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ブラーフミー文字

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ブラフミー文字から転送)
ブラーフミー文字
類型: アブギダ
言語: 初期のプラークリット
時期: 紀元前6世紀、最終的に多くの派生文字体系へ発展
親の文字体系:
子の文字体系: 南アジア東南アジア北アジアのほとんどすべてのアブギダの祖となった。
姉妹の文字体系: カローシュティー文字
Unicode範囲: U+11000–U+1107F
ISO 15924 コード: Brah
注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号 (IPA) を含む場合があります。
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ブラーフミー文字(ブラーフミーもじ、英語: Brāhmī script)は、初期のブラーフミー系文字の一種である。ブラーフミー文字で書かれた最も有名な碑文としては、紀元前3世紀頃の石に刻まれたアショーカ王法勅がある。これは長い間、ブラーフミー文字の最初期の使用例であると考えられてきた。しかし、最近の南インド[2]スリランカ[3][4]における考古学的知見は、ブラーフミー文字が最も初期に使われたのは紀元前6世紀前後であると示唆している。年代は放射性炭素法と熱ルミネッセンス法で測定された。

ブラーフミー文字は南アジア東南アジアチベットモンゴルのほとんどの文字体系の祖である。ブラーフミー数字は、現在世界中で使われているアラビア数字の元になっている。

起源

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メロエ 前3世紀
カナダ先住民 1840年
注音 1913年
アショーカ第6法勅の断片

ブラーフミー文字は、ほとんどの研究者によって、同時期にアケメネス朝の支配下にあった北西インドの一部で発生したカローシュティー文字と同様、アラム文字のようなセム語派の文字から生じた、あるいは少なくともその影響によって生じたと考えられている[5]。しかし、この問題は直接的な証拠がなく、セム語派の文字、カローシュティー文字、ブラーフミー文字の間に解明しづらい相違点が見られるため解決されていない[6]。いくらかの研究者(西洋とインドの両方)は、ブラーフミー文字がアショーカ王の治世の間に短期間で発明されて碑文のために広く使われたとし、その時にセム語派の文字の文献から触発されたという見解を示唆している[6]。それと対照的に、一部の研究者は外国からの影響とする見解を否定している[7][8]

ブラーフミー文字の最古の使用例はスリランカの交易都市アヌラーダプラから見つかった紀元前5世紀初頭の陶片であると思われる。さらに、アーンドラ・プラデーシュ州Bhattiproluとインドタミル・ナードゥ州Adichanallurの陶片からより古いブラーフミー文字の証拠が発見されている。放射性炭素年代測定がそれらは紀元前6世紀のものであると証明した[2]

カンヘリー石窟の石に刻まれたブラーフミー文字

最古のブラーフミー文字による碑文を見ると、当時のアラム文字と比べて2つの言語間で等価な少数の音素に関して著しい類似点が見られる。とくに書字方向の変更を反映して文字を反転させると明らかである[要出典]

別の説によれば、ブラーフミー文字はおそらくインダス文字をその祖先として全く独自に発達した。この説はイギリスの学者G.R. Hunter[9]John Marshall[10]Raymond Allchin[11]などが主張している。

特徴

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各種の母音表現。
/k/ を表すブラーフミー文字と、各種の母音表現。

ブラーフミー文字はアブギダである。すなわち各文字は音節を表現する。各文字は子音の音価と暗黙に続く母音の音価を保持する。ブラーフミー文字では、随伴母音は /a/ である。異なる母音を表現するには基字にダイアクリティカルマークを加える。また、子音を伴わない母音単独音を表記するための独立した文字もある。

/pr/ や /rv/ のような子音連結で始まる音節を表すために専用の記号が存在する。これらの多くは2つの音を表す文字を組み合わせて作られた結合文字である。

文字

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母音

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基本

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文字(記号) 転写
(IAST)
発音
(IPA)
文字(記号) 転写
(IAST)
発音
(IPA)
母音字
(子音なし)
母音記号
(子音あり)
母音字
(子音なし)
母音記号
(子音あり)
𑀅 a /ɐ/ or /ə/ 𑀆 𑀸 ā /ɑː/
𑀇 𑀺 i /i/ 𑀈 𑀻 ī /iː/
𑀉 𑀼 u /u/ 𑀊 𑀽 ū /uː/
𑀋 𑀾 /ɻ/ 𑀌 𑀿 /ɻː/
𑀍 𑁀 /ɭ/ 𑀎 𑁁 /ɭː/
𑀏 𑁂 e /eː/ 𑀐 𑁃 ai /əi/
𑀑 𑁄 o /oː/ 𑀒 𑁅 au /əu/

(※「」は子音字を表す。)

その他

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記号 転写
(IAST)
発音
(IPA)
意味
𑀀 /ŋ/ 鼻音付加。
𑀁 /ⁿ/ 鼻母音化。
𑀂 /h/ 母音に後続する/h/。

子音

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基本

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無声音 有声音 鼻音
無気音 有気音 無気音 有気音
軟口蓋音 𑀓 k(a) /k(ə)/ 𑀔 kh(a) /kʰ(ə)/ 𑀕 g(a) /ɡ(ə)/ 𑀖 gh(a) /ɡʱ(ə)/ 𑀗 (a) /ŋ(ə)/
硬口蓋音 𑀘 c(a) /c(ə)/ 𑀙 ch(a) /cʰ(ə)/ 𑀚 j(a) /ɟ(ə)/ 𑀛 jh(a) /ɟʱ(ə)/ 𑀜 ñ(a) /ɲ(ə)/
そり舌音 𑀝 (a) /ʈ(ə)/ 𑀞 h(a) /ʈʰ(ə)/ 𑀟 (a) /ɖ(ə)/ 𑀠 h(a) /ɖʱ(ə)/ 𑀡 (a) /ɳ(ə)/
歯音 𑀢 t(a) /t̪(ə)/ 𑀣 th(a) /t̪ʰ(ə)/ 𑀤 d(a) /d̪(ə)/ 𑀥 dh(a) /d̪ʱ(ə)/ 𑀦 n(a) /n(ə)/
唇音 𑀧 p(a) /p(ə)/ 𑀨 ph(a) /pʰ(ə)/ 𑀩 b(a) /b(ə)/ 𑀪 bh(a) /bʱ(ə)/ 𑀫 m(a) /m(ə)/
接近音 𑀬 y(a) /j(ə)/ 𑀭 r(a) /r(ə)/ 𑀮 l(a) /l(ə)/ 𑀯 v(a) /ʋ(ə)/
歯擦音摩擦音 𑀰 ś(a) /ɕ(ə)/ 𑀱 (a) /ʂ(ə)/ 𑀲 s(a) /s(ə)/ 𑀳 h(a) /ɦ(ə)/

結合文字

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結合文字の例。

連続した子音を表現するための結合文字は、子音字を縦に組んで作る。

(このように子音字を縦に組んで結合文字を作る手法は、続く悉曇文字シッダマートリカー)やチベット文字などにも継承されたが、デーヴァナーガリーなどの段階になると横に組んで結合文字を作るようになる。)

数字

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旧式
1 2 3 4 5 6 7 8 9
𑁒 𑁓 𑁔 𑁕 𑁖 𑁗 𑁘 𑁙 𑁚
10 20 30 40 50 60 70 80 90
𑁛 𑁜 𑁝 𑁞 𑁟 𑁠 𑁡 𑁢 𑁣
100 1000
𑁤 𑁥
新式
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
𑁦 𑁧 𑁨 𑁩 𑁪 𑁫 𑁬 𑁭 𑁮 𑁯

字形比較

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他のブラーフミー系文字インド系文字)や、フェニキア文字アラム文字との字形の比較。

フェニキア文字 アラム文字 音価 ブラーフミー文字 グプタ文字 シッダマートリカー
悉曇文字梵字
デーヴァナーガリー チベット文字
a 𑀅
- - i 𑀇 -
- - u 𑀉 -
- - 𑀋 -
e 𑀏 -
- - o 𑀑 -
k 𑀓
- - kh 𑀔
g 𑀕
gh 𑀖 -
- - 𑀗
c 𑀘
- - ch 𑀙
j 𑀚
- - jh 𑀛 -
- - ñ 𑀜
- - 𑀝 -
- - ṭh 𑀞 -
- - 𑀟 -
- - ḍh 𑀠 -
- - 𑀡 -
t 𑀢
th 𑀣
- - d 𑀤
dh 𑀥 -
n 𑀦
p 𑀧
- - ph 𑀨
b 𑀩
- - bh 𑀪 -
m 𑀫
y 𑀬
r 𑀭
l 𑀮
v 𑀯 -
ś 𑀰
𑀱 -
- - s 𑀲
h 𑀳

使用

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未解読のインダス文字を除けば、ブラーフミー文字とその姉妹カローシュティー文字がインド最古の音素文字の代表である。カローシュティー文字は北西インドでのみ使われたが、ブラーフミー文字はインド亜大陸全域で使われた。時代を経るにつれ、さまざまな形式や様式のブラーフミー文字が生まれ、そこから多数の文字体系が派生していった。一方カローシュティー文字は最終的に使われなくなり、それに続く文字体系も産まなかった。

カローシュティー文字と同様、ブラーフミー文字はプラークリットの早期の方言を書くために使われた。その使用はほとんどが建築物や墓に刻み込むか典礼用の文章に限られた。サンスクリットはこの時点では記録されず、代わりに口述で伝えられ、何世紀も後になってから書かれるようになった。結果として、サンスクリットの音韻論的特徴の多く (たとえば末尾の子音) には対応する記号やダイアクリティカルマークがブラーフミー文字に存在しないため、ブラーフミー文字それ自身はサンスクリットの記録に適さない。

派生した文字体系

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ブラーフミーは、南インドグループと北インドグループに大別される多くの異なるアブギダに発展した。時代を経るにつれ、特定の文字体系が特定の言語へ関連づけられるようになり、各アブギダは言語固有の文字体系となった。

Unicode

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ブラーフミー文字は、2010年10月に策定されたUnicodeスタンダード 6.0 で、U+11000からU+1107Fの追加多言語面に含まれる領域に次の文字が収録されている。

U+ 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A B C D E F
U+1100x 𑀀 𑀁 𑀂 𑀃 𑀄 𑀅 𑀆 𑀇 𑀈 𑀉 𑀊 𑀋 𑀌 𑀍 𑀎 𑀏
U+1101x 𑀐 𑀑 𑀒 𑀓 𑀔 𑀕 𑀖 𑀗 𑀘 𑀙 𑀚 𑀛 𑀜 𑀝 𑀞 𑀟
U+1102x 𑀠 𑀡 𑀢 𑀣 𑀤 𑀥 𑀦 𑀧 𑀨 𑀩 𑀪 𑀫 𑀬 𑀭 𑀮 𑀯
U+1103x 𑀰 𑀱 𑀲 𑀳 𑀴 𑀵 𑀶 𑀷 𑀸 𑀹 𑀺 𑀻 𑀼 𑀽 𑀾 𑀿
U+1104x 𑁀 𑁁 𑁂 𑁃 𑁄 𑁅 𑁆 𑁇 𑁈 𑁉 𑁊 𑁋 𑁌 𑁍
U+1105x 𑁒 𑁓 𑁔 𑁕 𑁖 𑁗 𑁘 𑁙 𑁚 𑁛 𑁜 𑁝 𑁞 𑁟
U+1106x 𑁠 𑁡 𑁢 𑁣 𑁤 𑁥 𑁦 𑁧 𑁨 𑁩 𑁪 𑁫 𑁬 𑁭 𑁮 𑁯
U+1107x

Unicodeでは、グプタ文字やその系統のホタン文字、更には古タミール文字などもブラーフミー文字に統合されている。

脚注

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  1. ^ a b c ブラーフミー文字と中東の文字体系の結び付きには疑問が持たれている。ブラーフミー文字の起源を参照。
  2. ^ a b Subramanian, T.S., Skeletons, script found at ancient burial site in Tamil Nadu
  3. ^ Deraniyagala on the Anuradhapura finds International Union of Prehistoric and Protohistoric Sciences, Proceedings of the XIII International Congress of the Union of Prehistoric and Protohistoric Sciences. 1996.
  4. ^ *Coningham, Robin, University of Bradford Anuradhapura Project
  5. ^ Brahmi, ブリタニカ百科事典 (1999), 引用: "Brāhmī, writing system ancestral to all Indian scripts except Kharoṣṭhī. Of Aramaic derivation or inspiration, it can be traced to the 8th or 7th century BC, when it may have been introduced to Indian merchants by people of Semitic origin. (中略) a coin of the 4th century BC, discovered in Madhya Pradesh, is inscribed with Brāhmī characters running from right to left." 一方、Salomon 1998 27-28pでは「マディヤ・プラデーシュ州エランから見つかった紀元前4世紀のコインのブラーフミー文字がアラム文字のように右から左へ記される。古代の文字は多くが書く方向が不規則的だった」と記述されることを指していようか。
  6. ^ a b Salomon 1998, pp. 18–24.
  7. ^ Salomon 1998, p. 19-21 with footnotes.
  8. ^ Annette Wilke & Oliver Moebus 2011, p. 194 with footnote 421.
  9. ^ Hunter, G.R. (1934), The Script of Harappa and Mohenjodaro and Its Connection with Other Scripts, Studies in the history of culture, London:K. Paul, Trench, Trubner, http://ufdc.ufl.edu/AA00013642/ 
  10. ^ John Marshall (1931). Mohenjo-daro and the Indus civilization: being an official account of archaeological excavations at Mohenjo-Daro carried out by the government of India between the years 1922 and 1927. Asian Educational Services. p. 423. ISBN 978-81-206-1179-5. https://books.google.com/books?id=Ds_hazstxY4C&pg=PA423 , 引用: "Langdon also suggested that the Brahmi script was derived from the Indus writing, (後略)".
  11. ^ Goody, Jack (1987), The Interface Between the Written and the Oral, Cambridge University Press, pp. 301–302 (note 4) 

参考文献

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  • Annette Wilke; Oliver Moebus (2011). Sound and Communication: An Aesthetic Cultural History of Sanskrit Hinduism. Walter de Gruyter. ISBN 978-3-11-024003-0 
  • Salomon, Richard (1998). Indian Epigraphy: A Guide to the Study of Inscriptions in Sanskrit, Prakrit, and the Other Indo-Aryan Languages. Oxford: Oxford University Press. ISBN 0-19-509984-2 
  • Kenneth R. Norman's, The Development of Writing in India and its Effect upon the Pâli Canon, in Wiener Zeitschrift für die Kunde Südasiens (36), 1993 (英語)
  • Oscar von Hinüber, Der Beginn der Schrift und frühe Schriftlichkeit in Indien, Franz Steiner Verlag, 1990 (ドイツ語)
  • Gérard Fussman's, Les premiers systèmes d'écriture en Inde, in Annuaire du Collège de France 1988-1989 (フランス語)
  • Siran Deraniyagala's The prehistory of Sri Lanka; an ecological perspective (revised ed.), Archaeological Survey Department of Sri Lanka, 1992. (英語)

関連項目

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外部リンク

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