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ケーリュケイオン

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カドケウスから転送)
カードゥーケウス

ケーリュケイオン古代ギリシア語: κηρύκειον, kērukeion)またはケリュケイオンカードゥーケウスcādūceus), 「伝令使の杖」の意)、カドゥケウスとは「聖なる力を伝える者が携える呪力を持った[1]ヘルメースの杖とされており[2]、この杖が象徴するものは平和医術医学医師[2]商業発明雄弁錬金術など[3]。しばしば「杖にからむ」として表される螺旋(らせん)は生命力権威などを象徴しており、「ギリシア医療神アスクレピオスのもつ杖や,ヘルメース神の持物のカードゥーケウスにおける二重の蛇の螺旋は,いずれも超自然的な力を示す」とされる[4]。ヘルメース(ヘルメース・トリスメギストス)は科学の神[5][6]、あらゆる学芸や医学の神とされており[7][8]、カードゥーケウスの持ち主はキューピッド天使としても描かれる[9][10]

カードゥーケウスの図像は、現代では商業や交通のシンボルとして利用されることが多い[11]

概要

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カードゥーケウスというラテン語ギリシア語の「伝令」(カリュクス karyx)から派生したと推測され、王権象徴笏杖」(しゃくじょう)のように所持者を守る力があるという[1]。その多くは、大地の力を象徴する二匹のが棒を這い上がる形になっている[1]。『世界大百科事典』の「カドゥケウス」の項目によると、ギリシア神話医神アスクレーピオスが持つ蛇の絡んだ杖は「大地的治癒力」を伝える他、最も著名なカードゥーケウスはヘルメースの持物とされており、ヘルメースはこれを印として冥界地上世界・天界を往復するという[1]

本来のカードゥーケウスは、先端から伸びた二本の小枝が本体に絡む木の枝であり、水脈を探す「占い棒」(ダウジング)に近かったと見られる[1]。後に、小枝は蛇の形へと変わった[1]。ヘルメースがヘルメース・トリスメギストス(至高者ヘルメース[7])と見なされるようになると[1]、カードゥーケウスは完全性を作る力の象徴ともなった[1]。カードゥーケウスにまつわる超越的な力は、対立物(天と地・太陽男性女性硫黄水銀など)を統合して、完全性(を象徴する黄金)を作るとされる[1]

その他

カードゥーケウス(ギリシア語のケーリュケイオン、伝令使の杖[注 1])はギリシア神話のヘルメース神の携える杖であるが、一般的に使者が手にする杖でもあり、例えばヘーラーの使者であるイーリスも同じ杖を持っていた。2匹の蛇が巻きついた短い杖であり、時には双翼を上部に戴いている。古代ローマの図像表現では、神々の使者であり、死者の導き手にして商人・羊飼い・博打打ち・嘘つき・盗人の守護者であるメルクリウスが左手に持っている様が描かれることが多かった[12]

象徴物としてヘルメース(または古代ローマのメルクリウス)を表しており、その延長で、その神と結びつけて考えられる商売や職業や事業を象徴する。古代後期にはカードゥーケウスは水星を表す惑星記号の基になった。そしてそれは、占星術錬金術におけるその用法を通じて、同名の金属元素(メルクリウス=水銀)を表すようになった。この棒は眠っている人を目覚めさせ、目覚めている人を眠りにいざなうと言われる。死にゆく人に用いれば穏やかになり、死せる人に用いれば生き返るという[13]魔法の杖である。

メルクリウスおよびヘルメースとの結びつきの延長で、カードゥーケウスは現代では、釣り合いのとれたやり取りや互恵関係が理想とされる二つの領野である商取引と交渉とを表す、一般に認められたシンボルでもある[注 2][注 3]。メルクリウスと商業との結びつきは古くからのものであり、古典古代から現代まで一貫している[注 4]。カードゥーケウスは印刷を表すシンボルとしても用いられるが、やはりメルクリウスの属性(この場合は執筆と雄弁)の延長によるものである。

カードゥーケウスは医術の伝統的なシンボルであるアスクレーピオスの杖と混同されるため、特に北米では、保健医療団体や医業のシンボルとして用いられることが多い。しかしアスクレーピオスの杖の方は蛇は一匹だけで、翼が描かれることはない。

神話

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ヘルメースの黄金杖 (χρυσόρραπις) は葦笛と引き換えに[14]、あるいは友好のしるしとして[15]アポローンからもらった黄金造りの牛追い棒(または小枝)だという神話があり、『ホメーロス風讃歌』の第四番ヘルメース讃歌に謡われている[16]

文化史・医療科学史

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ヘルメースまたはメルクリウスは「科学弁舌などの[5]、「神々の使者[5]、「商業盗賊・雄弁・科学の神」などとされており[6]、また彼が司るものは「学術」・「発明」・「体育」・「旅人」・「の群れ」・「死者の魂」などであるという[17]。アスクレーピオスの杖に比べてカードゥーケウス(ヘルメースの杖)は「より商業的な紋章」(”the more mercantile coat of arms”)だとされるが、この二つの杖は何世紀にもわたって混同されてきた[18]。また紀元前3世紀~後3世紀頃の『アスクレーピオス』は、ヘルメースの教えという形式で書かれている[19]

文学芸術ではヘルメースだけでなくキューピッド(クピードー)もカードゥーケウスを持っており、そこに見られるのはギリシア神話、キリスト教新プラトン主義的な考え方などである[9]天使大天使ラファエルなど)も、カードゥーケウスを持つ姿が描写されてきた[10]

比較神話学ジョーゼフ・キャンベルの学術書によると、ヘルメースが複数の神々と同一視されるようになったきっかけはヘレニズム時代(およそ紀元前323年紀元前31年頃)であり、ヘルメースは「至高の者」(トリスメギストス)、つまりヘルメース・トリスメギストスと見なされるようになった[7]。それ以来ヘルメースはあらゆる学芸の庇護者にして教師であり、古代的な通過儀礼の支配者であり、「聖なる救済者化身」("the incarnations of divine saviors")でもあると信じられるようになった[7]。ヘルメースは両性具有の神・超性親子神母子神)とも関連付けられており[20]、例えば『ギリシア詞華集(Anthologia Graeca ad Fidem Codices)』II巻では以下の記述がある[21]

男にとってわたしはヘルメスであり、女にたいしてはアフロディテとして姿をみせる。[21]

医学博士医学史学者ウォルター・J・フリードランダーの学術書によると、古来のヘルメース自身と医学との繋がりは、さほど強くなかった[8]。その繋がりを強化したのがヘレニズム時代であると言うフリードランダーは、以下の通り記している[8]

医学と「(ヘルメース)トート」の間には非常に明確な繋がりがあり、この神は後に「ヘルメース・トリスメギストス」として知られるようになった。

("there are very definite connections between medicine and (Hermes)-Thoth, who later became known as Hermes Trismegistus".)[8]

百科事典によると、ヘルメース・トリスメギストスは全ての学芸・技術魔術秘教などの始祖とされる神であり、その実在と教えはキリスト教教父からも信じられていた[22]中世ヨーロッパでは、哲学的なヘルメース主義(ヘルメース思想)が医学的伝統・錬金術占星術などと合わさり、普及していった[23]ヘルメース文書の中には、ギリシアの医神の名を題名とした著作『アスクレピオス』があり、「とくに『アスクレピオス』のラテン語訳はヨーロッパ中世を通じて影響を残した」[19]。15世紀では、ヘルメース主義の影響が医者たちにも大きく及んでいた(パラケルススJ.B.vanヘルモントなどの医化学派)[24]。医学史学者ジョール・R・シャッケルフォードの学術書によると17世紀初期でも、「パラケルスス視点」("the Paracelsian point of view")が医学生たちから「ヘルメース医学」("Hermetic medicine")と時々呼ばれていた[25][注 5]

臨床精神医学者ドン・R・リプシットの学術論文によれば、アスクレーピオスの杖ともカードゥーケウスとも判別しにくい杖によって、医学は両義的に象徴されてきた[18]。そこにおける、二元論的でありながら紛らわしい観点は、医者を聖人・救い主のようにも詐欺師犯罪者のようにも扱ってきた[18]。リプシットは結論部分で

ヘルメースによって予防接種された人々はとりわけ、自らの振る舞いを自己監視〔セルフモニタリング〕する必要がある。医学における有害な眩惑の罠に陥らないために。

("Those inoculated by Hermes especially need to selfmonitor their behavior lest they fall into the trap of harmful deception in medicine".)

と記している[26]

日本

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日本ではカードゥーケウスの翼や蛇や杖のデザインが伝統ある商業教育機関の校章に採用されていることがある。ベルギーのアンヴェルス高等商業学校に範を取って一橋大学に導入されたのが最初で、以後全国に広まった[27]

また、スポーツ用品メーカーのアシックスが、陸上競技および長距離種目、マラソンや駅伝用ブランド GONA にデザインとして採用していた時期がある。

類似のシンボル

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世界保健機関を始め世界各国の医療機関で用いられている、医の紋章である「アスクレーピオスの杖」は本来ヘビが1匹の意匠。しかし、2匹の蛇が巻きつく杖のシンボルが「medical caduceus」という名で、欧米の医療機関の標章として、また、軍隊では医療部隊章として、広く用いられている。

符号位置

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記号 Unicode JIS X 0213 文字参照 名称
U+2624 - ☤
☤
CADUCEUS
U+269A - ⚚
⚚
STAFF OF HERMES

脚注

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注釈

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  1. ^ ラテン語 cādūceusは、使者・伝令使・使節を意味する(κῆρυξ, ケーリュクス)に由来する、伝令使の杖(棒)を意味するギリシア語(κηρύκειον, ケーリュケイオン)のラテン語版である。Liddell and Scott, Greek-English Lexicon; Stuart L. Tyson, "The Caduceus", The Scientific Monthly, 34.6, (1932:492–98) p. 493
  2. ^ 例えばユニコード規格では「ヘルメスの杖」は「商業用語または商業」を示す。Walter J. Friedlander, The Golden Wand of Medicine: A History of the Caduceus Symbol in Medicine, Greenwood, 1992, p.83 も参照。
  3. ^ ある専門的なシンボリズム研究はこう記している。「メルクリウスは商業の神であるため、現代においてカドゥケウスは商業のシンボルを表している。」 M. Oldfield Howey, The Encircled Serpent: A Study of Serpent Symbolism in All Countries And Ages, New York, 1955, p.77
  4. ^ 「メルクリウスという神の名が、商品を意味する merx と関係があることは否めない。そのように古代人は感じていた。」 Yves Bonnefoy (Ed.), Wendy Doniger (Trans.), Roman and European Mythologies, University of Chicago Press, 1992, p. 135; 「メルクリウスはギリシアの神ヘルメースのローマにおける名であった。そのラテン名は merx または mercator (すなわち商人)に由来していたようである。」 Michael E. Bakich, The Cambridge Planetary Handbook, Cambridge University Press, 2000, p.85.
  5. ^ シャッケルフォードはこう述べている[25]
    セヴェリヌスの本は、17世紀初頭のとある医学生たちの世代によって読まれ、使用された。医学生たちは、ある違いを理解しようとしていた。その違いとは、彼らがヘルメース医学と時々呼んでいたパラケルスス視点と、大学で教えられていたガレヌス的・逍遙学派的医学との間の違いだった。
    (原文:"Severinus' book was read and used by a generation of medical students in the early seventeenth century who sought to understand the differences between the Paracelsian point of view, which they sometimes called Hermetic medicine, and the Galenie-Peripatetic medicine that was taught in the universities". )[25]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i 秋山 2009a, p. 470.
  2. ^ a b Weblio 2022a, p. 「caduceus」.
  3. ^ EDP 2022, p. 「caduceus」.
  4. ^ 秋山 2009b, pp. 359–360.
  5. ^ a b c Weblio 2022b, p. 「Hermes」.
  6. ^ a b 國廣 2022, p. 「mercury」.
  7. ^ a b c d キャンベル 2004, p. 230.
  8. ^ a b c d Friedlander 1992, p. 41.
  9. ^ a b Myklebost 2018, p. 6.
  10. ^ a b Goddard 1996, p. 7.
  11. ^ ハンス・ビーダーマン『図説 世界シンボル事典』八坂書房、2000年、383頁(「ヘルメスの杖」)。
  12. ^ Hornblower, Spawforth, The Oxford Classical Dictionary, 3rd Ed., Oxford, 1996, pp. 690–691
  13. ^ William Godwin (1876年). “Lives of the Necromancers”. p. 37. 2014年2月24日閲覧。
  14. ^ アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波書店〈岩波文庫〉、改版1978年、145頁。
  15. ^ ホメーロス『ホメーロスの諸神讃歌』沓掛良彦訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2004年、246-247頁。
  16. ^ 呉茂一『ギリシア神話(上)』新潮社〈新潮文庫〉、昭和54年、230頁。
  17. ^ 竹林 2002, p. 1150.
  18. ^ a b c Lipsitt 2017, p. 413.
  19. ^ a b 柴田 2009, p. 635.
  20. ^ キャンベル 2004, pp. 176–177.
  21. ^ a b キャンベル 2004, p. 248.
  22. ^ 平凡社 2022, p. 「ヘルメス・トリスメギストス」.
  23. ^ 米田 2022, p. 「ヘルメス・トリスメギストス」.
  24. ^ 坂本 2009, p. 634.
  25. ^ a b c Shackelford 2004, p. 298.
  26. ^ Lipsitt 2017, p. 416.
  27. ^ 碓井和弘「ギリシア神話のヘルメスとマーケティング教育 (鈴木敏彦教授退職記念号)」『札幌学院大学経営論集』第5号、札幌学院大学総合研究所、2013年3月、43-52頁、ISSN 1884-1589NAID 120005268902 

参考文献

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外部リンク

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