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== 沿革 == |
== 沿革 == |
2021年8月17日 (火) 23:08時点における版
RCA Records, Inc. | |
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親会社 | ソニー・ミュージックエンタテインメント (米国) |
設立 | 1901年 |
販売元 | ソニー・ミュージックエンタテインメント |
ジャンル | ロック、ポップス |
国 | アメリカ合衆国 |
本社所在地 | ニューヨーク |
公式サイト | https://www.rcarecords.com/ |
RCAレコード(RCA Records, Inc.)はアメリカ合衆国のレコード会社。前身はビクタートーキングマシン。
概要
1930年代から1960年代まで、コロムビア・レコードと並んでアメリカの二大レコード会社のひとつであった。45回転のEP盤を初めて実用化した会社として知られる。
本社はニューヨークだが、ナッシュビルにおいてカントリー・ミュージックの録音を盛んに行い、カントリーの隆盛に貢献した。同地のカントリーのことを俗に“RCAカントリー”と呼ぶこともある。また、1950年代にはエルヴィス・プレスリーとハリー・ベラフォンテという二大スターを擁し、ロックとカリプソを制した。
旧BMGの傘下で、現在はソニー・ミュージックエンタテインメントの事業部門である。
ビデオソフト事業はコロンビア ピクチャーズとの合弁企業、RCA/Columbia Pictures International Videoで行っていたが、コロンビア映画のソニーによる買収により合弁は解消。日本法人のアール・シー・エー・コロンビア・ピクチャーズ・ビデオ株式会社は株式会社ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントとなった。
沿革
- 1901年 - ビクタートーキングマシンが設立される。
- 1925年 - 電気録音を導入。
- 1929年 - RCA(Radio Corporation of America)がビクタートーキングマシンを買収し、RCAビクターが誕生。現在の日本ビクター (現・JVCケンウッド) も当時は、RCAの日本現地法人であった。
- 1949年 - 初めてEP盤を発売。
- 1953年10月6日 - 初めての2チャンネルステレオ録音を行う(ストコフスキー指揮の管弦楽団による演奏。曲目はエネスコ作曲「ルーマニア狂詩曲第1番」ほか)。[1]
- 1955年 - 2チャンネルステレオ・テープ・ソフト発売(ライナー指揮、シカゴ交響楽団によるリヒャルト・シュトラウス作曲「英雄の生涯」「ツァラトゥストラはかく語りき」ほか)
- 1956年 - 提携関係にあったイギリスEMIが米キャピトルを買収したため、同社との提携関係が切れる。このため、同社のヨーロッパでの発売は英デッカを通じて発売されることとなる。[2]
- 1958年6月 - 1本溝による45/45方式によるステレオ・レコードを発売(オッフェンバック作曲「パリの喜び」(LSC-1817)ほか)。それらはLIVING STEREOと名付けて発売され、ステレオ初期の黄金時代のシンボルの1つとされた。
- 1962年 - LPレコードの音質向上効果を狙った「Dynagroove」を発表、商品化。
- 1968年 - RCAレコードと社名変更(RCAレーベルは、日本ビクターの音楽事業部(現・JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)よりライセンス販売されていたが、2008年9月にて解消した)
- 1975年 - RCAと日本ビクター、そしてビクター音楽産業が合弁し、RVC株式会社を発足。RCAレーベルをそのまま引き継ぐ。
- 1979年4月16日 - 米サウンド・ストリーム社のデジタル録音機を使って、同社初のデジタル録音を行う(オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団による、バルトーク作曲「管弦楽のための協奏曲」)
- 1983年 - コンパクト・ディスク・ソフトを発売する
- 1986年 - RCAレコードは親会社RCAの業績悪化によりベルテルスマンに売却され、BMGの一部となる。
- 1987年 - BMG Musicと日本ビクター株式会社の合弁会社としてBMGビクター株式会社を設立。RVCはBMGの傘下に入り解散、各種資産を継承。(1996年に日本ではJVCとの合弁解消以降、100%BMGの子会社となりBMGジャパン(1997年~1999年)、BMGファンハウス(1999年~2005年)、BMG JAPAN(2005年~2009年)と継承し、2009年には邦楽部門をアリオラジャパン、洋楽部門をRCA/JIVEグループに分割。同年10月1日に法人としてのBMG JAPANはソニー・ミュージックエンタテインメントに合併し、邦楽部門は新会社の株式会社アリオラジャパン(現:株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ)として発足、洋楽部門は株式会社ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(現:株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ)に統合された)
- 2004年 - BMGとソニー・ミュージックエンタテインメント (アメリカ)が合併し、ソニーBMG・ミュージックエンタテインメントを発足。
- 2008年 - ソニーがBMGの持ち株分50%を買収して、完全子会社とする。同時に社名をソニー・ミュージックエンタテインメントに改める。
- 2011年10月 - アリスタ、ジャイヴ、Jの3レーベルの閉鎖を発表。これらのレーベルの所属アーティストはすべてRCAへ転籍となる[3]。
主なアーティスト
クラシック音楽
- アルトゥール・ルービンシュタイン
- アルトゥーロ・トスカニーニ
- ヴラディーミル・ホロヴィッツ
- ギュンター・ヴァント
- シャルル・ミュンシュ
- 東京クヮルテット
- 冨田勲
- ニコラウス・アーノンクール
- フリッツ・ライナー
- ヤッシャ・ハイフェッツ
- ユージン・オーマンディ
- レオポルド・ストコフスキー
ポピュラー音楽
- アストロノウツ
- アンチ-フラッグ(日本盤発売時の表記)
- ヴェルヴェット・リヴォルヴァー
- ウォーク・ザ・ムーン
- エヴァリー・ブラザース
- エルヴィス・プレスリー
- クリスティーナ・アギレラ
- Kesha
- サーカス・オブ・パワー
- ジェファーソン・エアプレイン
- ジェファーソン・スターシップ
- ジョン・デンバー
- シルヴィ・ヴァルタン
- スコーピオンズ
- ダリル・ホール&ジョン・オーツ
- チェット・アトキンス
- ディープ・パープル
- デビッド・ボウイー(日本盤発売当時の表記)
- デュアン・エディ
- ティナーシェ
- ドートリー
- ハリー・ニルソン
- ハリー・ベラフォンテ
- フェアーグラウンド・アトラクション
- Mr.ミスター
- リック・アストリー
- マイリー・サイラス
レーベル
- RCAレコード・グループ
- RCAレコード
- アリスタ・レコード
- Jレコード
- ゾンバ・ミュージック・グループ
- ザ・インク・レコーズ
- RCAビクター・グループ
- RCAレッド・シール・レコード
関連項目
脚注
- ^ 尚、同録音のオリジナル・テープはその後紛失した。ちなみに、同社が行ったステレオ録音で現存している最古の物は、その次のステレオ録音である同年12月2日にニューヨークのマッハッタン・センターにて録音された、ピエール・モントゥー指揮、ボストン交響楽団のピック・アップ・メンバーによる物で、その一部であるドリーブ作曲のバレエ音楽「コッペリア」第1幕「前奏曲とマズルカ」(別テイク)の部分は、1996年に初めてCDにて音源発売された。
- ^ この時、EMIはニッパーマークの商標権を譲渡せず、HMVレコードとして存続させた。これ以降、イギリスにおいてはニッパーマークとビクターの商標は別会社によって利用されることになる。
- ^ “RCA Folds Arista, Jive and J Records”. ローリング・ストーン (2011年10月7日). 2011年10月10日閲覧。
外部リンク
- 公式サイト
- RCA Group
- RCA Records (rcarecords) - Facebook