求刑]]事件(罪状はいずれも[[殺人罪 (日本)|殺人]]および強盗殺人)は、全346件である{{Sfn|司法研修所|2012|p=108}}。このうち、'''被害者2人の強盗殺人事件{{Efn2|なお、この統計では被害者の中に強盗殺人ではなく、殺人の被害者が含まれる場合もある{{Sfn|司法研修所|2012|p=109}}。}}(死刑求刑事件は全99件)では、65人(66%)に死刑'''が、34人(34%)に無期懲役が宣告されている{{Sfn|司法研修所|2012|p=120}}。無期懲役を宣告された事件のうち、10人は事前に被害者の殺害までは計画していなかった事例{{Efn2|そのうち、6件は「当初は窃盗ないし強盗の目的であったが、犯行現場における様々な経緯により強盗殺人を犯した事案」で、5件は「家人等に気づかれて殺害に及ぶ場合(同一機会に2名が殺害されている)」である{{Sfn|司法研修所|2012|p=123}}。}}だが、「犯行現場において強盗殺人の犯意が発生した類型」でも、計5件で死刑が適用されている{{Efn2|うち2件は「殺害方法が特に残虐であって極めて強固な殺意に基づく犯行」(「事件一覧表」17番:[[寝屋川夫婦殺害事件]]など)で、もう2件(同96番:[[宮代事件]]など)では[[放火]]を、残り1件では[[強姦]]を伴っている{{Sfn|司法研修所|2012|pp=124-125}}。}}{{Sfn|司法研修所|2012|pp=124-125}}。また、'''死刑が確定した事例のうち、5件は「当初から被害者2名の殺害を企図したわけではないが、状況に応じてちゅうちょすることなく二人目の被害者に対しても強盗殺人の犯意を生じる」などした事例'''{{Efn2|例 - 「事件一覧表」128番([[京都・大阪連続強盗殺人事件]])、137番([[中村橋派出所警官殺害事件]])、332番([[大阪姉妹殺害事件]])など{{Sfn|司法研修所|2012|pp=121-122}}。}}で、「同一機会における犯行で、当初から2名に対する強盗殺人を有していた類型」(全21件){{Efn2|それらの例には、犯行前に何名と認識していたわけではないが、犯行場所にいる者を殺害して金品を奪う目的で犯行に及び、2名に対する強盗殺人を犯した場合も含まれる{{Sfn|司法研修所|2012|p=121}}。}}および「2回の機会における犯行で、そのそれぞれにおいて、当初から各被害者に対する強盗殺人の犯意を有していた類型」(全20件)に「準ずる類型」とされている{{Sfn|司法研修所|2012|p=121}}。

また、「共犯事件において、他の共犯者に比べ関与の程度が低いとされて無期懲役が選択された事例」が9件ある{{Sfn|司法研修所|2012|p=125}}。

=== 堀の審理 ===
[[2015年]](平成27年)[[10月29日]]に堀の初[[公判]]が開かれ、堀はYの殺害に関して無罪を主張したほか、堀の[[弁護人]]もXに対する殺意を否認し、強盗致死罪の成立を主張した<ref name="中日新聞2015-10-29">『中日新聞』2015年10月29日夕刊第一社会面11頁「堀被告 夫への殺意否認 妻殺害には「関与せず」 碧南の強殺初公判」(中日新聞社)</ref>。その後、堀の公判は計15回にわたり開かれた{{Efn2|第2回公判(11月4日)<ref>『中日新聞』2015年10月30日朝刊第二社会面32頁「夫への殺意めぐり対立 碧南強殺初公判 検察と弁護側 堀被告 起訴内容一部否認」(中日新聞社)</ref>では、被害者夫婦の長男が証人として出廷<ref>『中日新聞』2015年11月5日朝刊第三社会面26頁「被害夫妻の長男尋問 碧南強殺公判 当時の調書も朗読」(中日新聞社)</ref>。その後、11月5日<ref>『中日新聞』2015年11月6日朝刊第三社会面32頁「妻殺害「堀被告に頼まれ」 碧南強殺公判で共犯者証言」(中日新聞社)</ref>および6日の公判では検察官の証人としてAが出廷し<ref>『中日新聞』2015年11月7日朝刊第三社会面36頁「「堀被告が一人で殺害」 碧南強殺公判 共犯者が証言」(中日新聞社)</ref>、11月9日<ref>『中日新聞』2015年11月10日朝刊第一社会面35頁「妻殺害への関与 堀被告再び否定 碧南の強殺公判」(中日新聞社)</ref>・10日の公判では堀への被告人質問が行われた<ref>『中日新聞』2015年11月11日朝刊第一社会面35頁「堀被告供述変遷 検察側がただす 碧南強殺公判」(中日新聞社)</ref>。同年11月11日以降は守山事件の審理が開かれ<ref>『中日新聞』2015年11月12日朝刊第一社会面33頁「堀被告が殺意否認 守山の事件 強盗は認める」(中日新聞社)</ref>、11月16日の公判ではAが証人として出廷<ref>『中日新聞』2015年11月17日朝刊第一社会面35頁「守山の強盗殺人未遂 「堀被告が絞殺図る」 公判で共犯者証言」(中日新聞社)</ref>。11月17日には(守山事件に関する)堀への被告人質問が行われ<ref>『中日新聞』2015年11月18日朝刊第一社会面35頁「堀被告あらためて「共犯が実行」証言 守山の強殺未遂」(中日新聞社)</ref>、11月19日の第12回公判(中間論告・弁論)をもって、碧南事件および守山事件の[[証拠調べ]]は終了した<ref>『朝日新聞』2015年11月20日名古屋朝刊第一社会面33頁「検察側「Yさん殺害共謀」 弁護側「殺害頼む機会ない」 碧南事件、中間論告・弁論 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>。その後、第13回公判(12月3日)では<ref name="朝日新聞2015-12-04"/>、情状面の審理が行われ、検察官・弁護人のほか<ref>『中日新聞』2015年12月4日朝刊第二社会面38頁「夫婦への殺意をあらためて否定 堀被告弁護側」(中日新聞社)</ref>、被害者夫婦の長男の代理人弁護士による被告人質問や、情状証人(当時78歳の堀の母親)への尋問が行われた<ref name="朝日新聞2015-12-04">『朝日新聞』2015年12月4日名古屋朝刊第一社会面35頁「「子が離れるのが怖かった」 自白しなかった理由答える 碧南事件 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>。}}<ref name="中日新聞2015-10-28"/>。

==== 争点 ====
堀は捜査段階で、Xの殺害について検察官に対し「Xの首にビニール紐を巻きつけて絞めた後、その一端をAかBに渡してそれぞれ引っ張り、Xが絶命するまで絞め続けた」と供述した{{Efn2|また、堀は警察官の取り調べに対し、警察官が準備した複数の紐を実際に手に取って確かめ、(太さ・形状・材質・感触から)殺害に使用した紐とほぼ同じ物と思った紐を選び出していた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=10}}。}}が、公判では一転して「Xの目や口を塞ぐため、顔にバスタオルを掛けようと、バスタオルを両手で自分の肩幅くらいに広げ、Xの頭に振り下ろした。その際、自分の肘がXの背中に当たってXが転倒し、自分も覆いかぶさるように倒れた。Xが暴れたので、抵抗を抑えようとバスタオルを持った両手を交差させ、自分の手首の辺りをXの身体に当てて押さえ込んだが、自分が右手に持っていたバスタオルの一端を左方にいた共犯者(AまたはB)が受け取り、これを引っ張った。2, 3分するとXの力が一気に抜け、Xが死亡したことが分かった」と供述した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=10}}。このように供述を変遷させた理由について、堀は「起訴後、弁護人から差し入れられた捜査記録を見ていた際、トランク内に入れた死体に掛かっていたバスタオルの写真を見て、記憶が喚起された」と主張したが、名古屋地裁 (2015) は「捜査段階では非常に具体的に『凶器は紐』と供述していたにも拘らず、もし本当はバスタオルだったのなら、そのようなことがあるまで記憶が喚起されなかったというのは不合理だ。堀らは犯行時に軍手などを嵌めたり、飲食時に使用した食器類を運び出すなど、現場に痕跡を残さないように工夫していたのに、殺害に用いたバスタオルを死体に掛けて放置することも不自然だ」と指摘し{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=10}}、堀の供述を「まったく信用できない」と退けた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=11}}。

また、堀は公判および自著 (2019) で「自分がX宅を出ている間に、AがYを殺した」と主張している{{Sfn|堀慶末|2019|p=56-57}}<ref name="中日新聞2015-10-29"/>が、Aは堀の公判で「『Bと一緒にYを殺しておいてくれ』と依頼された」という旨を供述している{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=7}}。
{| class="wikitable" style="width:100%;font-size:90%"
|+堀の審理における争点表
!
!検察官の主張
!{{Nowrap|堀および弁護人の主張}}
!{{Nowrap|A(検察官証人)の主張}}
!裁判所の判断
|-
!{{Nowrap|Y殺害について}}
|堀が2人に殺害を依頼しており、強盗殺人の共謀が認められる{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=2}}<br/>Yの殺害を共犯に担わせただけに過ぎない<ref name="中日新聞2015-12-04"/>
|堀は一切関与しておらず、X宅を出ている間にAがYを殺害した(Y殺害は無罪)<ref name="中日新聞2015-10-29"/><br/>殺害は強盗の機会に行われたものでもなく{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=2}}、窃盗罪にとどまる<ref>『朝日新聞』2015年10月30日名古屋朝刊第一社会面37頁「堀被告、夫への殺意否認 妻殺害「関与せず」 碧南事件初公判 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>
|堀から「車を取りに外出している間に殺しておいてくれ」と頼まれて絞殺した{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=4, 7}}
|堀は強盗計画を立案して共犯者を誘い入れ、一連の犯行を主導した{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=4}}ほか、Yの死後に現場を物色する{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=5}}など、殺害が想定外ではなかったことを窺わせるような行動を取っている{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=7}}。<br/>また、長時間X宅に居座ったことでYに顔・体格などの特徴を把握された{{Efn2|Yらが警察などに通報したり、逃走したりしないよう監視するため{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=6}}。}}ため、3人全員にYを殺害する動機があった{{Efn2|抵抗を排除して強盗を遂行し、犯行の発覚も防ぐため{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=6}}。}}{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=6}}。<br/>Aの供述は、仮に真実であれば、(堀とAおよびBの)共謀の事実をより顕著に示すものであるが、Aの供述は自らの責任を軽減させようとする意図が否定できず、高い信用性は認められない{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=7-8}}。しかし、司法解剖の結果(死因:窒息死)と、Aの「Yの首に紐を巻き付け、Bとともに両端を引っ張り合って殺害した」という供述から、少なくとも(Bが実行に加担したか否かはさておき)、Aが紐状の物でYの首を絞めて殺害したことは[[事実認定|認定]]できる{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=8}}。<br/>犯行を主導した堀の与り知らぬところでYが殺害されたとは考えにくく{{Efn2|名古屋地裁 (2015) は「仮に堀の与り知らないところで、AやBがYを絞殺したのならば、何か突発的な事態が生じた場合と思われる」とした{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=5}}上で、「Yは殺害された当時、見知らぬ男2人(A・B)とともに居宅内にいたため、自分や幼い子供2人を監視されている状態だった。そのような状況下、Yは自分たちに危害がおよぶことを回避するため、堀たちの意に反さないような行動を取らざるを得ない状況であり、何らかの行動を起こすことは考えにくい」と指摘し、「突発的な事態が生じたことにより、AらがYの殺害を決意した可能性は極めて低い。また、もしそのようなことが起きた場合、当然堀はAたちを咎めたりするはずだが、そのようなことはなく、むしろその状態を冷静に利用し、強盗の目的を遂げるための行動に出ている」と結論づけた{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=5-8}}。}}{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=5, 7}}、金品を奪うことを想定した上で行動していた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=5}}点などから、堀はいったんX宅を出るまでの間に、AまたはBと話し合うなどして、Yの殺害を了承していた(=Yの殺害について共謀があった)と認められる{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=7}}。
|-
!X殺害について
|堀が背後からいきなりロープで首を絞め、共犯が加勢した(強盗殺人罪が成立する)<ref name="中日新聞2015-10-29"/><br/>殺害の計画性は認められないが、「Yの殺害がいずれ発覚する以上、Xだけ生かすわけにはいかない」と考え、Xを殺害した。殺害を計画していたに等しい<ref name="中日新聞2015-12-04"/>
|パチンコ店の情報(売上金の場所など)を聞き出すのが目的で、誰も殺す気はなかった{{Efn2|弁護人は「堀らの計画上、Xから店の鍵を奪うだけでなく、鍵の開け方やセキュリティシステムの解除方法などを訊き出す必要があり、仮にXを殺害してしまえば計画が頓挫するため、殺害の共謀はありえない」と主張したが、名古屋地裁 (2015) は「堀らはYの死体を和室に放置したまま、Xの帰宅を待ち伏せている。XがYの死を知れば、容易に情報を得られないことは想像に難くないため、堀らは『Xから鍵さえ奪えればいい』と安易に考えていたと思われる。実際、堀らは犯行後、奪った鍵を持って店に赴いている」として、その主張を退けた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=11}}。}}<ref name="中日新聞2015-10-29"/><br />揉み合っているうちに、顔にかぶせたバスタオルの端を共犯が強く引っ張り、(首が絞まって)死亡した(強盗致死罪の成立にとどまる)<ref name="中日新聞2015-10-29"/>
|堀が1人でXに馬乗りになって絞殺した。自分は堀の後ろから見ていた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=9}}
|人を窒息死させるには、気道・頸動脈を閉塞させるような強い力で3分以上首を絞め続ける必要があり{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=8}}、堀の供述するような姿勢でそのようなことが起こることはありえない{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=10}}。<br/>捜査段階で当時8歳の長男が「父Xは1人の男に羽交い締めにされ、もう1人の大き目の体格の男が馬乗りになっていた<ref group="注" name="馬乗り"/>」と証言した点{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=9}}、Aが「堀がXに馬乗りになっていた」と証言した点{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=9-10}}、堀自身が「首を絞め続けた」と供述していることなどから見れば、(Y殺害がXに露見することを防ぐためにも)堀がXの首を絞めたことは間違いないと言える{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=10-11}}。
|-
!Z襲撃について
|堀あるいはAが単独、もしくは2人でZの首を絞めて殺害しようとした{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=12}}
|
* (弁護人)Zの首を絞めようとしたのはAで、堀はそれを止めようとした。殺意はなく、強盗致傷罪にとどまる{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=12}}
* (堀)自分がいったんAと被害者から目を離し、リビングダイニングでインターホンを壊そうとしていた{{Efn2|堀は「Z宅のインターホン(モニター付き)には、録画機能があるかもしれない」と考えたため、インターホンを強引に取り外した{{Sfn|堀慶末|2019|p=97}}。}}ところ、寝室{{Efn2|リビングダイニングは玄関の東側にあり、寝室はリビングダイニングの北側に隣接していた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=13}}。}}から「バタン」という音が聞こえたので、様子を見ると、Aが被害者に馬乗りになって首を絞めていたので、何度もやめるよう言った{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=17-18}}
|堀から車を取ってくるよう言われ、戻ったら堀がZの首を絞めていた{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=14}}
|Zは3 - 5分程度にわたり、強く首を絞められており、これは殺人の実行行為に当たる{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=17}}。首を絞めたのが誰なのかは特定できないが{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=19}}、堀の供述は、客観的証拠(自身の近くで被害者がAに首を絞められ続けていたこと)と一致せず、堀が事件後に証拠隠滅を図るなどしていたことなど{{Efn2|名古屋地裁 (2015) はこのほか、Aが被害者の目隠しとなるガムテープを外すなど、関与に消極的だったことを挙げた上で、「堀とAがいったんZ宅を出た後、再びZ宅に戻ろうとしたこと(仮にZが生きていれば、意識を取り戻したZや通報で駆けつけた警察官と鉢合わせする危険性がある行為)を取っていたことなどから、堀はZが死亡したことを前提に行動していたと見るべきである」と指摘した{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=18-19}}。}}を併せれば、信用できない。仮にAが1人で被害者の首を絞め続けていたとしても、3 - 5分間にわたり、堀はあえてそれを制止しなかったことなどから考えれば、堀には強盗殺人罪の成立が認められる{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=19-20}}。
|}
また、守山事件について検察官は、[[事実認定]]に関する中間論告後の2015年11月27日、名古屋地裁の勧告を受けて以下のように、予備的な訴因を追加する訴因変更を行った{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=12}}(訴因変更で<u>下線部分</u>を追加、<del>打ち消し線部分</del>を削除)。このため、後に開かれたAの公判でも、守山事件については起訴当初の罪状(強盗致傷罪)から強盗殺人未遂罪への訴因変更が行われたが、Aへの判決では強盗致傷罪が認定された{{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc=判示第2の事実(守山事件)について}}。
{{Quotation|被告人は、甲(本文中A)と共謀の上、金品を強取する目的で、平成18年7月20日午後零時20分頃、建設会社の従業員を装って、C(本文中Z)方にその玄関から侵入し,その頃、同所において、Cの顔にガムテープ様のものを巻き付けるなどした上、殺意をもって、<u>被告人若しくは甲又は被告人及び甲の両名が</u>同人の頸部をロープ様のもので強く絞めつけるなどしてその反抗を抑圧し、同人所有の現金約2万5000円及び耐火金庫等12点(時価合計約39万円相当)を強取したものの、同人に入院加療56日間を要する両肩関節運動障害等の傷害を負わせるにとどまり、殺害の目的を遂げなかったものである<del>が、甲においては、強盗の犯意を有するにとどまったものである</del>。|検察官|{{Sfn|名古屋地裁|2015|p=12}}}}

12月4日の[[論告]][[求刑]]公判で、検察官は堀に死刑を求刑<ref name="中日新聞2015-12-04">『中日新聞』2015年12月4日夕刊一面1頁「碧南強殺に死刑求刑 闇サイト無期確定の堀被告」(中日新聞社)</ref><ref name="中日新聞2015-12-05"/>。同日の最終弁論で弁護人は死刑回避(無期懲役の適用)を求め、結審した<ref name="中日新聞2015-12-05">『中日新聞』2015年12月5日朝刊一面1頁「堀被告に死刑求刑 碧南強殺 検察「計画の首謀者」」(中日新聞社)</ref>。

==== 死刑判決 ====
2015年12月15日に[[判決 (日本法)|判決]]公判が開かれ<ref name="中日新聞2015-12-16"/>、名古屋地裁刑事第4部(景山太郎裁判長){{Sfn|名古屋地裁|2015}}は求刑通り、被告人・堀慶末に死刑を言い渡した<ref name="中日新聞2015-12-16">『[[中日新聞]]』2015年12月16日朝刊一面1頁「夫婦強殺 堀被告に死刑 妻殺害 共謀を認定 碧南の事件 裁判員判決」([[中日新聞社]])</ref>。名古屋地裁 (2015) は、堀と共犯者との間の共謀の成立や、堀の被害者3人に対する殺意の成立をいずれも認定した<ref name="中日新聞2015-12-16"/>上で、[[量刑]]理由では本事件について、「2人の生命を奪った結果は極めて重大だ。堀は本事件では、強盗はともかく、殺害までは当初から計画していたとまではいえないが、犯行の遂行・発覚防止のため、事態の推移に応じて次々と夫婦2人を殺害し、当初の強盗計画を遂行した(殺害行為は偶発的なものではない)。このような行動には、生命軽視の態度が顕著に現れており、殺害の計画性がなかったことは、必ずしも死刑を回避すべき決定的な事情とは言えない」と指摘した{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=22-24}}。また、守山事件についても「殺意は強固で、非力な高齢女性に対する卑劣な犯行だ。犯行を持ちかけたのが堀かAかはさておき、堀が金銭を得るために強盗に及んだことは明らかで、犯行の遂行と発覚防止のために被害者Zを殺害しようとしたことも利欲的で身勝手極まりなく、酌量の余地はない。殺害の計画性があったとまでは言えないが、本事件で夫婦を殺害した堀らにとって、同様に民家に押し入る強盗を行えば、被害者の殺害に及ぶような事態が起こりえることは容易に想像できたにも拘らず、堀はZ宅を犯行場所に選んで再び強盗におよんだ。このような人命軽視の態度には、最も強い非難が向けられるべきである」と指摘{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=24-25}}。その上で、「現時点でも被害者を殺害した(しようとした)事実を否認し、客観的事実に反する不合理な弁解をしており、いまだ自分の罪に向き合わず、反省が深まっていないことを鑑みれば、死刑の選択を躊躇する事情はない」と結論づけた{{Sfn|名古屋地裁|2015|pp=22-25}}。[[東海3県]]で裁判員裁判によって死刑判決が言い渡された事例は、同年に同じ名古屋地裁で言い渡された[[蟹江一家3人殺傷事件]]の第一審判決以来、2件目だった<ref>{{Cite news|和書 |title=名古屋市の高齢夫婦殺害事件の差し戻し審で死刑判決 名古屋地裁 |newspaper=中日新聞 |date=2023-03-02 |url=https://www.chunichi.co.jp/article/645741 |access-date=2023-03-07 |publisher=中日新聞社 |language=ja |archive-url=https://web.archive.org/web/20230307144736/https://www.chunichi.co.jp/article/645741 |archive-date=2023年3月7日}}</ref>。

堀の弁護人は判決を不服として翌日(12月16日)に[[名古屋高等裁判所]]へ[[控訴]]し<ref>『中日新聞』2015年12月18日朝刊第一社会面31頁「碧南強殺で死刑 堀被告側が控訴」(中日新聞社)</ref>、控訴審でも共犯者との共謀を否定したが<ref>『中日新聞』2016年9月2日朝刊第三社会面34頁「碧南強殺・別事件の共謀否定 控訴審、被告人質問」(中日新聞社)</ref>、2016年(平成28年)11月8日に名古屋高裁刑事第1部{{Sfn|名古屋高裁|2016}}([[山口裕之 (裁判官)|山口裕之]]裁判長)で控訴[[棄却]]の判決を言い渡された<ref name="中日新聞2016-11-09">『中日新聞』2016年11月9日朝刊第一社会面31頁「堀被告 二審も死刑 「主導的立場」 碧南強殺で判決」(中日新聞社)</ref><ref>{{Cite news|title=堀慶末被告、二審も死刑 碧南の夫婦強殺|newspaper=中日新聞|date=2016-11-08|url=http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016110801001482.html|agency=[[共同通信社]]|publisher=中日新聞社|language=ja|archiveurl=https://web.archive.org/web/20161108073032/http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016110801001482.html|archivedate=2016年11月8日}}</ref>。

堀と弁護人は同日付で[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]へ[[上告]]し<ref>『中日新聞』2016年11月10日朝刊第一社会面31頁「死刑の堀被告 最高裁に上告 碧南強殺」(中日新聞社)</ref>、弁護人は上告審でも共犯者との共謀を否定したが<ref>『中日新聞』2019年6月15日朝刊第11版第三社会面27頁「碧南強殺の堀被告、死刑破棄を求める 上告審弁論」(中日新聞社)</ref><ref>{{Cite news|title=1、2審で死刑判決 堀被告の上告審結審 愛知・碧南の夫婦殺害|newspaper=[[毎日新聞]]|date=2019-06-14|author=服部陽|url=https://mainichi.jp/articles/20190614/k00/00m/040/270000c|publisher=[[毎日新聞社]]|language=ja|archiveurl=https://web.archive.org/web/20190614145350/https://mainichi.jp/articles/20190614/k00/00m/040/270000c|archivedate=2019年6月14日}}</ref>、[[2019年]]([[令和]]元年)7月19日に最高裁第二[[小法廷]]([[山本庸幸]]裁判長)で上告棄却の判決を言い渡された<ref name="中日新聞2019-07-20">『中日新聞』2019年7月20日朝刊第11版第一社会面35頁「碧南強殺、死刑確定へ 闇サイト殺人 被害者の母『すっきりした気持ち』」(中日新聞社 記者:宮畑譲)</ref>。そして、同年8月7日付の同小法廷決定{{Sfn|最高裁第二小法廷|2019.8}}により、この上告審判決に対する訂正申立を棄却されたため、死刑が確定した<ref name="中日新聞2019-08-10">『中日新聞』2019年8月10日朝刊第14版第三社会面27頁「碧南夫婦強殺で死刑確定 最高裁 闇サイト事件の堀被告」(中日新聞社)</ref>。

2020年(令和2年)9月27日時点で{{Sfn|年報・死刑廃止|2020|p=271}}、堀慶末(現在{{年数|1975|4|29}}歳<ref group="注" name="堀慶末"/>)は[[死刑囚]]として[[名古屋拘置所]]に[[日本における収監中の死刑囚の一覧|収監されている]]{{Sfn|年報・死刑廃止|2020|p=270}}。

===== 闇サイト事件の扱いについて =====
なお、[[日本国憲法第39条]]は「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」として、「[[一事不再理|二重処罰の禁止]]」を明文化している{{Efn2|判決公判後、審理に関わった裁判員の1人は記者会見で「闇サイト事件と本事件・守山事件を切り離して考えた」と述べた<ref>『朝日新聞』2015年12月16日名古屋朝刊第一社会面35頁「「冷徹な犯行」重い判断 計画性より結果重視 碧南事件 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>一方、刑事法を専門とする[[只木誠]]([[中央大学大学院法務研究科|中央大学法科大学院]][[教授]])は「裁判員らは本事件および守山事件だけで死刑の結論を導き出したが、堀の性格や経歴を推知する資料として、闇サイト事件を参考にした可能性はある」と指摘している<ref>『中日新聞』2015年12月16日朝刊第二社会面28頁「闇サイト事件 識者に聞く 量刑「難しい判断」」(中日新聞社)</ref>。}}<ref name="斉藤佑介">『朝日新聞』2015年10月30日名古屋朝刊第一社会面37頁「裁判員、情状に考慮も 闇サイト殺人で無期確定 行動・性格知る資料に」(朝日新聞名古屋本社 斉藤佑介)</ref>。

ただし、最高裁[[大法廷]]は1966年(昭和41年)7月13日に、窃盗事件の上告審判決で「いわゆる余罪について、単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、憲法に違反しない」と判断している<ref name="斉藤佑介"/>[参照:昭和40年(あ)第878号]<ref>{{Cite 判例検索システム|事件番号=昭和40年(あ)第878号|裁判年月日=1966年(昭和41年)7月13日|法廷名=[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]][[大法廷]]|裁判形式=判決|判例集=[[刑集]] 第20巻6号609頁|url=https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51782|事件名=窃盗被告事件|判示事項=起訴されていない犯罪事実を量刑の資料として考慮することと憲法第三一条第三九条|裁判要旨=起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮することは許されないが、単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料としてこれを考慮することは、憲法第三一条、第三九条に違反しない。}}
* 最高裁判所裁判官:[[横田喜三郎]](裁判長)・[[入江俊郎]]・[[奥野健一]]・[[五鬼上堅磐]]・[[草鹿浅之介]]・[[長部謹吾]]・[[城戸芳彦]]・[[石田和外]]・[[柏原語六]]・[[田中二郎]]・[[松田二郎]]・[[岩田誠]]・[[下村三郎]]。[[横田正俊]]は海外出張のため署名押印できず。</ref>。このため、丸山雅夫([[南山大学]]法科[[大学院]]教授・刑事法)は、「本事件の公判で、検察は情状面に関する主張で闇サイト事件について言及する可能性もある」と指摘していたが<ref>『読売新聞』2012年8月26日中部朝刊第二社会面26頁「夫婦強殺 裁判員裁判に 量刑が焦点 「闇サイト」情状 影響も=中部」(読売新聞中部支社)</ref>、第一審で検察官は闇サイト事件については言及せず{{Efn2|第一審判決前に『朝日新聞』の取材に対し、検察幹部は「碧南事件だけでも極刑に値する。8年後に守山区でも(強盗殺人未遂)事件を起こしており、犯情は悪質」と、弁護側は「闇サイト事件を理由に(裁判員は)死刑を選択してはならない」と述べていた<ref name="朝日新聞2015-12-15"/>。}}<ref>『中日新聞』2015年12月16日朝刊一面1頁「解説 「闇サイト」切り離し審理」(中日新聞社 社会部・小笠原寛明)</ref><ref name="朝日新聞2015-12-15">『朝日新聞』2015年12月15日名古屋朝刊第三社会面29頁「裁判員、極刑選ぶか 強盗殺人罪の成否、争点 碧南事件、堀被告きょう判決 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>、第一審・控訴審判決のいずれも、闇サイト事件についての言及はなかった<ref name="中日新聞2015-12-16"/><ref>{{Cite news|title=店長夫妻殺害、二審も死刑=闇サイト殺人で無期の男-名古屋高裁|newspaper=時事ドットコム|date=2016-11-08|url=http://www.jiji.com/jc/article?k=2016110800548&g=soc|agency=[[時事通信社]]|language=ja|archiveurl=https://web.archive.org/web/20161109021113/http://www.jiji.com/jc/article?k=2016110800548&g=soc|archivedate=2016年11月9日}}</ref>。しかし、検察官は[[公判#上告審における公判|上告審の弁論]](2019年6月14日)で、「碧南事件(本事件)と闇サイト事件が同時に審理されれば死刑判決が想定されるにもかかわらず、審理の順序で死刑回避となれば正義に反する」と述べている<ref>{{Cite news|title=“闇サイト事件”で無期懲役確定の堀被告 死刑判決受けた別の殺人事件の上告審が結審 夏にも判決へ|newspaper=[[ニュースOne|東海テレビNEWS]]|date=2019-06-14|url=https://www.tokai-tv.com/tokainews/article.php?i=87305&date=20190614|publisher=[[東海テレビ放送]]|language=ja|archiveurl=https://web.archive.org/web/20190614145412/https://www.tokai-tv.com/tokainews/article.php?i=87305&date=20190614|archivedate=2019年6月14日}}</ref>。

=== 共犯者Aの審理 ===
共犯者A(本事件・守山事件)の公判は2016年1月7日の初公判以降、計11回にわたり開かれた<ref>『中日新聞』2016年1月7日夕刊第一社会面11頁「夫への殺意を否認 碧南強殺 初公判でA被告」(中日新聞社)</ref>。公判で、Aの弁護人は「夫婦宅の金を奪うことは計画しておらず、『堀にバカにされたくない』と虚勢を張ってYを殺害した(Y殺害は強盗目的ではない)。Xの殺害には関与していない」と主張した<ref name="中日新聞2016-01-26"/>ほか、守山事件については「本事件(碧南事件)の取り調べ初日に犯行を申告しており、[[自首]]が成立する」と主張した<ref>『中日新聞』2016年1月19日朝刊第二社会面34頁「守山の強殺未遂でA被告 殺意否認 名地裁」(中日新聞社)</ref>上で、「Zの首を絞めたのは堀で、Aは堀から『首を絞めるのを代わってくれ』と頼まれ、首を絞めるふりをしただけで、殺意および殺害の共謀はなかった」と主張した{{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc=Xに対する殺害の共謀及び殺意の有無等(争点〈2〉)について}}。一方、検察官は同年1月25日の公判で「Aの刑事責任は堀とわずかな差しかない」として、被告人Aに死刑を求刑した<ref name="中日新聞2016-01-26">『中日新聞』2016年1月26日朝刊第一社会面31頁「A被告に死刑求刑 名地裁公判 碧南強殺、来月5日判決」(中日新聞社)</ref>。

しかし、2016年2月5日の判決公判で<ref name="中日新聞2016-02-06"/>、名古屋地裁刑事第4部(景山太郎裁判長)は{{Sfn|名古屋地裁|2016A}}、被告人Aに無期懲役を宣告した<ref name="中日新聞2016-02-06">『中日新聞』2016年2月6日朝刊第二社会面30頁「碧南強殺 A被告に無期 名地裁判決「従属的な役割」」(中日新聞社)</ref>。名古屋地裁 (2016) は、Yへの殺害について「強盗を行う意図があり、強盗殺人罪が成立する」{{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc=Yを殺害したのが強盗目的であったか(争点〈1〉)について}}、Xの殺害についても「堀がXを絞殺する際、Xの身体を押さえたと認められる」とそれぞれ認定{{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc=Xに対する殺害の共謀及び殺意の有無等(争点〈2〉)について}}。一方で、守山事件については、「被害者Zの供述は事件直後から一貫しており、信用性が高いが、Zはその中で、Aが自分の求めに応じて目のガムテープを外したり、『ごめん』と謝ったりするなど、殺害と結びつきにくい行動も取っていた旨を述べている」<ref group="注" name="守山A"/>と指摘した上で、「Aの行為は、弁護人が主張するようにZの首を絞めるふりをしただけと認められる。その意図はともかく、結果的にZへの殺意を有していた堀を欺き、さらなる殺害行為を阻止することで、Zが一命をとりとめたことに貢献した可能性もあるため、この行為をもって殺害の共謀を認定することはできない」として、「Zへの殺意、およびZに対する殺害の共謀は認められず、堀との共謀は強盗の犯意にとどまる」と認定した{{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc=Xに対する殺害の共謀及び殺意の有無等(争点〈2〉)について}}。そして、量刑の理由については「夫婦への殺害行為は堀が主に実行したり、堀がAに命じて行わせたものだ。Aは夫婦殺害で重要な役割を果たしたが、殺害の計画性は認められず、関与は従属的である。後の守山事件ではZへの殺意を有していなかったこと、同事件で自首し、事件の解明に相当程度寄与するなどした点を考慮すれば、死刑を選択することが真にやむを得ないとまでは認められない」と結論づけた{{Sfn|名古屋地裁|2016A|loc=量刑の理由}}。

名古屋地検は控訴を断念し<ref>『中日新聞』2016年2月20日朝刊第一社会面35頁「無期のA被告 検察が控訴断念 碧南夫婦強殺」(中日新聞社)</ref>、Aおよび弁護人も控訴期限(2016年2月19日)までに控訴しなかったため、無期懲役が確定した<ref>『中日新聞』2016年2月22日夕刊第二社会面12頁「A被告の無期懲役確定」(中日新聞社)</ref>。

=== 共犯者Bの審理 ===
共犯者B(本事件のみ)の公判は2016年2月16日から開かれ、弁護人は「BはY殺害の現場にはおらず、Xの殺害にも関与していない」と無罪を主張した<ref>『中日新聞』2016年2月16日夕刊第二社会面10頁「B被告側 無罪を主張 碧南強殺初公判」(中日新聞社)</ref>ほか、被告人Bは被害者に対し「申し訳なく思う」と発言した一方、事件に関する質問については黙秘した<ref name="中日新聞2016-03-16"/>。一方、検察官は同年3月16日の公判で、「死刑を求刑された共犯(堀およびA)に比べ、関与の度合いが相対的に低い。軽度の知的障害が意思決定に影響している可能性もあるが、2人の命を奪った結果は非常に重い」として、被告人Bに無期懲役を求刑した<ref name="中日新聞2016-03-16">『中日新聞』2016年3月16日夕刊第一社会面11頁「碧南強殺 無期を求刑 名古屋地裁 B被告に検察側」(中日新聞社)</ref>。一方、弁護人は同月17日の公判(最終弁論)で、「Bは軽度の知的障害があり、計画への関与も従属的だ。Y殺害には関与していない(仮に関与していたとしても共犯の指示に従っただけ)上、X殺害もただ見ていただけだ。無罪を主張するが、仮に有罪だとしても懲役10年が相当だ」と主張した<ref>『中日新聞』2016年3月17日夕刊第二社会面10頁「B被告の公判 無罪主張し結審 碧南夫婦強殺」(中日新聞社)</ref>。

2016年3月25日の判決公判で<ref name="中日新聞2016-03-26"/>、名古屋地裁刑事第4部(景山太郎裁判長){{Sfn|名古屋地裁|2016B}}は求刑通り、被告人Bに無期懲役を宣告した<ref name="中日新聞2016-03-26">『中日新聞』2016年3月26日朝刊第一社会面39頁「碧南強殺で無期判決 名古屋地裁、3人目被告に」(中日新聞社)</ref>。名古屋地裁 (2016) は、Bが逮捕直後の取り調べで、犯行経緯・状況について説明した際、自ら具体的な状況を交えつつ、「Yの首に巻いた紐を引っ張って殺害したのは自分とAだ」とほぼ一貫して述べた点や、Aも同様に「堀が不在の間、自分とBがYの首にロープを巻き付け、両端を引っ張りあって絞殺した」という供述をしていることなどを踏まえ、「BはYの殺害を実行したと認められる」と認定{{Sfn|名古屋地裁|2016B|loc=Yの殺害に関する共謀及び殺害行為への関与の有無について}}し、Xの殺害についても、事件を目撃した長男の「1人の男(=堀)が馬乗りになり、ピンクの手袋を嵌めていた男(=B)はもう1人(=A)とともに父の腕などを押さえていた」という証言<ref group="注" name="馬乗り"/>や、捜査段階でB自身が「自分もXの足か腰を押さえた」という供述などを踏まえ、「BはXを殺害する際、体を押さえたと認められる。それを抜きにしても、堀やAがXを殺害するのを知っていながら止めなかった以上、共謀した事実が認められる」と認定した{{Sfn|名古屋地裁|2016B|loc=Xの殺害に関する共謀及び殺害行為への関与の有無について}}。また、「事件現場に向かう途中、Bは1時間以上にわたり、堀やAを自分の車(クラウン)に乗せていたが、堀やAは車内で犯行計画について話し合っていた。Bだけがそれを知らないことは当然考え難く、現にBはX宅に侵入後、子供たちを監視したほか、夫婦を殺害した後、堀ら2人とともにXが店長を務めていたパチンコ店に向かい、奪った金品を2人と等分したり、堀が見つけた金庫をともに持ち出すなどしていたため、強盗についても共謀が成立する」と認定{{Sfn|名古屋地裁|2016B|loc=X方への立入りの目的、金品の強取に関する共謀及び関与の有無について}}。そして、量刑理由で「殺害の計画性が認められないことや、Bの関与は堀やAに比べて従属的であり、軽度知的障害が犯行に関与する意思決定に影響した可能性があることなどを考慮すると、死刑を選択することが真にやむを得ないとまでは言えない。弁護人は『守山事件で強盗致傷罪にも問われたAに比べ、犯情は軽い』と主張するが、本件のみでも基本的に無期懲役が相当で、酌量減軽の余地はない」と結論づけた{{Sfn|名古屋地裁|2016B|loc=量刑の理由}}。

Bの弁護人は名古屋高裁へ控訴し<ref>『中日新聞』2016年3月31日朝刊第二社会面30頁「碧南強殺B被告が控訴」(中日新聞社)</ref>、控訴審でも改めて無罪を主張した<ref>『中日新聞』2016年10月20日朝刊第一社会面31頁「碧南強殺・B被告 無罪を主張し結審 名高裁初公判」(中日新聞社)</ref>が、名古屋高裁刑事第2部{{Sfn|名古屋高裁|2016B}}([[村山浩昭]]裁判長)は同年12月19日に控訴棄却の判決(第一審判決を支持)を言い渡した<ref>『中日新聞』2016年12月20日朝刊第三社会面29頁「碧南強殺の共犯 二審も無期判決 名高裁」(中日新聞社)</ref>。弁護人は翌日(12月20日)に最高裁へ上告した<ref>『朝日新聞』2016年12月20日名古屋朝刊社会面31頁「碧南夫婦殺害、被告が上告【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)</ref>が、最高裁第一小法廷([[小池裕]]裁判長)から2018年(平成30年)6月20日付で上告棄却の決定が出されたため、無期懲役が確定した<ref>『中日新聞』2018年6月23日朝刊第二社会面28頁「碧南夫婦強殺共謀 無期判決が確定へ 最高裁上告棄却」(中日新聞社)</ref>。

== 被害者遺児のその後 ==
被害者夫婦 (X・Y) の息子2人(当時8歳の長男・同6歳の次男)は事件後、母方のおばに引き取られ、愛知県内の数か所{{Efn2|『中日新聞』 (2012) は「2人は事件後、愛知県[[岡崎市]]内の親類宅に引き取られた」と報道している<ref>『中日新聞』2012年8月4日夕刊第一社会面13頁「碧南夫婦強殺 息子名乗る男性ネットに思い 事件が忘れられる方が嫌だ 尊敬する人 オレと弟を守って散ったオヤジ」(中日新聞社)</ref>。}}で暮らした後、次男が小学校3年生のころ{{Efn2|2000年(平成12年)ごろ。次男は中学生時代、図書館のパソコンで新聞記事を検索したことにより、それまで周囲から「海外旅行に行っている」「仕事が忙しい」と聞かされていた両親が殺害されたことを知っている<ref name="朝日新聞2012-08-18"/>が、『読売新聞』は「(事件のことを知る以前から)両親がこの世にいないことを感じ取っていた」と報じている<ref name="読売新聞2012-08-09">『読売新聞』2012年8月9日中部朝刊社会面33頁「碧南夫婦殺害 堀容疑者、借金数百万円 穴埋め図り犯行か=中部」(読売新聞中部支社)</ref>。}}に別の地方に移った<ref name="朝日新聞2012-08-18">『朝日新聞』2012年8月18日名古屋夕刊第一社会面9頁「裁判見届け、両親に報告する 碧南夫婦殺害、当時小1の次男 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社 久保田一道)</ref>。しかし、2人の[[未成年後見人]]として夫婦の遺産(約6,000万円)を管理していたおばは、遺産を使い込み、2011年(平成23年)1月に破産して行方を眩ました<ref name="朝日新聞2012-08-18"/>。一方、次男(2012年時点で20歳)は事件のことを知って以降、精神的に不安定になり、入学した高校を3か月で中退して[[暴走族]]に入るなど、生活が荒れた時期もあったが、建築関係の仕事に就職<ref name="朝日新聞2012-08-18"/>。2011年春に結婚し、1人息子(被害者夫婦の孫)が誕生している<ref name="朝日新聞2012-08-18"/>。その後、2人(2015年12月15日時点で長男は25歳・次男は24歳)は[[被害者参加制度]]を利用し、本事件の審理に参加した<ref>『中日新聞』2015年12月16日朝刊第二社会面28頁「Xさん長男「当然のこと」」(中日新聞社)</ref>。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
=== 注釈 ===
{{Notelist2|3}}
{{Reflist|group="注釈"}}

=== 出典 ===
=== 出典 ===
{{Reflist|3}}
''以下の出典において、記事名に被疑者の実名が使われている場合、この箇所をそれぞれA、B、Cとする''

{{Reflist|group="出典"|2}}
== 参考文献 ==
'''[[堀慶末]]への[[判決 (日本法)|判決]]文・[[裁判#裁判の形式|決定]]文'''
* 第一審判決 - {{Cite 判例検索システム|ref={{SfnRef|名古屋地裁|2015}}|事件番号=平成24年(わ)第1701号・平成25年(わ)第156号|裁判年月日=2015年(平成27年)12月15日|裁判所=[[名古屋地方裁判所]]|法廷=刑事第4部|裁判形式=判決|判例集=裁判所ウェブサイト掲載判例、『D1-Law.com』([[第一法規]]法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28240367|url=https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=85860|事件名=住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件|判示事項=被告人が、共犯者2名と共謀の上、強盗目的で民家に侵入して夫婦を殺害した住居侵入、強盗殺人と、その8年後に同共犯者のうち1名と共謀の上、強盗目的で民家に侵入して1名を殺害しようとした住居侵入、強盗殺人未遂の事案につき、死刑に処した事例|裁判要旨=}}
** [[判決 (日本法)|判決]][[主文]]:被告人を[[日本における死刑|死刑]]に処する。(求刑:同/被告人側控訴)
** [[裁判官]]:[[景山太郎]](裁判長)・小野寺健太・石井美帆
** 被告人:堀慶末([[闇サイト殺人事件]]の無期懲役刑で受刑中)
** 検察官・弁護人
*** [[名古屋地方検察庁]]検察官:川島喜弘・武井聡士・天日崇博
*** 堀被告人の弁護人:神谷明文(主任弁護人)・[[村上満宏]]・水野紀孝
* 控訴審判決 - {{Cite 判例検索システム|ref={{SfnRef|名古屋高裁|2016}}|事件番号=平成28年(う)第44号|裁判年月日=2016年(平成28年)11月8日|裁判所=[[名古屋高等裁判所]]|法廷=刑事第1部|裁判形式=判決|判例集=『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28244446|事件名=住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件|判示事項=被告人が、共犯者2名と共謀の上、強盗目的で民家に侵入して夫婦を殺害した住居侵入、強盗殺人と、その8年後に同共犯者のうち1名と共謀の上、強盗目的で民家に侵入して1名を殺害しようとした住居侵入、強盗殺人未遂の事案につき、被告人を死刑とした原判決が維持され、控訴が棄却された事例。 (D1-Law.com) |裁判要旨=}}
** 判決主文:本件控訴を棄却する。(死刑とした第一審判決を支持/被告人側は上告)
** 裁判官:[[山口裕之 (裁判官)|山口裕之]](裁判長)・田邊三保子・出口博章
** 被告人:堀慶末
* 上告審判決 - {{Cite 判例検索システム|Ref={{SfnRef|最高裁第二小法廷|2019}}|事件番号=平成28年(あ)第1889号|裁判年月日=2019年(令和元年)7月19日|法廷名=[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]第二[[小法廷]]|裁判形式=判決|判例集=集刑 第326号193頁、『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28273496|url=https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=88952|事件名=住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件|判示事項=死刑の量刑が維持された事例(愛知の夫婦強盗殺人等事件)|裁判要旨=}}
** 判決主文:本件上告を棄却する。
** [[最高裁判所裁判官]]:[[山本庸幸]](裁判長)・[[菅野博之 (裁判官)|菅野博之]]・[[三浦守]]・[[草野耕一]]
* 上告審判決に対する訂正申立の棄却決定 - {{Cite 判例検索システム|Ref={{SfnRef|最高裁第二小法廷|2019.8}}|事件番号=令和1年(み)第5号|裁判年月日=2019年(令和元年)8月7日|法廷名=最高裁判所第二小法廷|裁判形式=決定|判例集=『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28273501|事件名=住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件}}
** 決定主文:本件申立(判決訂正の申立)を棄却する。
** 最高裁判所裁判官:山本庸幸(裁判長)・菅野博之・三浦守・草野耕一
'''共犯者2人の判決文'''
* 被告人A(碧南事件・守山事件)の判決文 - {{Cite 判例検索システム|ref={{SfnRef|名古屋地裁|2016A}}|事件番号=平成24年(わ)第1701号・平成25年(わ)第156号|裁判年月日=2016年(平成28年)2月5日|裁判所=[[名古屋地方裁判所]]|法廷=刑事第4部|裁判形式=判決|判例集=『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28240687|url=|事件名=住居侵入、強盗殺人、強盗致傷(変更後の訴因:強盗殺人未遂)被告事件|判示事項=|裁判要旨=【事案概要】被告人が、共犯者2人と共謀の上、被害者らの自宅に侵入し、被害者らに暴行脅迫を加えて反抗を抑圧したうえ、殺意をもって首にロープ用のものを巻きつけて強く絞めるなどして被害者ら2名を窒息により死亡させて殺害したうえ、現金を強取した強盗殺人、その他強盗殺人未遂などの罪で起訴された件につき、被告人は、被害者を殺害したのは強盗目的でなく、共謀もないと主張したが、いずれも認められるとして、被告人が無期懲役に処された事例。 (D1-Law.com) }}
** 判決主文:被告人を[[懲役#無期懲役|無期懲役]]に処する。[[未決勾留]]日数中900日をその刑に参入する。(求刑:死刑/控訴せず確定)
** 裁判官:景山太郎(裁判長)・小野寺健太・石井美帆
** 被告人:A
** 検察官・弁護人
*** 名古屋地方検察庁検察官:川島喜弘・武井聡士・天日崇博
*** 被告人Aの弁護人:園田理(主任弁護人)・金井正成・尾崎敦
* 被告人B(碧南事件)の第一審判決文 - {{Cite 判例検索システム|ref={{SfnRef|名古屋地裁|2016B}}|事件番号=平成24年(わ)第1701号|裁判年月日=2016年(平成28年)3月25日|裁判所=名古屋地方裁判所|法廷=刑事第4部|裁判形式=判決|判例集=『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28241254|url=|事件名=住居侵入、強盗殺人被告事件|判示事項=|裁判要旨=【事案概要】Y(本文中「B」)が共犯者A(堀)及びB(本文中「A」)と凶暴のうえ、強盗目的でC(本文中「X」)方に侵入し、Cら2名を殺害し、金品を強取したという住居侵入、強盗殺人被告事件において、Yの有罪が認められたものの、殺害の計画性までは認められないこと、Yの関与が従属的で、軽度知的障害が犯行に関与する意思決定に影響した可能性があること等を考慮すると、死刑を選択することが真にやむを得ないとはいえないとされ、Yが無期懲役に処された事例。 (D1-Law.com) }}
** 判決主文:被告人を無期懲役に処する。未決勾留日数中1100日をその刑に参入する。(求刑:同/被告人側控訴)
** 裁判官:景山太郎(裁判長)・小野寺健太・石井美帆
** 被告人:B
** 検察官・弁護人
*** 名古屋地方検察庁検察官:川島喜弘・武井聡士・天日崇博
*** 被告人Bの弁護人:鬼頭治雄(主任弁護人)・小澤尚記・森川真樹
* 被告人B(碧南事件)の控訴審判決文 - {{Cite 判例検索システム|ref={{SfnRef|名古屋高裁|2016B}}|事件番号=平成28年(う)第166号|裁判年月日=2016年(平成28年)12月19日|裁判所=名古屋高等裁判所|法廷=刑事第2部|裁判形式=判決|判例集=『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28250509|url=|事件名=住居侵入,強盗殺人被告事件|判示事項=|裁判要旨=}}
** 判決主文:本件控訴を棄却する。当審における未決勾留日数中210日を原判決の刑に算入する。(被告人側は上告、後に棄却)
** 裁判官:[[村山浩昭]](裁判長)・大村泰平・平手一男
** 被告人Bの弁護人:岩井羊一
'''書籍'''
* {{Cite book|和書|title=裁判員裁判における量刑評議の在り方について|publisher=[[法曹会]]|date=2012-10-20|ref={{SfnRef|司法研修所|2012}}|editor=司法研修所|editor-link=司法研修所|edition=第1版第1刷発行|isbn=978-4908108198|series=司法研究報告書|volume=63|issue=3}} - 司法研究報告書第63輯第3号(書籍番号:24-18)。「事件一覧表」には、1980年度 - 2009年度の30年間に死刑か無期懲役が確定した死刑求刑事件全346件の概要が掲載されているが、闇サイト事件の共犯者KT(2009年4月18日に死刑確定)は345番として掲載されている。
** 協力研究員 - [[井田良]]([[慶應義塾大学]]大学院教授)
** 研究員 - [[大島隆明]]([[金沢地方裁判所]]所長判事 / 委嘱時:[[横浜地方裁判所]]判事)・園原敏彦([[札幌地方裁判所]]判事 / 委嘱時:[[東京地方裁判所]]判事)・辛島明([[広島高等裁判所]]判事 / 委嘱時:[[大阪地方裁判所]]判事)
* {{Cite book|和書|title=いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件|publisher=[[角川書店]]|date=2016-11-30|ref={{SfnRef|大崎善生|2016}}|author=大崎善生|authorlink=大崎善生|url=https://www.kadokawa.co.jp/product/321409000110/|edition=単行本版・初版第1刷発行|isbn=978-4041025222}}
* {{Cite book|和書|title=鎮魂歌|publisher=[[インパクト出版会]]|date=2019-05-25|ref={{SfnRef|堀慶末|2019}}|author=堀慶末|editor=(発行人:深田卓)|url=http://impact-shuppankai.com/products/detail/282|edition=第1刷発行|pages=|isbn=978-4755402968}}(書名の読み:レクイエム) - 堀の自著。「第13回 大道寺幸子・[[島田事件|赤堀政夫]]基金死刑囚表現展」特別賞受賞作。
* {{Cite book|和書|title=コロナ禍のなかの死刑 年報・死刑廃止2020|publisher=インパクト出版会|date=2020-10-10|ref={{SfnRef|年報・死刑廃止|2020}}|author=年報・死刑廃止編集委員会|editors=(編集委員:岩井信・可知亮・笹原恵・島谷直子・高田章子・永井迅・[[安田好弘]]・深田卓) / (協力:死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90・死刑廃止のための大道寺幸子基金・深瀬暢子・国分葉子・岡本真菜)|url=http://impact-shuppankai.com/products/detail/300|edition=第1刷発行|isbn=978-4755403064}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[闇サイト殺人事件]]
* [[闇サイト殺人事件]]
* [[長期捜査]]
* [[一事不再理]]
* [[前科]] - 厳密には闇サイト事件の方が先に発覚したためこの事件は「前科」ではないが、比喩表現としての「前科」ならばあながち間違いではない。
* [[累犯]]
* [[余罪]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* {{Cite web|和書|url=http://www2.odn.ne.jp/rie_isogai/page039.html|title=堀と闇サイト事件・夫婦強殺事件・強殺未遂事件|accessdate=2021-03-12|publisher=闇サイト殺人事件被害者女性の母親|date=2019-07-19|website=闇サイト殺人事件の被害者遺族によるウェブページ|language=ja|archiveurl=https://web.archive.org/web/20200220052827/http://www2.odn.ne.jp/rie_isogai/page039.html|archivedate=2020-02-20}} - 本事件の加害者である堀慶末が3つの強盗殺人・同未遂事件を起こし、本事件で死刑が確定するまでの経緯が記録されている。
* [http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/860/085860_hanrei.pdf Aの第一審判決文] - 裁判例情報

* [http://www2.odn.ne.jp/rie_isogai/page039.html Aと闇サイト事件・夫婦強殺事件・強殺未遂事件] - 闇サイト事件で娘を失った女性が運営する闇サイト事件への極刑陳情書への署名を募っていたサイト
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2024年11月16日 (土) 05:03時点における最新版

碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件
地図
場所 日本の旗 日本愛知県碧南市油渕町4丁目28番地1[注 1][3] - 被害者X宅[2]
座標
北緯34度54分22.694秒 東経137度00分20.858秒 / 北緯34.90630389度 東経137.00579389度 / 34.90630389; 137.00579389座標: 北緯34度54分22.694秒 東経137度00分20.858秒 / 北緯34.90630389度 東経137.00579389度 / 34.90630389; 137.00579389
標的 男性X(当時45歳・パチンコ店長)夫婦[8]
日付 1998年平成10年)6月[9]
28日20時過ぎごろ[9]29日1時ごろ[9] (UTC+9)
概要 堀慶末ら男3人が碧南市内の民家に侵入し、パチンコ店長夫婦を殺害して金品を奪った[8]。また、堀を含む2人は2006年(平成18年)に名古屋市守山区内で高齢女性への強盗殺人未遂事件(守山事件)を起こしたほか、堀は2007年(平成19年)に発生した闇サイト殺人事件にも関与した(同事件では無期懲役刑確定[8]
攻撃手段 首を絞める[9]
攻撃側人数 3人(うち2人は守山事件にも関与)[9]
武器 紐様のもの[9]
死亡者 2人(本事件の被害者夫婦)[8]
負傷者 1人(守山事件の被害者女性)[8]
損害
  • (碧南事件)現金約60,000円・鍵束1個・金庫1個・ブレスレット1本[9]
  • (守山事件)現金約25,000円・耐火金庫など12点(時価合計約380,000円相当)[9]
犯人 堀慶末(事件当時23歳/後に闇サイト殺人事件にも関与)[注 2]ら男3人(いずれも互いに仕事仲間)[2]
動機 借金返済などに充てるため、Xが店長を務めるパチンコ店の売上金を奪おうとしたこと
対処 堀ら加害者3人を愛知県警が逮捕[2]・名古屋地検が起訴[12]
刑事訴訟
管轄
  • 愛知県警察捜査一課碧南警察署[16][1]守山警察署[17]
  • 名古屋地方検察庁[12][18]
  • テンプレートを表示

    碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件(へきなんし パチンコてんちょうふうふ さつがいじけん)とは、1998年平成10年)6月28日夜から6月29日未明にかけ、愛知県碧南市油渕町4丁目の民家[注 1]で発生した強盗殺人事件[2]

    事件現場となった民家に住んでいた男性X(当時45歳・パチンコ店店長)と妻Y(当時36歳)が[19]、自宅で男3人組によって殺害され、現金などを奪われた[8]

    本事件の加害者のうち、犯行を主導したとされる堀慶末(ほり よしとも)[20](本事件当時23歳)[注 2]ら2人は[20]2006年(平成18年)6月20日にも同県名古屋市守山区脇田町の民家で高齢女性(当時69歳)を襲い、金品を奪う強盗殺人未遂事件(守山事件)を起こした[17]。また、堀はインターネット上の闇サイトで知り合った別の男2人と共謀し、2007年(平成19年)8月24日深夜に名古屋市千種区内で帰宅途中の会社員女性(当時31歳)を拉致・殺害した強盗殺人事件(闇サイト殺人事件)を起こした[21]

    堀は闇サイト事件の刑事裁判で2012年(平成24年)7月18日に無期懲役確定した[22]が、その翌月(2012年8月)に本事件(強盗殺人事件)の被疑者として[注 2][2]、翌2013年(平成25年)1月に守山事件(強盗殺人未遂事件)の被疑者として逮捕された[17]。堀はそれらの事件の被告人として[8]、住居侵入罪および強盗殺人罪(本事件)[12]、強盗殺人未遂罪(守山事件)で起訴され[18]2019年令和元年)に死刑が確定[13]。また、共犯者2人は無期懲役が確定した[13]

    事件経緯

    [編集]

    事件前

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    加害者3人はいずれも事件当時、名古屋市内[注 3]に居住し、外装関係の同じ職場で働いていた[2]

    事件を主導したとされる堀は[20]、1998年(平成10年)5月ごろ、兄の経営する会社の名義で購入した車のローン代金[注 4]の支払いや、消費者金融からの借金[注 5]の返済に充てる資金を必要としたことから、閉店後のパチンコ店から現金を強奪することを企てた[27]。しかし、それまで出入りしたことのないパチンコ店を下見しようとしたものの、「1人では実行は難しいかもしれない」と思った[28]。そこで、仕事仲間である男A(本名のイニシャルは「S・H」。事件当時21 - 22歳)[注 6]の存在を思い出し[28]、「自分に対し、過去に犯罪歴がある旨[注 7]を話しており、覚醒剤を使っているAなら、強盗を手伝ってくれるだろうし、もし断られても口外しないだろう」と考えたため、Aに「パチンコ店の売上を奪おうと思っているが、一緒にやらないか」と持ちかけ[30]、犯行に誘い入れた[27]。その上で、堀とAはパチンコ店をいくつか回り[27]、本事件の被害者である男性X(当時45歳)が店長を務めていたパチンコ店(尾張旭市[注 8][19]に目をつけ、ともにビニール紐・軍手などを準備して強盗の機会を窺った[27]。しかし、当時は複数の従業員が店内に残っており、実行には至らなかった[27]

    その後、堀は自分と旧知の仲であり、Aの同僚でもある男B(本名のイニシャルは「H・T」。事件当時28 - 29歳)[注 9]も誘って仲間に引き入れ[注 10]、下見を繰り返したが、同店は月曜日が定休日であることや、その前日である日曜日の営業を終えるとXは帰宅[注 11]することを把握[34]。「店に侵入するより、Xを脅して店の鍵や金庫などを奪い、(店内の)売上金を手に入れた方が早い」と考え、日曜日の夜にXを尾行し[36]、自宅(碧南市内)を突き止めた[37][38]。その上で、堀は決行前の昼間にX宅を下見し、周囲の状況を把握したほか[39]、電話帳でX宅の電話番号を調べ、アンケート調査を装って電話を掛け、家族構成を調べるなどした[40]。X宅の家族構成は、Xとその妻Y(当時36歳)、長男(当時8歳・小学3年生)、次男(同6歳・小学1年生)の4人家族だった[1]。また、X一家は事件当時、国内では珍しい逆輸入[41]レクサス[注 12][42])に乗ったり、水上バイクを所有するなど、地域でも裕福な家庭として知られていた[41]

    その結果、堀は、3人で犯行計画を話し合い、「在宅しているXの妻Yに対し、『Xの知り合いだ。暴力団に追われているので、匿ってほしい』と言って家に上げてもらい、Xの帰宅を待ち伏せる。そして帰宅したXを襲い、店や金庫の鍵などを奪った上で、店内への侵入方法(セキュリティの解除方法)などを訊き出し、堀とAが店に行って売上金を奪う。その間、BはX一家を見張る」という計画を立てた[43]

    事件当日

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    堀・A・Bの3人は、Xと妻Y(当時36歳)から金品を強奪することを企て、事件当日(1998年6月28日)正午過ぎ、Bの運転する車(トヨタ・クラウン)で碧南市方面へ向かい[44]、X宅[9](愛知県碧南市油渕町4丁目28番地1[注 1][3])から徒歩10 - 15分ほどの場所に駐車[45]。トランクの中から包丁・粘着テープ・ビニール紐・軍手・帽子を取り出して犯行の準備を行ったほか、近隣住民に怪しまれないよう、偶然積んであったBの釣り道具(ポリバケツと釣り竿[注 13])を持って釣り人を装い[注 15]、X宅に向かった[45]

    1998年6月28日16時30分ごろ、3人は被害者X宅を訪問[9]。堀がインターホンを鳴らしたが、応答がなかったため[46]、3人は無施錠の玄関から侵入した[40]。当時、3人は現場に指紋を残さないよう、軍手などを嵌めていたが、顔を覆面やマスクなどで隠してはいなかった[40]

    堀が2階に上がった[46]ところ、夫婦の寝室にYがおり[40]、堀と目を合わせたYは小さな悲鳴を上げたが[46]、堀はYの口を軍手を嵌めた手で塞ぎ[40]、「騒がないでくれ。静かにしてくれ。旦那(X) の知り合いだ」と言った[46]。その後、堀はA・Bとともに、Yに対し「Xとはパチンコ店の関係で知り合った。暴力団から追われているので、匿ってほしい」と申し向け[47]、1階のリビングにいた夫婦の子供2人をBに見張らせ[注 16]、AとともにYを連れて同階の和室に移動した[49]。その後、Yは堀たちに夕食や酒・つまみを提供したが、Yが夕食の支度をするため台所に向かった際、堀もYについていくなどした[40]。また、堀らはYとともに飲食したが、軍手などは嵌めたままだった[注 17][40]

    この間、Yは堀たちに対し「ヤクザに追われているのなら、旦那に相談するより、(現場)近くの交番[注 18]に相談した方が良いのではないか?」「自分の親戚に警察官がいるから、連絡してあげても良い」と勧めた[51]。しかし、堀は事件の発覚を恐れ[52]、交番の位置を確認しに行くため、リビングにいたBからクラウンの鍵を受け取り、X宅を出た[51]。堀は交番の位置を確認した後、大きな河川の堤防道路(X宅から徒歩5分ほど)[注 14]にクラウンを移動し[注 19][55]、(X宅を出てから)約1時間後にX宅に戻ったが[52]、その間(20時過ぎごろ[注 20] - 23時23分ごろ[注 21])にAが単独もしくはBとともに2人で、Yの首に紐状の物を巻きつけ、強く引っ張るなどしてYを絞殺した[9]

    その後、堀はAとBに対し、居宅内を物色するように言い、3人で手分けして金目の物を探した[40]。BがYの財布を見つけ、3人で中にあった現金(約60,000円)を分けた[注 22]ほか、堀はYの死体が横たわったまま放置されていた和室内を物色し、押し入れ内にあった金庫を見つけた[40]。その後、堀たちはYの死体を和室に放置したまま、Xの帰宅を待ち受けた[57]。Xは翌日(6月29日)1時頃に帰宅した直後、Yの死体を発見し、2階で寝ていた長男を起こして「お母さんが死んでいるかもしれないから、110番する」などと言って1階に下りたが、リビングに向かう途中、洗面所に隠れていた堀らに襲われた[57]。堀は同日1時ごろ、単独か、またはAもしくはBとともに、Xの首に紐様の物を巻きつけて強く絞めつけるなどし、Xを絞殺した[注 23][9]。そして、Xが所有していた鍵束1個[9]、Xが着用していたブレスレットのほか、和室で発見した金庫[注 24]を持ち出して奪った[57]

    夫婦殺害後

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    その後、堀たち3人はX・Y夫婦の遺体の処分方法について話し合い、できる限り事件発覚を遅らせるため、遺体を遺棄することを決めた[62]。まず、2人の遺体をXが使用していた自動車[57](三河ナンバーの白いレクサス[63])のトランクに押し込み[注 25][57]、飲食で使用した箸・グラスや煙草の吸殻などをドラムバッグに入れ、X宅から持ち去ったが、枝豆やその殻[64]、(Yから夕食として振る舞われた)[48]ハンバーグの皿はそのまま残していた[注 26][64]。その理由について、堀は自著 (2019) で「1998年当時は、現在ほどDNA型鑑定のことが知られておらず、自分も『絶対にDNAを残したくない』というほど気にはかけていなかった。煙草の吸殻を持ち帰ったのは、DNAよりも指紋を気にしたためだろう」と回顧しているが[65]、その枝豆の皮に付着していた唾液のDNA型が事件解決の鍵となった[66]

    その後、3人は2人の遺体を積んだXのレクサスに金庫も積み込み、3人ともそのレクサスに乗車して、堀の運転でBのクラウンを駐車していた堤防道路へ移動[67]。奪った金庫をクラウンに積み替え、2台の車に分乗し[注 27][67]、同県高浜市湯山町4丁目の路上[68](愛知県営葭池住宅内の袋小路)[注 29][1]、2人の遺体を積んだレクサスを放置した[注 30][57]

    そして、3人はBのクラウンでパチンコ店に向かい、堀とAがXから奪った鍵を使って出入り口を解錠しようとした[注 31]が、開けることができず、店内の現金を盗むことは断念した[57]。また、3人はAの家でバールを使って金庫をこじ開け、中身を調べたが、銀行の通帳1冊しか入っておらず、堀が得られたものは現金1万数千円ほどとブレスレットだけだった[70]

    本事件後の余罪

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    守山事件

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    堀は碧南事件の直後に妻と離婚し、その後は四兄の下で外壁工事を手伝っていた[71]が、2006年(平成18年)6月ごろには兄との確執や腰痛の悪化により、仕事をしなくなった[23]。守山事件の現場となった女性Z宅(名古屋市守山区脇田町)は[72]2004年(平成16年)ごろに新築されたが[73]、堀は四兄の下で[74]その外壁工事に携わっており、「Z宅は高齢女性の1人暮らしで、金銭的に余裕がありそうだ」と考え[注 32]、Aに対し、Z宅へ強盗に入ることを提案した[注 33][73]

    2006年7月20日12時20分ごろ、堀とAは強盗目的で[9]、Aの軽自動車により[73]、女性Z(当時69歳)が1人で暮らしていた住宅を訪問[72]。強盗の目的を伏せ、実際に同宅の新築工事を行った建築業者の名を騙り、定期点検を装って玄関から侵入した[73]。そして、堀がウッドデッキに出たり、浴室に入ったりして点検のふりをした後、玄関付近でZを脅迫して[注 34]寝室に連れて行き、顔・首にガムテープを巻き付けたほか、AにZの見張りをさせて[注 35]部屋を物色し、金庫を見つけた[73]。その上で、堀はAに車を取りに行かせ[注 36]、AにZの首を細い紐状の物で3 - 5分間にわたって絞め[注 37]、意識を失わせた上で、金庫などを軽自動車に積み込んで逃走した[78]。しかしその後、堀はZ宅に持ち込んだ書類[注 38]を置き忘れたことに気づき、「もしそれを現場に残しておけば、自分たちが犯人であることが露見する」と恐れ、それを取りに戻っている[注 39][79]。その上で、堀とAはA宅でバールを用いて金庫をこじ開けたり[注 40][79]、奪ったキャッシュカードでATMから金銭を引き出そうとした[注 41]りした後、再びZ宅に戻ろうとしたが、その時点では既に警察官が到着していたため、引き返した[81]

    このようにして、堀とAはZの所有していた現金約25,000円および耐火金庫など12点(時価合計約380,000円相当)を強奪し[9]、Zの首や肩に重傷[注 42]を負わせた[17]。犯行後、堀はZから奪った貴金属類[注 43]を、Aは現金十数万円をそれぞれ自身の取り分とした[80]。堀は被害者宅から奪ったブランド物の財布や貴金属などを質入れして換金したほか、残ったネックレス1個を当時同居していた女性にプレゼントしていた[83]

    事件後、Zは気絶していたが、14時ごろに隣人に助けを求め、隣人が110番通報した[84]守山警察署は当時、本事件を強盗致傷事件として捜査していた[72]が、後に堀については強盗殺人未遂罪に切り替えられ[85]、堀とAはともに本事件と併せて起訴されている[18]

    闇サイト殺人事件

    [編集]

    守山事件後の2007年(平成19年)3月、堀は同居女性から440万円の借金を背負い、同居を解消[23]。その後、堀は(インターネット上の闇サイトで知り合った)A・Bとは別の男2人と共謀し[注 44]、同年8月24日深夜、名古屋市千種区春里町の路上で[87]、帰宅途中の女性(当時31歳)を拉致して自動車内に監禁し、同県愛西市内佐屋町の駐車場内に駐車した車内で[88]、被害者から現金やキャッシュカードなどを奪った[87]。その上で、被害者の顔面に粘着テープを31周にわたって巻きつけたり、頭部を数十回にわたり金槌で殴打するなどして殺害し[87]、死体を岐阜県瑞浪市内の山林に遺棄した(闇サイト殺人事件[88]

    同事件で堀は営利略取逮捕監禁・強盗殺人・死体遺棄窃盗未遂の罪に問われた[89]。1983年に最高裁が死刑適用基準(「永山基準」)を示して以降、殺害された被害者が1人の事件では死刑が適用される事例は限られていたが[90]名古屋地検は計画性の高さ・社会的影響の大きさ[91]・犯行の残忍さなどを重視し、3被告人にいずれも死刑を求刑した[92]

    第一審判決2009年(平成21年)3月18日・名古屋地裁刑事第6部(近藤宏子裁判長[注 45])]で[93]、共犯者1人とともに求刑通り死刑(ほか1人は無期懲役)[注 46]を宣告された[21]。名古屋地裁 (2009) は、「堀ら3人は、強い利欲目的と計画性を持って強盗殺人を実行した。闇サイトを通じて知り合った3人が通りがかりの市民の生命を残虐な手段で奪った本件は、模倣される危険性が高く[注 47]、一般予防の見地からも刑事責任は誠に重い。(事件直後に自首した1人を除き)堀ら2被告人については、殺害された被害者が1人でも、極刑をもって臨むことはやむを得ない」と判示した[21]

    しかし、控訴審判決[2011年(平成23年)4月12日・名古屋高裁刑事第2部(下山保男裁判長)][89]では、堀に死刑を適用した原判決は破棄(自判)され、堀は第一審で無期懲役を宣告されていた別の共犯者1人とともに無期懲役を宣告された[95]。名古屋高裁 (2011) は、堀に重大な前科がない点や、殺害について共犯者の提案に応じた面(共犯者との役割に差がある点)などから「堀の犯罪性向は強いとはいえず、矯正可能性があると考えられる」と指摘した上で[95]、「殺害された被害者が1人である本件で、死刑選択がやむを得ないと言えるほど他の量刑要素が悪質であるとは言い難い」と判示した[100]

    名古屋高検は堀について、死刑を回避した控訴審判決を不服として「永山基準を示した判決や、光市母子殺害事件の判例に違反する」として、最高裁上告したが[101]、最高裁第二小法廷千葉勝美裁判長)は(堀が本事件の被疑者として逮捕される約1か月前の)2012年(平成24年)7月11日付で、控訴審判決を支持して検察官の上告を棄却する決定を出した[102]。この決定により、堀は同月18日付で(闇サイト事件における)無期懲役刑が確定した[22]が、2019年に本事件の刑事裁判で死刑が確定したため、この無期懲役刑の執行は停止されている[注 48][14]。なお、闇サイト事件は守山事件とは異なり、本事件で堀が起訴された時点で既に判決(無期懲役)が確定していたため、「一事不再理」の原則により、本事件の審理の対象にはなっていない(後述[8]

    捜査

    [編集]

    事件直後(1998年6月29日)、残された被害者夫婦の子供(長男もしくは次男)が名古屋市内の親類に「両親がいなくなった」と連絡[16]。これを受けた親類が碧南警察署に家出人捜索願を出し、同署および愛知県警察捜査一課は「夫婦に家出する動機はなく、事件に巻き込まれた可能性がある」として捜査したが[16]、同年7月4日に同県高浜市内の路上(先述)で夫婦の使っていた車[1](レクサス)[63]が発見され、トランク内から男女2人の腐乱死体[注 49]が発見された[1]。これを受け、愛知県警捜査一課および碧南署は殺人死体遺棄[注 30]事件と断定し、特別捜査本部を設置[1]。県警は当時から、「顔見知りによる犯行の疑いが強い」として、被害者である店長Xの交友関係などを中心に捜査[注 50]していた[109]。しかし、現場からは犯人特定につながるような指紋は検出されず、指紋や血液鑑定が主流だった当時の捜査は難航した[110]

    しかし、妻Yは殺害される前、堀たちに酒や食事を提供しており[49]、その時に堀たちが食べた枝豆の皮や皿などが現場に遺されていた[64]。当時の捜査班は、将来のDNA型鑑定の可能性を見据え[111]、それらの検体を冷凍保存していた[109]刑事訴訟法などの一部改正により、殺人罪などについて公訴時効が廃止・延長された[注 51]ことをきっかけに、愛知県警は2011年4月、捜査一課に未解決の重要事件を専門に捜査する「特命捜査係」[注 52]を設置[109]。同係は発足直後から碧南事件に着目し、同事件の現場(被害者夫婦の家)に遺されていた各種検体に残っていた唾液からDNA型を検出[109]。最新技術による再鑑定を実施したところ、堀のDNA型[注 53]と酷似したDNA型の唾液が検出された[112]。さらに、事件発生当時(1998年ごろ)の堀の交友関係[注 54]を調べたところ[112]、事件当時、堀の仕事仲間だったA[2](逮捕当時は別事件により服役中)[注 55]の存在を割り出した[111]ほか、別の唾液からAのDNA型と酷似するDNA型を検出した[112]。また、Aの供述などにより、事件現場に唾液が残っていなかったBについても関与が浮上した[66]

    このため、愛知県警の特別捜査本部は2012年8月3日、闇サイト事件の無期懲役刑が確定して服役中だった堀(当時37歳)[注 2]・A(当時36歳)・B(当時43歳)[注 9]の3人を、本事件(強盗殺人事件)の被疑者として逮捕[2]、同月5日に強盗殺人容疑で送検した[116]。その後、名古屋地方検察庁は同月24日に住居侵入罪・強盗殺人罪で3人を名古屋地方裁判所起訴した[12]

    さらに、Aが任意の事情聴取の中で守山事件への関与を示唆[117]し、「(守山事件で使った)紐やテープは堀が用意した」と供述[118]。県警が調べたところ、実際に堀が事件前に同種の紐やテープを購入していたことが判明したほか、犯人しか知り得ない情報(犯行現場で移動したり壊されたりした物など)に関するAの証言と、当時の現場検証で記録された状況にも複数の一致点が見い出され[118]、堀とAが守山事件の犯行に関与した疑いが強まった[17]

    また、被害者の負傷の程度や首を絞められた痕、Aの「(堀が2回被害者の首を絞めたことで)被害者は死亡したと思った」という供述から、愛知県警は「堀は相当強い力で被害者の首を絞めており、被害者への殺意が認められる」と判断[85]。捜査当時の強盗傷害容疑を強盗殺人未遂容疑に切り替え[85]2013年(平成25年)1月16日に堀とAを守山事件(強盗殺人未遂・住居侵入)の被疑者として再逮捕した[注 56][17]。同月2月6日、名古屋地検は堀を強盗殺人未遂罪および住居侵入罪で、Aを強盗致傷罪[注 57]などで追起訴した[18]

    刑事裁判

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    刑事裁判では、3被告人第一審の審理はいずれも、名古屋地方裁判所刑事第4部(裁判長景山太郎/陪席裁判官:小野寺健太・石井美帆)にて[120][121][122]裁判員裁判で開かれた[123]。起訴後、検察官と弁護人の主張の対立などにより、公判前整理手続は長期化し、最終起訴から初公判まで2年8か月と異例の長期間を要した[123]

    なお、司法研修所 (2012) によれば、1970年度(昭和45年度)以降に判決が宣告され、1980年度(昭和55年度) - 2009年度(平成21年度)の30年間に死刑無期懲役確定した死刑求刑事件(罪状はいずれも殺人および強盗殺人)は、全346件である[124]。このうち、被害者2人の強盗殺人事件[注 58](死刑求刑事件は全99件)では、65人(66%)に死刑が、34人(34%)に無期懲役が宣告されている[126]。無期懲役を宣告された事件のうち、10人は事前に被害者の殺害までは計画していなかった事例[注 59]だが、「犯行現場において強盗殺人の犯意が発生した類型」でも、計5件で死刑が適用されている[注 60][128]。また、死刑が確定した事例のうち、5件は「当初から被害者2名の殺害を企図したわけではないが、状況に応じてちゅうちょすることなく二人目の被害者に対しても強盗殺人の犯意を生じる」などした事例[注 61]で、「同一機会における犯行で、当初から2名に対する強盗殺人を有していた類型」(全21件)[注 62]および「2回の機会における犯行で、そのそれぞれにおいて、当初から各被害者に対する強盗殺人の犯意を有していた類型」(全20件)に「準ずる類型」とされている[130]

    また、「共犯事件において、他の共犯者に比べ関与の程度が低いとされて無期懲役が選択された事例」が9件ある[131]

    堀の審理

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    2015年(平成27年)10月29日に堀の初公判が開かれ、堀はYの殺害に関して無罪を主張したほか、堀の弁護人もXに対する殺意を否認し、強盗致死罪の成立を主張した[132]。その後、堀の公判は計15回にわたり開かれた[注 63][123]

    争点

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    堀は捜査段階で、Xの殺害について検察官に対し「Xの首にビニール紐を巻きつけて絞めた後、その一端をAかBに渡してそれぞれ引っ張り、Xが絶命するまで絞め続けた」と供述した[注 64]が、公判では一転して「Xの目や口を塞ぐため、顔にバスタオルを掛けようと、バスタオルを両手で自分の肩幅くらいに広げ、Xの頭に振り下ろした。その際、自分の肘がXの背中に当たってXが転倒し、自分も覆いかぶさるように倒れた。Xが暴れたので、抵抗を抑えようとバスタオルを持った両手を交差させ、自分の手首の辺りをXの身体に当てて押さえ込んだが、自分が右手に持っていたバスタオルの一端を左方にいた共犯者(AまたはB)が受け取り、これを引っ張った。2, 3分するとXの力が一気に抜け、Xが死亡したことが分かった」と供述した[145]。このように供述を変遷させた理由について、堀は「起訴後、弁護人から差し入れられた捜査記録を見ていた際、トランク内に入れた死体に掛かっていたバスタオルの写真を見て、記憶が喚起された」と主張したが、名古屋地裁 (2015) は「捜査段階では非常に具体的に『凶器は紐』と供述していたにも拘らず、もし本当はバスタオルだったのなら、そのようなことがあるまで記憶が喚起されなかったというのは不合理だ。堀らは犯行時に軍手などを嵌めたり、飲食時に使用した食器類を運び出すなど、現場に痕跡を残さないように工夫していたのに、殺害に用いたバスタオルを死体に掛けて放置することも不自然だ」と指摘し[145]、堀の供述を「まったく信用できない」と退けた[146]

    また、堀は公判および自著 (2019) で「自分がX宅を出ている間に、AがYを殺した」と主張している[147][132]が、Aは堀の公判で「『Bと一緒にYを殺しておいてくれ』と依頼された」という旨を供述している[148]

    堀の審理における争点表
    検察官の主張 堀および弁護人の主張 A(検察官証人)の主張 裁判所の判断
    Y殺害について 堀が2人に殺害を依頼しており、強盗殺人の共謀が認められる[27]
    Yの殺害を共犯に担わせただけに過ぎない[149]
    堀は一切関与しておらず、X宅を出ている間にAがYを殺害した(Y殺害は無罪)[132]
    殺害は強盗の機会に行われたものでもなく[27]、窃盗罪にとどまる[150]
    堀から「車を取りに外出している間に殺しておいてくれ」と頼まれて絞殺した[151] 堀は強盗計画を立案して共犯者を誘い入れ、一連の犯行を主導した[57]ほか、Yの死後に現場を物色する[152]など、殺害が想定外ではなかったことを窺わせるような行動を取っている[148]
    また、長時間X宅に居座ったことでYに顔・体格などの特徴を把握された[注 65]ため、3人全員にYを殺害する動機があった[注 66][153]
    Aの供述は、仮に真実であれば、(堀とAおよびBの)共謀の事実をより顕著に示すものであるが、Aの供述は自らの責任を軽減させようとする意図が否定できず、高い信用性は認められない[154]。しかし、司法解剖の結果(死因:窒息死)と、Aの「Yの首に紐を巻き付け、Bとともに両端を引っ張り合って殺害した」という供述から、少なくとも(Bが実行に加担したか否かはさておき)、Aが紐状の物でYの首を絞めて殺害したことは認定できる[155]
    犯行を主導した堀の与り知らぬところでYが殺害されたとは考えにくく[注 67][157]、金品を奪うことを想定した上で行動していた[152]点などから、堀はいったんX宅を出るまでの間に、AまたはBと話し合うなどして、Yの殺害を了承していた(=Yの殺害について共謀があった)と認められる[148]
    X殺害について 堀が背後からいきなりロープで首を絞め、共犯が加勢した(強盗殺人罪が成立する)[132]
    殺害の計画性は認められないが、「Yの殺害がいずれ発覚する以上、Xだけ生かすわけにはいかない」と考え、Xを殺害した。殺害を計画していたに等しい[149]
    パチンコ店の情報(売上金の場所など)を聞き出すのが目的で、誰も殺す気はなかった[注 68][132]
    揉み合っているうちに、顔にかぶせたバスタオルの端を共犯が強く引っ張り、(首が絞まって)死亡した(強盗致死罪の成立にとどまる)[132]
    堀が1人でXに馬乗りになって絞殺した。自分は堀の後ろから見ていた[61] 人を窒息死させるには、気道・頸動脈を閉塞させるような強い力で3分以上首を絞め続ける必要があり[155]、堀の供述するような姿勢でそのようなことが起こることはありえない[145]
    捜査段階で当時8歳の長男が「父Xは1人の男に羽交い締めにされ、もう1人の大き目の体格の男が馬乗りになっていた[注 23]」と証言した点[61]、Aが「堀がXに馬乗りになっていた」と証言した点[158]、堀自身が「首を絞め続けた」と供述していることなどから見れば、(Y殺害がXに露見することを防ぐためにも)堀がXの首を絞めたことは間違いないと言える[159]
    Z襲撃について 堀あるいはAが単独、もしくは2人でZの首を絞めて殺害しようとした[160]
    • (弁護人)Zの首を絞めようとしたのはAで、堀はそれを止めようとした。殺意はなく、強盗致傷罪にとどまる[160]
    • (堀)自分がいったんAと被害者から目を離し、リビングダイニングでインターホンを壊そうとしていた[注 69]ところ、寝室[注 70]から「バタン」という音が聞こえたので、様子を見ると、Aが被害者に馬乗りになって首を絞めていたので、何度もやめるよう言った[162]
    堀から車を取ってくるよう言われ、戻ったら堀がZの首を絞めていた[78] Zは3 - 5分程度にわたり、強く首を絞められており、これは殺人の実行行為に当たる[163]。首を絞めたのが誰なのかは特定できないが[164]、堀の供述は、客観的証拠(自身の近くで被害者がAに首を絞められ続けていたこと)と一致せず、堀が事件後に証拠隠滅を図るなどしていたことなど[注 71]を併せれば、信用できない。仮にAが1人で被害者の首を絞め続けていたとしても、3 - 5分間にわたり、堀はあえてそれを制止しなかったことなどから考えれば、堀には強盗殺人罪の成立が認められる[166]

    また、守山事件について検察官は、事実認定に関する中間論告後の2015年11月27日、名古屋地裁の勧告を受けて以下のように、予備的な訴因を追加する訴因変更を行った[160](訴因変更で下線部分を追加、打ち消し線部分を削除)。このため、後に開かれたAの公判でも、守山事件については起訴当初の罪状(強盗致傷罪)から強盗殺人未遂罪への訴因変更が行われたが、Aへの判決では強盗致傷罪が認定された[167]

    被告人は、甲(本文中A)と共謀の上、金品を強取する目的で、平成18年7月20日午後零時20分頃、建設会社の従業員を装って、C(本文中Z)方にその玄関から侵入し,その頃、同所において、Cの顔にガムテープ様のものを巻き付けるなどした上、殺意をもって、被告人若しくは甲又は被告人及び甲の両名が同人の頸部をロープ様のもので強く絞めつけるなどしてその反抗を抑圧し、同人所有の現金約2万5000円及び耐火金庫等12点(時価合計約39万円相当)を強取したものの、同人に入院加療56日間を要する両肩関節運動障害等の傷害を負わせるにとどまり、殺害の目的を遂げなかったものであるが、甲においては、強盗の犯意を有するにとどまったものである — 検察官、[160]

    12月4日の論告求刑公判で、検察官は堀に死刑を求刑[149][168]。同日の最終弁論で弁護人は死刑回避(無期懲役の適用)を求め、結審した[168]

    死刑判決

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    2015年12月15日に判決公判が開かれ[8]、名古屋地裁刑事第4部(景山太郎裁判長)[120]は求刑通り、被告人・堀慶末に死刑を言い渡した[8]。名古屋地裁 (2015) は、堀と共犯者との間の共謀の成立や、堀の被害者3人に対する殺意の成立をいずれも認定した[8]上で、量刑理由では本事件について、「2人の生命を奪った結果は極めて重大だ。堀は本事件では、強盗はともかく、殺害までは当初から計画していたとまではいえないが、犯行の遂行・発覚防止のため、事態の推移に応じて次々と夫婦2人を殺害し、当初の強盗計画を遂行した(殺害行為は偶発的なものではない)。このような行動には、生命軽視の態度が顕著に現れており、殺害の計画性がなかったことは、必ずしも死刑を回避すべき決定的な事情とは言えない」と指摘した[169]。また、守山事件についても「殺意は強固で、非力な高齢女性に対する卑劣な犯行だ。犯行を持ちかけたのが堀かAかはさておき、堀が金銭を得るために強盗に及んだことは明らかで、犯行の遂行と発覚防止のために被害者Zを殺害しようとしたことも利欲的で身勝手極まりなく、酌量の余地はない。殺害の計画性があったとまでは言えないが、本事件で夫婦を殺害した堀らにとって、同様に民家に押し入る強盗を行えば、被害者の殺害に及ぶような事態が起こりえることは容易に想像できたにも拘らず、堀はZ宅を犯行場所に選んで再び強盗におよんだ。このような人命軽視の態度には、最も強い非難が向けられるべきである」と指摘[170]。その上で、「現時点でも被害者を殺害した(しようとした)事実を否認し、客観的事実に反する不合理な弁解をしており、いまだ自分の罪に向き合わず、反省が深まっていないことを鑑みれば、死刑の選択を躊躇する事情はない」と結論づけた[171]東海3県で裁判員裁判によって死刑判決が言い渡された事例は、同年に同じ名古屋地裁で言い渡された蟹江一家3人殺傷事件の第一審判決以来、2件目だった[172]

    堀の弁護人は判決を不服として翌日(12月16日)に名古屋高等裁判所控訴[173]、控訴審でも共犯者との共謀を否定したが[174]、2016年(平成28年)11月8日に名古屋高裁刑事第1部[175]山口裕之裁判長)で控訴棄却の判決を言い渡された[20][176]

    堀と弁護人は同日付で最高裁判所上告[177]、弁護人は上告審でも共犯者との共謀を否定したが[178][179]2019年令和元年)7月19日に最高裁第二小法廷山本庸幸裁判長)で上告棄却の判決を言い渡された[13]。そして、同年8月7日付の同小法廷決定[180]により、この上告審判決に対する訂正申立を棄却されたため、死刑が確定した[14]

    2020年(令和2年)9月27日時点で[181]、堀慶末(現在49歳[注 2])は死刑囚として名古屋拘置所収監されている[15]

    闇サイト事件の扱いについて
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    なお、日本国憲法第39条は「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」として、「二重処罰の禁止」を明文化している[注 72][184]

    ただし、最高裁大法廷は1966年(昭和41年)7月13日に、窃盗事件の上告審判決で「いわゆる余罪について、単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、憲法に違反しない」と判断している[184][参照:昭和40年(あ)第878号][185]。このため、丸山雅夫(南山大学法科大学院教授・刑事法)は、「本事件の公判で、検察は情状面に関する主張で闇サイト事件について言及する可能性もある」と指摘していたが[186]、第一審で検察官は闇サイト事件については言及せず[注 73][188][187]、第一審・控訴審判決のいずれも、闇サイト事件についての言及はなかった[8][189]。しかし、検察官は上告審の弁論(2019年6月14日)で、「碧南事件(本事件)と闇サイト事件が同時に審理されれば死刑判決が想定されるにもかかわらず、審理の順序で死刑回避となれば正義に反する」と述べている[190]

    共犯者Aの審理

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    共犯者A(本事件・守山事件)の公判は2016年1月7日の初公判以降、計11回にわたり開かれた[191]。公判で、Aの弁護人は「夫婦宅の金を奪うことは計画しておらず、『堀にバカにされたくない』と虚勢を張ってYを殺害した(Y殺害は強盗目的ではない)。Xの殺害には関与していない」と主張した[192]ほか、守山事件については「本事件(碧南事件)の取り調べ初日に犯行を申告しており、自首が成立する」と主張した[193]上で、「Zの首を絞めたのは堀で、Aは堀から『首を絞めるのを代わってくれ』と頼まれ、首を絞めるふりをしただけで、殺意および殺害の共謀はなかった」と主張した[194]。一方、検察官は同年1月25日の公判で「Aの刑事責任は堀とわずかな差しかない」として、被告人Aに死刑を求刑した[192]

    しかし、2016年2月5日の判決公判で[195]、名古屋地裁刑事第4部(景山太郎裁判長)は[121]、被告人Aに無期懲役を宣告した[195]。名古屋地裁 (2016) は、Yへの殺害について「強盗を行う意図があり、強盗殺人罪が成立する」[196]、Xの殺害についても「堀がXを絞殺する際、Xの身体を押さえたと認められる」とそれぞれ認定[194]。一方で、守山事件については、「被害者Zの供述は事件直後から一貫しており、信用性が高いが、Zはその中で、Aが自分の求めに応じて目のガムテープを外したり、『ごめん』と謝ったりするなど、殺害と結びつきにくい行動も取っていた旨を述べている」[注 35]と指摘した上で、「Aの行為は、弁護人が主張するようにZの首を絞めるふりをしただけと認められる。その意図はともかく、結果的にZへの殺意を有していた堀を欺き、さらなる殺害行為を阻止することで、Zが一命をとりとめたことに貢献した可能性もあるため、この行為をもって殺害の共謀を認定することはできない」として、「Zへの殺意、およびZに対する殺害の共謀は認められず、堀との共謀は強盗の犯意にとどまる」と認定した[194]。そして、量刑の理由については「夫婦への殺害行為は堀が主に実行したり、堀がAに命じて行わせたものだ。Aは夫婦殺害で重要な役割を果たしたが、殺害の計画性は認められず、関与は従属的である。後の守山事件ではZへの殺意を有していなかったこと、同事件で自首し、事件の解明に相当程度寄与するなどした点を考慮すれば、死刑を選択することが真にやむを得ないとまでは認められない」と結論づけた[197]

    名古屋地検は控訴を断念し[198]、Aおよび弁護人も控訴期限(2016年2月19日)までに控訴しなかったため、無期懲役が確定した[199]

    共犯者Bの審理

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    共犯者B(本事件のみ)の公判は2016年2月16日から開かれ、弁護人は「BはY殺害の現場にはおらず、Xの殺害にも関与していない」と無罪を主張した[200]ほか、被告人Bは被害者に対し「申し訳なく思う」と発言した一方、事件に関する質問については黙秘した[201]。一方、検察官は同年3月16日の公判で、「死刑を求刑された共犯(堀およびA)に比べ、関与の度合いが相対的に低い。軽度の知的障害が意思決定に影響している可能性もあるが、2人の命を奪った結果は非常に重い」として、被告人Bに無期懲役を求刑した[201]。一方、弁護人は同月17日の公判(最終弁論)で、「Bは軽度の知的障害があり、計画への関与も従属的だ。Y殺害には関与していない(仮に関与していたとしても共犯の指示に従っただけ)上、X殺害もただ見ていただけだ。無罪を主張するが、仮に有罪だとしても懲役10年が相当だ」と主張した[202]

    2016年3月25日の判決公判で[203]、名古屋地裁刑事第4部(景山太郎裁判長)[122]は求刑通り、被告人Bに無期懲役を宣告した[203]。名古屋地裁 (2016) は、Bが逮捕直後の取り調べで、犯行経緯・状況について説明した際、自ら具体的な状況を交えつつ、「Yの首に巻いた紐を引っ張って殺害したのは自分とAだ」とほぼ一貫して述べた点や、Aも同様に「堀が不在の間、自分とBがYの首にロープを巻き付け、両端を引っ張りあって絞殺した」という供述をしていることなどを踏まえ、「BはYの殺害を実行したと認められる」と認定[204]し、Xの殺害についても、事件を目撃した長男の「1人の男(=堀)が馬乗りになり、ピンクの手袋を嵌めていた男(=B)はもう1人(=A)とともに父の腕などを押さえていた」という証言[注 23]や、捜査段階でB自身が「自分もXの足か腰を押さえた」という供述などを踏まえ、「BはXを殺害する際、体を押さえたと認められる。それを抜きにしても、堀やAがXを殺害するのを知っていながら止めなかった以上、共謀した事実が認められる」と認定した[205]。また、「事件現場に向かう途中、Bは1時間以上にわたり、堀やAを自分の車(クラウン)に乗せていたが、堀やAは車内で犯行計画について話し合っていた。Bだけがそれを知らないことは当然考え難く、現にBはX宅に侵入後、子供たちを監視したほか、夫婦を殺害した後、堀ら2人とともにXが店長を務めていたパチンコ店に向かい、奪った金品を2人と等分したり、堀が見つけた金庫をともに持ち出すなどしていたため、強盗についても共謀が成立する」と認定[206]。そして、量刑理由で「殺害の計画性が認められないことや、Bの関与は堀やAに比べて従属的であり、軽度知的障害が犯行に関与する意思決定に影響した可能性があることなどを考慮すると、死刑を選択することが真にやむを得ないとまでは言えない。弁護人は『守山事件で強盗致傷罪にも問われたAに比べ、犯情は軽い』と主張するが、本件のみでも基本的に無期懲役が相当で、酌量減軽の余地はない」と結論づけた[207]

    Bの弁護人は名古屋高裁へ控訴し[208]、控訴審でも改めて無罪を主張した[209]が、名古屋高裁刑事第2部[210]村山浩昭裁判長)は同年12月19日に控訴棄却の判決(第一審判決を支持)を言い渡した[211]。弁護人は翌日(12月20日)に最高裁へ上告した[212]が、最高裁第一小法廷(小池裕裁判長)から2018年(平成30年)6月20日付で上告棄却の決定が出されたため、無期懲役が確定した[213]

    被害者遺児のその後

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    被害者夫婦 (X・Y) の息子2人(当時8歳の長男・同6歳の次男)は事件後、母方のおばに引き取られ、愛知県内の数か所[注 74]で暮らした後、次男が小学校3年生のころ[注 75]に別の地方に移った[215]。しかし、2人の未成年後見人として夫婦の遺産(約6,000万円)を管理していたおばは、遺産を使い込み、2011年(平成23年)1月に破産して行方を眩ました[215]。一方、次男(2012年時点で20歳)は事件のことを知って以降、精神的に不安定になり、入学した高校を3か月で中退して暴走族に入るなど、生活が荒れた時期もあったが、建築関係の仕事に就職[215]。2011年春に結婚し、1人息子(被害者夫婦の孫)が誕生している[215]。その後、2人(2015年12月15日時点で長男は25歳・次男は24歳)は被害者参加制度を利用し、本事件の審理に参加した[217]

    脚注

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    注釈

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    1. ^ a b c 事件現場となった住宅の所在地は、『中日新聞』(1998年および2012年)では「碧南市油渕町4丁目」とされている[1][2]ほか、ゼンリン住宅地図(1998年版)によれば、被害者Xの住宅(事件現場)の住所は「碧南市油渕町4丁目28番地1」である[3]。同宅は1989年(平成元年)末に新築され[4]、前には飲食店などが並んでいた[5]。事件後、X宅は2011年(平成23年)秋ごろまで空き家だったが[6]、後に解体され、2012年時点で跡地には新しい住宅が建っている[7]
    2. ^ a b c d e 堀は1975年昭和50年)4月29日生まれ[10]。本事件の被疑者として逮捕された2012年8月3日当時は、無期懲役刑(闇サイト殺人事件の刑事裁判で確定)の受刑者として、名古屋拘置所に収監されていた[11]
    3. ^ 守山区(Xのパチンコ店があった尾張旭市に隣接)やその周辺[4]。『中日新聞』 (2012) は、当時の3人について「守山区内のアパートに頻繁に集まっていた」と述べている[23]
    4. ^ 堀の次兄は同月ごろ、堀(5人兄弟の末っ子)に対し、「6月末までに、(堀が滞納して)自分が肩代わりしているローンの残金百数十万円を全額払え」と強く求めてきた[24]
    5. ^ 『中日新聞』 (2012) は、「Aは堀から『300万円の借金がある』と言われ、犯行に誘われた旨を述べている」と報じている[23]。当時、堀は飲み代で月に20数万円 - 60万円を遣っていたほか、妻とは別の女性と浮気関係にあり、憤慨した妻によって家を追い出されたが[25]、その後もクレジットカードキャッシングや消費者金融からの借金を繰り返し[26]、遊興費欲しさに同居していた浮気相手の財布から現金を盗むこともしていた[24]
    6. ^ 共犯者A(2016年に無期懲役が確定)は1976年(昭和51年)生まれ[29]
    7. ^ Aは堀に対し、「人を殴り殺したことがある」と話していたが、これは実際にはAの先輩がやったことだった[28]
    8. ^ Xは生前、同店を経営する会社の営業部長を務めており、(堀らが目をつけた)尾張旭市内の店舗に責任者として派遣されていた[1]。堀は自著 (2019) で「一部報道では、自分がこの(Xが店長を務めていた)パチンコ店の客だったとされているが、一度も店に入ったことはない。店舗の下見と、Xの尾行のために(少なくとも5回)行ったにすぎない」と述べている[31]
    9. ^ a b 共犯者B(2018年に無期懲役が確定)は1969年(昭和44年)生まれ[29]。Bは鹿児島県枕崎市出身で、地元の職業訓練校を卒業後、17歳で名古屋へ働きに出たが、本事件後の2001年(平成13年)にパチンコで借金を抱えるなどして生活が荒れたため、両親によって枕崎へ連れ戻された[32]
    10. ^ Bは堀やAと同じく金に困っていた一方、堀とは旧知の仲かつ口下手だったため、堀は「Bなら、もし誘いを断られても口外しないだろう」と考えた[33]。また、堀・Aの両名とも当時は運転免許を持っていなかったため、免許を持っているBは好都合な存在だった[34]
    11. ^ Xは普段、パチンコ店の寮で寝泊まりしていたが、休日の前日は自宅に帰っていた[35]
    12. ^ レクサスブランドの日本上陸は事件後の2005年。
    13. ^ ポリバケツは粘着テープとビニール紐を入れた状態でAが持ち、Bは釣り竿を持った[45]。また、堀は包丁の入ったバッグを持ってX宅に向かった[45]
    14. ^ a b X宅の数十 m南には高浜川が流れていた[53]
    15. ^ 事件当日、現場付近を流れる大きな河川[注 14]には釣り人が多くいた[45]。また、事件当時には実際に、「事件当日(6月28日)の昼ごろ、不審な3人組が釣り竿とバケツを持ってX宅周辺を歩いていた」という目撃証言があった[42]
    16. ^ Bはこの間、子供2人と遊んだりしていた[48]
    17. ^ ただし、堀は自著 (2019) で、「Yから軍手を外すよう勧められた。その言葉で軍手を外したかどうかまでは記憶がないが、逃走時に自分たちが飲食に用いた食器や煙草の吸殻を持ち帰ったことからすれば、軍手を外した可能性はある」と述べている[48]
    18. ^ 事件現場に近い碧南市油渕町1丁目12番地には碧南警察署の西端駐在所がある[50]
    19. ^ 堀は「Xを脅した後ですぐに行動できるよう、クラウンをもっとX宅に近い場所へ移しておこう」と考え、クラウンを堤防道路に移動した[54]
    20. ^ 20時過ぎごろ、YはX宅(自宅)に掛かってきた電話[40](碧南市内の男性からの電話)に応答しているが、この時は通常(すぐ電話に出ていた)とは異なり、10回ほど呼び出し音が続いていた[56]
    21. ^ 名古屋地裁 (2015) によれば、堀は23時23分ごろ[57](23時20分過ぎ)[56]、Yの生存を偽装するため、X宅の固定電話を利用して電話を掛けた[57]。また、堀も自著で「自分はYを殺害した後、(Xの帰宅を待ち伏せている間)、リビングの電話を使い、PTAの名簿にあった電話番号のうち1つに電話を掛けた。捜査記録によれば、発信時刻は23時23分ごろで、通話時間は14秒間だった。なぜこのような行動を取ったかはわからないが、(Yの生存を偽装して)捜査を撹乱しようとしたのかもしれない」と述べている[58]。その通話先の市外局番「0566-48」は碧南市の一部地域と安城市東端町で使われている番号だった[56]
    22. ^ 堀は「実際に(財布に)入っていた現金は5万数千円だ。A・Bが20,000円ずつ受け取り、残る1万数千円を自分のものにした」と述べている[59]
    23. ^ a b c Xが襲撃された時、父Xに起こされた長男は父とともに1階に降り、堀たち3人に襲われている父を目撃したが、3人のうち、Xに馬乗りになっていた大柄な男から「寝てていいよ」と言われ、寝かしつけられた[60]。名古屋地裁 (2015) では、その馬乗りになっていた男は体格や、共犯者Aの証言から「堀であると推認できる」とされている[61]
    24. ^ 小型耐火金庫で、堀はその鍵を探したが、発見できなかった[59]
    25. ^ この時はまず、2人の遺体を玄関まで運び、堀がXの車(レクサス)を玄関前に横付けしてから、3人で遺体をレクサスのトランクまで運んだが、人目を気にして遺体にバスタオル(堀が「Xを死なせた凶器」と主張している)をかぶせていた[62]
    26. ^ 堀は「自分とAは和室で、枝豆を食べたり、箸を使ったりする際に片手の軍手を外していたが、ハンバーグの皿はもう片方の(軍手を嵌めたままの)手でしか触っていなかった。事件当時の自分の知識では、箸でつついただけで皿にDNA型が残るなどとは考えられなかっただろう。枝豆の殻も、そこから指紋が検出されるとは思わなかった」と述べている[65]
    27. ^ この時は堀がXのレクサスを運転し、同車にAが同乗していた[67]
    28. ^ 碧南市大久手町を通る県道は愛知県道295号道場山安城線のみで、同町内の交差点を左折して北上すると、愛知県道47号岡崎半田線(主要地方道/西方に進むと高浜市方面へ向かう)に突き当たる。
    29. ^ 遺棄現場(高浜市湯山町4丁目)[68]は、X宅(碧南市油渕町4丁目)[1]から車で約10分ほどの場所に位置する[67]。愛知県警の捜査により、犯人(=堀たち)はまずX宅周辺の道路を何周かした後、畑の間を抜ける路地を経由し、碧南市大久手町の交差点で県道を左折[注 28]した上で、主要地方道を通るなどして遺棄場所に着いたとされる[56]
    30. ^ a b 事件解決時点で死体遺棄罪は公訴時効(3年)が成立していた[2]
    31. ^ 3人はパチンコ店の通用口から侵入を試みたが、通用口には鍵以外に防犯装置が設置されており、その解除方法がわからず、侵入を断念した[69]。また、堀は「Xから奪った鍵束の鍵を使って店のドアを解錠しようとしたが、どの鍵も店の錠に合わなかったので侵入に失敗した。しかし、取調官から『奪った鍵束の中に店の鍵があったようだ』と聞かされた」と述べている[67]
    32. ^ 堀 (2019) は「Z宅は年配の女性の1人暮らしで、『年配女性が家を新築するぐらいだから、それなりに財産がありそうだ』と考えて標的に選んだ。住民に危害を加えるつもりまではなかった」と述べている[74]
    33. ^ ただし、堀は自著 (2019) で、「自分は2006年7月当時、生活に困窮するほど金銭に困っていたわけではなかった。Aが自分に対し『カネに困っている。何か(犯罪を)やらないか』と持ちかけてきた。自分は碧南事件(本事件)のことを思い出して躊躇いを感じたが、碧南事件は自分の都合が発端になっていたことを考えると、Aの誘いを断ることはできず、誘いに乗った。その翌日、自分が約2年前に外壁工事をした現場(Z宅)を思い出し、そこに押し入り強盗しようと決めた」と述べている[75]
    34. ^ Zは「堀が点検を終えて、見送ろうとしたところ、Aが玄関への通路に立ちふさがり、紙袋から出した包丁を脇腹に突きつけてきた。そして寝室に連れて行かれ、Aによってガムテープを目や首に何重か巻かれた」と供述している[76]
    35. ^ a b 守山事件で、AはZに対し「ごめん」などと言うことがあったほか、Zが「目の手術をしたばかりなので、目にガムテープを貼るのはやめて」と言うと、顔からガムテープを外したりした[73]。名古屋地裁 (2015) は、Zが一貫してこのようなAに有利な内容の供述をしている点から、「Zの供述は信用性が高く、AがZへの殺意を有していなかったことを窺わせる事情とも合う」と指摘している[77]。一方、Zは「キャッシュカードの暗証番号を訊かれた記憶はないが、『娘が管理しているので分からない』と言ったことがあった」という旨を述べている[73]
    36. ^ Aは12時40分過ぎごろにZ宅の駐車場に軽自動車を駐車したが、その後はZ宅に入らず、少なくとも4, 5分は運転席に座っていた[78]
    37. ^ Zが首を絞められたのは、堀とAが「(近くに駐車したAの)車を取ってこようか」という会話を交わしてから、2人がZ宅を立ち去るまでの間である[78]。また、名古屋地裁 (2015) はZの搬送先病院の主治医の証言や、搬送時のZの写真から、「Zは細い紐状の物で、かなり強い力により3 - 5分程度にわたり、首を絞められ続けた」と認定している[78]
    38. ^ 堀がかつてZ宅の工事の際に使った現場の手配書・図面などの書類[74]
    39. ^ 堀 (2019) は「その時点では、まだZは気を失っていたようだった」と述べている[79]
    40. ^ しかし、金庫の中に金目のものはなかった[79]
    41. ^ 現金の引き出しはAが行おうとしたが、暗証番号がわからず失敗した[80]
    42. ^ 入院加療56日間を要する両肩関節運動障害などの傷害[82]
    43. ^ Aが「処分できない」と言ったため[80]
    44. ^ 中日新聞』 (2012) は、堀が起こした本事件と闇サイト事件について「闇サイト事件の際、堀は無期懲役が確定した共犯者と(被害者を拉致する3日前に)知り合ったが、この時は堀が以前から面識のあったパチンコ店の常連客を『大金を持っていそうだ』として尾行し、襲う計画だった。しかし防犯カメラが多いため中止し、女性の拉致計画に変わった」と述べ、「闇サイト事件の経緯には、本事件との類似点がある」と指摘している[86]
    45. ^ 近藤は2007年4月以降、名古屋地裁刑事第6部で部総括判事(合議体の裁判長)を務めていた[93]
    46. ^ 闇サイト事件の共犯者のうち、事件直後に自首した1人は、強盗殺人など(3被告人共通の罪状)のほか[21]、殺害前に被害者を強姦しようとしたとして強盗強姦未遂罪などにも問われ、堀ら2人とともに死刑を求刑された[21]。しかし、第一審では「刑事責任は(死刑を適用された)堀ら2人と比べ、量刑上、特に景趣の選択を分かつほどの差異を設けるべき事情は見い出せない」[94]とされたが、「当事件は犯罪の発覚・逮捕が困難であり、自首によって共犯者の逮捕や、その後に起こり得た犯罪も阻止した」とされ、無期懲役(求刑:死刑)を言い渡された[21]。検察官および被告人の双方が控訴したが、控訴審でも(双方の控訴棄却により)無期懲役が維持され[95]、確定した[96]。一方、堀とともに死刑を宣告された1人はいったん控訴したものの、後に自ら控訴を取り下げた[97]ため、死刑が確定した(2015年に名古屋拘置所で死刑執行)[98][99]
    47. ^ 名古屋地裁 (2009) は、「闇サイトで集まった匿名性の高い集団による犯行は、発覚や逮捕が難しく、社会の安全にとって重大な脅威だ。厳罰で臨む必要性が高い」と判断した[94]
    48. ^ 刑法第51条「併合罪について二個以上の裁判があったときは、その刑を併せて執行する。ただし、死刑を執行すべきときは、没収を除き、他の刑を執行せず、無期の懲役又は禁錮を執行すべきときは、罰金、科料及び没収を除き、他の刑を執行しない」(参照)に基づく。執行事務規程第32条において、「第11条第1項の場合において、死刑確定者が自由刑の執行中であって刑法第51条第1項ただし書の適用があるときは、刑執行取止指揮書により自由刑の執行を取りやめる旨を指揮(中略)する。」と規定されており[103]、検察官が同規定に則ってその指揮を行う[104]
    49. ^ その後、同月5日には男性の遺体の身元はXと断定され[105]、6日には女性の遺体の身元もYと断定された[106]
    50. ^ Xが生前、ほとんど週末にしか帰宅していなかったことや、その仕事柄から、県警は「パチンコ絡みの犯行」として捜査していた[107]。また、遺体の入ったレクサス[63]が住宅地の袋小路に放置されていたことから、「犯人は土地勘のある人物である可能性が高い」として捜査していた[107]が、実際に逮捕された堀ら3人はいずれも事件現場周辺への土地勘はなかった[108]
    51. ^ 2010年(平成22年)4月27日に公布・施行された改正刑事訴訟法により、人を死亡させた罪で、(法定刑の最高が)死刑に当たる罪(殺人罪強盗殺人罪など)については公訴時効が廃止された。
    52. ^ 「未解決事件専従捜査班」とする報道もある[112]。特命捜査係は本事件が解決した2012年8月時点で、21人体制で33事件の再捜査を行っていたが、被疑者逮捕は本事件が初の事例だった[113]
    53. ^ 堀のDNA型は闇サイト事件で逮捕された直後に採取され[114]警察庁のデータベース(2005年より運用開始)に記録されていた[112]
    54. ^ 碧南事件の発生当時、堀と交友関係のあった人物は数十人に上、居場所の特定に時間を要した[111]。また、県警は捜査状況を共犯者に知られないよう、慎重に捜査した[111]
    55. ^ Aは2009年、群馬県本籍地)にて覚醒剤取締法違反容疑で逮捕された[23]。その後、覚醒剤取締法違反・大麻取締法違反の罪により、同年7月14日に前橋地方裁判所で懲役3年6月+罰金50万円の判決を受け(同月29日に確定)[115]、碧南事件で逮捕された当時は関東地方刑務所に服役していた[11]
    56. ^ 県警は同日、守山警察署に特別捜査本部を設置した[17]
    57. ^ 地検は堀については「被害者への殺意があった」と判断した[119]一方、Aについては「殺意が認められない」として、強盗致傷罪で起訴した[18]
    58. ^ なお、この統計では被害者の中に強盗殺人ではなく、殺人の被害者が含まれる場合もある[125]
    59. ^ そのうち、6件は「当初は窃盗ないし強盗の目的であったが、犯行現場における様々な経緯により強盗殺人を犯した事案」で、5件は「家人等に気づかれて殺害に及ぶ場合(同一機会に2名が殺害されている)」である[127]
    60. ^ うち2件は「殺害方法が特に残虐であって極めて強固な殺意に基づく犯行」(「事件一覧表」17番:寝屋川夫婦殺害事件など)で、もう2件(同96番:宮代事件など)では放火を、残り1件では強姦を伴っている[128]
    61. ^ 例 - 「事件一覧表」128番(京都・大阪連続強盗殺人事件)、137番(中村橋派出所警官殺害事件)、332番(大阪姉妹殺害事件)など[129]
    62. ^ それらの例には、犯行前に何名と認識していたわけではないが、犯行場所にいる者を殺害して金品を奪う目的で犯行に及び、2名に対する強盗殺人を犯した場合も含まれる[130]
    63. ^ 第2回公判(11月4日)[133]では、被害者夫婦の長男が証人として出廷[134]。その後、11月5日[135]および6日の公判では検察官の証人としてAが出廷し[136]、11月9日[137]・10日の公判では堀への被告人質問が行われた[138]。同年11月11日以降は守山事件の審理が開かれ[139]、11月16日の公判ではAが証人として出廷[140]。11月17日には(守山事件に関する)堀への被告人質問が行われ[141]、11月19日の第12回公判(中間論告・弁論)をもって、碧南事件および守山事件の証拠調べは終了した[142]。その後、第13回公判(12月3日)では[143]、情状面の審理が行われ、検察官・弁護人のほか[144]、被害者夫婦の長男の代理人弁護士による被告人質問や、情状証人(当時78歳の堀の母親)への尋問が行われた[143]
    64. ^ また、堀は警察官の取り調べに対し、警察官が準備した複数の紐を実際に手に取って確かめ、(太さ・形状・材質・感触から)殺害に使用した紐とほぼ同じ物と思った紐を選び出していた[145]
    65. ^ Yらが警察などに通報したり、逃走したりしないよう監視するため[153]
    66. ^ 抵抗を排除して強盗を遂行し、犯行の発覚も防ぐため[153]
    67. ^ 名古屋地裁 (2015) は「仮に堀の与り知らないところで、AやBがYを絞殺したのならば、何か突発的な事態が生じた場合と思われる」とした[152]上で、「Yは殺害された当時、見知らぬ男2人(A・B)とともに居宅内にいたため、自分や幼い子供2人を監視されている状態だった。そのような状況下、Yは自分たちに危害がおよぶことを回避するため、堀たちの意に反さないような行動を取らざるを得ない状況であり、何らかの行動を起こすことは考えにくい」と指摘し、「突発的な事態が生じたことにより、AらがYの殺害を決意した可能性は極めて低い。また、もしそのようなことが起きた場合、当然堀はAたちを咎めたりするはずだが、そのようなことはなく、むしろその状態を冷静に利用し、強盗の目的を遂げるための行動に出ている」と結論づけた[156]
    68. ^ 弁護人は「堀らの計画上、Xから店の鍵を奪うだけでなく、鍵の開け方やセキュリティシステムの解除方法などを訊き出す必要があり、仮にXを殺害してしまえば計画が頓挫するため、殺害の共謀はありえない」と主張したが、名古屋地裁 (2015) は「堀らはYの死体を和室に放置したまま、Xの帰宅を待ち伏せている。XがYの死を知れば、容易に情報を得られないことは想像に難くないため、堀らは『Xから鍵さえ奪えればいい』と安易に考えていたと思われる。実際、堀らは犯行後、奪った鍵を持って店に赴いている」として、その主張を退けた[146]
    69. ^ 堀は「Z宅のインターホン(モニター付き)には、録画機能があるかもしれない」と考えたため、インターホンを強引に取り外した[161]
    70. ^ リビングダイニングは玄関の東側にあり、寝室はリビングダイニングの北側に隣接していた[73]
    71. ^ 名古屋地裁 (2015) はこのほか、Aが被害者の目隠しとなるガムテープを外すなど、関与に消極的だったことを挙げた上で、「堀とAがいったんZ宅を出た後、再びZ宅に戻ろうとしたこと(仮にZが生きていれば、意識を取り戻したZや通報で駆けつけた警察官と鉢合わせする危険性がある行為)を取っていたことなどから、堀はZが死亡したことを前提に行動していたと見るべきである」と指摘した[165]
    72. ^ 判決公判後、審理に関わった裁判員の1人は記者会見で「闇サイト事件と本事件・守山事件を切り離して考えた」と述べた[182]一方、刑事法を専門とする只木誠中央大学法科大学院教授)は「裁判員らは本事件および守山事件だけで死刑の結論を導き出したが、堀の性格や経歴を推知する資料として、闇サイト事件を参考にした可能性はある」と指摘している[183]
    73. ^ 第一審判決前に『朝日新聞』の取材に対し、検察幹部は「碧南事件だけでも極刑に値する。8年後に守山区でも(強盗殺人未遂)事件を起こしており、犯情は悪質」と、弁護側は「闇サイト事件を理由に(裁判員は)死刑を選択してはならない」と述べていた[187]
    74. ^ 『中日新聞』 (2012) は「2人は事件後、愛知県岡崎市内の親類宅に引き取られた」と報道している[214]
    75. ^ 2000年(平成12年)ごろ。次男は中学生時代、図書館のパソコンで新聞記事を検索したことにより、それまで周囲から「海外旅行に行っている」「仕事が忙しい」と聞かされていた両親が殺害されたことを知っている[215]が、『読売新聞』は「(事件のことを知る以前から)両親がこの世にいないことを感じ取っていた」と報じている[216]

    出典

    [編集]
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    5. ^ 毎日新聞』2012年8月6日中部朝刊社会面27頁「愛知・碧南の夫婦強殺:堀容疑者ら「遺体、2台で捨てた」 住民、不審車を目撃」(毎日新聞中部本社 記者:岡大介、稲垣衆史、沢田勇)
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      • 裁判官下山保男裁判長)・柴田厚司松井修
      • 被告人
        • 堀慶末 - 営利略取、逮捕監禁、強盗殺人、死体遺棄、窃盗未遂(求刑および原判決の量刑死刑
        • 「山下」 - 同上および強盗強姦未遂、建造物侵入(求刑:死刑/原判決の量刑:無期懲役
      • 判決主文の要旨:原判決(名古屋地裁:2009年3月18日)のうち、堀に関する部分を破棄(自判)。堀を無期懲役に処し、原審における未決勾留日数370日を刑期に算入。被告人「山下」と検察官の控訴をいずれも棄却
      • 検察官
        • 名古屋地方検察庁検察官:玉岡尚志 - 被告人「山下」に対し控訴し、控訴趣意書を作成
        • 名古屋高等検察庁検察官:白井玲子・工藤恭裕 - 両被告人の控訴趣意書に対する答弁書を記載・提出、被告人「山下」に対する控訴趣意書を提出
      • 被告人の弁護人
        • 堀の弁護人:長谷川龍伸(主任弁護人)・夏目武志・稲垣高志 - 控訴趣意書を連名作成
        • 「山下」の弁護人:成田龍一(主任弁護人)・金井正成・磯貝隆博 - 控訴趣意書を連名作成、および検察官の控訴趣意書に対する答弁書を連名作成
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    191. ^ 『中日新聞』2016年1月7日夕刊第一社会面11頁「夫への殺意を否認 碧南強殺 初公判でA被告」(中日新聞社)
    192. ^ a b 『中日新聞』2016年1月26日朝刊第一社会面31頁「A被告に死刑求刑 名地裁公判 碧南強殺、来月5日判決」(中日新聞社)
    193. ^ 『中日新聞』2016年1月19日朝刊第二社会面34頁「守山の強殺未遂でA被告 殺意否認 名地裁」(中日新聞社)
    194. ^ a b c 名古屋地裁 & 2016A, Xに対する殺害の共謀及び殺意の有無等(争点〈2〉)について.
    195. ^ a b 『中日新聞』2016年2月6日朝刊第二社会面30頁「碧南強殺 A被告に無期 名地裁判決「従属的な役割」」(中日新聞社)
    196. ^ 名古屋地裁 & 2016A, Yを殺害したのが強盗目的であったか(争点〈1〉)について.
    197. ^ 名古屋地裁 & 2016A, 量刑の理由.
    198. ^ 『中日新聞』2016年2月20日朝刊第一社会面35頁「無期のA被告 検察が控訴断念 碧南夫婦強殺」(中日新聞社)
    199. ^ 『中日新聞』2016年2月22日夕刊第二社会面12頁「A被告の無期懲役確定」(中日新聞社)
    200. ^ 『中日新聞』2016年2月16日夕刊第二社会面10頁「B被告側 無罪を主張 碧南強殺初公判」(中日新聞社)
    201. ^ a b 『中日新聞』2016年3月16日夕刊第一社会面11頁「碧南強殺 無期を求刑 名古屋地裁 B被告に検察側」(中日新聞社)
    202. ^ 『中日新聞』2016年3月17日夕刊第二社会面10頁「B被告の公判 無罪主張し結審 碧南夫婦強殺」(中日新聞社)
    203. ^ a b 『中日新聞』2016年3月26日朝刊第一社会面39頁「碧南強殺で無期判決 名古屋地裁、3人目被告に」(中日新聞社)
    204. ^ 名古屋地裁 & 2016B, Yの殺害に関する共謀及び殺害行為への関与の有無について.
    205. ^ 名古屋地裁 & 2016B, Xの殺害に関する共謀及び殺害行為への関与の有無について.
    206. ^ 名古屋地裁 & 2016B, X方への立入りの目的、金品の強取に関する共謀及び関与の有無について.
    207. ^ 名古屋地裁 & 2016B, 量刑の理由.
    208. ^ 『中日新聞』2016年3月31日朝刊第二社会面30頁「碧南強殺B被告が控訴」(中日新聞社)
    209. ^ 『中日新聞』2016年10月20日朝刊第一社会面31頁「碧南強殺・B被告 無罪を主張し結審 名高裁初公判」(中日新聞社)
    210. ^ 名古屋高裁 & 2016B.
    211. ^ 『中日新聞』2016年12月20日朝刊第三社会面29頁「碧南強殺の共犯 二審も無期判決 名高裁」(中日新聞社)
    212. ^ 『朝日新聞』2016年12月20日名古屋朝刊社会面31頁「碧南夫婦殺害、被告が上告【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社)
    213. ^ 『中日新聞』2018年6月23日朝刊第二社会面28頁「碧南夫婦強殺共謀 無期判決が確定へ 最高裁上告棄却」(中日新聞社)
    214. ^ 『中日新聞』2012年8月4日夕刊第一社会面13頁「碧南夫婦強殺 息子名乗る男性ネットに思い 事件が忘れられる方が嫌だ 尊敬する人 オレと弟を守って散ったオヤジ」(中日新聞社)
    215. ^ a b c d e 『朝日新聞』2012年8月18日名古屋夕刊第一社会面9頁「裁判見届け、両親に報告する 碧南夫婦殺害、当時小1の次男 【名古屋】」(朝日新聞名古屋本社 久保田一道)
    216. ^ 『読売新聞』2012年8月9日中部朝刊社会面33頁「碧南夫婦殺害 堀容疑者、借金数百万円 穴埋め図り犯行か=中部」(読売新聞中部支社)
    217. ^ 『中日新聞』2015年12月16日朝刊第二社会面28頁「Xさん長男「当然のこと」」(中日新聞社)

    参考文献

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    堀慶末への判決文・決定

    • 第一審判決 - 名古屋地方裁判所刑事第4部判決 2015年(平成27年)12月15日 裁判所ウェブサイト掲載判例、『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28240367、平成24年(わ)第1701号・平成25年(わ)第156号、『住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件』「被告人が、共犯者2名と共謀の上、強盗目的で民家に侵入して夫婦を殺害した住居侵入、強盗殺人と、その8年後に同共犯者のうち1名と共謀の上、強盗目的で民家に侵入して1名を殺害しようとした住居侵入、強盗殺人未遂の事案につき、死刑に処した事例」。
    • 控訴審判決 - 名古屋高等裁判所刑事第1部判決 2016年(平成28年)11月8日 『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28244446、平成28年(う)第44号、『住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件』「被告人が、共犯者2名と共謀の上、強盗目的で民家に侵入して夫婦を殺害した住居侵入、強盗殺人と、その8年後に同共犯者のうち1名と共謀の上、強盗目的で民家に侵入して1名を殺害しようとした住居侵入、強盗殺人未遂の事案につき、被告人を死刑とした原判決が維持され、控訴が棄却された事例。 (D1-Law.com)」。
      • 判決主文:本件控訴を棄却する。(死刑とした第一審判決を支持/被告人側は上告)
      • 裁判官:山口裕之(裁判長)・田邊三保子・出口博章
      • 被告人:堀慶末
    • 上告審判決 - 最高裁判所第二小法廷判決 2019年(令和元年)7月19日 集刑 第326号193頁、『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28273496、平成28年(あ)第1889号、『住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件』「死刑の量刑が維持された事例(愛知の夫婦強盗殺人等事件)」。
    • 上告審判決に対する訂正申立の棄却決定 - 最高裁判所第二小法廷決定 2019年(令和元年)8月7日 『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28273501、令和1年(み)第5号、『住居侵入、強盗殺人、強盗殺人未遂被告事件』。
      • 決定主文:本件申立(判決訂正の申立)を棄却する。
      • 最高裁判所裁判官:山本庸幸(裁判長)・菅野博之・三浦守・草野耕一

    共犯者2人の判決文

    • 被告人A(碧南事件・守山事件)の判決文 - 名古屋地方裁判所刑事第4部判決 2016年(平成28年)2月5日 『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28240687、平成24年(わ)第1701号・平成25年(わ)第156号、『住居侵入、強盗殺人、強盗致傷(変更後の訴因:強盗殺人未遂)被告事件』、“【事案概要】被告人が、共犯者2人と共謀の上、被害者らの自宅に侵入し、被害者らに暴行脅迫を加えて反抗を抑圧したうえ、殺意をもって首にロープ用のものを巻きつけて強く絞めるなどして被害者ら2名を窒息により死亡させて殺害したうえ、現金を強取した強盗殺人、その他強盗殺人未遂などの罪で起訴された件につき、被告人は、被害者を殺害したのは強盗目的でなく、共謀もないと主張したが、いずれも認められるとして、被告人が無期懲役に処された事例。 (D1-Law.com)”。
      • 判決主文:被告人を無期懲役に処する。未決勾留日数中900日をその刑に参入する。(求刑:死刑/控訴せず確定)
      • 裁判官:景山太郎(裁判長)・小野寺健太・石井美帆
      • 被告人:A
      • 検察官・弁護人
        • 名古屋地方検察庁検察官:川島喜弘・武井聡士・天日崇博
        • 被告人Aの弁護人:園田理(主任弁護人)・金井正成・尾崎敦
    • 被告人B(碧南事件)の第一審判決文 - 名古屋地方裁判所刑事第4部判決 2016年(平成28年)3月25日 『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28241254、平成24年(わ)第1701号、『住居侵入、強盗殺人被告事件』、“【事案概要】Y(本文中「B」)が共犯者A(堀)及びB(本文中「A」)と凶暴のうえ、強盗目的でC(本文中「X」)方に侵入し、Cら2名を殺害し、金品を強取したという住居侵入、強盗殺人被告事件において、Yの有罪が認められたものの、殺害の計画性までは認められないこと、Yの関与が従属的で、軽度知的障害が犯行に関与する意思決定に影響した可能性があること等を考慮すると、死刑を選択することが真にやむを得ないとはいえないとされ、Yが無期懲役に処された事例。 (D1-Law.com)”。
      • 判決主文:被告人を無期懲役に処する。未決勾留日数中1100日をその刑に参入する。(求刑:同/被告人側控訴)
      • 裁判官:景山太郎(裁判長)・小野寺健太・石井美帆
      • 被告人:B
      • 検察官・弁護人
        • 名古屋地方検察庁検察官:川島喜弘・武井聡士・天日崇博
        • 被告人Bの弁護人:鬼頭治雄(主任弁護人)・小澤尚記・森川真樹
    • 被告人B(碧南事件)の控訴審判決文 - 名古屋高等裁判所刑事第2部判決 2016年(平成28年)12月19日 『D1-Law.com』(第一法規法情報総合データベース)判例体系 判例ID:28250509、平成28年(う)第166号、『住居侵入,強盗殺人被告事件』。
      • 判決主文:本件控訴を棄却する。当審における未決勾留日数中210日を原判決の刑に算入する。(被告人側は上告、後に棄却)
      • 裁判官:村山浩昭(裁判長)・大村泰平・平手一男
      • 被告人Bの弁護人:岩井羊一

    書籍

    関連項目

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    外部リンク

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    • 堀と闇サイト事件・夫婦強殺事件・強殺未遂事件”. 闇サイト殺人事件の被害者遺族によるウェブページ. 闇サイト殺人事件被害者女性の母親 (2019年7月19日). 2020年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月12日閲覧。 - 本事件の加害者である堀慶末が3つの強盗殺人・同未遂事件を起こし、本事件で死刑が確定するまでの経緯が記録されている。