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西茂森

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本 > 青森県 > 弘前市 > 西茂森
西茂森
禅林街 曹洞宗に属する33の寺院が一本の通りに密集している。
禅林街
曹洞宗に属する33の寺院が一本の通りに密集している。
西茂森の位置(青森県内)
西茂森
西茂森
西茂森の位置
北緯40度35分55.86秒 東経140度27分29.9秒 / 北緯40.5988500度 東経140.458306度 / 40.5988500; 140.458306
日本の旗 日本
都道府県 青森県
市町村 弘前市
人口
2017年(平成29年)6月1日現在)[1]
 • 合計 571人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
036-8273
市外局番 0172[2]
ナンバープレート 弘前

西茂森(にししげもり)は、青森県弘前市の地名。西茂森一丁目から西茂森二丁目まである。郵便番号は036-8273。

地理

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長勝寺に向けて伸びる通りに、多くの寺院が立ち並ぶ。町域の北部は南城西南袋町、東部は茂森町、南部は茂森新町、西部は常盤坂茜町に接する。

観光地

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長勝寺に向けて伸びる通りに、長勝寺を含む33の曹洞宗の寺院が並び、禅林街と呼ばれる通りを形成。弘前市の観光地の一つである。

歴史

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  • 寛永末頃 – 茂森町からの入口に枡形が設けられ、長勝寺・耕春寺のほかに寺庵34と町屋6軒がある(津軽弘前城之絵図)。
  • 慶安2年 – 長勝寺・耕春寺のほかに寺院33と門前5軒があり、周囲は桑・楮畑(弘前古御絵図)。
  • 江戸期 – まだ町名自体が無く、町全体が長勝寺構と称する軍事的要衝で、隣接する茂森町との間に土居と空掘が築かれる。
  • 明治3年 – 西茂森町となり、枡形は、取り払われる。町並みは江戸期から現在まで変化はほとんど無い。

沿革

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  • 江戸期 – 弘前城下の寺院街。
  • 明治初年~明治22年 – 弘前を冠称。
  • 明治3年 – 西茂森町になる。
  • 1899年(明治22年) – 弘前市に所属。
  • 1973年昭和48年) – 西茂森町から現在の西茂森一~二丁目となり、一部が茂森新町二~三丁目になる。

施設

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教育

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  • 昭三会なかよし保育園

福祉

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  • 鷹ヶ丘老人福祉センター

寺院(禅林街

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工業

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  • 堀江組事務所

神社

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教会

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  • 天理教岩木分教会

その他

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  • 仏舎利塔 – 個人が管理していたが、現在は弘前市が管理。

世帯数と人口

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2017年(平成29年)6月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
西茂森一丁目 56世帯 157人
西茂森二丁目 179世帯 414人
235世帯 571人

小・中学校の学区

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市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。

大字 番地 小学校 中学校
西茂森一丁目 全域 弘前市立朝陽小学校 弘前市立第四中学校
西茂森二丁目 全域

交通

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茂森町、茂森南口(弘前バスターミナル – 相馬・藍内・ロマントピア線、他)停留所。

エピソード

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伊丹十三監督の映画『お葬式』の公開当時、当地の禅林街に「お葬式」と大きく書かれたポスターが一斉に貼られた。

関連項目

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脚注

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  1. ^ a b オープンデータひろさき 弘前市 町名別人口・世帯数_平成29年”. ひろさき未来戦略研究センター (2017年6月1日). 2017年6月18日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。

参考文献

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  • 角川日本地名大辞典 2 青森県(角川書店)