タラリア
タラリア(ラテン語: tālāria)は、特にギリシア神話の伝令神・ヘルメース(ローマ神話におけるメルクリウス)を象徴する有翼のサンダル。
ラテン語の作家たちによってこのように呼ばれるが、ギリシア語の原典では単にそのまま「有翼のサンダル」(古代ギリシア語: πτηνοπέδῑλος; ptēnopédilos. πτερόεντα πέδιλα; pteróenta pédila)と言い回しされる。
語源
[編集]ラテン語の名詞tālāriaは、tālāris の中立複数形で、"足首の[もの]"を意味する。原義からどういう経緯で「翼をもつ鞋(サンダル)」の意味に転じたかは不詳であるが、 足首あたりに翼が装着されたため、あるいは、足首のまわりに結ばれた種類のサンダルだったため、などと憶測される[2]。
出例
[編集]ギリシア文学
[編集]古代ギリシア文学では、ホメーロスがヘルメースの「不死の/神々しい黄金の」サンダルと形容しているが[注 1]、翼については触れていない[3][2]。
そのサンダルに翼がついているとする最古例は、伝ヘーシオドス作の叙事詩『ヘーラクレースの盾』(前600–550年頃)であり、「有翼のサンダル」だとされている[注 2][4][2]。
やや後のヘルメースに捧ぐホメーロス風讃歌(前520年頃)では、有翼であるとは明言されないが、ヘルメースはサンダルを履くことで、足跡すらつけずにアポロン神の牛盗みに成功する[5]。
おおよそ前5世紀以降になると、有翼のサンダルは(必携品とまではいかないまでも)ヘルメースの一般的な持物と目されるようになった[2]。後期の一例としては、ヘルメースに捧ぐオルペウス讃歌の第28番(年代は前3世紀~紀元2世紀)が挙げられる[6][5]。
もとはヘーパイストスによって、不朽の金を用いて作られたとされ、どんな鳥よりも速く飛ぶことができたという[要出典]。
ペルセウス
[編集]また英雄ペルセウスも、ヘルメースのサンダルを履いてメドゥーサを退治した[7][8]。アイスキュロス作の悲劇では、ヘルメースはこのサンダルを彼に直接与えているが[9]、一般的にはペルセウスはグライアイの老婆たちから、このサンダルやハーデースの隠れ兜やキビシス(袋)を取得せねばならなかった[10]。あるいは、ペルセウスが自分の靴や兜を持っていなかったため、ヘルメースやハーデースに哀れまれたとも言われる[11]。
ラテン語文学
[編集]「タラリア」という語は、紀元1世紀のオウィディウスや、それ以前にも複数のラテン語作家(キケロ、ウェルギリウス等)による用例が8つ挙げられる[12]。その大多数の例では、ヘルメース=メルクリウスあるいはペルセウスの履物として登場する[13]。あくまで語根に忠実にとるなら、足首に固定する種類のサンダルとみなされるが[注 3][2][14]、一転して「有翼のサンダル」の意味で使われているという解釈が、現代のラテン文学者のあいだで、ほぼ定着している[13]。しかし過去には、用例によっては履物でなく衣服であるという解釈もされてきた[15]。
衣服解釈
[編集]俊足の女性アタランテーが身に着けるタラリアの描写があるが(オウィディウス『変身物語』第10巻591行)、過去には「長い衣(ローブ)」と解釈された経歴がある。14世紀のビザンチンの学者プラヌデスをはじめ、17世紀オランダのニコラース・ヘインシウスの語釈にもそのように記述され、ルイス&ショートの『ラテン語辞典』(Lewis and Short)にも(この作品のこのくだりでは"かかとに届く長すその衣"の意であると[16])記載されている[17]。
しかし、この"衣(ローブ)"の解釈には無理がある—なぜならば先行するくだりで、アタランテーは脱衣して[注 4]この競走にのぞんだ、とあるからである[15][注 5]。
さらには、中世アイルランド語の物語でも、メルクリウスは、"鳥の覆い"または"羽のマント"と解釈される衣服を身にまとっているが[注 6]、これはウェルギリウスの叙事詩などにみられるメルクリウスのタラリアを、そのように解釈したものだと考察される[注 7][18][19][注 8]。
ポップカルチャーにおいて
[編集]リック・ライアダンのファンタジー小説、『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 盗まれた雷撃』において、タラリアはサンダルではなくスニーカーとして描かれている[注 9][20]。
注釈
[編集]- ^ ἀμβρόσια χρύσεια; ambrósia khrýseia.
- ^ πτερόεντα πέδιλα、pteróenta pédila.
- ^ メルクリウスのサンダルは、「クレピダ」(crepida)とも呼称される[14]。
- ^ ラテン語: posito velamine
- ^ ただ、サンダル以外全裸で疾走したという Anderson 解釈を排して、タラリアというドレスを着衣していたという解釈もみられる。例えば近代のイタリアの翻訳者たち( F. Bernini 1943年、 T. Morino 1946年)がそうで、アタランテーが着たタラリア(の裾元)が、彼女の足の動作につられて「動いた」り(イタリア語: mossa)、「横に振り投げられた」 りしたのだと(イタリア語: gettata via)解釈する[15]
- ^ 古アイルランド語: encennach, énchendach.
- ^ その古/中アイルランド語の物語とは『アエネーイス』の歌の翻案である『Imtheachta Aeniasa』や、トロイア陥落物語である『トロイの崩壊(Togail Troí)』を指している。
- ^ ホイットリー・ストークス(1881年)は、北欧神話にみられる羽衣(fjaðrhamr)と比類すると意見している[18]。
- ^ 使用するには「マイア」と唱える必要があり、グローバー・アンダーウッドが使用している。
出典
[編集]- 脚注
- ^ Gantz, 541.
- ^ a b c d e Anderson (1966), p. 8.
- ^ ホメーロス、『オデュッセイア』第5歌、44。
- ^ ヘーシオドス、『ヘーラクレースの盾』、220。
- ^ a b Freedman (2014–2015), pp. 190–191.
- ^ オルペウス讃歌、第28歌:第4行。
- ^ ヒュギーヌス『神話集』第 64話。
- ^ ノンノス『ディオニュシアカ』14:270。
- ^ アイスキュロス『ポルキデス』。 The Phorkides, fr. 262 iv, v Radt.
- ^ レロスのペレキュデース、3F11、Fragmente der griechischen Historiker、および偽アポロドーロス『ギリシア神話』II, 4, 2.
- ^ Gantz (2004), p. 542.
- ^ Anderson (1966), p. 7.
- ^ a b Anderson (1966), p. 5.
- ^ a b Freedman (2014–2015), p. 187.
- ^ a b c Anderson (1966), pp. 2–3.
- ^ Lewis & Short, s.v. "[1]" tālāris (tālārĭa)]
- ^ Anderson (1966), pp. 1–2.
- ^ a b Miles, Brent (2011). Heroic Saga and Classical Epic in Medieval Ireland. Cambridge: DS Brewer. pp. 75–76. ISBN 1843842645. ISSN 0261-9865
- ^ eDIL, s.v. "énchendach". "bird-covering, feather mantle.. [but] in the following exx. the meaning seems transferred, wings, feathers; a winged thing.. rogab [Mercuir] a enceandaigh uime...┐ gabaid a luirg n-encheandaighi ina laim (i.e. the talaria and caduceus), Aen.[Imtheachta Aeniasa] 766–7 .. encennach Mercúir, cumma imthéit muir ┐ tír, LL 220 b26 = TTr.[Togail Troi] 258 ."
- ^ Riordan, Rick (July 1, 2005). The Lightning Thief. United States Of America: Puffin Books Disney-Hyperion. ISBN 0-7868-5629-7
- 参考文献
- Gantz, Haunold (2004). Mythes de la Grèce archaïque. Danièle Auger; Bernadette Leclercq-Neveu (tr.). Paris: Belin. pp. 541–543. ISBN 2701130670