アレトゥーサ
アレトゥーサ(古希: Ἀρέθουσα, Arethūsa)は、ギリシア神話に登場するニュムペーである。シケリア島のシュラクーサイ近くのオルテュギアー島にあるアレトゥーサの泉に変じたことで知られる。
長音を省略してアレトゥサとも表記される。
神話
[編集]泉への変身
[編集]アレトゥーサはもともとはエーリス地方のニュムペーで、アルテミスに仕えていた。誰もが褒め称える美しい容姿を持っているのに、恋や結婚には関心がなかった。
あるときアレトゥーサは、狩りから帰るとき、疲れを癒そうとアルペイオス川で水浴びをしていた。すると突然、水の中からアレトゥーサを呼ぶ声がした。声の主は河の神アルペイオスで、アレトゥーサの魅力的な肢体に見惚れ、彼女に恋してしまったのだった。アレトゥーサは驚いて向こう岸に上がったが、服は対岸に置いたままだったので、何も着ずにそのまま逃げだした。するとアルペイオスも人の姿になり、アレトゥーサを追いかけた。走り疲れてとうとう追いつかれそうになったアレトゥーサは、捕まる寸前、アルテミスに助けを求めた。途端に、アレトゥーサの美しい肉体はみるみるうちに溶け流れ、地面に薄く広がって、水たまりのようになってしまった。願いを聞き届けたアルテミスが、アレトゥーサの体を水に変えたのだった。アルペイオスは驚き一瞬立ち止まったが、すぐさま水にもどって、アレトゥーサと混ざり合おうとした。するとアルテミスは大地を割って穴を作り、アレトゥーサはその穴に流れ込んで逃げた。地中に流れたアレトゥーサは地下水として海底の下をくぐり、やがてシュラクーサイのオルテュギアー島から泉となって湧き出した。こうして純潔を守り通したアレトゥーサは、元の姿には戻らずにその場に溜まり、アレトゥーサの泉になったといわれる[1]。
一説によれば、アレトゥーサとアルペイオスは狩人で、アレトゥーサがアルペイオスを拒んでオルテュギアー島で泉になった後、アルペイオスも川になった[2]。あるいはアルテミスがオルテュギアー島を得たときにニュムペーたちがアルテミスのためにアレトゥーサの泉を湧き出させたともいわれる[3]。
泉の伝説
[編集]古くからアレトゥーサの泉はエーリス地方のアルペイオス川と通じていて、アルペイオス川の水が海水と混ざらず、海底を通ってアレトゥーサの泉から湧き出ていると信じられていた。ピンダロスは『ネメアー祝勝歌』でこの伝説をうたっており[4]、またウェルギリウスも『牧歌』[5]や『アエネーイス』でこの伝説をうたっている[6]。ストラボーンはこの伝説について批判的だが[7]、パウサニアースはこの伝説が、アレトゥーサとアルペイオスの物語が生まれた要因だとしている[8]。
オウィディウスの『変身物語』では、アレトゥーサはハーデースに連れ去られたペルセポネーの行方をデーメーテールに告げている[9]。
その他のアレトゥーサ
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- ウェルギリウス『アエネーイス』岡道男・高橋宏幸訳、京都大学学術出版会(2001年)
- ウェルギリウス『牧歌・農耕詩』河津千代訳、未来社(1981年)
- オウィディウス『変身物語(上)』中村善也訳、岩波文庫(1981年)
- ストラボン『ギリシア・ローマ世界地誌』飯尾都人訳、龍溪書舎(1994年)
- ディオドロス『神代地誌』飯尾都人訳、龍溪書舎(1999年)
- パウサニアス『ギリシア記』飯尾都人訳、龍溪書舎(1991年)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫(2005年)
- ピンダロス『祝勝歌集/断片選』内田次信訳、京都大学学術出版会(2001年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店(1960年)