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天文遺産の一覧

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

天文遺産の一覧(てんもんいさんのいちらん、Astronomical Heritage list)は、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)と国際天文学連合(IAU)が共同で行った主題研究(Thematic study)で取り上げられた天文学に関する文化資産の事例、及び、すでに世界遺産として登録されている物件のうち天文学に関するものをまとめたリストである[1]。ICOMOSとIAUはこのリストに掲載された文化資産を天文遺産(Astronomical Heritage)と呼んでいる。ただし、天文遺産について世界遺産のような独自の登録制度が設けられているわけではない[2]

リスト

[編集]
ID No. 名称 所在地 内容・公式サイト個別リンク 画像 テーマ 区分
5 ラスコー洞窟の天文学的岩板 フランスの旗 フランスドルドーニュ県モンティニャック英語版付近のヴェゼール川英語版渓谷
北緯45度3分17秒 東経1度10分44秒 / 北緯45.05472度 東経1.17889度 / 45.05472; 1.17889 (The Astronomical Rock Panels in the Lascaux Cave, France)
マドレーヌ文化初期に描かれたと思われる洞窟壁画の中には自然暦、天文暦プレアデス星団ヒアデス星団などのアステリズムの表現および古代の宇宙論を含む天文学的事項を表したと思われるものもある。
The Astronomical Rock Panels in the Lascaux Cave, France
先史時代前期 世界遺産ヴェゼール渓谷の先史的景観と装飾洞窟群」の構成資産
6 ストーンヘンジ世界遺産 イギリスの旗 イギリスウィルトシャーソールズベリー平野
北緯51度10分44秒 西経1度49分34秒 / 北緯51.17889度 西経1.82611度 / 51.17889; -1.82611 (Stonehenge World Heritage Property, United Kingdom)
ストーンヘンジの本体は冬至日没夏至日の出の方向を結ぶ至点軸(ほぼ南西から北東方向)に沿って配置されている。世界遺産の指定範囲内にあるウッドヘンジダーリントン・ウォールズ英語版などの先史時代の遺跡にも天文学的な特徴が多く見られる。
Stonehenge World Heritage Property, United Kingdom
先史時代後期のヨーロッパ 世界遺産「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群」の構成資産
8 オドリのストーンサークルポーランド語版 ポーランドの旗 ポーランドポモージェ県南部のカシューブ人の村、オドリ英語版
北緯53度53分54秒 東経17度59分35秒 / 北緯53.89833度 東経17.99306度 / 53.89833; 17.99306 (The Stone Circles at Odry, Poland)
ヴダ川英語版の右岸にある大きな墓地の一角にある直径15〜33mの12個のストーンサークル(うち2つは一部が欠損)からなる。それぞれは16〜29個の立石で構成されており、円の中央には1つまたは2つのモノリスがある。20世紀初頭に先駆的な天文考古学の調査が行われた。
The Stone Circles at Odry, Poland
先史時代後期のヨーロッパ
9 ボカ・デ・ポトレリージョス英語版 メキシコの旗 メキシコヌエボ・レオン州ミナ英語版
北緯26度2分40秒 西経100度38分40秒 / 北緯26.04444度 西経100.64444度 / 26.04444; -100.64444 (Boca de Potrerillos, Mexico)
メキシコで最も重要なペトログリフ遺跡の1つで、砂漠の中にある山腹などに分布する4,000枚以上の岩石と岩板からなる。岩絵の中には太陰暦を示す記号、至点分点の時の太陽の出入りの地平線上の位置や、鹿繁殖周期との周期の関連性を示すものがある。
Boca de Potrerillos, Mexico
先コロンブス期アメリカ
10 カグアナ英語版 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国プエルトリコウトゥアド英語版
北緯18度17分41秒 西経66度46分52秒 / 北緯18.29472度 西経66.78111度 / 18.29472; -66.78111 (Caguana, Puerto Rico)
13カ所のメソアメリカの球戯の1種であるバテイ英語版球技場で、円形の中央にモノリス、周囲の石にタイノ族が彫った天体などを表現するペトログリフが見られる。球技場は特定のルールに従って配置されたものであり、天体観測または天文現象の予測に用いられたと考えられる。
Caguana, Puerto Rico
先コロンブス期アメリカ
11 チャンキーヨ ペルーの旗 ペルーアンカシュ県カスマ郡英語版
南緯9度33分41秒 西経78度13分39秒 / 南緯9.56139度 西経78.22750度 / -9.56139; -78.22750 (Chankillo, Peru)
海岸砂漠に位置する要塞祭祀の中心地で、13基の塔と東西の観測点からなる太陽観測所がある。
Chankillo, Peru
先コロンブス期アメリカ 世界遺産
12 ビニャ・デル・セロスペイン語版  チリアタカマ州コピアポ県コピアポ川英語版渓谷にあるティエラ・アマリージャ英語版
南緯27度54分9秒 西経70度1分51秒 / 南緯27.90250度 西経70.03083度 / -27.90250; -70.03083 (Viña del Cerro, Chile)
1400年前後のディアギータ英語版インカ冶金の中心地である。遺跡にはウシュヌ英語版というピラミッド状の祭壇があり、周囲の山々と組み合わせて2つの至点での日の出の位置を示す。
Viña del Cerro, Chile
先コロンブス期アメリカ 世界遺産「カパック・ニャン」の構成資産
13 ナバホ族の星の天井 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューメキシコ州アリゾナ州コロラド州ユタ州の州境にあるフォー・コーナーズ地域(主にキャニオン・デ・シェイ国定公園英語版
北緯36度30分0秒 西経107度0分0秒 / 北緯36.50000度 西経107.00000度 / 36.50000; -107.00000 (Navajo star ceilings, USA)
ナバホ地域の全域に洞窟の天井に1つから数百の十字形の印が描かれるまたは刻まれる「星の天井」が存在し、星の観測から発展してきたナバホ族の天文学を示す。
Navajo star ceilings, USA
先住民の天文学的応用
14 アティチュイティ・ルガ フランスの旗 フランスフランス領ポリネシアマンガレヴァ島リキテア英語版
南緯23度7分58秒 西経134度58分14秒 / 南緯23.13278度 西経134.97056度 / -23.13278; -134.97056 (Atituiti Ruga, French Polynesia)
マンガレヴァ島の最南端にある高原であり、テ・ルア・ラと呼ばれる祭壇がある。19世紀中期からの天文考古学の記録によると、この祭壇での至点の観測結果は太陰暦の校正、雨季乾季の相互移行の決定およびパンノキ収穫の予測に影響を及ぼす。
Atituiti Ruga, French Polynesia
先住民の天文学的応用
16 陶寺英語版観星台 中華人民共和国の旗 中華人民共和国山西省襄汾県
北緯35度52分56秒 東経111度29分55秒 / 北緯35.88222度 東経111.49861度 / 35.88222; 111.49861 (Taosi observatory, China)
龍山文化城郭都市遺跡・陶寺遺跡の天文台で、運用時期は紀元前21世紀〜紀元前20世紀だと見られる。
Taosi observatory, China
古代および中世の極東
17 登封観星台中国語版 中華人民共和国の旗 中華人民共和国河南省登封市
北緯34度23分59秒 東経113度8分28秒 / 北緯34.39972度 東経113.14111度 / 34.39972; 113.14111 (Dengfeng observatory, China)
登封の歴史的建造物の1つで、現存する元代築の観星台のグノモンの効果は当時の中国で最も良いものである。近くには唐代周公測景台中国語版がある。
Dengfeng observatory, China
古代および中世の極東 世界遺産「「天地の中央」にある登封の史跡群」の構成資産
18 北京古観象台 中華人民共和国の旗 中華人民共和国北京市
北緯39度54分22秒 東経116度25分43秒 / 北緯39.90611度 東経116.42861度 / 39.90611; 116.42861 (Beijing ancient observatory, China)
明代の1442年築の高さ14mの煉瓦造の高台で、北京古城壁の一部である。頂上にはで活動した宣教師フェルディナント・フェルビーストらが作った渾天儀天球儀四分儀六分儀などの8つの青銅製機器がある。
Beijing ancient observatory, China
古代および中世の極東
19 瞻星台 大韓民国の旗 大韓民国慶尚北道慶州市
北緯35度50分7秒 東経129度13分9秒 / 北緯35.83528度 東経129.21917度 / 35.83528; 129.21917 (Cheomseongdae observatory, Republic of Korea)
東洋最古の天文台として知られる新羅時代築の高さ9.17mの石塔である。
Cheomseongdae observatory, Republic of Korea
古代および中世の極東 世界遺産「慶州歴史地域」の構成資産
20 ジャイプルのジャンタル・マンタル インドの旗 インドラージャスターン州ジャイプル
北緯26度55分29秒 東経75度49分28秒 / 北緯26.92472度 東経75.82444度 / 26.92472; 75.82444 (The Jantar Mantar at Jaipur, India)
ムガル帝国時代の1734年築の天文台であり、高い精度を持つレンガ石膏または青銅で造られた19体の天体観測用の機器または機器グループがある。
The Jantar Mantar at Jaipur, India
インド 世界遺産
21 テーベ西部のセンムト英語版  エジプトルクソール県ルクソール付近のデイル・エル=バハリ遺跡
北緯25度44分10秒 東経32度36分45秒 / 北緯25.73611度 東経32.61250度 / 25.73611; 32.61250 (The Tomb of Senenmut at Western Thebes, Egypt)
墓室の天井には現在までに発見された最も古い古代エジプト天体図がある。そこでエジプト暦の12か月、メスヘチュやデカン英語版を含む星座火星以外の惑星が確認できる。
The Tomb of Senenmut at Western Thebes, Egypt
古代エジプト
22 カルナックのアメン神殿  エジプトルクソール県ルクソールの北部
北緯25度43分5秒 東経32度36分45秒 / 北緯25.71806度 東経32.61250度 / 25.71806; 32.61250 (The Temple of Amun at Karnak, Egypt)
神殿全体は冬至中王国時代の暦法では大晦日と見られる)の日の出の方向に面しており、立地も至点の連接線がナイル川の流れに垂直する唯一の場所である。
The Temple of Amun at Karnak, Egypt
古代エジプト 世界遺産「古代都市テーベとその墓地遺跡」の構成資産
23 デンデラのハトホル神殿  エジプトケナ県ケナ近郊のデンデラ
北緯26度9分55秒 東経32度39分23秒 / 北緯26.16528度 東経32.65639度 / 26.16528; 32.65639 (The Temple of Hathor at Dandara, Egypt)
プトレマイオス朝神殿複合体で、イシス誕生神殿はシリウスの地平線を出る方向に向かっており、ハトホル神殿のチャペル天井にはカレンダーデンデラの黄道帯英語版彫刻がある。
The Temple of Hathor at Dandara, Egypt
古代エジプト
24 ギザのピラミッドと関連建物  エジプトナイル川デルタの頂点付近にあるギーザ県石灰岩台地
北緯29度58分40秒 東経31度8分5秒 / 北緯29.97778度 東経31.13472度 / 29.97778; 31.13472 (The pyramids of Giza and related buildings, Egypt)
ギザの三大ピラミッドの四面はいずれも正確に西の基本の4方位に面しているため、天の北極を周回する沈まない星の観測によって実現したものだと考えられる。また、スフィンクス像春分日の出の方向に面している。
The pyramids of Giza and related buildings, Egypt
古代エジプト 世界遺産「メンフィスとその墓地遺跡- ギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯」の構成資産
25 ナパタ英語版バルカル山ヌリを含む) スーダンの旗 スーダン北部州メロウェ付近
北緯18度32分5秒 東経31度50分4秒 / 北緯18.53472度 東経31.83444度 / 18.53472; 31.83444 (Napata, Sudan (including Djebel Barkal and Nuri))
ナパタはアメン崇拝の中心地であり、バルカル山の山麓にはナイル川の流れと垂直する方向に面する神殿が建てられた。ナイル川の対岸にはタハルカ英語版が建てたアメンの神殿があり、彼の治世中は新年日没の方向に面していた。ヌリの墓地にあるピラミッド群の基部の対角線はいずれも東西または南北の基本方向に正確に合っている。
Napata, Sudan (including Djebel Barkal and Nuri)
古代エジプト 世界遺産「ゲベル・バルカル」の構成資産
26 アテネプニュクス ギリシャの旗 ギリシャアテナイのアクロポリス付近
北緯37度58分18秒 東経23度43分10秒 / 北緯37.97167度 東経23.71944度 / 37.97167; 23.71944 (The Pnyx, Athens, Greece)
アテナイのアクロポリス西側の高台にある古典時代議場で、天文学者メトンはそこでヘリオトロピオンという至点観測用の機器を設置し、近辺のリカヴィトスの丘での観測結果とも用いてメトン周期を計算した。
The Pnyx, Athens, Greece
古典世界
27 アラトリアクロポリス イタリアの旗 イタリアラツィオ州フロジノーネ県のアラトリ
北緯41度43分35秒 東経13度20分32秒 / 北緯41.72639度 東経13.34222度 / 41.72639; 13.34222 (Acropolis of Alatri, Italy)
古代ローマの時代にモルタルなしで作られた城郭都市で、全体はふたご座の形である。
Acropolis of Alatri, Italy
古典世界
28 ローマのパンテオン イタリアの旗 イタリアローマロトンダ広場英語版
北緯41度53分55秒 東経12度28分37秒 / 北緯41.89861度 東経12.47694度 / 41.89861; 12.47694 (The Pantheon, Rome, Italy)
直径43.3mのキューポラの頂上には直径8.3mの円形のオクルスがある。入り口は北向きのため、オクルスから差し込んだ自然光は唯一の光源となり、光線の照射位置は年間を通じて変化する。
The Pantheon, Rome, Italy
古典世界 世界遺産「ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」の構成資産
29 マラーゲ天文台英語版 イランの旗 イラン北西部の東アーザルバーイジャーン州マラーゲ
北緯37度23分46秒 東経46度12分33秒 / 北緯37.39611度 東経46.20917度 / 37.39611; 46.20917 (Maragheh observatory, Iran)
コペルニクス以前の時代に、イスラム科学における惑星の運動に関する非プトレマイオス体系の開発に重要な役割を果たした天文台である。ペルシアの天文学の中心地だけでなく、トランスオクシアナ小アジアの天文台の建設にも影響を与えた。
Maragheh observatory, Iran
イスラーム天文学
30 ウルグ・ベク天文台 ウズベキスタンの旗 ウズベキスタンサマルカンド
北緯39度40分29秒 東経67度0分20秒 / 北緯39.67472度 東経67.00556度 / 39.67472; 67.00556 (Ulugh Beg‘s observatory, Uzbekistan)
15世紀にティムール朝ウルグ・ベクが築いた天文台の地下には子午線に沿う溝があり、その中には大理石から切り出された巨大なスラブ軌道状の四分儀がある。
Ulugh Beg‘s observatory, Uzbekistan
イスラーム天文学 世界遺産「サマルカンド ‐ 文化交差路」の構成資産
31 モンクウェアマス=ジャロー英語版 イギリスの旗 イギリスイングランド地方タイン・アンド・ウィアサンダーランドモンクウェアマス英語版
北緯54度54分48秒 西経1度22分29秒 / 北緯54.91333度 西経1.37472度 / 54.91333; -1.37472 (Monkwearmouth)
ウェア川英語版タイン川河口の近くにあるセント・ピーター教会英語版セント・ポール教会英語版からなる。703年〜731年に教会暦に関する研究を行った尊者ベーダは過ごした場所である。
Monkwearmouth-Jarrow, United Kingdom
ヨーロッパ中世天文学
イギリスの旗 イギリスイングランド地方タイン・アンド・ウィアサウス・タインサイド英語版ジャロー英語版
北緯54度58分49秒 西経1度28分20秒 / 北緯54.98028度 西経1.47222度 / 54.98028; -1.47222 (Jarrow)
32 パルマ洗礼堂英語版 イタリアの旗 イタリアエミリア=ロマーニャ州パルマ
北緯44度48分10秒 東経10度19分50秒 / 北緯44.80278度 東経10.33056度 / 44.80278; 10.33056 (Baptistery of Parma, Italy)
パルマ大聖堂に隣接するヨーロッパで最も重要な中世建築の1つである。洗礼盤祭壇を繋ぐ主軸は2月2日の聖燭祭日の出の方向と一致するなど、特定の日の太陽の出没の方向を示す要素が多く存在する。
Baptistery of Parma, Italy
ヨーロッパ中世天文学
33 ストラスブール大聖堂天文時 フランスの旗 フランスグラン・テスト地域圏(旧アルザス地方バ=ラン県ストラスブール
北緯48度34分55秒 東経7度45分5秒 / 北緯48.58194度 東経7.75139度 / 48.58194; 7.75139 (Strasbourg Cathedral, France, and astronomical time)
ストラスブールのノートルダム大聖堂内に日時計天文時計黄道十二星座に関するレリーフが多く存在する。大聖堂から取り外された一部の時計は現在、同市内のストラスブール装飾芸術美術館英語版ルーブル・ノートルダム美術館英語版で保存されている。
Strasbourg Cathedral, France, and astronomical time
ヨーロッパ中世天文学 世界遺産「ストラスブールのグラン・ディル」の構成資産
34 グリニッジ王立天文台 イギリスの旗 イギリスイングランド地方ロンドングリニッジ
北緯51度28分38秒 東経0度0分0秒 / 北緯51.47722度 東経0.00000度 / 51.47722; 0.00000 (Royal Observatory, Greenwich, United Kingdom)
1675年〜1676年に建てられたこの建物はグリニッジ標準時の誕生地として知られる。本初子午線グリニッジ子午線)の定義に用いられたエアリー子午環などが展示されている。
Royal Observatory, Greenwich, United Kingdom
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 世界遺産「マリタイム・グリニッジ」の構成資産
35 喜望峰王立天文台英語版 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国西ケープ州ケープタウン天文台地区英語版のトゥー・リバーズ都市公園内
南緯33度56分4秒 東経18度28分39秒 / 南緯33.93444度 東経18.47750度 / -33.93444; 18.47750 (Royal Observatory, Cape of Good Hope, Republic of South Africa)
1820年に設置されたアフリカ大陸初の主要な科学機関であり、南半球初の常設天文台でもある。現在は南アフリカ天文台英語版(SAAO)の本部で、本館にあるエアリー子午環は南アフリカ国内の地理位置の基準点である。
Royal Observatory, Cape of Good Hope, Republic of South Africa
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
36 ムードン天文台 フランスの旗 フランスパリ近郊のムードン
北緯48度48分18秒 東経2度13分52秒 / 北緯48.80500度 東経2.23111度 / 48.80500; 2.23111 (Meudon observatory, France)
フランス初の新式天文台であり、観測設備のほかに天体分光学の装置やジャンサンが使った機器などが入る物理学の実験室も設置される。1926年以降はパリ天文台(ID No.71)の一部となっている。
Meudon observatory, France
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
37 ウィルソン山天文台 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡ウィルソン山英語版
北緯34度13分28秒 西経118度3分31秒 / 北緯34.22444度 西経118.05861度 / 34.22444; -118.05861 (Mount Wilson observatory, USA)
1904年に建設された山岳天文台で、ジョージ・エラリー・ヘールが考案した3つの天文台の1つである。ヘールはここで太陽黒点が強い磁場を持つことを発見した。
Mount Wilson observatory, USA
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
38 ポツダムアインシュタイン塔 ドイツの旗 ドイツブランデンブルク州のポツダム
北緯52度22分44秒 東経13度3分50秒 / 北緯52.37889度 東経13.06389度 / 52.37889; 13.06389 (The Einstein Tower, Potsdam, Germany)
1920年代にエーリヒ・メンデルゾーンが設計した近代建築の傑作で、当時の中央ヨーロッパにおける構成主義表現主義建築の最良の例の1つとして広く認識されている。建設当時は最も重要な太陽観測所であり、塔の内部にはエルヴィン・フィンライ=フロインドリヒ英語版が設計した太陽重力場によるスペクトル線赤方偏移を測定するための塔望遠鏡がある。
The Einstein Tower, Potsdam, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
39 シュトッケルト電波望遠鏡英語版 ドイツの旗 ドイツノルトライン=ヴェストファーレン州バート・ミュンスターアイフェル英語版シュトッケルトの丘英語版
北緯50度34分10秒 東経6度43分19秒 / 北緯50.56944度 東経6.72194度 / 50.56944; 6.72194 (Stockert radio telescope, Germany)
33,000m²の敷地には25mの電波望遠鏡と10mのミリ波電波望遠鏡がある。1956年〜1995年の稼働期間中はボン大学天文学部(ID No.114)などが使用した。
Stockert radio telescope, Germany
電波天文学の発展
40 10か国を跨ぐシュトルーヴェの測地弧  ノルウェーフグレネス英語版
北緯70度40分12秒 東経23度39分48秒 / 北緯70.67000度 東経23.66333度 / 70.67000; 23.66333 (Fuglenes, Norway)
フリードリヒ・ゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・シュトルーヴェらは地球の大きさと形状を測定するために、ノルウェーの北海岸から黒海沿岸までに設置した一連の三角点である。国境を跨ぐ最初の子午線弧の測量装置で、東ヨーロッパ地図作製の基礎となった。
The Struve geodetic arc
現代の応用天文学 世界遺産
 ノルウェーリッレ=ライパスノルウェー語版
北緯69度56分19秒 東経23度21分37秒 / 北緯69.93861度 東経23.36028度 / 69.93861; 23.36028 (Lille-Raipas, Norway)
 ノルウェーロフディジュヨッキノルウェー語版
北緯69度39分52秒 東経23度36分7秒 / 北緯69.66444度 東経23.60194度 / 69.66444; 23.60194 (Lohdizhjokki, Norway)
 ノルウェーベリャツ=ヴァーラノルウェー語版
北緯69度2分37秒 東経23度17分15秒 / 北緯69.04361度 東経23.28750度 / 69.04361; 23.28750 (Bäljatz-Vaara, Norway)
 スウェーデンパイタス=ヴァーラ英語版
北緯68度15分18秒 東経22度58分59秒 / 北緯68.25500度 東経22.98306度 / 68.25500; 22.98306 (Pajtas-Vaara, Sweden)
 スウェーデンケッロユプッカ英語版
北緯67度16分36秒 東経23度14分35秒 / 北緯67.27667度 東経23.24306度 / 67.27667; 23.24306 (Kerrojupukka, Sweden)
 スウェーデンプッリンキ英語版
北緯66度38分45秒 東経23度46分55秒 / 北緯66.64583度 東経23.78194度 / 66.64583; 23.78194 (Pullinki, Sweden)
 スウェーデンペッラ=ヴァーラスウェーデン語版
北緯66度1分5秒 東経23度55分21秒 / 北緯66.01806度 東経23.92250度 / 66.01806; 23.92250 (Perra-Vaara, Sweden)
 フィンランドストゥオル=オイヴィフィンランド語版
北緯68度40分57秒 東経22度44分45秒 / 北緯68.68250度 東経22.74583度 / 68.68250; 22.74583 (Stuor-Oivi, Finland)
 フィンランドアーヴァサクサ
北緯66度23分52秒 東経23度43分31秒 / 北緯66.39778度 東経23.72528度 / 66.39778; 23.72528 (Avasaksa, Finland)
 フィンランドトルネアフィンランド語版
北緯65度49分48秒 東経24度9分26秒 / 北緯65.83000度 東経24.15722度 / 65.83000; 24.15722 (Tornea, Finland)
 フィンランドプオラッカフィンランド語版
北緯61度55分36秒 東経25度32分1秒 / 北緯61.92667度 東経25.53361度 / 61.92667; 25.53361 (Puolakka, Finland)
 フィンランドポルロムIIフィンランド語版
北緯60度42分17秒 東経26度0分12秒 / 北緯60.70472度 東経26.00333度 / 60.70472; 26.00333 (Porlom II, Finland)
 フィンランドスヴァルトヴィラフィンランド語版
北緯60度16分36秒 東経26度36分12秒 / 北緯60.27667度 東経26.60333度 / 60.27667; 26.60333 (Svartvira, Finland)
ロシアの旗 ロシア、メキ=ペーリュス
北緯60度4分27秒 東経26度58分11秒 / 北緯60.07417度 東経26.96972度 / 60.07417; 26.96972 (Mäki-Päälys, Russia)
ロシアの旗 ロシアホグラント
北緯60度5分10秒 東経26度57分38秒 / 北緯60.08611度 東経26.96056度 / 60.08611; 26.96056 (Hogland, Russia)
 エストニアヴォイビファー英語版
北緯59度3分28秒 東経26度20分16秒 / 北緯59.05778度 東経26.33778度 / 59.05778; 26.33778 (Woibifer, Estonia)
 エストニアカトコ英語版
北緯59度2分54秒 東経26度24分51秒 / 北緯59.04833度 東経26.41417度 / 59.04833; 26.41417 (Katko, Estonia)
 エストニアドルパト(ID No.109)
北緯58度22分44秒 東経26度43分13秒 / 北緯58.37889度 東経26.72028度 / 58.37889; 26.72028 (Dorpat, Estonia)
 ラトビアゼストゥ=カルンスラトビア語版
北緯56度50分34秒 東経25度38分6秒 / 北緯56.84278度 東経25.63500度 / 56.84278; 25.63500 (Sestu-Kalns, Latvia)
 ラトビアヤコプシュタット
北緯56度30分5秒 東経25度51分24秒 / 北緯56.50139度 東経25.85667度 / 56.50139; 25.85667 (Jacobstadt, Latvia)
 リトアニアカリシュキリトアニア語版
北緯55度54分9秒 東経25度26分12秒 / 北緯55.90250度 東経25.43667度 / 55.90250; 25.43667 (Karischki, Lithuania)
 リトアニアメシュカンジリトアニア語版
北緯54度55分51秒 東経25度19分0秒 / 北緯54.93083度 東経25.31667度 / 54.93083; 25.31667 (Meschkanzi, Lithuania)
 リトアニアベレシュネキリトアニア語版
北緯54度38分4秒 東経25度25分45秒 / 北緯54.63444度 東経25.42917度 / 54.63444; 25.42917 (Beresnäki, Lithuania)
 ベラルーシトゥピシュキベラルーシ語版
北緯54度17分29秒 東経26度2分43秒 / 北緯54.29139度 東経26.04528度 / 54.29139; 26.04528 (Tupischki, Belarus)
 ベラルーシロパティベラルーシ語版
北緯53度33分37秒 東経24度52分11秒 / 北緯53.56028度 東経24.86972度 / 53.56028; 24.86972 (Lopati, Belarus)
 ベラルーシオッソウニツァベラルーシ語版
北緯52度17分21秒 東経25度38分58秒 / 北緯52.28917度 東経25.64944度 / 52.28917; 25.64944 (Ossownitza, Belarus)
 ベラルーシチェクツクベラルーシ語版
北緯52度12分55秒 東経25度33分12秒 / 北緯52.21528度 東経25.55333度 / 52.21528; 25.55333 (Tchekutsk, Belarus)
 ベラルーシレスコヴィッチタラシケヴィツァ版
北緯52度9分38秒 東経25度34分17秒 / 北緯52.16056度 東経25.57139度 / 52.16056; 25.57139 (Leskowitschi, Belarus)
モルドバの旗 モルドバルディ英語版
北緯48度19分8秒 東経27度52分36秒 / 北緯48.31889度 東経27.87667度 / 48.31889; 27.87667 (Rudy, Moldova)
 ウクライナカテリノフカウクライナ語版
北緯49度33分57秒 東経26度45分22秒 / 北緯49.56583度 東経26.75611度 / 49.56583; 26.75611 (Katerinowka, Ukraine)
 ウクライナフェルシュティンウクライナ語版
北緯49度19分48秒 東経26度40分55秒 / 北緯49.33000度 東経26.68194度 / 49.33000; 26.68194 (Felschtin, Ukraine)
 ウクライナバラノフカウクライナ語版
北緯49度8分55秒 東経26度59分30秒 / 北緯49.14861度 東経26.99167度 / 49.14861; 26.99167 (Baranowka, Ukraine)
 ウクライナシュタロ=ネクラッソフカウクライナ語版
北緯45度19分54秒 東経28度55分41秒 / 北緯45.33167度 東経28.92806度 / 45.33167; 28.92806 (Staro-Nekrassowka, Ukraine)
41 テカポ湖アオラキ=マウント・クック星空保護区 ニュージーランドの旗 ニュージーランド南島中央部の南アルプス山脈トゥー・サム山脈英語版の間のマッケンジー盆地英語版およびカンタベリー地方のマウント・クック国立公園のうち、トワイゼルなどの村を含む一帯
南緯44度0分30秒 東経170度28分42秒 / 南緯44.00833度 東経170.47833度 / -44.00833; 170.47833 (Lake Tekapo - Aoraki - Mount Cook Starlight Reserve, New Zealand)
テカポ湖の南西には、世界最南端にある天文台(南極大陸観測所を除く)であるカンタベリー大学マウント・ジョン大学天文台がある。大気汚染光害が非常に少ないため、マゼラン雲銀河中心を観察するのに最適な場所である。
Lake Tekapo - Aoraki - Mount Cook Starlight Reserve, New Zealand
「空への窓」:星の光、夜空保護区と天文台 世界遺産「テ・ワヒポウナム - 南西ニュージーランド」の構成資産
42 東アルプスグロースムーグルドイツ語版星空保護区  オーストリアニーダーエスターライヒ州オーバーエスターライヒ州シュタイアーマルク州ケルンテン州の各一部
北緯47度0分0秒 東経14度0分0秒 / 北緯47.00000度 東経14.00000度 / 47.00000; 14.00000 (East Alpine Starlight Reserve)
東アルプス星空保護区はウィーンの南西にある200×100kmの楕円形のエリアで、周りの高い山々により光害が遮断されている。グロースムーグル星空オアシスはウィーンの北側にある1.3km²の狭いエリアで、市中心部のシュテファン大聖堂からわずか33km離れた場所である。
Eastern Alpine and Großmugl starlight areas
「空への窓」:星の光、夜空保護区と天文台
 オーストリアニーダーエスターライヒ州のグロースムーグル自治体
北緯48度29分20秒 東経16度13分20秒 / 北緯48.48889度 東経16.22222度 / 48.48889; 16.22222 (Großmugl Starlight Oasis)
43 全米天文学大学連合(AURA)天文台  チリコキンボ州トロロ山
南緯30度10分12秒 西経70度48分24秒 / 南緯30.17000度 西経70.80667度 / -30.17000; -70.80667 (Cerro Tololo)
トロロ山とパチョン山にある2つの望遠鏡のグループからなり、セロ・トロロ汎米天文台の4mのブランコ望遠鏡英語版、8mのジェミニ南望遠鏡、4.2mのSOAR望遠鏡と8.2mの大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(建設中)がある。
AURA Observatory, Chile
「空への窓」:星の光、夜空保護区と天文台
 チリコキンボ州パチョン山英語版
南緯30度14分24秒 西経70度44分6秒 / 南緯30.24000度 西経70.73500度 / -30.24000; -70.73500 (Cerro Pachón)
44 ハワイマウナ・ケア天文台 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国、ハワイ州ハワイ島マウナ・ケア
北緯19度49分30秒 西経155度28分25秒 / 北緯19.82500度 西経155.47361度 / 19.82500; -155.47361 (Mauna Kea Observatory, Hawaii, USA)
マウナ・ケアは太平洋海底からの標高差が最も大きい場所であるため、山頂の気圧はわずか600mbである。山頂の空気は非常に乾く、もほとんどないため、天体からの赤外線サブミリ波放射を測定するのに適している。そのため、W・M・ケック天文台すばる望遠鏡ジェミニ北望遠鏡イギリス赤外線望遠鏡カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡カルテクサブミリ波天文台サブミリ波干渉計など多くの観測施設は山頂に設置されている。
Mauna Kea Observatory, Hawaii, USA
「空への窓」:星の光、夜空保護区と天文台
45 カナリア諸島の天文台群 スペインの旗 スペイン、カナリア諸島ラ・パルマ島タブリエンテ・カルデラ国立公園英語版の周縁部
北緯28度46分0秒 西経17度53分0秒 / 北緯28.76667度 西経17.88333度 / 28.76667; -17.88333 (Roque de los Muchachos Observatory)
ラ・パルマ島のロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台とテネリフェ島のテイデ天文台英語版からなり、その歴史は1856年にスコットランド王室天文官がテネリフェ島で行った天体観測まで遡ることができる。赤道に近いが、熱帯低気圧の影響範囲外にあるのに加え、標高は約2,400mで貿易風により生じた逆転層の上方に位置するため、乱気流の影響をほとんど受けない。ガンマ線バースト光学対応天体褐色矮星および銀河系にある恒星サイズのブラックホールの証拠などが観測された最初の場所である。
Canarian observatories, Spain
「空への窓」:星の光、夜空保護区と天文台
スペインの旗 スペイン、カナリア諸島テネリフェ島テイデ国立公園付近
北緯28度18分0秒 西経16度30分0秒 / 北緯28.30000度 西経16.50000度 / 28.30000; -16.50000 (Teide Observatory)
テイデ天文台周辺は世界遺産「テイデ国立公園」の構成資産
46 オマーンにおける灌漑の天文学的時間計算 オマーンの旗 オマーン北部のハムラーウ州英語版アル=ハムラーウミスファート=アル=アブリーンフランス語版カリヤ・バニー・スブハムダイビー州英語版バルザマーンスダイラザーヒブアル=ファトハアル=アワービー州英語版スタールハジールスール州ハラムタイマーウアバート
北緯23度5分58秒 東経57度18分36秒 / 北緯23.09944度 東経57.31000度 / 23.09944; 57.31000 (Astronomical timing of irrigation in Oman: Qarya Beni Subh)
北緯22度18分11秒 東経58度4分6秒 / 北緯22.30306度 東経58.06833度 / 22.30306; 58.06833 (Astronomical timing of irrigation in Oman: Barzaman)
北緯22度32分18秒 東経58度7分0秒 / 北緯22.53833度 東経58.11667度 / 22.53833; 58.11667 (Astronomical timing of irrigation in Oman: Zahib)
北緯22度36分52秒 東経58度8分4秒 / 北緯22.61444度 東経58.13444度 / 22.61444; 58.13444 (Astronomical timing of irrigation in Oman: Al Fath)
太陽や星の天体暦を用いて、アフラジという伝統的な灌漑システムから水を分配する時期を決める一連の慣行である。決定方法は地域によって異なるが、概ね日時計による計測、固定の観測点から見た特定の星の位置変化、そして星空の観測の3つのパターンが挙げられる。
Astronomical timing of irrigation in Oman
先住民の天文学的応用 世界遺産「オマーンの灌漑システム アフラジ」に関連
49 ID No.6 ストーンヘンジ世界遺産のIAUによる追加説明
50 7つの石の支石墓 ポルトガルの旗 ポルトガルエヴォラ県アランドロアル英語版アライオロス英語版エストレモスエヴォラモラ英語版レゲンゴス・デ・モンサラス英語版レドンド英語版
北緯38度53分39秒 西経8度1分2秒 / 北緯38.89417度 西経8.01722度 / 38.89417; -8.01722 (Seven-stone Antas: Pavia)
イベリア半島南西部に点在する186カ所のドルメンであり、特にポルトガルアレンテージョ地方のエヴォラ県・ポルタレグレ県の県境付近およびスペインエストレマドゥーラ州のバダホス県とカセレス県に多い。うち177体は日の出または月の出の方向に向かっている。保存状態が良いバレンシア・デ・アルカンタラのドルメン群は3つグループに分けられている。
Seven-stone Antas, Portugal/Spain
先史時代後期のヨーロッパ
ポルトガルの旗 ポルトガルポルタレグレ県カステロ・デ・ヴィデ英語版クラト英語版エルヴァスニーザポンテ・デ・ソル英語版
北緯39度27分0秒 西経7度40分30秒 / 北緯39.45000度 西経7.67500度 / 39.45000; -7.67500 (Seven-stone Antas: Sáúo Gens)
ポルトガルの旗 ポルトガルベージャ県オウリケ英語版
北緯37度48分0秒 西経8度16分14秒 / 北緯37.80000度 西経8.27056度 / 37.80000; -8.27056 (Seven-stone Antas: Pedra d’Anta)
ポルトガルの旗 ポルトガルセトゥーバル県サンティアゴ・ド・カセーン英語版
北緯38度6分0秒 西経8度43分7秒 / 北緯38.10000度 西経8.71861度 / 38.10000; -8.71861 (Seven-stone Antas: Pedra Branca)
ポルトガルの旗 ポルトガルリスボン県アグアルヴァ英語版ロウレス英語版シントラ
北緯38度54分0秒 西経9度13分0秒 / 北緯38.90000度 西経9.21667度 / 38.90000; -9.21667 (Seven-stone Antas: Carcavelos)
スペインの旗 スペインエストレマドゥーラ州バダホス県バルカロタ英語版ヘレス・デ・ロス・カバジェロス英語版メリダ
北緯39度0分0秒 西経6度25分15秒 / 北緯39.00000度 西経6.42083度 / 39.00000; -6.42083 (Seven-stone Antas: Lacara)
スペインの旗 スペインエストレマドゥーラ州カセレス県セディージョ英語版バレンシア・デ・アルカンタラ英語版
北緯39度23分48秒 西経7度18分1秒 / 北緯39.39667度 西経7.30028度 / 39.39667; -7.30028 (Seven-stone Antas: Tapada del Anta)
スペインの旗 スペインアンダルシア州ウエルバ県アロチェ英語版ロサル・デ・ラ・フロンテラ英語版
北緯38度0分0秒 西経7度8分36秒 / 北緯38.00000度 西経7.14333度 / 38.00000; -7.14333 (Seven-stone Antas: Pasada del Abad)
51 ID No.11 チャンキーヨのIAUによる追加説明
52 ID No.35 喜望峰王立天文台のIAUによる追加説明
53 ID No.41 アオラキ=マウント・クック星空保護区のIAUによる追加説明
58 ID No.6 ストーンヘンジ世界遺産のUNESCOによる世界遺産の説明
59 空への窓 ID No.43 全米天文学大学連合天文台、No.44 ハワイのマウナケア天文台群、No.45 カナリア諸島の天文台群の集約
60 ID No.5 ラスコー洞窟の天文学的岩板のUNESCOによる世界遺産の説明
61 ID No.17 登封観星台のUNESCOによる世界遺産の説明
62 ID No.20 ジャイプルのジャンタル・マンタルのUNESCOによる世界遺産の説明
63 ID No.22 カルナックのアメン神殿のUNESCOによる世界遺産の説明
64 ID No.24 ギザのピラミッドと関連建物のUNESCOによる世界遺産の説明
65 ID No.25 ナパタ(バルカル山とヌリを含む)のUNESCOによる世界遺産の説明
66 ID No.28 ローマのパンテオンのUNESCOによる世界遺産の説明
67 ID No.30 ウルグ・ベク天文台のUNESCOによる世界遺産の説明
68 ID No.33 ストラスブール大聖堂と天文時のUNESCOによる世界遺産の説明
69 ID No.34 グリニッジ王立天文台のUNESCOによる世界遺産の説明
70 ID No.40 シュトルーヴェの測地弧のUNESCOによる世界遺産の説明
71 パリ天文台 フランスの旗 フランスイル=ド=フランス地域圏パリ南部の大学都市カルチエ・ラタン付近の丘の上
北緯48度50分11秒 東経2度20分12秒 / 北緯48.83639度 東経2.33667度 / 48.83639; 2.33667 (Observatoire de Paris, France)
現存する最も古い天文台の1つで、1667年〜1672年築の本館、19世紀築の東別館と1845年にフランソワ・アラゴが追加したキューポラからなる。本館はクロード・ペローが設計したものであり、完成後にオーズーピカールカッシーニ1世レーマーなどの天文学者が活躍していた。館内2階にはカッシーニ1世とカッシーニ2世が造ったパリ子午線を示すマークがある。
Observatoire de Paris, France
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
72 ID No.71 パリ天文台のIAUによる追加説明
73 ニューサウスウェールズ州シドニー天文台英語版 オーストラリアの旗 オーストラリアシドニーミラーズ・ポイント英語版天文台の丘英語版シドニー港付近)
南緯33度51分35秒 東経151度12分17秒 / 南緯33.85972度 東経151.20472度 / -33.85972; 151.20472 (Sydney Observatory, New South Wales, Australia)
1858年に運用を開始した3代目のシドニー天文台は1874年の金星の太陽面通過の観測が行われた場所であり、1982年以降は天文学博物館および公開天文台となる。なお、1788年の初代の天文台は天文台の丘の麓のドーズ・ポイント英語版に、1821年の2代目の天文台はパラマタにあった。
Sydney Observatory, New South Wales, Australia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 空とつながる場所「オットフォードの太陽系」に関連
76 ピク・デュ・ミディ・ド・ビゴール天文台 フランスの旗 フランスミディ=ピレネー地域圏オート=ピレネー県
北緯42度56分15秒 東経0度8分28秒 / 北緯42.93750度 東経0.14111度 / 42.93750; 0.14111 (Pic du Midi de Bigorre Observatory, France)
1870年に設立された現在も稼働中の最古の山岳天文台である。ピレネー山脈の海抜3,000m近くの場所にあり、空気は非常に透明であるため、オゾン宇宙線の測定、パイ中間子の発見、の研究、太陽コロナ粒状斑の観測、惑星表面の観察、地球と月の距離の測定、恒星磁場の観測などの分野で重要な成果が得られた。また、コロナグラフ偏光分析法CCDイメージセンサなどの先駆的な技術の開発にも関与した。
Pic du Midi de Bigorre Observatory, France
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
77 リスコ・カイド英語版グラン・カナリア島の聖なる山々 スペインの旗 スペインカナリア諸島グラン・カナリア島北西部のアルテナラ英語版アガエテテヘーダ英語版の3つの自治体を跨ぐ地域
北緯28度2分37秒 西経15度39分40秒 / 北緯28.04361度 西経15.66111度 / 28.04361; -15.66111 (Risco Caído - astronomical sanctuary)
北緯27度59分7秒 西経15度38分15秒 / 北緯27.98528度 西経15.63750度 / 27.98528; -15.63750 (Geographical centre of the sacred landscape (Roque Bentayga))
リスコ・カイド天文保護区とロケ・ベンタイガ英語版を中心とした聖地という2つのエリアからなり、テヘーダのカルデラタマダバ自然保護区スペイン語版の区域を含む。グアンチェ族などの先住民がテヘーダ・カルデラの聖地で造った洞窟などの建造物の多くは夏至分点日の出日没の方向に面している。これらの建造物は祭礼用のほか、年または季節の経過を記録するものもある。
Risco Caído and the sacred mountains of Gran Canaria, Spain
先住民の天文学的応用 世界遺産「リスコ・カイドとグラン・カナリア島の聖なる山々の文化的景観スペイン語版」の構成資産
78 ジョドレルバンク天文台 イギリスの旗 イギリスイングランド北西部のチェシャー
北緯53度14分2秒 西経2度18分14秒 / 北緯53.23389度 西経2.30389度 / 53.23389; -2.30389 (Jodrell Bank Observatory, United Kingdom)
1945年に使用開始した、現在も稼働中の世界有数の電波天文台である。電波干渉の少ない田園地帯にあり、敷地中にはラベル望遠鏡英語版などの電波望遠鏡がある。宇宙線隕石に関する研究、クエーサーの発見、量子光学宇宙船の追跡などの分野で重要な成果が得られた。
Jodrell Bank Observatory, United Kingdom
電波天文学の発展 世界遺産
79 イリノイ大学天文台英語版 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国イリノイ州アーバナ
北緯40度6分19秒 西経88度13分34秒 / 北緯40.10528度 西経88.22611度 / 40.10528; -88.22611 (University of Illinois Observatory, USA)
イリノイ州政府の15,000ドル予算をもって、1896年に建設されたイリノイ大学の天文台である。20世紀前半にジョエル・ステビンスジェーコブ・クンツ英語版らによるセレン光電池搭載の光度計光電測光器の開発と食変光星アルゴルのセカンダリー・エクリプスの観測はここで行われたため、測光と検出器技術の変革が起きた地である。
University of Illinois Observatory, USA
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
82 バイコヌール宇宙基地 カザフスタンの旗 カザフスタンクズロルダ州
北緯45度54分0秒 東経63度18分0秒 / 北緯45.90000度 東経63.30000度 / 45.90000; 63.30000 (Baikonur cosmodrome, Kazakhstan)
最初の人工衛星スプートニク1号、最初の宇宙飛行士ユーリー・ガガーリンを乗せた有人宇宙船ボストーク1号が打ち上げられた場所であり、多くの宇宙飛行士、宇宙ステーション探査機を送り出した宇宙基地である。ソ連および後継国のロシア宇宙開発計画の重要な拠点である。
Baikonur cosmodrome, Kazakhstan
宇宙遺産
83 タイスの骨 フランスの旗 フランスドローム県サン=ナゼール=アン=ロワイヤンタイス洞窟フランス語版で発掘、ヴァランス芸術と考古学博物館フランス語版所蔵
北緯45度3分53秒 東経5度16分24秒 / 北緯45.06472度 東経5.27333度 / 45.06472; 5.27333 (The Thaïs Bone, France)
北緯44度55分52秒 東経4度53分23秒 / 北緯44.93111度 東経4.88972度 / 44.93111; 4.88972 (The Thaïs Bone, France)
87mm×27mmの肋骨の一部で、両面に長い線、交差する短い線と抉られた跡が多くある。顕微鏡分析によると、これらの痕跡は異なる時期に様々な道具を利用して刻み込まれたものであり、12,000年前のアジール文化英語版期の人類が季節月相の変化を記録したものだと考えられる。
The Thaïs Bone, France
先史時代前期 可動文化財
84 ガイセンクレステルレの装飾プレート英語版 ドイツの旗 ドイツバーデン=ヴュルテンベルク州アルプ=ドナウ郡ガイセンクレステルレ洞窟遺跡英語版で発掘、テュービンゲンバーデン=ヴュルテンベルク州記念物保存局ドイツ語版所蔵
北緯48度23分53秒 東経9度46分17秒 / 北緯48.39806度 東経9.77139度 / 48.39806; 9.77139 (The Decorated Plate of the Geißenklösterle, Germany)
北緯48度30分34秒 東経9度3分55秒 / 北緯48.50944度 東経9.06528度 / 48.50944; 9.06528 (The Decorated Plate of the Geißenklösterle, Germany)
カルスト地形の渓谷の中にある洞窟骨灰層からは後期旧石器時代の芸術作品が多数見つかり、1979年に発掘されたこのオーリニャック文化期の38mm×14.1mm×4.5mmのプレートもその1つである。このプレートはマンモス象牙の加工品で、表面に腕を上げている人間のレリーフがあり、側面と裏面には88の刻んだ跡がある。88は3ヶ月の日数とほぼ一致するため、オリオン座の観測に関連する妊娠時期の計算道具ではないかと考えられる。
The Decorated Plate of the Geißenklösterle, Germany
先史時代前期 可動文化財
85 イシャンゴの骨  コンゴ民主共和国エドワード湖北西部のセムリキ川の流出口に近いヴィルンガ国立公園内のイシャンゴ遺跡英語版で発掘、ベルギーの旗 ベルギーブリュッセル王立自然科学研究所フランス語版所蔵
南緯0度7分37秒 東経29度36分2秒 / 南緯0.12694度 東経29.60056度 / -0.12694; 29.60056 (The Ishango Bone, Democratic Republic of the Congo)
北緯50度51分22秒 東経4度25分33秒 / 北緯50.85611度 東経4.42583度 / 50.85611; 4.42583 (The Ishango Bone, Democratic Republic of the Congo)
1950年にゴマの近郊のイシャンゴ遺跡で発掘されたイシャンゴの骨は長さ10cmのわずかに湾曲した暗褐色のヒヒの腓骨である。一端には長さ2mmの石英があるため、ナイフのような切断用の道具だと考えられる。骨の表面には3列の刻み目があり、2つの列に60の、もう1つの列には48の刻み目がある。明らかにランダムな配列ではないため、研究者は計数用の計算機または月相の観測記録だと考えている。
The Ishango Bone, Democratic Republic of the Congo
先史時代前期 可動文化財
87 ID No.42 東アルプスとグロースムーグルの星空保護区のIAUによる追加説明
90 風の塔 ギリシャの旗 ギリシャアテネ
北緯37度58分27秒 東経23度43分37秒 / 北緯37.97417度 東経23.72694度 / 37.97417; 23.72694 (Tower of the Winds, Greece)
キュロスのアンドロニコス英語版が建てたこのヘレニズム後期のギリシア建築ローマ時代のアゴラの東側、アテナイのアクロポリスの北麓にある。ペンテリコ山大理石で造られた高さ約14m、直径8mの八角形の塔と南側の円筒形の構造からなり、古代に天体観測または天気予報用の建物だと考えられる。外面の8つの面の上部には1つずつのフリーズがあり、それぞれは1つのアネモイを表現している。
Tower of the Winds, Greece
古典世界
91 ID No.77 リスコ・カイドとグラン・カナリア島の聖なる山々のUNESCOによる世界遺産の説明
92 ハンブルク天文台 ドイツの旗 ドイツハンブルクベルゲドルフ英語版
北緯53度28分50秒 東経10度14分28秒 / 北緯53.48056度 東経10.24111度 / 53.48056; 10.24111 (Hamburger Sternwarte, Germany)
アルベルト・エルベドイツ語版が設計したネオバロック様式の建物群で、20世紀初のヨーロッパで最大かつ最も近代的で天文台の1つである。1906年、もともと都心のミラーン門(ID No.136)にあったが、光害大気汚染により郊外の公園に移転され、各設備は公園内に分布する一連の建物に収容される。
Hamburger Sternwarte, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
93 プルコヴォ中央天文台 ロシアの旗 ロシアサンクトペテルブルクプルコヴォの丘英語版
北緯59度46分18秒 東経30度19分34秒 / 北緯59.77167度 東経30.32611度 / 59.77167; 30.32611 (Central Astronomical Observatory at Pulkovo, Russian Federation)
プルコヴォ天文台はフリードリヒ・ゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・シュトルーヴェの監督の下で設立され、1839年に開所した。本館の設計者はアレクサンドル・ブリュッロフ英語版である。19世紀には二重星の発見と星表の作製、ベガ年周視差の測定およびシュトルーヴェの測地弧(ID No.40)の設立で有名となった。
Central Astronomical Observatory at Pulkovo, Russian Federation
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 世界遺産「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」の構成資産
95 ホルトバージプスタ羊飼いの天文学的実践  ハンガリーティサ川中流域のハンガリー大平原
北緯47度33分31秒 東経21度3分20秒 / 北緯47.55861度 東経21.05556度 / 47.55861; 21.05556 (Hortobágy Puszta and astronomy in shepherding practices)
ホルトバージ・プスタは乾燥で塩分も多いアルカリ性の土地であるため、農業には不向きである。しかし、などの家畜は塩分の多い牧草地湿地に適応しやすいため、毎年の4月から10月にかけて大勢の羊飼いはラツカ羊英語版などの放牧を行う。羊飼いは夜に集落から遠く離れたプスタで放牧するため、時計の普及以前は夜空の星を利用して方位と時間を判断していた。そのため、古代のマジャル人の天文学の知識は豊富で、様々な天体に関する独特な民間伝承が存在する。
Hortobágy Puszta and astronomy in shepherding practices
先住民の天文学的応用 世界遺産「ホルトバージ国立公園」に関連、星空保護区
96 ネブラ・スカイ・ディスク - 青銅器時代の空の表現 ドイツの旗 ドイツザクセン=アンハルト州ハレ州立先史博物館英語版所蔵
北緯51度29分54秒 東経11度57分45秒 / 北緯51.49833度 東経11.96250度 / 51.49833; 11.96250 (Nebra Sky Disc - Bronze Age representation of the sky, Germany)
重さ2kg、直径320mmで、厚さは中心部で4.5mm、縁で1.5mmの青銅製の円盤である。表面中心部には2枚の円形三日月形ののプレートがあり、他には32個の小さな金の斑点の装飾がある。また、縁には3つの薄い金の円弧があるが、うち1つは既に取り除かれている。裏面には付着の痕跡はないが、表面の縁には38個の穴がある。
Nebra Sky Disc — Bronze Age representation of the sky, Germany
先史時代後期のヨーロッパ 可動文化財
97 ゼーベルク天文台 ドイツの旗 ドイツテューリンゲン州ゴータ(ゴータ・ゼーベルク天文台)
北緯50度56分2秒 東経10度43分42秒 / 北緯50.93389度 東経10.72833度 / 50.93389; 10.72833 (Seeberg observatory)
旧天文台は1787年にフランツ・クサーヴァー・フォン・ツァハの計画の下で、ザクセン=ゴータ=アルテンブルク公エルネスト2世英語版が私財を投じてフリーデンシュタイン城英語版に建設したものである。1840年代以前に荒廃した後、跡地はレストランに改造された。新ゴータ天文台は1859年に建築家グスタフ・エベルハルトドイツ語版によりゴータの町中に建設され、1934年まで稼働していた。
Seeberg Observatory, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
ドイツの旗 ドイツテューリンゲン州ゴータ(新ゴータ天文台)
北緯50度56分35秒 東経10度42分31秒 / 北緯50.94306度 東経10.70861度 / 50.94306; 10.70861 (New Gotha observatory)
98 クレムスミュンスター天文台ドイツ語版  オーストリアオーバーエスターライヒ州クレムスミュンスター英語版
北緯48度3分19秒 東経14度7分54秒 / 北緯48.05528度 東経14.13167度 / 48.05528; 14.13167 (Kremsmünster Observatory, Austria)
1748年〜1758年、ベネディクト会クレムスミュンスター修道院英語版に建設された9階建ての天文台である。天文台で19世紀後半のクレムスミュンスター子午線の観測が行われたほか、その気象室は1762年から現在まで場所を変えずに気象観測活動を行う唯一の観測所である。天文台は後期バロック様式博物館建物の1つでもあり、バロック時代科学と宗教の密接な関係を示している。
Kremsmünster Observatory, Austria
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
99 ニュルンベルク城天文台 ドイツの旗 ドイツバイエルン州ニュルンベルクのニュルンベルク城の北部要塞
北緯49度27分30秒 東経11度4分35秒 / 北緯49.45833度 東経11.07639度 / 49.45833; 11.07639 (Nuremberg castle observatory, Germany)
1678年、ゲオルク・クリストフ・アイマルト英語版はニュルンベルク城で世界初の公開天文台を開設し、四分儀六分儀八分儀望遠鏡太陽観測装置、時計プラネタリウムなどを展示した。
Nuremberg castle observatory, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
100 ウラニボリスターニボリ  スウェーデンシェラン島スコーネ地方の間のエーレスンド海峡にあるヴェン島(ウラニボリ)
北緯55度54分28秒 東経12度41分48秒 / 北緯55.90778度 東経12.69667度 / 55.90778; 12.69667 (Uraniborg)
ティコ・ブラーエフレゼリク2世の援助の下、当時デンマーク領のヴェン島で同国初の観測施設を設置した。1580年築のウラニボリは16mx16mのレンガ造の建物で、19mの主塔と南北にある直径6mの2つの小さな塔、地下の錬金術室、周辺のルネッサンス様式庭園などからなる。1584年築のスターニボリはウラニボリから80m離れた南側の地下にあり、地面には5つの円形の塔とドームがある。
Uraniborg and Stellaeburgum, Sweden
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
 スウェーデンシェラン島スコーネ地方の間のエーレスンド海峡にあるヴェン島(スターニボリ)
北緯55度54分25秒 東経12度41分49秒 / 北緯55.90694度 東経12.69694度 / 55.90694; 12.69694 (Stjärneborg)
101 ダンツィヒヘヴェリウス天文台ポーランド語版 ポーランドの旗 ポーランドグダニスクコジェンナ通り
北緯54度21分15秒 東経18度38分54秒 / 北緯54.35417度 東経18.64833度 / 54.35417; 18.64833 (Hevelius observatory, Danzig, Poland)
ヤン・ヘヴェリウスが設置したヨーロッパ最古級の私設天文台である。1641年、ヘヴェリウスは4つの建物の屋根にデッキを設置して観測を行った。1650年、ヘヴェリウスは3つの建物の屋根の間に木製のデッキを建て、その上に2代目の天文台を設置した。天文台の内部にはヘヴェリウスの住まい、観測機器の倉庫、図書館銅版画工房、印刷所もあったが、1679年の火災で焼失した。
Hevelius observatory, Danzig, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
102 ケーニヒスベルク天文台英語版 ロシアの旗 ロシアカリーニングラード天文台の城ドイツ語版
北緯54度42分47秒 東経20度29分40秒 / 北緯54.71306度 東経20.49444度 / 54.71306; 20.49444 (Königsberg Observatory, Russia)
フリードリヒ・ヴィルヘルム3世ケーニヒスベルクに天文台を建設する意向を示したため、ヴィルヘルム・フォン・フンボルトは1810年にフリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセルを招き、天文台の建設を要請した。1813年11月に完成された後、ベッセルはここで大気差年周視差などの測定を通じて、恒星の位置を特定し星表を作製した。また、世界初の皆既日食写真1851年7月28日の日食)を撮影した場所である。
Königsberg Observatory, Russia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
104 リリエンタール天文台ドイツ語版 ドイツの旗 ドイツニーダーザクセン州リリエンタール
北緯53度8分28秒 東経8度54分45秒 / 北緯53.14111度 東経8.91250度 / 53.14111; 8.91250 (Lilienthal Observatory, Germany)
リリエンタールはブレーメン近郊の小さな村であるが、18世紀末にヨハン・シュレーターが設置した巨大な20インチ望遠鏡と1800年に成立した連合天文学会(主な活動内容は小惑星帯の観測であるため、「天体警察」とも言う)の創設地として有名である。
Lilienthal Observatory, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
106 ウプサラ天文台  スウェーデンウップランド地方ウプサラ
北緯59度51分36秒 東経17度38分13秒 / 北緯59.86000度 東経17.63694度 / 59.86000; 17.63694 (Uppsala Astronomical Observatory, Sweden)
ウプサラ大学は1480年代に天文学の講座を開設したが、天文台は長らく存在しなかった。1741年、アンデシュ・セルシウスは自宅のセルシウスの家スウェーデン語版屋根裏に初めて天文台を設置し、星の等級の測定とオーロラの研究を行った。現在で「旧天文台」として知られるウプサラ天文台はグスタフ・スヴァンベリスウェーデン語版の監督の下で1853年までに建設された。学芸員のアンデシュ・オングストロームによる太陽スペクトル線の研究が有名である。1957年に光害により、50km離れたクヴィスタベリ天文台英語版に移転された。
Uppsala Astronomical Observatory, Sweden
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
108 ヴィリニュス天文台英語版  リトアニアヴィリニュスヴィリニュス大学
北緯54度40分59秒 東経25度17分11秒 / 北緯54.68306度 東経25.28639度 / 54.68306; 25.28639 (Vilnius observatory, Lithuania)
トマシュ・ジェブロフスキ英語版が設計したヴィリニュス大学の附属天文台は後期バロック新古典主義の建物で、1753年に建設された。1782年〜1788年のマルチン・クナックフス英語版による改修で2つのドリス式のような3階建ての円形の塔が追加された。1876年の火災で大きな損害を受けた後、1882年12月にロシア帝国により閉鎖された。
Vilnius observatory, Lithuania
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
109 タルトゥ天文台  エストニアタルトゥ
北緯58度22分47秒 東経26度43分18秒 / 北緯58.37972度 東経26.72167度 / 58.37972; 26.72167 (Old Tartu Observatory)
フリードリヒ・ゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・シュトルーヴェは1820年にドルパット大学附属天文台の台長を務め、在任中にヨゼフ・フォン・フラウンホーファーが設計した望遠鏡を導入し、連星系の研究を行った。シュトルーヴェは1839年にプルコヴォ天文台(ID No.93)に移った後、後任者のヨハン・ハインリヒ・フォン・メドラーは継続的に連星系と皆既日食の観測と研究を行った。天文台は1963年に郊外のトラヴェレに移転された。
Tartu Observatory, Estonia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 世界遺産「シュトルーヴェの測地弧」(ID No.40)の構成資産
 エストニアトラヴェレ英語版
北緯58度15分55秒 東経26度27分59秒 / 北緯58.26528度 東経26.46639度 / 58.26528; 26.46639 (New Tartu Observatory)
110 フルバノヴォ天文台 スロバキアの旗 スロバキアニトラ県フルバノヴォ英語版
北緯47度52分24秒 東経18度11分29秒 / 北緯47.87333度 東経18.19139度 / 47.87333; 18.19139 (Hurbanovo Observatory, Slovakia)
1871年にコンコイ=テゲ・ミクローシュ英語版が設立した私設天文台で、ハンガリー語名はオージャッラ天文台。2つのドームがあり、1つにはツェルナー分光器を装備した6インチ屈折望遠鏡がある。1874年と1879年の増築を経て、10.5インチの屈折望遠鏡もある。
Hurbanovo Observatory, Slovakia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
111 コンコイ天文台英語版  ハンガリーブダペスト
北緯47度30分0秒 東経18度57分54秒 / 北緯47.50000度 東経18.96500度 / 47.50000; 18.96500 (Konkoly Observatory, Hungary)
ハンガリー科学アカデミー傘下の天文と地球科学研究センターコンコイ=テゲ・ミクローシュ研究所である。1899年、コンコイ=テゲ・ミクローシュ英語版は個人所有のオージャッラ天文台(ID No.110)をハンガリー政府に寄贈したが、1920年にチェコスロバキアが成立すると、ハンガリーのスタッフは退去を余儀されなくなった。そのため、ブダペスト市議会は郊外のスヴァーブヘジハンガリー語版の丘の上にある土地を新しい天文台に当てがった。最初のドームと子午線室は1921年に、本館は1926年に、大ドームは1928年にそれぞれ完成された。新しい天文台はオージャッラ天文台と同様に測光に重点を置き、1935年までに2巻の変光星オージャッラ星表を出版した。
Konkoly Observatory, Hungary
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
112 プラハクレメンティヌム英語版の天文塔  チェコ、プラハのマリアーンスケー広場英語版
北緯50度5分12秒 東経14度24分57秒 / 北緯50.08667度 東経14.41583度 / 50.08667; 14.41583 (Astronomical Tower in Clementinum Prague, Czech Republic)
クレメンティヌム建物群はもともとイエズス会の大学であり、中核建物の図書館にはフレスコ画地球儀コレクションがある。附属天文台は1722年築の高さ68mの塔で、1751年にヨゼフ・ステップリング英語版により天文台に改造された。研究者は1842年〜1928年に塔でを振って正午時報を行ったほか、1780年代には天文時計の保守と修理も行った。1930年代に郊外のオンドジェヨフ天文台(ID No.205)に移転された。
Astronomical Tower in Clementinum Prague, Czech Republic
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
113 キト天文台 エクアドルの旗 エクアドルキトラ・アラメダ公園英語版
南緯0度12分54秒 西経78度30分9秒 / 南緯0.21500度 西経78.50250度 / -0.21500; -78.50250 (Quito Observatory, Ecuador)
南米最古の天文台で、ガブリエル・ガルシア・モレノフアン・バウティスタ・メンテンスペイン語版の考案に基づいて1873年に建設されたヴィクトリアン建築である。原型のボン天文台(ID No.114)と同様に円筒状のドームが多く設置されており、全体はギリシャ十字の形である。
Quito Observatory, Ecuador
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
114 ボン天文台 ドイツの旗 ドイツ、ボンのポッペルスドルファー大通り
北緯50度43分41秒 東経7度5分51秒 / 北緯50.72806度 東経7.09750度 / 50.72806; 7.09750 (Old Bonn observatory)
ボン旧天文台ドイツ語版アルゲランダー天文研究所ドイツ語版(AlfA)、ボン公共天文台ドイツ語版ホーアー・リスト天文台英語版の4つの建物からなる。旧天文台はフリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・アルゲランダーが集まった資金により、1840年〜1844年に建設されたカール・フリードリヒ・シンケルが設計したギリシャ十字形の建物で、大きなドームと6つの小さな円筒形のドームがある。アルゲランダーは位置天文学視測光法の研究により、1863年にボン掃天星表を発表した。1899年、フリードリヒ・キュストナー天体物理学の研究を行い、視線速度を計算するためのスペクトルの撮影に成功した。1950年代以降、郊外にホーアー・リスト天文台とシュトッケルト電波天文台(ID No.39)が建設された。
Bonn Observatory, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
ドイツの旗 ドイツ、ボンのボン大学
北緯50度43分48秒 東経7度4分9秒 / 北緯50.73000度 東経7.06917度 / 50.73000; 7.06917 (Argelander-Institut für Astronomie (AIfA))
ドイツの旗 ドイツ、ボンのポッペルスドルファー大通り
北緯50度43分40秒 東経7度5分53秒 / 北緯50.72778度 東経7.09806度 / 50.72778; 7.09806 (Public observatory Bonn)
ドイツの旗 ドイツアイフェル山地にあるフルカナイフェル郡シャルケンメーレン英語版ホーアー・リスト山英語版
北緯50度9分42秒 東経6度50分55秒 / 北緯50.16167度 東経6.84861度 / 50.16167; 6.84861 (Hoher List)
115 カザン天文台ロシア語版 ロシアの旗 ロシアカザン
北緯55度47分27秒 東経49度7分9秒 / 北緯55.79083度 東経49.11917度 / 55.79083; 49.11917 (Kazan Observatory, Russia)
1810年に設立されたカザン大学の旧天文台はロシア初の大学天文台である。1837年に建築家ミハイル・ペトロヴィッチ・コリンフスキーロシア語版が設計した新古典主義建築で、中央の大きなドームにはニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーが購入した屈折望遠鏡がある。1901年に郊外のカザン大学エンゲルハルト天文台(ID No.158)に移転された。
Kazan Observatory, Russia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
117 ポキプシーヴァッサー大学天文台英語版 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州のポキプシー
北緯41度40分59秒 西経73度53分26秒 / 北緯41.68306度 西経73.89056度 / 41.68306; -73.89056 (Vassar College Observatory, Poughkeepsie, USA)
女子大学であるヴァッサー大学の附属天文台は1864年に設計されたレンガ造の建物で、2階の中央に入り口がある。初代台長はミッチェル彗星を発見したマリア・ミッチェルであり、以後3代の台長も全員は女性であった。
Vassar College Observatory, Poughkeepsie, USA
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
122 ラ・プラタ天文台英語版 アルゼンチンの旗 アルゼンチンラ・プラタパセオ・デル・ボスケ公園スペイン語版
南緯34度54分33秒 西経57度55分56秒 / 南緯34.90917度 西経57.93222度 / -34.90917; -57.93222 (La Plata Astronomical Observatory, Argentina)
ラ・プラタは1882年11月19日に建築家ペドロ・ブノワが設計した計画都市である。1905年に設置されたラ・プラタ国立大学英語版の附属天文台もブノワが設計したもので、7ヘクタール公園内にある1889年〜1895年に建てられた約20棟の建物からなる。
La Plata Astronomical Observatory, Argentina
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
124 マドラス天文台英語版 インドの旗 インドタミル・ナードゥ州チェンナイ
北緯13度4分5秒 東経80度14分48秒 / 北緯13.06806度 東経80.24667度 / 13.06806; 80.24667 (Madras Observatory, India)
1786年に建設されたインド亜大陸初の近代天文台である。もともとはマイケル・トッピング英語版が設計したウィリアム・ペトリー英語版の私設天文台であったが、1792年にイギリス東インド会社が取得した後は市内のヌンガンバッカム英語版に移転され、後に大三角測量の拠点にもなった。
Madras Observatory, India
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
125 ボスカ天文台 インドネシアの旗 インドネシア西ジャワ州ルンバン英語版
南緯6度49分28秒 東経107度36分56秒 / 南緯6.82444度 東経107.61556度 / -6.82444; 107.61556 (Bosscha Observatory, Indonesia)
オランダ領東インド天文学協会が1923年に設置したインドネシア国内で現存する最古の天文台である。1951年にインドネシア政府に移管され、1959年以降はバンドン工科大学の施設になっている。天文台は観測機器を大量に寄贈したプランテーションの経営者カレル・アルベルト・ルドルフ・ボスカ英語版に因んで名付けられ、天の川の南部と南天の銀河団の有名な観測地の1つである。
Bosscha Observatory, Indonesia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
126 ID No.73 ニューサウスウェールズ州のシドニー天文台のIAUによる追加説明
127 ヘルワン王立天文台アラビア語版  エジプトカイロ南郊のヘルワン
北緯29度51分31秒 東経31度20分34秒 / 北緯29.85861度 東経31.34278度 / 29.85861; 31.34278 (Helwan Khedivial Observatory, Egypt)
1865年、王立天文台はマフムード・アフマド・ハムディー・アル=ファラキー英語版の指揮の下でカイロ北東部のアバシア英語版に建てられたが、1904年に現在地に移転された。ヘルワンの石灰岩台地の上にある高さ15mの塔を中心とした2階建てのレンガ造の建物で、正方形中庭もある。天文台には1907年にジョン・ヘンリー・レイノルズ英語版が寄贈した30インチ反射望遠鏡がある。
Helwan Khedivial Observatory, Egypt
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
129 コダイカーナル太陽観測所英語版 インドの旗 インドタミル・ナードゥ州コダイカーナル英語版
北緯10度13分56秒 東経77度27分53秒 / 北緯10.23222度 東経77.46472度 / 10.23222; 77.46472 (Kodaikanal Solar Observatory, India)
南インドパラニ丘陵英語版にある山岳天文台で、1899年にマドラス天文台(ID No.124)の一部機能を分割する形で設置された。1909年1月、初代台長のジョン・エヴァシェッドはここで太陽黒点に関するエヴァシェッド効果を探知した。
Kodaikanal Solar Observatory, India
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
136 ミラーン門ドイツ語版ハンブルク天文台 ドイツの旗 ドイツハンブルクホルステンヴァル通り
北緯53度33分3秒 東経9度58分24秒 / 北緯53.55083度 東経9.97333度 / 53.55083; 9.97333 (Hamburg Observatory Millerntor, Germany)
1802年、ヨハン・ゲオルク・レプソルトハンブルク港付近の城壁に私設天文台を設置したが、1811年にナポレオン戦争で破壊された。1825年、2代目の天文台はレプソルトにより城壁のミラーン門に設置され、主な業務内容は時刻の確定で、1874年〜1934年には毎日の午後1時に報時球による時報を行った。光害大気汚染により、天文台は1906年に郊外のベルゲドルフ(ID No.92)に移転された。
Hamburg Observatory Millerntor, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
137 アルトナ天文台英語版 ドイツの旗 ドイツハンブルクアルトナ
北緯53度32分42秒 東経9度56分34秒 / 北緯53.54500度 東経9.94278度 / 53.54500; 9.94278 (Altona Observatory, Germany)
1823年、ハインリヒ・クリスチャン・シューマッハユトランド半島測地プロジェクトを行いながら、デンマークホルシュタイン公国のアルトナのパルマイユ通りに天文台を設立した。天文台は学術雑誌アストロノミシェ・ナハリヒテン』の発行地であったが、同地が第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争によりプロイセン王国の一部となった後、1871年に当局により閉鎖され、1874年にキール(ID No.145)に移転された。
Altona Observatory, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
138 コペンハーゲン円塔英語版  デンマーク、コペンハーゲン
北緯55度40分53秒 東経12度34分33秒 / 北緯55.68139度 東経12.57583度 / 55.68139; 12.57583 (Rundetårn, Copenhagen, Denmark)
1637年〜1642年にハンス・ファン・ステーンウィンケル2世英語版が建設したヨーロッパ最古の天文台で、現在も公開天文台として使われる。10階建ての円形の塔で、観測デッキは高さ35mの場所にある。内部には階段の代わりに全長209mの螺旋斜面があり、ロバに乗ったままで登ることができる。1861年まではコペンハーゲン大学の天文台(ID No.240)などとして用いられたが、現在は聖三位一体教会英語版の一部である。
Rundetårn, Copenhagen, Denmark
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
139 オーレ・レーマー天文台デンマーク語版  デンマークヴリズレセマグレデンマーク語版
北緯55度41分6秒 東経12度18分42秒 / 北緯55.68500度 東経12.31167度 / 55.68500; 12.31167 (Ole Rømer Observatory, Denmark)
1704年、オーレ・クリステンセン・レーマーコペンハーゲンから17km離れたヴリズレセマグレ村の義父宅の近くに小さな天文台を設置し、そこで子午環を発明した。子午環の本体と観測記録のほとんどは1728年の火災で焼失したが、レーマーが1706年10月の3昼夜にわたり行われた観測の記録は奇跡的に残っており、後はトビアス・マイヤーによる恒星固有運動の研究に使われた。ただし、子午環の実用性は広く認識されのは19世紀以降となる。
Ole Rømer Observatory, Denmark
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
140 ゲッティンゲンの古天文台英語版 ドイツの旗 ドイツニーダーザクセン州ゲッティンゲン
北緯51度31分43秒 東経9度56分35秒 / 北緯51.52861度 東経9.94306度 / 51.52861; 9.94306 (Historical Observatory, Göttingen, Germany)
1750年、ゲオルク2世の依頼により、ゲッティンゲンの旧天文台は南側の城壁に築かれ、トビアス・マイヤーは初代台長を務めた。旧天文台は1822年に廃止、1897年に撤去された後、1803年〜1816年にゲオルク・ハインリヒ・ボルヘックドイツ語版が設計した新天文台は建設された。新天文台の主建物は1階建ての「コ」字形の建物で、中央のドームは1886年、ハンス・ブライマンドイツ語版により装飾用のフォリーから観測用のドームに改造された。
Historical Observatory, Göttingen, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
141 ハイデルベルク州立天文台 ドイツの旗 ドイツハイデルベルクケーニッヒシュトゥールの丘英語版
北緯49度23分54秒 東経8度43分29秒 / 北緯49.39833度 東経8.72472度 / 49.39833; 8.72472 (Landessternwarte Heidelberg, Germany)
ケーニッヒシュトゥール天文台は1898年に設置されたヨーロッパ最古の山岳天文台の1つで、現在はハイデルベルク大学天文学センターの管理下に置かれる。天文台は東の位置天文研究所と西の天体物理研究所からなり、1900年以降はブルース望遠鏡ドイツ語版とワルツ反射望遠鏡が導入された。また、ハイデルベルク市内にはマックス・ヴォルフの生家と私設天文台、キルヒホフブンゼン研究室、山の墓地にあるヴォルフの墓など、天文学に深く関わる場所もある。
Landessternwarte Heidelberg, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
ドイツの旗 ドイツハイデルベルクメルツ通り
北緯49度24分36秒 東経8度42分2秒 / 北緯49.41000度 東経8.70056度 / 49.41000; 8.70056 (Max Wolf’s birthplace and private observatory)
ドイツの旗 ドイツハイデルベルクハウプト通り
北緯49度24分38秒 東経8度41分53秒 / 北緯49.41056度 東経8.69806度 / 49.41056; 8.69806 (Laboratory of Kirchhoff and Bunsen, "Haus zum Riesen")
ドイツの旗 ドイツハイデルベルク山の墓地ドイツ語版
北緯49度23分43秒 東経8度41分38秒 / 北緯49.39528度 東経8.69389度 / 49.39528; 8.69389 (Bergfriedhof, Grab Max Wolf)
142 ミュンヘン大学天文台ドイツ語版 ドイツの旗 ドイツミュンヘンボーゲンハウゼンドイツ語版
北緯48度8分43秒 東経11度36分25秒 / 北緯48.14528度 東経11.60694度 / 48.14528; 11.60694 (University Observatory, Munich, Germany)
ウルリヒ・シークドイツ語版が1803年にバイエルン学士院英語版に設置した小さな天文台に起源を持つ。馬蹄形の天文台の建物はマクシミリアン1世の決定により、1817年にボーゲンハウゼンの東部に建てられた。1938年にミュンヘン大学物理学部所属の大学天文台となり、学外の関連施設としてヴェンデルシュタイン山太陽観測所と米国のホビー・エバリー望遠鏡がある。
University Observatory, Munich, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
ドイツの旗 ドイツバイエルン州バイリッシュツェル英語版
北緯47度42分14秒 東経12度0分44秒 / 北緯47.70389度 東経12.01222度 / 47.70389; 12.01222 (Solar-Observatory Wendelstein)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国テキサス州デイヴィス山脈英語版フォークス山
北緯30度40分53秒 西経104度0分53秒 / 北緯30.68139度 西経104.01472度 / 30.68139; -104.01472 (Hobby-Eberly-Teleskop)
143 バンベルクレマイス天文台ドイツ語版 ドイツの旗 ドイツ、バンベルク
北緯48度53分5秒 東経10度53分17秒 / 北緯48.88472度 東経10.88806度 / 48.88472; 10.88806 (Remeis Observatory, Bamberg, Germany)
エアランゲン=ニュルンベルク大学天文学部の天文台で、1889年に建設された。名前は遺言状で400,000マルクの資金を提供した地元出身の天文学者カール・レマイスドイツ語版に因んで名付けられた。本館はヴィルヘルム様式レンガ造の建物で、内部の金属の被覆構造により館内の温度差は小さい。初代台長のエルンスト・ハルトヴィッヒは東のドームに当時北半球最大のヘリオメーターを設置した。
University Observatory, Munich, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
145 キール天文台ドイツ語版 ドイツの旗 ドイツキール
北緯54度20分28秒 東経10度8分48秒 / 北緯54.34111度 東経10.14667度 / 54.34111; 10.14667 (Kiel Observatory, Germany)
キール大学の附属天文台は1769年に初めて設置され、19世紀末〜20世紀初には報時球による時報を行った。第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争によりシュレースヴィヒ=ホルシュタインプロイセン王国の支配下に入ると、1874年に旧アルトナ天文台(ID No.137)の設備はキールに移転され、1875年に天文台の木造建築は新しく建設された。天文台は学術雑誌アストロノミシェ・ナハリヒテン』の発行所で、天文電報中央局も1883年に設置された。20世紀半ば、台長のアルブレヒト・ウンゼルト恒星スペクトル線の研究で名声を博した。1952年〜1976年にはキール電波天文台ドイツ語版が設置された。
Kiel Observatory, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
146 ボートカンプ天文台ドイツ語版 ドイツの旗 ドイツプレーン郡ボートカンパー湖英語版
北緯54度12分17秒 東経10度8分3秒 / 北緯54.20472度 東経10.13417度 / 54.20472; 10.13417 (Bothkamp Observatory, Germany)
1869年、ヨハン・カール・フリードリヒ・ツェルナーの提案により建設されたフリードリヒ・グスタフ・フォン・ビュロウドイツ語版の私設天文台であり、大型の29cmの屈折望遠鏡やツェルナーの勧めで購入された光度計分光器などの天体物理学の機器は多くあった。ドイツにおける天体分光学の発祥の地であり、ヘルマン・カール・フォーゲルはここでドップラー効果を利用し太陽自転速度を測定した。
Bothkamp Observatory, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
147 ウィーンイエズス会天文台  オーストリア、ウィーン1区
北緯48度12分54秒 東経16度23分42秒 / 北緯48.21500度 東経16.39500度 / 48.21500; 16.39500 (Jesuit Observatory Vienna, Austria)
1733年、イエズス会ウィーン大学の建物にウィーン初の常設天文台である高さ45mの天文塔を設置した。1773年、クレメンス14世回勅ドミヌス・アク・レデンプトール英語版』によりイエズス会は解散となったため、天文台はウィーン大学天文台(ID No.232)に統合されて消滅した。
Jesuit Observatory Vienna, Austria
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
148 ウィーンヴェーリング英語版大学天文台  オーストリア、ウィーンのヴェーリング
北緯48度13分55秒 東経16度20分3秒 / 北緯48.23194度 東経16.33417度 / 48.23194; 16.33417 (University Observatory Vienna-Währing, Austria)
カール・ルートヴィヒ・リットロー英語版の考案に基づき、ヘルマン・ヘルマー英語版フェルディナント・フェルナー英語版が1874年〜1879年にテュルケンシャンツェ山ドイツ語版に建てた天文台であり、1883年に運用を開始した。天文台は全長101m、幅73mの巨大なラテン十字形の建物で、中央部には直径14mの大きなドームがある。
University Observatory Vienna-Währing, Austria
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
149 チューリッヒ工科大学天文台ドイツ語版 スイスの旗 スイスチューリッヒオーバーシュトラース英語版
北緯47度22分41秒 東経8度33分2秒 / 北緯47.37806度 東経8.55056度 / 47.37806; 8.55056 (ETH Observatory, Zuerich, Switzerland)
チューリッヒ連邦工科大学の天文台はゴットフリート・ゼンパーが1861年〜1864年に設計・建設したもので、19世紀に最も重要な太陽観測所であった。ドーム太陽黒点の研究で知られるルドルフ・ヴォルフフランツ・ルーローの考案に基づき、エッシャーウイス社が建設したものである。1910年〜1911年に附属小天文台が建設され、1951年に太陽観測塔も建てられたが、1980年4月に天文台としての機能を終えた。
ETH Observatory, Zuerich, Switzerland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
155 エイセ・エイシンガ・プラネタリウム オランダの旗 オランダフリースラント州フラーネカー英語版
北緯53度11分15秒 東経5度32分38秒 / 北緯53.18750度 東経5.54389度 / 53.18750; 5.54389 (Eise Eisinga Planetarium, Netherlands)
現在も稼働中の世界最古のプラネタリウムである。1774年〜1781年にエイセ・エイシンガは当時に流行していた惑星会合に対するパニック終末論に対抗するため、自宅の天井に設置した機械式の太陽系縮尺模型である。
Eise Eisinga Planetarium, Netherlands
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 世界遺産
157 ID No.35 喜望峰王立天文台のIAUによる追加説明
158 タタールスタン共和国カザンエンゲルハルト天文台英語版 ロシアの旗 ロシア、タタールスタン共和国カザンの中心部から25km離れたクラスノゴルスク=トゥリンスキー
北緯55度50分23秒 東経48度48分45秒 / 北緯55.83972度 東経48.81250度 / 55.83972; 48.81250 (Engelhardt Astronomical Observatory, Kazan, Tatarstan, Russia)
カザン大学の新天文台で、1898年〜1901年に森の中の21ヘクタールの区域内に建設された新古典主義建築群である。名前は設立初期に多くの機器を寄贈したワシリー・フォン・エンゲルハルト英語版に因んで名付けられた。
Engelhardt Astronomical Observatory, Kazan, Tatarstan, Russia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
159 ベオグラード セルビアの旗 セルビア、ベオグラードのカラジョルジェヴ公園英語版
北緯44度47分56秒 東経20度27分52秒 / 北緯44.79889度 東経20.46444度 / 44.79889; 20.46444 (Old Meteorological and Astronomical Observatory, Belgrade, Serbia)
ベオグラード天文台英語版はセルビア最古の科学機関の1つである。ディミトリエ・レコ英語版が設計した旧気象天文台英語版の建物は1887年〜1891年に建設され、1925年に天文台は気象台から分離独立した。ヤン・ドゥボヴィーチェコ語版が設計した新しい天文台の建物群は1928年〜1932年に建設された。そのうち、15mの大型屈折望遠鏡用のドームはベオグラード初のモダニズム建築である。
Belgrade, Serbia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
セルビアの旗 セルビア、ベオグラードのヴェリキ・ヴラチャルの丘にあるズヴェズダラの森英語版
北緯44度48分13秒 東経20度30分29秒 / 北緯44.80361度 東経20.50806度 / 44.80361; 20.50806 (New Astronomical Observatory, Belgrade, Serbia)
160 アテネ国立天文台英語版 ギリシャの旗 ギリシャアッティカ地方アテネニュンペーの丘英語版
北緯37度58分22秒 東経23度43分7秒 / 北緯37.97278度 東経23.71861度 / 37.97278; 23.71861 (National Observatory of Athens, Greece)
南ヨーロッパ最古の研究機関の1つである。1840年代に建設された天文台はゲオルク・コンスタンティン・ブリス英語版の提案により、テーオフィール・エドヴァルト・フォン・ハンセン英語版が設計したギリシャ十字形の新古典主義建築である。1890年、ギリシャ議会の決定により「アテネ国立天文台」に改称された。当時の台長のディミトリオス・エギニティスギリシア語版はギリシャに標準時グレゴリオ暦を導入した人物である。光害により1936年にペンテリ英語版に新しい観測所が建設された。
National Observatory of Athens, Greece
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
161 北アイルランドアーマーアーマー天文台英語版 イギリスの旗 イギリス、北アイルランドのアーマー
北緯54度21分11秒 西経6度39分0秒 / 北緯54.35306度 西経6.65000度 / 54.35306; -6.65000 (Armagh Observatory, Armagh, Northern Ireland, UK)
アイルランド島で2番目に古い公開天文台で、1789年にフランシス・ジョンストン英語版が設計し、リチャード・ロビンソン英語版が建設した石造建物である。観測ドームと南側の望遠鏡塔にある望遠鏡は地中に深く埋まる石の上に設置されるため、天文台の中の活動による振動は完全に遮断されている。ジョン・ルイス・エミル・ドライヤーエルンスト・ユリウス・エピックらはここで活動していた。
Armagh Observatory, Armagh, Northern Ireland, UK
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
162 ビュラカン天文台英語版 アルメニアの旗 アルメニアアラガツォトゥン地方アラガツ山麓のビュラカン英語版
北緯40度19分48秒 東経44度16分20秒 / 北緯40.33000度 東経44.27222度 / 40.33000; 44.27222 (Byurakan Astrophysical Observatory (BAO), Armenia)
東ヨーロッパ中東で最も重要な天文台の1つで、1946年にヴィクトル・アマザスポヴィッチ・アンバルツミャンの主導の下で設立された。建物は1951年〜1955年に建築家サムヴェル・サファリャンアルメニア語版により建設された。著名な成果としてはアンバルツミャンによる電波銀河活動銀河核の研究やベンヤミン・エギシェヴィッチ・マルカリャン英語版によるマルカリアン銀河の発見が挙げられる。
Byurakan Astrophysical Observatory (BAO), Armenia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
163 南京紫金山天文台 中華人民共和国の旗 中華人民共和国江蘇省南京市棲霞区
北緯32度4分1秒 東経118度49分30秒 / 北緯32.06694度 東経118.82500度 / 32.06694; 118.82500 (Purple Mountain Observatory, Nanjing, China)
中央研究院天文研究所管轄下の紫金山天文台は1934年に運用を開始した。日中戦争期の昆明への疎開を経て1946年に南京に復帰し、1950年に「中国科学院紫金山天文台」に改称された。
Purple Mountain Observatory, Nanjing, China
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
164 バルセロナファブラ天文台英語版 スペインの旗 スペイン、バルセロナのティビダボの丘英語版
北緯41度25分6秒 東経2度7分27秒 / 北緯41.41833度 東経2.12417度 / 41.41833; 2.12417 (Fabra Observatory, Barcelona, Spain)
今も稼働中の最古の天文台の1つで、現在は惑星小惑星彗星観測の専門天文台である。カミル・ファブラ・イ・フォンタニリスカタルーニャ語版が1902年に寄贈した250,000ペセタにより、1904年に建設されたジョゼップ・ドメネク・イ・エスタパ英語版が設計したアール・ヌーヴォー様式八角形の建物である。1926年、ジョゼップ・コマス・イ・ソラはここでコマス・ソラ彗星を発見した。
Fabra Observatory, Barcelona, Spain
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
165 カディス県サン・フェルナンド海軍王立研究所および天文台スペイン語版 スペインの旗 スペインアンダルシア州カディス県のサン・フェルナンド
北緯36度27分54秒 西経6度12分21秒 / 北緯36.46500度 西経6.20583度 / 36.46500; -6.20583 (Real Instituto y Observatorio de la Armada de San Fernando, Cádiz, Spain)
スペイン最古の天文台で、世界でも最も古い国立天文台の1つで、建物はウレーニャ侯爵英語版が設計した新古典主義建築である。1753年、カディス海軍士官学校長のホルヘ・フアン・イ・サンタシリア英語版は王立天文台を設立した。天文台の初期の主な業務は時刻の確定で、1878年にトレ・アルタ英語版の丘に報時球を設置した。一方、天体観測と研究を行う天文学部門は1790年にマドリード王立天文台(ID No.166)に移転された。
Real Instituto y Observatorio de la Armada de San Fernando, Cádiz, Spain
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
166 マドリード王立天文台英語版 スペインの旗 スペインマドリードブエン・レティーロ公園英語版
北緯40度24分31秒 西経3度41分15秒 / 北緯40.40861度 西経3.68750度 / 40.40861; -3.68750 (Real Observatorio Astronómico de Madrid, Spain)
1790年、カルロス4世はブエン・レティーロ公園に隣接する丘に設立した天文台である。建物はフアン・デ・ビジャヌエバ英語版ベントゥラ・ロドリゲス英語版が設計したギリシャ十字形の新古典主義建築で、屋上には神殿の形の天窓がある。フランスとの半島戦争で破壊された後、1846年にナルシコ・パスクアル・コロメル英語版により再建された。建物中央のロタンダにはフーコーの振り子がある。
Real Observatorio Astronómico de Madrid, Spain
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
167 パース天文台 オーストラリアの旗 オーストラリアウエスト・パース英語版エリザ山英語版
南緯31度57分9秒 東経115度50分40秒 / 南緯31.95250度 東経115.84444度 / -31.95250; 115.84444 (Old Perth Observatory)
西オーストラリア州最古の天文台で、1900年に運用を開始した。本館は1896年にジョージ・テンプル=プール英語版が、望遠鏡ドームは1897年にハワード・グラッブが設計したものである。後はケープ写真掃天星表カルト・デュ・シエルなどのプロジェクトの重要な観測地の1つとなった。大気汚染により、天文台は1964年〜1965年にビックリーに移転された。
Perth Observatory, Australia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
オーストラリアの旗 オーストラリアパースの東側35km離れたビックリー英語版にあるダーリング山脈グンジン山英語版付近
南緯32度0分28秒 東経116度8分9秒 / 南緯32.00778度 東経116.13583度 / -32.00778; 116.13583 (New Perth Observatory)
168 メルボルン天文台英語版 オーストラリアの旗 オーストラリアビクトリア州メルボルンヴィクトリア王立植物園英語版
南緯37度49分47秒 東経144度58分30秒 / 南緯37.82972度 東経144.97500度 / -37.82972; 144.97500 (Melbourne Observatory, Australia)
天体観測用のウィリアムズタウン英語版天文台と磁気気象観測用のフラッグスタッフ英語版天文台が1863年に合併して成立した天文台であり、初期の主な業務は時報であった。1869年、122cmの反射望遠鏡であるグレート・メルボルン望遠鏡英語版は天文台に設置された。1908年、気象学部門はオーストラリア気象局に移管された。1945年、光害によりオーストラリア政府の支援は停止となり、天文台はヴィクトリア王立植物園の理事会に払い下げられた。
Melbourne Observatory, Australia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
169 リヴィウリヴィウ天文台英語版  ウクライナ、リヴィウ
北緯49度50分6秒 東経24度1分48秒 / 北緯49.83500度 東経24.03000度 / 49.83500; 24.03000 (Jesuit observatory, Lviv, Ukraine)
1771年に建てられた旧イエズス会大学ウクライナ語版の天文台はウクライナ最古の天文台で、ガリツィアロドメリア地図作製を行ったが、1784年前後に解体された。1900年〜1901年にリヴィウ大学に天文研究所が設立され、1912年に天文台は大学の屋上で設置された。1950年〜1951年、郊外のブリュホヴィッチに附属観測所が造られた。
Lviv Observatory, Lviv (Lemberg), Ukraine
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
 ウクライナリヴィウ州リヴィウのリヴィウ国立大学
北緯49度49分58秒 東経24度1分47秒 / 北緯49.83278度 東経24.02972度 / 49.83278; 24.02972 (Astronomical Observatory of Lwiw National University)
 ウクライナリヴィウ州ブリュホヴィッチ英語版
北緯49度55分2秒 東経23度57分6秒 / 北緯49.91722度 東経23.95167度 / 49.91722; 23.95167 (Out-station in Bryukhovychi, Astronomical Observatory of Lwiw National University)
 ウクライナ、リヴィウのリヴィウ工科大学英語版測地学および球面天文学
北緯49度50分8秒 東経24度0分52秒 / 北緯49.83556度 東経24.01444度 / 49.83556; 24.01444 (Lwiw Polytechnic Institute, Lwiw, Department of Geodesy and Spherical Astronomy)
170 キーウ天文台  ウクライナ、キーウの天文台の丘(タラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学天文台)
北緯50度27分11秒 東経30度30分8秒 / 北緯50.45306度 東経30.50222度 / 50.45306; 30.50222 (Kiev (Kyiv) Observatory)
1840年〜1845年に設立されたキーウ大学天文台ウクライナ語版はウクライナ最古の天文台の1つである。本館はウィケンティー・ベレッティウクライナ語版が設計した古典主義建築で、1860年〜1890年に一部が改築された。ウクライナ国立学士院天文台ウクライナ語版は1944年、アレクサンドル・ヤコヴレヴィッチ・オルロフ英語版の主導の下でキーウの南側12km離れた場所に建設された。遠く離れたエルブルス山のテルスコル峰天文台ロシア語版には附属観測所がある。
Kiev (Kyiv) Observatory, Ukraine
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
 ウクライナ、キーウのホロシーイウ区ホロシーイウの森英語版ウクライナ国立学士院天文台)
北緯50度21分47秒 東経30度29分45秒 / 北緯50.36306度 東経30.49583度 / 50.36306; 30.49583 (New observatory Golosiiv)
ロシアの旗 ロシアコーカサス山脈エルブルス山
北緯43度16分29秒 東経42度30分3秒 / 北緯43.27472度 東経42.50083度 / 43.27472; 42.50083 (Astrophysical branch observatory on Mt. Terskol)
171 ハリコフ天文台  ウクライナハルキウ
北緯50度0分9秒 東経36度13分51秒 / 北緯50.00250度 東経36.23083度 / 50.00250; 36.23083 (Kharkov Observatory, Ukraine)
1880年、ヨハン・フットドイツ語版はハルキウで天文観測施設を設けた。1888年、グリゴリー・ワシリエヴィッチ・レヴィツキー英語版ハリコフ大学天文学部傘下の観測機器付きの天文台を設置した。南東70km離れた場所には附属のチュフイウ観測所英語版がある。
Kharkov Observatory, Ukraine
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
172 ミコライウ天文台  ウクライナムィコラーイウ
北緯46度58分18秒 東経31度58分32秒 / 北緯46.97167度 東経31.97556度 / 46.97167; 31.97556 (Mykolaiv (Nikolaev) Observatory, Ukraine)
東南ヨーロッパ最古の科学機関の1つである。黒海艦隊司令官アレクセイ・サムイロヴィッチ・グレイグ英語版の要望により、1821年にアレクサンドル1世は建設を許可した。7ヘクタールの敷地内にはフョードル・イワノヴィッチ・ヴンシュウクライナ語版が設計した古典主義建築の本館と3つの別館がある。天文台は1912年〜1991年にサンクトペテルブルクプルコヴォ天文台(ID No.93)の南部支所となった。
Mykolaiv (Nikolaev) Observatory, Ukraine
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
173 オデッサ天文台ウクライナ語版  ウクライナオデーサシェフチェンコ公園英語版
北緯46度28分36秒 東経30度45分24秒 / 北緯46.47667度 東経30.75667度 / 46.47667; 30.75667 (Odessa Observatory, Ukraine)
黒海港湾都市、オデーサでは1865年に帝国ノヴォロシア大学に天文台が設置され、1870年に建設が始まった。1885年、アレクサンドル・オシポヴィッチ・ベルナルダッツィ英語版屈折望遠鏡ドームを追加した。天文台は1933年にオデッサ州立大学天文学部の一部となり、1957年に郊外のマヤキウクライナ語版に附属観測所が造られた。
Odessa Observatory, Ukraine
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
174 クリミア共和国シメイス天文台英語版  ウクライナクリミア自治共和国ヤルタから16km離れた南西のシメイス英語版コシュカ山英語版
北緯44度24分46秒 東経33度59分30秒 / 北緯44.41278度 東経33.99167度 / 44.41278; 33.99167 (Simeiz station)
シメイス天文台は1900年〜1906年、ニコライ・セルゲーヴィッチ・マリツォフロシア語版がコシュカ山で建設したものである。1908年にプルコヴォ天文台(ID No.93)の天体物理学専門の南部支所となった後、1950年代に閉鎖された。一方、第二次世界大戦後、ソ連政府はクリミア山脈の北斜面に新しい天文台の建設を決定し、1949年にナウチニにクリミア天体物理天文台が成立した。天文台には戦争賠償としてベルリン=バーベルスベルク天文台から導入された122cmの反射望遠鏡があるほか、沿海部にも22mの電波望遠鏡が設置された。小惑星センターによると、1966年〜2007年に1,286個の小惑星はここで発見された。
Simeiz Observatory, Republic of Crimea
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
 ウクライナクリミア自治共和国のシメイス付近のカツィヴェリ英語版
北緯44度23分53秒 東経33度58分47秒 / 北緯44.39806度 東経33.97972度 / 44.39806; 33.97972 (22-m radio telescope at the foot of Mount Koshka in Katsiveli)
 ウクライナクリミア自治共和国シンフェロポリから30km離れたナウチニ英語版
北緯44度43分36秒 東経34度1分0秒 / 北緯44.72667度 東経34.01667度 / 44.72667; 34.01667 (Crimean Astrophysical Observatory, Nautschnyj)
175 ヴロツワフブレスラウ天文台ポーランド語版 ポーランドの旗 ポーランド、ヴロツワフのシュチトニツキ公園英語版
北緯51度6分42秒 東経17度5分8秒 / 北緯51.11167度 東経17.08556度 / 51.11167; 17.08556 (Breslau Observatory, Wrocław, Poland)
20世紀初、ユリウス・ハインリヒ・ゲオルク・フランツ英語版ブレスラウ大学本館にあった天文台(ID No.176)をオーデル川中州マティアス島ポーランド語版に移し、現在のシュチトニツキ公園に「コペルニクス通り天文研究所」を設立した。1920年代に研究所の敷地は百周年記念ホールに近いエリアへ拡大したため、天文台はフリッツ・ナタンドイツ語版が設計した3階建てのバウハウス様式の赤い建物に再移転された。第二次世界大戦後、研究所はリヴィウから来たポーランド人天文学者らにより再建された。同市から70km離れたビャウクフ英語版には附属の天体物理観測所がある。
Breslau Observatory, Wrocław, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
176 ヴロツワフブレスラウ大学数学タワーポーランド語版 ポーランドの旗 ポーランド、ヴロツワフのヴロツワフ大学本館ポーランド語版
北緯51度6分51秒 東経17度2分1秒 / 北緯51.11417度 東経17.03361度 / 51.11417; 17.03361 (Mathematical Tower, University of Breslau / Wrocław, Poland)
オーデル川の南岸にあるヴロツワフ大学本館は1728年〜1739年にヨハン・ブラシウス・パイントナーポーランド語版の監督の下で建設されたバロック建築である。附属天文台である数学タワーは1791年にロンギヌス・アントン・ユングニッツポーランド語版により本館の最上部に設置され、パルム・ハインリヒ・ルートヴィヒ・フォン・ボグスラフスキーヨハン・ゴットフリート・ガレはかつて台長を務めた。20世紀に市東部の新天文台(ID No.175)に移転された。
Mathematical Tower, University of Breslau / Wrocław, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
177 サンタ・フェ・デ・ボゴタコロンビア国家天文台スペイン語版  コロンビアボゴタナリーニョ宮殿
北緯4度35分46秒 西経74度4分39秒 / 北緯4.59611度 西経74.07750度 / 4.59611; -74.07750 (Santa Fé de Bogotá, National Observatory of Colombia)
1802年、ホセ・セレスティーノ・ブルーノ・ムティス・イ・ボシオが設置したアメリカ大陸初の天文台である。1803年8月、ヌエバ・グラナダ王立植物探検隊本部の庭に高さ22mの八角形新古典主義様式の塔が建てられた。1814年にシモン・ボリバルボゴタ攻略略奪に遭った後、軍学校刑務所への改造を経て、20世紀に完全に廃棄された。その後、1921年にシモン・サラソーラ英語版はサン・バルトロメ国家天文台を設立し、1923年に同国初の地震計を設置した。新天文台は1936年にコロンビア国立大学の一部となり、1952年に現在地に移転された。
Santa Fé de Bogotá, National Observatory of Colombia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
 コロンビアボゴタ学園都市英語版
北緯4度38分23秒 西経74度5分0秒 / 北緯4.63972度 西経74.08333度 / 4.63972; -74.08333 (Santa Fé de Bogotá, National Observatory of Colombia)
178 モスクワシュテルンベルク天文研究所 ロシアの旗 ロシア、モスクワ
北緯55度42分4秒 東経37度32分34秒 / 北緯55.70111度 東経37.54278度 / 55.70111; 37.54278 (Sternberg Astronomical Institute, Moscow, Russia)
旧モスクワ大学天文台ロシア語版は1819年〜1831年、アファナシー・グリゴリエヴィッチ・グリゴリエフ英語版によりモスクワ大学のクラスノプレスネンスカヤキャンパスに建てられた石造の建物である。パーヴェル・カルロヴィッチ・シュテルンベルクの名前を冠するシュテルンベルク天文研究所は1931年に旧天文台内に設置されたが、1956年に雀が丘の新キャンパスに移転された。
Sternberg Astronomical Institute, Moscow, Russia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
179 アバストゥマニ天文台英語版 ジョージア (国)の旗 ジョージアアバストゥマニ英語版付近のカノビリ山グルジア語版
北緯41度45分15秒 東経42度49分10秒 / 北緯41.75417度 東経42.81944度 / 41.75417; 42.81944 (Abastumani Observatory, Georgia)
トビリシから250km離れた小コーカサス山脈にある旧ソ連諸国最古の山岳天文台であり、1932年にエフゲニー・キリロヴィッチ・ハラーゼ英語版により設立された。その歴史は1892年にサンクトペテルブルク大学が設置した臨時観測所まで遡ることができる。
Abastumani Observatory, Georgia
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
180 クラコフ天文台ポーランド語版 ポーランドの旗 ポーランドクラクフヤギェウォ大学植物園英語版
北緯50度3分49秒 東経19度57分21秒 / 北緯50.06361度 東経19.95583度 / 50.06361; 19.95583 (Astronomical Observatory Nicolaus Copernicus of the Jagiellonian University, Collegium Śniadecki)
コペルニクスの母校、クラコフ大学の天文台は同大の植物園にあり、1787年〜1792年にフェリクス・ラドヴァニスキポーランド語版が設計した建物である。タデウシュ・バナヒェヴィチ英語版は1920年代にルボミール山ポーランド語版附属観測所ポーランド語版を、1953年にクラクフ西側10kmにあるスカワ要塞に電波天文台をそれぞれ設置した。
Cracow Observatory, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
ポーランドの旗 ポーランドクラクフ付近のスカワ要塞ポーランド語版
北緯50度3分13秒 東経19度49分30秒 / 北緯50.05361度 東経19.82500度 / 50.05361; 19.82500 (Fort Skała Astronomical Observatory of the Jagiellonian University)
181 ワルシャワ天文台ポーランド語版 ポーランドの旗 ポーランドワルシャワワジェンキ公園
北緯52度13分1秒 東経21度1分40秒 / 北緯52.21694度 東経21.02778度 / 52.21694; 21.02778 (Warsaw Observatory, Poland)
ワルシャワ大学天文台の建物はフリスティアン・ピョトル・アイグネル英語版ミハウ・カドポーランド語版ヒラリー・シュピロフスキポーランド語版が設計した4階建ての古典主義建築で、1820年〜1824年に建てられた。第二次世界大戦後、天文台の建物は1948年〜1950年にヤン・ドンブロフスキポーランド語版の監督の下で再建された。附属観測所ポーランド語版は1947年にクラクフ付近のプシェゴジャウィ英語版に設置されたが、1952年にワルシャワの南東35km離れたオストロヴィク英語版に移転された。
Warsaw Observatory, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
182 ポズナン天文台英語版 ポーランドの旗 ポーランドポズナンアダム・ミツキェヴィチ大学
北緯52度23分40秒 東経16度52分29秒 / 北緯52.39444度 東経16.87472度 / 52.39444; 16.87472 (Poznan Observatory, Poland)
1761年、ユゼフ・ロガリニスキポーランド語版はポズナンのイエズス会大学の建物の2階と屋上に天文台を設立し、マリア・レシュチニスカにより寄贈された機器を収容した。しかし、1773年にイエズス会は解散となったため、天文台は閉鎖された。1919年、カジミェシュ・ロムアルト・グラフ英語版は1880年代築のマナー・ハウスを改造し、ポズナン天文台を設置した。
Poznan Observatory, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
183 トゥルンピヴニツェ天文台英語版 ポーランドの旗 ポーランドクヤヴィ=ポモージェ県ピヴニツェ英語版
北緯53度5分43秒 東経18度33分46秒 / 北緯53.09528度 東経18.56278度 / 53.09528; 18.56278 (Torun-Piwnice Observatory, Poland)
もともと「トルン天文学センター」という名前であったが、2019年に「ニコラウス・コペルニクス大学英語版天文研究所」に改編された。天文台はコペルニクスの故郷であるトルンの北側13km離れた場所にあり、1947年にヴワディスワフ・ジェヴルスキ英語版ヴィルヘルミナ・イヴァノフスカ英語版により設置された。1979年と1994年に設置された2台の電波望遠鏡により、天文台は超長基線電波干渉法の観測網の一角を成している。
Torun-Piwnice Observatory, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
184 コンスタンティノープルタキ・アッ=ディン天文台英語版 トルコの旗 トルコイスタンブルベヨール英語版アスマル・メスジトトルコ語版地区
北緯41度1分56秒 東経28度58分35秒 / 北緯41.03222度 東経28.97639度 / 41.03222; 28.97639 (Taqi ad-Din Observatory, Constantinople (Istanbul), Turkey)
1575年、タキ・アッ=ディン英語版は現在のイスティクラル通りオスマン帝国初の天文台を設立し、1577年の大彗星の観測に成功した。しかし、当時サファヴィー朝戦争を行ったムラト3世はこの彗星が災厄の前兆だと考えたため、1580年に天文台を取り壊した。
Taqi ad-Din Observatory, Constantinople (Istanbul), Turkey
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
185 イスタンブルの帝国天文台、カンディッリ天文台英語版 トルコの旗 トルコ、イスタンブル・ユスキュダルチェンゲルキョイ英語版地区
北緯41度3分48秒 東経29度3分44秒 / 北緯41.06333度 東経29.06222度 / 41.06333; 29.06222 (Imperial Observatory - Kandilli Observatory, Istanbul, Turkey)
1868年に設立された帝国天文台の初期の活動は気象観測天気予報時報であったが、1894年イスタンブール地震英語版の後は地震学の研究も始まった。天文台は1909年の3月31日事件で破壊された後、1911年にファティン・ギョクメン英語版によりイジャディエ英語版の丘の上に再建された。1940年に「カンディッリ天文・地球物理観測所」に改称された後、ボアジチ大学の一部となる。
Imperial Observatory - Kandilli Observatory, Istanbul, Turkey
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
186 イスタンブール大学天文台英語版 トルコの旗 トルコイスタンブルファティフ英語版イスタンブール大学本部キャンパス
北緯41度0分45秒 東経28度57分56秒 / 北緯41.01250度 東経28.96556度 / 41.01250; 28.96556 (Istanbul University Observatory, Turkey)
1935年〜1936年、エルヴィン・フィンライ=フロインドリヒ英語版の監督の下で建設された天文台である。天文台の建物はエクレム・ハック・アイヴェルディトルコ語版が設計したもので、バウハウス様式の影響が見られる。
Istanbul University Observatory, Turkey
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
187 ケソン市マニラ天文台英語版 フィリピンの旗 フィリピンマニラ
北緯14度34分42秒 東経120度58分59秒 / 北緯14.57833度 東経120.98306度 / 14.57833; 120.98306 (Manila (Jesuit) Observatory, Observatorio Meteorológico del Ateneo Municipal de Manila)
イエズス会は1865年に極東初の天文台の1つである「マニラ気象観測所」を設立し、1886年にマニラ南部に移転した。1909年、気象局はバギオのミラドール山に気象学地球力学観測所を設置した。1945年にマニラの戦いで破壊された後、天文台は1962年にディリマンロヨラ高地英語版に再建された。附属施設としてはミラドール山観測所のほか、磁気赤道に近いダバオ地磁気観測所がある。
Manila Observatory, Quezon City, Philippines
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
フィリピンの旗 フィリピンベンゲット州バギオミラドール山英語版
北緯16度24分35秒 東経120度34分47秒 / 北緯16.40972度 東経120.57972度 / 16.40972; 120.57972 (Mirador Observatory)
フィリピンの旗 フィリピンマニラ首都圏ケソン市のアテネオ・デ・マニラ大学
北緯14度38分12秒 東経121度4分36秒 / 北緯14.63667度 東経121.07667度 / 14.63667; 121.07667 (Modern Manila Observatory)
188 ハバナベレン修道院英語版天文台  キューバハバナ旧市街
北緯23度7分59秒 西経82度21分12秒 / 北緯23.13306度 西経82.35333度 / 23.13306; -82.35333 (Convento de Belén Observatory, Havana, Cuba)
ベレン聖母教会ことベレンイエズス会修道院は1854年〜1925年にハバナの旧市街に存在しており、1858年に王立天文台は修道院のネオバロック様式の塔に設立された。ベニート・ビニェス英語版はここで西インド諸島ハリケーンや1882年の金星の太陽面通過などの観測と研究を行った。
Convento de Belén Observatory, Havana, Cuba
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 世界遺産「ハバナ旧市街とその要塞群」の範囲内
191 アルジェ=ブザレア天文台 アルジェリアの旗 アルジェリアアルジェブザレア英語版
北緯36度47分52秒 東経3度1分56秒 / 北緯36.79778度 東経3.03222度 / 36.79778; 3.03222 (Observatoire de Algiers-Bouzareah, Algeria)
1890年に設立されたブザレア天文台と1910年に設立された地震観測所が1931年に合併して成立した天文台である。正式名称は「国立天文学、天体物理学および地球物理学研究センター」である。
Observatoire de Algiers-Bouzareah, Algeria
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
192 モンテビデオ天文台スペイン語版 ウルグアイの旗 ウルグアイモンテビデオコルドン英語版
南緯34度54分14秒 西経56度10分33秒 / 南緯34.90389度 西経56.17583度 / -34.90389; -56.17583 (Observatorio Astronómico de Montevideo, Uruguay)
モンテビデオにおける天体観測の起こりは1789年11月に行われた水星の太陽面通過の観測で、観測記録はマドリードに現存している。1927年、公開天文台は有識者の提案により、アルフレド・バスケス・アセベド研究所スペイン語版の建物の上層階に設置された。
Observatorio Astronómico de Montevideo, Uruguay
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
193 ミツペ・ラモンテルアビブ大学ワイズ天文台 イスラエルの旗 イスラエル、ミツペ・ラモン付近のネゲヴ砂漠
北緯30度35分45秒 東経34度45分48秒 / 北緯30.59583度 東経34.76333度 / 30.59583; 34.76333 (Wise Observatory of Tel Aviv University, Mitzpeh Ramon, Israel)
ワイズ天文台は世界最大の侵食圏谷ラモン・クレーター英語版の辺縁部に近い砂漠の中にあり、ミツペ・ラモンから西側5km、ベエルシェバから南側85km離れた場所にある。1971年にスミソニアン協会の援助により設置され、テルアビブ大学初代学長のジョージ・シュネイヴァイス・ワイズ英語版に因んで名付けられた。
Wise Observatory of Tel Aviv University, Mitzpeh Ramon, Israel
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
194 ダブリンダンシンク天文台 アイルランドの旗 アイルランド、ダブリン都心から北西8km離れたキャッスルノック英語版
北緯53度23分14秒 西経6度20分19秒 / 北緯53.38722度 西経6.33861度 / 53.38722; -6.33861 (Dunsink Observatory, Dublin, Ireland)
1783年〜1785年に建設されたアイルランド島初の科学研究用建物と最古の科学機関で、1880年〜1916年に用いられたダブリン平均時を決定した場所である。天文台は長らくダブリン大学トリニティ・カレッジの附属施設であったが、1940年にダブリン高等研究所理論物理学部の一部、1947年に同研究所宇宙物理学部の一部となった。天文台には1868年に導入された12インチ屈折望遠鏡であるサウス望遠鏡がある。
Dunsink Observatory, Dublin, Ireland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
195 リッチモンドキューキングス天文台英語版 イギリスの旗 イギリスロンドンリッチモンド・アポン・テムズ区オールド・ディア・パーク英語版
北緯51度28分8秒 西経0度18分53秒 / 北緯51.46889度 西経0.31472度 / 51.46889; -0.31472 (King's Observatory, Kew, Richmond, UK)
ジョージ3世は1769年6月3日の金星の太陽面通過に触発され、同年に天文台を設立した。天文台の建物はウィリアム・チェンバーズが設計した3階建てのパッラーディオ主義基礎とする古典主義建築で、屋上には現在も稼働中の世界最古の回転式ドームがあり、周辺の公園内には天文台の子午儀の校正のために造られた3本のオベリスクがある。天文学的成果としてはベルフォー・スチュワート英語版による1859年の太陽嵐の観測が挙げられる。天文台は1841年に民間に払い下げられ、王立学会を経て1910年以降は気象庁所有の建物となる。
King's Observatory, Kew, Richmond, UK
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
196 西アルプスグラーナ渓谷英語版星空保護区 イタリアの旗 イタリアピエモンテ州クーネオ県ファウニエラ峠英語版
北緯44度23分9秒 東経7度7分19秒 / 北緯44.38583度 東経7.12194度 / 44.38583; 7.12194 (Colle Fauniera)
グラーナ渓谷はポー川流域のグラーナ川イタリア語版渓谷で、生物多様性に富む南西アルプス山脈の山中にある。ファウニエラ峠はグラーナ谷の上流部にある美しいアルプスの風景と星空が見られる地域である。星空保護区はカステルマーニョという自治体にある2つの異なるエリア(ファウニエラ峠とカステルマーニョ保護区)からなり、総面積は43km²である。緩衝地帯の面積は約130km²で、カラーリオモンテマーレヴァルグラーナモンテロッソ・グラーナプラドレーヴェスの各自治体の区域からなる。
Western Alpine and Grana Valley Sky Sanctuary, Italy
「空への窓」:星の光、夜空保護区と天文台
イタリアの旗 イタリアピエモンテ州クーネオ県カステルマーニョ
北緯44度24分0秒 東経7度13分0秒 / 北緯44.40000度 東経7.21667度 / 44.40000; 7.21667 (Castelmagno Sanctuary)
197 マンハイム天文台 ドイツの旗 ドイツマンハイム
北緯49度29分12秒 東経8度27分35秒 / 北緯49.48667度 東経8.45972度 / 49.48667; 8.45972 (Mannheim Observatory, Germany)
1750年代、クリスチャン・マイヤーハイデルベルクシュヴェツィンゲン一帯で恒星の観測を行い、プファルツ選帝侯領地図を作製した。マイヤーは1764年にシュヴェツィンゲン城英語版の屋上に設置された天文台で所在地の経緯度を測定した後、1770年にマンハイムに天文台を設置する計画を立てた。天文台は1772年〜1775年に建てられた高さ33mの八角形の塔で、内部にはマイヤーの住まいや天頂望遠鏡があり、マイヤーはここで二重星の研究を行った。1880年、天文台はカールスルーエに移転された。
Mannheim Observatory, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
198 ベール城英語版の「ロス卿パーソンズタウンのリヴァイアサン アイルランドの旗 アイルランドレンスター地方オファリー県ベール英語版
北緯53度5分48秒 西経7度55分3秒 / 北緯53.09667度 西経7.91750度 / 53.09667; -7.91750 (Lord Rosse's Leviathan of Parsonstown, Birr Castle, Irland)
望遠鏡製作の名人として知られる第3代ロス伯爵ウィリアム・パーソンズは1842年〜1845年に6回の鋳造を経て3トン反射鏡を製作し、ベール城にリヴァイアサンを設置した。リヴァイアサンは口径72インチ焦点距離16.5mの6フィートニュートン式望遠鏡で、1917年までは世界最大の望遠鏡であった。ロス卿はこの望遠鏡を用いて、渦巻星雲は多くの星からなるのを発見した。
Lord Rosse's Leviathan of Parsonstown, Birr Castle, Irland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
199 エディンバラ市天文台英語版 イギリスの旗 イギリススコットランド地方エディンバラカールトンの丘
北緯55度57分17秒 西経3度11分0秒 / 北緯55.95472度 西経3.18333度 / 55.95472; -3.18333 (Edinburgh City Observatory, UK)
旧天文台であるゴシック・タワーはジェームズ・クレイグが設計した高さ48フィート八角形の塔で、1776年にカールトンの丘の南西部に設置された。ウィリアム・ヘンリー・プレイフェア英語版は1818年に古代ギリシア神殿の形をした新古典主義様式の天文台建物を建設し、1826年にその近辺に叔父のジョン・プレイフェア記念碑を設置した。1822年、市天文台はジョージ4世勅許により王立天文台となり、1896年に市南部に新しい王立天文台(ID No.200)は設置された。
Edinburgh City Observatory, UK
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 世界遺産「エディンバラの旧市街と新市街」の範囲内
200 エディンバラ王立天文台英語版 イギリスの旗 イギリススコットランド地方エディンバラブラックフォードの丘英語版
北緯55度55分23秒 西経3度11分16秒 / 北緯55.92306度 西経3.18778度 / 55.92306; -3.18778 (Royal Observatory Edinburgh, UK)
1888年にジェイムズ・ルードヴィック・リンジーによる機器と蔵書の寄贈を受け、カールトンの丘にある市天文台(ID No.199)の代わりに、1892年〜1895年に市南部のブラックフォードの丘に新しい天文台が建設された。天文台の本館はウォルター・ウッド・ロバートソン英語版が設計した非対称の丁字形のネオルネッサンス建築で、屋上には2つのドームがあり、東側のドームには91cmの反射望遠鏡がある。
Royal Observatory Edinburgh, UK
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
201 オスロクリスチャニア天文台ノルウェー語版  ノルウェー、オスロ
北緯59度54分46秒 東経10度43分5秒 / 北緯59.91278度 東経10.71806度 / 59.91278; 10.71806 (Christiania Observatory, Oslo, Norway)
クリスチャニア大学の天文台の建物は1833年にクリスチャン・ハインリヒ・グロシュ英語版により建てられ、クリストフェル・ハンステーンは初代台長を務めた。天文台は1841年と1865年に所在地の経緯度を測定したほか、皆既日食水星の太陽面通過などの観測、測地網と地図の作製および報時球による時報を行った。近くのオスロ・フィヨルドリンドヤ島英語版にはオスロ子午線を示すマークがある。天文台は1934年に閉鎖され、後継施設としてオスロ大学理論天体物理研究所とハレストゥア太陽観測所英語版がある。
Christiania Observatory, Oslo, Norway
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
202 オーボ/トゥルクヴァルティオヴォリ天文台英語版  フィンランド南西スオミ県トゥルクのヴォードベリエット公園フィンランド語版
北緯60度26分55秒 東経22度16分37秒 / 北緯60.44861度 東経22.27694度 / 60.44861; 22.27694 (Vartiovuori Observatory, Åbo/Turku, Finland)
1817年〜1819年に建設された天文台の建物はカール・ルドヴィグ・エンゲル英語版が設計したラテン十字形の新古典主義建築である。1827年、フリードリヒ・ヴィルヘルム・アルゲランダーが台長を務めた時期にトゥルク大火英語版は発生し、丘の上にある天文台と近辺の木造家屋は被害を免れたものの、1831年〜1834年に観測機器はヘルシンキ大学天文台に移された。
Vartiovuori Observatory, Åbo/Turku, Finland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
204 ID No.11 チャンキーヨのUNESCOによる世界遺産の説明
205 オンドジェヨフ天文台  チェコプラハの南東35km離れたオンドジェヨフ英語版
北緯49度54分55秒 東経14度46分52秒 / 北緯49.91528度 東経14.78111度 / 49.91528; 14.78111 (Ondřejov Observatory, Czech Republic)
1898年、ヨゼフ・ヤン・フリッチチェコ語版はオンドジェヨフ付近の土地を購入し、ヨゼフ・ファンタ英語版が設計したアール・ヌーヴォー様式の天文台を築いた。フリッチは1905年に研究室があるヴィラ、1908年〜1912年に2つのドームを建てた後、1928年に天文台をチェコスロバキア政府に寄贈した。オンドジェヨフ天文台は旧クレメンティヌムの天文台(ID No.112)を統合した後、1954年に新たに成立したチェコスロバキア科学アカデミー英語版天文研究所の傘下に入った。
Ondřejov Observatory, Czech Republic
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
206 ヴュルツブルクノイバウ教会ドイツ語版天文台 ドイツの旗 ドイツ、ヴュルツブルク
北緯49度47分27秒 東経9度55分56秒 / 北緯49.79083度 東経9.93222度 / 49.79083; 9.93222 (Neubaukirche Observatory, Würzburg, Germany)
1583年〜1591年に建設されたノイバウ教会を含むヴュルツブルク大学の建物はゲオルク・ロビンドイツ語版が設計したルネサンス建築である。バロック時代アントニオ・ペトリーニドイツ語版はノイバウ教会の塔をフランケンバロック様式に改造した後、バルタザール・ノイマンは1722年にバロック様式の図書館棟を追加した。フランツ・フベルティドイツ語版は1757年に高さ91mのノイバウ教会の塔に天文台を設置し、そこで1761年の金星の太陽面通過と1770年のレクセル彗星を観測した。
Neubaukirche Observatory, Würzburg, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
207 上海天文台中国語版佘山天文台中国語版 中華人民共和国の旗 中華人民共和国上海市佘山英語版
北緯31度5分45秒 東経121度11分4秒 / 北緯31.09583度 東経121.18444度 / 31.09583; 121.18444 (Shanghai Astronomical Observatory (Sheshan Station))
1872年、フランスイエズス会徐家匯聖イグナチオ大聖堂気象観測所を設置し、翌年に徐家匯観象台を設け、セッキ気象測器ヴィーヘルト地震計セオドライトなど様々な機器を用いて気象学、天文学、地磁気地震学の観測を行った。1890年に徐家匯の南西25km離れた佘山に附属観測所は建てられ、1908年に地磁気部門は30km離れた菉葭浜中国語版に移転された。1962年、佘山天文台は徐家匯天文台と統合され、中国科学院上海天文台となった。
Shanghai Astronomical Observatory (Sheshan Station), China
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
中華人民共和国の旗 中華人民共和国上海市南丹路
北緯31度11分25秒 東経121度25分46秒 / 北緯31.19028度 東経121.42944度 / 31.19028; 121.42944 (Shanghai Astronomical Observatory)
208 チャプルテペク城天文台 メキシコの旗 メキシコメキシコシティミゲル・イダルゴチャプルテペクの森
北緯19度25分14秒 西経99度10分54秒 / 北緯19.42056度 西経99.18167度 / 19.42056; -99.18167 (Astronomical Observatory Castillo de Chapultepec, Mexico)
チャプルテペクの丘はテノチティトランアステカ族聖地であった。1785年、ベルナルド・ビンセンテ・デ・ガルベス・イ・マドリードの命令によりチャプルテペク城の建設が始まったが、彼の急逝により建設が止まった。メキシコ独立戦争以降、城は陸軍士官学校の用地となり、敷地に「カバジェーロ・アルトスペイン語版」という見張り塔が建設された。米墨戦争期のアメリカ軍による占領を経て、1864年にマクシミリアン1世の要請により、ラモン・ロドリゲス・アランゴイティスペイン語版らは城をネオゴシック新ロマン主義の建物に改造した。1878年、国立天文・気象磁気観測所は城に設置され、見張り塔は観測塔となった。1883年、天文台はタクバヤにある大司教の旧居に移転された。
Astronomical Observatory Castillo de Chapultepec, Mexico
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
209 1931年以前のストックホルム天文台  スウェーデンストックホルム天文台の森英語版
北緯59度20分30秒 東経18度3分17秒 / 北緯59.34167度 東経18.05472度 / 59.34167; 18.05472 (Stockholm Observatory (until 1931), Sweden)
1748年〜1753年に建設されたストックホルム旧天文台はカール・ホーレマン英語版が設計したスウェーデン式のロココ建築である。スウェーデンではセルシウスの家(ID No.106)に次ぐ2番目に古い天文台である。天文台には1756年から現在までの250年以上にわたる気象観測活動の記録が残っている。1875年と1881年に増築が行われ、19世紀以降にウーゴ・ギュルデーンベルティル・リンドブラッドは台長を務めた。1931年、天文台はサルトシェバーデン天文台(ID No.244)に移転された。
Stockholm Observatory (until 1931), Sweden
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
210 ミシシッピ州オクスフォードミシシッピ大学バーナード天文台英語版 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国、ミシシッピ州ラファイエット郡オックスフォードのミシシッピ大学
北緯34度21分58秒 西経89度32分4秒 / 北緯34.36611度 西経89.53444度 / 34.36611; -89.53444 (Barnard Observatory, University of Mississippi, Oxford, MS, USA)
1859年に建設されたギリシア復興建築で、建物中央の大きなドームには大型な屈折望遠鏡が入居する予定があったものの、南北戦争により注文した望遠鏡は届けなくなった。当の望遠鏡は後に旧シカゴ大学英語版により購入され、現在はその後身校のノースウェスタン大学ディアボーン天文台英語版にある。なお、製造者の1人のアルヴァン・グラハム・クラークは1862年の望遠鏡のテスト中にシリウスBを発見した。
Barnard Observatory, University of Mississippi, Oxford, MS, USA
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
211 ヌーシャテル州立天文台英語版 スイスの旗 スイスヌーシャテル
北緯47度0分0秒 東経6度57分11秒 / 北緯47.00000度 東経6.95306度 / 47.00000; 6.95306 (Observatoire cantonal de Neuchâtel, Switzerland)
1858年にヌーシャテル州政府が設立した天文台であり、設立の目的は地場産業の精密時計クロノグラフクロノメーターなど)の製造業の促進である。天文台は1860年に建設された2階建ての古典主義建築で、1901年に初代台長のアドルフ・ヒルシュドイツ語版遺言状によりヌーシャテル市に寄贈された。1909年〜1911年、シャルル・レプラトニエが設計したスティル・サパン様式の「パヴィヨン・ヒルシュ」は建設された。天文台は1959年に最初の原子時計を作製し、2007年までは欧州宇宙機関時報を提供した。
Observatoire cantonal de Neuchâtel, Switzerland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
212 ジュネーヴジュネーブ天文台 スイスの旗 スイスジュネーヴ州ジュネーヴの天文台公園(旧サン=アントワーヌ要塞
北緯46度11分59秒 東経6度9分8秒 / 北緯46.19972度 東経6.15222度 / 46.19972; 6.15222 (Geneva Observatory, Geneva)
1772年、ジャック=アンドレ・マレ英語版はジュネーヴにスイス初の天文台を設立した。その後、天文台はヴァシュロン・コンスタンタンなどのジュネーヴの時計職人のために気象観測時刻の計測を始めた。1817年、マルク=オーギュスト・ピクテ英語版グラン・サン・ベルナール峠観測所を設立した。1830年、ジャン=アルフレッド・ゴーティエ英語版は近くのサン=アントワーヌ要塞に2代目のジュネーブ天文台を建設した。天文台は1967年にヴェルソワのジュネーヴ大学に移転された後、旧天文台の建物は1969年に取り壊された。
Observatoire de Genève, Geneva, Switzerland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
スイスの旗 スイスジュネーヴ州ヴェルソワ
北緯46度18分32秒 東経6度8分6秒 / 北緯46.30889度 東経6.13500度 / 46.30889; 6.13500 (The new Geneva Observatory)
213 ボローニャ天文台イタリア語版ラ・スペーコライタリア語版 イタリアの旗 イタリアボローニャ県ボローニャザンボーニ通り
北緯44度29分48秒 東経11度21分9秒 / 北緯44.49667度 東経11.35250度 / 44.49667; 11.35250 (La Specola, Bologna Observatory, Italy)
1712年、自邸に私設天文台を設置した地元の貴族ルイージ・フェルディナンド・マルシーリボローニャ大学へのコレクションの寄贈と研究所の設立の契約を結んだ。ラ・スペーコラ天文台はジュゼッペ・アントニオ・トッリ英語版カルロ・フランチェスコ・トッティ英語版が設計した4階建ての後期バロック建築で、1713年〜1726年に大学本部のポッジ宮殿英語版に建設された。20世紀以降にグイード・オルン=ダルトゥーロらは台長を務めた。関連施設として、ボローニャ天体物理学宇宙科学観測所、ロイアーノ観測所、ファビオ・ムッツィ・ジョヴァニョーニ天文台、メディチーナ電波天文台英語版カザレッキオ・ディ・レーノのフェルシナ天文台がある。
La Specola, Bologna Observatory, Italy
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
イタリアの旗 イタリアボローニャ県ボローニャピエロ・ゴベッティ通り
北緯44度31分18秒 東経11度20分11秒 / 北緯44.52167度 東経11.33639度 / 44.52167; 11.33639 (National Institute for Astrophysics (INAF) - Astrophysics and Space Science Observatory of Bologna)
イタリアの旗 イタリアボローニャから37km離れたロイアーノ
北緯44度15分33秒 東経11度20分4秒 / 北緯44.25917度 東経11.33444度 / 44.25917; 11.33444 (Loiano Astronomical Park)
イタリアの旗 イタリアボローニャ県ボローニャマリオ・ジャッキャ広場
北緯44度28分56秒 東経11度21分21秒 / 北緯44.48222度 東経11.35583度 / 44.48222; 11.35583 (Osservatorio Astronomico "Fabio Muzzi Giovagnoni")
イタリアの旗 イタリアボローニャ県メディチーナ
北緯44度31分15秒 東経11度38分49秒 / 北緯44.52083度 東経11.64694度 / 44.52083; 11.64694 (INAF- Istituto di Radioastronomia - Stazione di Medicina)
イタリアの旗 イタリアボローニャ県モンテ・サン・ピエトロ
北緯44度21分23秒 東経11度9分9秒 / 北緯44.35639度 東経11.15250度 / 44.35639; 11.15250 (Osservatorio Astronomico Felsina, Casalecchio di Reno)
215 ミラノブレラ天文台英語版 イタリアの旗 イタリアミラノ県のミラノ
北緯45度28分17秒 東経9度11分22秒 / 北緯45.47139度 東経9.18944度 / 45.47139; 9.18944 (Osservatorio Astronomico di Brera)
1764年、ブレラ天文台はジュゼッペ・ロドヴィーコ・ラグランジャイエズス会ルッジェーロ・ジュゼッペ・ボスコヴィッチによりミラノのブレラ宮殿英語版に設立された。ジョヴァンニ・スキャパレッリはここで8インチ屈折望遠鏡を用いて、火星の観測を行ったのは有名である。1920年代、ブリアンツァ地域のメラーテに附属のメラーテ観測所英語版が建てられた。
Osservatorio Astronomico di Brera, Milano, Italy
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
イタリアの旗 イタリアレッコ県メラーテ
北緯45度42分22秒 東経9度25分42秒 / 北緯45.70611度 東経9.42833度 / 45.70611; 9.42833 (Merate Observatory)
216 ブカレストブカレスト天文台ルーマニア語版  ルーマニア、ブカレスト
北緯44度24分39秒 東経26度5分42秒 / 北緯44.41083度 東経26.09500度 / 44.41083; 26.09500 (Bucharest Observatory, Bucuresti, Romania)
シュテファン・ヘピテス英語版は1884年にルーマニア気象研究所を設立し、スピル・ハレット英語版は1908年にフィラレットの丘英語版に気象天文台を設立した。天文台の建物は本館、ドーム子午線室などからなる新古典主義建築で、その隣にある図書館の「ヴィラ・ボシアヌ」は1859年に建てられた八角形ロマン主義建築である。1920年に天文台の気象学部門は分立し、1958年に天文台に太陽観測所が建設された。
Bucharest Observatory, Bucuresti, Romania
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
217 ビハール州ムザッファルプルランガット・シン・カレッジ英語版天文台 インドの旗 インド、ビハール州ムザッファルプルのカランバーグ通り
北緯26度6分50秒 東経85度22分44秒 / 北緯26.11389度 東経85.37889度 / 26.11389; 85.37889 (Langat Singh College Observatory)
1899年に設立されたランガット・シン・カレッジはビハール州北部で最古の高等教育機関である。パトナから北側100km離れた場所にあるこの建物はイギリスオックスフォードベリオール・カレッジを原型としたもので、インド・サラセン様式の要素を多く取り入れた。天文台である金属ドームは1914年〜1916年に多数のイグルー状の石細工と共にカレッジの屋上に建設され、1922年に運用開始し、1958年にプラネタリウムが追加された。
Langat Singh College Observatory in Muzaffarpur, Bihar, India
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
インドの旗 インド、ビハール州ムザッファルプルの大学通り
北緯26度6分51秒 東経85度22分45秒 / 北緯26.11417度 東経85.37917度 / 26.11417; 85.37917 (Planetarium, Langat Singh College)
220 ウィーンメルカー稜堡ドイツ語版のマリノーニ天文台  オーストリア、ウィーンのパスクヴァラティ・ハウス英語版ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェンの家)
北緯48度12分42秒 東経16度21分42秒 / 北緯48.21167度 東経16.36167度 / 48.21167; 16.36167 (Marinoni Observatory, Mölkerbastei, Vienna, Austria)
ウィーンの地図を作製したジョヴァンニ・ヤコポ・デ・マリノーニドイツ語版は1720年代、メルカー稜堡にある自宅の屋根に2階建ての塔を建て、ウィーン初の天文台を設置した。しかし、一帯にウィーンの森が広がり、ドナウ川沿いの低地にはも多いため、天文台から地平線付近を見えず、子午線正中などの観測しかできなかった。天文台の屋根には羅針図と連動する風見鶏があり、内部には望遠鏡四分儀振り子時計天球儀などが設置された。その後、天文台はヨーロッパ中で有名となり、レオンハルト・オイラーも興味を示した。
Marinoni Observatory, Mölkerbastei, Vienna, Austria
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
222 ユニバーシティ・カレッジ・コーククロフォード天文台英語版 アイルランドの旗 アイルランドコークのユニバーシティ・カレッジ・コーク
北緯51度53分33秒 西経8度29分32秒 / 北緯51.89250度 西経8.49222度 / 51.89250; -8.49222 (Crawford Observatory, University College Cork, Ireland)
アイルランド国立大学のコーク校は1845年に設立され、1849年に建物は建てられた。その後、地元の醸造業者のウィリアム・ホレイショ・クロフォード英語版は1,000ポンドを大学に寄付し、それにより建てられた天文台の建物は大学初期の建物と同じく教会様式で、ブリテン諸島で数少ないゴシック建築の特徴を持つ天文台の1つである。構造は18世紀のスカンディナヴィア半島に由来するもので、2階建ての中央棟には赤道儀があるほか、東ウィングには同国内で最も保存状態の良い子午環、西ウィングにはシデロスタティック望遠鏡がある。
Crawford Observatory, University College Cork, Ireland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
223 コインブラ天文台 ポルトガルの旗 ポルトガル、コインブラのコインブラ大学
北緯40度12分25秒 西経8度25分33秒 / 北緯40.20694度 西経8.42583度 / 40.20694; -8.42583 (Observatório Astronómico da Universidade de Coimbra)
1290年に設立されたコインブラ大学はポルトガル語圏最古の大学であり、イエズス会大学を経て1772年にポンバル侯爵およびオエイラス伯爵セバスティアン・ジョゼ・デ・カルヴァーリョ・イ・メロにより世俗化改革が行われた。1777年に仮設の天文台建物が建てられた後、1790年〜1799年に王立天文台は本部キャンパスのジョアニナ図書館の隣に建設され、同国初の天文台建物となった。天文台は1925年以降の毎日の太陽の観測を行い、現在は世界最大の太陽活動の連続観測記録を蓄積してきた。1927年以降は太陽のスペクトル線を観測し、彩層の研究に役を立った。天文台は1951年に同大の地球物理天文台に移転された。
Coimbra Observatory, Portugal
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 跡地は世界遺産「コインブラ大学 - アルタとソフィア」の範囲内にある
ポルトガルの旗 ポルトガル、コインブラのサンタ・クララ高地英語版にあるコインブラ大学キャンパス
北緯40度11分57秒 西経8度26分41秒 / 北緯40.19917度 西経8.44472度 / 40.19917; -8.44472 (New Observatory in Coimbra)
230 ドレスデンロールマン天文台ドイツ語版 ドイツの旗 ドイツ、ドレスデンのスートヴァーシュタットドイツ語版
北緯51度1分47秒 東経13度43分46秒 / 北緯51.02972度 東経13.72944度 / 51.02972; 13.72944 (Lohrmann-Observatory, Dresden, Germany)
ドレスデン工科大学の天文台はベルンハルト・パッテンハウゼンドイツ語版により1913年に設立された。マルティン・デュルファー英語版が建設したバイヤー・ビルドイツ語版はドイツ初の高層ビルの1つで、北ドイツに多い赤レンガ寄棟造アール・ヌーヴォーの要素を加えた建物である。高さ40mの天文台の塔はビルの八角形の部分の上にそびえ立ち、ガラス円柱構造の上に観測ドームがある。1961年〜1968年、同大にはヴィルヘルム・ゴットヘルフ・ロールマン英語版の名前を冠する測地天文学研究所があった。
Lohrmann-Observatory, Dresden, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
232 1879年以前のウィーン大学天文台(現・オーストリア科学アカデミー英語版  オーストリアウィーン1区イグナーツ・ザイペル博士広場ドイツ語版
北緯48度12分30秒 東経16度22分39秒 / 北緯48.20833度 東経16.37750度 / 48.20833; 16.37750 (Old University Observatory Vienna (before 1879, now Academy of Sciences), Austria)
ヨハン・ヨゼフ・グラフ・フォン・トラウトソン・ツ・ファルケンシュタイン英語版は1753年〜1756年にウィーン大学の建物の屋上に4階建ての木造の天文台を設置した。初代台長のマクシミリアン・ヘル英語版は1769年にヴァードー金星の太陽面通過の観測を行い、天文単位の長さを計算した。19世紀初からウィーン中心部の観測条件が悪くなったため、天文台は1825年〜1833年に再建された後、1879年に新しいウィーン大学天文台(ID No.148)に移転された。
Old University Observatory Vienna (before 1879, now Academy of Sciences), Austria
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
233 ウィーンオッタクリング英語版クフナー天文台英語版  オーストリア、ウィーンのオッタクリング
北緯48度12分46秒 東経16度17分29秒 / 北緯48.21278度 東経16.29139度 / 48.21278; 16.29139 (Kuffner Observatory, Vienna-Ottakring, Austria)
クフナー天文台は1884年〜1886年にビール醸造業者のモーリッツ・フォン・クフナー英語版の私設研究所として建設された。フランツ・リッター・フォン・ノイマン英語版が設計した十字形の本館やヘリオメータードームなどからなる。天文台でレオ・アントン・カール・デ・バル恒星年周視差の測定を行い、カール・シュヴァルツシルト感光材料吸光度に関するシュヴァルツシルトの法則を発見した。1915年、天文台はクフナー家の財務状況の悪化により閉鎖された。クフナー家が1938年にスイスに逃げた後、建物は国家社会主義労働者党に没収されたが、戦後の1947年に公開天文台として再開され、1950年に所有権はクフナー家に返還された。
Kuffner Observatory, Vienna-Ottakring, Austria
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
234 ブルームフォンテーンボイデン天文台 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国フリーステイト州ブルームフォンテーンの東側26kmにあるマセルスポールト英語版
南緯29度2分20秒 東経26度24分17秒 / 南緯29.03889度 東経26.40472度 / -29.03889; 26.40472 (Boyden Observatory, Bloemfontein, South Africa)
ユーライア・アサートン・ボイデン英語版の名前を冠するハーバード大学天文台の附属観測所は1889年にペルーリマ付近に設立され、1890年にアレキパに移転された。デービッド・ギルソロン・アーヴィング・ベイリーによる調査の後、観測所は1927年に天文台に改称された上に現在地に移転された。著名な成果としてはウィリアム・ヘンリー・ピッカリングによるフェーベの発見、アニー・ジャンプ・キャノンらによるヘンリー・ドレイパー星表の作製、ハーロー・シャプレーによるシャプレー超銀河団の発見、ろ座矮小銀河の発見、ポール・ホッジ英語版による大マゼラン雲写真集の作製が挙げられる。
Boyden Observatory, Bloemfontein, South Africa
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
235 トランシルヴァニア地方アルバ・ユリアバッチャーニアナ天文台ハンガリー語版  ルーマニア、トランシルヴァニア地方アルバ・ユリア
北緯46度4分13秒 東経23度34分15秒 / 北緯46.07028度 東経23.57083度 / 46.07028; 23.57083 (Specula Batthyaniana, Alba Iulia, Transylvania, Romania)
トランシルヴァニア地方の司教バッチャーニ・イグナーツ英語版は1792年〜1798年にアルバ・ユリアの星形要塞にある旧三位一体修道会の3階建ての建物を後期バロック様式の複合施設に改造し、内部に写本インキュナブラなどを保存する図書館ハプスブルク帝国初の天文台を設置した。天文台は18世紀後半にウィーンイエズス会士、マクシミリアン・ヘル英語版の下で大きな発展を遂げたが、1860年に閉鎖された。
Specula Batthyaniana, Alba Iulia, Transylvania, Romania
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
236 メリダジャノ・デル・アト国立天文台 ベネズエラの旗 ベネズエラ、メリダ付近のジャノ・デル・アト
北緯8度47分11秒 西経70度52分19秒 / 北緯8.78639度 西経70.87194度 / 8.78639; -70.87194 (Mérida Astrophysical Observatory)
1888年、カヒガル海軍天文台スペイン語版はカラカスのキンタナの丘に設立された。1940年代以降の近代化の試みによりドイツから多くの機器を導入したが、地震研究所の新設などに止まった。1960年、天文台近代化委員会はメリダに近いアンデス山脈に新天文台を建設することを決定したが、政治的な理由により計画は中止となった。1961年にカラカスの天文台はベネズエラ海軍総司令部の下に置かれた後、1972年〜1975年にメリダから70km離れた山地に4つのドームからなるジャノ・デル・アト国立天文台は建設された。
Llano del Hato National Astronomical Observatory (CIDA), Mérida, Venezuela
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
ベネズエラの旗 ベネズエラカラカス首都地区カヒガルの丘
北緯10度30分13秒 西経66度55分44秒 / 北緯10.50361度 西経66.92889度 / 10.50361; -66.92889 (Cagigal Naval Observatory (former Cagigal Astronomical and Meteorological of Caracas))
ベネズエラの旗 ベネズエラ、メリダのアンデス大学英語版
北緯8度37分6秒 西経71度8分22秒 / 北緯8.61833度 西経71.13944度 / 8.61833; -71.13944 (Mérida, University of the Andes)
237 ライプツィヒヨハニシュタールドイツ語版ライプツィヒ天文台ドイツ語版 ドイツの旗 ドイツ、ライプツィヒのプライセンブルク城英語版
北緯51度20分10秒 東経12度22分20秒 / 北緯51.33611度 東経12.37222度 / 51.33611; 12.37222 (Old Leipzig Observatory)
1787年〜1790年、初代のライプツィヒ大学天文台はゲオルク・ハインリヒ・ボルツドイツ語版カール・フリードリヒ・ヒンデンブルク英語版の設計に基づき、プライセンブルク城の塔に建てられた。1861年に旧天文台は閉鎖され、ヨハニシュタールの新天文台の初代台長にカール・クリスチャン・ブルーンスが就任した。新天文台にはアルベルト・ゴイテブリュック英語版が設計した本館のほか、2階建ての古典主義建築の台長の邸宅と子午線室があり、1866年にカール・フリードリヒ・ツェルナードームを追加した。天文台は1943年12月の空襲で被害を受けた後、1956年に閉鎖された。
Leipzig Observatory, Leipzig-Johannisthal, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
ドイツの旗 ドイツ、ライプツィヒのヨハニシュタール
北緯51度20分2秒 東経12度23分18秒 / 北緯51.33389度 東経12.38833度 / 51.33389; 12.38833 (New Leipzig Observatory)
238 ハレ・アン・デア・ザーレ天文台ドイツ語版 ドイツの旗 ドイツハレ・アン・デア・ザーレ大学植物園英語版
北緯51度29分21秒 東経11度57分34秒 / 北緯51.48917度 東経11.95944度 / 51.48917; 11.95944 (Observatory Halle an der Saale, Germany)
この天文台はハレ大学学長カール・クリストフ・フォン・ホフマンドイツ語版の指示により、1788年に並木道と共に附属植物園の敷地内に建設された。建物はカール・ゴットハルト・ラングハンス英語版が設計した風の塔に似た3階建てのドーリア式八角形の塔で、入り口の両側にトスカナ式が並んでおり、1階には子午線室と図書館、最上階には屈折望遠鏡バルコニーがある。天文台は古典主義建築ライオン校舎ドイツ語版と並ぶ同大で最古の建物の1つである。
Observatory Halle an der Saale, Germany
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
239 ロッブリー宮殿の1688年日食天文台 タイ王国の旗 タイロッブリー県ロッブリーのクライソン・シーハラート宮殿タイ語版
北緯14度48分43秒 東経100度38分42秒 / 北緯14.81194度 東経100.64500度 / 14.81194; 100.64500 (Solar Eclipse Observatory 1688, Palace in Lop Buri, Siam (Thailand))
ナーラーイ王西洋の技術に関心を持ち、タイにおける天文学の創始者と見なされる。王は1664年にオランダ海軍の封鎖によりアユタヤからロッブリーに移り、イエズス会の協力の下で離宮のクライソン・シーハラート宮殿を建てた。1685年、王はフランスのイエズス会士と共に皆既月食を観測し、ロッブリーの経度を計算した。また、コンスタンティン・フォールコンの提案により、4階建ての八角形ワット・サン・パオロ天文台タイ語版が建設された。王は1688年4月30日の部分日食の観測の数ヶ月後に崩御し、ペートラーチャー王が即位するとフランス人は追い出された。タイで次に行われた天体観測ラーマ4世治世下での1868年8月18日の日食の観測となった。
Solar Eclipse Observatory 1688, Palace in Lop Buri, Siam (Thailand)
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
タイ王国の旗 タイロッブリー県ロッブリーのプラ・ナーラーイ・ラチャニウェート
北緯14度47分59秒 東経100度36分36秒 / 北緯14.79972度 東経100.61000度 / 14.79972; 100.61000 (Palace in Lop Buri)
タイ王国の旗 タイロッブリー県ムアンロッブリー郡ターヒン自治体
北緯14度47分44秒 東経100度37分10秒 / 北緯14.79556度 東経100.61944度 / 14.79556; 100.61944 (Wat San Paolo Observatory)
240 コペンハーゲン大学東防御壁天文台英語版  デンマークコペンハーゲンローゼンボー城付近のコペンハーゲン大学植物園
北緯55度41分13秒 東経12度34分33秒 / 北緯55.68694度 東経12.57583度 / 55.68694; 12.57583 (Østervold Observatory, Copenhagen University, Denmark)
この天文台は1859年〜1861年にハインリヒ・ルイス・ダレストの計画に基づき、古い要塞城壁の上に建てられた。建物はハンス・クリスチャン・ハンセン英語版が設計した新古典主義建築である。この天文台でダレストはNGC 1NGC 26などの深宇宙天体を発見し、ハンス・カール・フレデリク・クリスチャン・シェレルプ英語版は『星座の書』を翻訳した。トルヴァルド・ニコライ・ティエレスヴァンテ・エリス・ストレームグレンベンクト・ストレームグレンらも台長を務めた。
Østervold Observatory, Copenhagen University, Denmark
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
241 コペンハーゲン大学ブロルフェルド天文台  デンマークシェラン地域ブロルフェルドデンマーク語版
北緯55度37分29秒 東経11度39分53秒 / 北緯55.62472度 東経11.66472度 / 55.62472; 11.66472 (Brorfelde Observatory, Copenhagen University, Denmark)
光害などにより、1953年にコペンハーゲンから西側50km離れた場所にブロルフェルド天文台が建設された。天文台はカイ・ゴットロブ英語版が設計した赤色系の本館、工房などからなる建物群であり、庭園環境デザイナーゲオルク・ゲオルクセンデンマーク語版が設計したものである。コペンハーゲン大学は1993年に天文台、東防御壁研究所(ID No.240)と地球物理学研究所を統合しニールス・ボーア研究所を設置した。
Brorfelde Observatory, Copenhagen University, Denmark
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
242 オーフス大学オーレ・レーマー天文台英語版  デンマークオーフスマーセリスボー城付近
北緯56度7分40秒 東経10度11分36秒 / 北緯56.12778度 東経10.19333度 / 56.12778; 10.19333 (Ole Rømer Observatory, Aarhus University, Denmark)
地元出身のオーレ・レーマーの名前を冠するこの天文台は丘の上にあり、1909年〜1911年に建設された。アントン・ソフス・ローゼン英語版が設計した天文台の建物群は観測棟、本館と台長の別館からなり、漆喰瓦屋根が特徴的なアーツ・アンド・クラフツ建築である。初代台長はテューリンゲン州アルテンブルクに私設天文台を設けたフリードリヒ・クリューガードイツ語版であった。天文台は1956年にオーフス大学の一部となり、別館は一時期オーフスの科学館となった。
Ole Rømer Observatory, Aarhus University, Denmark
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
243 ルンド旧ルンド天文台英語版  スウェーデンスコーネ地方ルンドの市立公園スウェーデン語版
北緯55度41分59秒 東経13度11分16秒 / 北緯55.69972度 東経13.18778度 / 55.69972; 13.18778 (Lunds gamla observatorium)
1672年、アンデシュ・スポーレ英語版はルンド大学の天文台を設立したが、1676年のルンドの戦いで大部分が焼失した。1749年、ルンド大学天文学部の本館と新天文台はルンダゴード公園にある2階建てのクングスフーセットに置かれ、1837年〜1839年にカール・ゲオルク・ブルニウス英語版による増築が行われた。1867年、ルンド大学天文学部は中世城壁内にあるヘルゴ・ゼッテルヴァル英語版が設計した「旧ルンド天文台」に移転され、カール・シャーリエクヌート・ルントマルク英語版は台長を務めた。1962年、ロメレ山スウェーデン語版に附属の観測所が設置された。2001年、ルンド大学天文学部はティコ・ブラーエ胸像などと共に旧給水塔の周辺に移転された。
Lunds gamla observatorium, Lund, Sweden
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
 スウェーデン、ルンドのウィンストルップス通り聖ペトロ教会通り
北緯55度42分23秒 東経13度11分29秒 / 北緯55.70639度 東経13.19139度 / 55.70639; 13.19139 (Observatory of Andreas Spole)
 スウェーデン、ルンドのルンダゴード公園英語版クングスフーセット英語版
北緯55度42分19秒 東経13度11分38秒 / 北緯55.70528度 東経13.19389度 / 55.70528; 13.19389 (Kungshuset Observatory)
 スウェーデン、ルンドのルンド大学
北緯55度42分42秒 東経13度12分16秒 / 北緯55.71167度 東経13.20444度 / 55.71167; 13.20444 (Astronomical Faculty (Lund Observatory))
244 セーデルマンランド地方サルトシェバーデン天文台スウェーデン語版  スウェーデン、セーデルマンランド地方サルトシェバーデン英語版にあるカールスバーデル山スウェーデン語版
北緯59度16分19秒 東経18度18分15秒 / 北緯59.27194度 東経18.30417度 / 59.27194; 18.30417 (Saltsjöbaden Observatory, Södermanland, Sweden)
1920年代末の光害により、ストックホルム天文台台長のベルティル・リンドブラッドは天文台(ID No.209)の移転を計画した。1929年〜1931年、アクセル・アンデルベリ英語版が設計した新しい天文台はストックホルム南東部のストックホルム群島英語版に建設された。レンガ造の本館は高台にあり、周辺に観測用のドームがあり、内部には多数の天体物理学観測用の光学望遠鏡がある。
Saltsjöbaden Observatory, Södermanland, Sweden
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
245 ソフィア大学天文台ブルガリア語版  ブルガリアソフィアボリス公園英語版
北緯42度40分55秒 東経23度20分41秒 / 北緯42.68194度 東経23.34472度 / 42.68194; 23.34472 (Sofia University Observatory, Sofia, Bulgaria)
1889年、ソフィア大学の物理学部の下に天文学科が設立され、オフリドの聖クリメントの名前を冠するソフィア大学の天文台はマリン・バチェヴァロフブルガリア語版の主導の下で、1892年〜1894年にボリス公園に建設された。1897年、同国初の望遠鏡である6インチ赤道儀屈折望遠鏡は導入された。20世紀中期、台長のニコラ・イワノフ・ボネフブルガリア語版の下で天文台は大きな発展を遂げ、最初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに関する観測も行った。
Sofia University Observatory, Sofia, Bulgaria
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
246 香港気象台 中華人民共和国の旗 中華人民共和国香港九龍尖沙咀
北緯22度18分9秒 東経114度10分27秒 / 北緯22.30250度 東経114.17417度 / 22.30250; 114.17417 (Hong Kong (Meteorological) Observatory)
王立協会による提案により、香港天文台は1883年にジョージ・ボーエン英語版により尖沙咀に設置された。本部ビルはアーチ型のと長いベランダがある2階建ての漆喰壁のレンガ造の建物で、隣には1983年に建てられた「百周年記念ビル」がある。天文台では台風情報を中心とした気象観測に加えて、時刻および磁気の観測も行われた。
Meteorological Observatory, Hongkong, China
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
中華人民共和国の旗 中華人民共和国香港汀角村
北緯22度28分29秒 東経114度13分12秒 / 北緯22.47472度 東経114.22000度 / 22.47472; 114.22000 (Jesuit Observatory, Shan-Liu-Road)
247 ニュージャージー州ホルムデル英語版ベル電話研究所ホルムデル・ホーンアンテナ英語版 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国、ニュージャージー州モンマス郡ホルムデルのクロフォードの丘英語版
北緯40度23分29秒 西経74度11分7秒 / 北緯40.39139度 西経74.18528度 / 40.39139; -74.18528 (Holmdel Horn Antenna at Bell Telephone Laboratories in Holmdel, New Jersey, USA)
1959年に建設された長さ50フィート直径20フィートで、重さ18トンマイクロ波ホーンアンテナであり、主体部分はアルミニウム製で、基部の三角形の構造は鋼製である。1960年代に衛星通信アンテナおよび電波望遠鏡として使用され、エコーテルスター衛星の信号の受信を行った。1964年、ロバート・ウッドロウ・ウィルソンアーノ・アラン・ペンジアスはここで銀河系の外に由来する波長7.35cmのノイズを探知した。後にプリンストン大学ロバート・ヘンリー・ディッケジム・ピーブルズデビッド・トッド・ウィルキンソンにより宇宙マイクロ波背景放射と特定され、ジョージ・ガモフジョルジュ・ルメートル宇宙膨張論ビッグバン理論を裏付けた。
Holmdel Horn Antenna at Bell Telephone Laboratories in Holmdel, New Jersey, USA
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 1978年のノーベル物理学賞関連
248 東京都台東区の浅草天文台 日本の旗 日本、東京都台東区鳥越神社東側の浅草橋3丁目
北緯35度42分5秒 東経139度47分20秒 / 北緯35.70139度 東経139.78889度 / 35.70139; 139.78889 (Asakusa Astronomical Observatory, Taito City, Tokyo, Japan)
浅草天文台は江戸時代後期の1782年〜1795年に高橋至時により設立され、別名は「頒暦所御用屋敷」である。当時の天文方将軍の指揮の下で観測を通じて計時編纂を行い、土地測量、地理誌の編纂、洋書翻訳なども行った。天文台は1869年までに浅草に存在していた。
Asakusa Astronomical Observatory, Taito City, Tokyo, Japan
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
249 東京国立天文台三鷹キャンパス 日本の旗 日本東京都三鷹市大沢
北緯35度40分31秒 東経139度32分17秒 / 北緯35.67528度 東経139.53806度 / 35.67528; 139.53806 (Mitaka Observatory, Tokyo National Astronomical Observatory of Japan)
1888年、東京帝国大学観象台、海軍省観象台および内務省地理局が合併して、かつて海軍気象台があった麻布区飯倉東京天文台が設立された。当時の天文台はレプソルド子午儀を用いて時刻を計測し、毎日の正午皇居午砲台午砲による時報を行った。1923年の関東地震で倒壊した後、1924年に天文台は三鷹村に移転され、1935年に建物の建設が終わった。
Mitaka Observatory, Tokyo National Astronomical Observatory of Japan
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
250 徐羅伐慶州)の瞻星台 大韓民国の旗 大韓民国慶尚北道慶州市
北緯35度50分7秒 東経129度13分9秒 / 北緯35.83528度 東経129.21917度 / 35.83528; 129.21917 (Cheomseongdae Observatory, Seorabeol (today Gyeongju), South Korea)
東洋最古の天文台として知られる新羅時代築の基部の長さが5.7m、高さが9.17mの石塔である。石塔は形の円柱で、上と下には四角形の構造、正面には四角形のがある。塔は月の日数と同じく30層の石からなり、毎層は月数と同じく12の石で構成されているため、瞻星台は年間の日数と同じく約360個の石で構成されている。
Cheomseongdae Observatory, Seorabeol (today Gyeongju), South Korea
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学 世界遺産「慶州歴史地域」の構成資産
251 京都大学花山天文台飛騨天文台 日本の旗 日本京都府京都市左京区北白川追分町京都大学吉田キャンパス
北緯35度1分50秒 東経135度47分3秒 / 北緯35.03056度 東経135.78417度 / 35.03056; 135.78417 (Kyoto University, Japan)
京都大学における天文学の研究は京都帝国大学理工学部の敷地内で佐々木哲夫によるフィンレー彗星の観測から始まり、天文台は当時「京都天文台」と称された。1921年に宇宙物理学科が物理学科から独立したのに伴い、天文台も「京都大学天文台」と改名した。しかし、その後の京都市電の開通により観測条件が悪化したため、1927年に天文台が宇治郡山科町花山山に移転された。1929年に大倉三郎が設計した建物が竣工し、初代台長に山本一清が就任した。1958年に京都大学理学部傘下の花山天文台と生駒山太陽観測所(1941年〜1972年間に存在)が統合され、理学部附属の天文台となった。1968年に北アルプス太陽系内天体観測用の飛騨天文台が新設された後、花山天文台はデータ解析の研究拠点となった。
Kwasan and Hida Observatories, Kyoto University, Japan
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
日本の旗 日本京都府京都市山科区
北緯34度59分37秒 東経135度47分37秒 / 北緯34.99361度 東経135.79361度 / 34.99361; 135.79361 (Kwasan Observatory, Kyoto University, Japan)
日本の旗 日本岐阜県高山市の大雨見山
北緯36度15分14秒 東経137度18分19秒 / 北緯36.25389度 東経137.30528度 / 36.25389; 137.30528 (Hida Observatory, Kyoto University, Japan)
252 ポルト・アレグレリオ・グランデ・ド・スル連邦大学天文台ポルトガル語版 ブラジルの旗 ブラジルリオグランデ・ド・スル州ポルト・アレグレの旧市街にあるリオ・グランデ・ド・スル連邦大学英語版
南緯30度1分56秒 西経51度13分19秒 / 南緯30.03222度 西経51.22194度 / -30.03222; -51.22194 (Observatório Astronômico da UFRGS, Porto Alegre, Brazil)
1906年9月18日にポルト・アレグレ工学学校の一部として設立され、1934年にリオ・グランデ・ド・スル連邦大学の成立と共に同大の一部となった。4階の建物は初代台長を務めたマノエル・バルボサ・アスンプサン・イタキポルトガル語版が設計したアール・ヌーヴォー様式のものである。子午線室にはクロノス地球儀を示すフレスコ画があり、外には天球儀日時計の装飾があるウーラニアー像もある。1940年代に郊外にモロ・サンタナ天文台ポルトガル語版が設立された。
Observatório Astronômico da UFRGS, Porto Alegre, Brazil
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
253 コペルニクスの時代のヤギェウォ大学コレギウム・マイウス英語版 ポーランドの旗 ポーランドクラクフのヤギェウォ大学
北緯50度3分42秒 東経19度56分2秒 / 北緯50.06167度 東経19.93389度 / 50.06167; 19.93389 (Collegium Maius at the time of Copernicus, Jagiellonian University, Kraków/Cracow, Poland)
ニコラウス・コペルニクスは1491年〜1496年にヤギェウォ大学で勉学しており、1493年にマルチン・ビリカ英語版により大学に寄付され天文機器を使ったことがある。この機器は今もヤギェウォ大学の博物館に保存されている。
Collegium Maius at the time of Copernicus, Jagiellonian University, Kraków/Cracow, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
254 オルシュティン/アレンシュタイン城英語版ヘリオグラフ(天文表) ポーランドの旗 ポーランドオルシュティンのオルシュティン城
北緯53度46分40秒 東経20度28分28秒 / 北緯53.77778度 東経20.47444度 / 53.77778; 20.47444 (Heliograph (Astronomical Table), Olsztyn/Allenstein Castle, Poland)
ニコラウス・コペルニクスは1516年〜1521年と1523年に2度もヴァルミア大司教区英語版のオルシュティン城に滞在した。コペルニクスは1517年に城内の壁に垂直式日時計であるヘリオグラフを刻み込み、分点の観測を通じて太陽の黄道と年の長さについて観察した。
Heliograph (Astronomical Table), Olsztyn/Allenstein Castle, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学
255 フラウエンブルク/フロムボルク英語版でのコペルニクスの観測サイト ポーランドの旗 ポーランド、フロムボルクのフロムボルク大聖堂英語版とコペルニクス塔
北緯54度21分25秒 東経19度40分51秒 / 北緯54.35694度 東経19.68083度 / 54.35694; 19.68083 (Copernicus observing site in Frauenburg / Frombork, Poland)
ニコラウス・コペルニクスは1497年、1512年〜1516年と1517年以降にフロムボルクに居住しており、司教区の総管理者を務めながら、大聖堂の一角にあるコペルニクス塔から観測活動を行ったと見られる。
Copernicus observing site in Frauenburg / Frombork, Poland
ルネッサンスから20世紀中期までの天文学

*ID No.1〜4・7・15・47・48・54〜57・74・75・80・81・86・88・89・94・103・105・107・116・118〜121・123・128・130〜135・144・150〜154・156・189・190・203・214・218・219・221・224〜229・231は欠番(審議保留または不登録)。

*ID No.の順番は登録年順ではない。ケーススタディー別にNo.8以前が先史時代、No.9〜14が大航海時代以前の先住民文化、No.16〜20がアジア、No.21〜25が古代エジプト、No.26〜28が古代ヨーロッパ、No.29・30がイスラム文化、No.31〜33が中世ヨーロッパ、No.34〜39がルネッサンスから20世紀中期までの天文学、No.40が応用天文学、No.41・42が自然環境として種別され、以後は順不同。特にNo.71以降は世界各地の天文台が大多数を占める。

空とつながる場所

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以下は「Places connected to the Sky」の一覧である[1]

ID No. 名称 所在地 内容・公式サイト個別リンク 画像
2 エッシェンベルク天文台英語版 スイスの旗 スイスヴィンタートゥール
北緯47度28分29秒 東経8度44分34秒 / 北緯47.47472度 東経8.74278度 / 47.47472; 8.74278 (Eschenberg Observatory, Switzerland)
ボランティアの活動により1979年に開業された地域の文化・教育施設で、地球近傍小惑星彗星の有名な観測施設である。
Eschenberg Observatory, Switzerland
5 オットフォード英語版太陽系 イギリスの旗 イギリスイングランド南東部ケント州のオットフォード周辺
北緯51度18分56秒 東経0度11分18秒 / 北緯51.31556度 東経0.18833度 / 51.31556; 0.18833 (Otford Solar System: Sun)
2000年1月1日午前0時における太陽と各惑星の空間位置を正確に再現した太陽系の縮尺模型である。この模型に関連する太陽系に近い恒星を表すオブジェは世界各地に分布しており、プロキシマ・ケンタウリはグリフィス天文台、バーナード星はスタンリーの博物館、シリウスはシドニー天文台、ロス154はカンタベリー博物館にある。
Otford Solar System
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ロサンゼルスグリフィス天文台
北緯34度7分6秒 西経118度18分1秒 / 北緯34.11833度 西経118.30028度 / 34.11833; -118.30028 (Otford Solar System: Proxima Centauri)
イギリスの旗 イギリスフォークランド諸島ポート・スタンリー
南緯51度41分28秒 西経57度51分55秒 / 南緯51.69111度 西経57.86528度 / -51.69111; -57.86528 (Otford Solar System: Barnard’s Star)
オーストラリアの旗 オーストラリアシドニーシドニー天文台(ID No.73)
南緯33度51分35秒 東経151度12分17秒 / 南緯33.85972度 東経151.20472度 / -33.85972; 151.20472 (Otford Solar System: Sirius)
ニュージーランドの旗 ニュージーランドクライストチャーチカンタベリー博物館
南緯43度31分51秒 東経172度37分37秒 / 南緯43.53083度 東経172.62694度 / -43.53083; 172.62694 (Otford Solar System: Ross 154)
7 ヴェニュス岬英語版 フランスの旗 フランスフランス領ポリネシアタヒチ島北部
南緯17度29分42秒 西経149度29分44秒 / 南緯17.49500度 西経149.49556度 / -17.49500; -149.49556 (Point Venus, French Polynesia)
ジェームズ・クックが1769年の金星の太陽面通過を観測した場所であり、現地にはバウンティ号乗組員の記念碑とヴィクトリア朝時代の灯台がある。
Point Venus, French Polynesia
10 ストーンヘンジ・アオテアロア英語版 ニュージーランドの旗 ニュージーランドカータートン英語版
南緯41度8分1秒 東経175度34分25秒 / 南緯41.13361度 東経175.57361度 / -41.13361; 175.57361 (Stonehenge Aotearoa, New Zealand)
本来のストーンヘンジとは経緯度が異なるため、単なるレプリカではなく、天文学的特性を維持するために一部の寸法を変更して設計された構造物である。
Stonehenge Aotearoa, New Zealand
12 日時計の村、アイエッロ・デル・フリウーリ イタリアの旗 イタリアウーディネ県のアイエッロ・デル・フリウーリ
北緯45度52分15秒 東経13度21分50秒 / 北緯45.87083度 東経13.36389度 / 45.87083; 13.36389 (Aiello del Friuli, village of sundials, Italy)
「日時計の村」として知られるアイエッロ・デル・フリウーリには、様々な芸術的な日時計がある。
Aiello del Friuli, village of sundials, Italy
13 コーツ天文台英語版 イギリスの旗 イギリススコットランド地方レンフルーシャーペイズリー
北緯55度50分44秒 西経4度25分51秒 / 北緯55.84556度 西経4.43083度 / 55.84556; -4.43083 (Coats Observatory, Scotland)
スコットランド初の専門の公開天文台で、2つの屈折望遠鏡および19世紀後半の天文学、気象学地震学研究用の様々な科学機器がある。
Coats Observatory, Scotland
14 フベルマット天文台英語版 スイスの旗 スイスルツェルン
北緯47度2分12秒 東経8度18分19秒 / 北緯47.03667度 東経8.30528度 / 47.03667; 8.30528 (Hubelmatt Observatory, Switzerland)
ルツェルン天文学会は1965年からフベルマット天文台を公衆に開放し、現在もガイド付きの天体観測により天文教育の普及に取り組んでいる。
Hubelmatt Observatory, Switzerland
15 ホア・ラック  ベトナムハノイ市タックタット県
北緯21度1分19秒 東経105度32分31秒 / 北緯21.02194度 東経105.54194度 / 21.02194; 105.54194 (Hoa Lac, Vietnam)
ベトナム国家宇宙センター所属の天文台で、2018年6月に運用開始した。CCDアレイ付きの50cm(f/8)のリッチー・クレチアン式望遠鏡がある。
Hoa Lac, Vietnam
34 ボンドーネ山英語版天文台のテラッツァ・デッレ・ステッレ イタリアの旗 イタリアトレント自治県のボンドーネ山中のヴィオテ高原
北緯46度1分9秒 東経11度2分22秒 / 北緯46.01917度 東経11.03944度 / 46.01917; 11.03944 (Star’s Terrace of Mount Bondone astronomical observatory)
天文台には直径80cmのニュートン式反射望遠鏡などの望遠鏡があり、でできた大きなドーム球面鏡のように見える。
Star’s Terrace of Mount Bondone astronomical observatory

脚注

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  1. ^ a b UNESCO Astronomy and World Heritage Webportal - Astronomical Heritage Finder”. www3.astronomicalheritage.net. 2022年12月21日閲覧。
  2. ^ What is astronomical heritage?”. UNESCO Astronomy and World Heritage Webportal. 2018年5月28日閲覧。