万町 (名古屋市)
万町 | |
---|---|
北緯35度8分47.51秒 東経136度51分23.93秒 / 北緯35.1465306度 東経136.8566472度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 愛知県 |
市町村 | 名古屋市 |
区 | 中川区 |
人口 (2019年(平成31年)2月1日現在)[WEB 1] | |
• 合計 | 937人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
454-0872[WEB 2] |
市外局番 | 052 (名古屋MA)[WEB 3] |
ナンバープレート | 名古屋 |
万町(まんちょう)は、愛知県名古屋市中川区にある町名。丁番を持たない単独町名である。住居表示未実施[WEB 4]。
地理
[編集]名古屋市中川区の中央部の北側に位置し、東は小本、西は八田町、南は上高畑、北は柳森町に接する。
歴史
[編集]町名の由来
[編集]『尾張国地名考』には「始めより字音にして尤後世の地名なり 吉澤好謙曰、條理町反の文字は戸令より出たり」と記載されており、条里制の名残の地名との説を唱えている[1]。
万町遺跡
[編集]当地周辺には「万町遺跡」と呼ばれる遺跡があり、須恵器や中世の陶器が出土したのだという[2]。
万町村
[編集]江戸時代、当地周辺は愛知郡万町村であった。萬町村とも表記された[1]。万町村は、現在の万町の全域と小本、上高畑、柳森町、八田町の各一部に当たる[3]。万町村は、尾張藩領、大代官所支配地で、宮宿の助郷村であった[4]。『尾張徇行記』によれば、当時の万町村では専ら農業が行われており、石高に対して家数が多かったため労働力は十分であったという[4]。兼業としてフトイで筵も生産していた[4]。また竹や木は少なかったとしている[4]。『寛文村々覚書』によると、万町村は本田概高238石、家数17、人口109、馬6匹。228石が藩士8人の給地であり、給人として熊谷門太郎などが挙げられている[4]。
万町村は、1889年(明治22年)に合併により柳森村大字万町となった[4]。その後1906年(明治39年)に常磐村大字万町となり、1921年(大正10年)に名古屋市に編入されて中区万町となった[4]。
行政区画の沿革
[編集]- 1889年(明治22年)10月1日 - 愛知郡万町村が合併に伴い、同郡柳森村大字万町となる[5]。
- 1906年(明治39年)5月10日 - 合併に伴い、愛知郡常磐村大字万町となる[5]。
- 1921年(大正10年)8月22日 - 合併に伴い、名古屋市中区万町となる[5]。
- 1937年(昭和12年)10月1日 - 中川区編入に伴い、同区万町となる[5]。
- 1980年(昭和55年)
- 1982年(昭和57年)8月29日 - 一部が小本一丁目に編入される[7]。
字一覧
[編集]万町の前身である万町村には小字が存在した。1882年(明治15年)時点での万町村の小字は以下の通り[8]。小字はすべて消滅している。
字 | 読み | 備考 |
---|---|---|
郷字 | ごうあざ | |
丸島 | まるしま | |
角出 | すみて | |
東田面 | ひがしためん | |
前並 | まえなみ | |
平田 | ひらた |
世帯数と人口
[編集]2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
万町 | 459世帯 | 937人 |
人口の変遷
[編集]国勢調査による人口の推移
1995年(平成7年) | 836人 | [WEB 5] | |
2000年(平成12年) | 819人 | [WEB 6] | |
2005年(平成17年) | 828人 | [WEB 7] | |
2010年(平成22年) | 855人 | [WEB 8] | |
2015年(平成27年) | 960人 | [WEB 9] |
学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 11]。
番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
---|---|---|---|
全域 | 名古屋市立常磐小学校 | 名古屋市立長良中学校 | 尾張学区 |
交通
[編集]- 愛知県道190号名古屋一宮線(八田街道)
施設
[編集]- 万町公園
- 神明社
その他
[編集]日本郵便
[編集]脚注
[編集]WEB
[編集]- ^ a b “町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)”. 名古屋市 (2019年2月20日). 2019年2月20日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2019年2月10日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
- ^ “中川区の町名一覧”. 名古屋市 (2015年10月21日). 2019年2月13日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2019年4月27日閲覧。
- ^ “市立小・中学校の通学区域一覧”. 名古屋市 (2018年11月10日). 2019年1月14日閲覧。
- ^ “平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
- ^ 郵便番号簿 平成29年度版 - 日本郵便. 2019年02月10日閲覧 (PDF)
書籍
[編集]- ^ a b 津田正生 (1916年). “尾張国地名考 国立国会図書館デジタルコレクション”. 愛知県海部郡教育会. 2021年7月12日閲覧。41ページ。
- ^ 林英夫 1981, p. 198.
- ^ a b 名古屋市計画局 1992, p. 819-821.
- ^ a b c d e f g 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1262.
- ^ a b c d 名古屋市計画局 1992, p. 820.
- ^ 名古屋市計画局 1992, p. 819.
- ^ a b 名古屋市計画局 1992, p. 821.
- ^ 名古屋市計画局 1992, p. 905.
参考文献
[編集]- 名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年3月31日。全国書誌番号:93012879。
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。全国書誌番号:93012879。
- 林英夫 編『日本歴史地名大系 第23巻 愛知県の地名』平凡社、11-30。ISBN 4582490239。全国書誌番号:83008109。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- ウィキメディア・コモンズには、万町 (名古屋市)に関するカテゴリがあります。
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