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グレン・ブラッグス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
グレン・ブラッグス
Glenn Braggs
ミルウォーキー・ブルワーズ時代
(1987年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡サンバーナーディーノ
生年月日 (1962-10-17) 1962年10月17日(62歳)
身長
体重
193 cm
100 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1983年 MLBドラフト2巡目
初出場 MLB / 1986年7月18日
NPB / 1993年4月10日
最終出場 MLB / 1992年9月10日
NPB / 1996年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

グレン・エリック・ブラッグスGlenn Erick Braggs , 1962年10月17日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンバーナーディーノ郡サンバーナーディーノ出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

経歴

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1983年MLBドラフトにてミルウォーキー・ブルワーズから2巡目(全体54位)指名を受け、プロ入り。1986年シーズンにメジャー初昇格を果たした。

1990年シーズン途中にシンシナティ・レッズへ移籍。控えの外野手として同年のナショナルリーグレギュラーシーズン及びワールドシリーズ制覇に貢献した。

1993年ロバート・ローズに続いて「横浜大洋ホエールズ」から球団名を改称してまもない横浜ベイスターズに入団し、4番打者として活躍。4月はそれなりの成績を残すも、5月に33打席連続無安打[1]を記録するなど絶不調に陥る。しかし、その後は復調し、6月2日から連続で安打を放ち続ける。一度は6月27日の対中日戦で無安打のまま退場処分(第1打席に津野広志から死球を受け、乱闘)を受け、連続試合安打が18試合で途切れたと報道されたが、野球規則10.23(a)と(c)によって記録上途切れていないことが判明する。その後、7月15日まで連続試合安打を続けて記録を29試合連続まで伸ばし、トニー・バナザード南海)が記録した外国人の28試合連続安打記録を更新した。さらに、高橋慶彦広島)が記録した33試合連続安打の日本新記録も期待されたが、7月14日の試合後に神宮球場のクラブハウスで転倒し、右手小指を骨折していたことが判明[2]。シーズン終了まで欠場したため記録更新はならなかった。ただし、翌1994年は開幕から3試合連続安打を放ったため、ベースボールレコードブックなどでは、シーズンをまたいだ参考記録としてブラッグスの32試合連続安打が記載されている。

1994年6月22日には与田剛から手首に死球を受け、そのまま一塁に行こうとしたが、与田がこの死球に不満な表情をし、それに対し、ブラッグスが激怒。与田と目があった際に与田を殴りつけ、乱闘騒ぎを起こし、退場処分となる[3]。この年には大豊泰昭中日)の38本に次ぐ、セ・リーグ2位となる35本塁打を放ち、ベストナインに選出される。OPSはリーグ1位であった。

1996年シーズンは、死球による膝の故障などが原因で不振に陥り、この年のシーズン限りで現役を引退。

現在はロサンゼルスで不動産仲買人を経て、パーソナルトレーナーをしている。 2016年6月3日から5日までの対千葉ロッテマリーンズ戦にて開催の『交流戦SERIES 2016』に20年ぶりに来日し、『伝説のOB 1打席対決』などのイベントに参加した[4]

選手としての特徴・人物

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長打力が持ち味で、横浜スタジアムでは場外本塁打も記録している。レッズ時代の1990年のワールドシリーズ第4戦でフルスイングをして空振りをした際に、左肩にバットを当てて折ったことがある[5][1]

横浜時代は前述の乱闘のイメージが強いものの、普段は極めて温厚である。本塁打王を争った大豊泰昭の打撃には感心し、また後に監督になった与田にも悪気はないという[6]

本塁打を放った際に自然とガッツポーズが出る日本野球の方が楽しんでいるようで、そうした行為ができないアメリカ野球に窮屈さを感じるとしている。

妻は1990年代を代表する女性R&Bグループ、アン・ヴォーグのメンバーであるシンディ・ヘロン。4人いる子供のうち3人が日本の文化に強い関心を持ち、日本語を勉強している[7]

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1986 MIL 58 232 215 19 51 8 2 4 75 18 1 1 2 3 11 0 1 47 6 .237 .274 .349 .623
1987 132 565 505 67 136 28 7 13 217 77 12 5 2 7 47 7 4 96 20 .269 .332 .430 .762
1988 72 294 272 30 71 14 0 10 115 42 6 4 1 2 14 0 5 60 6 .261 .307 .423 .730
1989 144 570 514 77 127 12 3 15 190 66 17 5 3 7 42 4 4 111 13 .247 .305 .370 .675
1990 37 131 113 17 28 5 0 3 42 13 5 3 0 3 12 2 3 21 1 .248 .328 .372 .700
CIN 72 231 201 22 60 9 1 6 89 28 3 4 0 1 26 1 3 43 3 .299 .385 .443 .828
'90計 109 362 314 39 88 14 1 9 131 41 8 7 0 4 38 3 6 64 4 .280 .365 .417 .782
1991 85 279 250 36 65 10 0 11 108 39 11 3 0 4 23 3 2 46 4 .260 .323 .432 .755
1992 92 307 266 40 63 16 3 8 109 38 3 1 1 2 36 5 2 48 10 .237 .330 .410 .740
1993 横浜 72 309 264 61 91 10 2 19 162 41 2 2 0 1 40 1 4 46 5 .345 .437 .614 1.051
1994 122 534 448 84 141 25 1 35 273 91 1 0 0 6 68 2 12 83 14 .315 .414 .609 1.023
1995 110 480 407 75 111 23 0 24 206 72 4 1 0 1 59 1 13 102 8 .273 .381 .506 .887
1996 100 411 356 55 100 20 1 13 161 56 6 1 0 5 44 0 6 72 19 .281 .365 .452 .817
MLB:7年 692 2609 2336 308 601 102 16 70 945 321 58 26 9 29 211 22 24 472 63 .257 .322 .405 .726
NPB:4年 404 1734 1475 275 443 78 4 91 802 260 13 4 0 13 211 4 35 303 46 .300 .397 .544 .941
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

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NPB

記録

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NPB

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初記録
その他の記録

背番号

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  • 36(1986年 - 同年途中)
  • 26(1986年途中 - 1990年途中)
  • 15(1990年途中 - 1992年)
  • 44(1993年 - 1996年)

脚注

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関連項目

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外部リンク

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