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丸谷佳織

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
丸谷 佳織
まるや かおり
生年月日 (1965-06-06) 1965年6月6日(59歳)
出生地 日本の旗 日本 北海道札幌市
出身校 藤女子大学文学部英文学科卒業
前職 フリーパーソナリティー
所属政党新進党→)
(新党平和→)
公明党
称号 学士
配偶者 五十嵐浩晃

選挙区 比例北海道ブロック
当選回数 4回
在任期間 1996年 - 2009年
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丸谷 佳織(まるや かおり、本名:五十嵐 佳織(いがらし かおり)、1965年昭和40年〉6月6日[1] - )は、日本政治家ラジオパーソナリティ公明党所属の元衆議院議員(4期)。夫はシンガーソングライター五十嵐浩晃[2]

来歴・人物

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左から、鰐淵洋子松あきら太田昭宏、駐日アメリカ大使シーファー浜四津敏子、丸谷佳織。

美唄市立美唄中央小学校札幌市立平岸中学校札幌大谷高等学校を経て[3]藤女子大学文学部英文学科卒業後[1]、旅行会社に就職する。その後、ポーランド国立ポズナニ大学日本語教師を務める。

日本帰国後、HBCラジオ北海道放送)のパーソナリティオーディションに合格し、「スーパーリクエストショー 〜赤城敏正 宵のくちワイド」(HBCラジオ)でラジオパーソナリティデビュー[1][4]、「丸谷かおり」の名義で北海道を拠点にフリーパーソナリティとしてテレビラジオなどの放送番組を担当した。主に北海道放送(HBC)やエフエム北海道(AIR-G')の番組を中心に活躍した。その他当時の主な担当番組に「真夜中らじお組」・「ラジオ一番通り」(HBCラジオ)や「まる音DELUXE」(tvh)などがある。また作詞家として、夫の五十嵐浩晃や石嶺聡子に歌詞を提供したことがある。

政界進出後

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1996年10月、第41回衆議院議員総選挙新進党公認で比例北海道ブロックから立候補、初当選。創価学会から支援を受けた[3]国会議員としては旧姓の丸谷を使用。

1998年1月、新党平和結党に参画。1998年11月、公明党再結成に参画。

2000年6月 第42回衆議院議員総選挙に公明党公認で比例北海道ブロックから立候補、再選。

2001年1月、森喜朗内閣外務大臣政務官に就任。2001年5月、小泉純一郎内閣で外務大臣政務官に再任された。

2003年11月、第43回衆議院議員総選挙に公明党公認で比例北海道ブロックから立候補し、3選。2005年9月、第44回衆議院議員総選挙に公明党公認で比例北海道ブロックから立候補し、4選。

2007年12月、第45回衆議院議員総選挙に立候補しないことを発表。2009年7月21日、衆議院解散に伴い、失職。政界を引退。

現在は専門学校札幌デザイナー学院などを運営する北海道安達学園のエグゼクティブアドバイザー[5]

役職歴

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政策

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出演番組

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脚注

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  1. ^ a b c d DJ名鑑 1987三才ブックス、1987年2月15日、144頁。
  2. ^ 丸谷佳織 プロフィール”. web.archive.org (2009年2月18日). 2023年8月12日閲覧。
  3. ^ a b 選挙@HTB”. web.archive.org. 北海道テレビ放送 (1997年1月28日). 2023年8月12日閲覧。
  4. ^ 北海道放送四十年(北海道放送社史編纂委員会 編、1992年10月発行)368頁
  5. ^ 丸谷佳織氏”. 専門学校札幌デザイナー学院. 2023年1月20日閲覧。
  6. ^ 第169回国会衆議院 - 法務委員会 - 16号 平成20年06月20日

関連項目

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外部リンク

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公職
先代
(新設)
日本の旗 外務大臣政務官
望月義夫
桜田義孝と共同
小島敏男
山口泰明と共同

2001年 - 2002年
次代
松浪健四郎
今村雅弘
水野賢一