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「正三位」の版間の差分

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2020年12月30日 (水) 08:53時点における版

正三位(しょうさんみ)とは、位階及び神階のひとつ。従二位の下、従三位の上に位する。日本では「おおいみつのくらい」とも読む。

概要

律令制下においては、従三位以上を「貴」と称し、また「星の位」ともいわれ、上級貴族の位階であった。従三位が中納言近衛大将、大宰帥などと官位相当であるのに対し、正三位は大納言相当とされた。勲等との対比では勲一等に値する。

時代が下るにつれ、官位相当によらない叙位任官も増え、官位相当の大納言は従二位大将中将も二位及び三位で運用されたため、中納言でこの位階に叙せられる例も少なくなかった。これにより、本来、上位の位階である筈の正三位も比較的中堅公卿の位階として定着するようになったのをはじめ、本来は堂上となる筈のなかった武家も、中央政界の争乱への関与と貢献を重ねるうちに身分を上昇させ、正三位またはその前後への位階に昇る例が見られるようになった。

武家政治の創始者ともいうべき平清盛の官途はその先駆的な例であり、永暦元年(1160年)、前年の平治の乱で宿敵 源氏の棟梁 源義朝を打倒した清盛は武士として初の正三位となり、参議右兵衛督となりさらに官途を重ねて最終的に従一位太政大臣となった。清盛の嫡男 重盛が正三位参議を経て後に正二位内大臣となり、重盛の死後、清盛の後継に擁立された三男 宗盛もまた正三位参議を経て、最終的に従一位内大臣となった。清盛四男の知盛は正三位権中納言を経て従二位に、五男の重衡は従三位左近衛中将より正三位となった。

鎌倉時代以降となると、正三位は征夷大将軍またはその世子が昇叙の段階で上る位階となり、鎌倉幕府二代将軍の源頼家将軍宣下前に左衛門督任官した際この正三位に叙せられ、その弟 三代将軍 源実朝右兵衛佐従五位下で叙爵と同時に征夷大将軍を宣下された後、昇叙を重ね正三位行右近衛中将に昇った後に、最終的に右大臣正二位まで上り詰めた。その次代である摂家将軍藤原頼経正五位下を初叙とした他は実朝とほぼ同じ位階で昇進を重ね、正三位権中納言を経て、最終的に正二位権大納言となっている。

その後、皇族が将軍となる宮将軍がしばらく続いたことから、人臣の位階たる武家への正三位叙位はしばらく途絶えたものの、後醍醐天皇による北条高時追討により鎌倉幕府が滅亡すると、建武元年(1335年)、足利尊氏が正三位参議兼左兵衛督となる例が見られた。しかし、足利将軍家の位階が正二位内大臣で定着するようになると、将軍及びその世子の官途も従三位からいきなり従二位へと昇る例が増え、正三位への叙位は四代将軍 義持とその弟 足利義嗣、九代将軍 義尚が官途のさなかに正三位への叙位がなされた例に留まった。 戦国時代後期以降では織田信長が安土城を完成させた、天正4年(1576年)、正三位に昇ったのをはじめ、織田信長嫡孫 織田秀信は正三位権中納言となり、信長四男で豊臣秀吉の養子となった羽柴秀勝も秀信と同じ官位を授けられた他、秀吉の弟 豊臣秀長徳川家康が正三位を経て従二位へと昇叙する例が見られたが、高位ということもあり、武家の叙位にあっては、正三位叙位の発令は決して多いというものではなかった。

江戸時代以降では、正三位はほぼ徳川将軍家または一門の当主のみが昇る位階となったが、それでも決して叙位例は多いとはいえず、240年の江戸時代の歴史の中で、将軍となった者に対する正三位への叙位は三代将軍 徳川家光が初叙で正三位となった他、五代将軍綱吉が承応2年(1653年)、元服した年に従四位下から正三位に昇叙し後に参議に任官、後に六代将軍となる徳川家宣も甲州藩主時代の延宝 8年(1680年)に正三位参議となった例に留まった(将軍世子は、そもそも初叙が従二位となり、他家から将軍になった者であっても、従三位から正三位を経ずに正二位に昇る。)。 また、徳川一門でも正三位への叙位は特殊であったとさえいえ、家康次男で越前福井藩初代藩主の結城秀康は生前正三位であった他、御三家でも家康九男 徳川義直にはじまる尾張藩歴代十七代の藩主のうち、二代 徳川光友が正三位権中納言から権大納言、従二位へと昇り、三代 綱誠がこれにならう形で正三位に叙せられただけに留まり、紀州藩でも歴代藩主十四代のうち、正三位に叙せられた例は二代藩主 光貞が正三位権中納言を経て後に従二位権大納言となった他は、十四代藩主 茂承だけであった。

近代以降、正三位の位階は華族の爵位における伯爵の初叙位階とされた他、陸軍大将海軍大将などが叙せられる位階となった。今日では、位階が物故者を対象とする栄典となったのに伴い、国務大臣経験者の他、政府の重要官職にあった者、学術分野において多大な功労ある人物が死後に叙せられるのが通例となっている。芸術・芸能分野で正三位に叙せられる例は、極めて少ない。

正三位に叙された主な人物

名前 叙位日 備考・説明
藤原不比等 大宝元年3月21日
(701年5月3日)
大納言
粟田真人 霊亀元年4月25日
(715年6月1日)
中納言
長屋王 霊亀2年正月5日
(716年2月2日)
橘三千代 養老5年正月5日
(721年2月5日)
藤原武智麻呂 神亀元年2月4日
(724年3月3日)
中納言、従三位から進階
藤原房前 神亀元年2月4日
(724年3月3日)
参議内臣、従三位から進階
藤原宇合 天平6年正月17日
(734年2月24日)
参議、従三位から進階
藤原武智麻呂の娘 天平9年2月14日
(737年3月19日)
聖武天皇夫人
藤原房前の娘 天平9年2月14日
(737年3月19日)
聖武天皇夫人
橘諸兄 天平10年1月13日
(738年2月6日)
右大臣、従三位から進階
藤原仲麻呂 天平20年3月22日
(748年4月24日)
参議、従三位から進階
当麻山背 天平宝字2年8月1日
(758年9月7日)
淳仁天皇実母
藤原永手 天平宝字8年9月11日
(764年10月10日)
大納言、従三位から進階
藤原真楯 天平宝字8年9月12日
(764年10月11日)
中納言、従三位から進階
高野新笠 天応元年4月27日
(781年5月24日)
皇太夫人光仁天皇夫人)、従三位から進階
藤原継縄 天応元年9月3日
(781年9月24日)
中納言、従三位から進階
藤原曹司 延暦2年2月5日
(783年3月12日)
光仁天皇夫人、従三位から進階
藤原乙牟漏 延暦2年2月5日
(783年3月12日)
桓武天皇夫人、のち皇后
藤原内麻呂 大同元年5月18日
(806年6月8日)
大納言、従三位から進階
藤原冬嗣 弘仁9年6月16日
(818年7月22日)
大納言、従三位から進階
藤原緒嗣 弘仁9年6月16日
(818年7月22日)
中納言、従三位から進階
清原夏野 天長8年正月4日
(831年2月19日)
大納言、従三位から進階
源信 承和2年正月7日
(835年2月8日)
参議、従三位から進階
藤原良房 承和9年1月7日
(842年2月20日)
中納言、従三位から進階
藤原貞子 嘉祥3年7月26日
(850年9月5日)
仁明天皇女御、従三位から進階
藤原長良 仁寿元年11月26日
(851年12月22日)
参議、従三位から進階
藤原良相 斉衡2年正月7日
(855年1月29日)
大納言、従三位から進階
源融 天安3年11月19日
(859年12月16日)
参議、従三位から進階
藤原多美子 貞観9年3月12日
(867年4月20日)
清和天皇女御、従三位から進階
藤原基経 貞観14年8月25日
(872年10月1日)
右大臣、従三位から進階
藤原温子 寛平5年正月21日
(893年2月11日)
宇多天皇女御、正四位下から進階
藤原貴子 天慶8年正月9日
(945年2月23日)
尚侍、従三位から進階
藤原詮子 寛和2年3月26日
(986年5月7日)
円融天皇女御、従四位下から進階
藤原尊子 寛弘2年正月13日
(1005年2月24日)
一条天皇女御、従三位から進階

室町時代

戦国時代

近代

氏名 主な役職 正三位に叙位された年月日 備考
広沢真臣 参与海陸軍務掛東征大総督府参謀、内国事務掛、京都府御用掛、参議民部大輔 1871年2月27日(明治4年1月9日)
澤宣嘉 参与、九州鎮撫総督長崎府知事、外国官知事外務卿 1873年(明治6年)9月30日
西郷隆盛 陸軍大将参議近衛都督 1889年(明治22年)2月11日 明治2年9月26日(1869年10月30日)に正三位に叙位、1877年(明治10年)2月25日に官位褫奪。
松平容保 京都守護職日光東照宮宮司、二荒山神社宮司 1893年(明治26年)12月4日 従三位から進階
浅野長訓 広島新田藩主、広島藩主 1902年(明治35年)7月14日
島津久経 島津氏第3代当主 1907年(明治40年)10月23日 鎌倉時代の武将
吉川元春 安芸吉川氏当主 1908年(明治41年)4月2日 戦国時代の武将
小早川隆景 竹原小早川氏当主、沼田小早川氏当主 1908年(明治41年)4月2日 戦国時代の武将
毛利隆元 安芸毛利氏当主 1908年(明治41年)4月2日 戦国時代の武将
周布公平 政治家、第3代内閣書記官長、男爵 1908年(明治41年)7月10日
松平定信 白河藩第3代藩主、老中首座、将軍輔佐 1908年(明治41年)9月9日 江戸時代の大名
池田光政 姫路藩第3代藩主、鳥取藩主、岡山藩初代藩主 1910年(明治43年)11月16日 江戸時代の大名
日野邦光 中納言 1915年(大正4年)11月10日 南北朝時代の公卿
源義家 出羽守、下野守、陸奥守 1915年(大正4年)11月10日 正四位下。平安時代の武将
源頼義 左馬助、兵庫允、左衛門少尉、左近将監、民部少輔、相模守、陸奥守、伊予守、鎮守府将軍 1915年(大正4年)11月10日 正四位下。平安時代の武将
福羽逸人 宮内省宮廷園芸技師 1917年(大正6年)7月21日 宮中顧問官
片山東熊 宮内省建築技師 1917年(大正6年)10月23日 宮中顧問官
島津義弘 島津氏当主 1918年(大正7年)8月23日 戦国時代の武将
松平頼重 下館藩主、高松藩初代藩主 1919年(大正8年)11月15日 江戸時代の大名
三島中洲 東京帝国大学教授 1919年(大正8年)5月12日 文学博士
髙橋順太郎 東京帝国大学医科大学教授 1920年(大正9年)6月4日 従三位より進階
黒田長政 福岡藩初代藩主 1922年(大正11年)3月23日 江戸時代の大名
上杉景勝 米沢藩初代藩主 1922年(大正11年)9月7日 江戸時代の大名
須藤義衛門 東京帝国大学農科大学教授 1924年(大正13年)4月 東京帝国大学名誉教授
日本初の獣医学博士の一名
細川忠興 小倉藩初代藩主、熊本藩細川家初代 1924年(大正13年)2月11日 江戸時代の大名
矢橋賢吉 建築家大蔵省営繕官僚 1927年(昭和2年)5月24日 国会議事堂の設計等、近代公共建築の中心人物
藤原範茂 肥前守、左衛門佐、左兵衛佐、左近衛少将、左近衛中将、蔵人頭、参議 1928年(昭和3年)11月10日 鎌倉時代前期の公卿、順徳天皇の外叔父[1]
藤原信能
一条信能
左近衛中将、蔵人頭 1928年(昭和3年)11月10日 鎌倉時代初期の公卿[1]
蜂須賀斉裕 徳島藩第13代藩主 1928年(昭和3年)11月10日 江戸時代の大名[1]
松平頼恭 高松藩第5代藩主 1928年(昭和3年)11月10日 江戸時代の大名[1]
長宗我部元親 長宗我部氏当主 1928年(昭和3年)11月10日 戦国時代の武将[1]
横井平四郎
横井小楠
福井藩主松平春嶽の政治顧問など 1928年(昭和3年)11月10日 熊本藩士、儒学者。幕末の志士。[1]
小原駩吉 貴族院議員、宮中顧問官 1932年(昭和7年)5月15日
山田三良 東京帝国大学教授、貴族院議員 1936年(昭和11年)1月15日 法学博士
藤本幸太郎 東京商科大学教授 1941年(昭和16年)4月 一橋大学名誉教授
日本初の商学博士
山本五十六 元帥海軍大将連合艦隊司令長官 1943年(昭和18年)5月21日 同年4月18日、ブーゲンビル島にて戦没
古賀峯一 元帥海軍大将、連合艦隊司令長官 1944年(昭和19年)5月12日 同年3月31日、殉職

日本国憲法施行後

実業家・政治家で叙された者については著名な役職のみを記載してある。氏名については官報に記載されているとおりとする。

氏名 主な役職 正三位に叙位された年月日 備考
田崎慎治 神戸商業大学(現・神戸大学)初代学長 1954年(昭和29年)4月3日 勲一等瑞宝章
安藤正純 衆議院議員文部大臣 1955年(昭和30年)10月14日
上田辰之助 一橋大学名誉教授 1956年(昭和31年)10月31日 勲一等瑞宝章
志賀潔 京城帝国大学総長医学者細菌学者 1957年(昭和32年)1月25日 文化勲章、勲一等瑞宝章
横山大観 日本画家 1958年(昭和32年)2月26日 文化勲章、勲一等旭日大綬章
三島通陽 小説家、劇作家、政治家、貴族院議員 1965年(昭和40年)4月20日 勲二等旭日重光章
小林次郎[2] 参議院事務総長、貴族院書記官長、貴族院議員 1967年(昭和42年)7月7日 勲二等旭日重光章
左近司政三 大日本帝国海軍中将商工大臣 1969年(昭和44年)8月30日
川端康成 小説家 1972年(昭和47年)4月16日 文化勲章、勲一等旭日大綬章
野田武夫 自治大臣北海道開発庁長官 1972年(昭和47年)6月7日 勲一等旭日大綬章
古畑種基 法医学者、科学警察研究所所長 1975年(昭和50年)5月6日 文化勲章、勲一等旭日大綬章
菅野和太郎 通商産業大臣経済企画庁長官 1976年(昭和51年)7月6日 勲一等旭日大綬章
小泉明 一橋大学学長 1977年(昭和52年)2月10日
中川一郎 農林大臣農林水産大臣 1983年(昭和58年)1月9日 勲一等旭日大綬章
白浜仁吉 郵政大臣 1985年(昭和60年)1月4日 勲一等瑞宝章
木原均 京都大学名誉教授、国立遺伝学研究所所長 1986年(昭和61年)7月27日 文化勲章、勲一等旭日大綬章
西村英一 衆議院議員、自由民主党副総裁国土庁長官(初代) 1987年(昭和62年)9月15日 勲一等旭日大綬章、勲一等桐花大綬章
黒川利雄 東北大学教授、同医学部長、同総長 1988年(昭和63年)2月21日 文化勲章、勲一等旭日大綬章
松下幸之助 松下電器産業株式会社(現・パナソニック)創業者 1989年(平成元年)4月27日 勲一等旭日桐花大綬章
西川寧 書家 1989年(平成元年)5月16日 文化勲章、勲一等瑞宝章
藤井勝志 労働大臣 1996年(平成8年)1月25日 勲一等旭日大綬章
本田宗一郎 本田技研工業創業者 1991年(平成3年)8月5日 勲一等旭日大綬章
三井脩[3] 警察庁長官 1992年(平成4年)8月11日 従七位より進階
井深大 ソニー創業者 1997年(平成9年) 勲一等旭日大綬章
奥田敬和 郵政大臣、自治大臣、運輸大臣 1998年(平成10年)7月16日 勲一等旭日大綬章
世耕政隆 自治大臣、国家公安委員長 1999年(平成11年) 勲一等旭日大綬章
盛田昭夫 ソニー創業者 勲一等旭日大綬章
宇都宮徳馬 衆議院議員 2000年(平成12年) 勲一等旭日大綬章
越智伊平 農林水産大臣 勲一等旭日大綬章
梶山静六 内閣官房長官 勲一等旭日大綬章
佐々木良作 民社党委員長 勲一等旭日大綬章
大出俊 郵政大臣 2001年(平成13年) 勲一等旭日大綬章
木部佳昭 建設大臣
河本敏夫 国務大臣 勲一等旭日大綬章
小坂善太郎 外務大臣 勲一等旭日大綬章
小平忠 衆議院懲罰委員長 勲一等旭日大綬章
武藤山治 衆議院商工委員長 勲一等旭日大綬章
田沢吉郎 農林水産大臣 2002年(平成14年) 勲一等旭日大綬章
大石武一 農林水産大臣 2003年(平成15年) 勲一等旭日大綬章
三ッ林弥太郎 科学技術庁長官 勲一等旭日大綬章
村田敬次郎 通商産業大臣、自治大臣 勲一等旭日大綬章
池田行彦 外務大臣 2004年(平成16年) 旭日大綬章
岩崎純三 総務庁長官 勲一等旭日大綬章
三塚博 大蔵大臣 旭日大綬章
山中貞則 通商産業大臣 勲一等旭日大綬章
田中正巳 厚生大臣 2005年(平成17年)8月5日 勲一等旭日大綬章
内海英男 建設大臣、国土庁長官 2005年(平成17年)8月21日 勲一等旭日大綬章
後藤田正晴 警察庁長官、内閣官房長官 2005年(平成17年)9月19日 勲一等旭日大綬章
大出峻郎 最高裁判所判事、内閣法制局長官 2005年(平成17年)9月29日 旭日大綬章
田邊圀男 沖縄開発庁長官、総理府総務長官 2005年(平成17年)12月19日 勲一等旭日大綬章
西堀正弘 国連大使 2006年(平成18年)7月1日 勲一等瑞宝章
坂本三十次 労働大臣、内閣官房長官 2006年(平成18年)3月19日 勲一等旭日大綬章
松野頼三 労働大臣、農林大臣 2006年(平成18年)5月10日 旭日大綬章
松平勇雄 行政管理庁長官、福島県知事 2006年(平成18年)4月1日 勲一等旭日大綬章受章
原田昇左右 建設大臣 2006年(平成18年)7月2日 勲一等旭日大綬章
藤尾正行 文部大臣 2006年(平成18年)10月22日 勲一等旭日大綬章
江藤隆美 建設大臣、運輸大臣、総務庁長官 2007年(平成19年)11月22日 勲一等旭日大綬章
北島敬介 検事総長 2008年(平成20年)3月2日 瑞宝大綬章
瀬谷英行 参議院副議長 2008年(平成20年)12月16日 勲一等旭日大綬章
中川昭一 農林水産大臣、経済産業大臣 2009年(平成21年)10月3日 旭日大綬章
武藤嘉文 外務大臣 2009年(平成21年)11月4日 勲一等旭日大綬章
鈴木俊一 自治事務次官、内閣官房副長官 2010年(平成22年)5月14日 勲一等旭日大綬章
村山達雄 大蔵大臣 2010年(平成22年)5月20日 勲一等旭日大綬章
伊藤正己 最高裁判所判事 2010年(平成22年)12月27日 勲一等旭日大綬章、文化勲章
氏家齊一郎 日本民間放送連盟会長
日本テレビ放送網社長・会長
2011年(平成23年)3月28日 旭日大綬章
高瀬禮二 東京高等検察庁検事長 2011年(平成23年)4月4日
塩崎潤 経済企画庁長官・総務庁長官 2011年(平成23年)5月27日 勲一等旭日大綬章
坂上寿夫 最高裁判所判事 2011年(平成23年)7月19日 正七位より進階
吉國一郎 内閣法制局長官 2011年(平成23年)9月2日 従六位より進階、勲一等旭日大綬章
粕谷茂 自民党東京都連最高顧問、運輸大臣 2011年(平成23年)10月21日 勲一等旭日大綬章
井上五郎 中部電力元会長・社長 2011年(平成23年)10月23日
谷洋一 農林水産大臣 2011年(平成23年)10月24日 勲一等旭日大綬章
松永信雄 外務事務次官・駐アメリカ合衆国大使 2011年(平成23年)12月1日 従七位から進階、勲一等旭日大綬章
岡村泰孝 第17代検事総長 2011年(平成23年)12月22日 勲一等瑞宝章
加藤和夫 札幌高等裁判所長官・公害等調整委員会委員長 2012年(平成24年)1月15日
吉村徳則 福岡高検名古屋高検検事長 2012年(平成24年)3月7日
団藤重光 最高裁判所判事・東京大学名誉教授 2012年(平成24年)6月25日 正六位から進階、文化勲章、勲一等旭日大綬章
安井吉典 衆議院副議長・日本社会党副委員長 2012年(平成24年)11月6日 勲一等旭日大綬章
瓦力 建設大臣防衛庁長官 2013年(平成25年)1月13日 旭日大綬章
高橋武生 福岡高検検事長・証券取引等監視委員会委員長 2013年(平成25年)2月25日 瑞宝重光章
筧栄一 検事総長 2013年(平成25年)5月15日
吉永祐介 検事総長 2013年(平成25年)6月10日 瑞宝大綬章
宮下創平 厚生大臣、環境庁、防衛庁長官 2013年(平成25年)10月7日 勲一等旭日大綬章
豊田英二 トヨタ自動車元会長・社長 2013年(平成25年)10月8日 勲一等旭日大綬章
根來泰周 東京高等検察庁検事長、公正取引委員会委員長 2013年(平成25年)11月4日 瑞宝大綬章
小林充 仙台高等裁判所長官 2013年(平成25年)12月28日 瑞宝重光章
山下徳夫 運輸大臣、内閣官房長官、厚生大臣 2014年(平成26年)1月1日 勲一等旭日大綬章
尾崎行信 最高裁判所判事 2014年(平成26年)3月9日
児島武雄 広島高等裁判所長官 2014年(平成26年)4月26日
西田司 国家公安委員会委員長、自治大臣 2014年(平成26年)5月9日 勲一等旭日大綬章
香川保一 最高裁判所判事 2014年(平成26年)6月13日 従七位より進階、勲一等瑞宝章
小松一郎 内閣法制局長官、駐フランス大使 2014年(平成26年)6月23日 瑞宝大綬章、レジオンドヌール勲章コマンドゥール
吉丸眞 札幌高等裁判所長官 2014年(平成26年)7月5日
神谷尚男 検事総長 2015年(平成27年)2月6日 正六位より進階
山口鶴男 日本社会党書記長、総務庁長官 2015年(平成27年)8月3日 勲一等旭日大綬章
竹内黎一 科学技術庁長官 2015年(平成27年)9月5日 勲一等旭日大綬章
塩川正十郎 財務大臣 2015年(平成27年)9月19日 勲一等旭日大綬章
仁田陸郎 東京高等裁判所長官 2015年(平成27年)11月2日 瑞宝重光章
大内啓伍[4] 厚生大臣 2016年(平成28年)3月9日 勲一等旭日大綬章
佐藤信二[5] 通商産業大臣、運輸大臣 2016年(平成28年)5月3日 勲一等旭日大綬章
堀内光雄[6] 通商産業大臣、労働大臣 2016年(平成28年)5月17日 勲一等旭日大綬章
鳩山邦夫[7] 総務大臣、法務大臣、文部大臣、労働大臣 2016年(平成28年)6月21日 旭日大綬章
前田勲男[8] 法務大臣 2016年(平成28年)8月22日 旭日大綬章
加藤紘一[9] 内閣官房長官、防衛庁長官 2016年(平成28年)9月9日 旭日大綬章
小里貞利[10] 労働大臣、総務庁長官 2016年(平成28年)12月14日 勲一等旭日大綬章[11]
林義郎[12] 大蔵大臣、厚生大臣 2017年(平成29年)2月3日 勲一等旭日大綬章
中井洽[13] 国家公安委員長 2017年(平成29年)4月22日 旭日大綬章
与謝野馨[14] 財務大臣、内閣官房長官、通商産業大臣 2017年(平成29年)4月22日 旭日大綬章
根岸重治[15] 東京高等検察庁検事長、最高裁判所判事 2017年(平成29年)7月22日 勲一等瑞宝章
野中広務[16] 内閣官房長官、自治大臣、沖縄開発庁長官 2018年(平成30年)1月26日 勲一等旭日大綬章
谷川和穂[17] 法務大臣、防衛庁長官 2018年(平成30年)6月8日 勲一等旭日大綬章
米倉弘昌[18] 住友化学会長・社長
日本経済団体連合会会長
2018年(平成30年)11月16日 旭日大綬章
鴻池祥肇[19] 防災担当大臣 2018年(平成30年)12月25日 旭日大綬章
相澤英之[20] 経済企画庁長官、金融再生委員長 2019年(平成31年)4月4日 正八位から進階、勲一等旭日大綬章
保岡興治[21] 法務大臣 2019年(平成31年)4月19日 旭日大綬章
野呂田芳成[22] 農林水産大臣、防衛庁長官 2019年(令和元年)5月23日 勲一等旭日大綬章
水野清[23] 建設大臣、総務庁長官 2019年(令和元年)7月28日 勲一等旭日大綬章
大橋寛明[24] 札幌高等裁判所長官 2019年(令和元年)8月6日 瑞宝重光章
石山陽[25] 福岡高等検察庁検事長 2019年(令和元年)8月26日
高鳥修[26] 経済企画庁長官、総務庁長官 2019年(令和元年)10月20日 勲一等旭日大綬章
上谷清[27] 大阪高等裁判所仙台高等裁判所長官 2019年(令和元年)12月4日 瑞宝重光章
村岡兼造[28] 内閣官房長官、運輸大臣、郵政大臣 2019年(令和元年)12月25日 勲一等旭日大綬章
塚本三郎[29] 民社党委員長 2020年(令和2年)5月20日 勲一等旭日大綬章
渡部恒三[30] 衆議院副議長、厚生大臣、自治大臣、通商産業大臣 2020年(令和2年)8月23日 勲一等旭日大綬章
町田幸雄[31] 仙台高等検察庁検事長、公安調査庁長官 2020年(令和2年)9月6日
小柴昌俊[32] 物理学者、東京大学特別栄誉教授・名誉教授 2020年(令和2年)11月12日 勲一等旭日大綬章、文化勲章
角田禮次郎[33] 最高裁判所判事、内閣法制局長官 2020年(令和2年)11月17日 従七位から進階、勲一等旭日大綬章

脚注

  1. ^ a b c d e f 『官報』號外「授爵,叙任及辞令」1928年11月10日. (1928/11). https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957025/5 
  2. ^ 『官報』第16167号、昭和42年7月7日
  3. ^ 『官報』第987号(平成4年9月2日)9頁
  4. ^ 故大内啓伍氏に正三位
  5. ^ 元通産相の故佐藤信二氏に正三位、元参院議員の故高桑栄松氏は従三位 産経新聞 2016年5月31日発信・閲覧
  6. ^ 故堀内光雄氏に正三位
  7. ^ 故鳩山邦夫氏に旭日大綬章
  8. ^ 故前田元法相に正三位 - 時事ドットコム 2016年9月16日(2016年10月5日閲覧)
  9. ^ 故加藤紘一氏に旭日大綬章 - 時事ドットコム 2016年10月4日(2016年10月5日閲覧)
  10. ^ “故小里貞利氏に正三位 政府”. 産経ニュース. 産業経済新聞社. (2017年1月6日). http://www.sankei.com/politics/news/170106/plt1701060029-n1.html 2017年1月6日閲覧。 
  11. ^ 故小里貞利氏に正三位 阪神大震災時の地震対策担当相
  12. ^ 故林義郎氏に正三位 - 時事ドットコム 2017年2月14日(2017年2月15日閲覧)
  13. ^ 故中井洽氏に正三位 - 時事ドットコム 2017年5月12日(2017年5月13日閲覧)
  14. ^ 故与謝野馨氏に正三位 - 時事ドットコム 2017年6月16日(2017年6月17日閲覧)
  15. ^ 『官報』第7090号(平成29年8月28日)7頁「叙位・叙勲」
  16. ^ 野中広務氏に正三位 - 朝日新聞デジタル 2018年2月14日
  17. ^ 故谷川和穂氏に正三位 - 日本経済新聞デジタル 2018年6月26日
  18. ^ 故米倉弘昌氏に正三位 - 時事ドットコム 2018年12月14日
  19. ^ 故鴻池祥肇氏に正三位、旭日大綬章も - 日本経済新聞デジタル 2019年1月12日
  20. ^ 故相沢英之氏に正三位 - 時事ドットコム 2019年4月23日
  21. ^ 『官報』令和元年5月27日 第15号 9頁
  22. ^ 『官報』令和元年7月1日 第40号 11頁
  23. ^ 『官報』令和元年9月2日 第83号 8頁
  24. ^ 『官報』令和元年9月9日 第88号 11頁
  25. ^ 『官報』令和元年10月3日 第104号 9頁
  26. ^ 『官報』令和元年11月21日 第136号 9頁
  27. ^ 『官報』令和2年1月14日 第168号 7頁
  28. ^ 『官報』令和2年1月29日 第179号 11頁
  29. ^ 「故塚本氏に正三位、故松田氏は従三位」日本経済新聞』電子版(2020年6月12日)
  30. ^ 『官報』令和2年9月24日 第338号 11頁
  31. ^ 『官報』令和2年10月13日 第351号 10頁
  32. ^ 『官報』令和2年12月22日 第399号 10頁
  33. ^ 『官報』令和2年12月23日 第400号 10頁

関連項目

外部リンク