第30独立機械化旅団 (ウクライナ陸軍)
第30独立機械化旅団 | |
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創設 | 1941年9月1日 |
所属政体 |
ソビエト連邦 → ウクライナ |
所属組織 | ウクライナ陸軍 |
部隊編制単位 | 旅団 |
兵科 | 機械化歩兵 |
兵種/任務 | 機甲戦 |
所在地 | ジトーミル州ノヴォフラード=ヴォリンスキー |
愛称 | コンスタンティ・オストログスキ |
標語 | 神の恵みによって |
上級単位 | 北部作戦管区 |
戦歴 |
第二次世界大戦 ハンガリー動乱 国際連合平和維持活動 ドンバス戦争 ロシアのウクライナ侵攻 |
指揮官 | イーホル・ドウハン大佐 |
第30独立機械化旅団(だい30どくりつきかいかりょだん、ウクライナ語: 30-та окрема механізована бригада)は、ウクライナ陸軍の旅団。北部作戦管区隷下。
概要
[編集]第二次世界大戦
[編集]1941年9月1日、第二次世界大戦の影響に伴い、赤軍の第83騎兵師団としてウズベク・ソビエト社会主義共和国で創設された[1]。
1941年12月から独ソ戦に投入され、枢軸国に勝利し、赤旗勲章、2等スヴォーロフ勲章、名誉称号「親衛隊」、「リウネ」を授与され、第13親衛騎兵師団に改称された[1]。
1945年5月、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国ジトーミル州に移駐した。
1945年8月、機械化に伴い、第11親衛機械化師団に改編された[1][2]。
冷戦
[編集]1956年10月、ハンガリー動乱に投入され、ハンガリー革命軍を鎮圧した。
1957年6月、装甲部隊化に伴い、第30親衛戦車師団に改編された[2]。
ウクライナ陸軍
[編集]1991年12月、ソビエト連邦の崩壊とウクライナの独立で創設されたウクライナ陸軍に編入し、第8軍団隷下に配属された[2]。
2003年10月、部隊縮小に伴い、第30独立親衛戦車旅団に改編された。
2004年7月、歩兵部隊化に伴い、第30独立親衛機械化旅団に改編された。
2006年8月、国際連合平和維持活動に参加し、コソボに駐留した。
ドンバス戦争
[編集]2014年3月、ロシアのクリミア侵攻の影響に伴い、第1機械化大隊、第3機械化大隊がクリミア共和国と接する南部ヘルソン州、第2機械化大隊がロシアと国境を接する東部ルハーンシク州に配備された。5月からドンバス戦争で東部ルハーンシク州、ドネツィク州に再配置された。長年の軍縮で弱体化していたウクライナ軍で実戦配備可能な部隊の1個だった[3]。
2014年11月、ウクライナ領土防衛大隊の第2ホリニ領土防衛大隊(第2独立自動車化歩兵大隊に改称)、第9ヴィーンヌィツャ領土防衛大隊(第9独立自動車化歩兵大隊に改称)、第10ポリーシャ領土防衛大隊(第10独立自動車化歩兵大隊に改称)が配属された[4]。
2014年12月、第9独立自動車化歩兵大隊、第10独立自動車化歩兵大隊が新編の第59独立自動車化歩兵旅団隷下に転属した[5]。
2014年12月、1個機械化大隊が新編の第54独立機械化旅団隷下に転属した[6]。
2016年8月、ソ連時代の栄誉返上に伴い、第30独立機械化旅団に改称された[7]。
2018年8月22日、ペトロ・ポロシェンコ大統領から、名誉称号「コンスタンティ・オストログスキ」を授与された[8]。
ロシアのウクライナ侵攻
[編集]東部・バフムート戦線
[編集]2021年11月からドンバス戦争でドネツク人民共和国と接する東部ドネツィク州バフムート地区に配備されていたため、2022年2月24日のロシアのウクライナ侵攻はそのまま開戦し、バフムート南のスビトロダルスクを防御した[9][10]。5月にバフムート北のシヴェルシクに再配置され、ドネツ川渡河作戦中のロシア第74独立親衛自動車化狙撃旅団の1個大隊戦術群(BTG)を全滅させた[11]。
2022年5月6日、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領から、勇気と勇敢さに対する栄誉賞を授与された[12]。
北東部・イジューム戦線
[編集]2022年8月、北東部ハルキウ州イジューム地区に再配置され、イジューム・フロマーダを防御した[13][10]。
東部・バフムート戦線
[編集]2022年10月、激戦地の東部ドネツィク州バフムート地区に再配置され、バフムート北に展開した[14][15]。
2023年3月、ロシア軍がウクライナ兵捕虜を処刑する動画が公開され、無抵抗の捕虜を処刑したということでロシア軍の国際人道法違反の可能性が指摘された。部隊は処刑されたのはバフムートで行方不明となっていた団員のティモフィ・シャドゥラではないかと表明したが、後に第119独立領土防衛旅団のオレクサンドル・マツィエウスキーだと判明したため、部隊とは特に関係はなかった[16]。
北東部・クプヤンシク戦線
[編集]2023年9月、第2機械化大隊が北東部ハルキウ州クプヤンシク地区に再配置され、12月に第14独立機械化旅団と合同で第6諸兵科連合軍の攻勢をシンキウカのキルゾーンで2週間で7回撃退した[17][18]。
編制
[編集]- 旅団司令部(ノヴォフラード=ヴォリンスキー)
- 第1機械化大隊
- 第2機械化大隊
- 第3機械化大隊
- 戦車大隊
- 第2独立自動車化歩兵大隊(リウネ)
- 第1小銃大隊
- 旅団砲兵群
- 本部中隊
- 第1自走砲大隊
- 第2自走砲大隊
- ロケット砲大隊
- 対戦車砲大隊
- 防空大隊
第30親衛戦車師団編制
[編集]- 師団司令部(ノヴォフラード=ヴォリンスキー)
- 第276戦車連隊
- 第282親衛戦車連隊
- 第325戦車連隊
- 第319親衛自動車化狙撃連隊
- 第855親衛砲兵連隊
- 第937親衛防空連隊
- 第335独立ミサイル大隊
- 第54独立親衛偵察大隊
- 第151独立親衛工兵大隊
- 第214独立親衛通信大隊
- 第108独立整備大隊
- 第1043独立補給大隊
- 第112独立衛生大隊
- 第197独立化学防護中隊
ギャラリー
[編集]著名な出身者
[編集]出典
[編集]- ^ a b c 第83騎兵師団 ヴォロネジ州立大学公式サイト
- ^ a b c 第30親衛戦車師団 The Luftwaffe, 1933-45
- ^ Ten years ago, Ukrainian Army was raised on alarm ミリタリー・ランド
- ^ Окремі мотопіхотні батальйони (раніше батальйони територіальної оборони) Ukrainian Military Pages
- ^ Інтерв’ю з заступником командира 59 мотопіхотної бригади ЗС України Ukrainian Military Pages
- ^ Мешканці Харківщини урочисто зустріли бійців 54 омбр ハルキウ州軍事委員会
- ^ ウクライナ大統領令 No. 344/2016 ウクライナ大統領府
- ^ ウクライナ大統領令 №234/2017 ウクライナ大統領府
- ^ ウクライナは新鮮な旅団をドンバスに移動させる ミリタリー・ランド
- ^ a b “Яку двіжуху я зібрав!” Пам’яті Василя Поліщука, що пішов на війну після Майдану і загинув у боях за Харківщину ノヴィナルニア
- ^ 30 ОМБр знову накрила окупантів під час форсування Сіверського Дінця (ВІДЕО) ShoTam
- ^ ウクライナ大統領令 No.315/2022 ウクライナ大統領府
- ^ ハリコフとヘルソンにおけるウクライナの反撃とその先の道 Long War Journal
- ^ On Defense In Bakhmut, Ukrainian Forces Hit From All Sides ラジオ・フリー・ヨーロッパ
- ^ 侵攻452日目 – まとめ ミリタリー・ランド
- ^ ウクライナ軍、ロシア側に銃殺されたウクライナ軍人の名前を発表 ウクルインフォルム
- ^ Recap Deployment Map changes – Week 38 ミリタリー・ランド
- ^ What’s The Definition Of Insanity? The Russians Trying The Same Failed Tank Assault Seven Times Across The Same Minefield. フォーブス